目指せ甲子園-17

偵察を終えた俺達は、行きと同じくみちる先輩のお父さんの車に乗せてもらっている。ただし、行き先は先輩の家ではなく泉原高校だ。
というのも、偵察を終えた俺達は、先輩のお父さんが来る前に、学校にいる市村さんに偵察が無事終わった事の連絡を携帯電話で入れた。
すると、坂本先輩が話したい事があるようなので学校に来るように伝えられた。
っていう事があり、現在泉原高校に向かっている訳だ。
それにしても……

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

俺を含め、全員が口を開こうともしない。はっきり言って、すごく気まずい雰囲気だ。

「き、君達、何かあったのかい?」

居心地悪そうに運転している先輩のお父さんが、やや遠慮がちに尋ねてきた。
誰も答えそうにない雰囲気だったので、俺が「まあ、少し……」と答えておいた。
実際には少しどころではなく結構、色々とあった。



俺達は春風さんと別れた後、どこから行こうか迷っていたが、坂本先輩が打撃練習を探れと言っていた事を思い出した。
そんな訳で、グラウンドの一端でマシンを並べて打撃練習をしている連中を見にいった。
連中の実力は、さすがの一言に尽きる。
マシンの球とはいえ、ほぼ全員が良い当たりを連発している。
これ……もしかしたら、今年の夏よりも打線の破壊力上がってるんじゃないか?
まずいな、こっちのピッチャーは陽助ひとりだから、この打線に捕まっても交代できない。好きなだけ打ち込まれる。
そうならないように、一人ひとりをじっくりと観察し、打撃時のクセ、得意なコースと球種・苦手なコースと球種をできるだけ頭に叩きこむ。

「なあ、翔太……じゃなかった、翔子」
「……なんだ?」
「いや、熱心に『見学』するのはいいんだけど、もう少しどうにかならないか?」

陽助に言われて俺は、今の自分がどんな状態なのか気づく。
グラウンドと歩道を隔てているフェンスにしがみつき、食い入るように練習を見つめていた。
この光景は、見学というには少々異常に思われるかもしれない。
いかん、目立ちそうだ。

「もっと早く言ってよ」

陽助に文句を言いつつ、フェンスから手を離す。

「すまん」
「もういい。それより、お前もちゃんと見ろ。そして覚えろ」

謝る陽助に、ちゃんと打者を見るように促す。
俺だけじゃ、とても全ての打者の事を覚えきれない。

「あいよー」

隣から気の抜けた返事が聞こえた。
その後、しばらく打撃練習を見て、覚えられる限界まで打者のデータを頭に詰め込んだ。

「よし、次行くぞ」
「おう」

暗記した打者データを忘れないように気をつけながら、走塁練習が行われている場所まで移動。

「ここだな」

走塁練習の場(から一番近い歩道)に到着。
走塁練習もしっかりと『見学』させてもらった。
だが、結局注目するほどの選手は見つからなかった。

「打線に比べると明らかに見劣りするな……」

打撃練習とは迫力が段違いだ。

「長打重視の重量打線に切り替えたのかね?」

これで全員ではないから、断言はできないが、おそらくそうだろう。
夏は、走攻守の全てが高いレベルでバランス良く整ったチームだった。
だが、目の前の練習風景からはその片鱗すら感じ取る事ができない。
思えば、夏に対決した俊足バッターは全員三年生だった。
となれば、人材不足でチームのスタイルを変えざるをえなくなったのか。
名門校でもこういう事があるとはな。
しかし、投手が一人しかいないこちら側にとっては最悪の辞退だ。
ただてさえ、陽助は球威や球速ではなくコントロールで勝負するタイプなのに、交代できずに投球回重ねて、スタミナ切れて、コントロールが乱れて、一気に打たれて……なんて状況が容易に想像できる。
今日、帰りに学校に寄って坂本先輩と話し合わないといけないな。

「よし、次だ」

一通り見てから、移動する事を陽助に伝える。

「え、もういいのか?」
「ああ、もういいや。ほら、行くよ」

不思議そうにしている陽助に手招きをし、次の目的地へと進む。



この後、守備練習の方にもいったのだが、飛び抜けてすごい選手はいなかった。上手いことは上手いんだけど。
ここら辺の予想外な感じは、走塁練習時と通じるものを感じる。
とにかく、次で最後だ。
最後に投球練習を見に行った。
投球練習の見学場所には、龍一とみちる先輩がいた。
よしよし、二人ともちゃんと練習の見学しているようだ。
意外な事に、龍一はあまり注目を浴びていなかった。遠めだからか、それとも練習に集中しているからか。
なんにせよ、いい事だ。
さて、俺達も練習を見学しよう。
とはいえ、ここにも大きな期待は寄せてはいない。
夏、向こうのエースは三年生だった。
超高校級の選手で、その人が一人でほぼ全ての試合を投げ抜いていた。
その反面、他の投手はほとんど登板していなかった。
さらにいうと、花坂高校はここ数年の間、人材は不作らしい。特に投手が酷いらしい。
って事なので、投手もある程度のレベルだろう。
坂本先輩を軸にすれば、投手攻略は決して難しい事ではない。
とはいえ、投手のレベル自体は花坂高校の方が、数も質も数段上なので気を抜かずに『見学』する。

しばらく『見学』し、めぼしい選手を見終えた頃、フェンスの向こう側から声をかけられた。

「あら、翔子さんじゃありませんの」

この特徴的な口調は、俺の知る限り一人しかいない。
声のした方を向くと、俺と同年代ぐらいの、セミロングの茶髪が妙に印象的な少女がそこにいた。

「やっぱり、春風さんだ」

予想通りだった。

「今はこっちの見学に来てますのね」
「はい、捕手ですから。ここが一番のメインのつもりです」

俺がそう言うと、春風さんは満足げな笑顔を見せた。

「ゆっくり見学していってほしいですの。私もこれから練習再開しますし……」
「はい、じっくりと勉強していきますっ!」

春風さんは頷くと、ブルペンに入り、横一列に並んでいるピッチャーの列に加わった。
春風さんはピッチャーか。
キャッチャーの方も列に加わり、しゃがんで捕球体勢に入る。それを確認した春風さんは、ゆっくりと振りかぶって--



「着いたぞ、翔太」
「ん? ああ、学校か……」

どうやら、偵察の事を思い返しているうちに学校に着いたようだ。
しかし、思い返してみればみるほど、憂鬱になる。
まさか、春風さんがあれほどの投手だったとは。
あのストレートは本気で打てる気がしない。
これも皆に報告すんのか。
はぁ……気が重いなあ。





【目指せ、甲子園-17 おわり】

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最終更新:2011年01月05日 21:00
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