「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんっ!」
学校から帰り、夕飯まで時間潰しに自室で本を読んでいたら、やけにテンションの高い妹がノックも無しに部屋に入ってきた。
「サチ……お願いだからノックくらいしてよ」
「ねえねえ、明日花火大会あるの知ってるよね?」
無視ですか。
「うん、知ってるよ。七夕の花火大会は毎年恒例だからね」
「見に行こうよ!」
テンション高い理由はそれか。まあ、僕も毎年楽しみにしているし、今年も見に行きたい。
「よし、じゃあ行こうか」
「やったー!」
妹は弾けるような笑顔を浮かべ、僕の部屋から一目散に出ていった。
「おかーさん、浴衣出してー!」
少しして、居間の方から妹の声が聞こえてきた。
妹は浴衣を着るのが好きらしく、夏は浴衣を普段着にしている程だ。
今はまだ洋服だけど、そろそろ浴衣に衣変えする頃だな。
ま、僕は妹ほどのこだわりもないし、普通に洋服で行く。
僕も女の子だったら妹に浴衣着るようにせがまれてたかもしれないけど、男だからそんな事ないし。
そんな事を考える度につくつぐ思う。
男って楽でいいなー。
翌日。
今日は七月七日。
花火大会の日だ。
楽しみにしていた花火大会の日なんだけど、僕のテンションは低い。
なぜかというと。
「ねえねえ、浴衣着てよー!」
妹が僕に纏わり付いて、浴衣を着るようにせがんでいるからだ。
もちろん、去年までの経験から言って、妹が男である僕に浴衣を着ろとせがむ事は無い。
つまり、なぜ今、僕が浴衣を着るようにせがまれているのかというと。
「せっかくお兄ちゃんもお姉ちゃんになったんだから、可愛くなってよー!」
はい、そういう事だ。
僕、今日授業中に女体化しちゃいました。
授業受けていた途中、いきなり猛烈な目眩いがして、そのまま気絶。
目が覚めたら、既に女の子になった状態で保健室のベットに横たわっていた。
その後、大事をとって早退したが特に体調に異常もなく、花火大会に行ける事にはなったのだが……妹が学校から帰ってきて事情を話したら、この有様である。
ちなみに鏡で自分の姿を見てみたらかなりの美少女だったんだけど、その話はまた今度。
「ねー、浴衣着てよー!」
妹が僕の服を掴み、ガクガクと揺さぶる。
「仕方ないだろ。僕の分は無いんだから」
そうなのだ。ウチには妹はいても姉はいない。それに僕自身も浴衣は着ないから、僕に合うサイズの浴衣が無いのだ。
「やだー! お姉ちゃんと一緒に浴衣着たいの!」
妹が癇癪を起こす。
まいったなあ。無い物は無いのに。
「サチ、心配しなくても大丈夫よ」
「あ、母さん」
癇癪を起こした妹を見かねてか、母さんが口を挟んできた。
「大丈夫って?」
あ、食いついた。
「ほら、これなーんだ?」
母さんが両手に持った布切れを広げてみせた。
いや、布切れと言うには何だか形がおかしいし、妙に綺麗な模様も入ってるし、これってもしかして……。
「あっ、浴衣!」
サチが驚きと喜びの混じった声をあげる。
確かに浴衣だ。これ以上無いくらいに浴衣だ。
「……って、ちょっと待って。僕用の浴衣無いんじゃなかったの?」
「無いわよ。だから、私が昔着てた奴を仕立て直したのよ」
「仕立て直したって、僕が女になってからまだ四時間くらいしか……」
「あたしにとっては四時間もあればお釣りが来るぐらい余裕よ」
なんか母さんがかっこよく見える。
「とりあえず、せっかく浴衣を用意したんだから着ていきなさい」
「えー……」
「何よ、不満なの?」
「不満って訳じゃないんだけどさ」
「じゃあ、なによ」
「なんか着るの面倒そうだから……」
瞬間、母さんが大きな溜め息を吐いた。
「まったく、このものぐさ息子ときたら……いや、今は娘か」
凄く心外な事を言われた気がする。
「んじゃ、あたしが着せてあげるからこっち来なさい」
浴衣片手に手招きする母さんに近づく。
「いいけどさ、あんまり時間かかんないよね?」
「一分とかからないわよ」
い、一分?
僕の耳が正しければ一分って着替え済むって聞こえたんだけど。
普通の着替えでもそんなに早く終わらないよね?
十分の聞き違いかと思い、もう一度聞き直そうとした時。
「さ、ちゃっちゃと終わらせるわよ」
母さんの手が僕の体をスルリと撫で……たかと思った、次の瞬間にはパンツ一枚に剥かれて、一瞬前まで僕が身につけていた服は母さんの隣にキチンと畳まれている状態で置いてあった。
「え、あ、あれ?」
な、なにこれ? 手品?
五秒とかからず、僕ほぼ全裸にされたんだけど!?
「さ、次ね」
何でもないような口調の母さんは、僕の頭に浴衣を被せて……それから二十秒とかからずに浴衣の着付けが終わった。
「三十秒か……予定よりちょい早く終わったわね」
ちょっと満足そうな口調の母。
ちょいどころか凄く早く終わった。
「しっかし、あんた胸無いわね~。さすが、あたしの娘!」
「ちょっ、何言って……って、そこは普通悲しむトコじゃないの?」
「いいのよ。あたし、貧乳萌えだし」
何言ってんだろ、この人。
「そのおかげでくびれ消しのタオルも少なくて済んだし」
「え……あ」
母さんの言葉の真偽を確かめるために、腰のあたりに手をやる。
確かに違和感。
腰から感じる感触から考えてもタオルで間違いないだろう。
いつの間に巻いたんだろう……。
「ああ、あとこれも脱がしといたから」
母さんが両手で摘むように持っているアレは……!
「そ、そそそれは……」
「そう、あんたがさっきまで穿いていたパ・ン・ツ♪」
念のため、本当か確認中……………………本当に脱がされていた。
う、うううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
「あらあら、ノーパン程度で真っ赤になっちゃって」
「か、返してよ……」
「ダーメ、男用の下着なんて着けていくんじゃないの」
母さんはそう言うや否や、パンツをゴミ箱に捨ててしまった。ひ、酷い……。
「じゃあ、次はサチの着つけね」
母さんは平然とした調子で、サチの着つけを始めた……………………終わった。
他の人の着つけを見て思った。
早すぎて、何をしているのかわからないうちに終わっている。
「はい、おしまい! さ、混まないうちに言っといで!」
「うん! 行こ、お姉ちゃん!」
母さんに軽く背中を押されたサチは、僕の手を取りぐいぐいと引っ張る。
「あ、ちょっ、引っ張らないでっ!」
サチに引っ張られながら、なんとかサンダルを履いて外に出る。
「もう、こんな時間か」
空は夕焼けの光で綺麗なオレンジ色に染まっていた。
「さ、急ごうか。サチ」
「うん!」
こうして僕達は花火が良く見えるスポットへと向かった。
翌日、朝。
母さんが僕の部屋のドアを叩いている。
「こらー、開けなさい! 学校遅れるわよ!」
「行きたくない。今日休む」
「ちょっ! ……どうしたのよ。サチ、なんか知ってる?」
「うん。昨日ね、お姉ちゃんがね、男の子に告白されてたんだよ」
「…………マジ?」
「うん、マジ」
「……………………わかったわ。今日は休みなさい」
急に母さんが優しくなったのが、逆にいたたまれない。
ま、いいや。今は何も考えたくないや。
ゆっくりと休もう。
最終更新:2011年08月15日 10:52