花火と浴衣・裏側2

北山にバレた。
この後の展開はもう決まったようなものだ。
北山がみんなに僕の正体をバラして、僕は長時間拘束されてしまうんだ。
ただでさえ罪悪感でみんなの顔をまともに見れないのに、長い時間一緒にいるとなると罪悪感で押し潰されそうになる事が容易に想像できてしまう。

「なんて顔してんのよ」

北山が苦笑いになりながら、呆れたかのような口調で言った。
多分、この時の僕は血の気が引いたような情けない顔をしていたのだろう。

「そんなに心配しなくても、皆には言わないであげるから」
「えっ?」

思わず聞き返してしまった。
だって、今の状況で僕が一番してほしい事を的確に言い当てたのだから。

「だから、今のアンタの正体を黙ってあげようと思ったんだけど……違うの? てっきり、そうだと思ったんだけど」
「い、いや、違わないんだけどさ……なんでわかったの?」
「アンタさ、私達に花火大会について連絡入れなかった事を忘れてたでしょ」
「ご、ごめん、わざとじゃないんだよ」
「わかってるわよ。今日、女の子に変わったんだから、色々あったんでしょ」

こういう時、頭の回転が早い人が相手だと理由を話さずとも、真実かそれに近い推測してくれる事が多いので助かる。

「うん、まあね」
「んで、アンタは細かい事を気にするタイプだから、私達に対してなんらかの負い目みたいなものを感じてるんじゃない?」
「う……」

しかし、こうもズバズバ言い当ててくるとは。
北山が探偵に見えてくる。

「まったく、アンタは変な所で真面目というか……しなくていい心配までするんだから」

返す言葉もございません。

「ま、とりあえずそういう事だから、あんまりシケたツラすんなって言いたい訳よ!」

北山はそう言うと、僕の額に強烈なデコピンを放った。

「いたた……」
「軽くやったんだから、痛い訳ないでしょ」

か、軽く……?

「……絶対嘘だ」
「なんか言った?」
「なんでもない」

僕はジンジンと痛む額をさすりながら、他の皆と一緒に自分の家に向かって歩きだした。

「ところでさ」
「なに?」
「私、アンタを見て気になってる事があるんだけど」
「なにかな」
「あのさ、アンタ浴衣の……」

北山はそこまで口にしてから、一度言葉を切って声の音量をヒソヒソ声の領域まで落とし、話を続けた。

「浴衣の下、何着てる?」
「下? サンダル履いてるけど」
「そういう意味じゃねーわよ。私が言ってるのは浴衣の下……直接的に言うと下着を着けてるか、聞いてるのよ」
「え……し、した……?」

僕はしばらく北山の質問の意図を理解できず、うろたえているばかりだった。

「言っとくけど変な意味はないわよ。ただ、普通浴衣って下着のラインとか浮き出やすいんだけど、アンタのには出てないからどうなのかなって。ただの好奇心よ」

北山はあらぬ誤解を受けていると思ったのか、少し慌てた様子で説明した。
なるほど。浴衣は下着のラインが出やすいのか。
でも、今の僕はノーブラ&ノーパンだから出るはずないね。
……今さらだけど、恥ずかしくなってきた。

「さ、どうなのよ?」

北山は僕に答えを促す。

「つ、着けてない……けど」

答えなければ、北山が不機嫌になるだけなので仕方なく答える。だけど、さすがにハッキリと告げるのは恥ずかしいので小声で言う。

「え、なに? もう一回言って」

どうやら、僕の聞こえなかったらしく、北山は顔を小さく歪め、もう一度言うように促してくる。
正直、一回言うだけでもかなり恥ずかしく、もう一度言うには結構な勇気がいる。
なにせ、友達に今自分はノーブラノーパンって宣言するんだから、ごっそりと精神力を持っていかれる。
もういっそブラもパンツも着けている、と嘘をつこうかと思っていたら、北山に後ろから覆い被さるように抱き着いてきた女子により言い出すタイミングを失った。

