この物語はとある硝煙臭い世界をモデルにしております
ただの妄想から来たネタなのでご容赦を
『傭兵と少女』
少女は女性達がひしめき合う控え室に居た。
煌びやかで胸元や背中が開けたドレスにゴージャスなアクセサリーを身にまとっている女性達の中に。
何れの女性も男性の目を引いてもらう為の衣服であり装飾であり、そのために磨きを掛けたセクシーな女性であった。
そんな女性達に囲まれ、気おされ、ただ一人部屋の隅で縮こまっていた。
「ほら、あんた!行くよ」
「は、はい・・・」
「まったく・・・なんでアタシが・・・」
少女の先輩として新入りの指導を頼まれた女性はいやいやながらも少女をホールへと連れ出すべく促す。
そのほかの女性は自分の磨き上げに余念がなく、ずっと鏡に向かい合っては自分を高める。
一見殺伐としているだけの様にも見えたが、少女は疎まれていた。
「ほらっ!早くしな!あんたトロいとか以前なのよ!」
先輩の女性は少女のドレスをつかんで乱暴に引っ張る。
「あっ・・・」
胸元がはだけて少女は慌ててそれを元に戻す。それは慣れない手つきでなかなか元に戻らないようだ。
周囲からクスクスと笑い声や「どこの田舎娘よ」や「もしかして"アレ"?」などと声が聞こえる。
口元は縫いとめたかの様にぐっと閉じられて、そんな悪口に耐えている。少女の目に涙が滲む。
「ちょっと、客の前でそんな顔すんじゃないわよ!?もし、アタシらに迷惑の一つでもかけて見なさい。すぐにでも叩き出してやるから」
「はい・・・」
少女は耐えるしかなかった。こんなダメな自分が生きて行くには、こんなドロドロした世界で大金を稼いでいく必要があったからだ。
この世界で生きるためには、両親すら、身内すら失った少女が生きていくには大金が必要だった。
生きていくため、悪徳高翌利貸しから大量の借金を抱え、その返済の為やむなく"水商売"を選んだ。
恐らく、ここがダメなら次は"体"を売るしか方法がない。
ならば、最低限ここで耐えていく必要があった。
しかし、どちらにしても少女の心と体がボロボロになって行くのは目に見えていた。
そんな少女の目の前には暗闇しかなかった。
事は3年前にさかのぼる。
とある企業が極秘裏に開発していた細菌兵器の奪取や破壊を目的とした大規模な企業間抗争が起こった。
それは壮絶だった。
多数の傭兵が雇われた。その傭兵とは地上最強と謳われた"人型巨大兵器"を縦横無尽に操るもの達だった。
多数の企業は金と地位をちらつかせて各々の目的の為に利用した。
とある企業は自らの社運を賭けそれを奪い取るために、とある企業は自社製品以外の兵器を認めないために。
傭兵は名声を得るため、金を得るため、己が傭兵である証を得るために。
結果、抗争は最悪の事態に終わった。
細菌兵器は所持していた企業の研究施設から運搬途中に流れ弾を受けて爆散。
その細菌は爆発により多くは死滅したが、生き残ったものは瞬く間に空気中に飛散し、増殖し変貌していった。
俗に言うホルモンバイオハザード。
その細菌は15,16歳の健全な男性にのみ効果を発揮し、ホルモンバランスを破壊、再構築する奇病を発生させた。
所謂童貞で年頃の男性を女性へと変貌させてしまう奇病だった。
真っ当に生きていた少年は絶望した。そんな絶望を両親達も受け止められず、多くの元少年たちが路頭に迷った。
多くの少年犯罪や性犯罪が横行し、街は荒れた。
そして、3年たった今。そんな奇病にも慣れ始めた大人たちは、新たに設立された法律も相まって、落ち着きを取り戻す。
少年少女達の大きな危機は去った。
3年前の抗争。それに参加した傭兵達の多くは死んだ。
生き残った傭兵は20人弱。その中の一人の男。
傭兵の中の傭兵。傭兵至上最高の力を持ち、負けや失敗を知らなかった傭兵。そんな傭兵はその日、たった一つ敗北を味わった。
ボロボロになり機体のあちこちから火花や煙の上がる状態で、初めて自分の命だけを優先させた。
人として当たり前の行為だろう。生き残るための生存本能だろう。
傭兵はその流れ弾を見過ごした。自機を流れ弾にぶつければ避けられたであろうあの事故を。自分の命と天秤に賭けた事を。
傭兵はそれを、たった一つの"敗北"とした。
そんな傭兵は人生最大の敗北を抱えながら、今も戦場に身を置いていた。
「熱源反応だ。南西から敵増援・・・
早いな、来るぞ」
「淡々と言ってくれる・・・!」
人型巨大兵器のコックピットに搭乗している男は、軽く足元のペダルの一つを踏み込む。
機体後部にあるジェットノズルの様なバーニアから一瞬火柱が吹き上がる。
その浮翌力を受け、少しばかり機体が浮き上がる。
バシュン!
