◆一章

健司の家は俺の家からは結構遠かった。
だからなんでだろうって昔はいつも思ってた

何故なら
あいつと俺の家の距離は
小学生低学年くらいの子供が
毎日簡単にこれるような距離じゃなかったから。

なんでこれたのかいまだにわからない。
別にそこまで気にすることでもないだろうし
改めて問う気にはなれなかった。

そんな事を考えて数分歩くと
一軒の大きな家が見えてきた

大きな門の先に見える広い庭。
そして横にずっと広がる瓦ぶき屋根。
庭の中に数軒の家が建っているが
一軒を除いてすべて離れだというから驚きだ。

そう
俺も確かにそれなりに裕福な家庭かもしれないけど
健司はそのレベルを遥かに凌駕していた

南山 一郎

この名前はこの地域で知らぬものはいないほどの有名人だ。
なんでも南山家は江戸時代から代々続く地主らしい。
家出身の有名人は政治家から歌手、タレント、スポーツ選手と
枚挙にいとまがない。

一郎という名前は代々長男につけられる名前で
南山家では長男には必ず一郎という名前が付けられる
つまり後継ぎってことだ。

だから長男は生まれたときから後継ぎとして
厳しい教育を受ける。
子供でも遊ぶことができず、また好きな学校へ
行くこともできない。

名前でわかるとおり健司は長男ではなく次男。
現当主の南山一郎には2男、2女の子供がいる

長女の愛さんは
年齢でいえば健司よりも5つ上で
昔はよく俺も遊んでもらっていたが
最近になって、南山家と深い付き合いのある
家に嫁いでしまったためここにはいない。

二女の亜紀ちゃんはv
健司のひとつ下で現在中学二年生。
彼女もやはり愛さんと同じように
南山家と深い付き合いのある所に
嫁ぐのだろう。

…まだ彼女は若いからそういう話はでて
いないみたいだけど。

だからそんな子と俺が付き合ったもんなら
俺はこの町にいられなくなるだろう。

亜紀ちゃんとは
健司と知り合ってすぐに会って
それからは健司と俺が遊んでいるところに
混じって3人でもよく遊んでいたから
全然知らない仲でもない。

実際子供のころ南山の家の事を知らず
ちょっとだけ好きだったこともあるんだけど
家の事情を知ってからは仲のいい友達になった。

だから何を言われても
俺は断るつもりでいる。

――とはいえ
亜紀ちゃんも健司にお願いされて
とりあえずって思っただけだろうし…



門の前に着いた。
とはいえ正門ではなく裏門だ
正式な客じゃない俺は
いつもここから入っていた。

ここからなら直接当主のいる家に入れないため
誰でもはいれるようになっていた。

健司や亜紀ちゃんは後継ぎとは無縁なため
一つの離れで兄妹で住んでいた

裏門からはいってからすぐにその離れはあった。
本家に比べるとそこまで大きくはなく
これだけみるならそこらへんの一軒家にも見える。

ただ違うのはこれが家の庭にある離れだってことだ

相変わらずのすごさに慣れない気持ちを抱えながら
俺は離れのインターホンを押した。

すぐに返事があった。
健司だ

「お~!早かったな。勝手にあがってくれよ」

いつものことなので勝手に上がる。
ガラガラと音をたてて入り、すぐ横にある扉を開ける。

あけるとそこには健司と
そして

「こんにちは!ひさしぶりだねユウ兄~」

相変わらず元気な声で亜紀ちゃんが挨拶してきた。
昔から遊んでいるけど何年たっても
全然変わらないからなんかほっとする。

「ひさしぶり亜紀ちゃん。全然変わらないね~」

「え~~~!!これでも成長したんだよ~ひどいなぁ~」

そう言いながらむくれるところまでも昔のままだ。
そんな彼女の顔を見るとなんか今まで悩んでいたことも
ちょっと忘れることが出来た。

「しかしいつもながらすごいな~」

そう言って俺は部屋を見渡した。
ここがいつも雨の日に健司と遊ぶ場所になっていた。
20畳もあるリビング。
床はフローリングでその奥には大型のテレビが置いてあった。

