目指せ甲子園-13

「「「偵察?」」」

部室に集まった十人の内、九人が異口同音に疑問の言葉を口にした。

「そう、偵察して敵の戦力を確認するんだ」

この場で、疑問の言葉をただ一人発しない人……坂本先輩がそう言った。
そもそも、何で偵察とかいう話をしているのか。それは、今日の放課後、ほんの二~三時間程前に起こった、とある出来事のせいである。
簡潔に話すと『監督の嘘を暴きに行ったら、練習試合を組まされた』って感じだ。どうしてこうなったんだっけ……。
ま、いいか。
それから、部活が終わり試合の事を皆に話した。
すると、坂本先輩が「偵察しよう」と言い、現在に至る。

「偵察メンバーは厳選する。誰が偵察に行くかという事だが……」

坂本先輩の言葉に心の中で頷く。
確かにメンバーは選んだ方がいい。全員で行くと確実にバレそうだ。
それに、花坂は夏に対戦したばかりだ。俺達一年生の顔は覚えてないだろうが、四安打五打点を叩きだした坂本先輩の顔はキッチリと覚えているだろうから、坂本先輩は行けないだろう。

「まずは、ピッチャーの山吹。偵察でも情報は入るが、レギュラー陣の打撃は直に見ておいた方がいいだろう」
「了解っす!」

陽助が頷くのを見て、坂本先輩はこっちに視線を向ける。

「青山、お前もだ。お前はキャッチャーの視線から、レギュラー陣のバッティングを探ってくれ」
「は、はい!」

まさか自分が指名されるとは思ってなかったので、慌てながら返事をする。

「さて、次は逆に行かない人間を発表する」
「「え?」」

俺と陽助の声がシンクロした。
まさか二人だけで行けと?
しかし、先輩は俺達の声など聞こえていないかのように無視し、口を開く。

「まずは私だ。夏の大会で暴れすぎたから、向こうに私の顔を覚えている奴がいるかもしれん」

その言葉には皆が頷いた。
先輩は続ける。

「それと、麻生、明石、安川、成田の四人も行くな。現状では偵察に時間を裂くよりも、練習に時間を裂いた方がいい」
「「「「…………」」」」
「返事は?」
「「「「……はい」」」」

四人は不服そうに返事をした。
「あと、市村もだ。こいつらの練習を手伝うには、私だけでは間に合わない」
「わかりました」

市村さんは、四人とは違い素直に返事をした。

「さて、残りは川村とみちるだが、この二人に関しては各自に任せる」
「……どういう事すか?」

龍一が聞くと、坂本先輩は間髪入れずに答えだした。

「つまり、二人と一緒に偵察に行ってもいいし、偵察の方が行っている間、こっちで練習していてもいい、って事だ」

この二人は、坂本先輩に比べると有名ではないだろうし、新しく入った四人に比べると野球の技術も不安に感じない程度にあるから、偵察でも練習でもどっちでもいいって事か。

「なら……偵察で」
「じゃあ、私も偵察で」

龍一とみちる先輩の偵察班入りが決定した。

「よし、二人とも偵察だな。では明日にでも偵察の詳しい話をするとしよう」

坂本先輩のその一言で、その場は解散となった。



そして、翌日の放課後。練習が少し早めに切り上がり、部室にて偵察に関しての詳しい話が行われた。
割と長く話し合ったので、最終的に決まった事だけ話すと
『偵察は試合の一週間前の日曜日、朝九時』
『集合場所は自由、ただし花坂高校には必ず四人揃ってから向かうこと』
『泉原高校の生徒だとバレないようにすること』

と、だいたいこんな感じで決まった。
しかし、泉原の生徒にバレないようにって、アバウトだなぁ……。万が一にも、俺達の顔が割れている可能性があるかもしれないから、それに注意しろって意味なんだろうけど……どうすればいいんだ。

「どうすればいいと思います?」

俺は帰り道で偶然鉢合わせ、ついでに一緒に帰る事にしたみちる先輩に聞いてみた。

「万が一、顔を知られている場合ですか……そうですねえ。単純に顔を隠すだけなら、何か被り物をするという手段がありますけど、それは流石に……」
「ですよね。紙袋やマスク着用で行ったりなんかしたら、確実に注目集めますもんね」

当然ながら却下である。

「うーん……後は変装とかでしょうか?」
「変装、ですか?」
「ええ、髪型変えたりとか眼鏡かけたりするだけでも、割と変わって見えたりするものですよ」

なるほど、その方法は思いつかなかった。
顔を知られてなかったとしても、試合では確実に顔を合わせる訳だし、偵察してた事がバレたら多分対策を打ってくるだろうし、変装くらいはした方がいいか。

「しかし、変装ってどんな風に変わるかを考えるのがちょっと面倒そうです」

正直な感想を述べたところ、みちる先輩が「大丈夫です」と微笑みを返してきた。

「もし良かったら、どんな変装をするか私に任せてくれませんか? 変装に必要な物はこっちで用意しますし」

それは、俺にとって思わぬ、そして願ってもない申し出だった。
先輩に物品を用意してもらうというのは、少し心苦しいが、変装の事で頭を悩める必要が無くなるのは大いに感激すべき事だ。

「じゃあ、せっかくなんでお願いします」

俺が小さく頭を下げて頼むと、みちる先輩は笑顔で「任せてください」と言った。

「おっと、じゃ俺の家はこっちの方なんで、ここでサヨナラです」
「そうですか。ではまた明日、部活で」
「はい、また明日」

先輩と別れの挨拶を交わし、家へと向かい再び歩きだした。
なんでだろう。変装は先輩に任せたから、安心のはずなのに……何故か嫌な予感が脳裏に纏わりついて離れない。





【目指せ、甲子園-13 おわり】


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最終更新:2010年07月23日 20:46
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