クロス『己と自分、チカラと力 』

 

75 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:08:16.73 ID:1YTzSv4mo
其の漢(おとこ)・・己が力に酔いしれながら拳を振いながらも無念に死ぬ。

  其の嬢(むすめ)・・漢を受継ぎし現実と廓し、己が道を見出す。

 

そして2人は一つになったはずだった・・しかし漢は未だに死んではいなかった。道を見出した嬢の中で宿った虚空の中に蓄積された強大な力で現実と未来に牙を剥く。

 

 

己と自分、チカラと力

 


                            ちんくしゃ


とある高校で数十人単位で膨れ上がっている不良どもを一人の女が相手をしていた。女の華麗な技と持ち前の力で
ねじ伏せながら不良どもの数は次々と減っていき、遂には最後の一人にまで追い詰めていた・・その女の名は
相良 聖、男時代は誰もがその名を知る呼び名は“血に飢えた狂犬”いくら女体化したとはいってもたった一人の女に
成す術もなく敗れ去った彼等のプライドは既に完全粉砕されており、追い詰められている男も恐怖心が震えとなって冷や汗と脂汗が全身に滲み渡っている。

「そ、そんな・・女体化したってのに」

「女体化しようがしてまいが俺様を舐めないことだな。・・まぁいいや、さっさとくたばれッ!!!!」

聖の一突きによって男は完全に沈黙した。全てを殲滅した聖は周りを見回すと男時代と変わらない自分の力に歓喜しながら拳を揮い上がらせる。

「ハハハハッ!! やっぱ昔とちっとも変わっちゃいねぇ、これならあいつとの決着もつけれそうだぜ!!!」

「・・その俺がどうかしたか?」

「て、てめぇ――!!」

ひょっこりと姿を現したのは長年の宿敵である翔、男時代は拳と拳をぶつけ合い最強の座を争った宿敵同士であった・・しかし聖の女体化を経て2人の中で様々な馴れ初めを経て恋人同士となったのだが、どうも今までの地が出てしまう。

「何しに来たんだよ」

「お前な、そろそろ・・」

翔が何か言おうとした瞬間に今度は翔に向かって先ほどとは別の集団が鉄パイプ片手に問答無用で襲い掛かる。


76 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:08:46.20 ID:1YTzSv4mo
「見つけた! 中野だ!!」

「殺戮の天使を討ち取ってやるッ!!」

「覚悟しな・・!!」

「中学時代の恨みを晴らすッ!!!」

「宿敵の前で泣き叫べッ!!!」

翔は集団をちらりと一睨みすると、襲い掛かってきた一人のあばら目掛けて思いっきり拳を放つ。一人が怯んだ瞬間に
鉄パイプを奪い一人の脚、一人のわき腹を思いっきり叩くと怯んだ相手の顔面にストレートを綺麗に決める。そのまま
瞬く間に3人殲滅すると一人の髪を掴むとそのまま自分の膝目掛けて思いっきり蹴り上げる。

瞬時に5人の集団の内、4人を殲滅すると翔はそのまま鉄パイプを捨てて最後の一人にドスの利いた声で降伏を促す。

「おい・・俺は非常ォに機嫌が悪ぃんだ。さっさと消えろ」

「ひ、ひぃぃぃ!!!」

最後の一人が逃げるように去っていくと雨が降り始める、雨はだんだんと強くなり辺り全体を容赦なく濡らし始める。

「最近は弱くなったと心配したが・・俺の思い過ごしだな」

「・・このまま突っ立ってると風邪引くぞ」

「チッ・・わかったよ。帰ェるよ」

翔に促されてようやく聖は帰宅の目処をつける、対する翔はいつものようにやれやれと溜息をつきながら聖と帰宅するのであった。


77 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:09:15.56 ID:1YTzSv4mo
その翌朝、いつもどおりに翔は隣で眠っているはずの聖を起こして2人で学校に行こうと思ったのだが・・既に聖の姿はなく翔はただただ唖然とするばかり。

「あの野郎・・」

しかしいつまでも呆然としていても仕方がないので翔はそのまま制服に着替えると学校へと登校する、登校がてら周囲を見回しながら聖を捜索して見るがその姿は全然見えない。結局、朝のHRを終えても聖が見つからないまま憂鬱な状態で過ごす翔、僅かな希望に思いを馳せて教室にも入って見るが聖の姿は未だにみえず・・その代わりにとある男の姿が視界に入る。

「・・よりにもよってお前かよ宗像」

「らしくない挨拶だな中野。表情から察するに・・何かあったな」

「うるせぇ。・・それよりも愛しの団長殿はどうしたんだ? また振られ・・」

「呼んだか?」

その瞬間、翔の背後からとある気配を感じ取る。恐る恐る振りかえると応援団長、藤堂 沙樹が既に翔の背後を取っていた、慌てて翔は沙樹から距離を置くと持ち前のオーラを崩さない。

「何でお前もいるんだよ・・」

「俺達は特進クラスだろ。顔を合わせるの至極当然の事だ」

「そういやそうだったな。・・だけど今の俺はお前等のような暑苦しいバカに付き合っている暇はねぇんだ。とっと席について置け」

「ところがそうもいかなくてな。中野、お前にはとある事を手伝って貰いたい」

宗像に言い寄られて思わず後ずさりしてしまう翔、しかも沙樹の方も宗像を止める気配は全くない・・暫くの緊張戦が繰り広げられる中で沙樹が口を開く。

78 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:10:55.25 ID:1YTzSv4mo
「中野、お前に頼みがある」

「な、何だよ・・」

「・・頼む! 昨日の授業のノートを見せてくれ!!」

「へ?」

沙樹の意外な頼みに拍子抜けしてしまう翔、そのまま呆然としてしまう翔に宗像からの説明が入る。

「実はな、昨日団長はとある事情で保健室へ行っていてな。その間の授業が受けれなかったんだ」

「だったら俺じゃなくてお前がやってやればいいだろ!! 同じ応援団ならそっちのほうがいいだろ」

「生憎俺は余りノートを取らない主義でな。こればかりはお前に頼むしかないんだ」

宗像達の意外な頼みに首を傾げてしまった翔であったが、そういった理由ならお安い御用でもあるし何だかんだ言っても自分を頼ってくれる人がいるのならばそれに応えて上げるのが男としての筋と言うものである。翔はそのままノートを取り出すとそのまま沙樹に差し出す。

「ほら。・・俺も使うから手短に職員室かどっかでコピーしてこいよ」

「すまないッ! 恩にきるぞ中野 翔!!!」

そのまま沙樹はノート片手にどこからともかく立ち去ってしまった、呆気に取られる2人であったが再び冷静さを取り戻すと翔はそのままゆっくりと席へつく。

「悪いな、団長に代わって俺が・・」

「別に構やしねぇよ。そういや昨日は藤堂が休んでたの思い出したし・・俺にとってそんな事よりも重要なことがあるしな」

翔にとって一番の懸案事項は他ならぬ聖の行動について、最近はようやく落ち着きを見せたもののどうもまた
他の高校へ喧嘩を売っては必ず〆て帰るらしい。翔が知る限りでも昨日の高校で18校目だ、もうそろそろいい時期
なのでここらへんで聖には出来るだけ控えて欲しいのだが、かつては互いを憎みあい拳をぶつけてきた宿敵同士・・
そう簡単にいかないことぐらい他ならぬ自分自身が良く知っている。相良 聖・・彼女がまだ男だった時は
その強大な力で何度もねじ伏せ掛けられた事はあったが、自分の持ち前の意地と根性と数々の修羅場をくぐり抜け
鍛え上げたその身体で何度も何度も思いっきり殴り返した。

案外、聖が女体化したのを機に付き合い始めているこの現実に納得していないのは他ならぬ翔自身なのかもしれない。

「そうそう、最近占いに凝っていて言い忘れてた事があった。・・最近の相良 聖には気をつけろ」

「何だと――」

「おっと、俺が言っているのは今の相良ではない。・・“血に飢えた狂犬”に気をつけろよ」

含みのある言い回しを残して宗像は席へと戻って行った。


79 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:11:31.93 ID:1YTzSv4mo
昼休憩、宗像の言い回しも気になる中で翔はいつものように辰哉を昼飯に誘うとそのままのんびりと平穏の風を身体に纏わせる、結局あれから聖は学校には来ていないようで決して表には出さないものの翔にしてみれば自然と苛立ちが募る。

「先輩・・どうしたんですか?」

「あ、ああ・・少しな。それよりも最近の調子はどうだ?」

「まぁ、ボチボチってとこですね。しかし此間は2人とも大丈夫だったんですか?」

「こってり説教されて絞られたけどな・・」

前の旅行で翔と聖を待っていたのは礼子からの説教フルコース、聖に対してはそれほどではなかったものの翔に関しては個人指導も含めてかなりの時間が費やされており、思い出すだけでも胃が痛くなる・・

「全く、礼子先生もあいつにだけは甘いんだよな・・」

「まぁまぁ、それでも先輩や聖さんにはお世話になってますよ」

辰哉達にとって翔達は自分達の憧れの象徴でもあるし辰哉としても色々と参考にさせてもらっている部分はかなりある。

「あいつもな・・そろそろ落ち着いてくれれば俺としては嬉しいんだがな」

「ですけど、ツンさんや刹那ちゃんや狼子達といる時は普通なんですけどね」

「それが唯一の救いだよ」

翔の溜息と同時に昼休みは静かに終わりを迎える。

80 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:12:17.26 ID:1YTzSv4mo

舞台は変わって、ここはとある中学校・・翔と辰哉の妹達もいつものように音楽室で昼休みを迎えていたのだが、辰哉の妹である祈美が音楽室の書類をあさっていると何やら怪しげな本を発見する。

「うおwwwwwwwwww」

「どうしたのよ? 人がいい気分で好きな曲を弾いているときに」

「椿、これを見てよ」

祈美が椿に差し出したのは音楽室に似つかわしくない魔道書、何故こんなものが音楽室にあるのかは謎である。

「何なの・・その本?」

「さぁ? 偶然漁ったら出wwwwてwwwwきwwwwたwwww」

「じゃあ元に戻しましょうよ。学校のを勝手に持ち出すわけにはいかないし・・」

「よし・・開いてみようwwwwwwww」

祈美はそのまま本のページを開いて見るが、本の中身は英語でも日本語でもない謎の言語がびっしりと記載されているだけで何が書いてあるかは恐らく製作者だけかと思われる。

「・・なに書いてあるかわかんね」

「お兄ちゃんでも読めなさそうね。それに見たところかなり古そうな本だし・・書いた人はこの世にはいなさそうね」

「もしかして何かの呪文を言えば反応するんじゃね? スゲーナスゴイデスwwwwwwwwww」

「そんなわけな・・えっ!! 嘘ッ!! 本が反応している!!!」

でたらめで言った祈美の呪文に反応するかのように本は光り輝きを増す、あまりにもの眩しさに2人は自然と目が眩んでしまう。

「うおっ、眩しッ!!」

「な、何なの・・」

光が広がる中、2人の目の前にとある物が飛び出してきた。2頭身ほどしかない身長、前黒ずくめの格好に加えて
背中には可愛い悪魔の羽根・・どこぞやの某キャラクターにも見えなくもない格好ではあるがそれは察して欲しい
ところである。

本から飛び出した彼の名は・・

「悪wwww○wwwwくwwwwんwwwwだwwwwww」

「ちげぇ!!!!!」

祈美のやり取りは置いておいて椿の方はというと・・

「な、何なの・・??」

もはやこの光景に現実がついてこれず目の前の光景にただただ絶句するばかりであった。

81 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:12:52.98 ID:1YTzSv4mo
本から出てきたのは紛れもない、悪魔・・彼(?)はただただ周りを見つめると欠伸をかきながら久方ぶりの現代の感触を身体で感じ取る。

「へぇ~・・この世界にも女体化があるんだな」

「女体化を・・知ってるの?」

「悪魔の癖に物知りwwwwwwww」

「ちょっと祈美は静かにしてて。・・あなた何者?」

出てしまったとはいえ椿はこの悪魔を知るために対話をしてみる、外見はちょっとあれだがまだ自分達に危害を加えるとは限らないので祈美を静止させながら話を続ける。

「俺の名前は・・実はない、悪○君や○ビル君でも呼び易い名前だったら何でも良いぞ」

「ならばここはデ○ル○ター○でwwwwwwwwww」

「そろそろ名前ネタは収めてちょうだい。・・で、あなたは一体?」

「俺は・・お前達で言うところの悪魔だ。それにしても俺を呼んだのは誰だ? あの本を介して呼ばれたのは実に千六百年振りだからな」

「はいはいwwwwwwwwww」

欠伸をかきながら悪魔は実にめんどくさそうにしながら本を持っている祈美に用件を伺う。

「それでお前の願いは何だ? 久々の仕事だからさっさと片付けたいんだよ」

実に千六百年という人間に取ったら気の遠くなる長い長い時間も永遠の命を持つこの悪魔からすれば何ら大した事はない、それに長いこと仕事をしていないのですっかりとサボり癖が出てしまったようだ。

