部屋に戻り、ぼふっとベッドに倒れ込む。
ダメだ、なんかもう色々ダメだ。
篤史の手が触れた部分がじんわりと熱をもっている。
それが『オレ』の大事な何かを浸食しているような気がして
思わず頭を掻き毟っていると
指先に感じた小さな『傷痕』の感触。
オトンの念願だったというマイホーム。
現在の家に越して来たのはオレの小学校入学に合わせての時期だった。
両親と向かいの家に引っ越しの挨拶に行くと
中学生位の真面目そうな男の人と
いかにも腕白そうな小学3年生位の男の子が出てきた。
「向かいに越してきた谷田です。宜しくお願いします」
「こちらつまらない物ですが」
「ご丁寧にありがとうございます」
ウチの両親とこの家の長男と思しき人が形式通りの挨拶をしている。
次男であろう男の子がじーっとこちらを見ている。
…なんだろう?
「あの、ご両親は?」
「あ、父は今、『外出』していて…母は一昨年他界しまして…」
「それは…申し訳ない…」
「いえ、いいんです」
…この家の父親は『外出』ではなく、
母親の死後に出来た恋人の所で暮らしていると
長男・暁芳さんから聞いたのは、数年経ってからだった。
ウチの両親と暁芳さんの話が途切れたその時、
「おまえさー、幼稚園児?それとも保育園の方?」
「…今年から小学校だけど…」
「おまえ同い年かー?小っせーな!」
「あ"?」
「よし!おまえ今日から友だちな!」
「どうしてそうなるんだよっ?!」
「俺は浅倉篤史!よろしくなっ!」
「おまえ人の話をちゃんと聞きましょうって習わなかったか!?」
『同い年か?』はこっちの台詞だ!!
お前は無駄にデケぇよ!!
体も態度も!!
この後、オレは一度もコイツの身長に追い付いた事はなかった。
コイツが現在も続く親友になろうとは…。
小学校に入学してしばらくして気になったこと、
篤史は特定のグループには属さずに手当たり次第に『友だち』を作りまくる。
篤史は隣のクラスだがウチのクラスにも
相当数の『友だち』がいる。
「友だち100人を実践してみようと思って」
「あー、やっぱバカなんだ」
そういう、あっちこっちのグループに顔を出す、
悪く捉えれば『コウモリ』とも言えなくもない所と
無駄にデカい態度が一部の所謂『いじめっ子』連中のカンに障るらしく
「篤史のヤツさー、調子にノってねー?」
「みんなでシメよーか?」
…と、イヤな会話を頻繁に耳にする。
本人は気にしてないのか、
そもそも気付いてないのか…
オレはなるべく関わらないように
双方に距離を置きたいのだが、
「タク~っ!遊ぼーぜっ」
「これから晩ご飯だ、帰れ」
「何食うの?」
「…今日はハンバーグだけど…」
「俺も食いたい!!おじゃましまー…」
「帰れっ!」
現在ほどべったりではないが
篤史はしょっちゅうウチに来ていた。
まあ、家も向かいだし、
家では兄と2人だけだし、
寂しいのはわかるのだが…
この頃のオレは篤史に対して
結構冷たい態度で接していたと思う。
それでもめげずに篤史はオレに絡み続けた。
まあ、オレに限った話ではなかったのだが、
その頃は。
もうひとつ、気になっている事…
いや、『人』。
オレは体力がなく、運動が苦手だ。
なんとか克服しようと、スイミングスクールに
通っているが何となく物足りず
この頃から朝夕のジョギングを始めた。
家の近くには県下有数の大きな川があり
その土手沿いはジョギングに適していて
買い物とかには不便なんだけど
すごくの景色も良い。
それは体調が良い日は現在も続けている日課だ。
そのジョギング中に見かける犬と散歩してる女の子、
同じクラスの敷島静花さん、だ。
「おはよーごさいますー」
「…はょっス…」
ショートカットの髪型がよく似合う
スゴく可愛い子で気になるんだけど
いざとなると話かけることも出来ない。
そもそも散歩中は連れてる犬が怖すぎて近付けない。
確かドーベルマンとかいうヤツ…。
敷島さんについて知ってること、
家は同じ町内の大きなお屋敷で
そこに住んでる『社長さん』一家の一人娘。
なんの会社の社長かはわからない、
たしか『ナントカ会系』とか聞いた事はあるんだけど…。
あと、話し方がのんびりしてて天然ボケ。
で、篤史の『友だち』の一人らしいよ?
