【翔太視点】
結論から言うと、二人に『女装が趣味の変態』だと誤解を与える事はなかった。もちろん、女だとバレる事もなかった。
それはよかったのだが……なんか、さっきからすごく視線を感じる(だいたい陽助のいる方から)んだけど、どういう意味なんだ……?
あー、でも聞くのめんどいし、いいや。
「皆さん、車の準備が出来たので乗ってください」
先輩が車の前で俺達に向かって手招きをしている。
今回、花坂高校に行くにあたり、移動手段としてみちる先輩のお父さんが車で近くまで送ってくれる事となった。しかも、帰りも乗せてくれるとの事だった。
後で、ちゃんとお礼を言っておかないと。
「よし、じゃあ行って、お父さん」
俺達が車に乗り込んだのを確認してから、先輩も助手席に座り車は進み出した。
それから車で二十分。
花坂高校の近くにあるコンビニに止めてもらい、車から降り徒歩で花坂高校に向かう。
道中、龍一について、どうしても気になる事があるので、聞いてみる事にした。
「なあ、龍一」
「……なんだ?」
「お前のその格好は、いったい何を意識してるんだよ」
『その格好』とは、もちろん服装の事である。
今日は、偵察なので顔を覚えられても都合が悪くならないように、変装してくるように二人にも言っておいた。
みちる先輩の『変装』は、髪を三つ編みにして眼鏡をかける、という、とにかく地味な外見になっている。
そして、陽助は髪型をオールバックにして、眼鏡を着用している。
偵察だから地味にする事は普通だと思う。
先輩と陽助で眼鏡が被ってしまったけど、大した問題でもないだろう。
だけど、龍一は違っていた。
サングラスをかけ、上下共にスーツを着ていた。
これくらいなら、普通はあんまり注目されないだろうけど、龍一が着る場合は別だった。
龍一は野球部の中で一番身長が高く、体格もいい。さらに高校生らしからぬ強面な上、妙な威圧感もある。そんな男がサングラスとスーツを着たら、どう見えるだろうか。
少なくとも俺には、頭に『ヤ』のつく危ない職業に就いている人に見える。
と、そんな事を考えている俺とは対照的に龍一は
「……高校生っぽく見せないためにスーツ着て…………今日は陽の光が強めだったから、サングラスをかけてきた」
などと言った。
いや、確かに高校生には見えないよ。見えないけどさ……堅気の人にも見えないよ。
これじゃ目立つんじゃないのか?
不安を感じた俺は、先輩の方に視線を送る。
先輩は俺の不安を感じ取り、解決策を提示してきた……なんてことはなく、ただ笑顔を見せているだけだった。
「せ、先輩っ」
俺はたまらず先輩に近づき、小声で話す。
「いいんすか? 龍一の服装をどうにかしなくても」
「私はそのままでいいと思いますよ。少なくとも高校生には見えませんから変装の意味はありますし」
いや、いくらバレない格好でも注目されたらあまり意味ないんじゃ……あー、でも龍一なら見た目が見た目だけに、どんな格好でも目立ちそうだな。なら、下手に普通の格好させるよりは今の格好の方がいいのか?
と、一人悩んでいる間に花坂高校の校門がもう目前にある。
ここまで来たら仕方がない。なるようにしかならんか。
「あ、大事な事を忘れてました」
校門をくぐる寸前、先輩がそう口にした。
「チーム決めをしておきませんと」
チーム? いったい何の事だ?
