リハビリ的に…まとめ直後からの分岐
「頼むっ! このとーりっ!!」
お手手のしわとしわを合わせたポーズで、女になって低くなった俺の頭の位置よりももっと低い位置に頭を落とす。平身低頭とはこのことだ。
たまに他校の女子が見に来るくらいのルックスのやつがこんなことしてるのを見ると、やっぱり情けなさが先に立つ。
「馬鹿みたいだから頭上げろよ」
言っても頭を上げやがらない。
よく見れば合わせてる手は微妙震えていて、こんなアホなこと言いつつも隆が緊張してるのがわかった。……まあ、緊張してるくせにこんなことするんだから正真正銘の馬鹿という言い方もあるけど……。
――あーもー……。
一つ溜息を吐いて。
「俺にも条件付けさせてくれるんなら、いいぞ」
「マジか!?」
反応早すぎ……上げた頭が当たりそうだったじゃないか。
「一応言っとくけどな、今でも俺は嫌だ、やりたくなんかない。でもおまえ、了承しないと一生同じこと言いそうだし」
何よりこれからもこいつと付き合っていくうえで同じようなことを延々と繰り返すのは面倒すぎる。
「だからこんなことさせてやんのはこれっきり、おまえが言った四千秒だけだって約束できんなら……」
「約束しますっ!」
――だからがっつきすぎだって……。
「じゃ、早速」
「はいストップ、まだ話の途中」
鼻息荒く目も爛々としてる隆の顔の前に手のひらを突きつければ、お預けを食らった犬のような目で俺を見てくる隆。
「条件の続きだ。四千秒は分割で、時間の長さは俺に決定権がないとやだ」
「どういうことだ?」
「おまえ、まさか今から一時間以上胸揉み続ける気だったのか……?」
まさかと思って訊いたのに、このアホウは大真面目に頷いて、俺は思い切り脱力させられることになった。
「あのな、ただでさえ嫌なのに、そのストレスを一時間以上も続けられるか?」
「でも何度もやな思いしないで一回で終わらせた方がいいじゃね?」
まあ、そこらへんは考え方の違いだろう。
下手な肩揉みだと三分も俺は耐えられないからな。
「別に嫌ならさせないだけだし。それに一回きりより何度もこれを触れる方のがそっちも面白いんじゃない?」
これ、のところで胸を下から持ち上げて見せれば、一発でそれに釘付けになるバカ。
簡単な操作の仕方を発見できたな、これは。
「あ、あと痛かったりしたら即終わりな。……これで俺が付けたい条件は終わりだけど、異存は……」
「ないであります!」
どっちだ。
「そっちの条件全部飲むってことだよ」
六畳ちょいの俺の部屋。かなりの緊張感がそこに満ちていた。
ふう~、と後ろから首筋に息を吹きかけられて、体が撥ねてしまった。
何をするんだ、と文句を言ってやろうとそっちを見て、今の息の正体が隆の深呼吸だとわかる。
「…………やっぱ緊張するもんだな」
言いだしっぺのくせしてそんなこと言ってくる隆に少しだけムカつく。
今、俺と隆はいっしょにベッドに腰掛けている。それも深く座っている隆の足の間に俺がちょこんと座るというなんだかいかがわしい体勢だ。
揉ませるのを承諾したのはいいけど、正面から顔を突き合わせてっていうのは嫌だったし、隆のほうも楽な体勢のがいいってことで結局こうなった。
「あのさ、やるんならさっさと始めてくれないか?」
どうにも踏ん切りの悪い隆にクレームをつける。
「あ~……」
なんだその声。
その後もなんだかんだと唸る隆にどんどんイライラが溜まっていく。
――……もういいや。
自分から動くなんてしたくなかったけど。
「え?」
宙を彷徨う隆の手首を掴めば、間の抜けた声が後頭部の辺りから聞こえてくる。
その声を完全に無視して俺は隆の手を操り。
「おまっ……! なぁ…!?」
自分の胸部に思い切り押し付けてやった。
――あ、やっぱり手でかいんだな。
自分で押し付けたわけだから、隆の手だっていう感覚も特になく、俺は悠長にそんな感想を抱いていた、んだが……。
『……………………』
ナンダロウ、この沈黙は。
あんまりにも隆が情けなくて哀れすぎるから、俺が『仕方なく』折れてやって今の状況になってるわけで、俺は最初から乗り気じゃない。
それなのにこんなにも無反応を返されると、非常に不愉快になってくるわけで。
「ほらな、やっぱり小さい方がいいんだよ。結局、でかいつってもこんなの肉の塊なんだから付けてるほうとしては重いだけだし、悪目立ちするし、いいことなんか……」
「……たい」
「ん?」
ここぞとばかりにこの胸のデメリットを語る俺の後ろから、とても小さな呟きが聞こえてきた。(ちなみに肩をすくませ両手の平を上に向けてる俺の胸には、未だに隆の手がくっついてる)
「何? なんか言ったか?」
隆はきっちり真後ろにいて、端から見れば抱きしめられてるような体勢なせいで隆の顔をうかがうことは出来ない。
だから、隆が次のセリフをどんな表情で言ったのかはまったくわからないわけだ。
「なんか……思ってたより硬いな」
――うん、殺そう。
どういうわけだか、ものすごく殺意が芽生えた。ああ、俺も順調に女になってるんだな。
非常に残念そうな声で、とてもとても失礼な事を言ってくれたクソをとりあえず殴ろうと体を捩じらせ……。
「ひゃっ!?」
……変な声が出た。
その理由は、隆の手がいきなり動いて俺の胸を掴んだからだ。
「…変な声出すな」
「おまえがいきなりしてくるからだろ」
低い声での苦情にむっと答える。
「つーか、文句あるならもう触んじゃねえ」
言って隆の腕から逃れようとうごめいて、けれどうまくいかなかった。
そんなことをしてるとまた後頭部の辺りから声が聞こえてきた。
「文句っていうか……当たり前のこと聞いていいか?」
――当たり前だったら聞く必要なんかないんじゃないのか?
