『幸せ』その6

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 今日は、かなりドキドキしながら学校へ出向いた。ひょっとしたら斉藤が女体化してしまっているかもしれない。そうしたら、どうしよう。そのことばかりを考えていたのだ。
 素数を数えても落ち着かないし、手のひらに人と書いて飲み込んでも落ち着かない。深呼吸も無駄だったし、ましてや無機物に例えたところで言葉を発してくるから意味は皆無だった。
 だけれど私の心配を他所に斉藤は一昨日と寸分かわらぬ姿で「おはよー」と言ってきた。どうして昨日連絡をよこさなかったのかというと、それすら出来ないほどに休んだ原因である下痢・腹痛が凄かったらしい。今日も少し腹痛の気があるらしく、お腹をさすっていた。
 女体化の可能性はというと、運がいいのか悪いのかどうやら昨日が斉藤の誕生日だったらしい。おめでとうと同時にご愁傷さまと告げておいて。
 兎に角それによりだいぶ平静を取り戻した私だが、やはりもうひとつのとても大きな比重を持つ心配事は消えてくれなかった。
 ――三上が女体化してしまう可能性。三上の誕生日は遅い。少なくともあと一年弱待たなければ危険年齢から脱出することは出来ないままで、それまでに風邪を引かない保証などどこにもない。
 更に言えば、突発的に女体化してしまう可能性も有る事を考慮すると尚更早く手を打つ必要があった。
 私が、三上に告白する。そして行為を要求する。それだけでいいはずなのだけれど、それがうまくいかない。普通に会話する分には平気(前とはちがってかなりドキドキするけれど)なんだけれども、どうしても告白は勇気が出ない。三上と並んでいるときに「好き」とか「告白」とかいう単語が耳に入ってくるだけでもカチカチになってしまう始末だった。
 だから、恵奈ちゃんに相談した。私の持っている知識は男から見た女でしか無かったから。女から見た女という面で、ある種の躾をしてもらいたかったのだ。
 そして今現在いる場所は恵奈ちゃんの部屋。ちょうど私の部屋の一個上の階に位置する部屋である。
 こんなに近いとは思っていなかった。それでも怖いわけだから、送り迎いを恵奈ちゃんに頼んでるけれど……。

「でね、実奈ちゃん。男の子っていうのはね、やっぱり家事をする女性に弱いと思うんだよね」

 恵奈ちゃんの机を挟んでの講義に「うん」と頷く。

「その点……実奈ちゃんは三上くんにお弁当を用意してあげてるようだけど、それだけじゃ足りない! もうマンネリ化してしまってるかもしれないのですよ!」
「そ、そうかな?」

 言うと、恵奈ちゃんは元気よく「そう!」と言い放ち、

「だから、いっそ夕飯も作ってあげてですね」
「あの、夕飯は……作ってる、よ?」

 ポカーンとした恵奈ちゃんの表情。鳩が豆鉄砲食らったような顔、とでも形容しようかと思えてしまったほどだった。
 恵奈ちゃんは「コホンっ!」と仕切り直しすると、

「じゃあ……朝ごはんも作ってあげるのですよ! 実奈ちゃん、朝はなに食べてるのかな?」
「えっと、普通にスクランブルエッグとか、焼き魚とか……かな?」
「いいよ! すっごくいいよ! まさに、家庭的な娘って感じだよねっ!」

 恵奈ちゃんの目がキラキラしている。って……このパターンは……

「それ、恵奈ちゃんの萌え属性なんじゃない?」

 休み時間毎に話をしていると、いやでもそういう単語が頭に入ってくる。うん、別に嫌ではないよ?
 ただ、それは図星だったようで、恵奈ちゃんは少しばかり顔を引きつらせ、

「な……なんでわかったのかなぁー、実奈ちゃん」
「初めて私に話しかけてきたときと同じ感じがしたんだよ、恵奈ちゃん」

 そう言うと初めて己の感情の高ぶりに気付いたようで、

「そんな事言ってると……抱きしめちゃうぞ!?」

 とか言ってきた。もちろんこれに対しての返事は決まっている。

「いいよ? 恵奈ちゃんいい香りするし、柔らかいし、その……胸大きいから気持ちいいし……」

 本当に、恵奈ちゃんに抱きしめられると安心するというか。三上のそばにいるときと同等の安心を得られる事がつい最近発覚したのだ。それに、私より明らかに大きいその胸は、心地が良い、の一言に尽きる感触で。何時までもその場所に頭をうずめていたいという気持ちすら起こさせる。

