無題 2010 > 06 > 24(木)

男は15,16歳で女体化。

確立はかなり低いらしい。

俺の住んでいる地域ではまだ事例の無いことだ。ただニュースで聞いたことがあるだけ。

「あ~、女にならないかな~」

珍しい事例故にそんなことを言う男もいる。

俺はごめんだ。別に女という生き物を嫌っているというわけではないが、別段なりたいわけでもない。

でもそんな俺もあと2時間で16歳。ちなみに今日は6月24日だ。

「そろそろ寝よ・・・」

考えるだけ無駄だと考え、寝ることにした。


「ん・・・」

いつも通りの感覚で目が覚めた。

「もうこんな時間か。早く支度しないと・・・」

いつもかかせず食べている朝ごはんをカットして、鏡の前で寝癖を整える。

鏡に映っているのはいつもと変わらない自分。容姿は・・・まあ普通といったところだろうか。

「なんだ、やっぱり変わってないじゃん」

別に期待していたわけでもなかったが。

準備が終わり家を出た。


「おはよう」

いつも通り挨拶をしてきたのは同じクラスの小島である。

「そういえば今日って絆の誕生日じゃなかったけっか?」

覚えていてくれたのか。こいつにはそういう律儀なところがある。

「ああ、そうだけど?」

「おめでとう」

「どーも」

素気なくなってしまったが実は少し嬉しかった。

「絆女の子にならなかったのかー・・・」

「童貞じゃなかったのかよ・・・」

この会話を聞いてた周りの奴らがそんなようなことを言ってきた。

「ならなくて悪かったな。そして俺は童貞だ。そもそもどうして俺がならなくちゃならないんだよ」

苛立ち気味に答えてやる。

「似合いそうだから。」

突然そう口を開いたのはさっきまで黙っていた小島だった。

「はぁ?」

「もし絆が女の子になってたら俺が嫁にもらってあげてたのになー」

頬杖をつきながら小島はそう言った。

俺はホモではない。男である以上、そんなこと言われても気持ちが悪いだけでだった。


そんなこんなしてるうちに授業が始まり、これもまたいつもと何も変わらない形で過ぎていった。



――昼休み

突然激しい頭痛が襲ってきた。

「うっ・・・」

意識が朦朧とする。

だがそれも一瞬のことだけですぐに痛みはなくなった。

「なんだったんだ・・・」

普段頭痛なんて起こさない俺は妙な感覚を覚えた。



「んじゃ小島、先帰るわ」

「おう、大事になー」

昼間の頭痛の件もあって今日は部活の途中で早めに帰ることにした。

梅雨時ということもあって、外はどしゃ降りの雨だった。

「しまった・・・」

今朝慌てて出てきたこともあって、傘をもってきてなかった。

こんなことなら小島に傘を・・・。

今更しょうがない。

ずぶ濡れになることを覚悟で走って帰ることにした。


走ること5分、突然またあのときの頭痛が俺を襲い始めた。

「痛・・い・・・」

明らかに昼間よりも長く、そして痛みが強い。

「っ・・・」

ダメだ、もう立っていられない。

目の前が真っ白になった。



「ここ・・・は・・・?」
目が覚めるとそこは見知らぬ部屋だった。俺はというと、髪が濡れた状態でベッドに横たわっている。服は知らないTシャツだ。
「気が付いた?」
部屋に入ってきた男が自分にそう言った。
「柿野・・・くん・・・?」
入ってきたのは隣のクラスの柿野という男だった。容姿端麗で名前は知っていたが、話したことも無いという関係だった。
「俺のこと知ってるの?」
不思議そうな顔でこちらを見る。
「だって隣のクラス・・・」
「君、隣のクラスの子なの?一度も見たことなかったな。」
そうか、俺が知っていても柿野くんが俺を知っているとは限らないか。
「君みたいな可愛い子6組に居たっけ・・・?」
ん?聞き間違いかな?今可愛いとか言われなかったか
「そんなことより寒くない?とりあえずジャージずぶ濡れだったし俺のTシャツだけど着せておいたから。あ、大丈夫、裸は見てないから」
彼は母さんが着せたから、と付け足した。
何か変だ。可愛いの次は裸見てない?男に何を言って――
そのとき俺はようやく自分の体に起きた異変に気が付いた。

