チョモランマー
今回は輪をかけて詰まんないと思うー
(3)『生徒会』
放課後、藤堂は生徒会室を訪れていた。
もし宗像の言った通り、何か元の世界にいたくない理由があってここにいるという
仮説が信頼に足るものだとしたら、逆にこの世界の沙樹にそのようなこの世界にいたくない理由があって、結果自分が代わりにここへ飛ばされてきた、という仮説も通るのではないかと藤堂は考えたのだ。
だとするならば、彼女を知る為に、この世界の沙樹が恐らく多くの時間を過ごしている
であろうこの部屋を訪ねてみる価値はあると思った。
この身体の持ち主たるこの世界の沙樹の曖昧な記憶を苦労して掘り起こすまでもなく、
生徒会室はすぐに見つかった。場所は、藤堂の教室のすぐ隣りだったのだ。
教室の半分程度の広さであろうその部屋の、ひとつしかない引き戸に手をかけて
ゆっくりと開いてみる。終業のチャイムが鳴って間もなかったせいか、
中にはまだ誰の姿も無く、オレンジ色の西日だけが灯りの無い部屋に射し込んでいた。
左手すぐの壁に据えつけられた灯りのスイッチを入れると、
部屋の右半分を占領する資料が整然と並べられた本棚が照らし出される。
その反対側にロの字型に並べられた長机の上には律儀にも、
一つ一つの席に恐らく今日の議題となるのであろう資料が、綺麗に重ねて配られていた。
何の気なしにそのうちのひとつに腰掛け、配られた資料を確認してみる。
内容はどうやら、校内での携帯電話使用の是非、体育祭実行委員の班分け、
後は学食前に設置された飲料自販機の数を増やしたい、など、
重要なのかそうでないのかよくわからないものばかりだった。
資料をペラペラとめくっていた藤堂だったが、ふと、
あるページに差し掛かったときぴたりとその手が止まった。
「あ、会長!おつか・・れ・・さ・・・」
振り返った藤堂の視線を受けて、引き戸を開いた姿勢のままその女生徒は
硬直していた。いまどき珍しい三つ編みのおさげ髪に、度の強そうな丸眼鏡をかけた
小柄な少女だった。
「あ、あの・・あの・・・」
藤堂の目つきがあまりに恐ろしかったのか、眼鏡の女生徒は胸に抱えた資料を
取り落とし、仕舞いには引き戸に両手をかけたまま座り込んでしまった。
そこで流石の藤堂も気付いて、座り込んでいる女生徒に手を貸すために席を立った。
「その・・・大丈夫か?」
「あ・・・ありがとう・・・ございます」
藤堂の差し出した手を女生徒はおずおずと取って立ち上がり、
伏し目がちに藤堂を見つめた。
ふと気付いて、藤堂はしゃがんで女生徒の足元に散らばった資料を拾い始める。
屈んだりすると、長い髪が垂れてきて邪魔だ。影を作っているほうの髪を左手で
たくし上げ、耳にかけながら思った。
その仕草をうっとりするように見つめていた女生徒だったが、
ハッと気付いて慌てて自分も屈んでそれに加わる。
しかし、未だにその手はおぼつかず、結局藤堂は資料のほとんどを拾って
女生徒に手渡してやっていた。
「・・・ほら」
「あ、あの、ありがとうございます・・・」
藤堂から資料を受取ると、そう言って女生徒は俯いて頬を赤らめた。
女生徒のおかしな反応に首をかしげながら藤堂は、
ふと気になったことを彼女に尋ねてみる。
「今日は、生徒会の集まりがあるのか?」
「あ、は、はい!前の時間に資料のコピーも済ませておきました!」
だから資料が既に配られていたのか。
「そうか・・・ところであなたは・・・」
「アゲハです!一年書記の安芸野(あきの)揚羽です!」
「そ、そうか」
安芸野 揚羽は、藤堂が曖昧な沙樹の記憶を掘り起こすのを待たずにそう答えた。
「・・・それじゃあ安芸野さん」
「あ、あの・・・良かったら・・あ、揚羽って呼んで下さい!」
「・・・それじゃあ揚羽」
「は、はいっ!!」
眼鏡の奥の瞳をキラキラさせながら揚羽は答えた。
それにしても、昨日までは女相手では口を聞くのも抵抗があった自分が、
今は手を貸したりファーストネームを呼ぶことすらすんなりやってのけている事が
不思議だった。普段と違って自分が女の格好をしているからだろうか?