「んー……。寝ちゃうからダメだね」
「えー?」

 欠点としては、なにやら睡眠薬効果が有るらしく、抱きしめられると私は寝ずには居られないのだ。おかげで何度か授業を聞きはぐってしまっている。気持いいからいいんだけどね。

「埒があかないから、話しを戻すよ実奈ちゃん!」
「うん」

 相変わらずとびっきりの笑顔で私に告げる。

「三上くんに朝ごはんを作ってあげよう! そうすれば、三食一緒にいるわけだから、ベッドインがしやすく……」
「――ッ!」

 とたんに顔が熱くなる。一瞬で想像してしまったのだ。私と三上が……一緒に寝ることを。寝れる気がしない。

「それぐらいじゃないと三上くんは兎に角。実奈ちゃんの踏ん切りが付かないんじゃないかな?」
「……仰るとおりです」

 思わず、頭をさげる。

「少なくとも、そーだね……一日お泊りしてもらうっていうのはどう?」
「うぇ!? そんな、いきなり? 今日じゃ、ない、よね?」

 またしても熱を感じ、動揺する私に向かって恵奈ちゃんは、

「なーに言ってるの実奈ちゃん。……今日に決まってるじゃー、ないですか」

 ある意味冷徹とも取れる発言をしたのだった。


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 自室。普通なら落ち着けるはずの場所だろう。安息の地、という場所でもある。いや意味は同じだけれどさ。
 でも。今私は最高に緊張している。心臓がバクバクしている。顔に熱が溜まりきって、汗が出てくる。それに、思考も安定しないような気がする。
 なんでこんなに緊張しているのか。今部屋に三上がいるからである。
 ――否。それだけでは理由になってないよね。
 正確には、恵奈ちゃんから言われたとおりあの後直ぐに三上を部屋に誘った。もちろん、夕飯を作るという名義で。実際、それもあるけれど本当の理由は“三上を部屋に泊まらせる為”で。
 どうやって話しを切りだそうか、と躍起になっているけれど結局恥ずかしいから想像すら出来ていないというのが現状。
 想像以上におぼつかない手つきでエプロンの紐をほどき、脱ぐ。
 ふたり分のご飯を机に並べ、考える。
 どうやって誘うのがいいのだろうか。普通に「今日泊まっていかない?」では駄目だろうか? ……駄目だ。どう考えてもそれで三上が承諾するはずがない。
 じゃあ、言い訳を付けよう。「今までだって泊まったことは有る」。……ボツ。今と今までとは勝手が違うよ。
 どうすれば、――どうすれば、

「どうしたんだ実奈?」
「――いひゃぅッ!」

 心臓の鼓動が、リミッターでも解除されたかのように加速した。ああ、寿命近づいたかな、とかとりとめのない事を考えているが、実際はそれくらいしか考えられないほど焦っていて。
 ついでにこんなことでビビっている姿を見られたというのも既に恥ずかしい事象の範疇に入っていて、もう頭から火を吹くのを通り越して爆発でもしてしまいそうになった。

「どうした、実奈!?」

 異常な反応を見せた私を三上は心配してくれたのか、声を荒げる。

「い、いや。大丈夫。うん。大丈夫だよ?」

 荒い息で返事をした。三上はというと滅茶苦茶訝しげな表情でこちらを見据え――、

「……何か心配事あったら俺に言えよ?」

 言えないよ! 絶対、言えないよッ! 「三上の女体化を食い止めたいから、とりあえず今晩私の部屋に泊まってもらいたいんだけど、どうかな?」なんて相談できないよ!
 でもとりあえず形だけは「うん」と返事をしておく。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう! 余計言いづらくなっちゃった。もうこのまま倒れこんでもいいかもしれない。それぐらい恥ずかしい。
 もう三上の顔は直視が出来ない状況で、明らかに顔が真っ赤に染まってしまっているのもわかる。
 そんな最中――三上の手のひらが私のおでこに、