と両肩に付属していた大型のバーニアから右は前方、左からは後方へと高温の火柱が瞬間的に吹き上がる。
すると、機体は南西方向に向けて急速旋回する。方角のずれを軽く機体をゆすって細かく修正する。
外側から見れば、一見軽々とこなしているようにも見えるが、かなりのGがパイロットに襲い掛かる。
鍛えられた体つきの男は口から「ぐぅっ」と漏れそうになる声を押し[ピーーー]。
「ちっ奴か!予定より早いな」
「そのようだな。心してかかる事だ。奴は今復讐の鬼だ。お前にやられた顔の傷が疼くそうだ」
「細かいリサーチご苦労さん。
奴さんぶち切れモードか!女だてらに傭兵なんて止めておけと言っておいたんだがな!
しかし、あっちがその気なら・・・今度こそヤル!
サイス!邪魔が入らねぇように、例の用意しておいた奴らを急がせろ!」
「もうやっている。存分にやるんだな」
「ちっ、人の金を人の許可なしに・・・」とサイスと呼ばれたオペレータ件リサーチャーの男に気づかれないようにつぶやく。
「何か言ったか」
「なんにも。
よし、マイノリティー出るぞ!
ヒステリーな淑女を諌めるのは紳士の役目だ」
皮肉のこもった洒落を口にしていると、通信側のレーダーが敵影を確実に捉えた。
「映像で確認できた
あれは・・・予想通りだ
台詞が無駄にならずに済んだな」
「けっ、言ってろ。
"セラフィス"に御搭乗のお嬢様は差し詰め地に堕ちたルシフェルってとこか?」
「距離1200、どうやら無駄口はこれまでのようだ
気張れよ」
「言われなくても・・・・!?」
「レーダー反応・・・長距離型ミサイル・・・来るぞ!」
「伏兵か。周到だな」
その場で停止していた機体のバーニアに火が入る。
急速に加速すると、自機目掛けて高速接近するミサイルを誘導させるために機体を右方へ。
ミサイルが距離100を切る直前で機体を左へと振り返してミサイルの誘導を断ち切った。
「速いのは急には曲がれないってな!」
「波状攻撃だ。来るぞ」
「見えてるっての!」
男はミサイルの雨をいとも簡単にあしらうと、先行してやってきたステルス特殊迷彩兵器が姿を現した。
その特殊迷彩兵器は自機に対して包囲する形で集まってきていた。
「反応が遅れたなサイス!新型か!?」
「そのようだ。だが次はない。そうだろ?」
相変わらず負けず嫌いだな。ま、俺もだがな。とつぶやくと男は前方を凝視する。
そしてその後方、自機から距離900のところに見覚えのある人型巨大兵器を視認し、男は操縦桿をぎゅっと握り締める。
「来たな、雑魚にはかまうな、奴の砲弾が・・・来るぞ!」
「うるせぇよ!言われなくても・・・!増援はどうした!?」
「近隣に待機させていた増援部隊の到着まで180秒だ。それまでやられるなよ」
増援は間に合わない。そう踏んだ男は余裕を見せた表情で
「けっ!どうやっても俺をヤリたいらしいな!
