目指せ甲子園-14

今日は、練習試合一週間前の日曜日。つまり、花坂高校に偵察をしかける日。
それで後々の事を考えて、変装しようって事になって、俺の変装はみちる先輩が考えてくれた。
そして、俺はみちる先輩の用意してくれた変装をするために先輩の家に行った。
んで、家に入るなり手渡された変装用の衣装というのが、セーラー服だった。

「なんでだよっ!」

思わず床に叩きつけそうになったが、他人の物なのでギリギリのところで堪える。

「青山君、どうかしましたか?」
「どうしましたか? じゃないですよ!」

なんで、そんな平然とした様子で聞けるの?
むしろ、そっちにどうかしましたか? って聞きたいよ!

「なんで、女装なんですか!?」
「あら、青山君は女の子なんですから女の子の服を着てもおかしくと思いますよ?」
「いや、それはそうなんですけど……」

確かに正論なんだけど、今日は陽助達も一緒だからマズイ。
バレる事はないと思うけど、代わりに女装趣味の変態だと、謂れのない冤罪を被らされる可能性が高い。
すると、今後の人間関係にも影響が出てくるかもしれない。
みちる先輩には悪いけど、やっぱりこの衣装は着るべきじゃないな。

「先輩。すいませんけど、別のにしてもらえませんか?」
「すいません。それしか考えてないので、ありません」

なん……だと……?
まさか、一パターンしか考えてなかったとは。完全に予想外である。

「しょうがない。今着てる服で行くか……」

今着ている服は当然ながら男物である。
このままでは変装っぽくないが、眼鏡をかけて髪型を変えればどうにかなるだろう。

「き、着てくれないんですか?」

先輩は何やらショックを受けているようだ。だからといって、着ようという気はないが。

「いや、さすがに女装はまだ抵抗があるというか……」
「この間、メイド服着てたじゃないですか」

ぬう、あの時の事は一刻も早く忘れたいというのに。

「あ、あの時は他に着る物が無かったからしょうがなく……」
「なるほど、よくわかりました」
「え……?」

なんで、先輩はこっちににじり寄ってくるのか。
そして、なんでその先輩の手つきにとても不吉なモノを感じるのか。

「あの、先輩? いったい何をする気なんですか?」
「いえ、せっかく用意した物を無駄にしちゃうのもなんなので、少々無理矢理にでも着てもらおうと。他に着る物が無ければ、私が用意してくれた服を着てくれますよね?」

ま、間違いない。先輩は俺の服を奪い取る気だ。
その証拠に、表情としては笑っているけど目が笑っていない、本気の目だ。
ここに居たら間違いなく危ない、逃げないと。
先輩に背を向けて走り出そうとした瞬間、両足が重りでも付いているかのように動かなくなった。

「わっ!?」

咄嗟に両手を床について顔面強打は免れたものの、四つん這いしているような今の体勢では、先輩からは逃げられない。

「はい、捕まえました」

ほら、もう捕まった。とはいえ、肩に手を乗せられているだけなんだけどね。
でも、まだ足が満足に動かせそうにないから、不審な動きを見せたら、どうなるかわかったもんじゃない。
しかし、何故急に足が動かなくなったんだろう。
不思議に思い、自分の足の方を向くと、体格からして小学生くらいと思われる子供が三人、俺の足にしがみついていた。
俺はその子達に見覚えがあった。
みちる先輩の弟達……正確には弟二人と妹一人だ。
以前、先輩の家に泊まらせていただいた時に知り合い、それ以来、妙に懐かれている。

「お前ら、いったい何を……」

俺は、文句の一つでも言ってやろうかと口を開くと、三人から一斉に睨まれた。
……なんで、俺が睨まれてるんだ?

「お、お姉ちゃんをいじめちゃダメっ!」

先輩の妹の、あかねちゃんが俺に向かって言い放った。

「ちょ、待った! いじめてないって!」

どうやら、さっきのやり取りは傍から見ていて、いじめに見えていたようだ。
さすがに、いじめてると思われるのは心外なので、反論する。

「いじめてたじゃんかー!」
「姉ちゃんが一生懸命考えたのに文句言ってたしー!」

即座に先輩の弟達……優一と優二に反論された。
しかし、対弟達用にこれ以上反論できない台詞は考えてある。

「いや、でもさ、お前らだって先輩に『女装しろ』的な事言われたら断るだろ?」

どうだ。これなら、女装趣味の奴以外はだれだって『断る』としか言えないだろう。
もし、仮に先輩の顔をたてて『断らない』と言ったら、女装趣味と誤解されるリスクがある。

さあ、どう答える?