…あのヤロー…やっぱり気に食わない。
それから、字がスゴくキレイ。
それに気付いた時に、
「敷島さん、さ」
「はい?」
「字、な…すっげーキレイだ、ね」
「!!…ありがとうごさいますー!!拓武くん」
…なんか物凄い喜ばれたのを覚えてる。 なんか、こっちこそありがとうございま
す。
夕方、ジャージに着替えてジョギングに出掛ける。
いつもの土手の道が整備工事中で通れないっぽい。
仕方が無いのでいつもは通らない寂れた公園がある方の道に行ってみた。
公園の方から数人の子供の声がする。
遠巻きに見てみると篤史が『いじめっ子』達に囲まれていた。
よく見るとバットを持ったヤツや、篤史より大きいヤツもいる。
多分、上級生…『いじめっ子』の兄とかだろう。
最初は何人かで押したり罵声を浴びせていただけだが
それが段々と暴力的にエスカレートしていく。
やばいな、誰か助けを呼ばなきゃ…
と思い、振り返ると、敷島さんがいた。
敷島さんも公園の様子に気付いて、
あろう事か公園に向かって走り出した!
「ちょっ…敷島さん!?」
「篤史くんは友だちですっ!!助けなきゃ!!」
なんとか腕を掴んで制止する。
君が行くよりそのドーベルに行かせた方が確実…
って、大事なペットをそんな扱いする訳にもいかねーか。
「…オレが行く!敷島さんは誰か大人の人を呼んできて!」
オレはすぐに公園の方に走り出した。
ちくしょ~っ、オレなんかが行ったってどうしようもねーだろ?
篤史は抵抗してるようだが
既にボロボロだ…って、バットのヤツが得物を振り上げてる!?
それはねーよ?アホかよっ!?
オレは篤史の方に飛び込んだ!!
---ガッ!!---
頭をかすめる衝撃。
直後、痛みというよりは『熱』。
顔を伝う生ぬるい何か…あ、血か?
どっか切れたんかな?
あまりの事に泣くのも忘れて
連中の方を見ると、青ざめてこっちを見ている。
オレの様子に自分たちがしでかした事に気付いて
冷静になってきたのか、お互いの顔を見合わせ
一斉に逃げて行った。
オレは篤史の方に向き直り、
「…オイ、大丈夫か」
「お前が大丈夫かよ?アホ~っ…!!」
あの篤史が泣いている。
オレは泣きながら文句の一つも言おうと思っていたが
勢いが削がれてしまった。
「頭っ!スゲー血がっ…!」
「うん、あんまし痛くはないから平気」
「でもっ!!そんなに血…痛くねーとかっ!!バカじゃねー!?」
「なんだと?テメーの方がバカだろーがバカ!!」
「っ…ゴメン」
なんなんだコイツは…?
そうこうしていると敷島さんが黒いスーツを着た
ゴツい大人を数人連れてきた。
あれは敷島さんちに出入りしてる人達かな?
