無題 2011 > 06 > 19(日) (うДT)

こんなとき、宗像なら・・・宗像ならどんな判断をする?

何かが大きく歪んでしまった世界の中で、藤堂はいつも隣で控えていた宗像の姿を探した。
だが、今まで宗像をよく見かけた場所が、この学校にある保障はない。
桃井を振り切って校舎へ足を踏み入れた藤堂は、朝も早くまだ人気の無い廊下の真ん中で途方に暮れてしまった。

しかしすぐに、あることを思い出す。
この学校に宗像が存在するのだとしたら、相良聖のときと同じように、その手がかりは自分の記憶の中にあるかもしれない。
そのことに思い当たるとすぐに、藤堂は目を閉じて意識を集中させ、宗像のことを一心に思った。

だが、先ほどとは違い、全く宗像に関する手がかりは頭の中に浮かんでこない。
やり方が悪いのか、それとも・・・この学校に、宗像はいないのか。
考えたくないことだった。

寄る辺の無いこの世界で、頼れるのはもう宗像だけだった。

出来る事なら、あの憎たらしい笑顔をもう一度見たい。
心からそう思った。

必死の願いも叶わず、沈んだ心持ちのまま、予鈴の鳴る直前になってようやく自分の教室の引き戸を開けた藤堂だったが、
その願いはあっさり叶うことになる。

「今日は遅いんだな、沙樹。もう風邪は治ったのか?」
「あ・・・」

藤堂の記憶によればいつもの自分の席である席のその隣りに、他の誰でもない、宗像巌の姿があった。
やたらにたくましくてごついガタイも、小さな金縁の丸眼鏡をかけた人の好さそうな顔も、いつものままだった。

「お、おい・・・どうした?」
「・・・え?・・・は、離れろ!」

藤堂は、反射的に自分が宗像のたくましい胸に抱きついていたことに気付き、慌てて両手で突き飛ばす。
しかし実際は体格にかなりの差があるため、傍から見れば藤堂が大慌てで離れたように見えたのだが。

「お前に抱きつかれるなら悪い気はせんが・・・今日はどうした?様子がおかしいぞ、沙樹」
「ま・・・待て!宗像、その呼び方はなんだ!!」
「呼び方?いつも通りだろう?」

顔を真っ赤にして自分をビシッと指差し声を張り上げる藤堂に、宗像は肩をすくめた。

「だ、だって、お、一昨日まで・・・苗字で呼んでいたじゃないか!!」
「お前の言う一昨日がいつから数えて一昨日のことかは知らんが・・・俺は恋人のファーストネームも呼んではならんというのか?」
「恋人・・・」

一瞬唖然としてしまった藤堂だったが、すぐにそれがいつもの宗像の冗談だと解釈してまた声を張り上げる。

「と、とにかく!学校ではその名前で呼ぶなと言っただろう!!わ、わからないなら今すぐその身体にこの拳で・・・」
「わかった沙樹。まず落ち着いて、周りをよく見てみろ」

宗像に促され、藤堂がふと周囲を見渡してみると・・・
教室中の視線が見事に自分たち二人に集中していた。

「・・む、宗像!お前、ちょっと付き合え!!」
「お、おい、朝のホームルームがもうすぐ始ま」

藤堂に手を引っ張られながら、宗像は教室を飛び出していった。
残されたクラスメートたちは呆然とそれを見送っていた。

「一昨日まで通っていたはずの学校とこの学校が違う・・・と?」
「ああ・・・でも、この学校のことも記憶しているんだ・・・」

図書室の一角で身を潜めながら、藤堂は宗像に自分の置かれた状況を告白していた。
巨大な本棚の森に隠されたこの場所は若い恋人同士の逢引現場としてはなかなか燃える場所だと宗像は思っていたが、
目の前の藤堂のいつになく深刻な調子からそんな雑念はすぐに吹き飛んでいた。