「それじゃ・・」

「ちょっと待った!」

椿は願いを言おうとした祈美を再び制止する、この悪魔は自分達に危害を加えないとは言ってもその存在はかなり不気味だし、あまり関わったら碌な目にならないと椿の直感が告げていた。

82 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/04(金) 16:13:41.45 ID:1YTzSv4mo
「早くしてくれ、さっさと仕事終わらせてまた色々世界を彷徨う予定があるんだ」

「どういうこと?」

「・・簡単に言えば無限に広がる並行世界への干渉。だって千六百年間かなり暇だったからな、最初は次の仕事が来るまでの暇潰しにしてたんだが段々仕事よりも楽しくなってな」

「ちょっと・・具体的に教えて」

なにやら物騒できねくさい匂いを感じた椿は更に話を掘り下げる。

「俺達には仕事をするために特殊な“力”が備わってる。そいつを使って様々な並行世界を行き来してるんだ・・さぁ、説明はもう良いだろう。願いをさっさと言え」

「ちょっと待って、私達はただ・・」

「はいはいはい!!! それじゃあ、私をス○パーサ○ヤ人にしてくれwwwwwwww」

「その程度で良いのか? それじゃあ・・」

「えっ? ちょ、ちょっと!!!」

悪魔が力を入れると突然祈美の髪は逆立ち黄金のオーラにあの独特のSEが流れる、あの某地上げ屋宇宙人が恐れた伝説の戦士が今ここに降臨した。

「う、嘘・・」

「ちょwwwwwwwwww本wwwwww物wwwwwwだwwwwwwwwwwww」

現実では到底不可能の夢を叶えた祈美には興奮が止まらない、力を入れて全世界では有名のあの独特の構えを取るが・・

「いくぞwwwwwwww か・め・は・め・・・あれ? 消えちゃった!!!!!」

「はい、終了。最初だからサービスにしてやるが、これから先を続けたかったら代償として家族全員の命貰うからな」

突然として祈美の姿は元に戻り、力を入れようとしても何も起こらない・・どうやらこれで悪魔の仕事はこれで終わりらしい。

「え? ちょwwwwwwww」

「それじゃあな。言っておくがその本は俺の仕事が終わったらこの世界には留まらずに別の世界へといくんだ。だから探しても無駄だぜ」

「mjd?」

そういって悪魔は再び眩い光と共に本と一緒に姿を消す、悪魔が完全に消え去った後2人は暫しの間呆気に取られるしか方法はなかった。


88 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 08:53:15.88 ID:HbGWUC33o
あらゆる敵を完膚なきねじ伏せる圧倒的その力、どんな衝撃をも耐え切る筋骨隆々なその鋼の肉体・・かつて相良 聖はそれらをフル活用しながら立ち塞がる幾多の修羅場をくぐり抜けていた。しかしそれらは女性の部位へと変換されており、かつて自分を象徴していたものは過去の産物へと成り果ててしまう・・自分の心の中を彷徨う聖の目の前に突如としてある人物が姿を現す。

「よぅ・・女の俺」

「てめぇは――・・」

聖の目の前に現れたのは今まで自分自身であった男・・相良 聖、女体化をしてからいつしか彼の存在は心の奥底の隅に追いやられてしまい、煉獄の闇の中で一人佇んでいたはずだった。

「この俺に何のようだ? てめぇは俺の中で大人しく眠ってな」

「がっつくなよ。・・俺はな、お前に別れを言いにきたんだよ」

「・・何だと」

すると男の方の聖の背後から椿と祈美が呼んだ例の悪魔が姿を現す、何となく胡散臭さを感じる聖ではあるがどうやらこのまま好きにさせるのは嫌な予感がするし、何よりもいけ好かない気分がして尚更だ。

「何なんだ・・てめぇはよ」

「俺の名前は・・まぁ、お前達で言うところの悪魔だ。実はこの世界についた時にある暇潰しを思いついてな」

「へっ・・悪魔らしく趣味の悪い野郎だな」

「そうか? お前等の願いも叶えてやってるんだぞ、特にあの中野 翔との決着をつけたいんだろ。だからこうして相良 聖を2人に分けてやるんだ」

悪魔の物言いに女の方の聖はふつふつと怒りが湧いてくる、自分の心の中でこうやって好き放題にされて気持ちいいものではないし何よりもこうして自分の中で見知らぬ人間にチョロチョロされるのが聖にとって何よりも腹正しい。

「うるせぇ!! ・・てめぇも俺から出ていきたきゃこの俺様を倒して行きな!!」

「上等!! 同じ俺同士だからこそやり易いもんだからな。・・女だからって容赦はしない、徹底的に叩き潰してやる」

「来いよ、木偶の坊・・女だからって舐めんじゃねぇ!!!!!!!」

お互いに構えを取りながら2人の聖は暫し互いを睨みあう・・そして男の聖が拳を振り上げるがものの見事に空を切る。その隙を突いて女の聖が鳩尾目掛けて正拳突きをお見舞いするが、男の聖はそのままの状態で拳を振り上げて顔面をぶん殴る。想像を絶するダメージを受けた女の聖だったが、怯むことなく果敢に男の聖に拳を撃ち続ける。

90 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 08:54:23.24 ID:HbGWUC33o
「顔面殴られた程度で負けてたまるかよ!!!」

「女になっても中々やるじゃねぇか・・――だがなッ!!」

男の聖は拳の連打を頭突きで強引に断ち切ると、そのまま拳を振り上げて女の聖目掛けて拳を放とうとするが・・女の聖はそのまま拳を振れるように捌くと・・拳を放っていた男の聖が凄まじい回転と共に地面に強烈に叩きつけられる。女の聖はその瞬間を逃さずにそのまま腹部に飛び膝蹴りを放つとそのまま馬乗りになり男の聖に拳を放つ・・が、その表情は無表情ながらもどこか哀しみを帯びているようにも見える。

「この!! これだけ徹底的にやってるんだからいい加減にくたばりやがれ・・」

「糞女が・・調子に乗るなよ!!!」

男の聖はそのまま右腕で拘束を振りほどくとそのまま腹部目掛けて蹴りを食らわせ、女の聖が怯んだ隙に肩、胸に高速で拳を放ちダウンを取る。そのまま今度は男の聖が馬乗りになり、女の聖の首を掴むと徐々に力を入れていく・・その表情は狂ったように笑っていた。

「アガガッ・・こ、この野郎・・」

「言っただろ? この俺が徹底的にやるんだからな」

「・・るせぇよ!!!」

徐々に息が苦しくなって来た女の聖、そのまま傍観していた悪魔も勝負がついたものと判断して止めようとするが・・女の聖はそのまま全ての力を振り絞って持ち前の脚力と柔軟を活用し、男の聖の腹部を蹴り上げて拘束を振りほどく。

「ゲホゲホッ!! ・・こ、これで五分だぜ」

「クッ・・さっき蹴りをかましたとこにこれか!!」

「ハァッ!!」

女の聖はそのまま勢い任せて三段突きを放つが・・元々女体化して体力が落ちて蓄積されたダメージが重なって威力は弱々しかった。そのまま男の聖は腹部に強烈な一撃を放ち、再度女の聖をダウンさせる。

「ガハッ――」

「・・これで決まりだな。女体化して軟弱になりやがったのがその様だ」

「待てよ・・まだ勝負はついてねぇぞ!!!」

女の聖は既に脳震盪を起こしており意識のほうも朦朧としてはいるが、その瞳は決して揺るがずにその視線は決して怯みはしない。

「呆れるぐらいのバカだな。・・これが俺だと思うと溜息すら出ねぇよ」

「う、うるせぇ・・まだ俺はくたばっちゃいねぇぞ!!!!」

最後の気力を振り絞って女の聖は己の力に喝を入れる、喧嘩で無敗の相良 聖は己に課したルールがある・・それは決して倒れず最後まで生き残ること。そのルールを頑なに守っていた聖であったが、今それが破られそうになっている、自分自身の手によって。

「こ、来いよ。俺ァ・・まだ負けちゃいねぇ!!!」

「強情だな。・・気が済むまで来な」

「「うおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!!!!」」

更に激しくなる2人の激戦に今まで傍観を決め込んでいた悪魔はやれやれと溜息をつきながらのんびりと激戦を見届ける。

「早いところ終わんないかな。人間と言うのは相変わらず面倒なもんだ」

「いい加減に・・」

「「大人しくくたばりやがれ!!!!!!!」」

――2人の拳が激しくぶつかり合い、勝負は決した。

91 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 08:54:52.41 ID:HbGWUC33o
「グッ・・ガハッ!!」

「ハァハァ、女の癖に強情な野郎だったぜ・・」

倒れこんでいるのは女の聖、そして立ち上がったのは男の聖・・2人の聖の対決はそれぞれの思いが入り混じる中で終結を迎える。

「おい、さっさとやれ・・そしてあの野郎を今度はぶちのめすッ!!!!」

「ようやく終わったか。・・それにしても女とは言え自分自身をぶちのめした感想は?」

「・・下らねぇよ」

男の聖が吐き捨てるように述べると悪魔はそのまま呪文を詠唱する、これから悪魔が行う呪文は男の聖を現世に呼び出す呪文。悪魔が呪文を詠唱し終えると男の聖の身体が光に包まれる。

「さぁ、終わったぞ。これでお前は晴れて自由の身だ、ついでに面白いもの見せてくれた褒美と言っちゃ何だけどサービスで住むところは提供してあげるよ。・・これで心置きなく暴れてくれたまえ」

「フフフ・・さぁ、待っていろよ!!! 中野ォォォォォ!!!!!!!!!!」

「ま、待ちやがれ・・」

女の聖の叫びも虚しく悪魔と一緒に男の聖は静かに消えていった・・

・・・・
・・・
・・

「ハッ!! ・・夢だったのか?」

時刻は夜中、聖は男の時とはまた違った感覚に違和感を覚える、それにここまで身体がふらつくのもどうかしている。

「生理か? にしては納得いかねぇな」

女になってそれなりの年数が経った現在では生理になっても特別慌てはしない、それよりもいま感じているこの感覚はどうもおかしい・・まるで自分の心にぽっかりと穴が空いたようなそういった感覚だ。少しばかり気を紛らしたい聖は下のリビングで軽く水を飲み干すと今感じているこの異常についてこう結論付ける。

「さっきの夢のせいか? ・・にしてもな、よくわかんねぇ」

自分なりに結論付けようとしても到底納得はできない、やはりここは誰かに相談して結論を見つけて貰うのを手助けして貰うのが一番であると聖は判断する。しかし今まで一人で誰の手も借りずに過ごしてきた自分がこんな考えを抱くことに若干の皮肉を覚えてしまうがこれも女体化を経て行き着いたものだとすれば過去のことも薄まってくる。

「過去の俺は・・一体なんだろうな」

自分の過去について今更思って見るがどうもピンこ来る事がない、ついさっきまでは過去の自分についてはアッサリと記憶が鮮明に甦ってきたのだが、どうも思い出そうとすると記憶にノイズが掛かって思い出せない。どうやら誰の手を借りずとも自ずと感じている違和感の正体についての核心が見えてきたようだ。

「昔の俺・・この俺様は男の時は色んな野郎をぶっ潰してのし上がってきた。そしてあの野郎と会って遂に決着が果たせなかった・・俺はあいつとどんな風に決着を付けたかったんだ? 俺は中野 翔と・・付けられなかった決着をどうやって果たそうとしてた?」

疑問が疑問を呼び、そこにある種の迷いが生まれる・・相良 聖、数々の不良どもに怖れられてきたその牙は今抜け落ちようとしていた。

92 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 08:55:26.86 ID:HbGWUC33o
結局違和感が拭えないまま翌日経った今日・・聖は大人しく学校に向かい、ツンと久々の談笑を続ける。

「あんた・・今までこの時間はどこほっつきあるいてたのよ!!」

「い、いや・・そりゃあれだ。女磨きの旅と言うかな」

聖の苦しい言い訳にツンは頭を抱えながら盛大な溜息をつく。

「・・あのねぇ、どこの世界にそんなことする人間がいるの。あんたも中野と一緒の学校に行きたいなら、ちゃんと授業に出なさい」

「えええええ!!!! ・・んなもん面倒くせぇよ」

「今のままでも留年せずにいられるなんて有難い話よ。私が言うのもあれだけど、もう男じゃないんだからいい加減に自覚持ったら?」

「んなことしてたら変に調子付く奴等が現れちまうだろ!! この俺様の恐ろしさを・・恐ろしさを・・」

とたんに言葉に詰まってしまう聖、今までならすんなりと言えれる台詞が今になって出てこない。やはり今の自分はどこかおかしい・・女になっても相良 聖として己がままに行動しながらも今更になってどこか違和感を感じてしまう。流石のツンもこの聖の様子に奇妙な違和感を覚える。

