クラスメイトの鈴木君。もとい鈴木さん。俺の隣の席に居る彼女は、女体化してから早3ヶ月が過ぎている。
性別が変化してからというもの、彼女の身の回りの環境は一変していた。
それまで友達であったろう男子生徒が急によそよそしくなり、彼女の周りを離れていった。
さらに、未だ女子にもなじめないでいる。
これは、我が校の女体化率が著しく低いからではないかと俺は考える。
彼女自身が周囲になじめないのではなく、周囲が彼女になじめないのだろう。
前例というものが極めて少ないからだ。かくいう俺もその中の一人ではなかろうか。
横目でチラリと彼女を窺う。
決して容姿が悪いわけではない。中の上のその上を行くかもしれない。スタイルも良いだろう。
俺はCカップ以上ではないかと睨んでいる。
そんな彼女を俺がなんで、こんなに気にしているかって?
そうだ、あれは1カ月程前の話だ。
科学の実習授業で彼女とペアを組んだ事があった。
実習中のやりとりで、しどろもどろになる彼女に対して俺は冷静に対応した。
俺自身はそれが俺のペースであり、居たって自然な対応だった。
それからである。彼女は時折寂しそうな表情で俺の事を目で追うようになっていたのだ。
かくいう俺は相当のスケベで彼女の胸元や足元をチラチラと見ていたから気付いたようなものだった。
休憩中、物思いにふけっていた俺は、隣から何やら視線を感じて、頬杖をつきながらその視線に対して向き直ってみた。
すると、彼女がこちらを見つめているではないか。
寂しさゆえか、はたまた特別な思い入れがあるのか、別にモテるわけでもない俺に対して、そんな視線を送っている。
俺は堂々と視線を返す。
彼女はそれが恥ずかしかったのか慌てて視線をそらして俯く。
これは脈ありか?
この学校では女体化者と純正男子がくっついたなんて事例は風の噂でも耳にした事はない。
俺にとっても、このような事態は前代未聞である。
はたまた、俺の勘違いかもしれない。彼女は友達を求めているだけなのかもしれないのだから。
ま、どっちでもいいか。直接話してみなきゃ分からない事だってあるだろう。
「なぁ、どうかしたんか?」
「え!?」
非常にか細い声である。俺の好みでもあるが。
「何か、俺に用でもあったんじゃ?」
「え、あ、そ、そのっ・・・な、なんでもないよ・・・」
「・・・・」
何か言いたい事でもあるのだろうか?
言いたい事があれば、ここですぐ言えばいいのにな。
彼女は俯いたままだんまりを決め込んでいる。
こうなっては気になって仕方がない。何とかして彼女の口を開かせるためあの手この手で攻めて見たくなった。
「なぁ、鈴木。ここで話しにくい相談とかそういうなら、後で別のどっかで聞いたるで?」
「そ、そんなんじゃ!そんなんじゃないんだよ・・・」
「わーってる。わーってるって」
俺は手をぱたぱたさせて、あたかも彼女の考えを分かっているかの様に振舞ってみせる。
すると、彼女はまた寂しそうな表情に戻ってしまう。なんか分かりやすい奴。
俺自身こういった女性経験?見たいなのは無いに等しいのだが、彼女に対してはなんだかやりやすい。
まぁ、ええわ。俺が上手ならそれでいい。手玉に取られてどん底に落とされるよりは。
主導権は俺のまま、会話を進める。
「そんな緊張すんなって、話相手くらいなったるがな」
「う・・・うん」
「最近どうよ?友達はできたんか?」
「うんん。ダメ・・・かな。みんなよそよそしくて・・・」
「だろうなぁ・・・この学校、鈴木さんみたいなの少ないしな」
「・・・・・」
「あ~・・・悪りぃ悪りぃ。けどま、高校卒業さえすりゃ今よりはましなんじゃ?」
「そう・・・なのかな?」
「だってよ、ちょっと他所の大学にでも進学すりゃ、周りはみんな知人ですらないんやぞ?」
「・・・・それは・・・でも、知らない人が沢山──」
「う~ん。まぁ、そやな。でも、ゼロからってのも悪くはないで?」
俺は関西から転校してきた身分なもんで、心機一転新天地での生活を余儀なくされた。
それは悪い事ばかりでもなく、その昔の嫌な思い出もすっかり笑い話のレベルだ。
「分かるけど・・・嫌な事もあるかな・・・」
嫌な事。彼女からしてみれば、今そのものが嫌な事ではないか?