「えっ・・・あっ・・・ええ!?」
胸がある・・・。
「どうしたの急にww」
「ちょっと鏡借りてもいいですか!?」
「いいよ、洗面所すぐそこだから」
動揺が隠し切れない。鏡に映っているのは肩くらいまで伸びた髪、ミディアムといったところだろうか。
大きくも小さくもない胸。目に見える範囲ではこれくらいだ。
これくらい?いや、十分すぎるくらいだ。
「女に・・・なってる・・・」
ショックを受けている場合じゃない。
下手したら死んでいたかもしれない自分を助けてくれたのは紛れも無く柿野くんだ。
目が覚めてから一度もお礼を言ってないことに気が付き、彼の部屋に戻ることにした。
「顔赤いよ?大丈夫?」
動揺していたせいか顔が赤くなってしまっていたようだ。
「あ・・大丈夫ですっ それと・・・ありがとうございました!」
命の恩人とも言える彼に頭を下げた。
「いいよいいよww軽かったし余裕余裕」
あははと笑いながら言う。顔もいいけど性格までイケメンなのか・・・。そんなことを思っていると彼から質問が飛んできた。
「で、君は・・・」
「絆です。斉藤絆って言います」
「絆ちゃんはどうしてあんなところで倒れてたの?」
ちゃん付けをされて違和感を感じるが今は質問に答えるほうが先だ。
「よくわからないんです。昼間も同じ頭痛がして・・・」
「そっか・・・。まぁ今日はもう遅いし、うちに泊まっていきなよ」
優しすぎるお言葉。だけどそこまで甘えるわけにはいかなかった。
「悪いですし帰りますよ」
「いいよいいよwwそれに俺の家からの帰り方わからないでしょ?」
立ち上がった俺の腕を彼は掴んでそう言った。
「あ・・・」
「ほらwwだから、ね?遠慮せずに泊まっていきな。あ、もちろん部屋も分けるしww」
「別に分けなくても・・・」
「え?」
何言ってるんだ俺・・・!
「あ・・そうじゃなくて・・・」
「よし!とりあえず泊まることは決定だね?それじゃ隣の部屋に布団敷いてくるから待ってて!それと、タメなんだし敬語じゃなくていいからね!」
そう言って部屋を出て行く彼の後姿を俺はただ見ているだけだった。

「風呂先いいよ」
一挙に多くの出来事が起こったために風呂に入ることすら忘れていた。しかしここは俺の家ではない。
「いや・・・悪いし・・・」
「だからいいって。体まだ冷えてるだろうしあったまってきな?」
ずいずいと俺の方を押して風呂場に案内してくれた。
結局言葉に甘えて風呂に入ることになったわけだが・・・
「ん~・・・・ほんとに女だな」
湯に浸かりながら自分の胸にある膨らみを触りながらつぶやく。
ビリリとした感覚が走る。やはり本物のようだ。
「柿野くんに事情話さないとなー・・・」
思わぬ形で彼と接点を得たとはいえやはり事実として話しておくべきだと考えた。
「ちょっとのぼせたかも・・・。あがろう」
「ふーん・・・なかなかいい体してるわね・・・。顔も可愛いし・・・私好みっ!」
出た瞬間いきなり体に抱きつかれた。
「ちょっ・・・!?」
「あいつったらこんなに可愛い子連れてきちゃって・・・。そんな弟に育てたつもりはないのになぁ」
とかなんとか言いながらギュッとされる。なんなんだ・・・。弟とか言ってたしこの人は柿野くんのお姉さんか?
「あなた下着持ってないみたいだし持ってきてあげたの。この下着かしてあげる!」
事前に準備してきたわけではないので無論何も持っていない。とはいえ渡されたものは水色の可愛らしい下着。
「・・・ありがとうございます」
「うんうん!言われて来て見ればこんなに可愛い子が!お姉ちゃんも嬉しいよ~」
訳の分からないことを言いながら行ってしまった。
「風呂あがりなのにどっと疲れたな・・・」

「これを履くのか・・・」
改めて渡されたモノを見て躊躇してしまう。
しかし着替えの無い俺はどうこう言える立場じゃなかった。
「なんか・・・窮屈っていうか妙にフィットするな・・・」
履き慣れない感触に戸惑いながらも服を着て部屋に戻ることにした。
「あったまった?」
部屋で漫画を読んで待っていた柿野くんが俺にむかって言う。
「うん、気持ちよかった。ありがとう」
何か言わなければならない。何か大事なことを忘れているような・・・
「あっ」
思い出した。事情を話さないと。
「ん?」
思わず声を出してしまった俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「大事な話が・・・」
彼に事の流れを全て話した。俺が元男であることも全て。
はじめはまじかよと驚いていた彼も、どうにか信じてくれたみたいだ。
「まあ元男だろうがなんだろうが関係ないよ。今は確かに可愛い女の子なんだし」
なかなか褒め言葉に慣れない。というか何故こんな言葉をサラッと言えるのだろう。一体この言葉で何人の女子を・・・
「とりあえず俺も風呂入ってくるからさ、ゆっくり休んでてよ」
そう言って出て行ってしまった。
「うーん・・・どうすっかな・・・」