「一昨日までは応援団は存続していて、私はその団長で、お前は副長だった・・・でも」
「応援団は去年、解散したはずだな」

その言葉を宗像の口から聞いたとき、わかっていたこととはいえ、
それが現実のことであると改めて目の前に突きつけられたようで落胆が隠せなかった。

「ふーむ・・・混乱しているお前が今それをすぐに思い出せるかはわからんが、お前が応援団員だったことは確かにある」
「・・・なんだって?」
「だが、お前は一年の夏に女体化したことを切欠に、退団したはずだ」
「そんな・・・」

藤堂が一年の夏、女体化によって応援団に居続けることが危ぶまれたことが確かにあった。
しかし、一週間続いた朝夕の土下座と、長い髪を坊主にしてまで嘆願したことが先輩方に認められ、
応援団に残ることが出来たはずだった。

「・・・なあ沙樹、本当に覚えていないのか?」
「くどい。わからないからこうして聞いているんだ」

鼻をフンと鳴らして藤堂がそう答えると、今度は宗像が目に見えて落胆した表情になる。

「・・・お前は、俺の告白を受け入れたから、応援団に残らない選択をしたんだろう?」
「え・・・?」

何を言われたかわからず、藤堂は硬直してしまう。

「告白・・・って・・・なん・・・の?」
「はぁ・・・」

苛立たしげに、しかし少し寂しげにため息をついて、宗像は答える。

「俺が、お前と、男と女の関係になりたいと思っている。そういうことだ。
つまり俺は、お前に、俺のためにも女として生きてくれと頼んだんだ」
「違う!」

私は、お前の告白を断って応援団員として、男として生きる道を選んだ。
お前の気持ちがあったからこそ、私は頭を丸めて先輩たちのところに行ったんだ。
それが、藤堂の一昨日までの記憶だった。

「そこまできっぱりと否定されてしまうと、流石に傷つくんだがな」

宗像は頭をかいた。
藤堂は、ほとんど放心状態でそれを見つめていた。

「続きを・・・」
「なんだって?」
「それから応援団が・・・どうなったのか・・・続きを教えてくれ」

気が遠のきそうになりながら、藤堂はやっとそう口にした。
見かねて宗像が手を貸そうとしてきたが、藤堂はそれを振り払った。

「ふう・・・その後、二年の半ば、俺が団長を引き継いだとき、お前も知っていると思うが、
ある事件で二年団員の大半が去り、その後、お前を会長に迎えた生徒会の決定で応援団は解散になった。こんなところだ」
「そう・・・か・・・」

藤堂の記憶では、団長を引き継いだ藤堂の指揮と、
副長補佐だった宗像や桃井を筆頭とする一年団員の努力の甲斐あって見事その危機は乗り越えられたはずだった。
この危機の詳しいところは別の機会に語られることになるだろう・・・
それはともかく、宗像の語る事実はその全く逆のことだった。
宗像は団長として応援団を指揮し、藤堂は生徒会長となる。そして訪れた応援団の危機。
そして、その危機に手を差し伸べることもなく、それどころか止めを刺した自分。

「・・・なあ沙樹、お前は、平行世界という言葉を聞いたことがあるか?」
「平行世界・・・?」
「そう。言い換えると、"IF"の世界だな」

そう言って宗像は書棚のある一角で真剣に本の背表紙を見極め、
目当ての本を見つけると閲覧用の長机の並んだスペースに移り手招きした。

「どういうことなんだ?」

分厚くて硬い表紙をめくる宗像の前に座りながら藤堂は尋ねた。

「端的に言えば、『ある世界から分岐し、それに平行して存在する世界』のことだな。
例えばお前が一年早く生まれていたら?または、お前の両親が結婚していなかったら?
もっとスケールを大きくするなら、第二次大戦で日本が敗戦していなかったら?恐竜が絶滅していなかったら?
そんな様々な歴史や人、自然現象のIFの集合体が、平行世界。パラレルワールドという考え方だ」

分厚いが、妙に新しくてどことなく胡散臭い本を広げながら、宗像は説明した。
ちらりと見るにどうも、SF小説のようであるのだが・・・

「その平行世界のひとつが、今私が居るこの世界だと言いたいのか?」
「お前の話を聞くに、これは十分通る話だと俺は思う。
いわばここは、お前にとって『藤堂沙樹が女として生きる道を選んだ世界』だな」
「私が・・・」

