「お疲れ~今日はこれで上がっていいよー」
軽い口調な渋い声の主はコーヒーバー『魔法茶碗』の店長、浦芝利一(うらしば りいち)。通称リチャード。
如何にも取ってつけたような通称である。
年のころは35歳で、グレーを基調としたスーツをびしっと着こなしている。
鼻の下のちょび髭が如何せん年齢と不相応なイメージがぬぐい去れない。
「ねーフォックス!この後一緒にゲーセンいこー」
年少特有の甲高い声の主は、店長の娘で小6の浦芝恵美衣(うらしば えみい)。通称エミィ。
コーヒーバー『魔法茶碗』のマスコットキャラ的存在で、キャラモノのTシャツにプリーツスカートの可愛らしい少女だ。
そしてフォックスと呼ばれたのはこの物語の主人公で、真田フォックス。父が日本人。母が英国人の所謂ハーフだった。
年齢は15歳で身長は165センチと標準より少し小柄だが、線の細いしなやかな出で立ちと優しげな顔立ちで、常連のOLから絶大な人気を誇っている。
今まで仕事中だったので、ウェイターの格好だ。
「えぇ!ええと・・・・ど、どうしようかな~はふぅ・・・」
疲れきった声がフォックス少年の口からこぼれた。
「もぉー!行くったらいくのー」
「はっはっは。エミィ。今日はお店のお手伝いの番だぞ」
「げぇー!?そうだっけーーー??」
「ごめんね、エミィちゃん。マスター、今日はなんだかどっと疲れたんで部屋で休みますね」
「はいはい。夕食には起こしてあげるから、ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます。じゃあ・・・・おやすみなさ~い・・・」
そう言ってフォックスはふぁぁ・・・と大きなあくびをしながらフラフラと店の奥に引っ込んでいく。
「フォックスのばかぁ・・・」
「こらこら、八つ当たりしない」
マスター、もといリチャードはフォックスが自室へと戻っていく姿を見届け、
「そろそろ・・・かな?」
と、一言。
「なんのことー?」
きょとんとしたエミィをなんでもないよ。と頭を撫でて優しくあしらう。
フォックス少年は深い眠りに落ちた。
彼は両親から離れて生活している。両親との折り合いが悪い。というわけではない。単に浦芝利一の下に下宿している身なのだ。
その下宿の理由。フォックス少年は魔法茶碗の店長、浦芝利一からとある魔術の教えを受けているからだ。要するに、彼とは師弟関係にある。彼ら彼女ら、『魔道』を目指すものは必ず誰かの元で修行を積んでいく。
魔法。それはそう簡単に扱えるものではない。モノによっては宗教的な崇拝や、書物や口伝により知識を身につけることから始まり、とある時期を迎えるまでにそれを行い続けることで初めて覚醒を迎える。
それは、様々な分野においても同じ事象で、一般人に無い大いなる力を手にする際に必ず発生するとされている。
生命エネルギーの暴走。俗に言う『reckless life』。それは成長期におけるホルモンバランスを狂わせるという神秘的な現象でもあった。
体が熱い。焼けるように熱い。そんな異常な熱さを感じてフォックスはベッドから上半身だけを起こす。
朦朧とする意識の中、微かに体中から痛みを感じ取る。軽く指を動かそうとしてみるとピリっとした痺れのような小さく鋭い痛みが走る。
「ぅぅっ・・・」
小さなうめき声を上げると、か細い高い声が頭の中を刺激する。悪い夢でも見た?もしかして熱?風邪かな?とゆっくりとした思考しか持たない寝起きの頭脳が少しずつその思考回路を取り戻していく。