外で鳥が鳴く声が聞こえる。
「んっ・・・今何時だ・・・?」
携帯で時間を確認する。
「6時半!?やばっ遅刻するっ!!」
ガバッと起き上がるとそこには制服姿の柿野くんが立っていた。
「やっと起きたww疲れてるみたいだったし寝かしておいたんだけど、悪かったかな?」
「いやいやいや、しかも俺がベッドで寝ちゃって・・・」
「あー、風呂から戻ったら気持ちよさそうに寝てたもんだからそのままにww」
どこまで図々しいやつなんだ俺は。
「姉貴が制服用意してくれたからさ、着替えてきなよ」
「え・・あ・・・でも・・・」
「早くしないと遅れるぞ?」
「着替えてくるっ!」
結局お姉さんの協力もあって女子の制服を貸してもらえることなった。本当に面倒見のいいお姉さんだ。
「どうもありがとうございます」
「いいのいいの。似合ってるよ~!」
照れくさい気持ちを抑えながらもう一度鏡の前に立つ。
髪の毛も昨日と違ってしっかりと整えられ、耳の辺りからランダムにパーマがかかっている。ミディという髪型らしい。
恥ずかしながら自分の姿に少しドキッとしてしまった。
「あっ時間」
自惚れてる場合ではなかった。あと登校時間まで15分ほどしかない。
「絆ちゃん早く後ろ乗って!」
待ちきれなくなったのだろうか柿野くんは俺の手を引いてひょいっと持ち上げて自転車の荷台に俺を乗せた。
「うわっ」
「しっかり掴まってて」
言われた通りに大きな背中に掴まるとペダルを漕ぎ始め、ものすごい勢いで自転車が走り出した。



「いや~絆ちゃんはやっぱ軽いねえ!」
俺を乗せて自転車を漕いでいる人物が言う。あれだけスピードを出したというのに呼吸を少したりとも乱していない。
というか『ちゃん』付けはやめて欲しい。
「体重まで軽くなったのかな俺・・・。あと絆ちゃんっていうのやめてくれるかな。」
「どうして?もう女の子なんだしいいじゃん」
確かに女にはなったが一日でハイ今日から女ですとはいかないわけで、何にだって慣れというものが必要だ。
「どうも慣れないんだ。だからやめてほしい」
「ふーん、わかった。じゃあ『ちゃん』は付けない。その代わり、」
「その代わり?」
何を言おうというのだ。嫌な予感がしてたまらない。
「一人称を俺っていうのは無しな?身も心も女の子にってことだ」
なんだそれだけ、と思うかもしれないがこれは俺にとっては結構苦痛な話だ。
「じゃあ自分のことを何って言えばいいんだよ・・・」
「普通に『私』といくか。『うち』っていうのもありだな」
などと完全に他人事で話を進めている。他人事には間違いないのだが。
『私』、人生でまだ一度も自分のことをそう呼んだことは無い。
嫌だ!と言いたい所だったが、『ちゃん』付けをやめてもらうには仕方のないことだったし、昨日からお世話になり続けている柿野くんには頭があがらない。
「うっ・・・私、か・・・」
「そうそう。女の子っぽくていいよ!あとついでに、俺のことは呼び捨てでいいから」
「そんな急に色々言われてもなぁ」
「そのうち慣れる慣れる」
はははっと笑いながら自転車を降りて先に行ってしまう。どうやら話をしている間に学校に着いたみたいだ。
昨晩知らない間に寝てしまったせいで学校の誰とも連絡はとっていなかった。もちろん小島とも。
だから自分が女になってしまったことは誰も知らない。色々説明しなければならないとなると憂鬱な気分になった。
「なんだぁ、柿野ー?彼女でもできたのか?」
隣のクラスの名前は分からないが男子と柿野が絡んでいる。
「可愛いだろ」
「なっ・・・!」
慣れない言葉にいちいち反応してしまう自分をどうにかしたい。こういうさらりと恥ずかしくなることを言ってしまう柿野は苦手だ。
「え、まじで付き合ってんの?つーかそんな子うちの学校にいたっけ」
男がそう言うのも無理がない。昨日女になったんだからな。
「付き合ってはいないよ。まあ色々あったんだよな」
俺の頭をぽんぽんと叩きながらそう言う。つーか付き合って『は』ってなんだよ・・・
「・・・。んじゃあ俺、ああええと・・・私、はもういくよ」
時間ももうギリギリだったこともあって柿野とは別れることにした。