後はソファと本棚があるだけであんまり生活感がない。
それもそのはず、食事や風呂等は本家で済ますので
ここでは寝るだけに戻る場所らしい。

いつもの事だけど大変だなと思った。

「飯とかは全部あっちなんだろ?相変わらず面倒くさそうだな」

「まぁな。だけどそれが規律だからしかたないさ」

別に気にした様子もなく健司は答えた。
そりゃ昔からそういう暮らしをしていれば
そこまで大変だって思わないのかもな‥

「まぁとりあえず座れよ。お茶でもだすぞ」

健司はそう俺を促すと亜紀ちゃんの向かいの椅子に座らせた。

あいつはお茶を取りにいった。
離れだけどさすがにお茶くらいはあるらしい。

その間少しとはいえ亜紀ちゃんと二人きりになる。
何話せばいいか迷っていたら彼女から話しかけてきた。

「ユウ兄は結構変ったね。なんか昔より暗い顔してる」

突然そんな事を言われたものだから
少し驚きながらも笑顔を作って

「年食うといろいろあるんじゃよ~」

って冗談で返した…けど彼女は笑っていなかった。

「…あの事だよね?あとはユウ兄だけだって兄さんから聞いたよ」

―さすが伊達に長い付き合いじゃないな。
彼女は一切の前振りもなしにいきなり本題に入ってきた。
もちろん今更表面だけ取り繕う必要もないんだけど。

俺はどう答えていいのかわからなかったけど
とりあえず何かを言おうとして

「まぁ…ほら、そこら辺は俺自身でどうにかするから心配ないよ」

それだけ言うのが精いっぱいだった
もちろんあてはない。
唯一のアテは自分から無くしてしまったのだから。

だから俺は話題をそらそうとして

「しかし健司のやつ遅いな~たかだかお茶にそんな時間かからないだろ」

ただそらそうとして言っただけだった。
だけどそれが今の状況をより明確に理解するきっかけになるなんて
俺は気づいてなかった。

「…兄さんはしばらく戻ってこないよ」

亜紀ちゃんは言った。

「な…なんで?」

俺は訳も分からずそう返した。
だっておかしいだろう。
いくら俺が信頼できる友達だったとしても

大事な一人の妹を残して
俺と二人きりにするなんて!!!

「俺、健司呼んでくる。こんなことさせるなんてあいつはっ!!」

「待って!!!」

亜紀ちゃんが今まで聞いたことないくらい大きな声で
俺を静止した。その眼には少しだけ涙が浮かんでいた

「亜紀ちゃん…」

「呼ばないで‥これはあたしから兄さんにお願いしたことだから」

そういってまっすぐに俺の目を見てはっきりとした口調で言った。
それはいつもの彼女ではなくて
何かを決心したような、そんな目だった

だから俺は。
そんな目をした彼女が二人で話をしたいなら
聞かなきゃいけない

「‥わかった。亜紀ちゃんの話を聞くよ」

そう言って彼女の向かいの席に戻った



「ありがとうユウ兄。じゃあ話すね」

少しだけいつもの亜紀ちゃんに戻って
そして彼女は話し始めた

「…2年前の事覚えてる?」

「えっ…」

いきなり昔話をし始めたので
俺は少し困惑しながらも
2年前彼女となんかあったか思い出してみる。

…でも思い出せない

確かに2年前といえばもうすぐ亜紀ちゃんが中学生になるって
聞いて健司と一緒になんかお祝いをしてあげようとしていた時だった
ような気がする。

でもその頃はお祝いをしてあげられなかった。
俺がちょっとしたミスで大けがをしたからだ
その時確か亜紀ちゃんもいたような気がしていたけど
覚えてない。けど多分お祝いをできなかったことかなって
思って

「あの時はごめん。健司と入学祝いしてあげるって言っていたのに出来なくて」

そう言われた彼女は
まるで見たことのないものを見たかのような顔をして

「えっ…ユウ兄覚えてないの? あれあたしのせいで出来なかったんだよ?」

彼女が何をいっているのかわからなかった。
亜紀ちゃんのせい?
それは違う。
俺がそんな時にけがをしてしまったのがいけないんだ。
なんでけがをしたのか覚えてはいないけど

それが原因でお祝いをしてあげられなかったのは事実だ

「…そっか。兄さんは言ってくれなかったらわからなかったけど」

「あの時の事。忘れているんだね…」

忘れているって何のことだろう。
健司がいわなかったって?
そのことについてその後健司から何も言われたことはなかったぞ?