頭に溜まった冷たい汗が雫となって頬を伝う。相当寝汗をかいたらしい。
少しでもこの不快感を和らげようと、机に投げ置いてあったフェイスタオルを取ろうと起き上がろうとしたが、足元に力が入らなかった。参ったな、風邪だ・・・。と心の中でつぶやくと同時にノックも無しに自室の扉が開いた。
「おや、起きてたのか」
「マスター・・・・」
「ほぅ、不謹慎だが可愛い声だね」
「は、はい?茶化さないでくだ──」
「えぇぇ!?」
聞き覚えの無い甲高い声が自分の頭と自室に響き渡る。暫くパニックになって、動きの悪い両手をばたばたと動かしていたが、それもじきに落ち着きを取り戻して。冷静にあーとかうーとか発生してみた。
「な、なんなんですかこれ!!」
甲高い素っ頓狂な声が自らの聴覚を刺激して脳の神経を揺さぶる。
「あいたたた・・・」
「ほら、病みやがりのようなものなんだから、少しは安静にしなさい」
「はい・・・・って、マスター」
「ん?」
フォックス少年は、自分自身に起こった『声が女の子になっている』現象をひとまず受け止めた。しかし、自然の摂理では少なくともこんな現象は存在しない。それはつまり──
「また変な魔法つかいました・・・・?」
「確かにボクは悪戯が大好きだけど、呪術は専門外だよ。それは君も知っているはずだよ?」
このマスター、フォックスの師匠にあたる人物は年甲斐も無く悪戯が趣味なのである。仕事中はそんな姿は微塵も見せないのだが、私生活となるとその本性を表すのだ。つまり、フォックス少年は彼が遊び半分の悪戯でこんな目にあわされているのだと思っていたのだが。
「今こそ、魔術。いや、『魔道』についての真実を話さなきゃならないね」
マスターの顔は真剣そのものだった。
その真剣な眼差しに少しばかり気おされたフォックスは黙って彼の言葉を待つ。
「まずは、君の体に起こっている現象。それは生命の暴走と言うね」
彼は良く分からないまま、はぁと相槌をうつ。
「つまり、君は今その生命の暴走、所謂『RL現象』が起きているんだね」
RL現象・・・?彼にはとても理解できない言葉だった。
魔術を学ぶ彼は頭脳の中に蓄積された情報を検索してもそんな言葉は見つからない。
せいぜい、ゲームコントローラーのLR?見たいな知識しか思い浮かばなかった。
「すまないね。これは暗黙のルールみたいなものでね、RL現象に関してはその現象が起こるまで本人には隠しておかなければならない事になっているんだ」
「・・・・よくわかりません」
「ああ、ごめんごめん。回りくどいのはボクの悪い癖だね。つまり、君は今女の子なんだ。肉体的に・・・ね」
「・・・・・・・」
フォックス少年は言葉を失った。
「RL現象っていうのは、分かりやすく言えば性転換。男の子の場合は女体化といった現象になるね、逆もまたしかり」
「女・・・・体化・・・・・」
「何の因果なのかな。魔道を志し、その力、魔翌力を得るとどうしても避けられない現象なんだね。ボクもその体験者だよ」
「は・・・はは・・・」
「君はこの2年半で様々な知識を得たよね。魔術の基本、魔術の力、魔術の源、それはを知る行為というのは一種の身体改造、ドーピング見たいな行為なんだ」
「・・・・!!そんな理由とか根拠とかどうでもいいです!どうしてこんな大切な事を黙っていたんですか!?」
「・・・・・・君はなぜ魔術を学んでいるのかな?どうしてボクに弟子入りしたんだい?」
「そ、それは・・・・それは!」