いよいよ教室へ入る時。入学式とか新学期でもなんでもないのになんだこの緊張感は。
だがいつまでも廊下でうろうろしてるわけにもいかない。両手を握り締めながら教室へ一歩踏み出した。入ったとき数名がこちらを見たような気がする。
まったく気にしない素振りで自分の席に着いた。
視線が痛い。たぶんクラスに大半が見てる。怖くて周りを見れない。
「ん、誰だ?」
隣の席からそんな言葉が聞こえてくる。隣の席はというと小島だ。
「お前まさか・・・絆・・・?」
「あはは ・・・女に、なっちまった・・・」
周りがざわつく。ある程度は予想していたことだ。何も気にすることは無い。
それより気にすることは小島が黙ってしまったことだ。俺のことを一番に俺だと気付いてくれたことは嬉しいが、俺だと確認するなり黙りこくってしまった。
「小島・・・?」
「・・・何これ・・・超かわうぃい!!!」
ガッと強引に腕を引っ張られまたもや抱かれてしまった。昨日の柿野のお姉さんといい小島といい・・・。
同時にクラスから様々な声があがる。
「あれが絆なのか・・・?」
「超美人じゃねーか・・・」
「斉藤君女の子になったんだってー・・・」
「やだすごく可愛いじゃん」
可愛いだとか美人だとか言われるのは悪い気はしないが気恥ずかしい。
そんなことより危うく小島に抱かれたままであったことを忘れるところだった。
「いつまで抱きついてんだお前は」
手を払いのけてまた自分の席に座る。
「制服とかどうしたんだよ」
「隣の柿野のお姉さんに借りてる」
「絆接点あったっけ?柿野と」
「いやなかったけど」
昨日の流れを説明してやった。すると何故か小島は興奮して立ち上がった。
「なにい?柿野と寝ただとぉ?」
「どうしてそうなるんだよ」
腹に一発グーをいれてやるが女になったせいかダメージがまったく入ってないように見える。
「まぁなんにせよ何とも無いみたいでよかった」
こいつの目は腐ってるのか?
「これがなんともないように見えるか?」
「制服も抜群に似合ってるし文句のつけようがないぞ」
「はいはい」
この類は話を流すに限ると考えた。

――昼休み
それにしてもこう女でいると視線が物凄いな・・・。
特に男からの視線が凄い。男とはそういう生き物だから仕方ないというのは元男である自分が一番わかっている。
わかっていても授業中、休憩中どんな時でも視線を感じるのは気分が悪い。世の中の女子はきっとこれに対する多大なストレスをかかえていることであろう。
昼休み、初めて女として振舞うことに疲れた俺は仮眠をとることにした。



「ん・・・」
ふと目が覚めた。どうして目が覚めたのかは分からない。身に危険を感じたからなのだろうか。
目の前には自分の肩を掴んで今にも何か仕出かそうとしている小島の姿があった。
「何やろうとしてんだお前」
「えっ、ちょっと愛の接吻を」
ふっ飛ばしてやった。
「冗談だってば」
叩かれた場所を押さえながら小島が戻ってきた。
「冗談に見えないわ!俺元男だぞ?お前ついに頭がおかしくなったか?」
「いやぁあんまりにも寝顔がかわいくてさ・・・」
こいついつから俺を観察してたんだ・・・。
「とにかくだな、お前みたいなやつがこんな中庭なんかで無防備に寝てたらそのうち襲われるぞ」
珍しく真剣な顔になった小島が言ってくる。
「襲おうとしてたお前が何を言う」
そういってささっと立ち上がり、教室に戻る準備をする。
少しの睡眠ではあったけど休息はとれたみたいだ。体が軽い。
「ほら小島、行くぞ?」
「お、おう」
どこか小島の様子がおかしい。気のせいだろうか、視線が下向き加減だ。
「どうした?」
「お前そういう趣味だったのか・・・」
「は?何言って―――っ!!!」
視線を追って下を見ると自分のスカートがめくれあがって、水色の下着が顔を覗かせているのに気が付いた。
自分でも顔が赤くなっているのが分かるくらい顔が熱い。まさに顔から火が出るとはこのことを言うのだろう。
「ちがっ、これは・・・」
説明しようと前を向いたら鼻血を出して小島が倒れていた。
現実で鼻血出して倒れるなんてあるんだな・・・。