いいだろう。格の違いってものを見せてやる」
先行して飛来してきたスナイパーライフルの太い砲弾と共に女の声で強制通信が飛び込んできた。
「おっと!狙いが甘いな、じょーちゃん!」
「オリベロス・・・忌々しい男!
あなたはどれだけ私を辱めれば気が済むの・・・!」
「はっ!戦場に花なんて咲かせる必要はねぇっつっただけだろ。
そんで、大事な花嫁の顔に傷がつくのが嫌ならお屋敷にでも引き篭もってりゃ良かったんだよ!」
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
女の声とは思えないほどの太く、怒りのこもった雄たけびだった。
対して男の声は冷静そのものだった。ただ、少しだけ皮肉のこもった同情であったが。
「だから俺はその機会を与えてやったんだがな・・・
いらん世話だったな。悪かった」
「こ、[ピーーー]!貴様だけはぁぁぁぁぁ!!」
「怒りで狙いが狂ってるぜ、スナイパーのじょーちゃん!
サイス!落し物の回収は頼んだぜ!」
「わかった。
ただし、60秒でけりを付けろ。
それ以上は保障できんぞ」
それ以上は敵のミサイル攻撃の爆風でオシャカになりかねないと言っているのだ。
彼なりの気遣いだろう。現状を受け止めそれを瞬時に判断し、解析して彼に伝えるのが彼の仕事なのだ。
それが、どれだけ残酷で絶望的な状況でさえ。
「上等!」
右手に持ったライフルと手から離して出来るだけ痛まないように投げ置くと、胴体のハンガーユニットが開かれ、そこに格納してあった射突型ブレード、大型の戦闘用パイルバンカーが右手に装着される。
「消耗したライフルじゃ、ジリ貧なんでな・・・!
行くぜじょーちゃん、これが傭兵ってもんだ」
「舐めた真似を・・・!やらせない!!」
背の上部にあるハッチがカチリという音と共にそのロックが解除される。その音がコックピット内部に響き渡る。
男はそれを合図に軽く前方に機体を加速させて最低限の慣性を機体と自らの体に与えて、これから来る大きな衝撃に供える。
ハッチのロックが解除され、展開されたそこには大型のバーニアのノズルがあった。
ヒュイーと、吸気口から大量の空気を吸い上げる音が聞こえ、その2秒後にそのノズルに特大の火柱が吹き上げる。
ドン!!という強烈な衝撃が機体と男の身体に加わる。
時速800キロという音速をも超えるスピードで、マイノリティーが軋みも上げず加速を乗せた。
逆に人にはとんでもない軋みが襲い掛かる。
直線的に飛び掛ってはどれだけ速かろうが相手の砲弾を真正面から受けてしまう。
男は時速800キロのまま左右に機体を振り回して、目標のど真ん中を狙って特攻する。
「な、なんだ、あれは・・・!!」
信じられない物を見たような、未知の怪物でも目にしたかのような、そんな驚きを隠せない彼女は敵機を追いながらも動揺する。
「アレは・・・本気ではなかったというの・・・!?」
軋む全身を巧みに制御し、精密な操作で目標を追い詰める。
男がふっと口元を緩めたとき、コックピットのカメラは敵機体の胴体部を捕らえていた。
「なっ・・・」
勝負は一瞬だった。
ガッシュン!というパイルバンカーが放たれた音が聞こえた瞬間、バン!とセラフィスのコックピットより上部が吹き飛ぶ。
あまりにも一瞬に装甲や内部機構を吹き飛ばした結果、機体は炎上すらしていない。
「あぁ・・・ガーランド・・・」
「あばよ、恋人と幸せにな」
一呼吸置いて、男は急速に爆発の安全圏まで機体を後退させる。
すると、無残な姿となったセラフィスの断裂した内部機構の隙間から燃料が漏れ出し、近くでパチパチいっていた火花に引火し──
