安価『魂』

「トンネルの入り口で車に乗っていた2人は大雨の中、傘も差さずに道路の脇に立っている少女を見たのさ。」
「2人ともその少女には見覚えがあった。」
「なぜかって?そのトンネルはね。手前にある急カーブのせいで事故の名所だったらしいんだ。」
「そのカーブで起こったとある交通事故が長らく迷宮入りしていてね。」
「だけど、彼ら2人が出発した朝に、その事故の犯人が捕まったとニュースで大々的に報道された。」
「そして2人が見た少女は、死亡した事故の被害者に似ていたのさ。」
「けども、2人とも幽霊と言った類の非科学的なものには否定的でね。」
「ただの錯覚だと決め付けあって気にも止めなかった。」
「しかしだ、トンネルを抜けて助手席に乗っていた運転手の友人がこう尋ねたんだ。」
「なぁ、なんでトンネルの中でワイパーかけなきゃいけなかったんだ?とね。」
「運転していた方は、失笑しながらこう答えた。」
「馬鹿じゃないのか?大雨降ってんだからワイパーかけないと前見えないだろ。」
「それを聞いて助手席の彼は声を荒げてさらにこう言ったんだ。」
「馬鹿お前だ!トンネルの中なのになんで大雨降ってんだよ?!」

「ヒィッ?!な、何で雨降ってんだよ!トンネルの中でッ?!」
「いや…君ね、話はまだ終わっていないのに声を荒げないでくれないか。続きが話せないだろう?」

昼飯を食い終わって微妙に暇が余った昼休み。
元気の余っているヤツは窓の下に見えるグラウンドでサッカーやったりバスケしたりで走り回っている。
梅雨入りした割りに今日は晴れてはいるのだが、妙に蒸し暑い。
暑い暑いとわめいていたら、ならば涼しくなる話をしてやろうと
教室で今の怪談を披露してくれやがったのが、私の友人であるクラス委員長。女体化仲間でもある。

「いい、要らない。その先は要らないッ!!!」
「お前は昔っから、幽霊とか苦手だなぁ…たいした事ねーだろう?この程度。」
「俺がこういうの苦手なの解ってるなら、途中で止めに入れよッ!」
「止めに入れ、ってなぁ…お前興味津々で息を飲んで聞いてただろ?途中でぶったぎったら殴りかかってくるくせに。」

私の涙目の抗議に対し、物凄く冷たい対応しかしてくれない幼馴染。
こいつは男の状態を保ちやがって、妬ましいったらない。
とはいえ、こいつもあと3~4ヶ月以内に彼女が出来なければ晴れて私たちの仲間入りだ。
どうせ恋人なんかできやしないし、風俗に行くタマでもないだろう。ザマーミロ。

「うっさいッ!だ……大体全然涼しくならないってのッ。」
「いや、別に涼しくなる話じゃなくても暑さを紛らわせる話でいいんだっつの。」
「わざわざ怪談話する必要がどこにあんだよ!頼んでねーし。頼んでねーしッッ!」

私の必死の抗議は続いているのだが、当の2人は謝罪のしゃの字もないどころか呆れ返っている始末だ。
……私か?私が悪いのか?どう考えても悪いのは勝手に話を始めたいいんちょの方だろう。

「はぁ…ほれ、まだ飲んでねーいちご牛乳やるから機嫌直せよ。な?」
「用意が良いね、君。流石は保護者。」
「そんなんじゃねーよ。」

この2ヶ月ですっかり変わってしまった自分の味覚を的確に捉えてくる。
く…くそッ、い、いちご牛乳如きで釣られる私では……

「落ち着いたか。はぁ…女になってから一段と五月蝿くなったなぁ、お前。」
「打って変わって君は一段と彼女の扱いに長けてきているよ。あっと言う間に大人しくなってるしね。」
「だからそんなんじゃねーって。」

言いたい放題言われているが、きょ、今日はこのいちご牛乳の甘さと
頭を撫でて慰めてくれている事に免じて許してやるッ。と、心の中だけで抗議をしておいた。

「さて、それじゃ、代わりの暑さの紛れる話でもしようか。」
「まだネタあるのか。コイツが喚かないような落ち着いたヤツを頼むわ。」
「大丈夫さ、僕らに関係のある話だしね。」
「オレも含まれてるのか?それ。」
「いや、君には関係ない。君の彼女と僕に関係する話さ。」
「だ…誰がこんなやつを彼氏にしてんだよ馬鹿ッ!」