「――ひぅ!?」
「熱は、無い、のか? 大丈夫なのか?」

 全ッ然、大丈夫じゃないよ? 主に三上の所為で。でも私は口をパクパクさせることしか出来なくて。
 いや、動けないんでもの。触られた瞬間全身の筋肉が硬直して、そこから硬直を治す力が根こそぎ持って行かれた。
 しかも、発言から察するに、明らかに紅潮しているのを気づかれている。
 それを考えると余計に身動きが取れなくなり。

「ぁ――……か……」

 意味不明な言葉が口から出てしまう始末だった。

「どうしたんだ、実奈? お前……全然大丈夫じゃないよな? 今日も何かやられたのか? 男に、何か」

 その瞬間、私は名案を思いついた。そうだよ。初めっから、そうやって誘えばよかったんじゃないか。
 緊張を解(ほぐ)すように、言葉を紡ぐ。

「あ、あの、さ。三上?」
「なんだ? 実奈」

 名前を呼ばれるだけでも緊張ってするんだね。
 今まであまりの緊張の中に居たから気がつかなかった。

「怖い、からさ」
「怖い? ……なにが、だ?」

 そう言うと三上はちょっと不安そうな顔をした。
 大丈夫だよ、三上の事じゃないから。
 私は三上を嫌いになったりしないし怖いとも、思ってないから。
 ――ああ、今の恥ずかしい!

「一人で……居るの、が。すっごく……寂しいの。……だからさ、今日――」

 ものすごく恥ずかしい、誘いの言葉。いうだけでとろけてしまいそうだけれど、それを口にする。

「今日さ、私の部屋に……泊まっていって、よ」


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 お風呂に入ったあと、体も心もゆでダコのようになってしまった私は、汗ばむ手と焦る心を必死に抑えふたり分の布団を並べた。
 別にベッドも有るのだけれども、それじゃなんにも出来ない気がしたから。だから「寂しいから、と……隣で寝て!」と無理を言い布団を二枚敷くという結論に至った。
 ――で、今私の背中には、同じく背中を向けた状態の三上が居る。心臓が早鐘を打つ。胸がはちきれそうな、そんな感じがした。
 息もかなり荒くなってしまっていて、さとられないようにするのがやっとだ。
 三上はピクリとも動かない。寝てしまったのだろうか?
 でも、それじゃ、困る。どうしても“しなければ”。後悔なんてしたくない。私は、私は。

「ねぇ……三上?」
「どうした?」

 小さくつぶやくと、きちんと声が帰ってきた。良かった。寝ていない。
 どうしよう? どうやって誘うのが、一番いいのだろうか? ハッキリ言わせてもらえば、三上は「女体化を食い止めたい」という理由じゃ、行為をしてくれない気がする。
 絶対に断られる。だから、結局は言わなければならないことがある。けど、今言うのも、ものすごく恥ずかしい。
 段階を踏んで言わなければ行けない言葉。すっとばすことは不可能で、第一段階に立とうと思った。

「あの、さ。呼び方、だけど……。み、三上は私のことを実奈って名前で呼んでくれてるじゃない?」
「そう、だな」

 まずは、呼ぶ名前。『ノーノー。私のことは恵奈って呼んで。そんなお固い敬語じゃ嫌なのです!』不意に、恵奈ちゃんのそんな言葉が頭をよぎる。今まで、今でも。私は三上のことをずっと苗字で呼んでいた。だから、携帯電話でそうしたように、言葉でも。

「……悠希って、呼んでも……いい、かな?」
「べ、別に……構わないけど」

 良かった。よく考えれば勝手に悠希って呼べばよかったのかもしれないけれど、否定的な顔をされるのは嫌だ。これで、段階を一つ、踏めた。
 大丈夫――大丈夫。落ち着いて、そうすればきっと大丈夫。

「どうしたん、だ? 急、に」

 悠希が切れ切れにそんな事を言って来る。
 駄目だ。悠希の言葉を聴いただけで、私の心臓はより一層血を送り出すことに力を入れてしまう。

 勇気を出せ――、頑張れ。心なしか恵奈ちゃんがそう言ってくれているような、そんな気もした。だから、頑張るよ。

「悠希は、さ。私がどうして女体化しちゃったか、知ってるでしょ?」
「えっと……告白する勇気がなかった、からか?」
「……正解。いっつも……いつも。私は結局告白する勇気が出なくて。そのたびに後悔して、さ」

