花火と浴衣・裏側1

「ねえねえ、お姉ちゃん」
「ん、なに?」

妹はその場でくるりと一回転し。

「サチの浴衣どう?」

と聞いてきた。
サチの浴衣は普通の浴衣と違い下半身の部分がスカート型になっている物で、薄いピンクの背景に花柄模様があしらってある。

「うん……可愛いんじゃないかな」
「やったあ!」

無邪気に喜ぶサチを見て、僕の顔も緩む。

「お姉ちゃんのは涼しそうだね!」

サチの言葉に、僕は自分の着ている浴衣を改めて確認してみる。
僕の浴衣は、サチのスカート型とは違い普通の浴衣で、流れる水をイメージしたのか何本も重なった水色の線と、水面の波紋を表現したかのような何重もの円があしらわれている柄だ。
水をモチーフに据えた柄だけあって、見ていると心なしか涼しくなってくるような気がする。

「そうだね。夏にはちょうどいいデザインだ」

そんな事を話しながら歩を進めると、橋が見えてきた。

「もう少しで着くな。時間の方は……」

腕時計に視線を移す。時計の針は六時五十分を指していた。
花火大会は七時からだから、あと十分か。

「なんとか間に合ったな」

ここから少し進んだ河原に花火を拝めるちょうどいい場所がある。
楽しみだ。

「もうすぐ花火始まるんだよね、楽しみー!」

サチもテンション上がってきたらしく、表情が満面の笑顔で固定されていた。

「うん、花火楽しみ……ん?」

なんなんだ、今の感覚は?
何か強烈な違和感、とはちょっと違うような感じがする。

「どうしたの、お姉ちゃん?」
「いや、なんでもない。さ、早くしないと花火始まるよ!」

違和感を無理矢理頭の中から閉め出し、これから始まる花火の事だけを考えるように務めた。

「……んー」

サチは僕の答えを不審に思ったのか不機嫌そうに唸っていたが、河原近くで開かれている屋台を見つけた瞬間に猛ダッシュで屋台へと駆け寄っていく。
「お姉ちゃん! わたあめわたあめ、わたあめ買って!」

屋台の前で、小さく飛び跳ねながらわたあめをねだるサチ。
そういえば夕飯食べてないし、お腹減ってるだろうな。
しょうがない。

「すいません。わたあめ一つ下さい」

屋台のおじさんに言う。
僕の財布にはあまり入ってないけど、わたあめ一つくらいなら買える。

「はいよ、わたあめ二つ」

わたあめ一つ分のお金を渡して、代わりに渡されたのはわたあめ二つだった。
聞き間違えたんだろうか。
でも、渡した代金はお釣り無しの一つ分だけだし。
なぜなんだ。

「お嬢ちゃん、美人だから一つサービスするよ。持ってきな」

屋台のおじさんはニカッと笑い、僕にわたあめを二つ手渡した。

「えっ、あっ、ありがとうございます!」

言われ慣れない台詞に戸惑いながら、わたあめを受け取る。

「はい、サチの分」

サチはわたあめを受け取ると、間髪入れず食べ始めた。
さっきまで、花火花火と騒いでいたのに今ではわたあめを食べる事に夢中になっている。
花より団子。
そんな諺が頭をよぎった。

「花火よりわたあめ優先するあたり、うちの妹はまだまだ子供だな」
「お姉ちゃん!」

聞こえていたらしく、サチは不機嫌な表情を僕に向ける。それでも、わたあめを食べる事は止めない。

「あ、そろそろかな」

不機嫌そうなサチの視線から逃げるために腕時計を見ると、七時まであと二分しかなかった。

「ほら、始まっちゃうよ!」

サチに手招きしながら河原の方に進んでいく。

「あっ、待ってよー!」

サチが慌てて追いかけてくるのを視界の端で確認し、花火を見物するのにちょうどよさそうな場所を探す。

「うーん…………あそこらへんがいいかな」

河原には人がたくさんいたが、あそこなら人口密度が薄く、邪魔になる事もされる事もなさそうだ。
しかし、あそこに行くには人混みの中を通らなくちゃ辿りつけないが……まあ、大丈夫だろ。

「お姉ちゃん、先に行くなんて酷いっ」
「ごめんごめん。代わりに良さそうな見物場所見つけたから、行こう」
今から人が結構いる所を通るので、はぐれるかもしれない可能性を考えてサチと手を繋ぐ。

「サチ、手離しちゃダメだよ」
「うんっ」

サチが頷くと同時に握ってある手の力が強くなった。
その事を感じ、僕達は人混みの中に突入した。
人混みの中にも一応、一人ぐらいなら人が通れるくらいのスペースがあり、その狭いスペースを伝ってなんとか人混みを突破した。

「抜けたぁ!」
「はあ、はあ……人がいっぱいでぎゅうぎゅうしてて大変だった、ふう、はあ……」

見た目以上に人口密度が高く、かなり疲れた。
サチもたくさんの人を避けながら進んだせいか、息があがっていた。
去年はこんなに大変じゃなかったのに……なんで今年に限って大変な事が続くのか。
花火を見に来た事を少し後悔しかけた時、不意に夜空から光が射した。
空を見上げると、夜空に浮かぶ星の光よりも綺麗な光の花が咲いていた。

「おお、一発目からでかいなあ」
「ふわあ……大きい」

二人して、一瞬で花火に目を奪われた。
花火の火花が消える直前、花火の炸裂音が耳に届く。
ドン!という音が空気を伝い、鼓膜を震わせる。
やはり、この音が無いと花火といった感じがしない。
オープニングの一発が消えた後も間髪入れず、花火は上がり続け、ギャラリーは魅入り、歓声をあげた。