女として生きることを選択した世界・・・
そんな突拍子も無い話、いつもなら絶対に信じないが、実際目にしてしまっているのだから信じざるをえない。
ぼんやりと考え込んでいた藤堂はふと、思いついたことを口にしてみる。

「腕の怪我が・・・」
「なんだって?」
「腕の怪我が・・・治っているんだ」

藤堂が腕の怪我の経緯を話すと、宗像は少し考えて答えた。

「ということは・・・身体自体はこの世界の藤堂沙樹のもので、心が向こうの藤堂沙樹のものだということかも知れんな。
それならば、お前がこの世界の記憶を持っていることの説明もつく。その記憶を持った脳は、この世界の沙樹のものだからな」

つまり、藤堂の魂だけがなんらかのきっかけの為に、この世界の沙樹と入れ替わってしまったということか。
しかし、どんなきっかけがあればそんなことが起こるというのか・・・

「元には・・・戻れないんだろうか」
「ふーむ・・・申し訳ないが、元々の根拠が空想化学、つまりフィクションの話だからな。
はっきりしたことは言えんが・・・そのはっきりしない根拠によれば、同じ状況を作ることができれば元に戻れるパターンが多いな。」
「同じ状況・・・」

地獄のようなお稽古の応酬か?それとも母との対峙?

「もしくは、何か精神的な要因で超常的な大きな力が働き、こんな状況になっているのだとすれば、
その解決の方法はまずお前自身の心配事を解消すること、だな」
「私の・・・心配事?」

宗像は本を両手でぱたんと閉じながら答える。

「例えば、元の世界に戻りたくない理由があってここにお前がいる」
「戻りたくない理由・・・?」

そんなもの、無いように思う・・・第一、応援団の解散したこの世界に居ることで、
今の藤堂は心にぽっかりと穴が開いたような喪失感を味わわされているのだ。

「人がそういった時空すら飛び越えてしまうような力を働かせるのは大抵の場合、深層意識によるものだ。
深層意識は今お前が思考している表層意識に守られている、お前自身にもわからない言わば無意識の領域だ。
今のお前が気付いていないだけで無意識では、なんらかの強いストレスが蓄積されていたのかもしれないな」
「私自身も気付かないストレス・・・そんなの、わかりっこないじゃないか」

言ってもしょうがないことだとわかってはいたが、藤堂はそう反論せずにはいられなかった。
宗像は曖昧に笑った。

「後は、もう少し現実的な話もあるが・・・聞きたいか?」

本をさっさと返してきた宗像は、椅子に座りなおしながらそう問いかけた。

「なんだ。何かあるなら一々聞かなくていいから早く話せ」

やけにもったいぶる宗像に少しイラつきながら藤堂は答えた。

「ふう・・・わかった。初めに言っておくが、怒るなよ?」

気が進まない様子の宗像を、藤堂は訝しげに見つめた。

「お前のその記憶は、既視感や未視感で説明がつくかもしれない」
「どういうことだ?」

歯切れの悪い宗像に苛立ちながら藤堂は先を促す。

「既視感というのは例えば、初めて見たはずの場所なのにそこに以前来たことのあるような記憶があるように感じること。
未視感というのは、日常的に見ていた、来ていたはずの場所に、まるで初めて来たかのように感覚すること。
この両者、特に前者はSFの題材によく取り上げられたりするが、一般的には単なる脳の錯覚だと言われている」
「・・・つまり?」
「・・・お前が、そうだと思い込んでいるだけ」

反射的に宗像の顔に向かって突きを繰り出していた。
避けもしなかった宗像は、拳をモロに喰らったにも関わらず、
「おお痛い痛い」という言葉とは裏腹に平然としていた。
思ったとおりのタフさに忌々しさを感じながら、藤堂は背を向けて出口へ向かう。

