「タク、これやるよ」
「…オレに?」
篤史が差し出してきたのはレザーのブレスレット。ヌメ革を使ってみたらしい。
篤史の趣味はレザークラフトでその腕前はもはや趣味ってレベルではない。
「いや、静花にやれよ」
「静花にはゴツいだろ?」
「じゃあオレにはもっとゴツいじゃねーか」
「でも好きだろ?」
「…でも、だな…」
会話の中の『好き』に簡単に動揺してしまう。
お前、仮にも彼女いる奴が他の女に手作りの物とかやってんじゃねーよ!バカ。
いや、親友として受け取れば良いんだろ?わかってるけど、その、な?
オレが静花じゃない『他の女』であることに変わりはなくて…
「いらねーのか?」
「っいる!貰うよ!!」
「じゃ、素直に受け取れバカ」
「うっせーバカ…でも、ありがと」
そう、『女』なのである。女体化して半月経ち、最初は戸惑う事ばかりだったが、
慣れてきて落ち着いた頃、気付けばオレは篤史を目で追うようになっていた。
多分、静花を見ているのと『同じ目』で…異性として…恋の対象として。
…認めよう、恋なんだ、オレは篤史が好き…
篤史はカッコいいと思う。それは男だった頃は憧れとコンプレックスの対象だった。
でも今はぼんやりと「カッコいいなあ」と見とれてしまう。
…なるべく見入らないように気を付けてる。
篤史に頭をポンポンとされるのが好きだ。
頭を弄られるのも、セットが乱れるのがアレだが、まあ、好きだ。
こないだポニーテールを後ろからくりくりと弄られてる時も
「オイ!ヤメロよバカ!」とは言ったが、内心ではずっと触っててほしいと思ってた。
静花への思いはまだ埋み火の様に残ってる。
静花は、もう同性で、結ばれる事など、もう無いのに、だ。
でも、篤史への気持ちも確かに『ここ』に在って…。
オレは、自分が親友2人を裏切っている。なのに傍らで、笑顔で、変わらずにいつも一緒にいられる。
自分が酷く汚い人間の様な気がして凹む。
掃除時間、ゴミを捨てに行った篤史が偶々会った静花と話をしているのを見掛けた時はどちらに嫉妬しているのかわからなかった。
帰宅時、用事で少し遅れたオレを学校近くの本屋で待ってくれてる2人にオレは声を掛けるのを躊躇った。
楽しげに話していたから、遠慮したワケじゃない…逃げたかったんだ。
でも、篤史と静花はオレがいる事を望んでくれる。だから、『いつも通り』にオレはここにいる。
…辛さは積もるばかりだった。
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「谷田、ちょっと良いかな?」
放課後、今日は篤史、静花共に別々の件で遅くなるとの事で珍しく1人で帰ろうとしたら八重に呼び止められた。
ちょっと一緒に来てほしいって事だけど用件も特に確認せず、オレは快諾した。
この頃は1人でいると考える事は篤史と静花のコトばかりで思考が堂々巡りになってたからちょうど八重に話を聞いてほしかったんだ。
すぐ済むとの事で、荷物を教室に置いたまま、八重について文化部室棟のパソ研の部室へ。
八重はパソ研に所属しているが既にユーレイ部員候補だ。今日はパソ研は休みだが、忘れ物をした、と顧問に鍵を借りたらしい。
「ま、嘘だけどね」
「なんで、そんな…」
「2人きりで話がしたかったから」
ドアの内側から鍵を掛けながら話す八重。声はいつも通り冗談とも真面目ともとれる調子だ。
こちらに向き直るが仄暗い部室内、表情が判り難い。
「あ、電気つけようか」
「このままで良い」
「え?でも…」
「好きだ」
気が付くと目の前に立っている八重。表情はやっぱり判り難いけど、声が先程までの調子ではなく、真剣。
「僕は君が好きだ」
「えっ…な?」
「女になって最初に感じた感情だったよ、気が付けば谷田のコトばかり考えている」
「八重…」
「男の頃は感じた事も無かった感情だったからね、戸惑ったよ」
「…」
「初恋というものなんだろうね、意識せずとも君を目で追っている」
…オレと同じだ。篤史を、静花を、見ているオレと。
「だから、君が以前から誰を見ていて、今は誰を見はじめているか知っている」
「えっ…?…あ…?」
カァっと、顔に血液が集まる音が聞こえた気がした。その瞬間、オレは壁に押さえつけられた。
顔の間近に八重の整った顔。長い睫毛と思わず見惚れてしまう奇麗な瞳。美しく通った鼻梁。
触れる唇と、唇…?っ!?…オレ、キスされてる?
