目指せ甲子園-9

翌日の夜。
私はまどかちゃんに電話をかけた。
要件は昨日うっかり聞きそびれた件について……一昨日、私を説得しにきた一年生の女の子についてだ。
あの子もまどかちゃんと同じく、私を野球部に勧誘しに来た。
しかし、野球部にはあの子以外に一年生の女の子が一人いる。
もし、私が入れば野球部にはまどかちゃんと一年生の女の子が二人、そして私がいる事になる。
女子選手は合計で四人、しかし高校野球の規約には『女子選手は一チームに三人まで』と決められている。
つまり、私がいると規約違反で大会への出場停止、さらには部活動の活動停止状態に陥る場合もある。
それなのに、なぜ私を勧誘するのか。そして、なぜ一昨日来たあの子が男子っぽい服装や言動をし、女子である事を指摘したら逃げ出したのか。
色々とわからない事だらけだけど、とにかく話を聞く事で何かわかるかもしれない。
フル充電した携帯電話を操作し、まどかちゃんの携帯にかける。

「…………」

一コール、二コール、出ない

「もしもし」

三コール目が終わった瞬間に繋がった。

「もしもし、まどかちゃん? 私、私~」
「携帯にかかってきたんだから、みちる、お前なのはわかっている」

電話口の向こうから、呆れたような声が聞こえてくる。

「相変わらずまどかちゃんはシャレが通じないね」
「ほっとけ。で、何か用か?」
「うん。えーとね……」

本題に入ろうとしたところで一つの問題に気づく。
どこからどこまで話していいのか、という事だ。
一昨日のあの子の反応から、あの子が女子だというのは触れてはいけない感じの話題のような気がする。かといって、そこに触れないと何もわからないような気がする。
……まずは、まどかちゃんのあの子に対する認識から探ってみよう。
男子と思っているのか、それとも女子と思っているのか、そこから確かめてみよう。

「えーと…………あ」

もう一つ重大な事に気づいた。
『あの子』の名前がわからない……
聞いておくべきだったなぁ……

「どうした、みちる。何か用があるんじゃ無いのか?」

あるよっ! あるんだけど、名前がわからなきゃどうにもならないのっ!
『あの子』じゃ通じないだろうし、かと言って特徴言っても上手く伝わるかどうかわからないし……うーん…………

……あ、そういえば一昨日の放課後にあの子も一緒に来てたっけ……よし、この話題なら通じる! そこから名前を引き出さないと。

「えーとさ、一昨日の放課後にまどかちゃんと一緒に3人来てたよね?」
「ああ、青山と山吹と川村の事か」
「その中のさ、一番背が小さくて、少し女の子っぽい感じの顔した子いたじゃん」
「というと青山か」

よし、情報ゲット!

「へぇー、青山君って言うんだ」
「それで青山がどうかしたのか?」
「青山君ってさ、小さいしあんな感じの顔だからさ、女の子かなって思って」

この台詞に対する反応で、まどかちゃんの思っている青山君は、男子か、女子か、少しはわかるはず。

「まあ、確かに青山は女みたいな顔をしているが、アイツはれっきとした男だぞ。第一、お前も一緒にいる時に男子用の制服を着ていた姿を見ただろう」

決まった。
青山君はまどかちゃんには男で通している。何らかの理由でまどかちゃんが嘘をついている可能性もあるけど、まどかちゃんは嘘をつくのが致命的に下手だからなぁ……絶対に態度や口調に何らかの変化があるんだろうけど、それもないって事は、まどかちゃんも知らないって事になる。
一応、念のためにもう一回確認してみよう。

「ちなみに今の野球部の女子部員って何人いるの?」
「今は私、それと明石という一年が入ったから2人だ」

やっぱり、青山君は男子だと思われている。
これで私を誘った事に納得がいった。
しかし、男子と思われてるって事は、青山君は私と同じで元男って事になる。
身体測定とかでは一発で女だってバレるから、身体測定が終わった後に女体化したって事が一番無理がない考えかな。
だとすると、なんで男子のフリを……

