「なぁなぁ、“奇跡の呪文”って、知ってるか?」
そんなうわさ話が聞こえてきたのは、俺が大変な目にあってからかれこれ一週間、聖なる森に近い村を離れて、魔王妥当の手段を探し当てもなくたどり着いた人間の領土の端にある港町の酒場でのことだった。
俺はカウンターに、リアンとともに座って酒を軽く飲んでいた。前よりは酒に弱くなったこの体で少しぼやける頭だったが、後ろのテーブルについた船乗りの男二人の噂が耳に入ったのは、本当に偶然のことだった。
「“奇跡の呪文”~? なんとも胡散臭い話だな」
「なんでも、唱えるだけで奇跡が起こせるって代物らしい」
「はいはい、どっちにしろ、俺ら船乗りにゃ縁のない話さ。海が穏やかになるにはたまのお祈りも必要だがな」
唱えるだけで奇跡が。もしかしたら俺の体も取り戻せるかもしれない。希望を持って振り向こうとすると、さっきまで隣にいたリアンが既にその船乗りたちの席へと移動するところだった。
ここ一週間の旅で村には2つ寄ったが、そのどちらでも勇者様は歓迎を受け、いい気になっているのだろう。出発当初のめんどくさそうな言い草とは打って変わってリアンは積極的に動くようになっていた。
「その話、詳しく聞かせてくんない?」
いい勢いでその卓に置かれた酒ビンは、俺が今飲んでいる銘柄のものだった。リアンが勝手に注文したこの銘柄は酒場で最も高い酒だ。しょうがないので俺も相伴に預かっていたが、いつの間にか俺たちがカウンターで飲んでいた酒のボトルまで持っていきやがって。この勇者様め。これで情報聞き出せなかったら承知しないぞ。
「アンちゃん、興味あるのかい?」
「あるさ、奇跡の呪文なんて、すごいじゃないか」
船乗りの片方、得意げに噂を喋っていた恰幅のいいヒゲのおっさんがそう言うと、すぐにリアンは酌をしながらニコニコと話した。
するともう片方の船乗り、髪をオールバックにまとめた少し細身だが筋肉のついた、小麦色の肌のおっさんはやれやれといった様子で呆れていた。
「やめときなやめときな、どうせまたいつものくだらない噂話なんだから」
「なんだと! 俺の話のどこがくだらないってんだ!」
恰幅のいい船乗りが握りこぶしを叩きつけると、酒場の机が軋んだ。しかしそれにひるむ様子もなくオールバックの船乗りは酒を傾けて続ける。
「沖の大ヒトデだとか、魔物に寝返った王侯魔術師がいただとか、エルフの美女と寝ただとか」
「ま、まぁまぁ、面白い話をたくさん知ってるってことだろ? で、奇跡の呪文ってのは?」
なんとかリアンは言い争いで収めたようだった、しきりに恰幅のいい船乗りに酒を勧める。その船乗りは顔をクシャッとしかめたが、すぐにリアンに向き直り話し始めた。
「実はな、この港の近くの小島に寂れた神殿があるんだが、そこに奇跡の呪文を記したと言われる巻物があるらしいんだ」
「その小島の場所、わかるか?」
徐々に酒が回っていい気分になってきたのか、恰幅のいい船乗りはよく滑る口で楽しそうに話す。
くそ、酒場での情報収集なら俺だって……。と悔しい気持ちに駆られるが今の体は女、酒場で男に言い寄ろうものならばどうなっても文句は言えないだろう。任せるしか無い。
「あたぼうよ! 何だ、行きたいのか? 今ならこのうまい酒の礼も兼ねて安くしといてやるぜ」
「じゃあ、お願いできるか? できれば早いうちがいい」
「んじゃ明日だな、アンちゃん運がいいな、俺ほどの船乗りはこの港に二人といねぇぞ。明日船着場に来な」
ガハハ、と豪快に笑いながら船乗りは胸を張った。隣でやれやれともうひとりの船乗りが苦笑している。
俺も苦笑したくなったが、とりあえずと戻ってきたリアンの腕を引っ張り酒場から連れ出した。
しばらく歩いて、俺たちが取っている宿に戻り、海を望む二階のその部屋に戻ってきた。木造の部屋にベッドが2つ、調度品は小さな机ひとつ。安宿だが、勇者の旅には倹約が必要なのだ。もう一度言う、勇者の旅には倹約が必要なのだ。だというのにこの勇者様は。
