安価『本当に私のことが好きで言ってる?』

期末試験が終わり、もうすぐ夏休みだというこの時期に、私の気分は冬の様に凍り付いていた。
何の事はない、昼休みに今目の前にいる男子生徒に呼び出され、告白を受けたからだ。

「本当に私のことが好きで言ってる?」
「も、もちろん」
「ふーん……あんた、昨日E組の子に告ったらしいよね?断られたから次は私?」
「……えっ?!い、いや、そ、そそ、そんなことは無い…ぞ」

相手の目が泳ぎ、あからさまに私から視線を逸らす。

「私達の情報網、舐めないで欲しいかな。裏もちゃんと取れてるんだから、今更ごまかしても無駄無駄」
「……………」
「どうせ夏休み前に彼女欲しいって位か、童貞捨てとこう、とか思ってるだけなんでしょ」
「ち、ちが……」
「違わない。私ら全員が全員ガード緩いと思ったら大間違い。あんたも女になってしまえばいいのよ」
「………な、なぁ頼むよ……一回だけでいいから」
「やっぱり本音はソレか、絶対嫌。女になるのが嫌なら国営風俗にでもいけば?」
「ぅ……」
「さっさと自分で解決しときなさい。私の様になりたくないなら!」

―――ギィ
踵を返し、さんさんと太陽に照らされる屋上から退散すべく、ドアノブに手を掛けてからもう一言付け加えた。

「同情はするけど、同情だけじゃ付き合えないの………解るよね?」
「……ごめん」
「謝るくらいなら最初から告らなければいいのに。数撃っても当たらない鉄砲もあるんだから」

―――バタン


――――――
―――


教室に戻って席に着いて弁当箱を取り出す。暖めたわけでもないのに妙に弁当箱が温いこの季節は大嫌いだ。

「はぁ……」
「どうしたの?溜息なんかついて。ああ…そういや尾花さん呼び出されてたね。また告られたの?」
「うん、斬ってきた。最近は特に多くて……」

前の席に座っている友人が話しかけてきた。げんなりしていた私の様子を見て心配でもしてくれたのだろうか。

「これで何人目だっけ?」
「七月入ってから六人目」
「うわ……全部断ってるの?」
「勿論。ヤリ捨てられるの目に見えてるし」
「手厳しいなぁ……あたしなんか告白された事すらないんだけどー」
「そりゃ、御形さんが元男じゃないからだと思う」
「……それってあたしバカにされてるの?」
「逆逆、俺のような元男が股緩いと思われてんだよ……」
「あ、また言葉遣いっ!女の子が『股緩い』なんて言っちゃダメでしょーがっ」
「………慣れてねーんだからいいじゃんもう。告白断る時はボロ出さなかったんだからさー」
「だーめ。あたし現場は見てないもの」
「へーい……」

友人と言ってもこの高校に入学してからの友人で、私がまだ男だった頃にちょっと良いなと思っていた子だ。
異性化のおかげで親密になれたものの、あくまでも友人としてなのでどこか不毛さを感じずにはいられない。
そもそも既に女同士だという点も忘れてはならないだろう。

―――ドドドドドッ
夏場なので教室の入り口や窓はほぼ全て開けっ放しにしてある。
その入り口から土煙を上げるかの如く私の隣の席に突進してくる女子が一人。

「学食いこーっ!」
「今日もお熱いことで。……つーか真夏日の気温をこれ以上上げるなよ、バカップル」
「……むう。バカップルじゃないもん!」

その女子生徒は隣に座っている男子生徒に抱きついてから、私の意見に抗議をする。

「okok、多数決を取ろうじゃないか。周りを見てみろ。どんな視線が突き刺さってるか理解出来るだろう?」

そう促して、クラスの様子を見渡す。当然彼らバカップルに視線が集中していたのが良く解る。
私に続いてバカップルも周囲を確認したので、わざとらしい咳払いやガタガタと椅子を動かす音が聞こえた。

「な?恥ずかしいだろ?」
「全然。ね?」
「……いや、俺は恥ずかしい」
「え~~~……」
「けど、嫌ではないかな」
「えへへ~」
「……なんなのこのクソカップル」

公衆の面前で堂々とイチャつくな、ときっぱり突っ込みを入れるも、軽くあしらわれてしまう始末だ。

「尾花さん、羨ましいの?」
「別に」

御形さんに唐突に話を振られる。内心妬ましい事この上ないが、ここは敢えて否定しておく。

「羨ましい、って話なら、誰かの告白okしてるだろうしな」

バカップルの片割れがここでフォローを入れてくれた。評価を少し上げてやろう。但し-100点が-99点になった程度だが。

「お前ら付き合い始めてもう1ヶ月になるだろ、そろそろ昼飯時の平穏な時間を返してくれないか?」
「む~~~」
「ふくれっ面も可愛いが、今の俺には効かんぞ。既に異性化した身だからな!
……はぁ、言ってて空しくなってきた。つーか、お前らなんで上手くいってんの?」
「「……?」」
「二人して不思議そうな顔するな!」
「や、だって、ねぇ?」
「だなぁ……尾花、否定しといてやっぱり興味津々なのか」