「おい、聞いているか?」
「え、あっ、ご、ごめん! 聞いてなかった」
「まったく……私はやる事があるから電話をきるぞ」
「あ、うん、また明日ねー」
「ああ」

電話口から短い返事が聞こえ、少ししてから通話が終わった事を知らせる音が鳴り響いた。



数時間後。
まどかちゃんとの電話が終わってからも、考える事は終わらなかった。
考える内容はもちろん、青山君が男子のフリをしている理由だ。
色々と考えが浮かんでは消え、最終的な結論として考え至ったのは、野球部絡みの理由だという事だ。
もし、野球部以外の目的だったらまどかちゃんに隠す理由もない。それでも、まどかちゃんに隠さずを得ない理由があるのかもしれないが、今の私の頭では野球部以外の事で隠す理由が思い浮かばない。
そして、現在の部員が少ない事が野球部の問題なのは言うまでもない。
そう考えると、青山君が女体化した事を隠す理由もわからなくはない。
高校野球の規約で、女子選手は一チームに三人まで。とかいう訳のわからないルールがある以上、どうしても部員は三人までに抑えなければならない。
今の野球部の人数は8人、女子部員は青山君を入れると3人。となると、残りは男子部員しか募集できなくなる。
私のところに何回も勧誘活動を重ねてきた事から考えるに、今のところアテは私しかいないのだろう。
そう、アテは私しかいない。
しかし、私は女子となった身。
私を勧誘すれば、女子選手の定員オーバーで規約に反する事になる。
しかし、もし青山君が男のままだったら……?
女子部員は二人になり、私を入部させたとしても何の問題もなくなる。
もし、青山君がそう考えたとしたら……そして、女体化した事が誰にもバレていない事を利用し、女体化を隠して男子のフリを続けると思い至ったら……?
そして、その考えを実行したと仮定すると、一昨日に女子であると指摘した際に見せた、あの動揺っぷりの理由も説明がつく。
もし、私の口が軽かったりしたら、確実に誰かに話してしまっている。そう、誰かに話してしまいたい衝動に駆られるくらいの出来事なのである。
青山君も、私が誰かに口を滑らせ、そこから話が進んでいってしまったら、と考えてパニックに陥ったのか、それとも単にバレた事に対して、冷静さを失ったのか。
どちらにしろ、対処できないタイミングで女体化がバレたために動揺した、と考えられる。
……まあ、これは全部私の推測であって、実際の部分は大なり小なり異なるのかもしれないけど。

ああ、なんか考えすぎて頭がクラクラしてきた。

「明日は学校だし、今日はもう寝ようかな」

一人呟いて、部屋の電気を消し、布団の上に横たわる。
目を閉じたまま、しばらく何も考えずにいたが、一向に眠れそうにない、というよりは眠くない。

「まだ十時半だもんね」

そう、まだ十時半だ。いつもなら起きている時間である。
いつもより早いせいで、全然睡魔に襲われない。
かといって、他になにかして時間潰すのも気が乗らず、結局は寝る体勢のまま、あれこれと考え事をするハメになる。
色々としょうもない事を考えていたら、不意に野球部の事が頭に浮かんだ。
それに連動して、まどかちゃんと青山君の言葉を思い出す。
……もう、皆が私の事を邪魔者、厄介者扱いしない野球部。
それはとても魅力的に思える。
だけど、私が入った時に誰かが女体化したり、青山君の正体がバレたりしたら……その事を考えると、体の震えが止まらない。
あの悪意に満ちた視線、アレが再び自分向けられるのはもちろん、他の誰かに向く事だって嫌だ。
あんな事はもう経験したくない。
……でも、私が入らなければ多分困るよね。
特に青山君は、女体化を隠すというリスクを負ってまで、私を勧誘しに来たんだし……逆に言えば、入部してくれる人がいなく、それほど切羽詰まっていると言える。
でも、それでも私は怖い……野球部が怖い……
今でも、悪夢として思い出す。
たった一日で変わった野球部の事を……
たった一日で私の居場所が無くなった時の事を……
体が震えだしてきたのが、自分でもわかる。

「う……」

体の震えが止まらない。
暗闇に浮かぶのは、たくさんの敵意の籠った視線、視線、視線。
ここは私の部屋のはず、なのに見られている気がしてならない。
まるで悪夢の再現のように。
上も、下も、前も、後ろも、右も、左も、隙間無く。
私に向けられる。
たくさんの。
敵意の籠った。



視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線



そんな……そんな目で私を見ないで……誰か、誰か助けて……!