なんだかんだあって放課後。
「疲れた・・・。」
女になってから始めての学校がこれほど疲れるものだとは想像してなかった。
「お疲れッス!まじ絆のパンツ見れて最高ッス!」
隣でやたらテンション高く小島が騒いでいる。
さっきまで鼻血が原因で保健室で倒れてたのに調子のいい奴だ。
「うっさい。騒ぐな。それと忘れろ。」
げへへと笑っている小島を尻目に帰りの支度を進めていると、廊下から柿野の声が聞こえてきた。
「絆ー!」
うわぁ・・・。そんなに大きい声で呼ばないで欲しい・・・。
案の定クラスの大半がこちらを見ている。
「何?」
「一緒に帰ろうよ」
「別にいいけど」
「よくなああああああいっ!!」
いきなり小島が教室から飛び出してきて割って入ってきた。
小島のせいでまた注目の的に。
周りからは色々な言葉が聞こえてきた。
「何々?これっていわゆる三角関係?」
「柿野くんと斉藤さんってお似合い~」
「いや、小島くんとの方がお似合いだと思うけどなー」
勝手なことを言ってくれる。みんな俺が元男だということを忘れたのだろうか。
さすがに頭にきて俺が怒鳴ろうとした瞬間、柿野に手を引かれた。
「えっ!?」
「とっとと行くぞ」
走り出す柿野。後ろで小島とギャラリーが騒いでる。
「こんなことしたら余計疑われるじゃん・・・」
「何が?」
しばらくの間走り続けて後ろから誰もついてきていないのを確認して歩きながら言った。
「だから、その・・・」
何がと聞かれるとなんとなく言いづらい。
もじもじしていると柿野の方が口を開いた。
「俺と噂になるのがそんなに嫌?」
「え・・・?」
「なんでもないwwそんなことより昨日のジャージ俺の家に置きっ放しだったろ?」
「え、ああ、うん」
なんでもないと話を変えられてしまったので、再び話題を戻すことは敢えてしなかった。
結局昨日のジャージを取りに戻るということで柿野の家に行くこととなった。
因みに俺は下宿生活を送っているので、帰りの時間がいつになろうと構わない。
そういうこともあって時間は遅かったが柿野の家に行くことを決めた。

自転車で走ること15分、柿野の家に着いた。
朝が異常なまでに早かったことがよく分かる。
「お邪魔します・・・」
他人の家を朝出てまた夜戻ってくるのは不思議な感じがする。
「おっかえりー!ってあれ?絆ちゃん?」
玄関の扉が閉まる音が聞こえたのか、リビングから勢いよく柿野のお姉さんが飛び出してきた。
「あ、どうも。ジャージ取りにきました」
「あら、ゆっくりしていってねー」
ニコニコと手を振りながら頭を下げた俺に対して言いながら、再びリビングへと戻っていった。
ゆっくりと言われてもすぐ帰るつもりなんだけどなぁ・・・。
さすがに失礼なのでそうは言わず、少しだけお邪魔することにした。
「なんか食べる?」
カップ麺しかないけどと付け足しながらあとから柿野がやってきた。
「もう帰るしいいよ」
「お、そっか。じゃあ俺送ってくわ」
そう言って自転車の鍵を取り出す柿野。
さすがに朝も夕方も夜も悪いと思い断るが、こう言い出したら柿野は譲らない。
仕方なく言葉に甘えさせてもらうことになった。
「ほんと悪いな・・・」
「いいってwそれに女の子一人夜は危ないから」
自分が女の子扱いされてることに嬉しい感情と悔しい感情が合わさって生じる。
しかし柿野がわざわざ送ってくれていることには感謝しているので、何か恩返しをしたいと思った。
「はい、着いた」
道案内のもと、無事自分の家に着いた。
昨日は帰っていないのでなんとなく懐かしい。
「んじゃ帰るわー」
「あ、ちょっとまって」
すぐに方向を変えて帰ろうとする柿野を止めて、何か恩返しをすることにした。
「夕飯まだなんでしょ?作るから食べていってよ」
「お、いいの?じゃあそうさせてもらおうかな」
こちらから誘うのは初めてなので少し恥ずかしかったが、恩返しができそうなので嬉しかった。
「お邪魔しまーす」
「はい、どうぞ」
俺の家には柿野の家みたく迎えに来てくれる人間はいない。
愛猫ならいるが・・・どうしてだろうか、いつもなら飛び出してくる愛猫がやってこない。
「たまー?」
名前を呼んでみるも出てこない。
リビングにいるのだろうかと思い、近づいてみるとなんとそこには人影が見えた。
「っ!!」
「どうした?」
後ろにいた柿野が言ってきた。
俺が男だったなら飛び出していけたけれど、女になって自分には力がないことが分かった今では飛び出していく勇気など無かった。
女になることでこうも変わってしまうものなのか、と落胆せざるをえなかったが、今はそんなことを思っている場合ではない。
「リビングに誰か・・・」
情けないと分かっているが本気で怖い。柿野が居てくれることでだいぶ気持ちが楽になる。
「先にいく」
そう言って柿野がリビングのドアノブを捻った。