「俺は何も忘れないよ。亜紀ちゃんこそなにか別の事と勘違いしてるんじゃないかな?」

俺は思った事をそのまま彼女に伝えた。
でもそれは彼女の満足のいく回答ではなかったらしい
少し悲しそうな顔をして

「…そうだよね。もし覚えてたらあたしにこんなに普通に接することなんてできないもんね」

今にも泣きそうな声で言った。
俺は記憶にないけど彼女には俺がなにか関係している記憶がある
まるでこれじゃ俺が記憶喪失みたいだ。

もし記憶喪失なら健司や亜紀ちゃんとの思い出だって
忘れているはずだけど、しっかり覚えてる。
だからそう言うんじゃないと思う。
じゃあなんでだ?

なんで彼女と俺の話はつながらないんだ―

「教えてくれよ。いったい何があったっていうんだ?」

そう俺が聞くと
彼女は少しうつむいて

「ごめんなさい。あの事はもう、思い出したくないから…」

きっと彼女にとってはすごくつらい出来事があったんだろう
だから俺はこれ以上聞くのをやめた。

「わかった。亜紀ちゃんがそう思うなら俺はこれ以上何も言わないよ」

そう言ってなんでだかわからないけど
俺は両手で彼女の手をやさしく握った。

「!!!」

その時彼女は何かを思い出したような顔をして

そして

泣き出した

「…あの時も…みたいに」

何か言っているような気がしたけど
俺の行動が彼女を泣かせてしまったのではないかと思い
握っていた手を離した。

それでも彼女は泣きやまなかったけど
俺は何もできなかった。
きっと俺がここで何かをすれば
彼女をもっと悲しい気持ちにさせてしまうと思ったから。

だからずっと
彼女が泣きやむまで待っていた

そして20分くらいたって彼女はやっと
落着きを取り戻した。

「ユウ兄ごめん。迷惑かけて…」



彼女はいきなり謝ってきた。
むしろ俺のせいで泣かしてしまったのに
彼女に謝られることなんてないはずだ。

「俺の方こそごめん。別に泣かすつもりはなかったんだ」

だから俺はそう彼女に言った。
これ以上こんな顔をしている彼女を見たくはなかったから

「ユウ兄のせいじゃ‥ないの…だから謝らないで」

また泣きそうになりながらもこらえて
そう彼女は言った。

「理由はわからないけど、亜紀ちゃんが悩んでて健司にいえないことだったら」

「頼りないかもしれないけど俺が聞くよ」

元気づけるために彼女にそういった。
その時彼女は俺の方をみて呶鳴るように

「そんなことない!!ユウ兄は一番頼りになる人だもん!だからあたしは…」

そういってまた彼女はうつむく。
多分俺のわからないところで悩んでいるんだろう。
でもきっとそれは俺に相談しにくい事なんだろう
頼りにしたくても相談できない事もあると思う。