そんなことを思ったが、俺の返答を待たずに隆は言葉を投げかけてきた。
「下着、いま着けてるよな?」
――何言ってんだコイツ……。
あんまりにもあんまりな質問に、少しの間ポカンと口を開けてしまった。
「触ったんだからそんなことわかるだろ」
「………………」
沈黙が返ってきた。まさかわかってなかったんじゃ……。
「胸を、揉ましてくれるって……おまえ言ったよな?」
またまた確認するような口調で聞かれる。
「まあ言ったな」
正直、隆が何を言いたいのかまったくわからない、が普通に同意してやったらまた沈黙が返ってきた。
――何か考えてるんならとりあえず俺を放してからにしてほしいんだけど。
そんなことを思ったが、今度の沈黙はわりと早く破られた。
「俺は胸を揉ませてくれって頭を下げたんだが……」
「あ?」
「なんで下着着けたままでいるんだ?」
……何を言いたいのかさっぱりわからない。
部屋にいるからって……いやそれ以前に誰か来るってわかってんのにノーブラでいる奴なんか居るわけないじゃないか。
「あのさ、言いたいことはちゃんとまとめてから口にしてくれないか?」
せめてまともに顔も見れれば何を考えてるか読めるんだけど、この体勢じゃそれも無理だ。
「あー、簡単に言うとだな。ブラジャーのせいで感触がよくわからないから取ってくれ……って無理だよな」
「代わりに何くれる?」
即答で逆に質問すれば、隆が息を飲むような気配が伝わってきた。
「なんかすれば……いいのか?」
「どうせ嫌だってつっても折れないんだろ? それに前に馬鹿みたいに引っ付いてきたときは当然俺は男でブラジャーなんかしてなかったし、あん時と同じようなもんだろ?」
微妙にスキンシップ過剰な隆と友人をやってきたせいか、俺はそんなふうに楽天的な考えを抱いていた。
「じゃあ、何すればいいんだ?」
ここまでくれば、言い争っても無駄だし、さっさと隆を満足させたほうが楽だって思ってた。
「ん~……じゃ、休みの内の数学の宿題、全部写させ――」
「わかった」
――人の言葉尻にかぶるな。
即答にも程がある隆に内心溜息を吐いて、最近着け始めたばかりの下着を脱ぐべく俺は背中に手を回した。
そう、俺は根本的なところを見落としていたんだ。
男と女。
その二つの身体の……刺激の受け取り具合が違うことなんて、ちょっと考えればわかりそうなのに。
この時の俺は、ほんのひとかけらもそれを考えずに、隆の提案を飲んでしまったわけだ。
『一時間が三千六百秒だから、わかりやすいように今日は端数の四百秒な』
ブラジャーを取り終わった後、時間指定を忘れてたからそう隆に言った。
「……っ…」
が、後悔先に立たずという言葉を今ひしひしと味わってる。
横目でベッドサイドの置時計を見る。……まだ三分しか経ってない。
俺がいま身につけてる衣服は三枚。下のほうの下着と、ハーフパンツ。
そして、現在隆の手がうごめいてる舞台となってる薄手のTシャツだけだ。
――……ぁっ。
漏れそうになる声を必死に噛み殺す。
隆のでかい手が布一枚上から俺の胸を揉んでいる。
俺からは隆は手だけしか見えてなくて、それが余計に変な感じを与えてくるんだ。
「かなり慣れて、っるよな?」
ずっと黙ったままの隆。
その妙な雰囲気を振り払いたくて、だけど俺の軽口は受け取られずに消えていった。
「なんか…言えよ」
触られてるところが、すごく熱い。
止まることなく、撫でるような触り方でずっといじくられて、何かがそこにたまってくような不思議な感覚が生まれてくる。
「ん……やっ―――!」
高い、悲鳴みたいな声。一瞬、本気で誰の声かわからなかった。
――なんだよ今のッ!!?
俺が、出したのか今の……?
