赤羽根探偵と奇妙な数日-記述b-

 【赤羽根探偵と奇妙な数日-記述b-】

 僕に告げられた病気の名前は"異性化疾患"という奇病だった。
 原因は不明。
 症例も数少なく、ハッキリとした治療法も確立していない病気。
 命を奪う代わりに、人としてのあらゆる尊厳を奪う病気。根絶して然るべき病気。僕を冒した病気。

 シャーペンを走らせる作業に没頭しようとしても、僕の全身は震えている。この字体を見れば解ってくれると思うけれど。

 "理不尽な病気は、呆気ない程に残りの人生を食らい尽くす。"

 この言葉は、どうやら命に拘わらない病気にも当てはまるらしい。

 残された選択肢は大まかに分けて2つ。

 残りの人生を女として過ごすか、残りの人生を捨て去るか。

 出来るなら僕は後者を選びたかった。でも、それだけは出来ない。
 僕が僕の命を奪うことは自由だ。なんの罪にも問われない。
 けど、僕が姉さんの命を奪うコトは罪だから。

 姉さんは、未だに弟離れが出来ていない。
 僕がこっそり姉さんに「自[ピーーー]る」と言うと、姉さんは決まって「私も死ぬ」と言う。
 姉さんがそう言ったから[ピーーー]ないんじゃない。

 姉さんは、覚悟を示そうとする。切実かつ愚直に。
 ある時は果物ナイフ、ある時は睡眠薬、またある時は、麻縄。
 それらを僕に目を真っ赤にさせながら突き付ける。それらで、自分を殺してから死んでと。
 ただの演技ならまだタチが良い方だ。
 前述した通り、姉さんは覚悟を示そうとする。いや、何度も示してきた。
 ナイフを細い手首に突き立て、ビンが空になる程に睡眠薬を頬張り、挙げ句には縄を病室の天井からぶら下げようとさえした。
 いずれも大事には至らなかったけれど、真っ白なベッドシーツが赤く染まっていく様だけは、今でも頭からこびりついて離れない。

 結局、僕には生きる以外の選択肢は用意されていなかった。

 それでも、生きろと。
 同じ日に生を受けた幼い姉の必死の懇願に僕は、負けた。



 共同の病室に移された僕を待っていたのは、退屈な生活だった(共同と言っても他のベッドは空っぽで、仕切りなんてなんのイミもないけれど)。

 テレビはおろか新聞や週刊の雑誌すら見ることを禁止されていて、
 病気が感染をすることを恐れた病院が、異性化疾患に掛かった僕の行動を制限したからだ。

 退屈しのぎの遺書まがいに書き始めたメモが僕の生活サイクルの一部になるなんて何とも皮肉だと思う。

 姉さんも最近では随分と元気になってきた。偶に部屋着を着替えさせに着てくれる度に「私より胸が大きい」とフテる余裕も出て来たくらいだ。

 弟、もとい妹としては嬉しい限りだけど。
 妹、か。
 今度から、一人称を変えてみようか。そんなことを画策し、姉さんの驚いた顔を思い浮かべて笑う僕……じゃなくて私は、端から見たら奇人に見えるのかもしれない。

 それならそれでいい。

 とりあえず、今は、少しずつでいいから私の性別と私の個性に折り合いを付けていこうと、ふくらんだ胸に決意を込めることにした。

 それで、姉さんを元気に出来るなら私は喜んで残りの人生を受け入れよう。

 その内に新しくこの人生に価値を見いだせるかもしれない。
 そんな淡い期待を秘めて、今日のところは、おやすみなさい。


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最終更新:2010年09月04日 23:55
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