「ばかやろう! 高い酒勝手に頼みやがって」
「情報料だよ情報料、それに明日の船代も安くなっただろうし。それより。言い直し!」
リアンは俺が男言葉を言ったのを見つけて、鬼の首を取ったような顔をして嬉しそうに言い直しをさせるのだった。よっぽど勇者の代わりをさせたのを根に持っているのか、言い直さないと俺が苦労して手に入れた鎧や剣や道具を捨てていこうとするからたちが悪い。それを俺が持っていけないのをわかっているからだ。
「っ……」
「言い直し」
「バカっ! 高い酒勝手に頼んでっ!」
「よろしい」
おかげでこの一週間の道中で俺の男としてのプライドはボロボロだった。女言葉を喋っていると心まで女になっているようで気分が悪い。
それはともかく、奇跡の呪文について気になった。
「それより、おま……リアンは、“奇跡の呪文”について何か知ってるの…?」
「知ってる、というほどは知らない。でも、たしか前々々回の旅ぐらいに噂を聞いたことがある」
「その噂って?」
「確か、時間が戻るとか」
「時間、それって……」
時間が戻る、もしそれが本当ならば俺は男に戻り、童貞を捨て去ることによって男のままでいられる、そういうことではないのだろうか。つまり、男に戻れる……。
「そう、男に戻れるかも、ってことだ。で、時間が戻るっていう噂があるってことは、きっと術者の記憶は戻らないはず」
「そうすれば……男に……」
「試してみる価値は、あると思わないか?」
えらく楽しそうに、リアンはそう話した。俺は半信半疑だったが、やらないよりはやる方がましだ。と思い、その奇跡の呪文に賭けてみることにした。
そして翌日、船着場に行くと、昨日の恰幅のいい船乗りがそれなりのサイズの木造漁船で待っていた。
本人曰く、
「俺が乗れば何でもガレオン船に匹敵するぜ」
だそうだが、そう言われると逆に不安だった。
船は日が登った直後から動き始めた。潮風を浴びてもまったく気にならないこの金のローブに改めて感服する。本当にリアンはこれを手放したくなかったんだろう。さっきから俺を恨めしそうに見ているのはきっとそうに違いない。
「アンちゃん達、結局迎えは夕方でいいのか?」
「ああ、そうしてくれ。何かがあっても、何もなくても夕方で切り上げる」
船から左手を見ると、そこは魔王領である。魔物のひしめくとても恐ろしいところだという噂だ。洞窟や山などのダンジョンに魔物が棲み付いているなんて生易しいものではないと聞く。
「リアン、魔王領って、どうなってるか知ってるんだろ?」
「言い直し」
「知ってるんでしょ?」
「よろしい」
「はぁ~」
リアンに聞くと、もう一度や二度ではない数行っているであろうがまた語尾を咎められた。これくらい見逃せよ。
「魔王領ね、確かに魔物は多いぞ。気をつけて進んでいればあんまり戦わずに済んだけど、バレたらうじゃうじゃやってくるな」
「はぁ……まあ魔王以外には魔法も効くんだし、そんなに心配することはないのかな」
「魔王も聖剣のダメージが残ってるときは魔法効くけどな」
「だからといって聖剣を刺す前にやられたら終わりだろう?」
「言い――」
「終わりでしょう?」
こんな口調の訂正混じりのやり取りを繰り返していると、船乗りのおっさんが声を上げた。
「ほら、もう着くぞ。あれだ」
船乗りのおっさんが指差した先を見ると、小島というにはあまりにも小さい、王国の城一つ建てることもできないような島だった。その中心に、確かにぽつんと神殿が一つ建っていた。寂れているというか、すでに廃墟のような様相だった。
しかし、こんなわかりやすい場所にある神殿なのに誰も入ってみようとしないのは不思議だ、と思っていたら。その疑問はすぐに解決された。
「そういやアンちゃん腕の立つ剣士みたいだからべつに大丈夫だろうが、神殿のなかには魔王領から流れてきた魔物が棲み付いてるって噂もある。気を付けなよ!」