ドドーーーン!と大きな爆風と共に各部を飛散させながら爆散した。
その一部始終を惜しむ事も無く後方に展開した特殊迷彩兵器に向けると男は声のトーンと落として言った。
「増援部隊に言っとけ
間に合わなければ報酬は無いってな」
「間に合わんよ」
「ふん!」
「わかった。程ほどにな」
「ちっ・・・胸糞わりい!!」
作戦を終え無事帰還した男、オリベロスは機体を整備班に任せてガレージ内の休憩所の椅子に深く腰掛けて窓から見える自機を横目で眺めていた。
「今回の損傷は軽微、だったな」
「まぁな。二度目はない。だろう?ところで、シルキーの方はどうなってる」
「整備班曰く、ありゃダメだ。
だそうだ。」
整備されている自機、マイノリティーを眺めながら表情を変えずに
「ちっ・・・やってくれるぜ」
「不測の事態だった。だから、今回はしてやった。
だが、お前、彼女に一体何をした?」
「わかってんだろ?俺に何を言わせたい」
「恋人の仇をとりに来た女を返り討ちにし、
それでも容赦なく殺した最強の傭兵が感傷に浸っている所を茶化したかっただけだ」
「ふんっ・・・傭兵なんてそんなもんだろ。
殺し殺され、騙し騙され、戦い抜いて最後に待つのは・・・・」
「それは、俺に対する侮辱と取ってかまわないか?」
「あーあーわーってるって!お前と俺は最高のコンビだって。
敵なんかねーよ!
ただ・・・な・・・」
その言葉を聞いてオリベロスとサイスは沈黙する。
「・・・・・・」
オリベロスも言葉を続ける事はなく、サイスもその続きを求めようとはしない。
「まぁいい。んじゃ俺は出かけるぞ」
「ほどほどにな」
「お前は俺のにょーぼーかっての!」
オリベロスは適当に悪態をついてガレージを後にした。
誰も居なくなった休憩室でサイスは一人たたずんでいた。
彼の女房役ともいえるサイスは、彼の置ける状況や心境を言葉で表さなくてもよく分かっていた。
「いつまで苦しみ続けていくつもりだ。たった一つの敗北で・・・。
あれは俺の判断だった。俺がお前を守るために判断したものだった。
俺ではお前の支えになれないのか?」
誰も居ない休憩室で彼の声だけが響いた。
男は一人繁華街を歩いていた。
戦場で見る閃光とは違った煌びやかな光だ。
鼓膜を酷く揺さぶるような爆音も無ければ、悲痛な叫びを上げ、助ける求める仲間の声もない。
ただ見えるのは乾いたネオンに、聞こえてくるのは男女のたわいも無い会話のみ。
世界が違う。
そう思いながらも彼はただ歩く。
繁華街から少し進んで女人禁制の雰囲気が立ち込める町並みに変わり、男女のたわいも無い会話から男の呼び込みの声に切り替わる。
男はなれた足並みでたくみ勧誘を回避し、とある店に足を運んだ。
男は女好きだった。戦場では男だろうが女だろうが無慈悲に撃ち抜く男は、ここぞとばかりに無類の女好きを発揮する。
そんな男の行きつけの店、ルナージュの入り口に立ち止まるや否や「いらっしゃいませ、ジョーンズ様!さぁこちらに!」と、呼び込みの男に馴れ馴れしくVIP席へと案内される。
「いや、今日は一般席でいい」
「そ、そんな事を言われましても・・・」
「今日くらいはいいじゃないか」
「いやぁ・・・」
「おまえなぁ、俺が一体この店にどれだけ金を落としていると思っている?常連"クライアント"の要求は最低限飲めよ」
「は、はい!」
「わりぃな」
「では、こちらに・・・」
どかっと一般席に腰掛けた男はジーパンに白いTシャツというあまりにも場違いな格好だ。
