目指せ甲子園-5

【目指せ、甲子園―5】





今日もほとんどの授業を寝て過ごしているうちに、帰りのHRの時間になった。
んで、そのHRもすぐに終わり、放課後。

「さっ、早く部活に行きましょ!」
「わかったから腕から手を離してくれないかな。望の握力が強くて右腕が痛いんだけど……」
「やだ♪」
「あっ、本当に冗談抜きで痛くて……せめて左腕にしてえええええええ!」



「龍一……モテる男は辛い、って本当だったんだな」
「翔太に関しては間違ってはいないな……」

俺の悲痛な叫びをBGMに、2人は好き勝手な事を喋っていた。




部室の扉を開くと、すでに3人の男子がユニフォーム姿で談笑していた。
その内の1人は、俺の知っている人物、安川だった。という事は他の2人も……

「お、麻生。もう来てたのか」
「……早かったな、成田」

陽助と龍一の言葉に、麻生と呼ばれた男と成田と呼ばれた男は、返事を返した。

「と言う事は、この3人が今朝言ってた新入部員か?」

3人は同時に頷いた。

「そうか、これからよろしくな」

俺は握手を求め、手を差し出した。




この場にいる7人で自己紹介をして、お互いの事を知った所で練習を始めた。

「よし、まずは準備運動から……って坂本先輩がいないな」

なにか違和感を感じると思ったら、声を張り上げ練習の指示をする坂本先輩がいないせいだった。

「あ、坂本先輩なら今日は来ないって」

陽助が屈伸運動をしながら答えてくれた。

「何か用事でもあるのかな?」
「戦力になりそうな生徒がいるからスカウトしに行くってさ」
「へえ、スカウト成功するといいな」
「ああ、成功すればめでたく9人揃うしな」
「まあ、明日になればわかるか」

しかし、翌日も、そのまた翌日も、坂本先輩は部活に来なかった。


そして、さらに翌日の昼休み。

「おい、翔太、龍一。坂本先輩が今日も休むって」
「今日もか!?」

さすがに4日連続ともなるとちょっとおかしい。

「普通、スカウトに4日もかからないよな?」
「うん……多分」
「怪しいな……」

俺達は何も言わなかったが、考える事は同じだった。

『放課後、尾行しよう』



そして、放課後。

「んじゃ行こう」

陽助と龍一にそう言うと、2人は黙って頷く。

坂本先輩の所属する2―Aの前まで来る。
まあ、教室の前にボケッと突っ立っているとバレる危険性が高いのだが、幸いにも他の2年生もHRが終わったらしく廊下には、主に2年生が多数いる。それに紛れて坂本先輩にバレずに尾行する事が出来れば……

「ん? お前達……なんでここにいる?」

一瞬でバレた。




「なるほどね。スカウトに4日もかけるから何事かと思って見に来たって訳か」

坂本先輩の言葉に俺達は頷いた。
結局、坂本先輩に見つかった俺達は何故2年生の教室の前にいるのか問い詰められ、素直に白状した。

「実は、スカウトしようとしてる奴は友達なんだ」

そう前置きして、坂本先輩は喋りだした。

「一年前、まだ私が新入生だった頃、私とアイツは一緒に野球部に入った。だか、アイツは秋の予選が始まる直前に退部した。何故だと思う?」

先輩はわずかに顔をしかめながら、俺達に問いかけた。
理由は色々あるだろう。いじめだったり、家庭の事情だったり、単に面倒になったり、とすぐ考えつく理由だけでもこれだけある。
だが、俺はそんな理由ではないと思った。先輩の表情を見ていると、ある1つの答えが頭の中に浮かぶ。

「もしかして、女体化が理由ですか?」

俺がそう言うと、坂本先輩はさらに顔をしかめて、頷いた。

「当時の部員には私の他に、女子部員が2人いたから、アイツの女体化によって、誰か1人が辞めなくてはいけない状況だった」
「それで先輩の友達は、辞めたんですか」
「ああ……」
「「「「……………………」」」」

しばらくの間、誰も口を開かなかった。
やがて、先輩が口を開いた。

「だが、今は違う。現在、女子は私と明石しかいない。今は大丈夫なんだ、アイツの入る枠があるんだ」

静かな、強い意志を感じさせる口調だった。


話が終わった後、俺達は余計な口出しはしない、という条件付きでスカウトの様子を見せてもらう事にした。
邪魔が入りにくいという理由から屋上で話し合う約束をしたらしく、4人で屋上に向かう。

「いいかお前ら、絶対に余計な事は言うなよ」
「「「はい」」」

坂本先輩は、屋上へと続く扉の前で振り返り、念を押してきた。
俺達が返事をすると満足そうに軽く頷き、扉を開いた。


そこは殺風景な場所だった。
それなりに広いその場には何も置かれておらず、ただ転落防止用の金網が設置されているだけの空間だった。
そして、その空間の中心に一人の少女がいた。

「すまない、待ったか?」

その言葉に少女は微笑みを携え振り返る。

「ううん、今来たばかりだよ」

なんかドラマとかでよく見るカップルのようなやり取りしてるな……しかし、そんな事よりも、たった今疑問に思った事が1つある。
坂本先輩の話では、スカウトする生徒は女体化した2年生って事だったんだけども……


この人って本当に元男?