「んーっ!!!?…っふぁっ…!」
僅かに離れる事が出来て少しの息継ぎをする、が次の瞬間には再び唇を塞がれ、今度は舌の侵入まで許してしまう。
舌の上を、下を、筋を、歯を、歯茎を、口蓋を八重の舌が這いずり唇から顎に伝い垂れる涎も舐め掬われる。
つと離された互いの唇に唾液の糸がはしり、ぷつりと切れる。
「はっ…あっ、あ…あっ…っ」
オレの唇から離された八重の唇が耳を弄り、次に舌先が耳の裏から顎の付け根を過ぎ首筋へとつうと流れる。
「あ、あ、あっ……っ」
オレの身体はすっかり力が抜けてしまい、完全に八重に預ける格好になっていた。
足から力が抜け、立っていられない…肩を抱えられながら床に寝かされる。
「や…えっ…っあ…ぁ、ふッ…ぅん」
再び塞がれる唇、口内を八重の舌に犯され貪られる。
もはや抵抗も出来ない程に脱力してしまった身体、僅かに右手だけが八重のスカートの裾を握り締めている。
頬にそえられていた手が今度は耳を塞ぐ。ちゅくちゅくと口内で罅ぜる水音が耳奥に、頭に、脳髄に響き朦朧とした意識を更に灼く。
…もう、何も考えられない。
「んっ…んぅ…」
互いのものが混じり合った唾液をこくこくと飲み下す。
喉を溶かすような熱。その熱が意識を、理性を侵す。
何、ナニ?怖い、コワイ、こんなのは知らない!
胸の奥をきゅうと締め付ける感覚。下腹部に溜まっていく先程の熱。
逃げ場を求めてズクズクと疼く熱。ふとよぎる顔、あれは………。
「…ねえ、谷田?」
唇を離し、八重が話始める。声はいつもの調子に戻っていた。
「今、誰のコトを考えていた?」
「……あ…」
「君が今、求めたのは誰だった?」
「八…重?」
顔、誰の……求めてた?誰を?
「…っふぅ!?」
再び疼きだす、熱。
八重はスッと立ち上がり着衣を整ながらドアの鍵を開けた。
「…八重?」
「僕では君を満たせないんだろう?」
「…八重……ゴメンっ」
オレはそのまま部屋を出て行ってしまった。
「ふむ…ファーストキスを奪えたのは役得だったかな」
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時計台の辺まで駆け足で来てから、教室に荷物を残したままだと気が付いた。
このまま帰りたい気分だったけど息を整えてから教室に向かう。
時間的にもう誰も居ないと思っていた教室に入ると…そこには篤史がいた。
「な、んで…」
動揺して思わず上擦った声が出る。篤史は此方に気付き声を掛けてきた。
「おー、先に帰るっつてたのに何やってたんだ?」
「おまっ…なんで…」
「いや、教室に戻ったらお前の荷物あったから待ってたら来るかと思ってな」
「先、に帰りゃ…よかったのに」
薄弱とした意識の中でよぎった顔。その本人の前でぶり返す、先程の熱…。
「お前、顔赤いぞ?バカのクセに風邪か?」
「~っ…!?」
篤史が額に触れようとするから、咄嗟に突き放してしまった。
「オイ?何だよバ…カ?」
「……っ…」
「…どうしたんだ?」
オレを気遣う、ひどく優しい響きの声。
「…篤史…オレ……」
堰留めていた心が決壊する。気持ちが溢れ出し言葉を紡ぐ。…もう止められない。
「オレ、お前のことが…好き、だ…」
「は…?」
「オレはお前が好きだ!」
…言ってしまった。
「オレっ…お前と静花の邪魔っ、したくないのに…ッ!!我慢…しなくちゃいけなかったのにっ!!
ずっと平気でいなくちゃいけなかったのにぃっっ…!!」
『熱』が囁く。『欲求』が鎌首を擡げる。
オレの『男』としての『初めて』は好きな人とは出来なかった。もう一生、出来なくなった…『女』になってしまったから。
でも、だから…せめて『女』としての『初めて』くらい…
「タク…」
「…なあ、篤史?」
オレは男だったから、知っている。オレには度胸が無くて出来なかったけど、
好きな人、静花以外とするなんて嫌だっていう妙なプライドを棄てる勇気が無くて出来なかったけど
…結果、女になっちゃったけど…
男は、別に『好き』な相手じゃなくても、セックスを出来る、という事を。だから…
「恋人になりたいとか、思わない…そこまで望まない」
「タク?」
「オレ、ズルいんだ…ゴメン、でも」
「……?」
「…『初めて』は…セックスをする相手は…篤史が、いい」
「…っ!?」
「オレをセフレにしてくれ」
最終更新:2011年07月14日 20:29