だから俺はこれ以上彼女に迷惑をかけるわけには
いかなかった。

「俺帰るよ。なんか話がうやむやになっちゃったけど健司にはよろしくいっておいて」

「…」

彼女はうつむきながら黙っていた。
多分これ以上引き留めても無駄だと思ったのだろう

「それじゃおやすみ」

そういって俺が帰ろうと扉に手をかけたとき

「”明日”――」

「”明日”また来て。その時に必ずさっきの事も‥話すから」

その言葉に
俺は

「わかった。必ず”あした”来るよ」

それだけ言って家を出た。
入口の門を開けても健司はいなかった。
もしかしたらどっかで覗いていたんじゃないかと思ったけど

どうやら本当にこの離れにはいないらしい。
また明日くるわ。と心の中で健司に言い
自分の家へと帰った。

帰り道。
頭の中は亜紀ちゃんが言っていた俺の事でいっぱいだった。
俺自身に記憶がないのに彼女にはあって
しかもそれは健司が知っている。

それを忘れてしまった原因がもしケガだったら
わかるんだが、あの時の怪我は頭じゃなくて
背中にだった。

頭には全くけがをした形跡もない。

だけど俺はもし二人の話を信じるのであれば
一部分だけの記憶喪失ってことになる。
とはいえあの二人が嘘をいうなんてことはないから
多分俺が記憶喪失なんだろう。

よく悪い事は本能的に忘れようとするって
聞いたことがあるから
それが働いて忘れちゃったのかな…

ともかく”明日”になればすべてわかることだし
今日は帰って寝よう
色々考えすぎて疲れた…



ううっ…眠い。
窓から指す光からすでに朝になっている事はわかっていた。
瞼が重い。
そう思ってもう少し寝ようとしたけど
太陽の光が眩しくてこれ以上眠ることは難しいみたいだ。

昨日は色々あったからちょっと疲れているのかな。
記憶喪失…
その言葉が刹那頭の中に浮かんできた。
俺は丁度亜紀ちゃんの入学直前に大けがをした。

詳しい事は覚えてないけど
確か屋根の上から落ちたって事は覚えている。
でもそれと亜紀ちゃんとは何も関係ない。

確か目が覚めた時に聞いたら
学校で遊んでて落ちたみたいだったから
亜紀ちゃんは俺たちの学校にはまだいないわけだから
少なくとも関係があるとは思えなかった。

だけど
あの、言葉

(あれあたしのせいで出来なかったんだよ)

何故か引っかかる。
わからないけど、その言葉を思い出そうとすると
頭の奥でチリチリするんだ

もしかしたら何かがあって
それが原因で俺がけがをしたから
皆気を使って教えなかっただけかもしれないし

あんまり深く考えるのはやめた。
記憶喪失なのかはわからないけど
生まれてから今までの事をすべて忘れたわけでもないし
ちょっとだけ忘れているだけかもしれないし。

そう思うと少し気が楽になった。
…体は相変わらず重かった
だからっていつまでもベットの上でうじうじしたってしかたない。

目をあけて改めて周りを見る。
特に変わったものはない
記憶喪失だっていわれてから少し
自意識過剰になっているのかもしれない。

今見ている風景が、もし自分の知らないモノだったらって。

それが本当に怖かった。
ありえないって思っていてもそういうことが
あるかもしれないって
昨日の事でわかってしまったから…

「ふぁぁぁぁっ~」

やっぱりまだ眠くて
自然とあくびが出た。

…あれ!?
今、なんか変じゃなかったか?
疲れているとは言え、俺の口から出た声は
明らかに昨日とは違う声だった。

のどが嗄れた時の声でもなければ
ヘリウムガスを吸った時のあの独特の声でもない。
違和感を感じた俺は飛び起きてすぐに部屋の
鏡に向かった。

・・・きちゃったか。

鏡を見て思ったのはそれだけだった。
いつかはなってしまうとわかっていたけど
周りにそうなってしまう人なんて誰もいなかったから
俺も同じだと思ってた。

そう思うとすべてのつじつまが合った。
体がいつもよりなぜか重いように感じのも
声が全然違うのも。

それでも夢かもしれないと思い
自分の胸のあたりを見た。
そこには昨日はなかったものが確かにあった。

二つの少し大きなふくらみ。
太ったのかなとも思ったけど
そこのふくらみ以外はむしろ前より
細くなっている。

腕も足も。

元々よく健司たちと遊んでいて
毎日体は動かしていたから
周りから見れば痩せている方だったかもしれない

だからってここまで細いのは異常だ。
やっぱり信じられなくて自分の頬をつねってみた

痛い。
夢だったと思いたくて少し思い切りつねったら
赤くなってしまった。

ここまでだともう、笑いすらでてくる。
本当は悲しいはずなのに
もう笑うしかないって

笑わないと
きっと泣き出してしまいそうだったから。

気を紛らわすため窓から差し込む光を眺める。

今日はいい天気だ
昨日の予報はみてないけど多分晴天なんだろう
雲ひとつないその空は晴れ晴れとしていた。

だけど
俺の心の中は大雨が降っている空のように
曇っていた――

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最終更新:2008年07月06日 00:33
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