俺は余程『何の事?』って感じの顔をしていたのか、先輩が俺の方を見て小さく笑った。
「考えてみてください。四人で固まって入って、全員で練習をジロジロ見てたら、どう思われると思います?」
もし、自分達が見られる立場になったら、と想像してみる。
練習をジロジロ見ている奴らがいると知ったら、気になるし気が散るかもしれない。
つまり、注目されるという事だ。しかも人数が多いほど、気づかれる確率は高まる。
偵察を行う側からしては、注目されるのは避けたい。
ならば、四人で固まったまま入るのは、あまりいい方法とは言えない。
陽助と龍一も同じ結論に達したようだ。
俺達の表情を見て、先輩は「わかったようですね」と呟いた。
それから、俺達は校門の前で手早く相談し、チームを決めた。
チームは人数の都合上、二人一組のチームを二組作る事となり、一組は俺と陽助、もう一組は龍一とみちる先輩となった。
「じゃあ決まりましたし……行きましょう」
先輩の言葉と共に、俺達は校門をくぐり花坂高校内へと侵入した。
高校の敷地内に入り、すぐに先輩達と別れた。
先輩達はそのままグラウンドへ向かい、俺達は別の方向へ。
念には念を入れて、野球部のいるグラウンドには二十~三十分程の時間差で入るつもりだ。
「んで、どうする?」
陽助が質問してきた。質問の意味は、グラウンドに行くまでの二十~三十分の間、どこでどうやって時間を潰すかという事だろう。
「敷地内を適当にぶらついてりゃ、すぐに時間になるんじゃない?」
ここは他校だから、校内に入らずとも敷地内をぶらついていれば何か物珍しい事の一つや二つあるかもしれない。それを見てれば二十分や三十分なんて、すぐにたってしまうだろう。
「ま、他にプランもないし、それでいくか」
そんな訳で、俺達はアテもなく敷地内をうろついた。
【みちる視点】
私は、川村君と一緒にグラウンドの方に向かった。
途中ですれ違う生徒と思わしき人達が、みんな目線を合わせようとせず、何気なく距離を空けていた。そんなに川村君の格好怖いかな?
「…………」
川村君は何にも言わない。
もともと寡黙だから、心中が図り知れない。
「着きましたね」
目的の、野球部の練習場に辿り着いた。とはいえ、いきなりフェンス近くまで行き、食い入るように見つめるなどというような真似はしない。
目立たないように、花坂高の戦力を探らないと。ちなみに、打撃陣の私達は花坂の投手陣を探る。
通行人のふりをして、花坂の投手陣が練習している場所を探す。
「……先輩、あそこじゃないすか……?」
川村君が、視線のみで場所を示す。
私も視線を動かし、示した場所を見る。
そこには、雨風や日光をしのぐ屋根だけで構成された簡素なブルペンがあった。とはいえ、ブルペンがビニールハウスな我が高に比べれば、大分マシだろうけど。
とりあえず、さりげなく偵察する。
幸運な事に、野球部の部員達は私達の存在に気づかない程、練習に熱中していた。
さて、ここの投手陣の実力はどんなものか。
練習中の投手達に視線を走らせる。
「ふむ……」
強豪校だけあって、いい投手が揃っている。が、これで甲子園常連と言われると疑問符が浮かんでしまう。
私は、今年の夏の地区大会の決勝戦、つまり我が校と花坂高校の戦いをテレビで見ていたが、当時の花坂のピッチャーは三年のエースが登板していた。彼は投手として素晴らしい実力を持っていて、敵側の立場で見ていた私ですら凄いピッチャーだったと思った。
が、今の花坂には私にそんな思いを抱かせるピッチャーが一人もいなかった。
いくら三年が抜けたからって……これじゃあ、春に甲子園に行けるか怪しいところだ。
とはいえ、こっちは甲子園どころか一勝できるかどうかすら危うい。きっちりと戦力を調べないと。
そんな時、一人の少女がブルペンに入ってきた。
歳は、見た目で言えば15歳くらい。周りの部員と同じユニフォームを着ているから、あの子も部員のようだ。
セミロングの暗い茶髪を揺らしながら、キャッチャーミットではなくグローブを左手にはめる。どうやら投手のようだ。
彼女がプレートの前に立つと、続けてブルペンに入ってきた少女と同い年くらいの少年が、慌ててキャッチャー用の装備を着けている。どうやら、彼が彼女の球の受け手のようだ。
途中で彼女に急かされながらも装着が終わり、横一列に並んでいるキャッチャーの横にしゃがみ、構えた。
彼女もまた、横一列に並んでいるピッチャーの横に立ち、右手にボールを握る。
大きく振りかぶって、ボールを投げた。
ごく普通のオーバースローだ。
そう、普通の投げ方だった。
しかし、彼女が投げたボールは私の予想を超えた速さで、少年のミットに突き刺さった。
「な…………」
絶句していた私の耳に、川村君の驚いたような声が入りこんできた。
川村君にも私と同じ物が見えたらしい。という事は、今のは私の見間違いではないようだ。
そして、周りの部員達が何事もなかったかのように平然と練習を続けているところを見ると、まぐれでもないらしい。もっともまぐれで投げられるような球ではなかったけれど。
「今のどのくらい?」
そう言い、彼女は後ろを振り向いた。
彼女の視線の先には、ジャージを着たマネージャーらしき女の子がいる。手にはスピードガンを握っていた。
「えーとですねえ……」
マネージャーらしき子はスピードガンに表示されている数字を見て、小さく「わっ」と声をあげる。
「142キロ出てますよー!」
「当然よ。私を誰だと思ってるの」
報告を聞いた少女は腕組みをし、自信に満ち溢れた表情で答えた。
「流石です、遥お嬢様」
キャッチャーの少年が話しかけると、少女はさらに気を良くしたのか抑えきれなさそうな笑顔を浮かべた。
しかし、少年が言った「お嬢様」とは、変わったあだ名だ。
……あだ名だよね?
