安価『にょたっ子と童貞』

『この世界でいつの間にか始まっていた男性の【 】化。
所謂『女体化』は、主に【 】付近の男に起こる。
最も発生者が多い時期としては【 】から【 】。
そしてかなり特異な発生要因として知られているのは、【 】である、ということ。
発生確率はおよそ【 】%である。』

(えーと、女性化、第二次性徴、中3、高1、童貞、50……っと)

見直しを終えて顔を上げると、ちょうど前の席の彼女も終わったところなのか、ぐぐっと伸びをしてペンを机に置いた。
軽く辺りを見回してみると、既に机に伏せて寝息を立てているものもいれば、頭を抱えて何やら唸っているものまで様々だ。
私も前の席の彼女を見習って軽く伸びをした。 肩だか首だかが小気味よい音をたてて、少し楽になる。
欠伸を噛み殺しながら、堂々と伏せている友達の事が少し恨めしく思った。

まあ最後くらいは起きておこう。どうせこの時間が終わったら夏休みだ。

そう、ただ今学期末テストの真っ最中。
私の気持ちは早くも夏休みの事でいっぱいになり始めていた。



あっと言う間と呼ぶには少し長すぎるSHRを寝過ごし、帰途に着いたのは忌ま忌ましい太陽が孤の頂を踏み締める頃だった。
冬生まれのせいか単に体温調節が下手な身体なのか、どうも夏場の暑さには生まれてこの方逆らえた試しが無い。
このふにふにとした身体になっても変わらないところをみると、もう諦めるしかないのだろう。

「おいっすー」

そう後ろから声を掛けられても振りむく気にはなれずに、無視を決め込もうと歩みを続ける。
以前までと変わらない態度で接してくれるのはありがたいけれど、コイツも私になんか構わずに彼女とか作ればいいのに。

「おいおい無視すんなー」

頭を鷲掴みにされ、ぐりぐりと撫で回された。 
こういう事をするから無視しているというのに、少しは解って欲しいもんだ。
手首を掴み頭から無理やり引き離すと、伸びっぱなしの髪を手で梳く。
するりと通る感触も、熱を持った今は不快なものでしかなかった。

「寄るな……あっつくるしい……」

はたはたと温い空気を掻き混ぜるだけの手扇でもって隣を歩く男を払おうとするも失敗。
帰る方向が同じなので何も文句を言えないのが、少し悔しい。

「ぅひゃぅ!?」

首筋に当てられた感触に思わず声が出てしまう。
脇を見ると、スポーツ飲料を持った幼馴染の姿があった。
してやったり顔のワカにデコピンを喰らわせて、ペットボトルを奪う。
額に押しつけると、先程よりも少しだけ、ぼんやりとした思考も回復したような気がする。

「キョウはほんっとに変わったの、見た目だけだな」

おい幼馴染、こんな美人とっ捕まえて言うセリフがそれか。
こくこくと喉の奥へ流し込んでいた頃には、幾分言い返す元気を取り戻していたためか、ついつい乗せられてしまう。

「うるっせ! 俺もこれでも色々苦労して……」

そこまで言って、はっと口を噤んだ。 
辺りを見回すと私とワカ以外に人はいなく、私はほっと胸を撫で下ろす。
危ない危ない、こんな男のような言葉遣いを親に聞かれたら何を言われる事か―――。

「……まさか、まだ親に色々言われてんのか?」

どきり、と心臓がひとつ大きく波打って、私はワカの方を振り向いた。
落ち着け、落ち着くんだ私。 そう言い聞かせながら、反論の言葉を頭の中で紡いでゆく。

「そそそ、そんなわけないでしょーぅ?」

「……言っとくが、自分では会心の出来なんだろうがすこっしも隠せてないぞ」

分かってた。 私がワカに嘘を吐き通せたことなんてないくらい。
ただやっぱりこいつに余計な心配をかけると、なんだかしっくりこないのだ。

「……と、まぁそんな」

処変わってワカの部屋。 ソファーに腰掛けながら、私は事情を説明していた。
些細な口論からつまらない意地を張ってしまった私が悪いのだが、約束してしまった事を要訳するとこうなる。
『立ち居振る舞いを直さないとこの先何もできない。 さしあたって今後如何なる時も昔のような言葉遣いはしない』