 必死に言葉を搾り出す。

「馬鹿なんだよね、結局。何度も何度も、告白出来なくて失敗して。……ううん、そんなの失敗じゃないよね。だって、行動してないんだもん……」

 悠希は黙っている。そりゃ、突然こんな事を言い出したらそうなっちゃうよね。
 多分私だって同じことを言われたら、なんにも言えなくなっちゃうと思う。悠希に言われたら、多分死んじゃうと思うけど。

「私はね、……もう後悔したくないんだよ」
「ま、実奈? いったい……」

 鈍いなぁ……。そろそろ気付いてくれても、いいと思うよ? 少なくとも私は。こうも鈍いと、思わずいいたいこともとどまっちゃうよ。
 でも、それじゃ、ダメなんだ。言わなきゃ行けない。楽観視して後悔は絶対にしたくない、この気持に嘘偽りは無かったから。

「私はね、悠希。……ゆ、悠希の、事、ね」

 迷惑かもしれない。元男にそんな事を言われたら、気味が悪いかもしれない。

「こんなふうに思っちゃってるのはおかしいかもしれないけどさ……私は……その!」

 一言、それだけ。たった一言。

「私は……悠希……、あなたの、ことが、大好き、です……」

 それは、精一杯の告白だった。


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 場は硬直していた。もちろん、私の一言により。言った本人の私ですら緊張で、完全に硬直していた。
 口を開くことすら出来なくなってて、只々布団に顔を埋める。

「え……な……、……え?」

 それは悠希も同じだったみたいで。言葉にならない言葉を、さっきから繰り返していた。

「え……ま、な?」
「嫌……だった、かな……」

 ここまで来ると、いっそ行動出来た。相変わらず背中を向けたままだけれど、言う。

「迷……わ、く、だった? ご、ごめ……」
「な、なに、謝ってるんだよ」

 今はどんな言葉でも、胸に突き刺さってきて。怖い。否定されるのが、突き放されるのが、怖い。そんな思いで胸中がいっぱいになる。
 だから、悠希の言葉がとても怖く感じて。否定的な考えだけが頭をめぐる。

「ごめ、……ん、ね。後悔は……したく、ない、から」
「だから……」
「悠希の、さ。返事、聴かせて……」

 悠希の言葉を遮りそう言った。もちろん、返事は怖い。断られるかもしれない。受け入れてもらえないかもしれない。マイナスな思考。
 突き返される、その言語が怖い。

「実奈……」

 ちょっと間延びするだけでも、その時間は永遠のように感じられて、どうしてこうも長い時間の中に居るのか、不安になる。
 答えが怖い。布団に潜り込もうとする体を必死に押さえつけ、それで聴く準備をする。

「……俺なんかで、いいのかよ」

 悠希から帰ってきたのはそんな言葉で。

「私は……ね。悠希に沢山感謝してるの。何度も、何度も助けてくれて。でもその過程で悠希以外の男の子は……怖いって、体が心が、否定するようになっちゃって。でも、悠希だけは特別だったんだよ?」

 そう。特別だった。その特別を私は“普通”で片付けようとしていて。でも、

「悠希がいなくなったときに、初めてわかったの。“私は悠希が居ないとなんにも出来なくなっちゃったんだ”って。現に、外を歩くときも、悠希が居ないと怖くてダメに成っちゃった」