と、そんな時に他の部員達がヒソヒソと小さな声で話を始めた。
「しかし、春風は凄えよな。どっかいいトコのお嬢様ってだけでも十分なのに」
「それに加えて一年なのにあの実力だろ? 人生って不公平だよなぁ……」
なるほど。あの『春風 遥』と言う少女は本当にお嬢様だったのか。
しかし、知りたい情報が都合良く知りたいタイミングで出てくると、ちょっと不安になるね。
それにしても、一年生で142キロか……この目で見なきゃ、とてもじゃないけど信じられなかった。
そもそも、女性投手で140キロ台を出せる選手自体が少ない。プロでも一チームに一人いるか、いないか、といった程度。
それを、つい半年前まで中学生だった者が投げれるなんて……驚いたどころじゃ済まない。
これは強敵になるかもしれない。
とりあえず、もっと観察しておかないと。
と思ったのだけど、春風はジャージ姿のマネージャーに何やら耳打ちすると、グローブを預けてグラウンドから出ていこうとする。
「お嬢様、どちらへ? よろしければ僕もゲフウッ!?」
それを見たキャッチャーの少年が慌てて春風についていこうとして、春風に蹴り倒された。
そして春風はそのままグラウンドの外へと消えていった。
「……遼君、お嬢様はトイレに行くって言ったんだよ」
マネージャーがしゃがんで、倒れた少年に話しかけるが、少年は起き上がる事なく、しばらく痙攣していた。
【翔太視点】
「しかし、ここは活気があるな」
俺の言葉に、陽助は頷く。
「そうだな、どの部活も熱心に練習している」
この二十分間、屋外で活動している部活を見て回ったが、全ての部が休日だというのにまるで平日の放課後のような人数で活動している。しかも、ほとんどの部員がやる気に満ち溢れていて、面倒くさそうにしている者はごく少数だった。
休日返上してるんだから、強い訳だ。
今、高校に残って練習しているうちの新入部員達に見習わせてやりたい。
「さて、そろそろ良い時間だし行こうぜ、翔太」
「あ、もうそんな時間か」
腕時計を見ると、敷地内に入ってからすでに二十分が経っていた。
丁度、時間潰しも終わったところだったし、良いタイミングだ。
「んじゃ、行くか、陽助」
「おう」
野球部のいるグラウンドへと行こうとしたが、途中で尿意に襲われた。
「陽助、先に行っててくれ」
「どうした、翔太?」
「ちょっとトイレ行きたくなったから、学校でトイレ借りてくる」
「そうか、寄り道すんなよ」
「わかってるって」
こうして、俺はグラウンドに向かう陽助と別れて、校舎へ向かった。
来客用玄関から入り、事務の人にトイレを借りる旨を伝え、校内に入る。
「花坂高校の校舎の中って、こんな感じなんだ……」
校内は我が校と比べると小綺麗で、部活に続いてうちの高校との差が開いた。
しかし、ゆっくり眺めている暇はない。早くトイレに行かないと。
適当に先に進んでいると、トイレを見つけた。だけど、職員用トイレだった。
職員用トイレに入るってのは、気分の良いものじゃない。ましてや他校のなんて、余計にだ。
まあ、もう漏れそうって訳でもないし、他のトイレに行こう。
その後、一階を歩き回ったがトイレは見つからなかった。
まあ、普通ワンフロアにトイレは二つもないよな。
「しょうがない、二階行くか」
階段を上って二階に行き、トイレを探し回る。
「あっ、トイレあった……って故障中か」