すると中からにゃーと我が家の愛猫の声が聞こえてきた。
「おかえり!ってあれ」
中を覗くとこちらに手を挙げて愛猫の相手をしている小島の姿があった。
「なんで柿野が?」
「いやこっちとしてみればなんで小島がなんだけど」
小島に話を伺うといつも鍵があけてある家の裏口から入ったのだという。
昔から何度かうちに遊びに来たことのある小島は度々うちの裏口から入れることを知っていた。
「それってただの空き巣じゃあ・・・」
「それよりなんで柿野がここにいるんだよ」
ぼそっとつぶやいた柿野に対して小島が問う。
「絆が夕飯作ってくれるっていうから」
「ええええ!俺だって一度も食ったことないのに!」
だからなんだっていうんだ・・・。
「頼む絆!俺の分も作ってくれ・・・!」
手を合わせて頼んでくる小島。そこまでして食べたいのか。
「うーん・・仕方ないなぁ」
断るのも可哀想だったので小島も合わせて3人分の夕飯を作ることにした。
親元を離れて下宿し始めてもう結構経つので、料理はそこそこできる。
「はい、どうぞ」
変わっていると言われるかもしれないが、出来上がった料理を客へと持っていくこの瞬間が一番好きだ。
「うまそう!」
「うまいに決まってる!」
口々にそう言っているのは男二人。
そのあと自分も席に着いて、3人でいただきますをして食べた。
久々に自宅で複数で食べたので美味しかったし楽しかった。
「ふぅ~上手かったー。ご馳走様、絆」
「あとは寝るだけだな~」
ん?何かおかしなことを言ったような。ちなみに前者は柿野、後者は小島の発言だ。
「今何て?」
「あとは絆ちゃんと寝るだけだなーって」
「んなこと言ってなかっただろーが!」
ぼこっと小島の頭をたたいてやる。
「小島泊まってくなら・・・。絆、俺もいいか?」
色々と世話になった柿野には頭が上がらないというかこちらとしても是非どうぞと言いたいほどである。
明日は土曜日とうこともあるし、結局今日は二人が泊まる事になった。

クラスのこととか文化祭の準備だとか色々なことを話したあと、時間も時間だし風呂に入ることになった。
こういうのは客から入るものだろうと先を譲った。先に風呂に向かったのは柿野だった。
「なぁ絆」
「ん?」
突然小島が口を開いた。
「お前と柿野って・・その・・・できてるのか?」
「はぁ?!」
あまりにくだらない質問過ぎて声が裏返ってしまった。
「何を言いだすかと思ったら・・」
ほんとに突拍子もないことを言ってくる。
「で、そこんとこどうなんだ?」
まじまじと小島が見てくる。
「ないって!」
「ほんとか?」
「ほんとだって」
いつになく真面目な顔な小島だ。
「よかったー」
「よかったってどういうことだよ・・・」
「俺にもまだチャンスあるなって」
つまりどういうことだ・・・?
俺が『?』な表情を浮かべていると小島が言った。
「俺、お前のことが好きになった」
「――っ!!?」
いきなりのこと過ぎて初めは耳を疑った。でも小島の表情は真剣だった。
「本気・・・なのか・・・?」
「本気だ。女としてしか見れない」

これはえらく気まずいことになった。何と答えたらいいのだろうか。
小島のことは嫌いじゃない。昔からの付き合いだしちょっとずれたところがあるが小島のいいところはたくさん知っている。
でもさすがにいきなり好きだと言われても返事ができるはずがない。
俺が困っていると柿野が風呂からあがって戻ってきた。
「気持ちよかった~」
「あ、俺次いいか?」
「う、うん・・・」
小島が立ち上がって行ってしまった。
唐突過ぎた言葉にしばらくぼーっと考えていたら今度は突然柿野が口を開いた。
「あのさ・・・」
「ん?」
「さっきの小島と絆の話、聞こえてたんだ・・・」
「!!」
驚きが隠しきれなかった。まさか聞かれていたなんて。しかも柿野に。
「丁度風呂から戻ってきたときにさ・・。盗み聞きするつもりはなかったんだけど・・・」
分かっている。柿野が盗み聞きをするような人じゃないことくらい。
「うん・・・」
「・・・俺もこの際だから言っておく」
なんだ、この緊張感・・・。
「俺も絆のことが好きなんだ。出会ってからずっと・・・」
頭がおかしくなりそうだった。整理がつかない。つくはずがない。
ついさっき小島からの告白があり、そして今柿野からの告白。
しばらくの沈黙のあと柿野が切り出した。
「今すぐに返事とかはいいよ。いつも通りでいいから」
「うん・・・」
そんないつも通りと言われたって簡単なことじゃない。それにいつかは小島か柿野か決めなければいけないときが来るということじゃないか。
大変なことになった。
「うーいすっきりー」
小島が戻ってきた。
「おかえり」
柿野が場の空気を切り替えるように明るく言った。
「・・・そ、それじゃ次入ってくるね・・・」
とりあえず一人になる時間が欲しかったので、すぐに風呂に入ることを選んだ。
まさかお泊り会でこんなことが起ころうとは。全く予想をしていなかった事態に動揺せざるを得なかった。