彼はどうしてこの身体変化の事を今まで黙っていたのか最後まで教えてくれなかった。上手く言い逃れられたのかもしれない。
ただ、この現象が魔道を進む上で必ず通る道なのであれば、慣れないこの体にも耐えられるかもしれない。
フォックス少年には魔道を進むべき理由があったのだ。
それじゃあ夕食にするよ。そろそろ体も楽になった頃だと思うから。と、マスターはフォックス少年の自室から出て行った。
彼はベッドの上から動かず少し物思いに耽った。
なぜ、マスターは性転換の知識を自分に教えてくれなかったのか、やはりこの事はどんな理由があっても拭い去れない。
そこまで来て彼は一つの疑問点に気づく。
我々の先輩にあたる魔道を進む者たちはこの現象に合っているはず。ならばその情報が世間的にも知られていてもおかしくはない。
ならば、なぜ自分がそれを今まで知りえなかったのか、と。
しかも、これから対面するエミィにはそれこそこの現象の事を知られてしまう。
ならば、黙っている必要性とか社会的ルールみたいなものはどう説明したらいい、と。
何かがおかしい、そう思いながら今一度その真偽を確認すべく重たい体を動かして自室の扉を開けた。
白い世界。何も無い世界。ただ、ずっと地平線すらない白い空間の世界が目の前にあった。
「体はどうだい?」
不意に後ろから声を掛けられてぎょっとして後ろを振り向く。
「こ、ここは!?」
「エミィに知られる訳にはいかない・・・・よね?」
飲み込みの早いフォックス少年は、これがマスターの引き起こした魔法だという事に気づく。
そして、マスターの言葉はフォックス少年が懸念した事象をそのまま言い当てた。
「夕食・・・・じゃないんですね」
「あぁ。もう深夜の3時だよ。エミィはとっくに寝ているし、今の君がバレることもないんだけど・・・・一応、ね」
「な、何をするんです・・・・?」
「・・・・・そう身構えないで欲しい。僕は一言こう言いたいんだ。おめでとう。君は魔翌力を手に入れた」
「!!」
「君の想いに一歩近づけたわけだよ。けど、失うものもある。それが魔道なんだ」
「なんとなく、わかりました。けど、こうまでして隠す理由って・・・・納得できません・・・・」
「こればかりはボクには答えられない。けど、それを教えてくれる次なる学び舎を用意したよ」
次なる学び舎という言葉を聞いてフォックス少年は驚きを隠せなかった。
一般的に後悔されている情報は、師匠の下で魔道を教わるという事だけ。
「いいかい?君はこれからここに行ってもらう事になる」
すると、虚空から何かパンフレットのような冊子が現れ、マスターの指図でフォックス少年の手元まで自動的に飛んできた。
その冊子の表紙にはこう書いてあった。
『ミュテリア魔法学園』と
「」
入学式の当日、フォックス改めフォクシーは学生寮の一室で身なりを整えている最中だった。
フォクシーは女子生徒用の制服のブラウスに対して慣れない手つきでボタンを留める。スカートはまだはいておらず、ブラウス一枚の極めて際どい格好だったが、同室になるはずの人物達が居なかったため、特に気に留めることはしなかった。
学園の学生寮は三人一組の部屋になっている。本来なら後二人の同居人が居るはずなのだが、何の手違いかまだ学園に到着していないらしい。
はぁ・・・・また掛け間違えた・・・と、ブラウスのボタンを掛けなおそうとしたとき、外からドタドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。