少なくとも、いつもの長ランの時のように気合の入る感じではないが・・・それとも、
やはりこの身体がこの世界の沙樹のものであるから、彼女の認識が自分の心に
影響しているのか?
藤堂がそんなことをとりとめなく考えていると、
それをどう解釈したのか揚羽が不安そうな顔で見つめているのに気付いた。
「あ、あの・・・会長?」
「あ、ああ、すまない・・・少し、座らないか」
「は、はいっ!」
元気のいい返事をするやいなや、揚羽は窓際の席へ颯爽と飛んでいき、
その椅子を引いて「さあ早く来て!」と言わんばかりに目をキラキラさせた。
「その席が、いつもの私の席なのか?」
「は、はい!そうです!」
「そうか・・・」
藤堂が窓を背にしたその席に腰掛けると、揚羽はその隣りに腰掛け、
キラキラした視線を藤堂に送った。
「あなたは、いつもその席なのか?」
「今日は、私が書記の当番ですから!」
「そうか」
ということは、その日の当番の書記がそこに座るのか。
「ところで揚羽」
「は、はいっ!!」
元気よく返事した揚羽はしかし、きりりと気合の入った顔は長く続けられず、
すぐに蕩けた様な目を藤堂に向けてきた。この娘は、何かがおかしい・・・藤堂は
なんとなくそう感じ始めていたが、これから聞こうとしていることには恐らく関係ない
だろうし良かろう、と、そんな疑問を思考の隅に追いやることにした。
学年が違うとはいえ同じ生徒会で仕事する彼女なら、この世界の沙樹がここに
居たくなくなった理由に繋がる手がかりをある程度持っているかもしれないと思ったのだ。
とろんとした目つきの揚羽に、藤堂は少し考えてからこう質問した。
「あなたは・・・私のことをどう思う?」
・・・この聞き方は違ったか?
「え・・・えぇえっ!?あ、あのっ、それっ、てっ・・・それって・・・」
・・・やはり違ったようだ。
揚羽が顔を一層真っ赤にして目を白黒させているのを見て藤堂は慌てて言い直す。
「ああ、いや、すまない・・・普段の私のことについて、揚羽は、よく知っているのかどうか
聞きたかっただけなんだ」
「あああ、そんな、よく知ってるかだなんて、そ、それは、いつも見てますから、あの、
その、人並み以上には、その・・・」
「人並み以上か。良かった」
どうやらこの世界の沙樹は、生徒会ではこの揚羽と仕事をすることが多かったようだ。
ならば、最初に彼女に会えてこうして話せたのは運が良かったかもしれない。
藤堂はそう解釈した。
「その、こんなことを聞くのはおかしいと思われるかもしれないのだが・・・昨日までの
私は何か、悩んでいるような様子があったりしなかったかな?」
「えっ、ええっ、そ、それって、どういう・・・」
「わからないかな・・・」
やはり、宗像の言った通り、沙樹の抱えたストレスは表面から見えないもの
だったのか・・・。
藤堂が表情を曇らせると、揚羽は顔を真っ赤にさせたまま大慌てで何か言おうとする。
上気する頬の熱で眼鏡が曇らんばかりだった。
「あっ、ああのっ、わ、わかる、かもしれないんです、けど、で、でも、わ、わたしも、
そんな、風な聞き方、されると思わなくて、あの、心の、準備が出来てないというか」
「わかるのか?」
「あっ、いっ、いえっ!で、でも、私の口からはとっ、とても申し上げられないというかっ!」
「遠慮しなくていい!私が君の口から聞かせて欲しいと頼んでいるんだ!」
「でっ、でもっ、でもっ!」
ついに目の前に現れかけた手がかりに藤堂が思わず熱くなってそう言うと、
揚羽はついに席を立ち上がってしまう。その顔はもう茹蛸のように真っ赤だった。
「きょ、今日はっ!失礼しますっ!!」
「あ、待て!」
藤堂が止める間もなく、揚羽は生徒会室を飛び出していってしまった。
「か、会長ったら・・・!
自分が私への恋心に思い悩む様をお前は見ていたかだなんて・・・!
そんなことにも気付かなかった罪な私の罪悪感をえぐるような口説き方されたら、
そんなに簡単に答えられるわけないじゃない!
- で、でも・・・その気持ちに答えてあげなきゃ・・・会長を傷つけることに
なっちゃうじゃない!