周囲の一般客がチラっと一瞬こちらを伺うそぶりを見せては、見てみぬふりをする。
ま、この腕の傷じゃあな。と腕の傷を摩りながら口元を緩める。
「しかし、女がこねぇ!なにやってやがんだ?」
どうやら、彼を一般席に通した事が"失礼極まりない"事だったとして、店の裏で大問題に発展していたようだった。
それを知る由もない彼は近くに居た新人ウェイターに声をかけた。
「にいちゃん、女よこしてくれ。これじゃ何しにきたのかわかんねーだろ?」
「は、はいぃ!」と緊張して返事をした新人ウェイターは慌てて女を呼びに置くの部屋へ消えていった。
しばらくして、ようやく女が回されてきたらしく、二人の女が姿を現した。
一人は、年のころは23くらいだろう。少々きつめで高飛車な感じだ。
それを見て、うんうんと心の中で親指を立てる男がもう一人の女に目をやる。
もう一人は、年のころは肌の張りからして18,19くらいだろう。
怯えたような目つきになれない足取り。新人か。初々しいね。ともう一方の手を心の中で親指を立てる。
しかし、20からじゃなかったか?未成年はまずいんじゃ・・・?俺の目利きが正しければ・・・と、彼は怪訝な表情で彼女を見つめる。
そんな彼の目に、怯えたような目つきの少女の目つきが顔全体に広がっていく。
それを気取った無類の女好きの男オリベロスは、ここぞとばかりにニカっと笑顔を作って見せる。
すると、素直にもその表情に安心感を得たのか少女は安堵の表情を見せる。
ジョーンズと呼ばれた男は思った。今日はこの娘に決めた!と。
しかし、いくら客商売とはいえ、相手も女だ。
そんなジョーンズの心境を経験で察知したのか、少女を押しのけ高飛車そうな女が我先にと、ジョーンズの横に擦り寄るようにちょこんと座り込んだ。
「あたし、ア──」
「わりぃなじょーちゃん」
「え?」
「今日はあの娘の気分なんだ」
「え?え?」
訳が分からない表情のままきょとんとする高飛車そうな女。
「ど、どうして!?」
「どうして・・・って言われてもな。そういう気分なんだ。ここはそーいうとこだろ?」
「なっ!?あっあんな小娘のどこがいいわけ!?」
凄い剣幕で怒りだした高飛車な女に頭をポリポリかきながら困って見せるオリベロス。
そんな小さなサインも気づかない高飛車な女は仕事を忘れて憤っていた。
「あんな、どこの野良犬か分からない田舎娘より、アタシの方が綺麗にきまってるじゃない!あんた馬鹿なの!?」
まいったな、と更に困って見せるが女の怒りは有頂天らしい。
そして、さりげなく後方で立ちんぼしていた少女に目をやると、口をつぐんで、目には涙を浮かべてじっと耐えている。
まるで、少年が人前で泣くのを恥ずかしがるような、見せないように耐えるような。
彼の思考が止まる。この娘は・・・・もしかして?と。
「も、もうしわけありません!ジョーンズ様!うちの者がとんだ粗相を!やはりジョーンズ様にはあちらに・・・・」
「悪いね、スコット。俺は今日ここって決めたし、女の子も決めた。それでいいだろう?」
スコットと呼ばれたベテランウェイターはそう言って目でジョーンズに訴えるが、彼はそれを頑なに拒否する。
「しかし・・・・」
「余計な世話だっつってんだろ!!」
ホールに男の大声が響き渡る。
周囲の一般客がジョーンズに対して一斉に視線を浴びせる。
まずった、とおもったジョーンズは周囲の一般客を安心させるため、慌てて安直な手を打った。
「いやー失礼失礼!スコット!皆さんに俺からの1本奢りだ!お詫びといっちゃ安い手だがどうにか簡便しちゃくれないか?」