どう見ても元男には見えない。
身に纏っている空気というか雰囲気というものが、女体化後の一年程度で身に着いたものとは到底思えない。元から女じゃなかったのか、と思ってしまう。
だが、当然俺の思考とは関係なく2人の話は始まる。

「みちる、野球部に入って……いや、戻ってきてくれないか?」
「またその話? その話は断ったじゃない」

みちると呼ばれた先輩はちょっと困ったように微笑んだ。

「だが、私はお前と一緒に……」

みちる先輩が断ったのにも関わらず、坂本先輩は諦めず勧誘しようとする。しかし……

「…………ごめん」

その一言で坂本先輩は黙りこんでしまう。

「……それじゃ、また来週ね」

気まずい空気の中、みちる先輩は逃げ出すように屋上から立ち去った。


その後、坂本先輩はもの凄く落ちこみ、結局部活を休んだ。
俺達は一応部活には出たが、アレを見た後でやる気が湧くはずもなく、全然練習に身が入らなかった。
なんだか胸の中がモヤモヤするような気持ちを抱えて帰宅した。


帰宅した俺を待ち受けていたのは、妙に機嫌の良い母親だった。

「ただいま」
「あら、おかえりなさい♪」
「ご機嫌だね。何か良い事あったの?」
「ん、ちょっとね~」

良い事があった事は認めるも、具体的には何なのかを伏せている。
ま、どうせ体重が落ちたとか、へそくりがたくさん溜まったとかその程度だろ。

「さ、着替えてきなさい。すぐに晩ご飯出来るから」
「おう」

自分の部屋に入り、クローゼットを開けると少女趣味全開な空間が目に飛び込んでくる。このクローゼットはここ数日ですっかり内容が変わってしまった。
女体化する前にあった、男性物の服はほとんど無くなり、代わりに女性物の服、しかも少女趣味な服が圧倒的な割合を占めている。

「はあ……」

最近はこのクローゼットを開く度にため息が漏れる。
結局俺は、夕飯を食べた後に少し走ろうと思いジャージに着替え、居間に戻った。

「あら、ジャージにしたの?」
「うん、後で少し走るつもりだから」
「そうなの、せっかく可愛い服をたくさん揃えたのに……」

母さんは不服そうに顔をしかめる。
母さんには悪いが、俺は家の中だろうとあの服を着る気はない。
それに、俺の服を買うのに金を割くよりは自分自身のために使った方がよっぽど有意義だろうよ。
そんな事を考えながら、少し不機嫌になった母さんが運んできた料理を黙々と食べ進めた。


夕食を食い終わった俺は、母さんのしつこい愚痴(もちろん服装関係の)から逃げるように外に出る。少し食休みしてから走ろうと考えていた俺の計画は見事に崩れさった訳だ。家の中では、さらしを巻く必要もなかったから着けてこれなかったし……まあ、あっても無くても、見た目的にはあんまり変わんないけどさ。

「……しょうがない。走るか」

飯を食った後にすぐ走るのはやや体が重く感じるので、あんまりやりたくはなかったが他にする事もないので仕方なく走る。


そして30分後

「はぁ、はぁ、はぁ」

俺は息を乱しながら、石段を駆け上がる。
今日は神社を折り返し地点にしたコースでランニングする事にしたのだけど、その神社にはとても長い石段がある。
俺は今、まさにその石段を上っている訳なんだけど……

「や、止めとけば……よかった……」

もう、俺の体力は限界だった。俺は足を止め、その場に座りこむ。

「これ……無駄に長い」

俺は、まだまだ先のある石段を眺め、思った事をそのまま呟く。
ここで一人愚痴を言っていても何にもならないのだが、言わずにはいられない。
そのあまりの長さに目標を下方修正して、すぐさまUターンしたくなるのだが、皆を欺いて甲子園に行く事に比べると、この程度で音をあげてはいられない。

「よし、休憩終わり」

俺は立ち上がり、再び石段を駆け上がった。


それから20分ほど上り続け、ついに神社のある頂上まで辿りついた。

「夜の神社ってなんか妙に不気味だな」

神社はもう少し奥の方にあるが、ここから見える神社は辺りが暗いせいで薄ぼんやりとしか見えなく、さらにボロ……古めかしい外観と相まって少し不気味に見える。

「でもせっかくだから女になったのバレないようにお参りしていこうかな」

そう考え、神社に近づいていった。が、その途中で歩みを止める。
なぜなら、何者かが神社の前に立っていたからだ。いや、何者か、と言うのには間違いがあるな。
その人物は上半身に白衣を、下半身に緋袴を纏っていた。夜の暗さに加え、目の前の人物は俺に背を向けているので断定は出来ないが、その服装はいわゆる巫女装束という物で、それを身に着けているこの人は紛れもなく巫女さんだろう。


ただ、その巫女さんは少し様子がおかしかった。
もう夜だというのに箒を持って、掃き掃除をしている。普通そういうのって明るいうちに済ませるものだろう。
少し疑問に思ったが、俺には関係の無い事なので無視して賽銭箱の方に歩きだして、盛大にこけた。

「ぐぁ」

地面に体の前半面を打ちつけ、間抜けな声が俺の意思と無関係に口から漏れる。
こんな無様に転んでしまった原因はわかっている。関係無いと思いつつも、目では巫女さんを見てしまっていた。といっても、妙な違和感を感じたから見ていた訳で、別に変な意味で見ていた訳じゃない。
ちょっと話が逸れたが、原因は余所見して足元不注意状態だというだけに過ぎない。
俺が冷静に自己分析をしながら身を起こすと、前から声が降りてきた。

「大丈夫ですか?」

若い女性の声だ。あの周辺には俺と巫女さんしかいなかったので、多分その巫女さんだろう。

「あ、大丈夫です」

俺は立ち上がり、巫女さんの顔を見て……驚きに思わず目を見開いた。
巫女さんの方も、俺と同じような表情になっていた。
なぜ驚いたのかって?
なぜなら、目の前にいる巫女さんの正体は、つい数時間前に学校の屋上で会った『みちる先輩』だったからだ。





【目指せ、甲子園─5 おわり】

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最終更新:2009年10月30日 11:10
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