暑苦しい真夏のど真ん中、オレは何故か学校に居る。
いや、生徒全員が来ているわけだからオレだけが補習を受ける羽目になったとかではない。
単に夏期講習という名目で夏休みの半分をこの学校に奪われてしまっただけだ。
この様な、ある種のスパルタを施してもこの高校は県下で2番目の進学校だと言う評価が付いて回る。
教育方針が悪いのか、それともオレたち生徒の出来が悪いのか、果てはその両方か。
「やあ、珍しいね」
「うっす」
「ひょっとして何か部活動でも始めたのかい」
「ねーな」
今日の講習も終わり、待ち人を待つ間(保険の先生が居ないので無断で)1階にある保健室のベッドで休んでいると、開けっ放しだった窓の外にいた園芸部員に話しかけられた。
勿論、そいつの目の前には花壇が広がる。見るのがうんざりするほど数が多く、見事に咲いた向日葵だ。
園芸部員の方も顔見知りだ。同じ中学だった奴で、中学でも園芸部員だった。ゲームで遊ぶわけでもなく、スポーツに興じるわけでもなく、何故か草花を愛し、土弄りが好きだと公言する変わった男だ。
この高校に入学しても、当然のごとく園芸部に入部して花を愛でている。何がそんなに面白いのかオレには理解が出来なかった。
だが理解は出来ずとも、別段不快だとか、嫌いだとかの感情が湧くわけでもなく、かといって親しい間柄でもない只の同級生というポジションをお互い保っている。
そんな奴が何故オレに話しかけて来たのか疑問が湧いた。
「あのな、ベッドでごろ寝してるオレが部活動なんか始めるわけないだろう」
「それもそうだね。でも学校に残っているって事は何か用事でもあるのかい」
「人を待ってるだけだな」
何故かオレの動向を訊ねられたので簡素に答える。隠さなければいけないモノでもないからだ。
オレの返答を聞いたそいつは何故か必要以上に納得しているようで、うんうんと頷いている。
「彼女を待っているんだね。羨ましいよ」
「……いや、あのな?」
「違ったのかい」
「ちがわねーけど……こう、な?解るだろ」
「なんとなくね。それ以上は聞かないから、安心して欲しい」
「ならいいが」
「時間がかかりそうなのかい?」
「聞かねーって言ったばっかりだろう……」
「違うんだ。もし暇ならちょっと相談したい事があってね」
どうにも要領を得ない会話が続く。相談、と言われても思い当たる事柄が無い。
と、すればオレの彼女に相談したい事があるのだろうか?いや、「暇なら」と訊ねて来ているのだからオレに対するもので間違ってはいなさそうなんだが
「あいつに相談か?それなら明日に―――」
「君に相談したいんだ。君以外に適当な人が思い当たらなくて」
一応の確認を取ってみると、やはりオレに相談があるようだった。花言葉はおろか花の名前すら解らないようなオレに園芸部員が何の相談なのだろうか。
「まぁ、長くかかりそうだっつー話だから時間だけならたっぷりあるだろうが、植物の知識は皆無だぞ」
「植物の話ではないんだ。……君と彼女の馴れ初めを聞きたくてね」
「待て、それ相談じゃねーだろ」
「参考にしたいんだ」
「参考、か……」
鸚鵡返ししつつ、意味を深く考えてみる―――までもなく、オレたちの話が参考になる相談ごとなんて種類が決まりきっている。
「不毛だぞ、オレたちのなんか参考にもなんねーって」
「どうして?」
「イヤ待て……あー…一応そういう場合もあるのか。で、槌田が惚れた相手は誰なんだ?」
「………ッ?! や、そ……それはその……」
オレの問いに急に口篭る園芸部員もとい槌田。
要するにこいつは恋愛相談をオレに持ちかけたわけだな。相手について訊ねる意味は無いのかもしれないが、オレ達の馴れ初めを話すかもしれないんだ、相手の事を聞くくらい良いだろう。
「2年生の先輩で君の彼女と同じように……先月"変わってしまった"人なんだ」
相手の名前は言いたくないらしいが、おおよそのイメージが湧くような文言だけは得られた。
つまるところ、にょたカノ持ちのオレににょた相手の恋愛相談っつーわけだ。
ここだけ聞けば、オレに持ちかけて然るべき話なのかもしれないのだが、現実はそうはならない。
「……だからオレに相談したいって事か?」