「二人とも離れた所でなーにをこそこそしてんのさ?」

北山に抱き着いている女子……東が僕に視線を向けながら質問してきた。

「こ、こそこそなんて、そんな……」
「ん? この人かノーパンかどうか確認してただけよ」

北山よ、なんて事を言ってくれたんだ。
せっかく当たり障りのない回答をして、この場をやり過ごそうとしたのに。

「ノ、ノーパン?」

ほら見ろ、僕を見る東の目に疑惑の色が浮かんでいる。

「んで、わかったの? ノーパンかどうか」
「まだよ。答え聞く前にアンタが乱入してきたからね」
「ふーん……ねえ、キミってノーパンなの?」

東が僕にストレートな質問をしてきた。実に東らしい豪快な聞き方だ。

「そ、それは……秘密」

さすがにここで「ノーパンだ!」と言えるほど度胸がある訳でもないので、黙秘する。

「ほう……」
「秘密ねえ……」

僕の言葉を聞き、二人はニヤアと可愛げのカケラもない笑顔になった。
なんか嫌な予感がする。

「秘密と言われると、ねえ……」
「知りたくなるのが人の性、だよねえ……」

手をワキワキさせながらにじり寄る二人を見て、僕は自らの失敗を悟った。
嘘をついてでも、二人の興味を無くすべきだった。
祭の夜という事でテンションが上がり、今現在のような羽目を外しすぎな行動に出る可能性はあったというのに。

「さあ、おとなしくしなさい」
「痛くないよ~……痛くないから~」

僕が後ろに一歩下がると二歩、二歩下がると三歩と、一歩ずつ距離を詰めてくる。
このままじゃノーパンかどうか直接的に確かめられてしまう。
確かめられてしまう部分が部分だけに、そのような事態は避けたい。
しかし、現実とは無情なもので僕はあっと言う間に壁際へと追い込まれた。
二人は依然としてにじり寄り、ついに僕の浴衣に手がかかった。
だ、誰か助けてくれ!

「いたっ!」
「いてて……」

僕の祈りが通じたのか、暴走しかけていた二人の頭に一発ずつチョップが入った。

「はぐれたと思ったらこんな所で何しようとしてたんだ?」

チョップを放った人物……長井が、痛みに頭を押さえている二人を呆れた視線を向け、それから僕の方に顔を向けた。

「その……大丈夫でしたか? そこの二人に何か変な事されませんでしたか?」
「あ、うん、大丈夫……」
「よかった」

つい、いつもの感じで答えてしまったが、特に怪訝に思われる事もなかった。

「ほら、二人ともちゃんと謝れよ」
「わ、悪かったわ、ごめん」
「あはは。ちょっと調子に乗っちゃったよ、ごめんね~」

長井に促され、北山はやや罪悪感を感じているように、東は済まなそうにしながらも明るい口調で謝った。

「い、いいんだよ、結果的に僕は何にもされなかったんだし」

それに、謝らなきゃいけないのは僕の方だよ。連絡忘れちゃったんだし……さ。
それにしても、これだけの騒ぎの中だというのに、背中の妹は一向に起きる気配がない。
将来は大物になりそうだ。



それから十五分ほど歩き、僕と長井は家の方向の関係でみんなと別れて別方向の道を進む。

「……………………」
「……………………」

お互い無言で、気まずい事この上ない。
しかも、さっきから長井がそわそわと落ち着きがなくて、とても気になる。
それに、僕の方にチラチラと視線をよこしているのも気になる。
よし、聞いてみるか。
黙ったままのこの状況を打破できそうだし。

「あの、長井……くん?」

名前を呼んでから、まだ名前を教えてもらってないと気付いた。
まあ、北山に教えてもらったってことにでもしておこう。

「な、なにか?」

長井は誰が見てもわかる程に落ち着きを無くしていた。

「さっきから落ち着かないけど、なんか気になることでもあるの?」
「い、いえ、特には……」

いや、さんざん挙動不審な様子を見せておいてそれはないだろう。

「嘘だ。絶対なんか隠してるよ」
「うえっ!?」

長井は核心を突かれた動揺からか、今まで一度もあげた事のないような奇妙な声を出した。

「な、なんでわかったんです……」

いや、あの状態を見て正常だと思う人はいないだろう。
と馬鹿正直に言うのも躊躇われたので、適当な事を言っておこう。

「勘……かな。あ、でも隠し事の内容まではわかんないな」
「勘かあ。女の勘ってやっぱ凄いんですね」

あっさりと騙された長井は、僕に好意的な視線を送る。

「あはは、ま、まあね」

そんな長井に、僕は渇いた笑いを返す事しかできなかった。
だがとりあえず、その話のおかげで長井との間にあった沈黙は無くなり、とある交差点に付くまで会話が途切れる事は無かった。