「う……俺達の事はどうだっていいだろ!」
「そうだよ! 今は、それより大事な話してるんだよ!」

くっ、強引に話を逸らしやがった。だが、一度話を逸らした程度で俺が追求を止めると思ったら、大間違いだ。

「あのな……ん?」

俺が反論しようとした時、服の袖を軽く引っ張られる感覚がした。その方を見ると、引っ張っていたのは、あかねちゃんだった。

「お願い……お姉ちゃんの選んだ服、来てください。お姉ちゃん、一生懸命考えたのに……それなのに、それ、な、のに……」

やばい、あかねちゃんが涙目になりかけている。このまま泣いたら、俺が泣かせた事になるのか?
とにかく、泣かれるのはまずい、精神的に。直接的とまではいかないだろうけど、間接的ぐらいには泣かせた事にはなりそうだし、そうなると後味が悪い。
それに、偵察メンバーの今日の集合場所はここだ。俺は着替えがあるから少し早く来たけど、そろそろ残りの二人も来る頃かもしれない。
その時、俺と俺の服の袖を掴みながら泣いている少女を見たら、どう思われるか。
多分、俺が泣かせたと思われるだろう。
そんな誤解されたら、すごく気まずい。ましてや、これから偵察に行くというのに。

「うっ……うう……」

色々考えている間に、あかねちゃんの限界は近づいている。
背に腹は変えられない、か……仕方ない。

「わかったって! 着るよ、着るから泣かないで!」

なかば、やけくそ気味に言うと、あかねちゃんは蚊の鳴くような声で「本当?」と聞いてきた。

「うん、本当だから。だから泣かないで、ね?」

俺がそう言うと、今にも目から零れそうな程の涙を堪えながら、小さく頷いた。

俺は先輩からセーラー服を受け取り、空き部屋で着替えてる間中、一つの事を考えていた。
こんな事になるんなら無理にでも、坂本先輩達と一緒に学校で野球の練習をしていた方がよかった、と。
なんとか着替えを進めていき、上下共に着替え、先輩のいる部屋に戻る。

「先輩、着替えましたけど……」
「あら、似合ってますね。サイズもピッタリで……っと、忘れるところでした」

先輩は呟き、近くのソファに置いてあった黒いロン毛のカツラを俺に被せた。
これって、この前先輩の家に泊まった時に処分しといてくださいって置いていった、あのカツラだ。

「捨てるのもなんだかもったいなくて、取っておいたんですけど正解でしたね」

なんて笑顔で言う先輩を見ると、問い詰める気が無くなってしまう。

「ところで、割と着替えるの早かったですね」

無理矢理結んでヨレヨレになった、俺の着ているセーラー服の胸元のリボンを綺麗に結び直しながら、先輩は尋ねた。

「まあ……このシャツとスカートの上下だけだったんで」
「だけど、なんか足りない気がしますね」

先輩は腕を組み、視線を上下にさまよわせる。

「俺も足りない気がします……」

特に下半身の辺りが。
もっと厳密に言うと、スカートの丈が。

「短いですよ、コレ……」

客観的に見れば、丈は決して短すぎではなく、ごく一般的な長さだろう。
しかし、自分の一挙一動に浮かび、翻るスカートを見るとこの長さでは心許なくなってくる。
特に俺の場合は、女物の下着を着ける決心がつかず男物のままなので、ものすごく不安だ。

「せめて膝下十数センチあれば……」
「それは長すぎです」

先輩から冷静なツッコミが入った。
しかし、先輩のこの反応から察するに俺と先輩の考えている『足りない何か』に対する視点は違っているようだ。
聞いてみるか。

「じゃあ、先輩は今の俺に何が足りないと思います?」

俺の言葉に、先輩は一瞬だけ首を俯かせ、視線を『とある場所』……俺の胸部へと向け、ハッとしたように視線を俺の顔に戻し、ニッコリと笑う。
俺には、その笑顔が、失態を取り繕うような、そんな感じの笑顔に見えた。
ってか、そんなに胸が残念に見えるのか。確かに、どんなに贔屓目で見ても大きいとは言えないサイズではあるけど。

「ス、スカートの長さどうしましょうか?」

あっ、あからさまに話を変えにきた。
でも、スカートの長さは俺にとって大事な話なので、指摘はしない。

「スカートの長さって、今から変えられるんですか?」

先輩はチラッと時計を見て、首を横に振った。

「さすがに時間が足りませんね……二人に指定した時間まで後五分くらいまでしかありませんし」

先輩は顎に手を当て、少しの間眉を歪め、何か思いついたらしく明るい声で「そうだ!」と言った。

「つまり、スカートがひらひらとひるがえるから、不安で丈を長くしたいんですよね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと待っててください」

先輩は、そう言って家の奥の方に引っ込んでいった。

「どうする気なんだろう」

それから、すぐに先輩は戻ってきた。

「青山君、コレを穿いてみてはいかがでしょうか?」

そんな台詞と共に、先輩が差し出したのは、短パンだった。
確かにこれを穿いてれば、スカートの動きや短さは気にならない。
万が一、スカートの中身が見えてしまう時でも、ガードは万全だ。

「そうっすね、短パン借ります」

先輩の申し出をありがたく受け取り、短パンを装着する。

「どうですか、穿き心地は?」
「あ、問題ありません」

あえて言うならば、全体的にちょっと大きめな気がするが……まあ、問題にならないレベルだ。

「それ、私が中学の時に使ってた物だから、小さくてサイズが合わないと思っていたんですけど、問題ないみたいでよかったです」
「…………」

俺の体型が中学生並み、と言われたようで少し複雑な気分だ。
まあ、いいか。不安の一部はなくなったし。
さて、そろそろ陽助と龍一が来る頃かな。
なんて思っていたら『ピンポーン』とチャイムの音が流れ、玄関の方から先輩を呼ぶ陽助の声が聞こえる。

「来たみたいですね、行きましょうか」
「……うっす」

さて、あいつらはこの格好を見たら、どんな反応をするだろうか。
……不安だ。





【目指せ、甲子園-14 おわり】


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最終更新:2010年09月01日 00:03
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