俺はそう考えていたが、そうではないようだ。
だから、俺は聞いてみた。
「具体的にどんな?」
「言わなきゃダメかな・・・・?」
言わなきゃ分からない事もある。
「ゆーてみ?」
「えっと・・・あ、あのね・・・連絡先・・・その・・・携帯の・・・聞いてもいい?」
ここでは言いにくい事。そう、言いたいのだろうか。
俺がそう思わなければ、大胆な女の子・・・じゃなくて、元男からのお誘いって感じだが。
しかし、これは彼女らしからぬ大胆な行動だ。
だからこそ甲乙付けがたかったが、甘んじて受けてみようと思った。
変わり者。そう思われるかもしれないな。でも、気になるんだわ。アイツがな。
かくして、俺は鈴木さん。もとい、鈴木佳織と友人関係になった。
元の名前はなんてったかな。彼女が男だった頃は約1週間程度の付き合いだったから覚えてない。
佳織・・・か。はは、元の男の顔は記憶にはあるが、似ても似つかんな。
『近藤君はさ、進路先とかどう?』
彼女との電話の機会は日に日に増している。
これは彼女が学校での会話を避けているのが理由でもあるが。
俺はさほど気に留めてはない。気持ちは分かる。いや、気を使われているのかもしれない。
『ん?そやなぁ・・・。これといって考えてないわ。まだ早いんちゃう?』
『・・・・そっか。私さ、関西の大学を考えてるんだ』
『へぇ、関大とか?』
『かな。まだわかんないけど。関西ってどんなの?』
『・・・・・せやな。お笑いには厳しいわ。間違いなく関東のウケは通用せんわ』
『あはは、そうなんだ』
『そうそう、いまだにあんなネタでゲラゲラ笑っとる奴らが信じられへんわ』
『はは・・・あはははは!』
『そんでな──』
こうやって電話でのやり取りは二日に一回くらいのペースである。ただ、相変わらず外に出て遊ぶ事はない。
理由は多分あれだ。人目に付きたくないからだろう。だから俺も誘わないし、彼女も誘ってこない。そう思っていた。
しかし、俺の予想を他所に翌日彼女の方から誘いがあった。一緒に大阪に遊びに行かないか・・・と。
「大阪にとうちゃーく!何して遊ぶ!?」
「いやいや、まだこれから電車に乗り換えやし」
最初の頃と比べて彼女は本来の明るさを取り戻したのか、毎日がやけに楽しげだった。というよりハイテンション・・・。今もこうして、友人としてなのかどうなのか、緩やかな上方線を進みながら今に至る。
特に大阪の地を踏みしめてからの彼女には、"あっち"での足かせが解けたかのような軽やかさだ。こいつ、元男の時はこんな奴だったのか。
しかしまぁ、複雑な気分だ。元男と二人でデート、か。俺は一体何を考えてるんだろうな。体は女とはいえ、元男とどうにかなろうというのだろうか。
好き嫌いとかそういう概念ではなく、人一人として興味があったからだろうか?どちらにしても、人として惹かれつつあったのかもしれない。
「楽しそうで何よりやな。うんうん。ええこっちゃ!」
「うん!男同士ならちょっと寂しい感じもするけど、ね・・・?」
大阪の大地は彼女を開放的・・・いや、素直にさせるのか。それでも、相手に対して同意や確認を求めてくるところは相変わらずか。俺はそう考えながらほくそ笑む。
「へーへー、片手に華で少しばっか足りんけどなー。片手が遊ぶわー・・・って、おお、ええ女発見!」
俺がかまをかけると、彼女はあからさまに頬を膨らませて凄まじい視線を俺に向ける。
「は、はははは・・・・すんんすまん」
「むーーー」
彼女とはまだそういう関係ではない。単に、彼女が進路希望の地を見てみたいというからと理由で案内人として同行した。
幾度ものコミュニケーションの末、大阪が俺の古巣という事を知ったのが理由だ。ひとまずは梅田を適当にぶらぶらと案内する。
アレがヘップファイブだの、観覧車だのと適当な案内にも彼女は目を輝かせては時折たこ焼き食べたいと言う。電車の高架下のマックでシェイク飲んどるやつが何を言う。
「沙織な、ほんまに関大に進学するんか?」
「うん。するよ」
「・・・・俺、どないしよ」
「毅はまだ決めてないんだよね」
「・・・・・・沙織は、何で関大なん」
「・・・内緒」
「はぁ?なんでやねん」
「内緒」
「ほな、俺も内緒」
「はい?毅はん、まだ決めてないって前からゆーてまんがな!」
慣れない・・・というか、関西弁色々間違えとるし!!
「漫才やっとんとちゃうで・・・ほんまにな、決められんのやわ」
これといって進学の目的もない。正直言ってやりたいことなんてなんもない。世の大学生ってのは、そんなに目的意識の高い存在なのか?と思ってしまう。
案外、コンパに明け暮れるアホ学生も多いとも聞くが、俺にとっては未踏の地なので実感がわかない。
「そっか・・・・」
どうやら、俺の感慨がシェイクを濁らせたらしく、沙織があからさまに辛気臭い顔をしていた。
そんな俺は、沙織を直視できず視線を逸らせる。すると、逸らせた先に懐かしい・・・というか、憎らしい面々がこちらに向かってきていた。
最終更新:2011年04月11日 17:48