私・・・どうしたらいいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ・・・」
廊下を全速力で駆け抜けながら、揚羽は一風変わった青春の痛みに
声にならない叫びを上げるのだった。
せっかく掴みかけた手がかりが目の前から消えてしまい、藤堂が途方に暮れていると、
数人の下級生を伴った宗像が部屋に入ってきた。持っている資料からして、
下級生たちも生徒会の役員であるらしいことがわかる。
「今日も早いな、沙樹」
「・・・お前が遅いだけじゃないのか?」
宗像も藤堂と同じクラスであるので、教室からこの部屋まで当然目と鼻の先だ。
「俺はこいつらの相談を受けていたからな」
「相変わらず人望の厚いことだな」
宗像に示された下級生たちが藤堂に向かい綺麗に揃って頭を下げてきた。
元の世界の応援団での下級生の相談役と言えば、立場上の理由も勿論あったが、
いつも藤堂ではなく宗像が請け負っていた。
それはどうやらこの世界でも同じであるようだ。
「ところでお前、昼休みに屋上で不良どもに絡まれてたって?」
宗像が藤堂の隣りの席に、巨体を押し込むように腰掛けながら言った。
「ああ・・・そうだが・・・いや、それよりお前はどうして私の隣に座るんだ?」
「言っていなかったか?俺は生徒会書記だ。そしてこの席は書記の定位置というわけさ」
「なるほど。ちなみにそこには今日の担当の書記である安芸野揚羽が座ると聞いたが?」
「バレていたか」
「・・・呼吸するように嘘をつくな」
「ところでこの席にいるはずの安芸野君がこの部屋から顔を真っ赤にして
駆け出していくのを見たが、お前、何か言ったのか?」
「顔を真っ赤に・・・」
やはり、彼女の気分を害するようなことを言ってしまったのだろうか。
だとしたらそれは申し訳ないことをしたと思うし、何より彼女の持つ情報を引き出すのに
かなり骨の折れる手順が必要とされることが危惧された。
藤堂がそのことを言うと、宗像は何故か笑い出した。
「はははは、なるほど、普段のお前について彼女に聞くのはある意味正解だ。
普段そばにいる俺にさえわからんようなことも知っている可能性がある。
しかし、彼女が逃げていったのは多分、お前が思っているような理由のためではないぞ」
「・・・どういうことだ?」
藤堂が尋ねると、宗像は意味深な含み笑いとともに
「知らない方がいい世界もあるということさ」と言った。
「まあ、安芸野君に関しては俺のほうから、事情は明かさないようさりげなく尋ねてみるよ」
「くれぐれも頼むぞ?・・・ところで今日は何をすればいいんだ?」
そこまで言ったところでふと周りを見てみると、席についた他の役員たちが
きょとんとして藤堂を見ていた。
「・・・沙樹は今、飲んでいる薬の影響で少し記憶が曖昧なんだ。
すぐに元に戻るだろうが、それまでは何か困っているようなことがあったら助けてやって欲しい」
「そうだったんですか・・・」
「わかりました!わからないことがあったらなんでも私に聞いてください!会長!」
「お察しします!」
宗像のフォローにあっさり納得したらしい下級生たちだったが、
今度は妙にキラキラした視線を藤堂に送り始めた。
(お、おい宗像!・・・この視線はなんなんだ?
揚羽にもこんな視線を送られた気がするんだが)
(なんだ、安芸野君とは名前で呼び合うような仲にまでなっていたのか?)
(・・・茶化すな!)
(この世界でのお前はな、人気者なんだよ)
(人気者・・・?)
その後まもなく他の役員たちも続々と加わり、結局藤堂の隣に居座っている宗像の
号令で会議が始まった。宗像がどうやら、今日の議長であるらしい。
本来そこに座るはずだった副会長らしい二年生は、結局戻ってこなかった揚羽の
代わりに書記席に座り、黙ってペンを執っていた。
しかしながら、藤堂が何より驚いたのは、現れた役員の何人かが藤堂もよく知る
応援団員だったことだった。
(・・・榎本や篠原も役員なのか?それから三年の久我山や柳生も?)