 只々、私の思いを信じてもらうために言葉を紡ぐ。その思いを悠希は受け入れないかもしれないけれど、もう止まれない。

「だから、ね。こうして寝ているのもすっごく嬉しい。なのに、“俺なんか”なんて、言わないでよ……」
「だったら……」

 悠希が口を挟んできた。その言葉はどこか刺があり、思わず萎縮する。

「だったら、さ。謝るの、やめろよ。俺はまだ答えを返してない。なのに、そんなの、実奈が勝手に結論づけちまってるじゃねぇか」

 そして「俺は、」と話を続ける。

「……俺は、いや、“俺も”。好き、だよ、実奈の事が」

 聴いた瞬間、私の頬を、何かが伝う。久しぶりな感覚に一瞬戸惑う。
 只々嬉しかった。“好き”だと行ってもらえたことに。
 悠希の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「お前が女体化して、初めてご飯を作ってくれたとき、俺は思わずみとれてた。反則だよ。知り合いとは言え、美少女がさ、親しげに接してくれるなんて。俺が実奈の買い物に付き合ったのだって、休みたいのが目的じゃない。純粋に、手伝ってあげたい。そう思っちまったんだ。だからこそ、お前が公園で“あんな目”にあってるのが許せなかった。殺してしまおう、そうすら思えた……」

 一区切りして、悠希は更に続ける。

「その後も、お前は色々と世話を焼いてくれて。ほんと、どうにかなっちゃいそうだった。いつか自分は襲っちゃうんじゃないだろうか、とか、な。最低だよな、そんなこと考えてたなんて。……いつか、告白しようとは思ってた。でも、男から告白されてどうなるんだろう、って思って。俺のことが怖くなってしまうのではないか、そんな考えだけが頭を回ってて。
 だから、本当に、嬉しい。実奈が、俺のことが好きだって事がわかって、さ」

 頬を伝う生暖かいそれは、何時までも止まらず、私は目を閉じていた。
 ――嬉しい。

「実は、さ。今日も本当はドキドキしてたんだ。色々と、な。隣り合わせで寝るって事自体、心臓に悪すぎるんだ。だから今、俺やばいかもしれないんだよ……」
「なに……が?」

 問いかける。悠希も私も、声が震えていた。

「も、元男のお前にだからこそ告げる、ぞ? ひ、引くな、よ?」
「わかった、よ。……大丈夫」

 なにを言い出すのか。ゴクリと生唾を飲むその口すら震えていて。

「襲っちまいたいって……衝動に、駆られてるんだ。実奈、助けて、くれ」
「え……、ど、どうい、う」

 つまり、悠希は私を襲いたいって……うぇ!?

「ゆ、悠希?」

 万々歳なのだろうか? これで襲われれば、私は、いつまでも男な悠希と一緒に居られるわけで、否定する要因なんてとうに存在していなかった。

「わた、しは……その、えっち、も構わ、な……い、よ?」

 体はサウナにいるかのごとく熱され、もうどこから熱を発散すればいいのかも分からなくなっていた。
 そんな中、震える言葉で言う。

「ゆ、うき……」
「実奈、や、めてくれ。本当に、我慢が、出来なくなるっ……」

 その声は、必死に欲望を押さえつけているのがわかる声で。

「……じゃあ、そ、その、さ。キス、だけでも、しよう?」
「実奈ッ――!」

 言い終わるのが早いか、悠希は私に覆いかぶさるようにして居て。
 その行為に、不思議と恐怖は無かった。


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 悠希の唇が、私の唇に覆いかぶさる。とうに心臓の鼓動など聞こえなくなり、耳に届くのはふたり分の呼吸だけだった。

「――はぁ……、んぅ……!」

 荒い呼吸と唾液の混ざり合う水音が聞こえる度に、頭は真っ白に、なんにも考えられなくなってしまい。

「ゆぅ……きぃ……! ふぁ……!」

 名前をだしただけなのに、それだけでも強い快楽が私の体を包み込む。どうしたらいいのか、わからない。
 ――もっと長く……。しかし、その思いは通じず、悠希は私に覆いかぶさるような体勢をやめた。

「ぇ……、ゆぅ……き?」
「ごめん、な」

 言われている意味がわからなかった。どうして、謝ってるのか。なんで謝られているのか。

「気、使わせちまってたんだろ? ……ごめん」
「なに、が……?」

 頭は真っ白で、他のことを考えていることなど出来ない状況で。
 言われている言葉の意味など考えもしないで、ただ快楽を求めていた。

「ごめんな、実奈……。斉藤の件だよ。アイツは女体化しなかったけど、もし……俺が女体化したらとかそういう事、考えてたんだろ?」

 見抜かれていたのか? その悠希の一言で、頭の中は一気に色が付き、思考回路が正常のものへと戻った。
 もし。もしも本当に私の意図を汲み取っているのだとしたら“謝っていること”についての説明が一切出来ていない――。
 そんな事を考えていて。