そして、あっという間に二時間が経過し、花火大会は終わってしまった。
河原にいた大勢の人達が、少しずつ姿を消していく。
さて、僕達も帰るか。

「さっ、帰るよ、サチ」
「うん……ふわぁ~」

疲れたのか眠たそうに欠伸をするサチ。

「眠いのか?」

コクリと頷いた。

「家まで歩けるか?」
「わかんない」

うーん……見た感じ、無理っぽいな。仕方ない。

「ほら、おぶってやるから乗れ」

サチの目の前でしゃがむと、妹は背中によじ登り首に腕を回した。
これでおんぶ完了。
さて、家に帰るか。
歩き出した瞬間、前方に六人ほどの男女の集団を見かけた。
別にそれだけならたいした事ではない。
でも、僕は六人とも知っている。
だって、彼らは僕の通っている高校のクラスメイトで友達だから。
そして彼らを見た瞬間、さっき感じた違和感のような感覚の正体が判った。
実は、今朝このクラスメイト達と花火の話をしていて、その流れで花火見物に行こうって話になって僕も一緒に行く予定だったんだけれど、女体化&その後色々あったせいで、その……すっかり忘れていた。
なんで、僕は友達との約束を今の今まで忘れてたんだろうか。
軽く自己嫌悪に陥りつつ、後ろめたさから彼らに見つからないように違うルートを通って帰ろうとした。
しかし、彼らの中の一人が財布を落とし、その事に気づかないまま歩いていくのを見て、僕の体は勝手に動いた。
財布を拾い、クラスメイト達に声をかける。

「ねえ、財布落としたよ」

僕の呼びかけに反応し、六人が一斉に振り返る。
それから財布に視線が移り、話し合いによる持ち主の特定が始まった。
話し合いとは言っても「俺のじゃない」「私のじゃない」なんていったごく短い言葉のやり取りなのだが。

「あ、それ俺の財布だ」

一人の男子が手を上げた。
どうやら、小学生の頃からの友達である長井の財布だったみたいだ。
早く返してあげよう。

「はい、な……」

長井、と言おうとしたがギリギリで口に出すのを踏み止まった。
約束を忘れた罪悪感から、今みんなの前に顔を出すのは精神的に辛い。
つい条件反射的に財布を拾って呼び止めちゃったけど、さっさと財布を返して、さっさとみんなから離れればそれで済む。
しかし、今のみんなに僕が僕だと知れたら、逃げる間もなく捕まって長時間拘束されるだろう。ただ、幸いな事に僕の女体化した姿はまだこの中の誰にも知られていない。
だけど、勘の鋭い奴が結構いるので注意は必要だ。例えば、ちょっと前に長井の苗字を呼びそうになった。
長井は極めて一般的な男子で特に有名というわけでもなく、そんな長井の苗字を呼べるのは、長井の知り合いくらいしかいない。
そして、長井達にとって見ず知らずの女子が長井の苗字を呼ぶ。
これは十分におかしく思われる。
さらに、さっきも言ったけど勘の鋭い奴が結構いるので、僕が僕である事を見抜く奴がいるかもしれない。
これから先、迂闊な発言は一切できない。

「な、無くさないようにな」

長井と言うのを踏み止まり、言い出しかけた『な』で始まる不自然じゃない言葉をなんとか絞り出しながら、長井に財布を半分押し付けるように渡す。

「じゃ、僕達は家に帰るから……」
「あ、待って!」

財布を渡し、そのまま百八十度向きを変え立ち去ろうとしたが、女子の一人……北山に呼び止められてしまった。

「な、何かな?」

嫌な予感しかしないが、呼び止めた理由を聞いてみる。

「あの、あなたの家ってどっちの方にあるんです?」
「ん? あっちの方だけど……あ」

しまった。つい普通に家のある方を指さしてしまった。

「私達もそっちの方に家があるんで、よかったら一緒に帰りません?」

輝かんばかりの笑顔を僕に向けて、北山は聞いてきた。
これはチャンスだ。一緒に帰るのを断るだけでここから抜け出せる。

「駄目ですか?」

さあ、キッパリと断ろう。





それから五分後。
僕は、六人と一緒に帰路についていた。
断りきれなかったよ。「駄目ですか?」って言われた時の残念そうな顔を見て、断る事が僕には出来なかった。
つくづく、嫌になる。
自分の意思の弱さ、優柔不断さが嫌になる。

「落ち込んでいるような顔してますよ。どうかしました?」


北山が、僕の顔を覗きこみながら聞いてきた。

「もしかして、疲れてます? 妹さん背負っている事ですし」
「ええ、まあ……」

北山からの質問に頷く。
確かに少し疲れてはいるが、今の表情を構成している要素は、自己嫌悪といつ僕だとバレるかもわからない緊張感から来るストレスのせいであって、疲労のせいではない。
しかし、北山ってこんなに気を配る奴だったかな。
僕の知ってる北山は、頭の回転はいいもののあまり周りに気を配る事のない奴だったのに。
初対面(と思っている)の人物が相手だから、ネコを被ってるのだろうか。敬語も使ってるから多分そうなんだろうけど。
ま、なんにせよ正体がばれなきゃいいさ。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「辛くなったらいつでも言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」

笑顔の北山はそのまま僕の耳元へと顔を近づけ、一言呟いた。呟きの内容は僕の名前。

「な……っ!?」
「私が気づかないとでも思った?」

得意げに呟く北山の顔に張り付いていた表情は、いつもの自信ありげな笑顔だった。

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最終更新:2011年08月15日 11:30
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