「駄目だ……このままでは」
私は、ソファに座って頭を抱えていた。私にとってこの狭苦しい事務室で、目の前の机にある数多の書類の中、その中のたった一部の書
類が圧倒的な存在感を放っていた。
もう一度、A4の用紙を数枚綴じた書類をパラパラとめくる。最近白髪の混じり始めた頭を掻きながら、じっと書類とにらみ合いをして、
すぐに力を抜いてソファにまたもたれかかった。
「ここまで順調に来たのに、世論はこれでも不満なのか……世間体ばかり気にして、国が滅んでもいいのか?」
くたびれた姿を見せることは許されないスーツも、心なしか私の心を映すようにしおれている。
私はまた書類に目を落とした。
『少年の女体化現象対策に関する予算の不足について』
そんな表題が付いた書類は、私の目下の悩みの種である。
「このままでは……いずれ破綻する。……根本的解決しかないのか?」
私はまた頭を抱えて、冷静に状況を整理しようとしていた。
20XX年、世界が歪に姿を変えて、各国は対応に追われた。
人種に関わらず、ある特定の年齢層の男子が女へと、肉体上の性別が変化する、通称「女体化現象」 その発生条件が分かるまで2年と
3ヶ月。その後、主要各国が法整備を行うのに3年を要した。
その中でも日本は、女体化対策特別委員会を早期に設置し、女体化者への人権保護政策、物的、精神的支援政策を早期に整備し、女体化
少年への支援策は充実しているはずだった。
しかし、女体化者への救済策は予算を逼迫し、維持すら困難になりつつある。それを打開するために、私は頭をひねっているのだが……
。
「休憩しませんか?」
と、私の傍らに、コップに注がれたコーヒーを置きながら、いつの間にかそこに居た彼女はそう私に問いかけた。
彼女は私と違って雰囲気の上でもパリッとしたスーツに身を包んでいる。
「あ、ああ。ありがとう。助かるよ」
「いえ、秘書ですから」
彼女は、すっと窓に歩み寄り、窓を開けた。部屋に風が流れこんでくると、彼女のショートカットの髪が揺れ、さっきまでの陰鬱とした
空気が少しだけ和らいだように感じた。
「悪いな、いい気分転換になる。しかし最近暑いな……」
「もう、夏も近いですからね」
「ああ、夏か……」
私は外の晴れ渡る青空を見て、目を細めソファから立ち上がり、軽くストレッチをする。最近体が思うように動かなくなってしまってい
けない。
「座ってばかりだと、能率が落ちていかんな。少しは動かないと」
「ラジオ体操でもしますか?」
彼女はくすりと、いたずらっぽく微笑みそう言いながら、追加の書類と思しきものを私の机に置いて、処理済みの書類を引きとる。書類
を小脇に抱えた。
「あはは、子供じゃあるまいし――」
子供……
「――そうだ!」
「な、何ですか?」
私が突然大声を上げたことに驚いたのか、彼女が振り向いてこちらを見た。私はそんなに素っ頓狂な声を上げただろうか。コホン、と軽
く咳払いをしてから私は彼女に向き直り、今思いついた名案を声高らかに言った。
「夏休みだよ、夏休み!」
「は、はぁ……」
彼女は私の言葉を聞いて戸惑うようにそう声を漏らした。
「女体化の条件はなんだった? 女体化予備軍の少年たちに、夏休みデビューしてもらえばいいではないか」
「デビューって……」
「いいかい、やることは環境づくりだ。直接的な国営風俗機関の設立が頓挫した今、スムーズに交渉に持って行けるだけの環境づくりしか
残されては居ないだろう」
「一理ありますね」
「早速リストアップしよう」
私は早速紙とペンを取り出し。また頭を捻る。
彼女は私の横に立ち、その様子を伺っているようだった。
「やはり、未成年だから周りの目が気になるはずだ……特に親のな。かといってホテルを利用させることもできない」
「しかし、国営でそういった空間を提供するのは……」
そうだな、国営風俗施設はおじゃんになった案だ。似たような案は通らないだろう。
「なに、難しく考えなくても、カラオケ店などの若者向けの遊戯施設での取締をゆるめるだけで効果は見込めるはずだ」
「不純異性交遊を故意に見逃すのですね」
「ああ、性感染症対策は忘れてはいけないがな」
「しかし、それだけでは劇的な効果はないと思いますが」
「なに、まだある。学校側での休み期間中の行事の励行だ」
「疎遠になる夏休み期間の男女関係の改善ですか?」