「ねぇ・・何かあった?」

「いや、何か・・男の時の出来事ってか、昔の俺自身の記憶がハッキリしねぇんだよ」

聖の曖昧な言葉に首を傾げてしまうツンではあるが、どうやら今の聖は昔の自分の記憶がはっきりとしないのは理解できた、ここは一友人として出来る限りの回答をしてやるのが今の自分の役割とツンは認識する。

「まぁ、言っていることは良く解らないけど・・要は昔の自分の記憶が曖昧なのよね。女体化の影響ではなさそうだし、暫くは完全な“女”として過ごしてみたら?」

「ハァッ!! この俺が何で女として過ごさなきゃ行けねぇんだ!! もう女としてやっているいるようなもんだろ!?」

「これはあくまで私の個人的な考えだけど・・普通の女の子は他校に喧嘩を売りには行かないし、屋上でうちの不良達を叩きのめすわけないでしょ」

「だけどよッ!!! この俺は・・」

「いい、これはあんたにとって一種の分岐点なのよ。過去の記憶を取るか、それを捨て去って心身ともに女になるか・・よく考えたほうが私は良いと思うわ」

ツンの言うようにこれは今までの自分にとって大きなターニングポイントになるのは間違いはないとは思うが・・だからと言って女のままで過ごして見るのもありがち悪い気はしないが、何か引っ掛かる物を覚えてしまう。

「何か足らねぇんだよな・・」

「それよりも今日はテストに宿題もあったわよ。あんた大丈夫なの?」

「ゲッ・・忘れてた」

「あんたね・・」

やれやれと溜息をつきながらツンは聖の勉強に付き合う、現在翔はクラスこそ一緒だけども授業が始まると特進クラスの方へと移ってしまうので必然的にツンも聖の勉強を手伝う羽目となるのだ。

「中野の奴、勝手に逃げやがって!!」

「無駄口はいいからさっさとやるわよ」

「・・わかったよ」

翔への恨み言を呟きながら聖は宿題を片付けるのであった。

 

93 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 08:57:35.08 ID:HbGWUC33o
特進クラス・教室

一方の翔はいつものように授業を受けながらいつものように気だるい日常を送るが、何故か今日に限って胸騒ぎを感じてしまうのもあるのだが、昨日の宗像の言葉が引っ掛かる。

「何か・・な」

「ほぅ、だったらマッサージでもしてやろうか」

翔の前に現れたのは前日と同じく、応援団・副長の宗像。彼の出現によって翔の機嫌は更に悪化の一途を辿るがそれをぐっと堪えつつ平静を保ちながら宗像と接するが、どうも表情を押し殺しても声色だけは隠しきれないようだ。

「何だよ、またお前等の団長が忘れ物したのか?」

「それは俺にもわからんが・・お前の不機嫌具合なら手に取るようにわかるぞ」

「てめぇ・・喧嘩売ってるのか?」

「おっと、そいつは失礼した」

宗像の態度が癇に障るのだが、それらを堪えながらも翔は平静を保とうとするのだが・・そろそろ限界も近そうだ。そもそも宗像とはここ数日は何かしら絡む機会が多い、ある時は拳を交じり合ったり、またある時は何かしら貸しを作ってしまったり・・それに昨日は変な言葉を投げかけられたりと何かと宗像とは変な因縁が続いているのだ。

「で、何のようだ。態々おちょくりに来たのか?」

「少し付き合ってくれないか? お前に大事な話があるんだ・・相良 聖について」

「何だよ。あいつの弱点とかそういった類なら俺が教えて欲しいぐらいだぜ? 冗談も大概に・・」

「悪いが冗談ではないんだ。担任には話はつけてあるから動向を願えんか?」

珍しく真剣な顔つきの宗像に翔は少し考察しながら彼の言葉の裏を探って見る、今まで宗像とは変な騒動を起こして
来たが今回のようなことは今までと違って初めてのパターンだ、それに宗像から聖のことで話題が上るといえば聖が
引き起こしている(?)応援団絡みの厄介事だろう、あの決闘の後で応援団の団長である沙樹と小競り合いを起こして
いると言うし最近の聖は自分の目の見えないところで暴れていると言う噂もある。

いくら成績がある程度改善されても変な問題を起こしてしまえば今後の進学に関わってしまうことは容易に想像は
できるので、このまま騒動が新たな騒ぎを呼び更なる肥大化をしてしまえば聖と一緒の大学へ進学すると言う
翔の夢は御破算になってしまうだろう。

ただえさえ、そこら辺で危うい聖だ。生徒会に近い応援団が何かしらの抗議をすれば聖の印象は更に悪くなってしまうだろう、ここは多少の不安があっても応援団の動向を探れるチャンスである。

「わかったよ。・・ただし、昼飯は奢ってもらうぞ」

「いいだろう」

翔が了承したことによって宗像は翔を引き連れて教室へと消えていった。

94 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 08:58:37.52 ID:HbGWUC33o
応援団・部室

宗像に案内されたのは応援団の部室、中には団長である沙紀と2年リーダーの桃井の姿があった。2人の姿に翔は持ち前の直感で嫌な予感が過ぎるが、のこのことついて着てしまった手前もあるのであえてそれを顔に出さずに宗像に案内された席に着く。翔の到着によっていつもの団長の席についている沙紀が口火を切った。

「お前にしては珍しく遅かったな宗像。・・まぁ、いい。少し時間は遅れたが予定通り応援団の臨時会議を始める」

「そう言うことで付き合ってもらうぞ・・桃井、ご客人に飲み物を用意してやれ」

「わかりました」

そういって桃井は飲み物を用意するために少し席を外すが当の翔は即座に突っ込みを入れる。

「ちょっと待て!! 応援団の臨時会議とはどういうことだ!!!」

「まぁ、そう慌てるな。では団長、本題を説明してやってくれ」

「・・今回の臨時会議は他でもない、相良 聖についてだ。ここ最近の奴の行動については目に余る物がある・・桃井、説明しろ」

「押忍!!」

桃井は全員の机にコーヒーを置くとボードにこれまで調べた聖についての練密なデータを書き込む。

「これまでの相良は我が校はもとより他校にまで及ぶ暴力行為の数々・・殆どの名高い不良軍団が相良によって
壊滅させられたお陰でその残党が恨み一杯で我が校に雪崩れ込む始末。

それにここ最近はあの悪名高い極殺校にまで及んでおります!!」

「一応説明はしておくが応援団の活動の中には学園外の防衛も含まれている。要は・・」

「あいつがこれ以上暴れると外敵を増やされて活動に支障が出るって訳だろ? ま、応援団なんて自警団みたいなもんだしな。ただ人手を抑えるためにもあいつの行動を控えさせろって言いたいんだろ・・俺もやめろって言っているんだがあいつは一向に俺の言う事を聞きやしねぇんだ」

「流石に頭は切れるな。ご名答だ」

宗像の言葉を紡ぎながら翔はこれまでの自分の行動を説明する、翔とて最近の聖の行動には目に余る物があるし彼氏として何とか抑えに入っているのだが・・肝心の聖はそれを聞き入れるどころか益々ヒートアップさせて爆発的に行動を開始している。

「あのなぁ、俺だってやることはやってるんだ。今のあいつはある意味、男時代よりもあらゆる連中に喧嘩を売っている」

「そこでだ。かつては相良 聖の“宿敵”として立ちはだかったお前に聞きたい事がある。これまで相良君はあらゆる面で喧嘩を売り続けているわけだが肝心の貴様には周りから見てもバカップルの領域に入っていると見てもいいだろう・・桃井、続けろ」

「押忍!! データによると男時代は中野先輩とは女体化するまで未だに決着らしい決着はつけられていません。むしろ女体化して以降は中野先輩とは男女の関係を通り越していつ子供ができてもおかしくない状態d・・ブヘラッ!!!」

翔はコーヒーカップをとんでもない速度で桃井に思いっきりぶつけると怒気を全面に押し出して怒鳴り上げる。

95 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 09:00:02.34 ID:HbGWUC33o
「さっきからてめぇらは何が言いたいんだ!!!! あいつじゃねぇが連れを呼んでてめぇ等応援団をまとめて血祭りに上げるぞ!!!!!!!!!!」

「お、落ぢ着いで・・」

「そりゃ、あいつとはよ。一応それなりにしているがそこまで盛ってはいねぇんだよ!!!!!!!!」

もはや桃井を殴りながら反論する翔だが、宗像達はこのような事態を想定していたのか黙って冷め掛けのコーヒーを
啜りながら翔の暴走を止めることなく事の顛末を見送る。それにしても心なしか沙樹の表情が若干ながら赤くなって
いるのは仕様だろうか?

暫くして翔はそれなりの落ち着きを見せるが、桃井の方は既にズタボロで立っていることは愚か喋るのも辛そうであるが、宗像はお構いなしに話を進めるために更に会話を進める。

「怒りは収まったか? さて話を続けるぞ。・・相良 聖はお前との“決着はつけた”と思っているのか?」

「なっ――・・」

思わぬ、宗像からの問に翔は思わず言葉を詰まらせる。聖との決着・・それは他ならぬ翔自身でも未だにつけられて
いない、聖が女体化した今はその現実を甘んじることなく享受してきた日々・・付き合うことになった当初はお互いの
間がギクシャクしながら最初の数日は満足に手を繋げられなかったものだ。だけど少しずつではあるが月日を徐々に
重ねるうち、気まずくて不器用だったお互いの心も解け合いお互いの過去の柵を忘れられた。

しかしそれは忘れられたものではなく、2人の間に置きやられたものだと先ほどの宗像の言葉でそれを自覚してしまった翔は過去の記憶を甦らせる。

相良 聖・・通称、血に飢えた狂犬は常に独りで行動し、目の前にいる敵を殲滅し躊躇なく打ちのめしてきた。そして唯一抗う事が出来たのは他でもない自分・・殺戮の天使である中野 翔だ、お互いに傷つき傷つきあいながら拳を交え中々倒れない強敵に憎み苛つきながらもどこか愉しんでいた。聖が女体化してからそれらの感情の変わりが穏やかで温もりのある慰安の感情かと思っていたのだが、どうやらそれは違うように思える。今の自分は明らかに相良 聖との決着を強く望んでいる節がある、女体化して果たせなかったその決着を己の拳でつけたいと思っている自分を見つけてしまった翔は今の聖の行動に別の解釈が思い浮かぶ、今の聖も他ならぬ自分との決着をこの拳でつけたいだけのだ・・ただそれが強く更に濃く出てしまったわけ。

「俺はあいつとの決着は・・」

「・・お前との決着がつけられたら今後の相良君の行動は大きく変わると俺は踏んでいる。だから改めて聞きたい、相良君は・・いや“お前自身は”相良君との決着はついているのか?」

「そ、そいつは・・」

場の空気を察したのか暫く黙っていた沙樹が珍しく口を開き、宗像を嗜める。

「宗像、そこまでにしておけ。・・中野、別に私達はお前を苦しめるためにこの場に呼んだわけではない。
相良 聖は確かに品行方正とは言い難いが、人としての筋道は外してはいないと私は思っている。

それだけは理解して欲しい」

「わかってるさ。ただな、あいつとの決着って聞かれた時点でちょっと・・な」

そのまま落ち着きを取り戻した翔は桃井が淹れなおしたコーヒーを啜りながら改めて聖について考え直す。

「さてそろそろ昼食にはいい時間だ。どうせ宗像もまだ続けるつもりだろう?」

「ああ、宅配ピザを取らせたからここで昼食を取ろう」

「おいおい、そんなことしていいのか? 第一、今の俺はそんなに金は持ってないぞ?」

「心配ない、いつぞやの決闘事件のお陰で生徒会には予算アップさせたからな。このくらいなら予算的にも問題はない」

「そりゃ横領に当たると思うが・・ま、この際だからありがたく頂くか!!」

こうして宗像が手配したピザを頬張る翔であったが、宗像の目が光っているのには気がつかなかったようだ。


97 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:02:40.76 ID:HbGWUC33o
あれからツンの手助けもあってか無事に難局を乗り越える事が出来た聖はそのまま教室を抜け出すと道中で狼子と合流していつものように礼子の元へと転がる、いつもは聖一人ではあるのだが珍しく狼子もセットに来たため礼子もいささか困惑気味だ、決して表情には出さないが。