「篤史くん!?拓武くんっ!?大変!!」
敷島さんに指示されたスーツの人にオレ達は応急処置され、
黒塗りの大きな車で病院に運ばれた。
残ったスーツの人達はどこかにむかって走っていった。
車内でも篤史は泣きながら
ゴメン、ゴメンと繰り返している。
「あの、さ、篤史」
「…っ、…何?」
「『友だち100人』だっけ?」
「…うん」
「手当たり次第に誰でも友だちってのとか、な」
「…うん」
「そーいうのイヤがるヤツとか嫌うヤツとかいると思うんだ」
「…うん」
「友だち100人作るよりな、『親友』作らね?」
「親友…?」
「そう、親友」
「……」
「友だちがたくさんいてもな、みんながみんなといっぱい遊べるワケじゃねーじゃん?」
「…うん」
「たくさんの友だちの中には篤史がキライになるやつもいるかも知れない」
「…うん」
「今回みたいに逆に篤史をキライになるヤツもいる」
「…うん…」
「えっと、なんて言ったら良いのかわかんなくなってきたけど…」
「……」
「なんでも話せて、ずっと一緒にいたいって思って、お互いのイヤなとことかも含めて許せる、好きになれる」
「…うん」
「そんな『親友』を探して、作ればいいと思うん…」
「それ、お前がイイ」
「…ん?」
「私もタクちゃんと篤史くんの親友になりますー!」
オレ達が座っている前方、助手席から敷島さんの声。
っーか『タクちゃん』!?
え?オレが2人の親友?
敷島さんと親友は嬉しいけど、篤史も?
え?そういう流れだった?
「よろしくなタク!!あ、静花も!!」
「よろしくお願いしますー」
「どうしてこうなった」
その後、どさくさに紛れて
オレも敷島さんを『静花』と呼ぶことを了承してもらった。
病院で篤史はスリ傷の消毒と打ち身の処置、
オレは傷を2針縫った。
敷島さんは先程から何やらケータイを操作している。
っーかケータイ持ってんだ流石お嬢様。
そういえば、逃げたアイツら。
「なぁ、篤史」
「ん?」
「逃げた連中、どうすんの?」
「あぁー、とりあえず学校の先生とかに…」
「その必要ないよー」
「え?」
「今、報告があったー。全部済んだよー」
「なにが?」
「処理」
「意味わかんね?わかるか篤史?」
「…俺は…知らん…」
篤史、なんで震えてんの?
顔、蒼くね?
どっか打ち所悪かった?
あ、へーき?じゃ、なんで?
ホント意味わかんね?
後日、学校に行くと『いじめっ子』連中が転校してた。
何があったんだろ?変なの。
それからだ…
篤史と静花とは毎日の様に一緒にいる。
お互いの家に遊びに行ったり、
泊まったりもしょっちゅうだ。
それは今も同じ、ただ『心』や『体』が違う…。
2人は恋人同士になって、
オレなんか、女になってしまった。
---~ちっちぱいぱん♪---
ケータイのアラームで目が覚める。
っーかいつオチてたんだろう?
「おはよーございますー」
「おはよう…静…花ッ!?」
なんで静花がとなりに寝てる?
どんな奇跡だ?
「なっ…な…っ!?」
「起こしに来たんだけどータクちゃんがあまりに可愛くて添い寝しちゃったー」
「っ!?早く…出てって下さい」
「やだー」
「スリ寄るなよ!?」
当たってます!
っーか多分コレは…
「当ててんだよー♪」
「ですよねー…ってバカっ!」
「いいじゃんスキンシップだよー」
「女の子がそんなっ…」
「タクちゃんだって女の子だよー?」
…そうでした。じゃ合法?
……そういう事じゃねーしっ!!
「~っやっぱ恥ずいもんは恥ずいっ!!」
溜まらずベッドから飛び出し一目散にリビングに駆け込むと
「やあ☆おはよう」
「」
爽やか偽装をした篤史さんキタコレ。
もう、な、速やかに帰れ。
普通に我が家の食卓で新聞読みながらコーヒー飲んでんじゃねぇ!
あ、ココアか、お前コーヒー苦手だもんな?
クソっ!新聞読む姿が画になりやがる。
このイケメンがっ!