恐怖に震える私の体。
恐怖で真っ白になる私の頭。
そんな私の頭の片隅に、小さな、だけど確かな声が聞こえた。

『先輩、俺達はそんな事しません。絶対に』

この声は……青山君?
青山君の声で、私は我に返る。
もう、私を見ていたおびただしい数の目は周りには無くなり、体の震えもいつの間にか治まっていた。
でも、なんで青山君の声が……?

『先輩。信じてもらえない事は理解しています、だけどもう一度だけ俺達を、野球部を信じてください』

疑問に思ったところにもう一度、青山君の声が頭の中で再生された。
それで全てがわかった。
私は口では信じられないと言いながら、心の中では青山君達の野球部を信じているのだ。
私の悪夢を払拭出来るほど、信じてしまっている。
それに気づいた瞬間、口元がだらしなく緩む自分に気がついた。
なんだか、とても愉快で嬉しい気分になり、へにゃりとだらしなく緩む。
ちゃんとした口元に直すのは難しいだろうし、簡単に直せるとしても直す気はない。
もう、怖くはない。私の心は決まった。
私が決意すると同時に、控え目な弱さで部屋のドアがノックされる音が耳に入った。

「……お姉ちゃん、起きてる?」

ドアの向こう側から聞こえるくぐもった声、この声は妹のものだ。

「起きてるよ、入っておいで」

私がそう言うと、ドアが開きパジャマ姿の妹が入ってきた。

「それでどうしたの?」
「なんかね、部屋で寝ようとしたら、う~んう~んって、うなされるようなお姉ちゃんの声がしたから、大丈夫かなって思って」

それはついさっきまで見ていた悪夢のせいだ。声を出していたつもりはなかったんだけど、知らず知らすのうちに唸っていたらしい。

「ありがとう、もう大丈夫だからね。部屋に戻って寝てなさい」
「……うん……」

返事をしつつもなかなか動こうとせず、心配そうな表情で私の方を何度も見る。
やれやれ、しょうがない。

「ねえ、今日は久し振りに一緒に寝よっか?」
「っ、うん!」

妹は嬉しそうな笑顔を見せ、枕を取りに部屋へと戻っていった。
本当にうちの妹は、まだ小学四年生なのに心配性なんだから……
枕を持ってきた妹を私の隣りに招き入れる。と同時に程よい眠気に襲われる。

「じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ、お姉ちゃん」

隣りから聞こえる寝息に誘われ、私の意識も途切れた。



翌日、放課後。
授業を終えた私は、すぐさま野球部の部室へと足を運んだ。
室内に入って感じた第一印象は、ありきたりだが『懐かしさ』だった。
だけど、私がいた頃より全体的にキレイになってるかな。
そんな事を考えながら部室を少しの間眺めていると、部室のドアが開く音がした。

「こんにちはー……って、あの、どなたですか?」

声の聞こえてきた方に顔を向けると、ややおとなしそうな一人の女子生徒がいた。

「あ、私は今日、野球部に入部した者なんですけど……」

私がそう告げると、女子生徒はなにかを思い出したかのように、両手を合わせて微笑んだ。

「あ、先生から聞いてます。あなたがそうだったんですね。
わたしは一年でマネージャーの市村早苗です、よろしくお願いします」
「私は二年生の山岡みちるです、こちらこそよろしくお願いします」

お互いの自己紹介を終えると、市村さんが鞄から大きめのビニール袋を取り出し、私に手渡した。

「これは?」
「野球部の練習用ユニフォームですよ。部員の方には入部時に一人に一着ずつ配るんでず」

あ、そういえば去年ももらった記憶がある。
市村さんは、私にユニフォームを渡した後、練習の準備をすると言い残し、グラウンドの方に行った。
私も手伝おうとしたけど、やんわりと断られ、早く着替えた方が良いと言われた。
確かにここ、仕切りのカーテンが一応あるけど薄いからなぁ。
よし、さっさと着替えちゃおう。
上の方を着替え終え、下の方を着替えてる最中に外から声が聞こえてきた。

「……今日はいつになく不機嫌そうだったな」
「まあな」
「あっ、あれだろ。今日が月曜日だからだろ。週始めってめんどいよな~!」

声から察するに男子生徒のものだ。
一人は聞き覚えがある……青山君の声だ。
その声が……こ、こっちに向かって来ている!?
ちょ、ちょっ、待っ、私まだ下穿いてないのにっ! 急がないと!