「困ったらまた来い、沙樹」
「なんだって?」

引き戸を出て振り返ると、そこにはいつもの作り笑いではない優しい微笑を向ける宗像の姿があった。

「残念ながら俺がお前の悩みを代わってやることは出来んが・・・相談にはいつでも乗る。
それに俺は、お前の話を信じているぞ。俺はいつでもお前の仲間だ」
「・・・黙れ、バカ」

涙ぐんでいるのを悟られないように、藤堂は背を向けたまま引き戸を閉めた。

しかしながら、机上でいくら論をこねくり回したところで実際に行動できなければどうなることでもない。

二人で周囲からの好奇の視線を無視しながら教室に戻り、
どうできるわけでもないのでいつも通り授業を受けていると、
藤堂を取り巻く状況は何一つ進展しないまま、結局時間は正午を回ってしまった。

「さて、今日はどこにする?」

昼休みを告げるチャイムの後も机に頬杖をついて考え込んでいた藤堂に、
隣の席から宗像が声をかけた。

「どこにするって、なんだ」

意図がつかめずに聞き返した藤堂に、宗像は困ったような顔で答える。

「昼飯のことだろう?今日はどこで食う?」
「なんでお前がそんなことを聞くんだ。私がどこで昼食を取ろうがお前には関係ないだろう?」

藤堂がつっぱねるようにそう言うと、宗像はあからさまに寂しそうな顔をする。

「なんだ、今日は一緒に食わないのか?」
「一緒に?今日は?私はいつもお前と昼食をとっていたというのか?」

藤堂が慌ててそう聞き返すと、宗像は「やれやれ」と肩をすくめ、嫌々ながらといった風情で頷いた。

「・・・その様子だと、弁当も作ってきてくれなかったんだろうな」
「なんだって?」

藤堂は唖然として宗像の顔を見つめた。

「ハァ・・・お前の作った出汁巻きは絶品だというのに、今日はそれが口に出来ないと思うと・・・」
「待て!私は、お、お前と昼食を共にするどころか、べ、弁当まで手作りで用意していたというのか!?」

藤堂の顔が羞恥で真っ赤に染まると、宗像が心なしかにやりとしたように見えた。
その様子に藤堂がはっと気付いたときには、もう遅かった。

「・・・また嘘か」
「気付いてしまったか。ばれなければ明日何かの間違いでお前が作ってきてくれたりするかと思ったのだがな」
「ええいやめろ宗像!貴様、どこからが嘘だ!
まさか、私からこの反応を引き出すために最初から最後まで全てでっち上げたのではあるまいな!!」

藤堂が机を蹴倒して立ち上がり構えると、宗像はおどけるように一歩後ろに下がった。
机の倒れる派手な音に、クラスの全員が振り返った。

「いやいや、思いついたのはお前が俺からの誘いを断ろうとしたときだ。つまり、嘘は手作り弁当のことだけだ」
「それは、本当なんだろうな!」
「ああ嘘じゃないさ。嘘をついている顔には見えんだろう?」
「お前が詐欺師の顔をしていないときがあるか!!・・・ふん、まあいい」
「おいおい、どこへ行くんだ?昼飯はどうする?」

翻るスカートの裾を気にしながらもさっさと教室を出て行こうとする藤堂の背中に宗像が声をかけると、
先ほどよりも赤みを増したように見える顔が振り返り、キッと睨みつけた。

「ええいお前となど食えるか!!私はひとりでどうにかする!」

バンとすごい音を立てて教室の引き戸が閉められた。

「弱った・・・」

屋上、階段室の屋根の上、いつもの場所に寝そべりながら藤堂は、
どうやら宗像に弱みを握られているらしい自分に気付いた。
しかもその弱みの中でも藤堂にとって最も厄介な、『惚れた弱み』というやつだ。

勿論、その『惚れた弱み』を握られているのはこの世界の沙樹であるのだが・・・
その弱みを握られている限り藤堂は、沙樹の代わりに恐らくずっと宗像に先ほどのように弄ばれることになるだろう。
普通なら口でなく拳でわからせてやるところだが、
流石に宗像相手ではそれも骨の折れる仕事になるであろうことが予想できた。
それに口喧嘩であの宗像に勝てるとも思わなかった。