トイレには男女両方に『故障中』と書かれた紙が貼ってあった。
仕方ない。どうせこのフロアにもトイレはないだろうし三階に行くか。
三階に上がって、トイレを探す。
「よし、トイレ見つけた……って、今度は掃除中かよ!」
三階のトイレには男女両方に『清掃中』と書かれた立て札が立てられていて、トイレの中からはブラシで床を磨く音が聞こえてくる。
結局、三階も駄目だった。しょうがない、四階に行くか……トイレに行くだけなのに、なんでこんなにあっちこっち歩き回らなきゃならないんだ。
それにトイレのある場所は、階段から遠い場所にあるから余計に歩き回ってる感がある。
「はあ…………」
ため息を漏らしながら、階段を上がる。
しかし、この学校って四階もあるのか。うちの学校は三階しかないのに。
……なんか、うちの学校ってことごとく花坂高校に劣っているような。
まあ、いいや。とりあえずトイレ。
しかし、この階は三階とちょっと構造が違うような。そのせいか一通り歩き回ったのに、トイレが見つからない。
「参ったな……あ」
困り果てて視線をさ迷わせていると、近くの廊下で男子生徒二人が何やら話をしていた。
丁度良い、あの二人にトイレの場所を聞くか。
「あの……あっ」
おっと、危ない。普段通りの低い声で話すところだった。
今の俺は女の格好してるんだった。
声を少し高めにするように意識しながら喋らないと。
「ん?」
「なんだ?」
男子生徒達がこっちを振り向く。
声を高めに意識して、と。
「すいません、聞きたい事があるんですけど」
よし、とりあえずこの声なら男に聞こえないだろう。
「「…………」」
な、なんだ、こいつら。口をポッカリと開けたまま黙ってやがる。何か言えよ。
とりあえず、沈黙は気まずいんでもう一度話しかけてみよう。
「あの……」
と話しかけようとした瞬間、男子生徒の片割れが言葉を発した。
「可愛いな……」
「……え?」
可愛いとか言われたような……聞き間違いか?
もう一人の男子生徒も口を開いた。
「ああ……ねえ、キミどこから来たの?」
「え、えーと……」
な、なんなんだ、この状況? 何がどうなってるんだ?
しかも、俺が質問するはずだったのに先に質問されたし。
「どこから来たの?」って言われたんだけど、質問には答えなきゃダメなんだろうか?
バカ正直に答えるのはNGだろうし、なんて言ってごまかすか決まってないし、あんまり答えたくない。
「キミこの後、暇?」
考えている間に、次の質問が飛んできた。
この後、暇かと聞かれると答えはNOだ。今からトイレに行かなきゃならないし、その後は野球部の偵察だ。暇なんかない。
「あの、ちょっと用事があって暇じゃないです」
「じゃあさ、その用事っていつ終わるの?」
「えーと、ちょっといつまでかかるかは判りません」
「だいたいでいいからさ、教えてよ」
なんで、こいつら執拗に聞いてくるんだよ。俺はトイレの場所聞きたいだけなのに。
このままじゃ時間の無駄だ。他の人に聞くか自力で探そう。
「ごめんなさい、用事があるので俺……じゃなかった、私はこれで……あっ」
強引に話を切り上げて立ち去ろうとしたが、男子生徒の一人に腕を掴まれた。
「ちょっと待ってよ、用事終わったらでいいから俺達と遊びに行かない?」
今、この男の台詞で気づいた事がある。
もしかして、俺……ナンパされてる?