……あの…だな。その…
「マグカップ…」
「おう借りてる」
「オレんだし…」
「知ってる」
…その辺だし、いつもオレが口つけんの…
「…知ってる、ワザとだし」
「何がだよ!?」
どうしてコイツといい静花といい、こうなんだ?
「……オトンとオカンは?」
「時計見れ」
「…あー、もう出掛けたんな」
「そゆこと、そこに着替え置いてるって小母さんが」
篤史の指さす先、ソファーの上にオカンの『趣味』の服。
つまり、愛がいっぱいフリルいっぱい…
「……」
「おー、ピンクハ○ス!!」
「……ねーよ」
「コレ、その服に合いそうなリボンー」
「静花…余計なコトを…」
「早く着替えよー?メイクとかも教えたげるー♪」
この静花、ノリノリである。
篤史写メをスタンバるな。
「髪まとめるねー」
「おぅ、サンキュ」
「ポニーテールにしたげる」
「まかせるよ」
「髪キレーだねー」
「変わりたてだからだろ」
「じゃあこれからちゃんとケアしないとねー」
「うなじがエロいすなあ」
「篤史、少し黙ってろ」
なんとか用意完了。
今日は市街地にバスで向かう。
新しい女子の制服は帰りに受け取るようにした。
「ところで2人共さ、学校休んで大丈夫なん?」
「おう、届けを出して公休になったよ」
「心配しなくていいよー」
「バスで出掛けるのも久しぶりだねー」
「そうだな前に長距離バスに乗り継ぎの為に…」
「あぁ、卒業旅行で大阪に旅行に行ったときか?」
「3人とも同じ高校なのに卒業予行もねーよな」
「この3人でバスに初めて乗ったのって…」
「小4の頃に映画観に行ったときじゃね?」
「あーそれだー」
「あん時さー帰りにタクが迷子になって」
「そうそうー」
「言うなよ…」
「コイツ置いて帰られたと思って先に家に帰ってさー」
「私たちタクちゃんをずっと探しててー」
「悪かったって…」
「家に着いたらオレらがまだ帰ってないって知って慌ててまたバスに乗ったんだ
っけ?」
「…そうだよ」
「すれ違いになる可能性とかは?」
「考えてねーよ」
2人への申し訳なさとか、
もし事故に遭ってたりしたらオレの所為だとか、
そんな事しか考えてなかった。
罪悪感と不安でそこら中を走り回った。
その後、2人とは無事再会出来たのだが…。
あれは何処だっけ?
「まずは…ユ○クロ?それともG○P?」
「悪くないけどお前そればっかだし…」
「だってそれ以外だと…BE○MSとか…?」
「今のタクちゃんだとB○AMSBOYの方かなー?」
「ピンクハ○スってどこ売ってんの?行こーぜ?」
「却下!いらねーし、今日以外もう着ねーよ」
「えー、似合うぜソレ」
「…もう着ねーし…」
オレはジーパンで良いのに
静花も篤史もスカートばっかり勧めてくる。
…オレは篤史みたいな格好とかしたいんだが…
元々似合わんし、今のオレは
もっと似合わんだろうな。
その長袖Tシャツ、良いな…
え?カットソー?知らん。
篤史、お前が着てるベスト良いよな。
え?ジレ?ナニソレ怖い。
「静花さん?その手に持ってるのは?」
「黒オーバーニーソ」
「で、篤史?お前も何だソレは?」
「白オーバーニーソ」
「…おまいら…」
「ボーダーもあるよー!!」
「黙れよ!!」
「下着は絶対要るから、チュチュ○ンナに行こうねー」
「あー…下着なー…」
そういやそんなイベントがあるんだった…
ところでこの胸にブラとか必要なんか?