「そういや狼子よ」

「どうしました?」

「将来は辰哉と結婚でもするのか?」

「ブッ!!!」

いきなりの聖のとんでもない発言に狼子は思わず吹き出してしまう、対する礼子はいつものように日誌をつけながらも話は聞いているようだ。

「それで、どうなんだよ? お前は卒業したら速攻で辰哉と結婚するのか」

「いやいや!! 一応将来のビジョンは考えてますよ!!! 聖さんこそ将来はどうするんですか、先輩と大学に進むって話は聞いてますけど」

「まぁな。大学卒業すれば何とか安泰だろ」

一応聖も受験生の部類に入るので主に翔の指導の元で最下位ぶっちぎりだった酷い成績もそれなりの成績を収めているのだが、それでも試験合格できるかと聞かれたら怪しいレベルだろう。

「そういえば礼子先生って聖さんの頃ぐらいってどうだったんですか?」

「別に普通よ。勉強して大学へ入って・・卒業して旦那と結婚しながら今に至るわ」

「本当かよ。それにしては旦那さんとの間に浮いた話は出てこないな」

「別に結婚したって大して変わってないわよ。私達は親族関係は殆ど縁がなかったし・・」

そういいながら礼子は再び日誌をつけ始める、時たま聖と会話する時も礼子は余り自分の過去を話したがらず適当に流しながらやり過ごす。そもそも礼子にとって自分の過去など余り自慢できる物ではないし、華やかな思い出よりも苦い思い出の方が多い。だからこうして聖達を見ているとどうも昔の自分をダブらせてしまう、だからこそ一女体化経験者としてアドバイスもするし大人として忠告もする。

「結婚か・・」

「まぁ、案外月島さんの方が早く結婚しそうね」

「なっ――・・礼子先生までやめてくだーさーい!!」

と言うような感じで、保健室はいつものように穏やかな日々が送られている。ただいつもの部屋より換気扇の音がかなり大きいのはご愛嬌と言うものであろう。


98 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:03:16.40 ID:HbGWUC33o
「・・なぁ、礼子先生」

「今度はどうしたの? また彼氏の愚痴なら生憎お腹一杯よ」

聖が保健室に来た場合、本人曰く日頃の愚痴が毎回のように礼子にぶつけられる。・・というより傍から聞いていれば愚痴ではなくバカップル特有とも言える惚気話と変換した方がが正しいだろう。いつものように表情には出さないが静かに耳を傾ける礼子であったが・・意外な話が聖の口から開かれる。

「違うよ。・・それよりも狼子は男時代のことはちゃんと覚えてるか?」

「ええ、当然覚えていますけど・・どうしたんですか?」

「昨日からよ、男時代の記憶が曖昧でな。・・何か、今まで自分が男時代に何したか思い出せないんだ」

「そういえば今日の聖さん、いつもと違って穏やかになったと言うか・・女性らしい感じですね」

昨日、聖の中で繰り広げられていた決闘は男の聖が勝利を収めて悪魔の導きによって聖の中から抜け出した。男の聖が抜け出してしまった影響で今の聖には男時代の記憶が曖昧となってしまい、男だった頃の自分の記憶が抜け落ちている状態なのだ。

「なぁ、礼子先生は当然男ん時の記憶はあるよな?」

「・・まぁ、一応ね」

礼子にとって男時代の記憶などあまり良い物ではない、しかしながら今は自分の過去よりも聖の症状について自分の考えをまとめる。これまでにも礼子は多くの女体化経験者を見てきたのだが今回の聖のような症状は初めて、それに女体化経験者に関する記憶関係のトラブルは少数ながら確認は取れているものの聖のように男時代の記憶がまるっきりないと言うのは前代未聞のことだ。いずれにしても旦那である泰助や友人である徹子といったかじった医療関係の知識は今回は全く持って役に立つことはなさそうだ。

「礼子先生、一体俺・・どうしちまったんだ?」

「部分的な記憶喪失ってところが妥当かしらね。・・今日の放課後に時間作れる? 私がどうこう言うより専門家に診させたほうがいいわね」

礼子とて何とかしてあげたいのは山々なのだが、こればかりは自分の知識ではどうしようもできないので専門の人間に任せたほうが妥当だ、幸いにも保障が出来る人間が自分の周りにはいる。

「ああ、いいぜ」

「それと・・月島さんはしばらくこのことについて黙っててもらえる?」

「わかりました。・・って、やべぇ!! もうすぐで次の授業だ!!」

「マジかよ!!!」

聖と狼子は脱兎の如く急いでその場から立ち去る、2人の気配が完全になくなったのを確認すると礼子はいつものように懐からタバコを取り出すと一本取り出してそのまま火をつける。流石に聖達の前では教師としての建前があるのでタバコを吸いたくても絶対に吸わないのが礼子のポリシーである。

「相良の男時代の記憶って言えば中野とやりあってた時の頃か。・・嫌な予感がするな」

タバコを吸いながら礼子は自分の嫌な予感が当たらないことを祈りながらある人物に連絡を取るのであった。


99 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:05:15.32 ID:HbGWUC33o
対峙する2人の男、周囲には周りの男の残骸が転がる中でグループのトップは中学時代に味わった聖への恐怖感が充分に甦っており、身体からは震えが止まらずにいる。しかし聖が現在女体化しているのは誰もが知っている周知の情報である筈なのだが・・今男の目の前に立っている相良 聖は紛れもなく男の姿。かって怖れられたその屈強な肉体とその強靭な力・・そして狂ったようにそれらを振るう姿はまさに悪魔と表現したほうが正しいだろう、久々の喧嘩に男の聖は心なしか胸が騒いでいるようだった。

「アハハハハハ!!! 久しぶりの運動はいいもんだぜ!!!!」

「そ、そんな!! 奴は女体化した筈――ッ!」

「フフフ・・女体化してもやることは変わらねぇみたいだが、今度の俺は甘くはないぜ」

「ひ、ヒィィィィ!!」

それからすぐに男の意識は消える、聖の拳の一突きによって。聖はそのまま倒れた男には目もくれずに久々の自分の身体の馴染み具合を改めて再確認する、数々の修羅場によって鍛え上げられた肉体に培われた経験と直感・・そして身体から通して伝わってくる空気は間違いなく過去に自分が味わったものだと再確認する。

(今までは女の俺のせいで閉じ込められた俺の意識・・あの悪魔には感謝しないとな)

女体化してから肉体は代わり無意識にも切り離されて光が全くない漆黒で常夜の闇の中で佇んでいた自分、これまで培って築き上げてきたものを奪われゆっくりと腐っていくように消えかかる苦しみは今まで味わった事がない地獄のようなものだった。そしていつしか込み上げる女である自分への復讐心・・ゆっくりと時が流れるに連れてその感情はいつしか肥大化し、かつての宿敵との決着以上の感情へと成り果ててしまった。しかし悪魔の手によって張本人である女の自分を完膚なきまでに叩きのめしたことによってその目的は完遂される、そして更なる感情が・・

「中野との決着をつけた上で今度こそ女の俺をぶっ潰してやる!!! ・・そのためには今までの感覚を取り戻した上でやらないとな」

相良 聖・・復活した血に飢えた狂犬は牙を磨き、復讐を開始する。

100 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:06:16.04 ID:HbGWUC33o
放課後、礼子と合流した聖は礼子の車でとある場所へと向かう。ちなみに車の中にある灰皿は聖と合流する前に予め即座に撤去し、臭いの方も強力な消臭スプレーによってある程度は除去している。道中、何とかタバコを吸いたい欲求を無理矢理抑えながら礼子はこれまでのあらましを事細かく聞いて見るが、肝心の聖からは聞けれたのは先ほどの話と何ら変わりはない。

(肝心の相良はさっきと変わらず・・か。しかしこうしてみると今の相良には刺々しさや荒々しさが全くない、本当の女の子みたいだ)

「なぁ、礼子先生」

「どうしたの?」

「一つ思い出した事がある、昨日みた“夢”についてだけど・・」

「夢・・?」

聖は昨日見た夢・・男の自分との決闘について語り始める。悪魔の悪戯心なのか、聖は自分との出来事を夢として認識していたのだが・・自分でも半信半疑の内容だし誰かに話した所で変に笑われるのがオチだと思っていたので気にも止めていなかった。

「男の時の自分との決闘・・ね」

「ああ・・自分でも変な夢見たと思っているよ」

「ねぇ、その後ってどうしたの?」

「あんまり良く覚えていないけど・・男の時の俺が消えちまった気がする」

「自分が・・消えた・・」

聖の語る夢の話に礼子はある種の違和感を覚えるがすぐにそれは消え去ってしまう、普段なら笑い飛ばすなりして何かしら適当に流すものなのだが・・聖の変わり様をみているとそう易々と切り捨てることなど出来ない。

「そういえば礼子先生、前から思ってたんだけど・・」

「どうしたの?」

「礼子先生って・・タバコ臭くない」

「!!」

まさかのとんでも発言に礼子に衝撃が走る、これまでにもタバコを吸った後は服には消臭は施していたし保健室にも換気扇は常にガンガンに回しているので証拠隠滅には抜かりはなかったはずなのだが、よくよく考えて見ると礼子の喫煙癖を良く知っている人物は1人だけ存在する、しかも聖に尤も近しい人物で・・

(まさか中野の野郎ォ!! 相良に話したんじゃないだろうな!!!)

「れ、礼子先生・・?」

学園内では一応(?)おしとやかな保健室の先生で通っている礼子であるが、翔だけは礼子の素を知っている唯一の人物である。まぁ、裏を返せばそれだけ心を許している人物ではある証といえよう、そもそも昔からの喫煙癖は我慢は出来ても完全には治らないものでタバコを吸うのを我慢するだけでもヘビースモーカーの礼子にしてみればかなりの苦痛である、特に保健室での喫煙がばれてしまったら職員はおろか生徒に顔向けが出来ない。

「お、おい! 今信号赤だったぞ!!」

(あの野郎・・他にも余計な事をベラベラと喋ってるんじゃないだろうな。問い詰める必要がありそうだ!!)

聖が心配そうに見守る中で礼子は車を爆走させる、そして・・


101 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:06:58.53 ID:HbGWUC33o
「クシュン!!」

「どうした? 風邪でも引いたのか?」

「いや・・誰か噂でもしてるんだろう」

礼子の不吉な気配を肌で感じたのか、翔は鼻を抑えながら再び平静を取り戻す。あれから応援団室で昼食を取った翔は午後の授業に参加する事はなく沙樹や宗像に囲まれながら話し合いを続けていた。

「さて次は・・」

「おいおい、もういいだろ? 俺達のことに関してはあらかた説明したしよ」

「まぁ、これから応援団の活動があるからな。今回はこれでいいだろう」

「ちょっと待て藤堂。“今回”ってことはまだやるのかよ!!」

「当たり前だ。何ら対策がないままで相良と渡りあうのは状況的にもよろしくない・・」

翔は思わずうなだれてしまうが、ここ最近の聖の行動も見逃せない領域まできているので応援団に付き合うのも悪くはない。それに自分が動くためにも生徒会直結の応援団ならそれなりに規模も大きいし何かしら優位な情報やこれからの事を考えると伝を広げるのも悪くはない。総合的に考えて翔は沙樹と宗像の提案に乗る事にする。

「わかったよ、暫くはお前等に付き合ってやる」

「賢明な判断だ。何か進展があったらこっちから連絡しよう」

「お前等に貸し作るのは癪だが・・仕方ねぇ、よろしく頼むわ」

そのまま応援団室を後にした翔はそのまま携帯を取り出すとある人物に連絡を取る。

「・・もしもし、俺だ。ちょっと悪いんだけどな、調べてほしい事があるんだ。・・そうか、悪いけど頼むわ」

どうやら目当ての人物との交渉はうまくいったようである、翔は少しばかり嫌な予感を感じつつバイトへと向かうのであった。


102 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:10:06.20 ID:HbGWUC33o
「ここって確か・・」

聖が連れてこられたのは礼子の旦那である泰助が経営している病院、あまりにも予想外の場所に連れてこられた聖はあたふたしてしまうが礼子はそんな聖などお構いなしに中に入るとそのまま平然としながら受付を通り過ぎる。

「どうしたの? 早くしないと置いていくわよ」

「あ、ああ・・」

戸惑いを覚えながらも聖は礼子の後に着いて行きながら受付を過ぎると奥にあるスタッフルームの中を歩き回る、本来なら関係者以外は立ち入り禁止なのだが礼子は関係者と言うかこの病院の経営者でもある泰助の妻なので周囲の医者とは当然のように顔見知りなので何ら問題はない。しばらくして礼子と共に病院内を歩き回っていた聖だったが少しばかり苛立ちが言葉に出る。

「なぁ、礼子先生。いつまで歩き続けて・・」

「見つけたわ。ちょっとそこで待ってて」

「お、おい!!」

目当ての人物を見つけた礼子はそのまま聖をその場に待機させるとそのまま目当ての人物の元へと歩き出す、どうやら予め連絡を取っていたようであるが心なしか礼子の表情はどこか溜息混じりと余りいいものではない。