「二人が・・・俺のことを・・・」
別々ではあるがついさっきまで居た部屋で、二人から好意を伝えられたことを考えていた。
相手は二人とも男。今となっては自分は女。
「好き・・・か・・・」
二つの関係を複雑に思いながら、浴槽のお湯に顔を半分浸けてぶくぶくと泡立てる。
自惚れてはいなかったが、あまりに唐突で想像していなかったことだったのでぼーっとしていた。
部屋に戻るのが気まずい。
出来るならこのままずっとお湯に浸かっていたいくらいだ。
そんなことを言ってものぼせやすい体質なので、長いことお湯に入っていることはできないことを悔いながら部屋に戻ることにした。
「ふー、いいお湯だった」
なるべく平生を装うことにした。せっかくの泊まり会だ。来客に気を悪くしてほしくない。
「おかえr・・・!!」
部屋の扉を閉めて振り返ると二人ともこちらを見て固まっていた。
「ん?」
「え、ああ、なんでもない・・・」
そう言って目をそらしたのは柿野。
気のせいか少し顔が赤い。彼もまたのぼせたのだろうか。
「お前ほんと女になったんだな」
何を今更。散々そう言ってからかってきたのはお前じゃないか、小島。
「どこ見て言ってるんだよ」
「おま、胸とか見てないぞ!ただ俺は・・・」
そう言ってまた小島も柿野のように目をそらしてしまう。
この二人一体どうしてしまったのか。さっきから挙動がおかしい。
「なんだよ」
「正直に言う。お前の湯上りの姿に興奮した」
「なっ・・・!」
なんつーことを言うんだこいつは。デリカシーというものがないのかって言いたいくらいだ。
それに何と反応すればいいんだ。まさに反応に困るというのはこのことだと思う。
時計の針は11時をさしている。風呂前に散々に語ったので時間が過ぎていたのだ。

「そろそろ寝る?」
明日は土曜日だが気まずさ故に寝ることを提案した。
「ああ・・・そうだな」
ようやくこちらを見て反応してくれたのは柿野。
「それじゃベッドは二人のどっちかが使いなよ。残りは布団でって・・・あ!!」
今更大変なことに気付いてしまった。
うちには二人分も布団がない。一人はベッドを使えばいいが残りの二人は・・・?
二人で一つという案も浮かんだがこれは・・・と頭を振る。
「どうしたんだよ」
二人の言葉にはっと我に返った。
「いやぁ・・・そのぉ、今更で悪いんだけどさ・・・。布団が一つしかないんだ・・・」
「なんだってえええ!!」
ナイスリアクションといわんばかりの反応を見せてくれる。
「まてよ・・・」
言い出したのは小島。何故か良い予感はしない。
大体小島がこういう無駄に真剣な顔つきをしたときは期待をしてはいけないのだ。
「ベッドか布団のどちらかは二人で寝ればいいんじゃ?」
想像通りだ。というかさっき考えたしそれ。
「なるほど、いい考えだな」
まさかの柿野が同意。たとえここで俺が反対しても2対1で多数決的に負けるじゃないか。
「ここは女の俺が一人で野郎がベッドだよな?常識的に考えて」
「いや、どう考えても男二人が一つの寝床に入れるわけないんだが?それに汗臭いし」
後者はどうでもいいが、前者は的を得た発言なのには間違いない。
体格的に考えても筋の通った意見である。
こういうときに限って小島は嫌なところばかりついてくる。
「んー・・・。仕方ない、俺ともう一人どっちかがベッドであと一人が布団ってことでいいか?」
来客に悪い思いをさせないということが自分流でもあったので、初め思いついた通りのことを提案する。
「ようし、そうとなったらこの勝負・・・」
「絶対負けるわけには・・・」
やたら気合を入れてじゃんけんをし始めた柿野と小島。
その間に別の部屋の押入れから布団を取り出すことにした。
「よいしょっと・・・」
やはり女になって力が落ちているらしい。
布団を引きずって部屋に持ってくると、そこにはさっきとうって変わってテンションがガタンと下がった小島がいた。
どうやらじゃんけんに負けたらしい。
下心があるからだ、と言いたかったが、あまりにも気の毒そうに見えたのでやめておいた。
「んじゃ電気消すよ」
電気を消してそれぞれの指定の寝床に入り込む。
柿野と俺は背中を合わせるように寝ることになった。
いくら女だから小さいとはいえ、シングルベッドに二人の人間が入るのは少し窮屈だ。体がどうしても密着してしまう。
柿野の体温が背中越しに伝わってきて少し変な気分になる。
そんな状況にも関わらず小島が早々に寝息をたてている。ふて寝というやつか。
柿野は・・・寝ているのだろうか・・・。何も反応がないので分からない。