乳首以外まっ平らですけど。
「いや、ブラは要るよー」
「ウハっWWW下着屋とかっWWW漲ってきたっWWW」
「お前、今すぐ帰れ」
下着屋での体験は筆舌尽くし難いものがあった。
店員さん、もう少しなんと言うか手心を…
痛くなくても覚えますから…
AAAカップなるものが存在するなんて知らなかった。
…Aより下とかあるのか…
ひんぬーどころじゃなかったな…orz
篤史は店外待機でした。
あとは、メイク道具とか?それと…
「生理用品とか買わなきゃねー」
「ちょっ…!?そんな露骨に…」
「それは必要だろ?お前真っ最中だし」
おめーはなんでそんな素の反応なんだ?
男子のクセに『生理』ってワードに
そのリアクションはどうなんだ?
それにだな…
「なんでオレが生理中とか知って…!?」
「いや、保体の教科書」
「じゃ、マ○キヨ行こっかー」
生理用品コーナーなう。
なに?『おりもの』とな!?
え?コレとコレ何が違うの?
え?布ナプキンってナニ?
初心者には難しいとか、じゃあオレ一生ムリじゃね?
あ、コレはCMで見たことある。
意味はわからんかったけど。
篤史は店外待機でした。
帰路の途中、市街地でも一際高いビルの広場で
FMの公開録音のイベントがしていた。
オレの好きなアーティストがゲストだ。
一瞬、足が止まり聴き入ってしまう。
アレ?2人は?
オレ、はぐれた?
…また迷子とか…orz
いや、携帯!そう文明の利器、
携帯電話があるじゃないか!!
…電池の残りが殆ど無い?!
えっ!?なんで?
昨日充電してねー…orz
一縷の望みを託し…
頼むっ…繋がれ!!
【充電してください】
オワタ\(^o^)/
…どうしよう…っ!
辺りをウロウロしてみるも
それらしい姿は見当たらない。
同じ所を何度も何度も探してしまう。
ずっと駆け足で息苦しい。
ふと、あの日に2人に再会出来た場所を思い出す。
「あの観覧車、撤去されるんだってー」
「じゃあ、帰りに記念に乗るか?」
「そうだな」
デパートの屋上の観覧車を見ながら交わした
些細な約束。
あの日はぐれた後、2人はオレが辿り着く
閉店間近までそこで待っていてくれた。
そして今日も…
「…今回は早かったな」
「…ごめんなさい」
「そんな顔すんなバカ」
「?静花は!?」
「あー他を探してくれてる、今メールした」
「そっか…」
「よし、行くか」
篤史がオレの手を握り歩き出した。
「なっ…」
「またはぐれたら困るからな」
「もうしねーよ」
「信用ならん」
「ごめん…」
「嘘だよバカ」
商店街の時計台の下、静花がいた。
「…オイっ!?手!!」
「ん?」
「離せよ!」
「なんで?」
「静花がっ…」
静花の顔が珍しく不機嫌だ…。
やっぱ彼氏が別の娘と手を繋いでりゃ怒るよな。
中身はオレだけど…
「篤史くんっ?」
「何かな?」
「ズルいっ!」
静花はオレのもう片方の手を掴んだ。
アレ?
間違ってね?
「私もタクちゃんと手をつなぐー」
「なっ…なんで」
「ずっと3人一緒なんだろ?イイじゃん」
「いや、普通に恥ずい…」
結局、オレが女になってもこの図は
卒業式のあの日と変わらなくて。
少し苦い気持ちもあるけど
…でも、オレは幸せだと思った。
その時は。
「谷田 拓武…えっと、改め…拓海です、本日からっ、女子としてよろしくお願いしますっ…」
…わかってはいるが緊張する。
オレは今、黒板前でクラスメートの好奇の目に曝されている。
通過儀礼とはいえ、まだ『男子』の意識がある身でこれは相当キツい、羞恥プレイだ。
特に一部の男子の視線がスゴい…これって視姦じゃね?
…コラ、そこ、誰がロリじゃ!!バカ!
