安価『いじめっ子がにょた化』

いじめ……という訳ではない。
ただ単純にこう、頻繁にちょっかいを出してくるクラスメイトがいた。
記憶を遡ると似たような出来事が思い浮かんでくる。
それは、小学生くらいの頃に――。

「あぁ、『いじめっこ』か」

思い当たった単語を何とはなしに呟いてみる。
気になる子とのからみが欲しくて、ただ仲良くても冷やかされるから――。
なるほど、それらしい。 
もう一度噛み締めてみても、それ以外に該当する程の語彙が俺にはなかった。

「なんだ? アイツのことか?」

隣の友人の問いに頷くのを返事として、机に伏せた。



ある放課後のことだ。
下駄箱を見てみると、下履きが無くなっていた。
……と思ったら下駄箱の上に載っていた。
視線を感じたので追いかけてこらしめてやった。

ある昼休みのことだ。
弁当を取り出そうと鞄を覗くと、弁当が無くなっていた。
……と思ったらいつも購買に行っているはずのヤツがいた。
俺の弁当を貪り食っていたので牛乳を飲んでいる間に変顔で咽らせてやった。

あるホームルームのことだ。
一時限目の教科書を出しておこうとロッカーを見ると、あるはずの教科書が無かった。
……と思ったら見覚えのあるエロ本が並んでいた。
案の定ヤツのロッカーに俺の教科書を発見したので、中身だけすり替えておいた。

ある帰り前の掃除の時間のことだ。
トイレ掃除の俺とヤツは、モップ権を賭けて死闘を繰り広げていた。
……と思ったらヤツはいつもより簡単に折れた。
何だか悔しいので俺の華麗な掃除テクを見せてやった。

「しっかしお前も良く付き合うなぁ」

色々思い返している最中に話し掛けるから、おごぉ、と変な返事になってしまった。
そのまま唸りながら考えてみる。
確かに少々面倒ではある。が、楽しくないわけでもないのだ。

「まぁ、嫌いではないからな。 今日みたいにやけに静かな方が逆に調子でないな」

皆勤を貫いていたヤツが休むと担任に連絡を寄越したらしい。
何日か休むかもな、と担任が付け加えたからにはインフルエンザか何かだろうか。
漏れ出してくる安堵の溜息?を出し切りながら、顔を伏せた。

「おい、社会の窓からこんにちわしてんぞ」

「ん? あぁ、Jr.、挨拶なさい。 『コンニチワ!』」

例の窓と手を使った腹話術で笑いを取れるなら安いもんだ。

前の席の女子からバナナで釘が打てそうな視線を向けられた。

放課後、駅までの道のりを一人ただひた歩く作業が俺を待っていた。
それもこれも友人が女の尻ばかり追いかけているからだ。
今度一緒に帰る時にひたすら靴の裏を蹴り上げてやろうそうしよう。

校門前のプラタナス並木を過ぎて大通りに出ると、夕焼けの西空に朱が射して雲を焼き始めた。
ゆるい秋風に少し遅れて旋風がじゃれ合う猫のように近付いて離れた。
独りの帰り道も捨てたもんじゃないなんて考えていた。

自転車で俺を追い越してゆく友人を横目に、住宅街を歩く。
薄暗い路地を経て駅前の銀杏通りへと辿り着いた。
突風と檸檬のように鮮やかな黄色に視界を奪われて、目を戻す頃には目の前に女の子がいた。

「い、いよう。 ぐ、ぐ偶然だな」

正直見覚えのないその娘に声を掛けられ、首を傾げざるを得ない。
彼女がマスクをしているのもあったが、知り合いにこんな可愛らしい娘はいないはずだ。
そんな俺を見かねたか、彼女は腰に手を当てながら言葉を重ねた。

「ど、どうだ? 俺、きき、綺麗か?」

「あああああ! ポマード! ポマードぉおおお! ななな、なんならべっこう飴も……」

引っ叩かれた。 小気味良い音と共に、細い指が抉るように頬の形を変える。
こんのボーイッシュ口裂け娘め、いい"右"をもってやがる……。
打ちひしがれたように横座りをしていると、口裂け娘は大きく肩を落とした。

「どうした口裂け娘」

「どぁれが口裂け娘だ!」

いけない口が滑ってしまった。 
マスクを外しつつ入れられたツッコミを軽くいなし、立ち上がりながら制服の砂埃を払う。
それにしても先程から酷く――既視感を感じる。

「ったく、もう時間じゃねーか。 ……じゃ、またな」

「ん、おう……?」

まただ。 去り際の後ろ姿を見て、また既視感が――。
呼び止めようにも名前も分からない。 彼女の姿が、駅舎へと吸い込まれてゆく。
気がつくと携帯を取り出し、駆け出していた。 もし、もしそうなら、一言物申してやらねば。

【……番線に、列車が参ります……】

顔馴染みの駅員さんに定期をかざし、改札を抜けていつものホームへと走る。
階段を駆け下りながらとあるメモリを呼び出し、通話ボタンを押した。

通話口から何か聞こえるのとホームへと降り立ったのは、ほぼ同時だった。
俺が呼び出したのは、ヤツの携帯。 そして、電話に出たのは――。

「やっぱり、お前だったか」

『なんだ、気付いたのか』

先程の彼女が、照れくさそうにはにかんでいた。


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最終更新:2011年06月04日 00:49
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