「痛かったか?」
隆の声に答えられずに、俺は口を両手で押さえたまま首を横に振る。
「そうか……」
少しだけ止まっていた手がまた動き出す。
「ふぅっ!? ……っあん」
「痛くないんだったら、気持ちいいんだよな?」
――ふざけんなっ。
言い返したいのに、いま手を放したらもっと変な声が出てしまいそうで……。
また首を振って否定すれば、首筋に溜息に似た息がかかってきて、それにさえ体が撥ねてしまう。
「こんなに乳首が立ってるのに、なんでそんなわかりきった嘘吐くんだ?」
「やあっ!?」
軽く引っかかれるようにされて体に電流みたいのが走った。
生まれて初めて味わう奇妙な感覚に意識のほとんどが行ってしまって、次に落とされた隆の言葉なんかまったく理解してなくて。
「ここ、触られてどんな感じだ?」
「ふゃっ……!」
ここ、のところで両方の乳首を指で挟まれて、体が丸まってしまう。
「なあ、明里どうなんだ?」
耳元で囁かれる、そそのかすような言葉。
訊いてくる間も隆はずっと手を止めることはなくて、どんどん何も考えられなくなってしまう。
「ゃ……ジンジンする、んぅ…あ」
そうして感じたままの、とても恥ずかしいことを口にしてしまって……。
「やぁっ、それ……それやだぁ!!」
いきなり動きの速くなった隆の手に、また変な声を上げさせられてしまう。
「ん、んぁ……ひっ」
両方の乳首をくすぐるようにされたり、つままれたり、押し潰されたり……パターンのわからないやり方でいじられ続ける。
「たか……っ、や、あぁん! はぁっ、ぅん!」
自分でもいやらしいと思う声がひっきりなしに口から出てしまうのを止めることができない。
――なんで、こんなにきもちい……。
「ぇ……?」
いきなり隆の手が離れていって、困惑したような息が漏れてしまった。
「な、んで?」
「もう時間だからな」
俺の質問に端的に答える隆。見れば、たしかに時計は期限の時間を指していた。
「じゃあ、俺、帰るわ」
「どうしてっ?」
ベッドから降りながらの隆の言葉に驚かされて、思わず強い調子で聞き返してしまった。
「……ちょっと俺の指差したところ見てみろ」
言って隆は自分の股間を指差し……――――!!!?
「さすがに、ちょっと間を置かないとまずいことになりそうだからな」
わざだとわかるふざけた口調に何も返せず、びっくりしすぎて俺は隆のそこから目を逸らすこともできずにいる。
――…めちゃくちゃ勃ってる。
「明里が、あんなエロイ反応するなんて思ってなくてな。びっくりしたぜ」
言いながら荷物を片して。
「自分でした約束は必ず守る、これが俺のジャスティスだ」
わけのわからない言葉を言い残して、じゃあまたな、と隆は俺の部屋から出て行く。
少し後に玄関の閉まる音が聞こえてきて、本当に隆が帰ってしまったんだとわかった。
……股間を元気にしたまま。
――途中で捕まったりしないよな……。
馬鹿なことを考えながら、俺はベッドにそのまま突っ伏した。
「んっ……」
たった今まで行われていたことを思い出して、小さく息を吐き出す。
本音を言えば、すごく…気持ちよかった。
なんでかはわからない。けど隆の手で刺激されて、体が熱くなって……ジンジンして、少しも嫌じゃなかった。
――どうして…?
自問してもわかることじゃなく。溜息を吐きつつ仰向けになれば、自分の胸が見えてしまって。
「――――っ」
服の上からでもはっきりわかるのが恥ずかしい。そこ、はまだ刺激を求めるようにぷっくりと膨れたままなんだ。
本当ならすぐに下着をつけ直して、さっさと意識の外に出すのが一番だ。
なのに、俺の手は、自分の胸に伸びていた。
「ふぅん……っ」
乳首を撫でれば、あの奇妙な感覚がじわっと体に走る。
それがもっと欲しくて、俺は自分の胸をいじり始めた。
「んっ、あああん」
隆にされたことを追うようにずっと触っていると、お腹の下の辺りがすごく熱くなってくる。
「やっ…だぁ」
知識としては知ってても、女になってから一度もそちらを、そういう意味合いで触ったことはない。
男のころとは違って、しなくても何も辛いことはなかったからだ。
それなのに今は……。
ドキドキする胸を押さえながら、俺はハーフパンツを下ろす。
「何、コレ……?」
パンツが……湿ってる。今までこんなことなかったのに。
もしかして、コレって…。
「そんなことないっ!!」
大声で叫んで、俺はハーフパンツを上げて布団の中にもぐりこんだ。
『濡れてるのは隆に胸をいじられたから』
一瞬よぎったその考えを忘れ去りたくて、布団の中でぎゅっと目をつぶる。
友達にエロイことをされて感じてしまった。
たとえそれ以外の理由が考えられなくたって、そんな恥ずかしいことを認めてなんかやるものかっ!
そんな感じで無理やり頭の端っこの方に今の考えを押しやる。
それはうまくいったんだけど、まったくもって問題の解決になってないってことに気づいたのは、次にこのコトが行われるときだった。
『無自覚で繋がる世界』 一応 終
最終更新:2008年06月14日 23:03