「そうなんだ。……その、恥ずかしながらそう言った事に縁が無くてね。おまけに女性化してしまった人相手だと、物凄く難しいらしいんだ」
「まぁ……普通の恋愛じゃなくなるしな」
「やっぱりそうなのかい?」
「だな……しっかし、先輩相手ってなるとだ」
「問題でも?」
「アリアリだ。オレ達の馴れ初めなんて参考のさの字にすらならないぞ」
「………どうして?」
「疑問が多いなオイ。……はぁ、オレらは所謂幼馴染だったんだよ。そこらの女体化恋愛小説だのドラマだの映画だのでお馴染みすぎる境遇の」
「だから?」
「お前そこまで聞いてまだ解らないのか?だから槌田の場合とまるっきり相手の立場が違うだろ」
「え?あ、うん。そうだね」
「"そうだね"……じゃねーよ、馬鹿。お前の相手はこの高校入って初めて会ったんだろ?」
「そうなるね」
「だったら………何処をどう捻じ曲げればオレ達の幼馴染話が参考になるっつーのかご説明願おうか」
「………あ」
「あ、じゃねーよ……」
誘導尋問ならぬ誘導理解をさせてようやく合点がいったのか、途方に暮れたような顔をする槌田。
この一連の流れ自体が夏の日差しと合わさってお互いの体力を削っていた。
「どうしよう……他に相談する相手なんて思いつかないし……」
「まぁ、馴れ初めを話す意味はねーけど、相談には乗ってやれない事もねーよ」
「ほんとに?!」
「ああ。期待はすんなよ。……つーか、オレ以外にもにょたカノ持ちなんて結構いるだろ」
「え?」
「うちの委員長の話じゃE組女子全体の6割近くが彼氏持ちだそーだぞ」
「……知らなかったよ。君だけかと思ってたよ。学校中噂になってたから」
「そんなにオレって有名なのかよ」
「うん。何せこの学校で20年ぶりに女性化してしまった生徒の彼氏なんだから」
「いや、それもうちのE組のほとんどがそうじゃねーか」
「最初の、って意味だね。良くも悪くも有名なんだよ」
「まぁ…あいつにはファンクラブもあるらしいから、当然っちゃ当然か」
槌田の話に肩を落としつつ、オレは保健室の窓から花壇のある外へ出た。槌田のやつは驚くわけでもなく、向日葵の花壇の方に向き直ってから地べたに座り込んだ。
オレも胡坐をかいて向日葵を眺める。この暑い日差しをものともせず、むしろ太陽に向かって顔を突き出しているかのように咲いていた。
ほんの一割程度で構わないから、向日葵の体力を今のオレにも分けて欲しい。
「んで、そろそろ具体的な相談内容について聞かせてくれねーかね」
「あ、ああ……うん。その……君はどうやって告白したのか教えてくれないか?」
「………は?」
「いや……その、悶々と気持ちを抱えているのは苦手でね。明日にでも告白しようかと思っているんだ」
「で、オレのソレを参考にしたいのか」
「そうだね」
「……告白してねーしなぁ」
「え?」
オレの返答を聞いた槌田は殊勝を越えた間抜け面を引っ提げてオレの顔をまじまじと見つめている。
「何となく、気が付いたら付き合ってたみてーな感じなんだよ」
実の所、これは半分嘘だ。だがしかし、何の見返りもなしに言える事柄でもないので黙っておく。
………仮に見返りがあっても言う話でもねーし、恥ずかしいからじゃないぞ。絶対に、断じて。
大体だな、告白なんてもんは本人の言葉で伝えるべきで、誰かしらの前例を参照するようなもんじゃねーのよ。
などと、誰に言い訳してんだか解らない事を考えながら、槌田の質問に答えている。
「まー、オレの話なんざ参考にせずにだな。園芸部らしく花束でも渡しながら告白すりゃいいんじゃねーの。目の前の向日葵とか」
「それは冗談で言っているのかい。向日葵は贈り物には向かないよ」
「そうなのか?」
「花言葉が複数あってね。意図が伝わり難いんだ。おまけに花束にするなんて聞いた事ないよ」
「流石に詳しいな。例えばどんなのがあるんだ?」
「有名なのは『あこがれ』や『私の目はあなただけを見つめる』位かな。天邪鬼なものは『いつわりの富』や『にせ金貨』などがあるね」
「色々あるんだな。つーか、別に最初の2つって意味なら贈り物にもぴったりじゃねーの?」