上げて落とすかこの野郎。評定-200点まで一気に下げてやる。

「………別に」

否定の言葉を絞り出すが、図星を突かれて若干気恥ずかしさが湧き上がり、頬が熱を帯びた。
気温のせい、という事にしておきたい。

「あ、赤くなった。可愛い!」

何故か御形さんまでノリノリだ。やめてくれ、君は僕の心のオアシスなんだ。オアシスが干乾びると死んでしまうッ

「ぶっちゃけ、尾花が思ってるほどうまくいってるのはごく最近からなんだけどな」
「そうそう、ボクらも最初は結構大変だったのです」
「そうだったんスか」
「そうだったんですっ!」

ふんすっ みたいな音を立てて胸を張るバカップル一号(女)

「意外だな……最初っからそんなノリだっただろうに」
「それは表向きだけ、かな」
「ふーん……」

異性化した者同士、なんとなく通ずる所があるからだろうか。おぼろげながらバカップル一号の話がすんなり飲み込めた。

「悩みがあるなら相談に乗るよ?」
「遠慮しとく」
「そう?きっとボクなら解るかもしれないけど」
「かもな、アンタも同じだったんだっけか。むしろ先輩か」
「うん、ボクは5月頭になっちゃったし……あ!解った」
「何がだよ」
「もしかして男の子から告白受けすぎててうんざりしてるとか?」
「まぁ、それもあるか」
「じゃあ、うんざりしてる所にボクみたいなのに彼氏が居て、付き合えてるから不思議でたまらない、とか?」
「ピンポンパンポン、正解者には厚焼き玉子をプレゼント」
「わーい。あ~ん」

箸で弁当箱から玉子焼きを一欠片掴み取り、バカップル一号の口へ放り込んだ。

「もぐもぐ……んぐっ。また腕上げたの?前より美味しくなってる」
「ああ……御形さんに鍛えられてるからな」
「良いなぁ…ボク全然出来ないから諦めてるのに」
「そーっすか」
「そ~なんです」

「おお、今日もやってるな。トリオ漫才」
「どこが漫才だ、どこが」

昼休みの平穏を乱すもう一つの理由が教室に顕現した。
私は仏教徒なんだから、祈りを捧げた憶えはないし、そろそろ天界か地獄へ還って欲しい。

「何処も糞もなぁ…見たままだろう」
「俺は毎日似たような被害にあっててうんざりしてるっつーのに……てめー様も原因の一つなの忘れてやがるな」
「おっ…今日は初っ端から俺様モードか。マジで機嫌悪そうだな」
「解ってるならゴマ位すり潰せ!形が残らないようにっ」
「今日はすり鉢持ってねーから無理だわ。いやー……残念だなぁ」
「嘘つけコラッ…嗚呼、忌々しい忌々しい……」
「よーし、良い解決方法を教えてやろう」

顕現した馬鹿男は奇しくもバカップル二号(男)の後ろの席。購買帰りなのか、昼食のパンが入っていそうな紙袋を抱えていた。
そして今までの会話もいつもの光景となりつつある夏の昼下がり、いい加減ツッコミに使うエネルギーを節約して午後の授業に回したい。

「ok、どうせロクでも無い内容だろうが聞いてやる。話して進ぜよ」
「俺の愛を受け入れる事だッ」
「うん、聞いた俺の思慮が至らなかったな。よし、死ね。今すぐ地獄へ行け」
「扱いひでーなぁ…本気だっつーのに」
「てめー様がトンチキな発言するからだろ。何が『俺の愛を受け入れる事だッ(キリッ)』だ。精々恋だっつの。馬鹿じゃね」
「うおお……いつにも増して辛辣な言葉の刃が俺の心に突き刺さる……ッ」
「嘘付け、いつも跳ね除けてるくせに。そうじゃなきゃ俺が変わった日からずっと言ってないだろ、テメー」
「なんだ、バレてたのか」
「はぁ……」

トリオ漫才が夫婦漫才にシフトして、そろそろ御形さんに締められて終わるのがいつものパターン。
……別に『夫婦漫才』と例えたからと言って、この馬鹿と付き合っているわけではないのでソコんところは勘違いしないで欲しい。
たとえ、こいつとは私が女になった日から毎日こいつに告白され続け、毎日私が断っている間柄だったとしても、だ。

「最近溜息が多いなぁ、尾花。溜息つき過ぎると幸せが逃げちまうぞ」
「原因の大半が黒葉、テメーなんだけどな」
「つれねーなぁ……俺はお前一筋なのに」
「信じられないね。どうせ他の女にも調子の良い事言ってんだろ」

今日は御形さんの突っ込みが入らない。そればかりか、バカップルの二人すら喋らなくなった。
周りが急に静かになり、私と黒葉だけが取り残されたような感覚になる。
蒸し暑いはずの空気が急に凍り付き、妙な緊張感が漂い始めた。

「無いな。それは無い。お前以外興味ないし」
「……キモッ。なんだよ、真面目な顔しやがって。どうせてめーも童貞捨てたいってだけなんだろ」
「それこそどうでもいいな。女体化しちまっても別にかまわねーし。例えなったとしても、尾花を好きなままだ」