「ど、いう……こと?」

 私はまだ荒い息で訊く。

「俺が、俺が女体化してしまったら、お前はきっと自分の所為とか思うに違いない。だから、償おうとか、思ってるんだろ……」

 途方も無いほど間違っている想像を聴いてしまった。

「それは、ちが……、わた、しは……」

 違う! 私の話を……きちんと……。でも、それは悠希の堅い言葉に遮られて。

「どこが。普通は、告白の直後にその、行為になんて及ばないだろ」

 それは、確かに悠希に女体化してほしくないって言うのも有ったけど、違う!
 だからハッキリ言わなければ、いけない。……いけないのに。

「俺が女体化しちまうのは、俺の所為だから。……だからお前が無理に食い止める必要とかは……」

 悠希は好き勝手に言って。気に食わない。久しぶりかもしれない。

「だから、な。――そんな、辛いことすること、無いから」

 私の意見を聴いていてくれていた悠希だからこそ、この発言は許せない。

「自分の体を大切に――」
「悠、希……」

 悠希は止まってくれない。なら、止めるしか、無い。

「――悠希!」

 喝を入れるつもりで、上半身を起こした。けど思ったより体は安定していなくて、倒れそうになった私は、思わず悠希に抱きつく形になり。
 ――その瞬間、こらえていたものが溢れ出した。
 ポロポロポロポロ……。目から溢れ出るそれは尽きることを知らない、無尽蔵な泉のようで、悠希のシャツを濡らし始めて。

「ま、実奈!?」
「…………ば、か」

 シャツを握り発したのはそんな一言で。

「どうしたんだ、よ、ま――」
「――馬鹿ッ!」

 一言発しようとする度にしゃくりがそれを邪魔する。

「う、ふぇ……ば、か! ゆぅ、きの馬鹿!」

 今まで抑えていた感情が、気持ちが全てが決壊した。

「わた……しが、……どん、なに苦し、かったか! 知らないくせにッ!」
「ま、な……?」
「ど、して!? にょた、いかするの、が……誰、の所為、とか……せき、にんとか! そんなの……かんけ、い、ない!」

 力任せの言葉を悠希にぶつける。

「だめ、なの? ゆ、ぅ……き」

 私は悠希に問いかける。精一杯が続いているせいか、勢いも無くなってきているけれど、それでも頑張って。

「なに……が」
「……す、すきな、ひと、が、すきな……ひとに、男のまま、で居て……ほしいって思うのは……だめ、なの?」
「実奈……」
「わだ……、私、は、悠希に、女の子になって、欲し、くない、から……。だから――」

 一瞬、なにが起こったのかわからなかった。ふわっとした感覚。よく似た感覚を知っていたけれど、それとは違う。

「実、奈……。ごめん、な。俺は、なんにもわかってなかったんだな……」

 気がついたときには、既に腕が背中に回っていて。そうか、抱きしめられてるんだって理解した。


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 二対の布団の片方。そこに、仰向けに横たわる私。そして上に覆いかぶさる形の悠希がいた。

「ゆぅ……き……。キス、し……て?」

 悠希に、催促する。私自身は、もうストッパーと思しきものは外れてしまっていて。恥ずかしいという感情もマヒしているに等しかった。だから、幸せを求められればそれでいい。

「……むぅ、……はぁ、んぅ……」

 ゆっくりと近づいてきた悠希の柔らかい唇に、私の唇が重なった。
 そして、口の隙間に、舌が侵入してくる。
 悠希の舌は、口腔の上部を撫で、私の舌と絡みつき――、

「んぅ……! ふぅ……ぁ!」

 ディープキスがここまで気持ちいいものとは思っていなかった。頭の中はもう、キスで一杯になってしまっていた。

「あぅ……もっと……」

 舌と舌が絡みあう、水音が響き渡る。その音は部屋内だけではなく私の脳内でも反響して、ますます変な気分になる。
 一旦、唇が離れる。

「平気、か?」
「う、ん……」

 少し冷静になったからか、体の異常に気付いた。
 股が濡れている。これが愛液って……やつ、なの、か?
 そのことを認識したとたん、キスだけでは物足りないという感情に駆られた。