考えたくはないが、そうとでも考えないと解釈できない台詞もあるし……うへえ、冗談じゃない。
つーか、こいつらいつまで俺の腕掴んでるんだよ。
「あの……離してください」
「あっ、ゴメン」
男子生徒が掴んでた腕を離したのを感じ、俺は逃げだした。
「ちょ、待てって!」
しかし、数歩も進まないうちに再び腕を掴まれた。
逃走失敗。
「なんで逃げようとすんだよ。遊びに行かないか聞いただけなのに!」
「ははは、おめえが怖え顔してっから何か変な事されるかもってビビってんだよ」
いいえ、ナンパされるのが嫌だからです。
って言えればどんなに楽だろうか。
「とりあえずさぁ……変な事する訳じゃねえんだし、遊びに行かねえかって誘ってるだけだしさ」
「い、いえ、私忙しいし……」
「そうつれない事言わないでさ」
「痛っ……」
くっ……こいつ、俺の腕を力入れて握ってきやがった。
こっちをただの女だと見て、少し痛みを感じさせれば言う事を聞くと思ってるんじゃなかろうか。
生憎だが、俺の精神はまだ男だ。この程度の痛みには屈しない。
だが、掴まれている場所がまずい。
右腕、もっと細かく言うと右手首である。
右利きで左打ちの俺にとって、右手首の怪我は攻守ともに痛手を負う事になる。
特にキャッチャーにとっては、送球に支障が出るのが痛い。
俺は、ただでさえ弱肩なのにさらに送球に難が増える事になってしまったら……ヒットが全て二塁打、場合によって三塁打なんて事になる。
それはまずい。
「あのっ、離してください!」
痛みを感じた事を隠さず表情に出しながら、男子生徒の手を振り払おうと右腕を振り回す。が、ガッチリと掴まれて振りほどけない。
男子生徒の顔を見ると、俺を見下したような下卑た笑顔を浮かべていた。所詮、女子と侮っているのだろうか。
その顔を見た瞬間、怒りが沸いて空いていた左手を固く握りしめた。
我慢の限界だ、ぶん殴る。
他校で騒ぎを、それも暴力沙汰を起こしたくはなかったが、ここまでくれば正当防衛だろう。
そのニヤけた面をぶっとばしてやる!
怒りに任せて拳を突き出そうとした瞬間、横から別の手が伸び、俺の手首を掴んでいた男子の腕を掴んだ。
「えっ?」
男子の腕を掴んだのは、もう一人の男子ではなくユニホーム姿の女子だった。
その女子は、暗い茶髪の隙間から冷たい視線を、腕を掴んでいる男子に向けた。
「二人とも、練習に来ないと思ったらこんなところでサボって、おまけに他校の女子とは……結構なご身分ですわね」
視線同様に冷ややかな言葉をぶつけられた男子達は、逃げるように去っていった。
「大丈夫でした?」
呆然と、茶髪の女子と男子達の様子を見ていた俺は、女子からかけられた言葉で我に返った。
「あ、は、はいっ」
「手首掴まれてたようですけど、痛みませんの?」
「はい、なんとか……」
助けてくれたし、とりあえず悪い人ではなさそうだ。
ちゃんとお礼を言わないと。
「あの、危ないところを助けていただいてありがとうございました、えっと……名前は」
「春風 遥ですわ」
「ありがとうございました、春風さん」
俺がお礼を言うと、春風さんは優雅に微笑みながら「当然の事をしたまでですの」と返してきた。
その仕草からは気品のようなものを感じだ。
「でもいっぺんに二人も追い払うなんて凄いですよ」
そういえば、春風さんは二人の事を少なからず知っているような口ぶりだったな。
「あの二人と知り合いなんですか?」
その質問に、春風さんは少し寂しげに眉をひそめ、答えた。
「あの二人は、私と同じ野球部に所属していますの」
「野球部に……」
意外な感じだった。この高校の部員はみんな熱心だと思っていたから、サボリがいるとは思ってもいなかった。
「ええ、あの二人はいつもサボリ癖がついているから苦労して……と、すいません、愚痴になってしまいましたわ」
「いえ、大丈夫です」
という事は、春風さんも野球部員か。
もしかしたら、来週戦う相手になるかもしれない。
「ところで何故、他校の生徒が校舎内に?」
あの二人の行動のインパクトが強くて忘れていたが、大事な用件を済ませていなかった。
「あの……」
「なんですの?」
「トイレの場所……教えてください」
【目指せ、甲子園-15 おわり】
最終更新:2010年10月12日 22:49