酒も入っている所為か、周囲から一瞬にして歓喜の声が上がる。
「よっ!あんちゃん太っ腹!」「どこの社長さんだい!」「キャーさすがジョーンズ様!」
などなど。
「スコット、悪いが今日はこれで勘弁してくれ。おっと、それから、この娘は置いていけよ」
「承知いたしました・・・・」
しぶしぶと下がっていくスコットと、未だ納得がいかない表情で下がっていく高飛車な女。
残ったのは目を点にさせて立ちんぼしていた少女だけ。
「えんりょするなよ、こっちに座れ。おっと、失礼。お座りくださいお嬢様」
「え、あ、は、はい!」
歯切れ悪くも元気良く挨拶をする少女。慌しくジョーンズまで駆け寄ると、30センチくらい開けてちょこんと座り込んできた。
これが、所見の女の子の距離か。と初々しさを実感するかのように少女を視姦するジョーンズに少女は嫌悪を覚えたような表情に変化した。
「おっとぉ、わるいね、俺の悪い癖だ。ゆるしちゃくれないか?」
「え、あっ!も、申し訳ありません!」
「お互いに謝ってばかりだな!いいね、こういう新鮮なのも!がはは!」
ジョーンズはソファーに腕を広げて豪快に笑う。そんな男の左手は少女の背中の後ろに回されるような形になっていて、少女はギクリとその腕の行き先を確認する。
しかし、少女は違う意味でその腕にギクリと身を硬直させた。
「ん?この傷か?そうだな・・・クイズでもしようか」
「あっ・・・・」
なかなか自分から会話を進めようとしない少女にジョーンズは新鮮味を覚えて、あえて自分から話しかける楽しみを思い出す。
「1、滑って転んだ傷 2、あっち系の人に無謀にも喧嘩うって返り討ちの傷 3、女に引っかかれた傷
さぁ、どーれだ?」
ポカーンとした顔で少女はジョーンズを見つめる。
「おいおい、せめて『4、見掛け倒しのタトゥー!』とかって答えてくれよ」
「ぷっ・・・!」
と、少女は何か吹っ切れたかの様に噴きながら笑い出した。
「あはははははっ!おじさん面白いね!」
「お、おじさん・・・・って、おいおい・・・俺はまだ29だぞ・・・」
ショックを隠しきれずにうな垂れて少女にそう告げる。
「あはははは・・・・ご、ごめんなさい!でも、アラサーはもう十分おぢさんだよっ」
「わ、若いって罪・・・」
こんな冗談と本音が混じった会話を皮切りに、少女が一変して積極的に話しかけてきた。
「でも、この傷・・・本物だよね?」
「ああ、そうだな。色んな目にあったからなぁ。死にそうになったときもあった」
「本当?下手うったんじゃないのー?」
「なっ!そー見える?そー見えちゃう!?あー俺ショックー・・・これでも俺、一流の"傭兵"なんだけどな・・・」
少女の顔がまた一変する。今度は驚きの表情に。
ジョーンズはしまったと、表情を強張らせる。
どこの世に、世の中のパワーバランスをたった一人で打ち崩す事の出来る力を持つ傭兵を恐れない者がいるだろうか。
ましては、女ともなれば大概の者は嫌悪感を抱くだろう。強大な暴力の象徴に対して。
だから、"オリベロス=ジョーンズ"は今までその素性を隠してこういった店に出向いていたのだ。
「わ、悪い。今の忘れてくれ・・・」
苦肉に一言も今更通用などしないだろう。女は怖がって逃げてしまう。彼はそう思った。
しかし、彼女の示した態度は違った。驚きや嫌悪感。軽蔑の眼差しではない。
今まさに彼女は、一流の傭兵に対して"少年"の様に目を輝かせ、オリベロスを羨望の眼差しで見つめていた。
「ほ、本当に傭兵なんですか!?」
「しっ!声が大きい!」
「わわっ!ごめんなさい!」