――ん・・・
ここはどこだ・・・?
手足を動かせることができなく、ただぼんやりと辺りが見える。
これは夢なのだろうか。
今日は柿野と小島が泊まりに来て・・・さっき寝ることになって・・・確か俺と柿野は一緒の・・・
「っ・・・!」
そこまで思考が進んだとき、はっきりと目が覚めたのが分かった。
目と鼻の先に柿野の顔があったからだ。
あと1秒もないうちにキスをされてしまいそうな距離に。
しかし当の柿野はというと寝ている。
確か寝たときは背中合わせだったはずだが、お互いに寝返りを打った結果がこうなってしまったのだろうか。
しかも柿野ががっちりと俺の背中に腕を回すようにして寝ているではないか。
よって身動きがとれないわけだ。
起こすのも悪いし・・・。
何より顔が近い。
そらすこともできないので仕方がないのだが、こんなに人の顔が迫ったことなんて無かったから戸惑ってしまう。
それにしてもやはり柿野の顔は整っている。逆に言えばこれほど近くで見れるのは運がいいのかもと思えるくらいだ。
さすが男女ともに言われているだけのことはあると顔を凝視していると、突然柿野が動き出した。
「んっ・・・ちょっ柿野、痛・・・」
急に俺の背中に回していた腕の力を強めたかと思ったら、今度は更に抱き寄せられるような形になった。
そして次の瞬間、柿野の顔がぐっと近づいてきた。
「!?」
思わず顔をそらした。きっと間違っていない反応だろう。
その結果頬にキスされる形となった。
相変わらず体は柿野の腕によって強く寄せられている。
ようやく唇が離されたが相手は男だというのに不思議と嫌な気持ちは無かった。
柿野に寄せられた感覚は心地よいと言えるほどだった。
何故かは分からないが。
もしあのとき自分が顔をそらしていなかったら・・・と考えると顔が熱くなってくる。
これも女になったという理由からの補正なのだろうか。よく分からない。
床では相変わらず寝息を立てて小島が寝ている。
時計の針は3をさしていた。まだ十分寝れる時間が残されている。
再び俺は柿野の腕の中で眠ることにした。



「結局眠れなかった…」
閉められているカーテンから外の光が差し込んでいる。
柿野が一度も腕をゆるめないのである。
よって落ち着いて寝られるわけもなかったというわけだ。
「ん…なんで絆が…」
目をしばしばさせていると、柿野が目を覚ましたようだ。
「ここ俺んち。そんでこれは俺のベッド」
眠かったので、ぶっきらぼうに説明してやる。
「……はっ!ご、ごめん!!」
何かふと我に帰ったらしく、背中に回していた腕をほどいて謝ってきた。
「別にいいけどさ…」
なんとなくさっきまであった柿野の腕が無いことを心細く感じた。
当の柿野は真上を向いて口を固く結んでいる。
それにしても客観的に見れば変な光景だと思う。
男女が並んでベッドの中に入っている。
別に踏み込んだ関係ならば変なことでもないのだが…。
夜中に起きた出来事を思い出すと急に恥ずかしくなる。
「服、着替えてくるっ」
恥ずかしさ故に一眠りしたい気持ちを抑えてベッドから出ようとしたその時――
ガバッ
「っ!?」
勢いよく再びベッドの中に戻された。
柿野の表情は伺えない体勢―後ろから抱き締められている形になっていた。
「柿、野…?」
表情も伺えないため、柿野が何を考えているのか分からなく、体が硬直する。
「好きだっ……!」
そう言ってまた抱き締める力が強くなる。
「柿野…――んぅっ!?」
一瞬どうなったのか分からなかった。
ただ理解したてきには柿野が上に重なり、手が握られた状態で俺の口と柿野の口が重なっていた。
恥ずかしくて前が見ることが出来なくて、唇が離されるまでじっと目をつむっていた。
「――っはぁ」
鼻で息をすること忘れていたため、唇が離されたとき大きく口から空気が入ってきた。
「ごめん…」
「ん…」
謝ってきたが、どうしてこんなことをしたのか問いただす気にはならない。
何故だ。抵抗する気すら起こらなかった。
体全体の力が抜けていく感じがする。
「んーっ!よく寝たなあ!」
しばらくの緊張状態をようやく目を覚ましたらしい小島が破った。


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最終更新:2010年09月04日 23:45
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