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今日、いつも通りに学校に来ると騒がしいアイツが来ていなかった。遅刻か? と三上と二人で言っていたけど、実は違ったようで。
西川先生が今日はお休みだと伝えてきた。
それで、今三上と二人で半ば会議状態になってしまっているわけなんだけど……
「三上、やっぱり……。風邪、なのかな?」
俺が会話を切り出す。俺と接点がある人物で、尚且つその週内に休むということは、つまり高確率で俺の風邪が移ってしまっているということを意味しているような気がしたんだ。
それを聞いた三上はなにやら神妙な面持ちをし、
「それ以外に、休む理由が見当たらないからな。多分、そうなんだろ」
「ま、マズイのかな? ……その、私はこうなっちゃったし。ひょっとして斉藤も……」
二人して、低くうなる。もしこれで斉藤が女体化したとして。恐らく私の精神が耐えないと思う。
と、そんな負のオーラを察知したのか、明るく振舞おうと近づいてくる人物が一人いた。
「や、やあー実奈ちゃん、三上くん! げ……元気?」
普通に接しようとしているのだと思うけど……負のオーラに負けてるよ、恵奈ちゃん!
私は恵奈ちゃんに返事を返す。
「元気……かな?」
「元気、だな」
三上も同じく、返事をした。
まあ、はたから見ても、私たちから見ても元気そうなムードには見えないわけで。
「い、色々あるよね……」
「そういう事だ。忘れてくれ敷島」
三上にそう言われた恵奈ちゃんは「うん、そうしますよ~」とおどけて見せて、
「――で、いつも一緒にいるあのボケ担当君はどうしたのかな?」
「敷島。何一つ話が変わっていないんだが……」
きっと、このどんよりムードは忘れてくれたのだろう。けど恵奈ちゃん。その質問の答えはそのどんよりムードを作っていた原因で、三上から言葉が漏れる。
「あ、あのね、そういうつもりじゃ」
自分の言った言葉の意味と、ムードの原因がわかったのだろう、恵奈ちゃんは慌てて取り繕う。
「いいよ、恵奈ちゃん。まだ、なったって決まったわけじゃないし……」
「な、なんのことかな?」
そうか、と一人納得する。恵奈ちゃんはまだ知らないんだ。斉藤が童貞だってことを。
「えっとね、そのボケ担当君こと斉藤なんだけど」
「う……うん」
恵奈ちゃんから、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。
「今日休んでるじゃない?」
そう言うと、想像していない言葉が帰ってくる。
「え? ――あー、じゃあ今日休んだ男子イコール、ボケ担当君なのですねー。なるほどなるほど……」
道理で、最初に斉藤の事を訊いてきたわけだ。恵奈ちゃんの頭の中では、斉藤と今日休んだ男子が同一人物だと認識されて居なかったのだろう。名前も覚えていないようだったし、当然かと思う。
「うん。でね、休んだでしょ? 今日学校を」
「そうだね」
ものすごく真剣に聴いている恵奈ちゃんに言う。
「私の風邪が移っちゃったんじゃないか……って」
それを聴いた恵奈ちゃんは、目を丸くして。
「それなら、別に実奈ちゃんのせいじゃないんじゃないかな?」
と言ってきた。そこに三上が加わる。
「それだけなら問題じゃないんだが、アイツまだ……その、童貞、なんだよ」
「つまり、風邪の所為で女体化してしまったんじゃないか……って事なのかな?」
私はコクリと頷く。
「だいじょーぶだよ、実奈ちゃん。私は、そんなに実奈ちゃんが背負うことは無いと思う」
恵奈ちゃんは「それに」と話を続ける。
「斉藤君……だっけ? あの人はそういった事で人を責める人じゃ無いと思う。少なくとも、私からはそう見えたよ」
妙に真剣な口調で恵奈ちゃんはそう口にした。
やっぱり、女って言うのは誰しも鋭いものなのだろうか? 気がつくとそんな事を思い浮かべていた。
「だから、実奈ちゃんがそんなに硬くなることはないのですよ?」
「ありがと、恵奈ちゃ――ん!?」
言うなり恵奈ちゃんに抱きしめられる。私よりふくよかなその胸部に顔が埋まった。
やっぱり……気持いいなぁ……。気づけば心が安らいでいるような、そんな気分になれた。
「敷島……。また寝ちゃったらどうするんだ?」
三上がそんな事を言っている。寝ちゃったら、……なんとかしてくれるかな?