「じゃ、僕の家こっちの方だから……」

長井の家とは反対の方向を指す。
本当は、長井の家と同じ方向にあるのだが、何度も僕の家に遊びに来ていて僕の家の場所を記憶している長井と一緒に帰るのはよろしくない。

「あ、はい……」
「またね」

どこか名残惜しそうに返事する長井に軽く手を振り、背を向け歩きだす。

「……ま、待ってください!」

数歩ほど歩いた時点で、長井に呼び止められた。

「ん、なに?」
「あ、あの……」

長井は何か言いたそうで、でもなかなか口に出来ずにいる、そんな雰囲気を醸し出していた。

「…………」

話そうとしている内容こそわからないが、それが長井にとって大切な話だと直感で理解した。だから、僕は長井が決心して話すまで無言で待つ。

「…………あの……あなたに」
待つこと数分、決心がついたのかようやく長井が口を開いた。

「恋人っていますか?」

その質問は僕にとって完璧に予想外だった。

「こ、恋人?」
「はい、恋人です。もしくは好きな人でも構いません」

な、長井はいったい僕に何を聞いてるんだ!?
いや、こんな事を質問して何をする気になんだ!?
い、いかんいかん、慌てるな、落ち着くんだ。
慌てるのは後回しにして、とりあえずは質問に答えよう。

「こ、恋人も好きな人も今のところはいないけど」
「ほ、本当ですか!」

長井の顔には、明らかな安堵の表情が浮かんでいた。
なんで僕に恋人がいないと、コイツが喜ぶんだ。
わからない。

「そ、それじゃあ……」

長井はさっきより落ち着きなく体をそわそわさせながら言葉を紡ぐ。

「お、お、俺と付き合ってください!」

…………え?
い、今なんてった?
ぼ、僕と付き合ってくれって、長井が、告白、僕に?
い、いや、これはよくある勘違いだ。付き合うってのは恋人関係という意味ではなく、特定の場所に付き合ってくれって意味だ。
うん、そうだ。そうに決まってる。
いや、でもそれだとわざわざ僕に好きな人いるのか聞いた意味がないし、それにそういう質問するって事は…………やっぱりそういう意味、なのかな。

「あ……う……えと」

何か言おうと口を動かすが、告白の衝撃と頭の中に台詞が用意させてない事で、まともに喋れない。

「へ、返事は今じゃなくても……あ、あのここの近所に公園あるんで、明日の夕方六時に来てください。返事はそこで…………それじゃっ!」

僕はしばらく、走り去っていく長井の背中を呆然と見ている事しかできなかった。

「お姉ちゃん、告白された。モテモテ?」

呆然としていた僕の耳に妹の声が響く。

「お、起きてたの?」
「うん」
「い、いつ頃から起きてた?」「えっとね『僕の家こっちの方だから』くらいから」

って事は告白部分は丸聞こえですか……。

「空気読んで黙ってたよ」

どこか自慢げな口調で妹は語る。
空気読んだのは偉いけど、どうせなら寝ていてほしかった!
妹に告白丸々聞かれるとか何の罰ゲームだよ!

「お姉ちゃん、モテモテ?」
「……ノーコメントで」



この後、どうやって家まで帰って来たか覚えていない。
家に帰ってきた後も、何もやる気が起きず、自分の部屋に直行し浴衣のままベッドに寝転び、そのまま寝てしまい……現在に至る。
ドアのノックが止み、サチと母さんの話す声が聞こえる。
でも、今は何も考えたくない。
ゆっくり、ゆっくり休もう。
僕は再び目を閉じ、眠気に身を委ねた。

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最終更新:2011年09月22日 13:31
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