黒板に大きく書いた
『谷田 拓海』の字。
オレが生まれた時と同じ、じぃじが付けてくれた。
オレの新しい名前だ。
そして身を包む真新しい女子用の制服。
紺ブレである。
BDシャツの色はライトブルー。
ネクタイの柄は青系のレジメンタルストライプ。
大体、男女共に似たようなデザインだが、
女子の夏服にはチェック柄の替スカートがあるらしい。
昨晩、我が家で催されたスタイリスト@静花、モデル@オレのランウェイショーでもこの姿は披露させられた。
篤史はいつもの如く写メを構え、オトンは『愛情は手のひらサイズ』を持ち出していた。
…全て削除させたが。
※谷田母がバックアップを保管していました。
あとでみんなで美味しく頂きました。
「もっとスカート短くすれ」
との篤史の声にいつもの調子で蹴りを喰らわすと
「…さくらんぼのドット柄っ…グフッ」
「~っ![ピーーー]!死んでしまえ」
「タクちゃん、黒パン穿かなきゃー」
「…静花、余計な入れ知恵をするなっ…ギェっ」
実際に着るまでは
『ギャルゲーのコスプレみたいな制服だとオレ得なのに』
とか思ってましたゴメンナサイ。
「やあ、お疲れ様」
「…八重ん時もこうだっけ?」
「ああ、結構照れたよ」
「すげー堂々としてような覚えが…」
「フフっ…ポーカーフェイスだよ」
机に突っ伏して唸っていると
同じクラスの山根八重が声を掛けてきた。
こいつは中3の時に女体化した、
いわば女体化の先輩にあたる訳か。
元の名前は『山根 泰仁』。
知的な印象の整った顔と
スラっとしてるけどメリハリのある体躯…
胸、静花よりもデカい…よな…
羨ましいとか思ってないもん。
身長は162cmと平均より高め…
それはフツーに羨ましい。
長過ぎない黒髪をツインテールにしている姿は
生来の女よりも女らしく見える。
あ、薄ーくメイクもしてんだな。
静花に教わってたからわかったけど…
黒のハイソックスを履いた脚を組む姿なんか、
もう、完璧に女じゃん、こいつ。
「まあ、相談は睡眠中以外なら受け付けるよ」
「頼りにしてるよ」
八重とはスイミングスクールで知り合った。
オレの通うスイミングにやたら見学に来ていた
篤史と静花とも親しい。
いわば幼なじみその3だ。
例の2人と比べ絡む事は少ないが、
結構、大事なタイミングで
アドバイスやヒントをくれる。
信頼出来るヤツだ。
篤史や静花も八重を頼っているらしく、
卒業式のあの日の事も八重に相談していた様で、
篤史が静花に告白する事は最初は八重から聞いた。
オレが何も知らなかったので
「悪いことをしたかな?」
と言っていたが、もしかしたら
八重なりの考えで気を遣って
教えてくれたのかもしれない。
それから、篤史に『少し離れたトコ』から
告白するのを見させてほしいと頼んだ。
篤史は少し気まずそうに
「…振られたらカッコ悪ぃから、OKだったら報告しようと思ってたんだが…」
と渋々了解してくれた。
結果、現在だ。
「お~、山根と女(にょ)タクのツーショットとは眼福」
「…その略称、次使ったらコロス」
「まあ、殺っても罪には問われないだろうね」
「なんという」
女体化してからオレは篤史に対しての
ツッコミが男の時よりキツくなってしまった様な気がする。
て、ゆーか、ついキツく当たってしまう。
「あの、谷田さん」
「はい?」
声の方を向くと普段あまり絡まない女子グループ、
その様子をしきりに窺う先刻の一部のアレな男子グループ。
イヤな予感しかしない。
「背ぇ小っちゃ~い?何cm?」
「顔も小っちゃくてカワイイ系?あ、でも谷田クンって元々…」