「多田さん、この娘が・・」

「ああ、例のやつね。ま、何かしら秘密揺すられて機嫌悪いのもわかるけど・・」

「・・人の心を読まないでちょうだい」

「悪い悪い、癖みたいなもんでね」

彼の名は多田 務(ただ つとむ)見た目はただの医師なのだが、彼は観察力がかなり優れているのか人の心を読むと言うかなり凄い特技を持っている。決して悪い人間ではないのは礼子もよく知っているのだが、毎度出会うたびに自分の心を読まれるのはあんまりいい気分ではない。それにつかみ所のない性格も相まってか数ある病院の中にいるスタッフの中で礼子がもっとも苦手とする人物なのだが、彼に聖の症状を話すとそのまま聖を病院に連れてこいと言ってきたので礼子は聖を連れてきたのだが・・当の聖はもとより礼子も不安で仕方ない。

「それで・・大丈夫なの? 身を案じて忠告しておくけど彼女はああ見えても武道派だから妙な真似したら死ぬことになるわよ」

「別に触診とかの類はしないから大丈夫だって。・・さて相良さんだっけ、話は礼子さんから聞いているからね」

「ど、どうも・・」

いくら礼子の知り合いと言えども多田に対する聖の第一印象は怪しさ満点の人物だ、彼が白衣など着ていなかったら医者だとは当然思いがたい。

103 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:11:42.53 ID:HbGWUC33o
(本当にこの人医者なのか・・)

「一応、医者免許持ってるよ」

「ヒッ!! お、俺なんにも言ってないぞ!!!」

自分の心の声に反論した多田に聖は思わず後ずさりしてしまうが、いつも自分がされている行為を傍から見ていた礼子は聖の反応が少しおかしく思いながらも一応多田について解説する。

「この人はね、他人の思っている事をわかってるの。ある意味生きる嘘発見機よ、一応悪い人じゃないから安心して」

「あ、ああ・・」

「さてと、立ち話もそれぐらいにして2人とも場所を移そうか」

そのまま多田は2人を個室の病室へと案内する。室内にはベッドが1つと椅子が2つ飾られただけの質素なもので多田はそのまま聖を座るように促し、自分も聖と対面しながら椅子に座る。多田の行動に聖は余計に警戒心を強めるといつでも臨戦体勢が取れるようにしながら目の前にいる多田を怒鳴り上げる。

104 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:12:27.19 ID:HbGWUC33o
「おい!! こんないたいけな美少女にこれから何するんだ!!! 変な事したらぶっ飛ばすぞ!!!」

「まぁまぁ、そう怒らないで・・魂が洗礼された綺麗な顔が台無しだよ。さて相良さん、この五円玉をよく見て・・」

多田はそのまま紐に吊るした5円玉を取り出すと、聖に5円玉を直視させる。多田の古典的な催眠術に対面している聖は勿論の事、そばで見ている礼子も多田の行為に思わず声を上げる。

「ちょっと、多田さん。・・ふざけてるの?」

「そうだぜ!! 今時催眠術なんて子供でも騙されねぇぞ!!!」

「まぁまぁ、そう焦らずにね。・・さてゆっくりこの5円玉を見るんだ」

「な・・なんだ?」

多田はゆっくり5円玉を振り子のように揺らしながら優しく言葉を呟く、最初は普通だった聖も多田の5円玉を見ているうちに徐々に意識が遠くなり臨戦体勢を整えていた身体も軽くなる・・そして多田が催眠術を施してかなりの時間が過ぎた頃には催眠に抗った聖は完全に意識を絶とうとしていた。

(か、身体も動かせねぇし・・ 急に意識が――)

「ちょっとの間だけ普段君が眠らせている意識と交代してもらうよ・・」

(も、もうダメだ・・)

パチン―――

多田が鳴らした指パッチンで聖の意識は完全に失う、礼子も多田の凄さに圧倒されながらも目の前の光景には唖然としてしまう、ようやく第一段階を終えた多田は少し一息つきながら懐からタバコを取り出すと一服しながら礼子にも軽く促す。

「ふぅ、ようやく眠らせたよ。あ、礼子さんもタバコ吸っていいよ灰皿は適当にあるから、それにここは換気も充分しているし臭いは安心していいよ」

「た、多田さん・・一体何をしたのよ?」

「ご覧の通り催眠術だよ。普段の彼女は眠っているから催眠が解けても礼子さんがタバコ吸ってる姿は覚えちゃいないさ」

とりあえず礼子も自分を落ち着かせるためにタバコを吸うが、目の前の光景はわからないばかり・・それに多田が催眠術を扱えるなんて旦那である泰助にも聞いた事すらない。とりあえず多田には一辺に質問したいことは山ほどあるが、そのまま多田は礼子の質問をある程度返す。

「こうみえても精神科の方面もかじっててね、若い頃は催眠術も勉強してたんだよ。やり方は他にもあるけど彼女の場合だとこの方法が手っ取り早いんだ。それにしても驚いたよ、普通の人間よりも遅かったからちょっと手こずったな」

「それでこれからどうするの?」

「・・これから普段彼女が意識の奥底に眠らしている潜在意識と対話する、一応礼子さんは彼女が僕に何かしそうだったら抑えておいて。催眠を解いたら麻酔で眠らせるから」

「わ、わかったわ」

そのまま多田は一服を済ませると今度はゆっくりと優しく呟きながら会話を開始する。

105 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:13:52.57 ID:HbGWUC33o
「さて、まずは名前と性別を聞かせてもらおうか」

「・・相良 聖。性別は・・女」

「結構、それじゃ・・幾つか質問させてもらうよ。いいね」

「・・・」

そのまま聖はうなだれながらも多田の質問を順に答えていく、どうやら多田の催眠術が効いているようで礼子もタバコを吸いながら静かに様子を見守る。

「じゃあ、基本的な質問が終わった所で・・相良さん、女体化する以前のことは覚えているかい?」

「女体化する以前・・わからない、あいつがいなくなってから記憶がぼやけてわからない」

「あいつって誰だい?」

「男時代の自分・・」

それから聖は礼子に話した夢の出来事を更に詳細を語り始める、その内容はあまりにも単純かつ非現実なものであったが今語っているのは普段は意識の奥底で眠っている聖・・暫くは静かに話を聞いていた礼子であったが、タバコを吸い終えると多田にとある提案を打ち出す。

「・・多田さん、ちょっと代わってもいいかしら?」

「ああ、構わないよ」

そのまま多田は礼子に席を譲り後方へと待機する、席を譲られた礼子はそのまま聖と相対すると軽く深呼吸をしながら聖との対話を開始する。

「えっと・・私のことは分かる?」

「・・礼子先生だろ」

「どうやらわかるみたいね。・・ねぇ、あなたは本当に自分が女体化してないと思っているの?」

自分の事がわかると安堵した礼子は早速質問をぶつける、今の聖は男時代を躊躇したがさつで慈悲さえ見せぬ荒々しさや野獣の如き凶暴さが全くない・・女体化してから大幅に変わった天使ともとれる洗礼された容姿と共に慈悲さえ感じさせる艶びやかな性格である、これが正真正銘の女性としての聖と感じた礼子は少し固くなっている場をほぐす。

「無理しなくていいわ。今のあなたは“女性”としての相良 聖でしょ」

「ありがとう、礼子先生は優しいね。・・今はうっすらとした記憶の中で私は女体化した人間だってのはわかる、でも“女”としてこのまま生きていくのも悪くない気がする」

(口調が変化した・・? いや、違う。これが相良が今まで押し殺していた女としての感情か)

普段の聖だったら絶対に言わないような言葉に礼子は少々困惑しつつも、更に対話を続ける。今の聖は普段絶対に表にはでない存在・・何かしらの解決の糸口は出るはずだ。

「男の自分が戻ってきたら・・あなたはどうするの?」

「多分、元には戻ると思うけど・・彼は私を決して許さないと思うし今の私を認めてはいない、女体化が起きたと同時に私の意識が芽生えてその影響で徐々に奈落のような意識の奥底へと追いやられたのだから。みんな、それを望んでいるの?」

「・・わからないわ。ただ、普段のあなたを知っている人間が今のあなたを見たら驚くのは目に見えているけどね。決めるのは私じゃない、あなた自身で導き出すのよ」

「・・今までの私がどのように過ごしてきた記憶が徐々に消えていく、これから私としての相良 聖を歩んでいくの・・・かな?」

今までの自分はどのような人物なのかはこの聖にはわからない、だけどもこれからは歩んでいく事は出来る。今までは自分は聖の一部で今までの日常を過ごしていた、だけども男の聖がいなくなった今・・残り少ない記憶の断片が消失すると主人格は彼女になろうとしている。

106 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:16:03.25 ID:HbGWUC33o
「あなたのことは私では決められないし、口は出さないわ」

「礼子先生、私・・どうしたら良いのかわからない。今まで行動していた自分の一部分でしか無かった私がどうやって相良 聖として過ごしていけばいいか・・私、わからない」

悲痛とも取れる聖の言葉に礼子は優しく語りかける。

「・・だけど、性格が変わったとしてもあなたはあなたよ。自分を否定することしかできなくなったら、私が支えてあげる」

「!! うん、私はこれからどんな風になるのかわからないけど考えて見る。それじゃあ、またね。・・礼子先生」

そして聖の意識は完全に消え、そのままがっくりとうな垂れる。これから深い意識の中で聖は過去の自分と新たな自分を模索するのだろう、礼子はとりあえず聖を抱えてベッドで寝かせるとそのままタバコを吸いながら現実を認識する、ゆっくりと身体から伝わってくるタバコの味が肌を通して身体を刺激させる。

「ふぅ・・彼女はどうなったの?」

「眠っているだけだよ。・・さて診断結果だけど、どこから説明しようか」

「・・さっき私達が話したのは彼女の中で尤も女らしい部分でいいのかしら?」

「よし、そこまでわかってるなら説明する方もある程度は掻い摘めるから楽だね」

そのまま多田はタバコを吸いながら順を追って説明を始める。

「普段の相良さんは男の時の自分とさっき出てきた女性の部分の自分・・様々な自分が統合させて形成されているんだろう。何もこれは相良さんだけじゃない、自我を形成している人間そのものに言えることだよ。ただ違うのは今回の彼女は何かしらの出来事で男の時の自分が出て行ってしまった、厄介な事に彼女から出て行った男の人格はかつての男時代の記憶・・すなわち生前の記憶ごとあろう事か彼女から持って行ってしまったんだね。恐らく今まで形成していた男言葉や記憶なども今まで彼女の中にいた男時代の彼女がいたからこそ見て間違いはない」

「ちょ・・ちょっと待って多田さん!! 突っ込みたい所は多々在るけど、男時代の彼女が記憶を持って行ったたって・・今の彼女には男時代の記憶は残っているって言ってたじゃないの、その考えは矛盾してるわ」

「さて問題はここからなんだよ。男時代の彼女がいなくなってからも真偽はともかくとして記憶の断片は残していった、彼女はその僅かに残った記憶だけで今までの自分を形成しているんだけど・・これから先はそうもいかなくなるだろうね」

多田のとんでも理論に礼子はついていくだけで精一杯なのだが、何とか疑問をぐっと堪えながら話を聞く。


107 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:17:08.11 ID:HbGWUC33o
「男時代の彼女が出て行った事で彼女が今まで過ごしてきた男時代の記憶は徐々に消失していっている。そしてそれらが全て消失した時・・先ほど僕が催眠術で出した意識が恐らくこれからの彼女の主人格となる、今の彼女は主人格が不安定な状態・・もとい正確に言うなら男時代の自分が出て行ってからの過去も摩り替えての大規模な人格の再構成をしてるんじゃないのかな」

「つまり今の彼女は恐ろしく不安定な状態なのね。多重人格とは違うの?」

「一見似ているようで全然違うんだよね、解離性同一障害は複数の人格があっても肝心の中身は統合されて
ないし、何かしらの出来事で形成された複数の人格が元の主人格と同居している状態だからね・・最初にも言ったけど
今までの彼女の人格は女体化してからも女としての自分と男時代の自分から統合していたものからね。

だけどいつ彼女の人格が交代するかは今の僕ではわからない・・一言で片付けるなら、人それぞれって奴だよ」

多田の意見をまとめると今の聖は残っている男時代の記憶をかき集めながら今までの自分を何とか構成している。しかしながらその記憶が消えようとしている中で自分を拮抗し合い新たな自分を再構成しているのだと言う、ただ彼女の主人格がいつ代わるのかは多田でもわからないという。しかし女体化が原因となるとまだ希望はある、礼子の親友である徹子は国連の女体化研究所の所長で女体化の権威だ。彼女に相談すればすぐには解決できないにしろ何かしらの力にはなってくれるだろう、礼子とてこのまま聖を放ってはおけない。

「おおよそのことは大体わかった。・・それでも原因が女体化によるものならまだ希望はあるわ、私の知り合いに女体化のプロがいるから今回のことを話して掛けあってもらう」

「う~ん・・その事なんだけどね、女体化で決め付けるのは難しいと思うよ。確かに今回のことは女体化は原因の一つだと考えてもいいかもしれないけど、肝心なのは人の精神についてだ」

「どういうこと?」

「精神医療ってのは昔から特殊なものでね、特に女体化が出始めた頃から性同一性障害についての区別が難しいんだ。僕も専門家じゃないからハッキリとは言えないけど今回の件は精神科に特化した人物が診るのが一番だと思う、それに彼女自身は果たして元に戻るのを望んでいるのかな? 下手に他人が干渉すれば却って酷くなる可能性だってある」

礼子も今の聖の意思がハッキリしない以上は何とも言えない、ただあの聖は今までの聖を構築していた一部分だとは思う。よくよく思えば今までの聖にも女らしい部分は感じられた、男時代の聖については本人の様子や翔の話からすれば大体は想像出来る。何故男時代の聖がいなくなってしまったのかはわからないが聖を元に戻すには男の聖が必要なのだが・・少なくとも今の聖は元に戻る事を果たして望んでいるのだろうか?

