安価『幽霊船』

 少しだけ昔、一人で酒場をきりもりする男の子がいました。
 男の子にはお父さんがいましたが、男の子が大きくなるころに病気で死んでしまいました。だから男の子はお父さんの酒場を継いだのです。
 一人で働くのは大変でしたが、お客さんはいい人たちばかりで、男の子は毎日楽しかったのです。
 さて酒場があるのは港町です。
 ある日、大雨で船も来ず、お店もがらがらな日のことでした。
 誰か来ないかなと男の子が思っていると、お店のドアがギーッと開きました。
『ごめんください、入ってもよろしいですか?』
 綺麗な、とても綺麗な女の人が丁寧に挨拶をしてきました。
 ようやく来たお客さんに男の子は喜びます。
『どうぞ、好きなところに座ってください』
 もちろんそう言いました。
 するとその女の人の友達なのか、何人も何人も、いっぱい人が入ってきました。
 男の子は不思議に思います。
『どうしてみんな女の人なんですか?』
 そうです。お店に入ってきたのはみんな女の人で、男の人は一人もいませんでした。
 それもみんなが美人さんなので、男の子はどきどきして大変でした。
『みんなで旅をしているんですよ』
 最初の女の人が答えてくれます。
 それでも男の子はおかしいと思いました。
 この街にこんなにいっぱいの人が来る時は船で来るに決まっています。
 だけど今日は大雨で船は着きません。
 それに船を動かすのはとても大変で、女の人だけでは無理だと知っていたからです。
 もう一度聞こうとして、だけど男の子は信じられないものを見つけてしまいました。

 足が、見えなかったのです。
 お店にいるいっぱいの女の人たち。
 その人たち、みんなの足がぼんやりとして見えませんでした。
 男の子は飛び上がるほど驚きます。
『あ、あなたたちは何者なんですか?』
 今まで楽しそうにおしゃべりしていた女の人たちの声が止みます。
 ざぁざぁと雨が降る音だけが聞こえました。
『私たちは』
 最初にお店に入ってきた女の人が言います。
『私たちは、もう生きてはいないんです』
 男の子はきょとんとしてしまいました。
 足はよく見えないけれど、その他は、女の人たちは普通に見えたからです。
 それを言うと、女の人たちはとても悲しい顔になりました。
『それでも、私たちは生きていないのです』


 男の子は女の人たちについて色んなことを聞きました。
 普段はみんな船に乗って旅をしていること。
 たまにこうやって港に降りて生きている人と話したりすること。
 そして一度船を降りると、次に船が動いてくれるのがきっかり十日後ということ。
『私たちがここにいるのは十日間だけです。お願いですから追い出さないでください』
 願うように一人の女の人が言います。
 それに続くようにみんなにお願いをされて、男の子は困ってしまいました。
 だけどいっぱいいっぱい悩んだ後、男の子は頷きました。
 女の人たちは手に手を取って喜びました。







 次の日から、雨が止んでいつものお客さんたちも来て、お店は大盛況でした。
 女の人たちと他のお客さんが喧嘩にならないか男の子は心配でしたが、そこは海の男たち。
『足が見えないからってなんだってんだ』
 細かいところになんかおかまいなしでした。
 女の人たちは夕方からお店に来るので、わざとその時間に合わせたりする人もいました。
 だけど楽しい時間はとても早く過ぎてしまいます。
『明日、船は出港します。今まで、ありがとうございました』
 九日目の夜、女の人たちがみんな並んでお礼を言ってくれました。
 少しだけ人数が少ない気がしたので、男の子は尋ねました。
『あの子たちは、先にいきました』
 寂しそうに言ってから、女の人はさらに続けます。
『最後に一度、私たちの船に来てみませんか?』
 男の子は頷きました。

 本当の幽霊船に乗ることができるなんて、たぶんもう二度とこんなチャンスはないと思ったからです。
 そうしてお店を閉めてから、女の人たちといっしょに港へ向かいます。
 港へ着いて、男の子はまた驚きます。
 今まで一度も見たことがない、大きな大きな船があったからです。
 初めて見る大きな船に乗ることができて、男の子はうきうきしてしまいます。
『出航は朝なので、それまで自由に見て回ってください』
 そう言って、女の人たちは船の思い思いの場所に行ってしまいました。
 一人になった男の子は、それでも楽しくてしょうがありません。
 まずは船の中を見て回って、次に甲板に出てまだ暗い海を眺めました。
 マストにも登って、街を見回したりもしました。
 なんてすばらしいんだろう。
 こんな船が幽霊船なわけがない。
 そんなことを思ってしまうほど、男の子は夢中になって、最後には走ってしまうほど船を見るのを楽しみました。
 だけどそのせいでしょう。男の子はとても疲れてしまい、眠たくなってしまいました。
 そっと一つの部屋を覗き込めば、ふかふかのベッドがありました。『少しだけ、少しだけ』
 男の子はそう言ってベッドに横になります。
 すぐに男の子は夢の中に入りました。







『今までよくしてくださってありがとうございました』
 夢の中で女の人たちがお礼を言います。
『あなたのおかげでまた私たちの仲間がちゃんと帰ることができました』
 寂しそうに、けれど嬉しそうに女の人は言います。
 だけど、すぐに悲しそうな顔になってしまいました。
『そして、ごめんなさい。私たちは大きな過ちを犯してしまいました』
 隣の女の人が話します。
『この船には呪いがかかっています。この呪いは乗った者を生きていてもそうでなくても女にしてしまうのです』
 よくわからなくて、聞き返そうとします。
 だけど、声は出ません。
『生きていて、あることをしていれば、呪いは効きません。しかし私たちはあなたがそれをしたことがあると勝手に思い込んでしまっていました』
 男の子には何がなんだかわからない言葉でした。
『それでも、あなたが困らないように、せめてもの償いをさせていただきました』



――――ごめんなさい――――







 突然目が覚めて、男の子は飛び起きました。
『あれ?』
 さっきまで船のベッドで寝ていたはずなのに、男の子が眠っていたのは自分のベッドでした。
 不思議に思いながらも男の子はお店の準備を始めます。
 そのうち最初のお客さんが来ました。
『おはよう、○○ちゃん』
 あれ、と男の子は思います。
 ちゃん、なんて呼ばれたことなんか一度もなかったからです。
 その後に来るお客さんたちも男の子のことをちゃん付けで呼びます。
『ちゃん、ってなんですか?』
 どうにも不思議でしょうがなくてお客さんの一人に聞くと、お客さんはおおげさに驚きました。
『そらぁ、女の子に“ちゃん”とつけるのは当たり前のことさ!』
 そうです。男の子は一夜のうちに女の子になってしまっていたのでした。
 そんなはずはない。自分は男のはずだ。
 街の人に言いましたが、きみは女の子だよと言われてしまいます。
 あの女の人たちのことを話してみても、お店のお客さんたちは一人も女の人たちのことを覚えていませんでした。
 そうして酒場の一人息子は、酒場の看板娘になってしまったのでした。







「それで? 男の子はどうなったの?」
「ん? うん、幸せになってると思うよ」
「なんで女の子になっちゃったのかな~……」
「ほんとうに、なんでだろうねぇ?」
「女の人たちは、どこへ行ったの……?」
「たぶん、まだ旅をしてるんじゃないかな? ――ほら、もう寝なさい」
「は~い」
 そうして子供を寝かしつけた彼女は、旦那さんが待つ隣の酒場へと向かっていく。
 昔は一人で。
 今は二人できりもりしているお父さんの酒場に。

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最終更新:2008年06月14日 23:12
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