「うい~っす……え?」

私がズボンを穿き終わったのと青山君がドアを開けたのは、ほぼ同時だった。
本当に危なかった……穿くのが一瞬遅かったら下着を見られるところだった。
青山君に気取られないように、何事もなかったかのように対応する。
その後、驚いたままの表情で固定されている、青山君と山吹君と川村君の三人に野球部に再入部する事を報告した。


さらにその後、少し遅れてやってきたまどかちゃんに再入部する事を伝えた。
今まで入らないと言い続けてきて、いきなり手のひら返したかのように入部するって言ったから怒声を飛ばされるかもしれない、と覚悟していたが、意外にも跳んできたのは涙目のまどかちゃんだった。

「ちょっ、まどかちゃん!?」
「よかった~……みちるが入ってくれて本当によかった~」

まどかちゃんは私を抱きしめながら、泣き出す寸前みたいな声を出していた。

「とりあえず、これで9人揃ったな!」
「ああ、間に合ったな」
「……大会に出られる」

青山君達も喜んでいるようだ……あの笑顔を見ると、本当に入ってよかったって思うよ。

「ところで、だ。なんで急に野球部に入ろうって思ったんだ?」

まどかちゃんが指でやや乱暴に涙を拭いながら、不思議そうな口調で聞いてきた。

「私が勧誘した時は頑固に断ったのに」
「それは青山君のおかげだよ」

私の言葉に皆が一斉に青山君の方を向く。

「青山が、か?」
「うん、青山君が『俺達を、野球部を信じてくれ!』って言ってくれたんだよ」
「そうか。青山、お前には礼を言わないとな」
「れ、礼とかいいですよ、俺はただ自分の考えを言っただけですし」

まどかちゃんが珍しく他人を褒めたせいか、青山君は少し照れている。

「でも、青山君が私に覆い被さってきた時はちょっとビックリしたかな」

その瞬間、部室内の空気が固まった。
あれ? なに、この空気?
そんなに変な事、言った?

「み、み、みちる、その後はどうなったんだ?」

まどかちゃんが何故か小刻みに震えながら訊いてきた。
確かその後は、私が青山君を女の子だって見破ったんだっけ……今の状況で言えるハズがない!

「そ、それは言えないよ。秘密だもん」
「っ!」

まどかちゃんがショックを受けたような顔になり……そのまま、青山君の方にゆっくりと振り向いた。

「青山ぁ……貴様、みちるにどんな不埒な事をしたのだ」
「不埒!? そんな事してませんよ!」
「そうか、あくまでシラを切る、か……なら、力づくで聞き出すまでだ」
「あ、あの、先輩……その金属バットでいったい何をするつもりなんです?」
「言っただろう……力づくで聞き出すと!」

次の瞬間、青山君は脚をフル稼動し部室から逃げ出した。

「逃がさんぞ!」

まどかちゃんはすぐさま、青山君を追いかけに行った。しかも金属バットを片手に握ったままで。
まどかちゃん、何か誤解してない?

「翔太の奴、先輩に襲いかかるなんて……なんて、うらやま……けしからん事を!」
「……今のが修羅場とか言う奴か?」

ん? この二人もなにか勘違いしてない?
もしかして、まどかちゃんは『私が青山君にレ【削除しました】プされた』って思ってるんじゃ……
顔から血の気が失せる感覚がした。
こ、このままじゃ青山君が危ない!

「ち、違うよ、まどかちゃん! それは誤解なの~!」

私は急いで誤解を解くために、二人の後を追いかけに走った。


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最終更新:2010年05月25日 22:26
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