「あ、あぁ」
「そんなことだろうと思ったよ……」
リアンは魔物と聞いてめんどくさそうな表情になった。俺だってそうだった。女になってからと言うもの雑魚にも多少手こずるようになってしまっている。
船が岸に着いて、飛び降りるように船から降り、その島の土を踏みしめ俺たちは歩き出した。船乗りのおっちゃんに手を振りながら。
神殿はすぐそこだった。入口が階段の上、少し高い位置になっているので多少時間はかかったが、すぐにたどり着く。
薄暗い神殿内、そこを進んでいくにはおそらく松明がいるだろうと思い、俺は道具袋から松明を取り出した。こういう準備をしていないと不安な正確なのだ。もちろん松明は人数分の倍はある。
「ずいぶんと準備がいいな」
「勇者だったら当然でしょ」
「じゃ、行くか」
松明に火をつけ、俺たちは神殿の中へと足を踏み入れた。
神殿の中は、肌寒かった。重苦しい石造りの屋根のせいだろうか、あちこちにクモの巣が張っていて、長年使われていないことが伺い知れた。魔物に気をつけながら、奥へと進んでいく。
神殿は外から見ると狭いようだったが、中は意外に広かった。見通せないため慎重に進む必要がある。俺たちは松明を振りかざし奥へ奥へと進んでいった。
「おい、これ……階段じゃないか?」
「あ、そ、そうだね…」
しばらく進んだ頃、下へと続く階段を見つけた。幅はわりと広い、人間二人が余裕を持ってすれ違える程度。ただ高さはぎりぎりだった。リアンは頭を少し下げないと通れないようだった。俺はいいか悪いか女の体になって背も縮んだのでそのまま普通に通ることができた。
「その体も便利だな」
「うるさい。リーチ短いし胸は邪魔だし、いいこと無い」
階段は思いのほか長かった。途中から壁面が湿ってきたので、おそらく地下に入ったのであろう。肌寒く、俺はローブを今一度身に強く巻いた。
「ウォォォゥゥゥォ」
その瞬間だった。階段の終わりが見えたところで、湿ったうめき声が俺たちの進む先から聞こえてきた。風邪が穴に反響して鳴ったのかとも思ったが、その楽観的な予測を打ち破るように松明の明かりを跳ね返す不気味な双眸が覗いた。
「おい、あそこに、何かいる」
「ん、わかってるよ。魔物か……?」
俺は後ろ腰に差してある聖剣を抜き放ち、構える。隣のリアンも腰の剣を抜いて構えた。炎を怖がる魔物もいるので、そろそろと、松明を前に掲げたまま下りていくことにする。影が壁を照らし床を照らし、その双眸のあたりを照らしたところで、そいつの正体が見えた。
そいつは獣型の魔物だった。四足歩行、毛むくじゃらの細い足をついて鋭い牙を口から覗かせている。頭を下げ、かすかに光を嫌がるようにしていた。しかしその目はこちらを見据え、いつでも飛びかからんと俺たちを獲物として狙っている。
「魔物……だな」
「そうだね」
俺たちが言葉を交わした瞬間だった。石畳の床を蹴って、その獣は跳ねた、天井近くまで飛び上がり身長の低い俺の方に飛び掛ってくる。うわーやっぱりそうなりますよねー。などと言っている場合ではない、すぐさま松明を振り回し、二歩分ほど後ろに下がって回避した。着地を狙ってリアンが剣を振り下ろす。苦しげな鳴き声とともに浅く獣の身が切り裂かれた。魔物は一度距離を取る。
リアンはなんちゃって勇者様なので剣技は得意ではなかった。とりあえず型と振り方くらいは教えたが、それで魔物を一撃で仕留めようというのは虫のいい話だ。そんなにうまくいくはずもなく、剣の切れ味も手伝ってあの程度だった。
「うわ、硬い」
「バカ、俺の剣使い物にならなくするなよ!?」
「言い直……っ!」
言い直し、とリアンが言おうとした瞬間だった、魔物は傷の程度を確かめ終わったのか、再び俺を目標として、今度は跳ばずに地面を這うように駆けてくる。さすがに速い。俺はとっさに置くように聖剣を斜めに構え、魔物の鼻頭のあたりに刃を置くように待った。