この世界の沙樹に一抹の恨みを感じながら寝返りを打つと、
藤堂は、近寄って来るある気配に気付いた。

「あーれー?なんだよ今日は可愛いネーチャンが寝てンのかよ」

目を開けずに気配を探ってみると、
藤堂の寝ている屋根の上より下に立っているであろう気配は四人だった。
香水や整髪料のきつい匂いと、それに混じって漂うタバコの臭いから、どうやらチンピラのようだった。

「そこは俺たちの場所なんだぜー」
「うっほ、よく見るとすっげえいい女」
「場所代でももらっちまおうか、お代はもちろんカラダで」

下卑た笑い声を上げるチンピラたちの前に、藤堂は音も無く飛び降りる。
何が起こったかわからずきょとんとする四人の中のリーダー格らしい金髪男の懐から、一瞬でタバコの箱を奪った。
ピアスの沢山ついた顔の前で箱を振って見せた時に、どうやら箱の中にタバコは一本しか残っていないことがわかった。

「・・・そろそろ買ってこないとな」

タバコの箱を男の胸ポケットに返してやりながらそう囁いた。

おっと。
咄嗟に気付いて乱れたスカートの裾を整えた。
これだからイヤなんだ。女の服は。

呆気にとられて固まっていたピアスの男は、
やっと我に返って前のめりになって凄んできた。

「お、おおい!てめぇ、なんのつもりだコラ!?痛てぇ目に遭いてぇのかこの糞アマ!!」

唾を散らしながら喚く男から、藤堂はうんざりした様に顔を背けた。
屋上や校舎裏に出て行ってチンピラに絡まれるなど、お決まりのパターンではあったが、
こんな小物が幅を利かせているところを見ると、応援団亡きこの学校の治安はどうやら思った以上に悪いらしい。

「待てよ、どこに行くつもりだ?」

さっさとその場を去ろうとした藤堂の腕を、チンピラの一人が掴んだ。

「このまま行こうってのかよ」
「落とし前ってやつをつけてから行けよ」

そう言いながら、四人は既に藤堂の周りを取り囲んでいた。
さすが、このような状況にはずいぶん場慣れしているようだった。

先ほど自分の身体のポテンシャルを確かめるつもりで男のタバコを奪ってみたが、
どうやらこの世界の母の鍛え方も藤堂の世界の母と変わらぬ厳しさらしい、
思ったとおりの動きが元の世界の藤堂と寸分違わぬ速さで出来た。

藤堂の強さは確かに応援団で培ったものだが、その多くは母の行う過酷な訓練の賜物でもあった。
だからこそ応援団亡きこの世界の沙樹も、この藤堂と互角の力を持っていた。

だが、この愚か者たちに身の程を教えてやるついでに、
更なる追加試験を行ってみるのも悪くないと藤堂は思った。

「落とし前?・・・どうしてやればいい?」

わざとらしく聞き返す。

「あぁん?そうだな・・・」
「な、なあ、この女、旧校舎に連れ込んでマワしちまおうぜ」
「橋口、お前確か童貞だったよな?このネーチャンに筆おろしさせてもらえよ」
「マ、マジっすか!げへ、げへへ」

ひきつった顔で相談を始める男たちを尻目に、
藤堂は四人の足を払うべく膝から崩れ落ちるような動作でしゃがみこむ。

そのときだった。

「楽しそうだな、俺様も混ぜろや!」
「ゲェッ!お、お前は!」

チンピラ達が振り返りその姿を確認すると、驚愕と絶望の入り混じった奇妙な悲鳴を上げる。
藤堂がしゃがみ込んだ姿勢のまま声のしたほうを振り向くと、そこにいたのは・・・

「血に餓えた狂犬こと相良聖様だ!てめえら大人しく俺様の昨日編み出した新技の実験台になれや!!」

長い髪を風の中で振り乱し、楽しげに構えをとりながらそこにいたのは紛れもなく、
応援団が不倶戴天の敵として追い続けて・・・いた、相良聖その人だったのである。

「ひ、ひひいい!か、勘弁してkべぐ」
「う、うわわわあああgふ」
「せ、先輩たち、待ってくdふでぶ」

この相良の動きは一年若いためか、藤堂の世界の相良ほど洗練されてはいないものの、それでも見事だった。
逃げようとする三人は、唯一の出口で待ち構える相良によって一瞬で叩き伏せられてしまった。
その場には、呆気に取られて硬直したリーダー格の金髪だけが残された。