「それはそうなんだけど……後者の意味も知っているひとだから、万が一勘違いされようものなら僕は……」
「心配性なんだな。しっかし、なんで『いつわりの富』なんっつー花言葉ついてんだ、コレ」
何気ない疑問を投げかけると、槌田は目を輝かせ始めた。
ああ、この目はアレだ。あいつもたまになるんだが、何かしらの知識を語る時はいつも今のこいつと似たような目をしていたな。
種類は違えどヲタという者は知識自慢という自己顕示欲があるらしい。
今回の場合はオレから疑問を投げかけたわけだから、疎ましいわけではないのだが、そう嬉々とされても反応に困るものだ。
「向日葵はさ、ペルーだと太陽信仰と結びついていて、神聖不可侵な花として崇拝されていたんだ」
「信仰か、今んとこ富と全然関係がないな」
「話はこれからだよ。それで、太陽の神殿の巫女たちは純金で作られた向日葵をかたどった冠を被っていたんだ」
「高そうだな。どっかの博物館で見られんじゃねーの」
「はは、かもしれないね。そして、その冠を誰かに奪われた事から『いつわりの富』や『ニセ金貨』っていう花言葉が付いてしまったんだよ」
「意外と短い話だな」
「花言葉だからね。早々小難しい話が付いて来ても困りものだよ」
身構えた割にはさっくりとした説明を聞き終わり、向日葵の隣にある花壇を眺めた。
「じゃああっちの花でいいんじゃねーの」
「木芙蓉だね。……うーん。アリかもしれないな」
「もく?ってなんだ」
「ああ、芙蓉って名前はハスの別名でもあるんだ。そこにある花はそれとは違うから、区別する為に木芙蓉というんだよ」
「花言葉はなんだ?」
「繊細な美」
「いいんじゃねーの。ある意味繊細だしな……変わったやつって」
「経験談っぽいね。君の恋人の事かい?」
「それも含む、だな。クラスメイトがソレだらけだ」
「そうだったね。……曲解されないかな?」
「されねーだろ。槌田の相手ってそんなに卑屈なやつなのか?」
「どうだろう……ここ最近は複雑そうな顔ばかりしてるよ。心当たりはないかい?」
「オレに聞くなよ。会ってもない人間の心情なんてエスパーでもなけりゃよめねーよ」
「はは……それもそうだ」
こう答えはしたが、思い当たる節は無きにしも有らずで、言うか言うまいか一、二分迷った挙句
「あくまでも聞いた話だから、鵜呑みにすんじゃねーぞ」
と、付け加えてから話す。
「変わっちまうと体は勿論、自分の立場や価値観が180度ひっくり返るからな。否が応でも周囲を巻き込んで迷惑かけちまう上に、自分自身の立ち位置が定まらず宙に浮いたようになるんだとさ」
「彼女からの受け売り?」
「まーな。大方その先輩も、似たような感じなんだろ。支えてやれりゃー、モノに出来るんじゃねーの」
「な、なな、何を……」
「いや、最初からそういう話だっただろ」
「……じゃあ君はそういう手で彼女と付き合うようになったのかい?」
「それは秘密だ」
「意外とケチだね」
「ケチじゃねーよ」
「ねね、誰がケチなの?」
不意にオレの待ち人がオレの肩から顔を覗かせた。驚いたオレは一瞬仰け反る。
「ぷっ…驚いたの?すっごい間抜け面なんだけど」
「急に出てくんな!用事は終わったのか。……終わったらメールで連絡するっつー話は何処にいった」
「や……えーと。ごめん、すっかり忘れてた」
「忘れるなよ」
「悪いね、彼氏をお借りしてたよ」
「ん。お借り、って何の話をしてたの?」
一瞬、槌田と目を合わせると、首を小さく横に振っていたのでこう答えた。
「秘密だ」
「えー……私との間には隠し事なんてしないって言わなかったっけ?」
「オレに関するものならな。槌田の話だ。聞くなら槌田から聞いてくれ」
彼女は槌田に向き直ると、じろじろと舐めるように睨んでいた。お前はコイツに怨みでもあるのか。
「どんな話してたの?」
「え、いや……あはは……嫉妬されるような話ではないから、秘密にさせてもらえないかな」
「し、嫉妬なんかしてないっ!」
「……顔真っ赤にして否定されても説得力ねーぞ。つーかお前……男相手に嫉妬してどうすんだ?」
「あはは…マリーゴールドみたいな人だったんだね。知らなかったよ」
「マリー…?何ソレ」
「ああ、こっちの話だから」