(榎本は会計副委員長、篠原は風紀副委員長、久我山は奉仕委員長、
それに柳生は保健委員長だ)
この四人の役割は、どうやら藤堂の世界の応援団内の組織とほとんど同じで
あるらしかった。この学校における執行部は、数人の生徒会専門の役員に加えて
各専門委員会の委員長と副委員長で構成されている。これは各委員会と執行部の
連携を強め見解の食い違いなどの軋轢を最小限に食い止める意図による
組織形態であるが、それらの細々とした説明はこれからの話にさして関係あるわけ
でもないことであるのでここでは割愛する。
この四人以外の各委員長は、ほぼ女性で構成されており、藤堂が応援団で
普段感じていたものとはまた違った緊張感がこの部屋を占めていた。
まもなく宗像の進行で議題が読み上げられる。しかしながら今回この場で議論される
べきことはほとんどないらしく、読み上げられた議題に対して各委員会が行った
施策の報告が主な内容だった。藤堂も、時たま求められる同意にとりあえず答えながら
話を聞いているだけで、一時間もしないうちに定例会議は終わりに近づいていた。
「―――次の議題に移る。それでは風紀委員、お願いします」
「はい」
呼ばれて立ち上がったのは、風紀副委員長の篠原。委員長は都合により欠席だそうだった。
「今回ご報告申し上げたい・・・と申しますか、この場での検討をお願い申し上げたい
ことは、恥ずかしながら、その・・・我が風紀委員だけでは手に負えなくなってしまった
問題についてであるのですが・・・」
「・・・要点をはっきり言え」
藤堂が、篠原の歯切れの悪い様子についイラついていつもの調子でそう言ってしまうと、
周囲の役員たちが唖然としてこちらを見つめるのがわかった。
目に見えてガタガタ震えだす者までいた。
もう少し、優しい言い方をするべきだったのだろうか。
しかし、これははっきりしない態度をとった篠原が悪いのだから仕方がない。
しばらく呆然としていた篠原だったが、
すぐにはっと気づくと慌てて手元の書類を読み上げ始める。
「も、申し訳ありません。今回検討をお願いしたい問題は、
前回と同じく二年Y組の相良聖という生徒に関することであります」
その名が読み上げられた瞬間、
生徒会室に先ほどとは違った緊張感が広がったことに、藤堂は驚きを感じた。
相良の言動から、彼女が生徒会と揉め事を起こしているのはなんとなく承知していたが、
まさかこれほどとは思わなかったのだ。
「前回の仮処分以降、一応は大人しくなっていた相良なのですが・・・どうも、
今日の昼休みにまたしても暴力行為を働いたようでして」
「・・・昼休み?それは」
「なんて人なの!」
藤堂が気になって尋ねようとするより前に、
他の委員であろう女生徒が声を荒げてそう言った。
「再三に渡る注意も聞き届けず、またしてもそんな下品な行為に走るなんて!」
「野性のサルか!あの女は!」
「会長、もう先生方に判断を委ねてしまいましょう!」
「あ、いや、それは」
すごい剣幕で怒鳴りあい始めた役員たちに、藤堂は思わず気後れしてしまう。
そんな様子を見かねたのか、宗像が助け舟を出そうと口を開く。
「みんな、落ち着いてくれ。その現場に、この藤堂が居合わせた・・・というか、その、
絡まれて困っていたのは実は彼女自身だったのだが」
「なんですって!?」
宗像の、珍しく歯切れの悪い説明のしかたのせいで話が
中途半端な伝わり方をしてしまい、結果彼らを燃やす火に油を注ぐ結果になってしまう。
「他の生徒だけでは飽き足らず、あろうことか会長に牙を剥くなんて・・・!!」
「いや、そうじゃなくて私は・・・」
「名前どおりの狂犬だ!」
「もう、退学処分しかないわ!そうよ!次の総会でそう提言しましょう!」
「あんな女がこの学校に通っていることがまず信じられないんだ!