「さーて、あとはテメーだけだな」

拳をボキボキ鳴らしながら迫って来る相良に、金髪はのけぞるように一歩下がるが、
はっと気付いたような顔をした後で気を取り直したのか、ひきつった顔に不遜な笑みを浮かべた。

「お、お前がこの学校をシメてる中野とかいう奴の女だっていう相良聖だな?」
「・・・なんだって?この学校の番は俺だ!!あいつこそこの学校をシメてる相良聖のお、男、オトコ・・・」

何故か顔を真っ赤にしている相良を、今度は藤堂が呆気にとられて見つめた。

「こ、こっちから出向いてやろうと思っていたが手間が省けたぜ。俺はこの前極殺高校から転入してきた沢渡様だ。
お前には中野をおびき出すエサになってもrげふう」

何か言おうとしていた沢渡のピアスだらけの顔には既に相良の右ストレートがめり込んでいた。
そして、相良がめり込んだ拳をスポッと引き抜くと、沢渡は、ひじょーーー・・・なスローモーションで前のめりに倒れた。

「へっ!御託の多いサルだったぜ!・・・ま、まあともかく・・・大丈夫かよ?お前」
「・・・え?」

藤堂に、相良の白磁のような手が差し伸べられた。
そういえば藤堂は、先ほど四人の間でしゃがみ込んだ姿勢のままだったのだ。
その手をしばらくぼんやりと見つめていた藤堂だったが、相良の急かす声で我に返ってそれを取った。

「あ、ありがとう・・・」

胸中で複雑な思いを渦巻かせつつも、相良に立たせてもらいながら藤堂はなんとかそれだけ言った。
それをどう解釈したのか、相良は鼻だけでため息をついた。

「まあ、この学校は俺様がシメてるとはいえ、たまにああいう勘違いヤローが現れるから気をつけろよな!」
「あ、ああ・・・すまない」

この私が、あの相良に、説教されているだと?
藤堂の思いは更に混迷を極めた。

いや、それだけじゃない。
単なる勘違いとはいえ、あの相良聖に、藤堂は助けられたのである。
傍から見れば、チンピラ四人に囲まれて腰砕けになってしまい座り込んでしまっている所を。

「それにしても、お前も女だろ?だったら、やられっぱなしで腰なんか抜かしてるんじゃねえ!
女ならこう、どんなときでも諦めず男の急所を狙ってでもだな」
「おい、もうそのくらいにしておいてやれ」

別の方向から響いた男の声に振り返ると、そこにいたのは藤堂の思ったとおりの人物だった。

「なんだよ中野!俺達は今女同士の話をしてるんだよ!がーるずとーくだがーるずとーく!」
「・・・そんなお下品なガールズトークがあるかバカ」

殺戮の天使こと中野翔は、壁に頬杖をつきながら嘆息した。
そして今度は自分を見つめる藤堂の視線に気づき、まじまじとその顔を見つめ返す。

「あんたは確か・・・生徒会長の藤堂先輩?」
「なにっ!お前、生徒会長だったのか・・・!!」

中野の言葉に、相良は藤堂から一歩後ずさった。
なんだ、この世界の相良は、応援団ではなく生徒会と揉めているのか?
些細な符合に藤堂は知らずに笑みをこぼしていた。

「・・・ああ、お前は生徒会選挙みたいな全校集会は残らずサボっていたからこの人の顔も知らんよな」
「う、うるせえ!・・・とにかく!今のは別に俺がしたくてした喧嘩じゃねーからな!
お前を助ける為にやむなくやってやったんだから、後から難癖つけやがったら承知しねーぞ!」

それだけ言うと、相良は中野の手を引きさっさと下階へ消えていった。



【つづく。】


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年07月04日 02:22
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。