と、その時、不意に部屋のドアが開き、二人の少女がなだれ込んできた。
「こ、ここか?ここなのか!?薔薇・・・じゃなかった百合の女子寮は!!というか俺っちの部屋ーーー!!」
「あーーーもう!うるさい!お前の所為だぞ!!寄り道なんかして迷子になるから!!」
「ひっ!」
なだれ込んできた二人の少女は言い争っていたと思うと、次の瞬間フォクシーを見て目を点にする。
「あ、これはその!!!ごめん!!み、見てないから!!」
「うひゃー絶景ですよー!まぁ!見た目に似合わず派手nうわなにをふぁふだ」
バン!という音と共に扉が閉められる。
部屋にフォクシーが一人。彼女は逆に目を点にしたまま固まっていた。
西洋的でかつ、和を取り入れたようなデザインの学生服姿の3人の少女は入学式が始めるまでの時間まで談笑していた。
「ご、ごめんな。入学式に遅れるかと思って、慌ててね」
「いいじゃん、結果的にちゃぶちゃぶ言う時間まであったんだし」
「あはは・・・いいよ、気にしてないから」
フォクシーはそう言って、自然な笑顔で彼女らに掛け合う。と、その途端、二人の表情が真顔になって固まる。
「も、萌えた・・・」
「ぐ、不覚にも・・・俺も・・・」
「え?え?なに!?」
「い、いや、なんでもない!なんでもないよ!」
「恥かしがって慌ててる沙羅ももぇうわなにあfぁ」
ドガン!と沙羅と呼ばれた少女がもう一方の少女の脳天に鉄拳を振り下ろした音が室内に響き渡った。
「ひ、ひどい!ひどいわ!」
「ごめんな、アイツ放っておいていいからさ、でもさ・・・・君・・・も、本当に元男・・・・なんだよね?」
二人の掛け合いを呆然と眺めていたフォクシーは、元男という言葉を聞いてふと我に返った。
彼女らは自分と同類なのだ。それもそのはず、この魔法学園にやってくる生徒達、自分と同じ性を女性とする者は皆元異性なのだ。
となれば、彼女らにも自分とも同じ"悩み"があるはずなのだ。
彼女は同じ身の上の彼女らにそれを確認して見たかった。君たちはどういう想いでここにやってきたのか、と。
すると、後ろの方で、頭を抱えていた少女はいつの間にか、先ほど殴られた頭を忘れたかのように、スカートを両手でバタバタさせながら、あぁ、涼しいよぅ。風が気持ちいいよぅ。とか言っている。
そんな少女を尻目に二人は会話を再開させた。
「う、うん。僕の名前は真田フォックス・・・今は改めフォクシーって言う名前なんだけどね」
「やっぱそうなんだなー。って、外人さん!?」
「ん、ハーフかな。父さんが日本人で母さんが・・・・・イギリス人・・・・」
最後の言葉が少し曇ったように聞こえたが、沙羅と呼ばれた少女は特に気にせず
「はぁ~~~それで!いやぁ、日本人離れした顔だと思ったら!あ、俺、前谷沙羅!元はサトシってしょうも無い名前だったよ」
「前谷・・・さん・・・だね」
「あぁ、沙羅でいいよ。その方が可愛くて気持ちいいし。あ、それとあっちのバカが松平吾平ね」
「む!吾平ちゃうわ!その読み方で呼ばんでくれ!俺っちの名前は姶良!アイラちゃんって読んでね!」
「え、ええと・・・ご・・・」
「ちがーーーう!ア・イ・ラ!ほら復唱!」
「あ、アイラちゃん・・・・よ、よろしく」
騒がしい二人だが、何とかやっていけそうな気がして、フォクシーの顔が自然と緩んでいった。
二人の会話に流されて、聞きたかった事を聞けずに居ると、寮内放送らしき声が室内に響いた。
『これより入学式を行いますので、新入生の方々は講堂前に集合してください、その際──』