黒葉は愚とも冗談とも取れる様な素っ頓狂な事を口走る。異性化を甘く見すぎているクセに、真剣な眼差しなので性質が悪い。

「(………そろそろ、何とも思っていない相手なんだから、相応の態度でばっさり斬り捨ててやるのが礼儀なのかもしれないな)」

そう思った私は深呼吸を一回して、気分を落ち着かせてから言葉の刃を振りかざした。

「本当に私のことが好きで言ってる?」
「ああ」
「思春期特有の劣情だけじゃないの?別にあるのは悪いとは言わないけど」
「違う」
「じゃあ仮に私が絶対にさせないって言っても我慢出来る?」
「勿論だ」

終始、黒葉は私の目を見ながら質問に答えた。緊張している事もなく、かといってふざけているわけでもない。
真面目に、真剣に、真摯に、心の底からの返事にしか聞こえない。
おまけに彼の二つの黒い瞳に映る私は、全て見透かされたようにその瞳に吸い込まれ、暑さも忘れてじっと見つめ合ってしまった。
彼と見つめ合う間、自分の心臓がトクン、トクンと脈打つ音がよく聞こえる。
頭の中でどこからともなく現れたもう一人の自分が問いただす。『本当にこいつのことを何とも思っていないの?』と。
あ……これは墓穴だった、かな。

「…………」
「返事は?」
「ふぇっ?!え?…な、何の?」

解りきっている事柄なのに、陶酔していた私は妙にうわずった声で聞き返してしまった。

「俺の告白の返事」
「…………えと」

今更気付いた想いを口にするのは気恥ずかしくて、どうにも口篭って中々返事が出せない。

「………はぁ、そうか……解った。俺もそろそろ諦めるわ。いい加減惚れた女の迷惑になるのもアレだしな」
「えっ?!」

私の煮え切らない態度を否定と取ったのか、彼は席を立ち上がり、教室から去ろうとしていた。

「ま、待って!」
「ん?」

思わず彼の腕を掴んで制止させた。

「返事、言う……から、待って」
「解った」

必死に脳内回路をフル回転させて返事の言葉を考える。
や、返事のベクトルは決まっているのだけど、それをどう伝えるべきなのか迷っているだけだ。
結局、どう答えて良いのか解らずに、二分くらい彼の腕を掴んだまま考え込んだ。

「ふ……不束者ですがっ…よっ…宜しく…お、お、おお、お願いします……」

そして出した結果がコレだ。
うん、私どんだけヒートアップしてんだ!これじゃ交際の返事じゃなくて結婚の返事じゃないか…ッ?!
ま、間違えているにも程がある。意図は伝わるからそこのところは大丈夫……だといいな。

―――ガシッ

彼は私の返事を聞くと、もう片方の手を私の背に回して抱きしめた。
私の方はというと、嬉しいやら恥ずかしいやら、様々な想いが綯い交ぜになっていて、顔を見られまいと彼の胸に顔をうずめていた。

「…………すげー」
「尾花さん、ついに落ちちゃったかぁ。あたしの予想通りね!」
「うーん…ボクの予想は外れちゃったか。まさか教室でなんて、ねぇ~?」
「……あのなぁ、同じように告ったナオが言えた義理じゃないだろう」
「え~……ボクの時はもっとあっさりしてたでしょ~?」

……え?

「しかも公衆の面前でしっかりと抱き合っちゃってまぁ、うふふっ、双方ベタ惚れじゃない?」
「うん、初々しさと大胆さ、普通なら同居する事の無い相反する雰囲気が上手く溶け合った甘ったるいカップルの誕生だね~」
「どっかの料理番組の評価みたいな言い方だな」

ああ、うん。そうだった。
ここは私の教室で、今は昼休みと言えども1/3くらいはクラスメイトが居て、さっきまで馬鹿話してた友人たちも勿論居て………

「いやぁああああああっ?!」
「あ、正気に戻った」
「ま、待って待って待って!!こ、これはその…えっと、あのですね……」
「尾花さん、彼氏が出来た感想をどうぞ」
「…………か、勘弁して」

教室に残っていた生徒全員の注目を集めてしまった私は、彼の腕の中で借りてきた猫の様に大人しくするしかなかったのであった。
やたら目立つ顛末を晒してしまったので、その日の内に黒葉との仲が校内中に知れ渡り、私への告白ラッシュはこの日を境にぴたりと止まったのは言うまでもない。


人が仮にといった話を真に受けたこの馬鹿を、我慢できなくなった私の方から押し倒す羽目になったのはまた別なお話。



797 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(西日本)[sage saga] 投稿日:2011/07/17(日) 05:34:47.32 ID:d7KjrEYEo [6/6]
Q1.気晴らしにしては長いな
A1.だってあっちは筆が進まないんだもん(´・ω・`)


>>789
蚊取り線香ってそんなに鬼畜な安価だったかなぁ……

それはさておき、続きが楽しみです。安価的意味は除いて。


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最終更新:2011年09月22日 11:38
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