「花の名前なんだろうけどな。花言葉はなんだ?」
「嫉妬と可憐な愛情」
「……ああ、ぴったりだな」
「~~~~っ?!」
何故かポカポカとオレの背中を叩き始めた。いてーよ馬鹿、と抗議するも彼女の手は止まらない。
槌田はオレ達のその様子を笑顔で眺めていると思っていたら、不意にオレの彼女の更に奥に視線を移していた。
「えっと……本人が来ちゃったから、さっきの話は終わりでいいかな」
「ん?ああ、っつーか、コイツが来たせいで元々話せなくなったしな」
「何よ、私が邪魔者みたいじゃない?!」
「……みたいもなにも、そのものだ」
「むぅ……」
「むくれるなよ。帰りにつじりこおり抹茶おごってやっから機嫌直せって」
「……ならいーけど」
ようやくなだめた彼女の頭をそっと撫でていると、その後ろから女子生徒が一人ここに来ていた事に気付いた。
「あら、入部希望の方?」
「せ、先輩。いえ、違うんです。ただの友達でして」
「あー。うん、なるほどね。噂通りのカップルなのね」
「失礼しました。すぐ帰るんで勘弁して下さい」
「失礼ついでに園芸部見学していかない?二人一緒に入部してくれるともっと助かるけど!」
やや強引なお誘いを受けるが、オレは元より彼女も乗り気ではなく、断ろうかと思っていると
「これからカレと用事がありますのでお暇させて頂きます」
隣にいた彼女がぺこりと頭を下げ、強引にオレの腕を引いてその場を立ち去ろうとしていた。
「あははっ、彼の事取ったりしないってば!ほんっと、可愛い子ね~。うん、男子連中が放っておかないのも解るわかる」
オレの彼女はその言葉で更に不機嫌オーラを強め、表情のみならず全身から『邪魔するな』と言っているようだ。
「見ただけじゃまるっきり女の子よねぇ……私も貴女みたいになれたらいいんだけど。何か秘訣とかない?」
何故か羨望の眼差しを向けていた女子生徒がそう言葉を発した。それだけで槌田以外は事情を察するには十分で、二人して不意に気の毒そうな顔をしてしまう。
「えっと……そういう相談なら、後日きちんとお聞きしますので、今日はその、約束を優先させて下さい」
「いいのいいの。大した事じゃないからさ。引き止めてごめんね」
「いえ、こちらこそすみませんでした」
そう言い残して、オレ達はそそくさとその場を後にした。
その後、駅前に移動中のバス内で再度彼女に訊ねられる。
「で、何の話だったの?」
「お前しつこいのな。マジで男に嫉妬してどうすんだよ」
「だって気になるもん」
「……仕方ねーなぁ。絶対に他で喋るなよ。オレじゃなくて槌田に悪いから」
「うん。あんな綺麗な人もいたし、もしかしたら、って思うじゃない?」
「あー、あれは多分槌田の片想い相手じゃねーか。先月なっちまったって話だったし」
「そうだったの?」
「そうだったんだよ。だから、オレにどう告白すりゃいいか、とかな」
「ふーん。んで、あの二人は上手くいきそうなの?」
「本人次第だろ、そこまで深く関わってねーし。っていうか今日話して上手くも糞もわからねーよ」
「それもそっか。……でも上手くいくと良いよね」
「だな。しっかし……おまえ案外独占欲強いのな。すげー剣幕だった」
「……べ、別に……あー、もう……そうよ!アンタだって独占欲強いくせに、私が強くて何が悪いのよ!」
「悪くねーって。意外と可愛かった」
「………もう」
後日、槌田とその先輩がどうなったかは聞いていない。
だがたまに廊下ですれ違うと幸せそうな顔をしていたので、概ね上手くいったのではないだろうか。
932 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします(西日本)[sage saga] 投稿日:2011/08/28(日) 20:58:08.64 ID:GMin55lIo [6/6]
あとがき
残暑お見舞い申し上げます。
Q1.おせーよ馬鹿
A1.ごめんなさい。どうにも筆が進まなくて伸ばし伸ばししてるとこんな時期に…
Q2.他の続きはどうした?
A2.マジで止まってます。期待しないほうがいいかも……こちらも本当にすみません。
最終更新:2011年09月22日 11:56