「その時はその時だよー。……もしかして、嫉妬してる?」
「んなこたねーよっ!」
恵奈ちゃんの言葉に、三上は必死に反論したところで、放送の鐘の音が休み時間の終を告げた。
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斉藤が居なかった点を除けば、今日は普段と特にかわりなく過ぎて行った。
先ほど、私の部屋で食事を終えた三上が帰宅したところで。なんだか名残り惜しかったけれど、どうせ明日も会えるんだからと納得させる。
――今、私は考えなければいけないことがある。女体化。私はもう女体化してしまって、女の心も受け入れてしまったからもう「男だったころもあったなー」位の感覚になってしまっている。私の体だからこそ、そんな考えで済んでいるが、考えなければいけないのは別の問題。
斉藤は風邪を引いたのかもしれない。先生は休んだ理由を言わなかったから、どうとも言えないけれど、それはつまり女体化の危険が有るということで。
ひょっとしたら明日女体化して登校してくるかもしれない。
……でも、友達ならまだいい。問題は“好きな人”だ。
私の好きな人――み、三上の事だけど。三上は未だ童貞だ。そして、私みたいに突発的に女体化してしまう危険性がある。それだけは、避けたい。
そしてそれを避けられたとして、結局三上の誕生日には女体化してしまう可能性があるわけで。
もし、三上が女体化なんてしてしまったら、それこそ泣き崩れてしまうかもしれない。
それに、今までは男だったから私のことを守れたけれど、女体化してしまったらむしろ“狙われる側”へと変わってしまう。そんな事になってほしくなかった。
そして、それを一人で考えている、というわけである。
「……一番簡単な方法は、“私が三上を襲う、三上に襲われる”こと、なんだけれど」
そううまくいかないのが、人間関係である。もちろん、三上も男だから本能に訴えかける事をすれば、……私を、襲う可能性もある。
でも、三上がそれをしてくれるとは、到底思えない。
そして、私が襲うっていう案だけれど、恐らく三上に怒られてそれで終了だ。あの三上が、そんな事を許すはずがないと思う。
どっちにしろ、この二つの案はそもそもが達成不可能なのだ。なぜなら――
「は……恥ずかしぃ……」
こうやって想像しているだけでも顔から火を噴きそうだったから。そんなんで、三上に襲ってもらうとか、私が三上を襲うとか。そういうのは出来るわけがなかった。
よって、第二案に移行しなければいけなくなってしまうわけで。でも、その第二案というのは、所謂「私が三上に告白をして、付き合いその過程で“行為”に及ぶ」という物。
それも例によって、恥ずかしい。
でも、今はそれしかない。それしか、出来ない。
「でも……母さんは、兎も角父さんは許してくれるかな……」
そもそも告白する勇気があるかどうかという面でも不安が残るけど、一番の不安はそこだ。
恐らくだが、私が付き合うというだけでも否定されそうな、そんな気がしてならない。
だとしたら“行為”そのものにも反対に決まっている。知れたら、どんなことをされるか……。
考えるだけで恐ろしい。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ相談をしてみようと思った。
もちろん、先生や母さんではなく、恵奈ちゃんにだけれど。
思い至った私は、携帯電話を取り出しアドレス帳のボタンをプッシュする。
手も小さくなってしまったおかげで、携帯電話が妙に大きく感じる。現に今両手で包むように携帯電話を握っているわけだけれど。――閑話休題。
「えっと……『け』っと……」
最近になって、名前の登録をフルネームから呼びやすいものに変更したのだ。だから、恵奈ちゃんは「敷島 恵奈」ではなく「恵奈ちゃん」と登録してある。
ちょっとばかり恥ずかしいけれど、ついさっき三上を「悠希」に変更した。絶対三上に携帯電話を見られるわけには、いかない。
兎も角、恵奈ちゃんの番号に掛ける。
――プルルルル……。
という機械的に繰り返されるコール音が響く。そして、
『もしもしー、どうしたのかな、実奈ちゃん!』
昼にも増して元気そうな恵奈ちゃんの声が私の耳に届く。
「夜遅くごめんね、恵奈ちゃん」
『かまわないよー! 私は夜型人間なのです!』
なるほど、道理でハイテンションなんだなと一人納得し、話を切り出す。
「あのね、その、相談が有って。……三上の事なんだけど……その、」
やっぱり、人に言うとなると言葉に詰まってしまう。けど、勇気を出して言葉にする。
「私、ね、三上に女になってほしくないって、思った。今日、改めて“自分じゃない誰かが女体化するかもしれない”っていう自体に直面して、そう思ったの」
声が震えているのが、自分でもわかる。恐らく、恵奈ちゃんは既に気づいているのだろう。でも、そこを追求せずに話に相槌を打ってくれて。
「だから……さ、あの……その……三上が……私を、私を好きになってくれるにはどうしたらいいのかなって。つい最近女になった私じゃ、全然わからなくて……それで」
そこまで言ったところで、恵奈ちゃんが話し始める。
『そっか、それで悩んでたんだね、実奈ちゃんは。そーだねー……』
恵奈ちゃんは『うーん……』と唸って、
『実奈ちゃんは全然可愛んだから、もっと猛アタックしていいと思うよ? きっと、実奈ちゃんにアタックされちゃったら三上くんもイチコロまちがいなし!』
電話口から『バキューンッ!』という声が聞こえてくる。
「そ……そう、かな?」
正直、猛アタックして三上が彼氏になってくれるのか、不安がある。
だって、三上が私に優しくしてくれてるのは腐れ縁の友人で、危ない目にあってるからで。
でも恵奈ちゃんは相変わらずの答えで。
『大丈夫、だいじょーぶ! 信頼はあるんだし、後は告白するだけで落ちちゃうかもしれないよ~?』
「そうだといいけど……」
言うと、恵奈ちゃんは『それに』と続ける。
『女の子になってほしくないんでしょ? だったら、実奈ちゃんが行動するしか無いんじゃないかな? 私も最大限サポートしてあげるから、実奈ちゃんも精一杯アタックしてみてよ』
「う、うん。そう、だよね。頑張ってみる、よ」
『そーそー! 何事も“当たって砕けろ”精神で行かなくっちゃね!』
と言われ、思わず
『あ、砕けちゃダメだね!』
恵奈ちゃんは笑いながら自分の言葉にツッコむのだった。
最終更新:2011年01月06日 20:53