と、事務的な言葉が続けられた。
「じゃ、一緒に行こうか!」
ベッドに座っていた3人は意気揚々ドカっと立ち上がる。それぞれ女性らしさのかけらも無かったが。
3人は教室へ向かっていた。今日は入学式だけなので、それ以外には大した行事はないのだが、一度教室に集まることになっているらしい。
フォックス、沙羅の二人はつかれきったように肩を落としていたが、それに対して姶良は元気そのものだった。少々顔が熱っているようにも見えたが。
「はぁ・・・校長もとい・・・学園長の話ってやっぱどこも長いね・・・・」
「そうでもないぞー、前に座ってた娘、いい体してたよーじっくり堪能させてもらったお」
「こいつのエロパワーは女になっても不滅かよ・・・」
実際女になってからというもの、男の時ほどの性的衝動は少ないように思える。魔法茶碗で働いていた時に様々な女性に声をかけられた。
産な少年であったフォックスは気恥ずかしいもはありはしたが、それでも異性に対してそういった衝動を持ってないわけではなかったからだ。
「いやーまぁ、でも、やっぱり男を見てもときめかねーわ」
「それはわすれたまへ。百合があればそれでいいんだお」
今までバタバタしていて、あまり気に留めてなかったが、ここに来て二人の容姿を観察して見た。
前谷沙羅、通称沙羅。年のころは同じとして、整った顔立ちに綺麗に切りそろえられた前髪。後ろ髪は背中まであり、綺麗な黒髪ストレートヘアだ。
胸の大きさは・・・・ブレザーだとよくわからない。
「ん?どした?あぁ、この髪な。結構手入れ大変なんだぞこれ」
もう一人、松平姶良。くりっとした目が印象的で、短めのショートヘアは毛先から3センチくらいのところでくりんと丸まっている。
胸の大きさは・・・・触れないで置こう、本人が気にしているかもしれないし。まぁ、全体的に幼い印象だ。発言以外は。
「き、気にしてなんかないんだからね!」
「ご、ごめん」
対して自分はというと、身体変化で髪の毛の色が抜けてしまい、銀とも白とも言えない色になっていた。
正直なところ長くなった髪を最低限の手入れで終わらせ、後ろで束ねてポニーテールを作っているだけ。
身長は少し縮んで160センチ。女性としては背の高い部類に入るだろう。
胸に関しては・・・・正直人前で見せるには少々大きいのではないかと思っている。それに、ゆれるし、重いし、なんにしてもブラジャーが高かった。
「傷ついた・・・から癒して~~~!!」
むぎゅーっと姶良の顔がフォクシーの胸元に埋まる。
「あわわわわわわ!!」
「ふぁ~やわらかいよぉ・・・・おかぁちゃーん」
ゴチン!以前部屋で聞いた音と同じ音が響いた
「合法的にさわってんじゃねぇ!!」
足元であうあうあうと呻いている姶良が少し可愛そうだったが、どうしていいか分からずフォクシーはわたわたしていた。
「しっかし、胸も外人級・・・ずるいぞ。それにこの髪の色も反則!てか、校則違反!」
「そう・・・かな?でも、沙羅の黒髪、僕は羨ましいかな。綺麗だよ」
彼女としてはこれが素の言葉だったのだろうが、それを受け取った沙羅は驚いて顔を真っ赤にしてしまった。
「え!?そ、そんな・・・改まって言われると・・・・その・・・・」
案外ほめ言葉に弱いらしい。恥かしがった彼女は、普段の男らしい口調とは一転してこの場はただの少女だった。
「惚れたか・・・・?惚れたのかー?いやぁぁぁん!沙羅ちゃんのえっちーーー!」