「あほだろ」

自分でしようと思っている事をしろと言われたり、理解している事を重ねて言われると、遣る瀬無い気持ちになると思うんだ。
わかってるんだって、でも言っちゃったモンは仕方ないだろ。
そんなもやもやを吐き出すわけにはいかず、クッションに顔を埋めて溜息を吐いた。

「まあ俺の前では楽にしとけ。 俺もいきなり“私”なんて言われても怖いだけだ」

制服を脱ぎながら、ワカはそう答える。
なんだかその言葉は、望んでいたのに納得のいかないものだった。

「やっぱ、いきなり女らしく、ってのは難しいな」

初恋の彼女、クラスメート、知人。
ありったけの女性陣を思い浮かべてはみたものの、女らしいって何だろう? という壁に突き当たってしまう。

「女らしいって、どんな事だと思う?」

そう尋ねたら、おっぱい、と返されたので手刀を叩きこんでおいた。

鼻を押さえながら、ワカはオレンジジュースを持ってきた。

「うーん、やっぱちったぁ変わったか」

とはワカの発言だが、私に心当たりは無かった。
ころころとストローで氷を回しながら、訝しげな目線をワカへと向けた。

「いや、変わってないって言ったけど、やっぱり少し変わったな、って。
前までのお前なら、そんなかわいい悩み相談なんてしてこなかったよ。 いや、かわいいって良い意味でな」

言いながら通学鞄を漁るワカ。 私はクッションへと再び顔を埋めた。 反論は、出来なかった。 
ワカまでそういう事を言うのか。 それ程、今と前では違うものなのか。 そういったショックもあった。
ただ、かわいいという言葉を嬉しいと感じている自分に驚いた。
かつてない程、顔が熱くて上げられなかった。

クローゼットの戸を引きながら、ワカは続けた。
教科書を入れ替えているのだろう。 常々、真面目奴だとも思う。

「まあさ、いんじゃね? ほら、隣のクラスの木村も言ってたろ。 彼女が少しずつ女っぽくなってく、って。
お前も急ぐ事ねーよ。 変わろうと思ったら、変わればいいんじゃん?」

それ以降は、言葉が続く事は無かった。 後ろから覆い被さるように、私が彼によりかかったからだ。

突然部屋に訪れた静寂は、気まずいどころか心地良かった。
心なしかワカが震えているのは分かっていた。 けれど私は、離れようとはしなかった。

沈黙を破ったのはワカだった。
耐えきれずに、と言った方が合っているような、絞り出すような一言。

「お、おいキョウ……その、どいてくれないと色々とその……」

「あててんだよ」

普段の自分では考えられない言動のはずなのに、妙に落ち着いていた。
ワカの首筋がほんのりと赤く染まっている。 

「おいワカ。 俺はさっきみたいなこと言われて嬉しかった。 わかるか? 嬉しかったんだ。
お前が俺にこうされて、嬉しいかどうかを知りたい。 勿論、そこらの女じゃなくて俺にだ。
元が男で一緒に馬鹿ばっかりやってた俺でも、お前は嬉しいか?」

少し間をおいて、ワカは首を縦に振った。 
コイツが私の親友で良かった。 私はまだ、私でいられる。

私は肩口に回していた腕で彼の頭を抱え、そっと耳打ちをした。 

「これは私からのお礼だ。 こんな女ですまんが受け取れ。 あぁそれと、夏休みはいつでもあいてんぞ」

―――そうして私は、ワカの部屋から逃げるように帰った。
口には、少ししょっぱくてざらざらとした感覚が暫く残っている。

明日からは、少しずつ、俺は私らしく―――。
西に傾いていく太陽を見ながら、去年までとは違う夏休みに胸躍らせる自分がいた。


おわり

549 :安価『にょたっ子と童貞』 ◆CI4mK6Hv9k [sage saga]:2010/06/21(月) 05:01:07.37 ID:JP2EgZ6o
以上、複雑な心境が色々と描き切れておりませんが仕様です。

キョウ=京という名前  ワカ=“川”本という苗字

そんな蛇足。 


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最終更新:2010年09月04日 23:22
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