目指せ甲子園-3

【目指せ、甲子園―3】





朝ご飯を食べ終わった俺は、まずメール。
陽助に、今日休む事と野球部に入る約束をしてくれた奴の事を伝える。

「『1―Dにいる安川って奴だ。昼休みが放課後にでも、俺の代わりに安川に会いにいってくれ』っと……送信!」

陽助に送信した後、部屋に戻り服を着替える。外に出るつもりだが、制服のまま外をうろついたら警察官に補導されそうなので、適当に半袖のTシャツとジーパンを身に付ける。
出かける準備を済ませ、リビングに戻ると母さんだけしかいなかった。時間的に父さんは会社に、兄貴はバイトに行ったのだろう。

「ねえ、母さん」

母さんは俺の声を聞いて振り返り、俺の服装を見て意外そうな表情になる。

「あら、翔太。どこか行くの?」
「うん。それでちょっとお金欲しくて」

今まで部活一直線なのでバイトをしている暇がなく、当然収入は月一のお小遣い(5000円)だけになる。
なので、趣味以外で四桁以上のお金を使う時だけは、あらかじめ母さんからお金をもらう事ができる。

「何に使うの?」
「髪切って、それから包帯買う」
「あら、髪切っちゃうの?」
「そうじゃないと不自然だろ? 特に部員連中とは先週会ったばっかりなんだし」

ちなみに連中と会った特には首がある程度隠れるくらいの長さだった。それが一夜にして腰のあたりまで伸びるんだから、女体化症候群ってのは怖い。

「あと、包帯なんか買って何に使うのよ。ケガしてないんでしょ?」
「胸を潰すんだよ」

包帯は、胸に巻いて大きさを隠すために使う。まあ、そんな事をしなくても大丈夫だと思うくらい小さなサイズなんだが……念には念を入れておく。

「って訳だから、お金ちょうだい」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」

母さんはそう言い、自分の財布を開けて一万円を渡してくれた。

「ちゃんと余った分は返しなさいよ!」
「わかってるって! んじゃ、いってきます」

母さんの言葉を聞き流しながら、日差しがキツい外への扉を開いた。


外に出た俺は10分と経たず後悔する。

「あっつい…………」

暦の上では、すでに季節は秋なのに太陽の光は真夏並の厳しい日差しを浴びせてくる。
「せめて……帽子でも被ってくるべきだったな……」

暑さに喘ぎながら前に進んでいき、ようやく1つめの目的地である床屋に着いた。
入り口の扉を開くと、外とは対照的な涼しさが出迎えてくれた。

「う~っす。今日も暇そうだな、おっちゃん」

ここの店主のおっちゃんは、客がいないので暇そうに新聞を見ている。俺は子供の時からここで髪を切ってもらっているが、客がいるところなんか2、3回程しか見た事がない。

「おう、その言い方は翔太……じゃねえな、誰だ?」

おっちゃんは口調で俺だと断定したようだが、新聞からこっちに視線を移すと眉をひそめた。
まあ、そんな反応をするのはわかりきっていたから、冷静に対応する。

「いや、翔太だよ。正真正銘のな」

おっちゃんは訳がわからないという顔で戸惑っていたが、俺が「とりあえず、髪切ってくれないかな?」と言うと、席に案内してくれた。
そして髪を切ってもらいながら、俺の身に起きた出来事を話した。
「なるほど、女体化か!」

おっちゃんは納得したように頷いた。

「最近じゃ、そんな客来ないからすっかり忘れてたな」
「そうなんだ」

まあ、この客の入りの無さじゃ納得だ。

「あ、そうだ。一応この事は他の人には内緒にしといてくれないかな?」
「ああ、いいぜ」

特に理由も聞かずに了承してくれた。
今朝父さんに怒鳴られたせいでか、自分の考えに少し自信を持てなくなってきたので、理由を話して否定的な意見を返されるよりは心が楽だ。
そして、しばらくして散髪が終わった。
鏡に移った俺の姿は、わずかな違いこそあれど、ほぼ昨日までの姿と変わりはなかった。

「よし、これならバレないかもしれない。ありがとな、おっちゃん」

おっちゃんに代金を渡し、釣りを受け取って、お礼を言ってから店を出た。


散髪を終えた俺は、ますます強まる暑さにうなだれつつも包帯を買い、家に戻った。

「ただいまー……」
「おかえりなさい。外は暑かったでしょ」
「うん、なんか冷たい物でも食べたいよ」
「それなら、お昼はそうめんにしようかしら」
「んじゃ出来たら呼んでね」

俺はそう言って、部屋に戻る。
部屋に入ると、手早く服を脱ぎ、胸に新品の包帯を巻きつける。
出来るだけキツく巻きつけていくと、胸に不快な圧迫感を感じるが、無視して巻き続け包帯の端と端をキツく結ぶ。
そして、その状態のまま男子制服を着る。

「……よしっ、バッチリ!」

鏡を見て、思わず笑みがこぼれる。それほど完璧に男に戻れていた。(もちろん『見た目だけ』だけど)
髪は切ったし、胸は潰せたし、顔と身長・体重はたいして変わっていないし、声も少し低くすればバレない。
これで隠し通す準備は全てできた。後は本番を待つのみ、か。

「翔太、ご飯よー」

着替えてから行こうと思ったが、あえてこの姿で行く事にした。無理だと言った母さんにこの姿を見せつけてやり、朝に言った言葉を撤回させてやるぞ。





【目指せ、甲子園―3 おわり】

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最終更新:2009年10月30日 11:05
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