「っーかヤベくねこの目とか?取り替えろっつの!」
…囲まれた…
篤史は頬杖つきながら、
八重は軽く腕組みをして
共にオレの方に生暖かい視線を送る。
わかってはいたが、コイツらどうしてくれよう…
…あの、さっきから質問のペースが早過ぎて一つも答えられてないんだが…
「それにしても、谷田クンが童貞だったのって」
「そーそー結構意外かも」
「…なんで?」
「ほら敷島さんとさ仲良いから」
「『そう』なんじゃないかなって」
「いや、ちがっ…静花は篤史と」
「敷島は谷田・浅倉の性欲処理施設と言う定説は崩れたでゴザルな」
「い、いや、ま、まだ、ゆ、百合の可能性も…フシュー」
「3PとかWWなにそのエロゲーWW」
「敷島まじビッチ」
「静花きもちいすぎてバンザイしちゃうぅっ!バンザイっ、ばんじゃいっばんじゃいっ!ぱゃんにゃんじゃんじゃいぃぃっ!!」
「WWW」
後方のアレな男子グループが笑いながら言う。
「テメぇらっ!!」
「っ!?谷田!」
思わず囲んでいた女子達を掻き分け男子グループへ飛びかかる。
八重の制止の声が聞こえた気がするが知ったことか!!
真ん中に座ってたピザの胸ぐらを掴み、右拳を振りかぶって…
「よせって」
「っ!?」
オレの右手首を篤史が掴んでいた。
「あー、コイツ女体化したばっかで気が立ってんだ、スマンな」
「ちょっ…!!」
「でも、まーキミらの言った事は失礼だよな?静花にもオレらにも」
「ふしゅ?はあ…?」
「謝ってもらえるかな?」
篤史は穏やかな顔を崩さないが
肌で感じる程のプレッシャーを掛けていた。
「ス、スイマセンでした…フシュー」
「よろしい」
篤史はオレの肩を抱き、踵を返す。
席へ戻りながらオレの頭をポンポンと軽く叩く。
「落ち着けバカ」
「…うるせーバカ」
これをされると落ち着くから不思議…
その余裕がムカつくけど、でも…
「…ありがと…」
「っ、このアホ」
オレは篤史の顔を見上げながら
礼を言ったが、何故か顔を真っ赤にして
明後日の方を向かれてしまった。
なんなんだ?このバカ。
席に戻るとポカン顔の女子グループとやや、呆れ顔の八重。
「あ…ゴメンな」
「い、いやーウチらこそなんかキッカケ作ったみたいでゴメン」
「静花は篤史と付き合ってるんだ、だからオレはただの友達だよ」
『どちらとも』な、
…言ってて虚しいな。
「ただの友達じゃないだろ?今見ての通り浅倉はお前の飼い主じゃないのか?」
「いや、寧ろ俺が飼われてるし?」
「随分と躾が行き届いたペットだな、ご主人様に『待て』が出来るとは」
「オイっ!お前らがそーゆーこと言うから誤解されんだろーが!バカ!」
「まじめな話、『友達』じゃないだろ?『親友』?」
「…ワリィ、間違えた『親友』」
「よろしい」
「おーい、ヲマイら授業を始めるぞー」
「やべっ」
授業の始まりと共に皆、それぞれの席に戻る。
授業が終えて休み時間。
先程のトラブルを聞きつけた静花が来た。
静花のクラスは二つ離れているが今朝の騒ぎはちょっとした噂になったらしい。
「そーなんだー」
静花はコトの顛末を聞きながら右手で携帯を操作している。
これ、オレらが何かに巻き込まれた時なんかによくしてるけど、癖とかかな?
1週間後、翌日から何故か休んでいた
例の男子グループが全員、
見事な美少女になって学校に登校して来た。
ピザなんかもう別人だろ、アレ。
でも、どこか脅えてるような?
「あいつら全員同じ誕生日だったんだな」
「谷田…それ本気で言ってる?」
最終更新:2011年05月16日 22:32