理解ある女。そんな女も世の中にいる。そんな女を始めて見たオリベロスは彼女に気を許す。
無類の女好き。そんな彼も心のどこかで女たちに壁を作っていた。
だから、こんな客商売で男に接する女共とその場限りの関係を維持していたに過ぎなかった。
「ま、そんなところだな。あんまりいいもんじゃないさ」
「わ、私はそう思いません!地上最強の人型巨大兵器・・・それを自分の手足のように縦横無尽に操る傭兵・・・私の憧れです!」
「・・・・・・」
「強大な力。世界のパワーバランスを揺るがすほどの力。そんな力・・・私も・・・・」
「言ったぜ、そんないいもんじゃない」
「え・・・?」
「昔からあるよな、こんな言葉。強大な力は自らをも滅ぼすってな」
「そう・・・でしょうか・・・?私はそんな力が欲しい。こんな下らない毎日を振り払える位の力が・・・」
「なにがあったか知らねぇが、その先に何がある?殺し殺され、騙し騙され、戦い抜いたその先に」
「え・・・・・」
「何にもないんだよ。たった一度の敗北も拭えない。あるのは虚無だ何もしてくれねぇんだ」
「・・・・・・」
「っと、辛気臭くなっちまったな、この話題はこれくら──」
「私は!私は・・・父さんと母さんに捨てられました。3年前に・・・」
「!?」
オリベロスは3年前という言葉を聞いて驚きを隠せず、そのまま少女の前で固まってしまった。
少女は俯いていたが、オリベロスの方をちらっと見上げて話を続けた。
「ここだけの話ですよ・・・?」
「あ、ああ・・・」
「私は元は男でした」
「なっ!?」
男は絶句した。どこからどう見ても女である少女。透き通るような女性特有の声の発生源にのど仏は見当たらない。
ならば、そんな少年を少女に変えるような出来事、いや、奇病は一つしかないのだ。
そして、過去のあの瞬間が脳裏にフラッシュバックする。
忘れようとしても忘れられないあの大規模抗争。傭兵として受けた依頼。
完遂できなかったミッション。
そして、彼の人生に大きな穴を開けたあの生まれて初めての敗北を。
「・・・・の・・・・だい・・・う・・・すか!?」
「は!?あ、あぁ?」
「あの・・・大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、だ、大丈夫だ・・・」
俺が我に返ったのを確認すると少女は続けた。
「私はあの後、突然の事に自分を認められなくて絶望しました。
結果的に──」
オリベロスはショックのあまり、少女の話を全部聞いてやれなかった。
ただ分かった事は、女体化したことで彼女は身の回りのもの全てを失った事。
自分のたった一つの敗北の所為でこんな所で金を稼ぐためだけに働かなければならない暗い人生になってしまっている事。
そして、彼は思った。
この少女を救う事が出来たなら、きっと自分も救われると。
「なぁ、俺と来ないか?」
「え?」
「俺と来れば、お前の望む力。手に入るかもしれない」
「えぇ!?」
少女にとってそれは一つの希望。男にとってそれは一つの贖罪。
互いの有益が一致する提案だった。
暗い暗い、先の見えない道をアテも無しに歩き続けた二人。
どれだけ途中で逃げ出そうとしたことか。
何度地に膝をついて諦めようとしたことか。
俺たちが出会ったのはそんな夜だった。
<つづく?>
581 :[[haze ◆cAPL8r2vcE]] [sage]:2010/06/22(火) 06:27:16.97 ID:SwsMVwIo
寄り道は楽しい
もうだめかもしらん
俺の心が俺に叫ぶ
消えろイレギュラー!
と
最終更新:2010年09月04日 23:31