「ねぇ、多田さん。もしさっきの彼女が主人格になったらどうなるの?」

「礼子さんが思っている通りだよ、それにあの様子だと今まで男と過ごした記憶は女として生まれて過ごしてたこととして彼女の中で置き換えられるだろうね、一種の自己暗示だと言った方が適切かもしれない。現に彼女は既に自分が女体化したかどうかもあやふやになってわからなくなっているし・・」

「最終的には彼女が自分で解決させなきゃいけないのね・・」

「それが最善の方法・・というか僕の個人的意見とすれば本来の精神医療はそういった人達を後押しして上げる方法だと思う。それに僕が催眠術を掛けた影響で彼女が予想より早く目を覚ましたみたいだしね、これから彼女の人格交代は更に加速して進むと思うよ」

そういって多田はタバコを吸い始める、礼子もタバコを吸おうと思ったのだが散々吸ってしまったのか既に箱の中は一本も入っていない。

(チッ、切らしちまったか・・)

「礼子さん、俺のでよければ上げるよ。ストックはまだあるから何なら箱ごと持っててもいいよ」

「悪いわね」

「僕も精神医療を専門としている人物に関してある程度は伝はあるけど・・言ったところで結果は同じだと思うよ」

礼子はそのままタバコを吸いながらこれからの聖について考えて見る、多田の言うようにこればかりは聖自身の問題なので余り自分は干渉しないほうがいいだろう。それよりも聖の人格が変わる事によって起こると思われる周囲との軋轢を少しでも和らげてやるほうが自分に出来る最善の方法だと礼子は思いながら時計を見ると時刻は7時過ぎ、聖を送り出さないとまずい時間帯だ。礼子はそのまま眠っている聖を背中におぶさると病室を後にする。


108 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:17:52.64 ID:HbGWUC33o
「それじゃ長い時間、付き合わせて悪かったわね。診察大丈夫かしら?」

「ああ、今日は予約もなかったから時間には余裕があったんだけどね。院長には会わなくてもよかったのかい?」

「別に帰ってからでも大丈夫よ。それに早い所この娘を送らないといけないし・・それに最近は教師に対して倫理的に厳しくなってるのよ」

「保健室の先生も楽じゃなさそうだねぇ。ま、何かあったら相談程度には乗るよ~・・んじゃ、僕も仕事があるからこれで」

「ええ、何から何までありがとう」

多田と別れた礼子はそのまま背中に聖をおぶりながら自分の車へと戻っていく、幸い若い頃の体力がまだ生きていたお陰でもあるのか聖の体重がそんなに重くもなかった影響もあってか、難なく車に戻った礼子はそのまま眠り続けている聖を助手席に座らせると車を走らせる。しかしこうして改めて聖の寝顔を見ていると綺麗な顔つきのままでよく眠っている、その光景は男性は勿論の事そっちの気がなくても女性でも思わず見惚れてしまう可愛らしい寝顔だ。

(今の相良は自分を組み立てているんだよな。・・しかしこうして寝顔を見ていると中野がベタ惚れしてるのも解る気がするぜ)

少しばかりタバコを吸いながら礼子は聖の自宅へと車を走らせるのであった。そしてこの出来事から2日後・・聖の人格は交代してしまうのだが、礼子は普通に接していたという・・

109 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:20:15.99 ID:HbGWUC33o
中野家の朝は早い、家長である父親が規則正しく生活しているのを始めとして母親もそれに合わせて行動をする。更にその子供達も例に漏れずに両親と同じように朝早く起きて共に朝食を取る、これが何年も毎朝欠かさず続いている風景は中野家独自の風物詩だろう。

「翔、学校は楽しいか?」

「ああ、おかげさまで楽しくやっているよ」

「そろそろ進路の時期だけど・・これからどうするの?」

(前回、勝手に旅行に出かけて後始末を人任せにしてた癖に・・よくもまぁ、平然としてるわね)

普通の親子の会話に微笑ましい空気が広がる中で冷ややかに翔を見つめる椿、前に椿は翔に聖と旅行をした時に両親の説得に立ち会わされたために翔に対しては機嫌が悪い。

「とりあえずは大学へ進むよ、学歴は欲しいし」

「賢明な判断だな。俺も親として安心だ」

微笑ましい両親との会話を椿はトーストを食べながら静かに見つめる、それに椿自身も本格化して来ている翔とは違ってそろそろ進路の問題がちらほらと見える時期に差し掛かってきており、本人もどこの高校へ進学するか迷っているようだ。

「椿はどうするの? どうせ高校に進学するなら音楽に特化した所にしたらいいのに・・」

「音楽はもういいわよ、普通の所で充分」

「昔はピアノ教室とか通ってたのに・・ま、心境の変化かしらね」

「そういうことにしといて」

そのまま椿は足早に朝食を済ませるとそのままカバンを持って家を出る、翔もそれに合わせて朝食を済ませると椿に出遅れる形で学校に向かい、そのまま椿に追いついた翔は少し気まずそうにしながら話を振る。

「な、なぁ・・まだ怒ってるのか?」

「当たり前でしょ! 勝手に旅行に行ったと思ったら帰ってきて早々にお父さん達の言い訳に付き合わされる羽目になるし・・」

「悪かったって・・」

これまでにも翔は両親への言い訳や世間体をよく保つためにも椿を駆り出しており、これまでの翔の高評価はほとんどは椿によって成り立っていると言っても過言ではない。まぁ、他ならぬ椿自身は聖との関係は良好ようで時々は2人で遊びに行っているようだ。

「聖さんと出会ってくれたのは個人的に感謝しているけどね。それにしても最近帰りが遅いわね、バイトならまだしも・・」

「まぁ、色々とな・・」

あれから翔も独自に調べつつ藤堂達と共同で聖の動きを探っているのだが中々成果は現れないのだが、月日が経っていくうち翔達に比例するかのように聖がある変化を示すようになる。今まで行っていた格闘技系の部活や校内にいる不良達との喧嘩をすっぱり止めて足繁くしていた他校との喧嘩も行わなくなった。更には真面目に授業をする傍ら家庭科への興味を示しており更には乱暴な言葉遣いはひっそりと為りを潜め、今ではすっかり女性らしい仕草のもとへと変貌を遂げている。翔からすれば手放ししても喜ばしい出来事の数々なのだが、問題なのはそれらの変化が2週間にも満たない非常に短い月日で現れたのもあって聖を観察していた藤堂を筆頭に今までの聖をよく知る面々はその変化に驚きを隠せずにいた。

(藤堂達と動き出してから2日経ったけど、あいつはまずます女らしくなってるよな・・)

翔はこれまでの聖の変貌を振り返りながら別れ道で椿と別れるとそのまま高校へと向かう。

110 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:24:15.27 ID:HbGWUC33o
教室

まず、具体的な聖の変化はこの朝の日常風景からある。普段の聖が教室のホームルームに参加するのはまずあり得ない、なぜなら彼女が登校してくるのは1時間目の始まりか酷いときには3時間目の始まりの場合もある。聖が遅刻をせずにきちんとホームルームに参加するのは例えるならノストラダムスの大予言が当たった場合に等しい・・要約すると絶対にあり得ないのだ。それは同級生やクラスの担任も含めての規則事項であったのだが・・それが覆されたのはつい数日前の出来事、ホームルームに参加する聖の姿はクラスを通り越して学校中に衝撃を与えて教員の間では校長を筆頭に緊急の職員会議が開かれたのだが今でもその憶測は絶える事はない。

「あっ、おはよう」

「あ、ああっ・・おはよう」

やはりこの光景にはいまいち慣れない、ぎこちなく挨拶を交わす翔を聖は不思議そうに見つめてくる・・だがこれだけではまだ終わらない。

「ねぇ、どうしたの? バイトが忙しかったのかな」

(今でもぞっとするぜ。男言葉を使わないこいつを見ていると・・)

聖の変化はこれだけではない、言葉遣いは完全に女性の物へと改められ雰囲気に至っては穏やかで温もりを感じさせる。今まで聖と付き合ってきたけれどもこんな風に接しられたことすらなかったのでどうももどかしく感じてしまう、以前は自分の理想そのものであったのだが・・いざ実現してしまうといささか変な感じである。

「何か・・あったの?」

「な、何でもないぜ。それよりも勉強は大丈夫なのかよ」

性格が激変しても基本的な能力自体は変わってはいないようで学校の帰りには可能な限りは道場に通いながらその超人的な実力を高めながら力を維持している。

「うん、何とかね。翔君や皆に色々教えて貰っているから・・それよりも今度の休みは暇?」

「特にこれといった予定はないな。それがどうした?」

「そ、その・・今度の休みに一緒に出かけない。こっちも時間は空いているし・・どうしたの?」

(あいつが自分からデートに誘ってくれるなんて・・今まであり得なかったよなぁ)

翔は心の中で感動を覚えつつもこれまでの聖との日々を軽く振り返って見る、これまでにもお互いにデートはそれなりに繰り返してきたのだが・・今まで聖が自分からデートに誘ってくれたことはなく、翔が何度か突っ張れられながらもデートに何とかこぎつけると言った日々を送ってきたため喜びは一塩だ。

「ああ、いいぜ。予定はちゃんとつけておくよ」

「嬉しい。・・ありがとう」

聖の満面の笑みに意識が飛びそうになる翔であったが、何とか頭を回転させて平静を取り戻す。翔にしてみれば今の状況は願ったり叶ったりなのだが、後味の悪さが身体中から警告のように発せられる。

(しかし、何だろうなあいつが変化してからの変な感覚は・・杞憂で済めばいいけど)

自身の予感を翔は今の状況に対する気の緩みだと判断するが、かといって至福の一時とも言えるこの幸せを手放す事は絶対にしたくはない。それにここ最近はデートもろくにしていなかったので翔にとっても久々のデートなので心なしかテンションがかなり上がる。

「どこに行きたい? 久々のデートだからここは奮発して・・」

「え~っと・・それじゃ、ナメ○ク星!! ダメならウ○トラの星でもいいよ」

「どれも実現してねぇ所だし、もう少し現実的な場所にしようぜ・・て、あれは確か辰哉のクラスにいた」

「あっ、刹那ちゃんだ!!」

翔達が目に付いた人物はなんと刹那、あれから刹那もちょくちょくとではあるが聖のクラスに顔を出しているがいつもはたいがい狼子とセットなので単独での訪問は異様な光景だ。

111 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:25:46.49 ID:HbGWUC33o
「よっ、今日は狼子とは一緒じゃないのか?」

「黙れ。耳障りな言葉をするな、下種が」

「頼むから、もう少し優しくしようぜ」

「黙れ!」

「へいへい・・」

本来なら刹那の物言いだと他人の怒りを買ってもおかしくないのだが、事情が事情なので理解している翔も聞き流しているものの自分より年下の娘にこんな風に言われるのは少しばかりショックである。

そんな翔をガン無視しながら刹那は要件のある人物の元へと向かう。

「あの例の・・」

「あっ、刹那ちゃん。例の奴ね・・はいこれ。私よりも月島さんの方が適任だと思うけど」

「最初は彼女に聞いてたけど、わからないらしいから代わりにあなたを推奨してきた」

刹那が尋ねたのはツン、意外な組み合わせに翔は少し目が奪われつつもツンに話しかける。


112 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:26:09.47 ID:HbGWUC33o
「何でツンの元に刹那ちゃんがいるんだ?」