魔物は刃をくぐるようにさらに身を低くし、俺の懐に飛び込んできた。すぐに聖剣の切っ先を振り下ろすが、魔物の硬い皮膚に阻まれ弾かれてしまった。くそ、これだから女の体は。
「きゃっ!?」
そのままの勢いで魔物の突進を食らい、下腹部に衝撃が来たと思った次の瞬間には石畳に仰向けに倒れていた。天地がひっくり返るような錯覚。獰猛な獣の匂いに、しかし倒れた痛みは大したものでは無かった。頭を打たなかったのが幸いだ。さらに途中で松明を取り落としてしまったのが効いたのか、魔物はやはり火が怖いようでまた距離をとってくれた。
「大丈夫か!」
「なんとか」
リアンが気遣うように俺を見やるが、手を貸して起こしてくれようと言う気はないらしい、まあそれでいいのだが。俺は少しもの寂しく思いながらなんとか立ち上がった。獣の突進ごときでふらふらとは、いよいよもって勇者失格である。お腹痛い。
やはり、と思い直し、俺は燃え盛る炎を思い浮かべて、魔物を睨み一声つぶやく。
「べギラマ」
突如火種も無い中空、魔物の頭上あたりが紅に歪み、ゆらりと揺れたかと思うとそこから水を注ぐように炎の濁流が魔物に襲いかかった。魔物はジタバタと逃げようとするが、炎の濁流にすぐに飲み込まれ、肉の焼けつく嫌な匂いがその場に立ち込めた。俺は思わず顔をしかめる。魔物は黒焦げの状態で床に転がることとなった。
「強いなぁ」
「魔翌力が上がったのはほんと不幸中の幸いというかなんというか」
「さ、先行くか」
剣を収め松明を拾い、地下通路を進んでいく。そこは石が組み合わさった複雑な地形で、歩きづらい。おそるおそる進んでいくと、少し広い空間に出た。松明で照らしてみると、天井はドーム状に石が組み合わさった場所で、小さな石造りの祠がその中央に位置していた。俺とリアンは顔を見合わせる。
「地下に、祠……?」
「ん、上の神殿はダミーみたいなもんか。本物はこのちっこい石の祠のようだな」
「祠の中に、あるかな、奇跡の呪文の巻物」
「見てみるか」
背後も警戒しながら、恐る恐る俺たちは祠に近づいていった。祠は観音開きの扉がついている。取っ手として削り出しの石がはまっているようだった。
「いかにも、って感じ」
「確かにな、開けるか?」
「ん、俺――私が開ける」
取ってを握ると、ゴツゴツとしていて、少しひんやりとしていた。長い間開けられていないのか、扉の隙間や取っ手にも苔が生えている。そのまま力を入れ、手前に扉を開いた。
ぎりぎりと石の擦れる嫌な音がした。扉は見た目以上の重さだ。完全に開ききることはできず、両方を半開きにした段階で何やら石版のようなものが見えた。
「これか……」
しげしげとリアンは石版を見つめた。俺は石版をひょいと持ち上げ、松明を近づけて文字を読み取ることにした。彫り込まれた文字は、説明文なのか小さな文字が数行と、大きな文字でしっかりと掘られた文字が一行。小さい文字はかすれていてほとんどが読めなくなってしまっているが、大きい文字ははっきりと読み取れた。
「ん、なになに…『此の呪―、術者に―――奇跡―与えたる―のなり』って、説明はこれだけしか読み取れないね」
「奇跡、与えたる…ね、どこまで本当なんだか」
「男に戻れたらいいんだけど」
と、半信半疑で呪文であろう部分を読もうとしていたところだった。ギギギ、とまるで大地が唸るような音がして、パラパラと頭上から土埃が降り注いだ。何かと思って頭上を見上げ、すぐに俺は硬直した。
「て、てて、天井が……」
「んぁ?」
リアンも俺の声で今更気がついた様子で天井を見ると、固まる。
「天井がずれてるっ! ここ、崩れるぞ!?」
「やば、出るぞ!」
俺の手を引いて走り出すリアン。俺も必死に走ったが、しかし階段までは少し距離がある。天井は今にも落ちてきそうだっていうのに、到底間に合いそうにない。と、俺はふと気づいた。奇跡の呪文の存在に。
「ぴゃぁ…いや違う、ぱる……パルピュ……」