「そうだ。それに、積極的な出会い支援」
「年端も行かない男の子に出会い系ですか、それは世論の反対が……」
「そう極端な話でなく、他学年との交流や他校との交流行事ということさ」
「……確かに、それも出会いですね」
「この二つは同時に出来るだろう?予算もそのまま倍かかるわけではないはずだ」
と、そこまで言って、詰まった。私の発想力が貧困なのが露呈する。
そのまま彼女に話を振ってみることにした。
「後は……他に何か案はあるか?」
「そうですね……節電にかこつけて冷房使用制限と薄着の励行はいかがでしょうか」
「露出が増えると……か? まぁ……一応それも加えておこう」
ふと見ると、紙にはいくつかの案が並んでいた。あとはこれを実現するにはどんな障害があるかを吟味し、まとめていく必要がある。
ここまで来れば私の仕事だった。秘書に礼を言って、元の業務に戻らせることにする。
「手を止めて悪かった。ありがとう、助かったよ」
「いえ、仕事ですから」
彼女はそう言うとこの部屋から立ち去った。その時見えた横顔は、どこか楽しそうな表情に見えた。
それから2ヶ月が経った。ちょうど夏も本番の8月上旬である。
あの時秘書が提案した冷房制限で、官庁や公的機関は積極的に冷房制限をかけたためこんな真夏に扇風機だけで凌ぐことになってしまっ
ている。暑い。私が薄着になっても誰も特をしないと思うのだがどうだろうか。
と、そんなことを考えている間に、この部屋のドアがノックされて、秘書の声が聞こえた。
「失礼します」
「どうぞ」
もちろん秘書も薄着だ。といってもそこは大人の女性。過剰な露出は避けている。
が、シャツが七分袖になっていたり微妙な違いはあるようだ。
「結果、来たか?」
私が聞くと、すっと、彼女は書類を差し出した。
すぐさま受け取り、ざっと内容に目を通すと7月の女体化申請受理数の昨年との比較グラフが目を引いた。
「……いろいろやったが、駄目だったのか」
「やはり、行事が増えても、すぐには効果は現れないようですね」
私も秘書も、少し落ち込んでしまった、数値の変動は微々たる物である。
「そうか……そうだよな……そんなに人間単純ではないか」
「まあ、誕生日との兼ね合いもありますし、今後に期待しましょう」
「そうだな……まだまだ始まったばかりさ」
それから一月後のことである。
「失礼します」
「今回は、どうだった?」
私はおそるおそる書類に目を通した。8月の女体化申請受理数は、誤差の範囲では片付けられない程度には減っていた。
実に2割減である。
「やった……やったぞ!」
「まだですよ。政策との相関関係と今後の減少傾向の検証があります、まだ始まったばかりです」
「そ、そうだな……頑張りどころだな」
「それでも、一応の成功ですよ、やりましたね」
秘書が微笑んで、私も笑った。
そしてその年はそれからも一定の減少傾向は続き、施策した夏以降明らかに女体化者が減少しているということが確定した。
翌年以降からは同時に行った各々の施策の効果や費用対効果などを検証し、さらに効率的な方法を模索していくことになる。
……そして数年後。
あの頃とは違う部屋……いや建物になったが、秘書は変わらずそこに居る。
そして私達は、今度は満足のいく成果が記された書類を前に昔話をしていた。
「いや、まさか、薄着励行があれほど効果的だったとはね」
「提案した私自身も驚いております」
「人間、本能には逆らえないということか」
「そうですね……」
「しかし、減少したと言ってもまだまだ減らせる余地は有りそうだ……」
「ダメ押しの何かもう一つ、いい案はないものか」
「そうですね、でしたら――」
秘書はにっこりと笑った。
「――今度は、クリスマスに仕掛けるのは、いかがでしょうか?」
<了>
667 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(中国地方)[sage] 投稿日:2011/07/04(月) 02:44:13.53 ID:9rFH+5ebo [7/7]
>>658「どういう事だ、にょたっこの夏休みでちょっとエッチな話はどうした」
私 「にょたっこどころか主人公おっさんですが何か?」
という開き直りで書いた期待の斜め右下を行く文章、どうしてこうなった……
最終更新:2011年07月04日 03:44