「ああ、料理のレシピよ。一人暮らしだと自炊しなきゃいけないでしょ? 料理のデパートリー増やしたかったのよね」

「・・うん」

素直にツンの前で肯定の意を取る刹那にツンと自分との雲泥の差を翔は思い知らされる。それに刹那と言えばもう一つ・・

「♪♪」

「わぁっ!」

ツンとの用件が済んだ後、一目散に刹那は聖に飛びつく。実はとある一件によって刹那は聖に窮地を救って貰って
以来、刹那は聖と会うたびにこうして幼児のように飛び込み甘えているのである。聖の方も満更ではないようで刹那に
関しては気を掛けているし、こうして飛び込んできた場合は素直に刹那を抱きしめている。

いつもなら何ら変哲ではない微笑ましい光景であるが、最初は聖にベッタリだった刹那だったのだが・・なにやら違和感を感じたのか、急に離れてしまう。

「ど、どうしたの? 刹那ちゃん・・」

「・・あなたは誰?」

刹那の言葉に3人は驚きを通り越して固まってしまう、真っ先に平常心を取り戻したツンは慌てて刹那に現実を認識させる。

「な、何言ってるのよ!! 刹那ちゃんが大好きないつもの聖お姉ちゃんよ!!!」

「・・違う、私の知っているあの人はこんな性格じゃない」

全く正直な刹那にツンはこれ以上何も言い返せなかった、そして翔も刹那を少し嗜める。

「ま、刹那ちゃん。誰だって・・」

「黙れ! 生ゴミの日に捨てるぞ! ・・あなたはあの人じゃない、一体誰なの?」

「私は刹那ちゃんが知っているいつもの聖さんだよ。ま、刹那ちゃんのそんなところが可愛いんだけどね」

「・・もう少しで授業の時間だから、ここで失礼する」

居た堪れなくなったのか、刹那はツンからのメモを持ってこの場から立ち去る。刹那が去った後、翔は優しく聖をフォローする。

「刹那ちゃんは不器用なだけなんだよ。そう気にするなって・・なっ!!」

「うん・・そうだね」

何とかその場は翔のお陰で事無きことを得たが、ツンの複雑な表情は誰も気付いていなかった。


113 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:36:27.60 ID:HbGWUC33o
数時間後、応援団・部室

すでに沙樹と宗像によって極秘の定例会議が開かれており、これまでの聖について語り合っていた。時間からしてもそろそろ翔が姿を現してもいい頃合なのだが、当の本人の姿は全くなくその影響からか沙樹の機嫌は頗る悪い。元来から時間厳守がモットーの沙樹からしてみれば遅刻するものはその例外なく良い印象は持ち合わせない。

「遅い! ・・中野は何をもたもたしてるのだ!!!」

「落ち着け。そろそろ来る時間帯だろう・・それにしても相良君は随分変わったとは思わないか?」

聖の劇的な変化は宗像達応援団にも激震を走らせており、これまで翔と考案していた対策は無用の長物と化してしまった。今の聖の傾向は2人のとっても実に良い傾向であり、このまま長く続けば3人で無駄に頭を抱える必要はなくなるのだが・・沙樹はこの傾向にどうも納得がいかない。

「確かに今の相良は普段の女性と何ら変わらない、総合的に見ても理想的な傾向だろう。・・だけどあまりにも都合が良すぎる展開だと思わんか?」

「珍しく消極的だな。俺も最初はそう思ってはいたが・・今の相良君の傾向から見ても多少の疑問には目を瞑ってもいいと思うぞ。それに今の相良君は我が高や他校を含めての暴力行為は激減しているし校内の評判も以前とは比べ物にならないぐらいに高い・・俺達が望んできた理想的なものじゃないのか?」

「そ、それは・・そうだが・・」

宗像の意見に反論も出来ずに珍しく押し黙ってしまう沙樹だったが、それと同時にようやく待ち望んでいた来訪者が現れる。

「おっす。遅れて悪かったな」

「遅いぞ中野!! 3分遅刻しておいて何事だ!!! 応援団員なら本来遅刻をすれば問答無用で校内20周で1分ごとに5週追加させていたところだぞ!!」

「遅刻たってそんなに時間経ってないだろ! ・・それに俺は応援団じゃねぇし、宗像からも何か言ってくれ」

「うむ。ならば保健室で1週間過ごすのはどうだろうか? 春日先生なら承諾はしてくれるぞ」

「・・それだけは勘弁してくれ」

翔がげんなりしたところで極秘の定例会議は開かれる、といってもあらかたの話し合いは殆どしてあるので語る事などあまりない。何とか捻るとしても今の聖の現状とそれに対しての今後の考察ぐらいだろうか?

「今の相良君はどうなんだ?」

「別に・・今頃は大人しく授業を受けているだろうよ。あいつがこの調子でいてくれれば俺達の目論見どおりにはなるんじゃねぇの? いや~、あいつの性格が変わってから毎日が楽しくって困るなぁ。さっきなんてあいつからデートの誘いが・・」

「お前のお惚気はどうでもいい! ・・中野、お前はこの状況が出来すぎているとは思わないのか?」

「そりゃないと言えば嘘になるけどよ。・・でもんな事なんてどうでもいいじゃねぇかよ、時間が経てばどうにかなるだろ。今までのあいつは男時代を引き摺りすぎだったんだよ・・」

あまりにも楽観的な翔に沙樹は何故だかよく分からないが軽い憤りを覚える。

「貴様は今までの相良はどうでもいいのか!! ・・今は性格も変わっているがあまりにも不自然すぎる、お前は何とも思わないのか!!!」

「そうなんだけどよ、俺だって今まであいつの性格に苦労させられたんだ。お前も少しはあいつを黙って見守れよ」

確かに翔は今までの聖の性格については多少思うところがあった、
今までの聖は声には出さないものの男時代に散々つけたくてもつけられなかった自分との決着にこだわりすぎた
きらいがある、自分も聖との決着についてはつけたかったという想いはなくもなかったのだが、女体化した聖と初めて
出会ってからはその感情は恋愛のものへと変化してきた。

だからこそ今回の聖の変化はそういった自分への感情を清算して来た結果だと思っているので彼氏として自分が出来るのは聖を受け入れることだと思っていたのだが・・沙樹は頂点に達した怒りを翔に叩きこむ。

114 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:37:55.63 ID:HbGWUC33o
「・・貴様ァ!! 相良は今までの性格を簡単に変えれるほどの人間じゃないとわかっているだろ!!!」

「ハッ! てめぇだってあいつの変化を見てるだろ、今までの過去を清算して1人で女体化の苦難を乗り越えたあいつはお前と違って心身ともに女らしく生まれ変わったんだよ!!!」

「それは違う! 相良はお前との過去を未だに清算し切れていない筈だ!! 今の奴は・・女の性格に逃げた奴だ!!」

「それ以上言って見ろ・・いくらてめぇでも許さねぇぞ!!!」

沙樹の言葉に遂に翔も激怒する、あまりにも聖の気持ちを踏みにじったと判断したのだ。これ以上続けてしまえば無用な争いが生まれると判断した宗像は即座に2人を止めに入る、このまま放置すれば2人の性格からして仲間割れに入ってしまうのは確実だ、それに自分達が争っていても何らメリットはなく相乗効果は生まれない。

「熱くなるのはそこまでにしろ。・・とりあえず折中案として俺達は相良君への調査を打ち切るし、今までのようにお前達の関係に干渉はしない」

「お、おい! 何を勝手に・・」

「かといって俺や団長も今までの相良君の変化については少々疑問を抱いていたのでな。相良君の変化の原因を俺達に報告してくれないか?」

「まぁ、その程度だったらいいぜ。俺もあいつがどんな決断をして今の性格になったかは気になっていたしな」

宗像の提案に翔は迷うことなく賛成する、いくら聖が変わったと言っても未だにその要因を自分には語ってくれないので気になっているところだ。それに宗像も今回の聖の変化については個人的に興味もあるので是非とも聞いて起きたい内容だ。その目的を露呈する気はさらさらないのだが・・

「ならば交渉成立だな。今回はこっちも少しばかり言い過ぎた分がある、その点についてはこの場で詫びよう」

「刹那ちゃんといいお前等まで変な事言うからあれだけどよ、別に気にしてねぇよ。・・じゃあな」

そのまま翔は部室を後にする、それと同時に沙樹は先ほどの鬱憤を含めて宗像にぶつけ始める。

「宗像!! 何であんな事を言った、相良に関しては今後も・・」

「まぁ、待て。今のところ相良君には実害はないだろう、それに調査を打ち切るのはあくまでも相良君に関してだ。中野に関しては引き続けるつもりだ、奴を調査し続ければ自ずと相良君にもたどり着く・・これならば問題あるまい」

「むぅ・・」

とりあえず沙樹の矛の収まり具合を見ながら宗像はようやく一息入れる、それにしても宗像が意外だったのはあの沙樹が珍しく熱くなっていることだ。普段の応援団の会議ならば少し度が利かない場合もあるが、こういった個人的な会議で声を荒げるのは初めてだ。

「それよりもお前が相良君に関してそこまで熱くなるとはな・・どういった風の吹き回しだ?」

「いや・・実のところ自分でも分からないのだが、相良の変化にどこか納得できないのかもしれない・・」

沙樹自身も聖について何故翔に噛みついたのかは全くもってよく分かっていないけど今の聖については自分の中で納得していないと言うのは間違いはなさそうだ。


115 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:51:52.76 ID:HbGWUC33o
部室を後にした翔も先ほどの沙樹に対しては内心、驚きつつも妙に否定できなかった。翔も少しながら冷静さを失っていたのもあるのだが、まさか宗像ではなく今まで聖と直接的に対峙していた沙樹に言われるなど予想外にも程がある。

「まさか、あの団長にあそこまで言われるなんてな・・」

先ほどの沙樹の言葉を思い出しつつ翔は頭を掻きながら自分の心境を整理する、聖が変貌するまでは翔自身も
独自に聖のこれまでの行動を周囲の噂や友人の伝で調べてはいたのだが目ぼしい成果には至っていない、友人に
関しては着実な情報を調べてはくれているのだがその分時間は掛かっているようだ。翔とてあの聖の変貌振りには
完全に納得しているかと言われたら嘘になる、だからこそ沙樹の言葉を真っ向から避難することは出来なかった。

どんなに自分の中で理由をつけた所で肝心の聖自身がその事については全く持って話そうとしないのだから無理も
ないのかもしれないが、彼氏なのだから自分にだけは話して欲しいと言う気持ちはある。

「ま、考えたって仕方ないな。もうじき昼前だし・・ん、あれは辰哉と狼子か?」

偶然にも翔の視界に入ったのは狼子と辰哉、時間を見ると昼休みの時間に指しかかる頃合・・校内にもっとも生徒が活発になる時間帯なので彼等の姿があるのも至って自然だ・・気晴らしに翔は彼等の声を掛ける。

「よぉ!」

「あ、先輩」

「こんな所で何してるんですか?」

「大した事してねぇよ。それよりも久々に一緒に飯でも食うか? 奢ってやるよ」

少しばかりカップルの間に割り込んでしまった事に一瞬だけ罪悪感を覚えてしまう翔だが、これでも可愛い後輩なので先輩モードに入る。それに奢りという言葉に2人は同時に反応を示す、バイトでかなり稼いでいる翔とは違ってこの2人はお互いに金銭に関しては少々厳しい台所事情を抱えているので願ったり叶ったりと言ったところだ。

「えっ・・本当にいいんですか? でもそれは悪い気が・・」

「辰哉、それは失礼だぞ!! 折角先輩が奢ってくれるって言ってくれてるんだからここは甘えるのが後輩の役目だ!!」

「お前が一番失礼だぞ」

「何だと! 噛んでやる!!!」

「痛てててて!!!」

いつもの2人の光景に少しばかり苦笑しながらも翔は密かに財布の中身をチェックする、辰哉はともかくとして狼子の食欲じゃ聖を遥かに上回るがそれらを考慮に入れても学食程度ならギリギリ懐は痛まない計算になる。それにこの2人にはちょうど聞いておきたい事もあったし・・

116 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:53:50.76 ID:HbGWUC33o
「たまには後輩の為に奢るのも先輩の役目って奴だ。辰哉も狼子のようにもっと喜べ!!」

「それじゃ・・お言葉に甘えてゴチになります」

「いざ、学食へ!!」

狼子を筆頭に3人は学食へと向かう、食堂に着いた狼子はいつもより多めに学食の券を買って食堂のオバチャンに突き出す。翔と辰哉も狼子に続いて食券を買うと適当に空いている席を見つけて陣取る、ちなみに机は狼子の料理に考慮してか広い机を選んだ。

「先輩と飯食べるのも結構久々ですよね」

「そういや、そうだよな。最近は辰哉達の顔を見るのも久しく感じるぜ」

「先輩はいつも聖さんといるイメージしかなかったからなぁ」

(考えて見ればあいつの方が辰哉達とよくつるんでいるよな)