ふと我に返った彼女は怒りに震え、眉間にしわを寄せ、コメカミには青筋すら浮だっていた。先ほどの可愛らしい仕草とは一遍してこの場はただの修羅だった。
追いかけ合う二人。そんな二人は姿かたちが変わろうとも、友達同士である事を教えてくれた。
入学式が終わり、その後集められた教室では、沙羅だけが別のクラスだった。
一人座席について、はぁ・・・・とため息をつく。
すると。
「へぇ、しっかり手入れしてるねぇ~綺麗だよ、うん。綺麗」
「え!?」
後ろから大きな手で髪を撫でられて慌てて後ろを振り向く。
その大きな手の主は、沙羅の後ろの席に座っていた男子生徒だった。
短髪で髪の毛はツンツンと逆立っている。如何にもチャラチャラ星からやってきたチャラ男ですよー。といわんばかりの容姿だった。
「手入れ何時間かかってんの?」
と、馴れ馴れしくも絡んでくる。
が、綺麗と言われて少し喜んでいると、そこに畳み掛けるように男の猛攻がやってきた。
「爪とかどうやってんの?見せてよ」
「え、そ、えと!」
どう答えていいか迷っているうちに、男に手を掴まれてぐいっと引っ張られる。
「ふぅ~ん、まぁこんなもんか。うん、いいじゃんいいじゃん」
「あの、えっと・・・・」
「ああ、わた・・・じゃなかった!俺、柴又魔裟斗!いや、男ってのもなかなかいいね!」
彼女は暫く沈黙する。目の前のチャラ男はつまり元女であって、元男の目から見てもそれなりに男っぽい雰囲気をかもし出している。
女ってのはつくづく変わり身が早いな、と呆れていた。
「ねぇ、名前!名前教えてよ!」
「え!?えと・・・・前谷沙羅。です」
「沙羅ちゃんかー!可愛い名前だねー!ちょっとうらやま・・・・じゃなかった!」
ところどころ歯切れが悪いところがあるが、男になり切ろうと努力をしているんだなと、彼女は少し親近感が持てた。
しかし、この親近感こそが彼が仕組んだ巧妙なワナであることは彼女は気がつかない。女素人、元男(童貞)の底の浅さだったのかもしれない。
「つまんねーホームルーム終わったらさ、いっしょにどっか遊びにいかない?」
手の早い男。彼女にはそう思うだけの知識はなかった。修行時代は俗に言う修行僧。今は僧尼となるが。
ともかく、彼女にはそういった色恋の経験が無い。実質ご法度なのだが、それは修行時代のみ。時代が時代か、寺の跡継ぎ等の問題もあるため、今はそれほど問題視されてはいない。
「え、ええと・・・どうしようかな・・・」
彼女にもそれなりの考えや悩みはあった。彼女もまた、フォクシーと同じく性転換に対して悩みは当然あった。彼女は彼女なりに考え、女になったのなら、女として生きていくのもありじゃないか?と考えていたのだ。
ならば、今までご法度だった恋愛を女という形で成していってもいいじゃないか?と。
一方その頃、フォクシーと姶良は同じクラスとなっていた。
「むむむ!あのこいい足してまんなー」
とか
「うはおk!あの乳好み!」
とか、おやじくらい台詞をフォクシーにだけ聞こえるように耳打ちしてくる。
この上なくうざったい絡み方なのだが、人の良いフォクシーはあははと笑って聞き流す事しかできなかった。
「あ~あ、早く女子寮に帰りたいなーお腹すいた」
「あ、でも、食事が出るのは夕方だけど?」
「うそ!マジっすか!俺っちたえられんよー」
「じゃあ、沙羅も誘ってこの後食事っていうのは?」
「あ、あ、でもね!食事って言うのはそういう意味じゃなくてね!」
皆まで言うな、フォクシーは心でそうつぶやいて、沙羅を見習って見た。
ゴチン!