「悠希……もっと、いろんな、ところ、を見、て……」

 そう言いながら、カチカチの指を動かしてワイシャツ風の根巻きのボタンを外していく。根巻きがなくなったそこには一週間前までは無かった双丘が有り、申し分程度にそれを包みこむブラジャーが顕になった。背中に手を回し、ブラジャーのホックを外す。手慣れたものだ。かれこれ5日は着け外しをしているのだ。当然と言えた。
 ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。

「ち、さくてごめ、な?」

 思わずそんな事を言ってしまった。かろうじてBと言われた、下手をすればAになりうるこの胸のサイズだから、結構コンプレックスになってたりするんだ。

「俺は、サイズで決めたりはしないぞ?」

 悠希はそう言って、私の頭を撫でた。こうやってされるのは、かなり嬉しかったりする。なんだか、とっても可愛がられている気がするんだ。
 私の頭を撫でていたその腕が離れ、胸に移動する。

「ひゃぅ……んっ……」

 乳房を軽く包まれただけだというのに、キス以上の気持よさが伝う。
 声をこらえていることは当然ながら出来なかった。

「ふにゃぁ! ぁぅ……」

 悠希に乳房を揉まれる。大きな手が、小さな胸を何度も行き来する。そのたびに体が小刻みに動いてしまって。 
 そして悠希が、訊いてきた。

「……ここ、触っても、いい、か?」

 そう言って指さしたのは、紛れもない私の、淡い色をした乳首で。
 改めて見ると小さめのそれは、私から見てもわかるほどに立っていた。

「いぃ、よ……」
「じゃあ……触、るぞ」

 指先が、乳首に触れ――

「――ひゃぁぅ! ん、はぅ……だ、めぇ……」

 あまりの快感に、体がついて行けていない。心と体が離れそうになる。

「ダメだったか?」
「ちが、……あんまり、気持ち、よか、った、から」

 息も絶え絶えに、否定する。
 そうしないと悠希はここでやめてしまいそうな。そんな気がした。

「大丈夫、なん、だな?」
「だい、じょうぶ。もっと、おね、がい……」

 一声悠希が何かを言った。聞き取れなかったが、次の瞬間、両手の指が私の乳首をつまみ、

「――――――――ッ! んぅ、は、――あぅ!」

 今までで一番強い快感に、エビ反りになる。
 こんなんじゃ、そう、にゅうは出来ないかも、しれない……。
 そんな事を思った時だった。
 ――ふと、悠希の股間に目が動いた。男の頃は、私にも付いていたアレ。二日に一回は、だしてくれと唸るどう仕様も無い物。
 他人のなんてみたくもないと思っていた。けれど、相手が悠希なら、そんな気持ちは一切感じ無い。

「悠希……勃ってる、ね」
「――んなっ! そ、そりゃ勃つだろ……」

 その返事に私は思わずクスっと笑う。そして、悠希が怯んでいるスキに上体を起こし、

「ねぇ……下、脱いでよ」

 そう言うと、悠希は顔を真赤にさせて。

「脱がないなら……私が脱がすよ? ……男のズボンなんて、脱がすの楽ちんなんだから」

 悠希が硬直してしまってるから、そう言いつつ手を伸ばす。しかしその手を掴まれて、

「い、いい! 自分で脱ぐから!」

 そうして立ち上がる。
 ――立ち上がると、勃起してるのがよくわかった。私の体で、興奮、してくれてるってことがわかって、嬉しい。
 ズボンを脱ぐと、チラチラこちらを見ながらもパンツを下ろした。

「大きい、ね。……お、おちん、ちん」

 言っていて、ものすごく恥ずかしかった。でも、それは言われた側も同じだったらしい。

「俺だけがぬぐって、ずるくない、か?」

 はっとした。両者が脱がなければ、行為は成立しないんだ。そう言えば、実感はわかないけれどこれが自分に入ってくるのだっけ。そう思うと、少し怖くなる。
 入るのだろうか? 結構な大きさだけれど。
 ――なるようになるだろう。私はそう割り切った。