くそ、旧来字体のせいで読みづらい。なんて読むんだ……。俺は焦りながらいろいろと試す。こんなことならもう少し古語の話真面目に聞いておけばよかったなんて思いつつ、読み続ける。
「何してんだナイラ! 急ぐぞ、階段も持ちそうにない!」
こんな時だけ頼り甲斐を見せるリアン。今階段に飛び込もうとしているが、確かに階段も持ちそうになかった。順次崩れていくだろう。でも、だからこそ、俺は奇跡を起こさなければいけなかった。
「うるさい黙ってて! っと……パルプンテ!」
「……あれ?」
驚くほどの静けさだった。先程までの石の軋む音、地面の吠える音、全てが止まっていた。ふと、手をつないでいたリアンを見ると、ポカンと口を開けて回りを見ていた。俺も口は開けないがそれにならう。
すると、まず驚いたのは、頭上に今当に落盤しようとしている天井の石組みが、絶対にバランスの取れないような状態で止まっているということだった。その他にも、摩訶不思議な状態で落下物や土煙が空中で静止していたりする。これは――
「――時間、止まってるな」
「そ、そうだな」
「言い直し」
「あーもう、そうだね」
こんな状態でも言い直し要求してくるリアンに呆れつつ、俺は奇跡の呪文、その力について確かな確信を持っていた。奇跡、与えたる。確かに奇跡は起きた。
「これ、どれくらい保つかわからないから、早く出よう」
俺はそう言った。もし俺の魔翌力でこれを発動しているのなら、いつまでも保っているなんて保証は無い、一刻も早く脱出するべきだった。リアンも頷いてまた俺の手を取り走り出す。
「そうだな、早く出よう。奇跡の呪文も手に入ったことだし」
「男に戻れるかは怪しいけどな」
そんな軽口を叩きながら、石段を駆け上り、俺たちは神殿の外へと出た。途中、持っていた石版を落としてしまったが。呪文は忘れることはないし、外に出してしまっていいものだとも思えず諦めた。それより、石段を駆け上ったことによって息も切れ、フラフラとした足取りで海岸へと向かう事の方が俺には重大問題だった。
外に出ると、いつの間にか日が傾いてきていた。ずいぶんと中で長く過ごしていたようで、それに気づくとさらに全身疲労感に襲われた。
「いやー、しかし無事で良かった」
「死ぬかと思った……」
しばらく休んでいると、どこからともなく朝も聞いた快活な声が聞こえてきた。
「おーい、生きてるか~い!」
「大丈夫だー!」
リアンが大声でそう返事をした。元気だなぁと思いつつ、俺は安堵の息をここでやっとつくのだった。
帰りの船旅で、船乗りにはいろいろと聞かれた、リアンは笑いながら、俺たちの小さな冒険を嘘と真をおりまぜつつ話していた。
「で、結局奇跡の呪文とやらはあったのか?」
「いやそれが、一番奥の祠は落盤で壊れてて、どこになにがあったかなんてわかったもんじゃなかったよ」
「ガハハ、そりゃ災難だったなぁ。俺も奇跡の呪文がありゃぁ、毎日大漁なんだろうが」
「毎日大漁じゃ魚が余って腐っちまうぞ」
「ちげぇねぇ、何事もほどほどが一番だな」
なんて馬鹿話をしてる二人を横目に、俺は早く自分にこの呪文を試してみたいと思っていた。男に戻れたら、今度こそ魔王城を目指すのだ。今はリアンに大きい顔をさせているが、もとの守護精霊にさっさと戻してやる。と意気込んで。
陸に着いて、宿に戻った俺達。すぐに俺は部屋に戻り、高なる胸を押さえながらその呪文を唱えた。
「パルプンテ!」
結果から言えば、俺が男の体に戻ることは無かった。呪文を唱えた瞬間大地が揺れ、立っていられないほどの地震が起きたのだ。そして俺はこの呪文を封印することにした。奇跡とは、常識では理解出来ないような出来事。つまり、良いことばかりとは限らないと、そう気づいたためだ。
こうして、俺たちの今回の冒険は徒労に終わった。使い道の無い危険な呪文を一つ得ただけだ。
俺たちがまた次なる噂を聞きつけるのは、もう少し先の話である。
<つづく>
最終更新:2010年09月04日 23:04