「あふん!うわーん!フォクシーまでーーー」
ホームルームが始って、やっぱりか。といわんばかりに自己紹介が始った。
自己紹介といえば名前をはじめとする自己アピールの場なのだが、ここミュテリア魔法学園ならではと言ったものがある。
それは、自分が使う『魔法分野』。要するに職業の紹介である。
スタンダードに魔法使いと答える者、そして・・・
「はいはーい!私、松平姶良と言いまーす!アイラと読んでね!吾平とか読まないよーに!好きなものは女の子でーす!職業は・・・・大僧正!うそでーす、今は僧尼でーす」
ストレートなのか、はたまたウケを狙ったのか良く分からない自己紹介にクラス中の生徒が大爆笑する。
彼女のような、僧尼もいれば、巫女に転身した者もいた。巫女と言っても様々で、俗に言うヒーラーや、戦闘用呪術(牛の刻参り等)を使用する危険なもの、淫を意味する巫女と様々である。
式神を利用する陰陽師や、中国から伝来した風水師などもいた。
代々武士の家系をつぐものだと、戦闘用の補助魔法的なものを使用する念術師もいる。自分は強い。自分は早い。そう言い聞かせ、念じる事でそれを実現させる魔術。
新撰組で有名な沖田総司はその生命と引き換えに身体能力を向上させる術を持った魔術師だったとも言われている。
「ええと、真田フォクシーと言います」
この名前を聞いてクラス中がどよめく。周辺からマジ!?ハーフ!?ものほん!?うわ、負けた。とかよく分からない言葉まで飛び交う。
「あの、その・・・・職業は、舞踏魔術です・・・・」
それを聞いたクラス中の生徒がさらに騒がしくなる。特に、男性陣(元女)達は少し顔を赤らめてすらいた。それはそれは複雑な心境だったろう。
舞踏魔術は魔術の中でも特別で、女性の場合魔翌力の持った踊り子の服(下着のようなもの)を纏い、それを晒しながら踊る事で足元で魔方陣を描く戦闘術師の事である。
つまり、男性陣が顔を赤らめたのは、元女としての羞恥と男としての性的衝動があったわけで・・・・。ああ、だから言いたくなかったんだ。といわんばかりの表情で彼女は席に座る。
一風変わった自己紹介も無事?に終わり、ホームルームも終了した。後は寮の門限までは自由な時間。それぞれが者が各々のグループにまとまり、男と男、女は女で固まって集っている。こういった風景はどこも同じようなものだった。
やはり同性と言うのが一番落ち着くらしい。それもそうかと、フォクシーは周囲を見渡すのを止め、姶良に視線を戻す。
「じゃあ、沙羅のクラスに行こうか?」
「あーい!おらぴざくいてえ」
この人本当に僧侶?と思うほど欲塗れな残念な人を連れてフォクシーは沙羅の居るクラスへ急いだ。
「あれー?沙羅ーさーらー?さとしーーーー!・・・・・居ないねぇ」
「そう、みたいだね・・・・」
「どーこいったか・・・あいつ・・・・はっ!もしかして、俺っが迷子になったときに見つけたあの店に・・・・一人でぇぇぇ!!」
うぉぉぉぉぉ!!とかはしたない声と走り方で猛然と走り出す姶良。
「あ、ちょっと!ま、まってーーー!!」
フォクシーもそれを追って走り出した。
─────────────────
「なぁ、どこに行くんだ?」
「ははっまぁまぁ。それからさぁ、そんなに可愛いのに、そんな喋り方じゃもったいないよ?」
「か、可愛い!?お、俺が!?」
可愛いと言う言葉に過剰反応する沙羅。その顔はあからさまに真っ赤になっていた。どう反応していいか分からなくなった沙羅はあたふたしている。
「ははっほら、行こうよ!いい店知ってるんだ」
「え?いい所って?」
少々舞い上がっていた彼女には、いい店というあまりにもアバウトで行き先の見えない曖昧な発言に対して何の不信感も抱かなかった。
「まぁまぁ、着いてのお楽しみ~」
「あっ!ちょ、ちょっと・・・もぅ・・・・」
と、沙羅はここぞとばかりに女っぽくして見せる。対して柴又の口元はにやりと引きつるような歪だ笑みを浮かべていた。
─────────────────
「ちょっと!ちょっと待ってって!」
姶良を追いかけて走っていたフォクシーは、何かを見つけてワナワナと震えている彼女にぶつかって、あいたっと声をあげる。
「あっ・・・・あっあっあ・・・・アッーーーー!!」
何かを目にした姶良から素っ頓狂な雄たけびが発せられる。彼女が見たその先に居たのは、チャラチャラ星のチャラ男と一緒に歩く少女。整った顔立ちに綺麗に切りそろえられた前髪。後ろ髪は背中まであり、綺麗な黒髪ストレートヘアの少女、前谷沙羅だった。
最終更新:2010年09月04日 23:02