「脱がせてくれる、の?」

 私が男だった頃は、脱がせてって言うシチュは結構好きだった。だから、同じかどうかはわからないけれど悠希にもそれを試す。
 悠希はどうしたらいいのかわからないようで、どぎまぎしつつも、私の腰に手を伸ばす。
 根巻きのゴムに触れ、横に伸ばされ、布を下にずらされる。今まで見せたことなど無かったパンツが顕になる。
 そして――、

「すごく、濡れてるな」
「――い、言うなっ」

 クチュ……。という音が響く。

「ひゃ……!」
「大丈夫か? ちょっと触れただけだぞ?」

 分かっている。ちょっと、指先が触れただけ。それも、パンツの上から。なのにこんなに感じていて。
 最初はキスですら強いと思ったのに、その快感は下に行けば行くほど強いものになっていて。

「だい、じょ、ぶ」
「……そう、か」

 悠希は、パンツのゴムを、さっきと同じように掴むと“片足だけ”脱がした。

「悠希……もしかして、そういう……」
「う……」

 当たりだったらしい。所謂最後まで脱がさないで途中でパンツを残しておく派なのだ。私は……ずらし派だったかな?
 ……私のことはどうでもいいね。

「指、挿れるぞ」

 頷いて返す。恥丘を撫でるように指を移動し、その過程でエビ反りになる。
 けれど、指は止まらない。
 ヌルリと、指が愛液にまみれた陰部へと挿入される。

「――――――い、ぁ! ――ふぁ……んぅ、――あぅ!」

 そして、一瞬指が止まる。

「その、まま、ほぐして、く、れ……」
「いい、のか? すごくキツそうだ、ぞ」
「そ、しないと、後で入ら、ない! ふぁぁ……!」

 私は指が入っているだけで既にあふれんばかりの快楽に襲われているというのに、やせ我慢でそんな事を言った。
 当然、指は私が指示したとおり、動きまわり。

「ん、んぁ……ぁ! ひぃぁ! や、だ」

 そこで歯を食いしばる。これ以上言ってしまうと、耐えられないかもしれないから。
 でも、そこで止めたことで、悠希は気付くことなくほぐし続け。

「あぅ、ひ、それ、いゃあ――!」

 結局、体は心に負けてしまっていた。

「い、や、ふぁ……こわ、れ、ぁ――」

 体が、心が壊れてバラバラになってしまいそうだった。イキたい。男の頃ならば、そんなにかからずイケたのに、女の今では、こんなに強い刺激でもイク事が出来ない。
 それがとてもつらかった。

「実、奈! もう、俺……そろそろ……」

 悠希の苦しそうな声を聴き、股間部に視線をずらす。すると、我慢汁でたらたらになって、ビクビク言っているソレが有り。

「ゆぅ、き……きて……いい、よ」

 次の瞬間、何かが切れたかのように、悠希が完全に覆いかぶさり。

「挿れ……る、ぞ……」
「ん……」

 先っぽが、私の所にあたる。
 ――ヌルヌルしている。すっごい我慢汁だった。

「ひぅ……だい、じょ、ぶ?」
「あ、ああ……大丈夫、だ」

 必死に挿入使用としている悠希がとても愛らしく見えて。
 そして、挿った。
nn
「あ、ぅ……ひ、……や、ぁ!」

 すぐそこの、悠希の背中に両手を回し、気づけば自ら腰を浮かして、完全に繋がろうと。
 竿の部分が、徐々に私の膣に挿ってくる。

「――――――――ッ! ぁ、あぅ――ゆぅ、きぃ!」

 中程まで、挿る。壊れてしまいそうな体で、がっしりと悠希に捕まる。そして互いに腰が動き。

「あっ、あぁああああ、ひぃ――壊れ、やぅ! ――壊れ、る! うぁぁ!」
「ま、なっ! お、俺……も、う」

 徐々にピストン運動は激しくなり。腰が打ち合う音と、愛液と我慢汁の水音、荒い息、喘ぎ声が最高に感度を高めて。

「いッ――、ゆ、……き! い、イク、いっちゃう、よぉ、助け、壊れ――」
「実奈! ま、な!」

 絶頂の最中からは、よく覚えていなかった。


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最終更新:2011年01月17日 23:35
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