あんな女、いつまでものさばらせていたらこの学校の伝統に傷をつけるだけだ!」
「ねえ、でもこれだけじゃ退学にまで出来るとは限らないし、
最近多発してる窓ガラスの損壊事件とか、下級生への集団暴行とか、
教職員に対する覆面強盗事件とかも全部相良のせいにしちゃえばいいんじゃない?」
そんな物騒な事件があったのなら真っ先に議題に上げられてもいいはずなのだが・・・
それはともかく、生徒たちのヒートアップはとどまることを知らない。
「あ、それいいな。ていうかどうせあいつがやったんじゃないか?」
「・・・待て、それは」
「どっちだって平気よ。あんなの。ほっといたって同じような事件また起こすんだろうし、
その芽を摘み取って上げるってんだから。
あいつも将来少年鑑別所に行くことにならずに済むんだし、
感謝されることはあっても恨まれるような筋合いないわよ」
「そのとおりですね。それでは会長、そんな感じで―――」
「・・・俺が“待て”と言ったの、聞こえていたか?」
藤堂のその一言で、場の空気が一瞬にして凍りついた。
「・・・風紀副委員長の篠原」
「は、はい」
突然指名され、しどろもどろになる篠原。
しかし、そんな彼に容赦する藤堂ではもちろんなかった。
「なんだその返事は!!!貴様、男なら力いっぱい押忍と答えてみろ!!!」
「お、押忍!!」
「声が小さい!!!もう一度!!!」
「押忍!!!!」
篠原の青ざめた顔に浮かぶ汗に、
藤堂の横で腕組みして高みの見物を決め込んでいる宗像は苦笑した。
「・・・相良の暴力行為の報告は、誰から受けた?」
「お、押忍!に、二年の、沢渡という生徒に・・・」
「・・・なるほど。それを貴様ら風紀委員は鵜呑みにしたと」
「う、鵜呑みにしたとは・・・」
「ならば、誰がここでその通りの報告をするよう判断した?委員長か?」
「そ、それは、自分が・・・」
「貴様は本当の間抜けか!!!その二つの目は節穴か!!!!」
藤堂の怒号に、生徒会室の窓は言葉の通り、びりびりと震えた。
呆然と見守る生徒たちは、無意識に両手で耳を守っていた。
「・・・篠原。貴様の命にかけて、沢渡の身辺を探れ。
あいつはただで信用していい相手じゃないことがわかるはずだ」
「は・・・はい・・・」
藤堂の『貴様の命にかけて』という言葉に、篠原は戦慄を覚えた。
失敗すれば、自分の命はこの人に奪われるのではないかということが
現実的に思われたのだ。
そんな篠原の様子を気にかける様子もなく、藤堂は正面に向き直ると、
長机に両手をつき、他の全員に向けておもむろに口を開く。
「・・・先ほど宗像が言ったとおり、あの場に俺・・・いや、私と相良がいたことは事実だ。
そして、相良がその沢渡に暴力行為を働いたのも事実だ。
しかし、それは沢渡に・・・か、絡まれていた私を助けるために彼女がやむなく行ったことだ」
もちろん藤堂一人でその場を切り抜けることは造作もなく出来たが・・・そこは
胸の内にグッとしまうことにする。
「そ、そんなまさか・・・」
「で・・・でも」
「私が信じられないのか?」
「「い、いえ、そんなことは」」
反論しかけた二人の生徒は、藤堂の一言にユニゾンで回答しながら黙ってしまう。
「それに・・・あなたたちのさっきまでの態度はなんだ?
相手がまともにしつけられていない野生動物のような人間ならどんな罪も擦り付けていいのか?」
「・・・」
「・・・」
「彼女の行動と、今のあなたたちの言動の、
どちらが非常識か・・・あなたたちにはわかるはずだろう。
それに・・・相良聖は・・・その・・・弱い人間や、罪のない相手を、
彼女の行動は、下品で礼儀のかけらもないかもしれないが・・・それでも、
いつでも思いやりがその裏にはある」
藤堂は自分が何を言っているのか、途中からよくわからなくなっていた。
それでも、自分の言葉に嘘偽りがないことだけは何故かわかっていた。
「し、しかし、相良には沢山の前科が・・・」
「相良の仕業ではない。証拠は、私の心だ。私の心がそう言っている」
もはや、反論する気勢はそがれてしまっていた。
「・・・話は以上だ。今日の集まりはこれで終わりでいいな?議長」
「ああ。それでは解散。みんな、ご苦労だったな」
待っていたようににやりと笑うと、宗像は手を打ち鳴らしながら解散を宣言した。
そのイヤに満足そうな様子を見るに、相良が不利になるようなものの言い方をしたのは
わざとか・・・皆が部屋からはけた後にそう追求してみても、
宗像はいつも通りしらばっくれるだけだった。
藤堂と宗像がとりあえずの後片付けを終えて部屋から廊下に出てくると、
引き戸の横で真剣な顔をして仁王立ちする揚羽の姿に気がついた。
「・・・揚羽?」
「あっ・・・あのっ、会長!!!」
「な、なんだ?」
藤堂が尋ねると、揚羽は何か、気合を入れるように深呼吸すると、
腹の底に力をこめて廊下全体を震わせんばかりの声で叫んだ。
「お・・・お姉さまとお呼びしてもいいですか!!!!!」
背後で宗像が噴出すのを聞いた気がした。
【つづく。】
最終更新:2011年07月04日 03:11