いいんちょは、隙あらば私をからかう事を忘れない実に良い根性をしている。コンチクショウ。
勿論否定しておく。否定しないとドコまでも話が肥大化して、明日には学校中に広まってしまうだろうから。

「君は異性化疾患の原因、って何だと思う?」
「さぁナ?テレビじゃ進化論の延長線だの、宇宙人の仕業だの色々言ってるけど、さっぱりわからねーよ。」
「仮説の1つなのだけれども、魂の一部を抜き取られてしまったかららしいんだ。」
「…魂の一部?おい、オカルトじみてるな。さっきの話と大差がないように聞こえるぞ。」
「だ、大体、魂なんてものがあるかどうかって所もわかんないじゃないかッ!!絶対違う、違うッ!」
「飲み終わるの早いね。折角のプレゼントなのだからもう少し味わったらどうだい。」
「プ、プレゼントってこれはそんなんじゃない!たまたま、たまたまだッ喉が渇いてたから貰ってやっただけだッ!」
「はいはい、ご馳走さまです。それでさ、一部を抜き取られた魂はどうなると思う?」

さらりと受け流したいいんちょは、更に言葉を続ける。苦手だと解っていてこの仕打ち。
絶対にコイツは性悪だ。悪女だ!詐欺師だッ!……考えてみて思ったが、詐欺師はちょっと違うかも。

「死んじまうんじゃないのか、魂取られたんだろ?」
「一部だから死なないさ、だけどその抜き取られてしまった一部は、魂の核を構成するものなんだ。」
「核、ねぇ…それで死なねーって余計におかしく聞こえるぞ。」
「そこが生命の神秘さ、核を失った魂は残った魂で核を作り直して生命を維持しようとする。」
「とは言え、一度失ってしまった核と同じものはもう作れないんだ。設計図なんてものは無いしね。」
「代用品ってわけか。」
「うん。しかも魂の核ってものは、その生命体の生殖機能を司っている場所でもあるんだ。」
「だから、前と同じものが作れない故に性別の転換が起こってしまう。というわけさ。」
「オイ、それじゃ女も男になるパターンもあるんじゃねーの?」
「良い所に気が付いたね。逆のパターンもあるかもしれない。けれども実際には女性化しか確認されていない。」
「そう言った穴があるから仮説なのさ、実際証明する手立てもないわけだけれど。」

厨二病全開の仮説を切々と語る委員長。怪談話よりは百倍マシなのだが、妄想が激しいのも苦手だ。
それに加えて気付いた事もある。恐る恐る委員長に尋ねてみた。

「大体、誰が何の為に、魂の核とやらを抜き取ってるんだ?抜き取られなきゃ起きないんだろ?こんな事。」
「さて、誰だろうね?僕にもわからないよ。」
「っつーかな、そのトンデモ理論はどこの仮説なんだ。た○出版の代表とかか?」
「アレは宇宙人専門だろ、もっとこう、きっと黒魔術だのなんだのって怪しいところだろ。」
「あの出版社のサイト”魂の生まれ変わり”なんて項目もあるサイトだぞ?十分範疇だ。」
「そーだったのか?よく知ってるな。」
「まぁな。オレ、割とこういうオカルト話好きだし。」
「…う”…ぜ、絶対にそんな話は俺にするなよ?!」
「しねーよ。頼まれてもしねーよ。」

私たち2人の様子を見て、クスクスと笑っている委員長。
どうやらコイツは誰が立てた仮説なのか知っているらしい。知っているなら早く言え。

「で、そこの代表って韮なんたらって言ってたよな?そいつがその仮説立てたのか?」
「あははっ。違う違う。コレは僕の仮説。いや、妄想と言った方がいいかな。」
「「…………なんだ、お前のかよ」」

余りのオチに見事にハモってしまう私たち。

「それらしい話をしといて、オチが委員長の妄想でしたって笑えねーな…アホか。」
「ふふ。そう思って何処かの他人のせいにしていないとやっていられないのさ、この病気はね。」
「どうだい、気は紛れただろう?」

彼女が自嘲気味にこの話を締めたところで、昼休み終了のチャイムが校舎内に鳴り響いた。


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最終更新:2011年05月16日 22:10
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