ちょっぴりだけ聖を見直した翔の前に狼子が大量に購入した食事が運ばれてくる、それにしてもこれだけ食べていても全く太らないのは女性としては羨ましい限りであろう。

「さって、食うぞ!!」

「よく頼んだな。太っても知らないぞ」

「俺は聖さんと同じように食べても太らない体質なんだよ」

そのまま狼子は大量の食事との格闘を始める、狼子の食事に対してカツ丼の辰哉に更に天ぷら蕎麦の翔の順はいささかシュールな光景だ。食事をしながら3人の間には色々な話題に華を咲かせるが話題は自然と性格が変わった聖についてとなる。

「そういえば最近聖さんの性格が変わったよな。前と違って丸くなった感じがするし・・」

「性格もどこか柔らかい感じになったよな気が・・って先輩の前で話す話題じゃないな」

「構うことはねぇよ。俺だってあいつの性格が変わった理由はわかんねぇし」

「えっ!! 先輩も聖さんの性格が変わった理由知らないんですか?」

狼子と辰哉は聖の性格が変わった理由を翔が知っていると思っていたので前々から聞いてみようと思っていたのだが、当の翔自身が知らないとなると謎はますます深まるばかり・・2人とて今までの聖の性格は良く知っている、だからこそ聖の性格が激変した時は様々な疑問を感じていたのだ。

「ま、あいつが喧嘩とかしなくなったのは大歓迎だけどよ」

「だけどあそこまで性格が変わったのには何かありますよ、本当に何も聞いていないんですか?」

「本人が話してくれないからよくわかんねぇんだよ」

聖の変化を考えるばかり翔には溜息しか出ない、といっても本人が話してくれないのだから仕方のないところだろう。


117 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:54:12.92 ID:HbGWUC33o
「・・聖さんは性格が変わったというより“性格が抜けた”って感じかな」

「何言ってるんだよ。先輩だって変わったって・・」

「どういうことだ? 狼子、ちょっと詳しく聞かせてくれ」

「あくまでも推測ですけど・・周りは聖さんの性格が変わったって思っているようだけど俺は違う気がする。今の聖さんからは不自然すぎるほど女を感じさせる・・だって最近聖さんと接しているとものすごい違和感を感じる、何だか今までの聖さんが突然いなくなった気がするんですよ」

普段から聖と接している狼子ならではの意見である、彼女とて普段の聖の変化については周囲が思っているほどの好意的なものではなくむしろ違和感の方を強く感じており、色々と考えているうちにどうも最近の聖は性格が変わったのではなく今までの性格が抜け落ちたと思ってしまうようになっていた。といっても狼子も女体化した人間であるのでそこらへんを考えると余計に聞きづらく今の今まで疑問に抱えたままであった。

「まぁ、今度本人に聞いてみるよ」

「そうですね。うまく行くように祈ってますよ」

「ありがとよ。んじゃな」

そのまま翔は狼子達よりも先にトレイを下げてその場から立ち去る、翔がいなくなったのを見計らうと狼子は意味深な発言をする。

「案外、今までの聖さんは人格が分裂してどこかに存在しているのかもしれない・・」

「そんな漫画やアニメのようなワンパターンなご都合主義な展開があるわけないだろ。それよりも先輩大丈夫かな」

悪かったな、ご都合主義のような展開で。

118 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:54:42.87 ID:HbGWUC33o
そのまま狼子達と別れた翔はその足で今度は保健室へと向かう、沙樹や狼子の言う事も一理あるのかもしれない。なんだかんだ考えても礼子は自分より女体化に関しての知識は自身の経験も含めてかなり豊富なほうだしかなり頼りになるのだ。

「よぉ、相変わらず平凡としているな」

「・・用がないなら帰れ」

「悪かったよ」

いつものように扉を閉めると礼子はそのままタバコを吸いながら応対する、翔が単独で保健室に訪問した場合は大抵こんな感じになってしまう。

「なぁ、礼子先生。あいつの性格についてだけどよ」

「あ、あのなぁ・・相良の性格が変わったのは俺も驚いているけど、ここは周囲が受け入れてやるのが大事であってだな」

「まだ何も言っていないんだけど」

聖の性格の変化にについては多田に予め言われていたのであまり動揺はしていない礼子だが、事の真実は周囲はおろか聖本人にもまだ話してはいない。

「・・んで、あいつの性格の変化についてだけどよ。礼子先生は何か知らないか?」

「知らん、それに相良がどう変わろうと俺がしてやれることは変わらん」

「ばっさりと言うな。・・そういやさっきからコーヒーの匂いが漂うな、タバコの臭い以外は初めてだな」

さっきから保健室内では香ばしい豆の匂いが広がっている、いつもは礼子の吸っているタバコの臭い以外は嗅いだ事がない翔だがこうしてコーヒーの香織も中々いいものである。

「コーヒーメーカーがあるからな。喉が渇いたらこうやって飲んでるんだよ」

「本当だ、よく見てみるとノートパソコンやらお菓子山積み・・って自分の私物増やしてないか? てか、そんなのあるなら俺にもくれよ。コーヒー好きだし」

「仕方ねぇな。これ以上はお前と秘密共有したくはねぇぞ・・」

「サンキュ」

礼子からコーヒーを貰ってご満悦の翔、インスタントとはいってもコーヒーメーカから淹れたコーヒーはかなり美味しいものがある。

119 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:55:36.84 ID:HbGWUC33o
「いや~、タバコの臭いよりは健康的でいいな」

「そういや中野よォ・・てめぇ相良に俺がタバコ吸ってるのバラしてないだろうなァァァ――!!」

「ハァ? んなこと言うわけねぇだろ!!!」

翔にしてみれば礼子の秘密を他人にぶちまけるのは死に直結する行為だ、彼女を敵に回すのは自分にとってもメリットはないし何よりも怖い。

「だったら相良が俺のことをタバコ臭いなんて言わねぇだろ!!!!」

「そんなの知らねぇよ!! 心配しなくても約束通り誰にも話してねぇし、喋る気は更々ないぜ!!」

「本当に喋ってないだろうな。・・もし喋ったらてめぇの命はないと思え!!!」

「心得てます・・」

百戦錬磨の礼子の勢いにはさすがの翔も素直に白旗を揚げる、しかしながら学校の保健室で堂々とタバコ吸いながらコーヒーを飲んでいる礼子は傍から見ればかなり悠々自適に過ごしていると行っても過言ではないだろう。

「んでよ、話は戻るけど礼子先生は何であいつが性格が変わったんだと思う? 本人に聞いてみても話してくれねぇんだよ」

「本人が話さないんなら仕方ねぇだろ。・・相良だってそのうち話すだろ」

あらかじめ予想していたとはいえ始めて聖の変化を見た時は礼子も驚きを隠せないでいたが、慣れとは恐ろしい物で今ではそれに順応している自分が恐ろしいものだと思う。しかし翔にしてみればその礼子の冷静さが気になってしまうところ、まるで聖の変貌振りを予想してたかのような感じである。

「・・礼子先生さ、あいつについて何か知ってるだろ?」

「何言ってるんだよ。俺が知ってる筈・・」

「嘘ついたって無駄だぜ。思い当たる節は色々あるけどよ、俺が最初に保健室に来た時にあいつの性格の変化についてどうするべきか語ってたよな。・・俺が用件も言わないうちによ」

「あのなぁ、てめぇが俺に相談する事と言えばそれしかないだろ。だから俺は――」

「だったら何であいつの話題を避けるんだ? いつもはあいつとの関係について俺に説教の1つぐらいはしてるだろ」

「そ、そいつは・・」

珍しく動揺を隠せない礼子に翔の疑惑は確信に変わる。いつもの礼子なら自分と聖との関係についてはある程度の
アドバイスはしつつも大抵は説教の1つや2つは飛んでくる、それだけ自分達を心配してくれるのかもしれないが
今の礼子は聖については話題に出そうともしない。それに礼子の態度からしても今回の聖について何か知っている
のは明白だしこれ以上は礼子と腹の探り合いをしたって意味がない。それにこのまま対峙しても翔は引き下がらない
だろうし、どれだけ巧妙に言い繕っても決して納得はしてくれないだろう。

しばらく静寂が続く中で礼子は観念したかのようにタバコを吸い出すと重い口を遂に開く・・

120 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:56:03.66 ID:HbGWUC33o
「はぁ・・どうせこのままてめぇは俺から引き下がらないんだろ?」

「礼子先生はあいつと同じで性格が分かり易いんだよ。なんせあいつの究極進化系だからな」

「全く、大した野郎だ・・」

そのまま礼子は数日前に多田と行った聖とのやり取りを語り始める、礼子から語られる真実の数々は不思議にも先ほどの狼子の意見と似たもので翔は心中に様々な思いを秘めながら静かに礼子の話に耳を傾ける。全てを語り終えた礼子はタバコを消すと温くなったコーヒーを飲んで一息つく、翔は驚きはしなかったものの礼子が語ってくれたおかげで今まで聖に感じていた違和感が薄まってきているのがよくわかるが、それと同時に昔の記憶を掘り起こしながら聖との決着について今の自分の気持ちを整理させる。

「これで相良に関して俺が知っていることは以上だ。それにしてもこんな事も聞かされてよく驚かないな、俺も最初聞かされたときは驚きっぱなしで変になるかと思ったのに・・」

「さっきも似たような事を言われたからな。それにしても男の時のあいつと分裂とは・・これも因果って奴か」

「男時代の相良についてはお前のほうが良く知ってるだろう。・・中野、俺も言われたんだがこれはあくまでも相良自身の問題だ。今の性格自体が相良自身が望んだ結果でもあると言うこともあるということも忘れるな」

「あいつ自身が望んだ事・・?」

「そうだ、人の心ってのはそう簡単には踏み込められん領域がある。俺が出来るのは黙って相良を見守ってやる事だけだ」

口惜しそうに礼子は再びタバコを吸い始める、今の礼子が聖にしてやれることはその様子を黙って見守りながら正しい方向に進めてやることだ。

「女体化した人間が自分の自己に悩むケースはかなりある。そりゃ今まで男で過ごしてきたのに童貞だからって急に女に代わっちゃうからな、本人や周囲の価値観にもよって選択肢は様々だが下手したら昔の俺みたいに自殺に走ってしまうケースだってある。

・・それだけ女体化ってのは難しい問題なんだよ」

「俺はあいつのためにどうすれば良いと思う?」

「相良本人が話してくれないなら“話してくれるまで待つ”というのも一つの選択肢だぞ。・・相良は決して独りではない、お前達で相良自身が納得できるような選択肢を創ってやれ」

「そうだな。・・どんなに性格が変わろうと俺はあいつの彼氏だしな」

「さて、もう俺に用はないだろ。さっさと戻れ」

「わかったよ。・・ありがとな、礼子先生」

そのまま翔はコーヒーを飲み干すと保健室を後にする、そして携帯をチェックすると待ち望んでいた友人のメールに目をつける。メールの内容は翔が依頼していた聖の調査結果の報告だった。

121 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:56:51.70 ID:HbGWUC33o
幼馴染兼かつての中学時代の戦友との久しぶりの再会、昔よく溜まり場として利用していた喫茶店で落ちあう。天使守護団と呼ばれた3人は今は現役を退きながら就職や進学しながらそれぞれの道を歩んでいる、今回は代表として1人しか出てこれなかったが久々の再会と言う事もあってそれなりに砕けた雰囲気となったのだが当の翔はあまり喜べずにいた。

「久しぶりだね、翔君」

「ああ、他の奴等はどうしたんだ?」

「皆それぞれ忙しいみたいだよ。だから代表として僕が来たんだ・・ま、積もる話もあるけれど本題から行こうか」

彼も本来ならいつもみたくいきたいのだが、翔の只ならぬ雰囲気を察したのか本題である聖への調査内容を報告する。

「ゴホン。まず相良は今までにも県内の有名な高校はほとんど〆ているね、数が多すぎて俺達3人じゃ詳細まとめるのに苦労して遅くなったんだよ。まぁ、大体はカスに等しいから省くとして・・ヤバイとこだと悪名高き極殺高校も手を下しているみたいだね」

「極殺高校は俺も把握している。前に色々とあったしな・・」

「あ、そうなんだ。・・それとね、もう一つは羅刹(らせつ)高校の連中が嗅ぎ回っているようだね、相良の身辺調べてたら羅刹高校の連中をちょろちょろ見かけたよ」

「お、おい・・羅刹高校って言えば極殺高校と並ぶ悪の進学校じゃねぇか!!」

「あの金武愚の連中がかなりいる事で有名なところだ」

羅刹高校とはかの有名な極殺高校と並ぶ、この県内では有名な悪が集う高校である。
在校している人間の殆どが将来は悪のエリートコースを約束された連中ばかりであり、大抵のどうしようもない
不良中学生が進路の時期に教師に提示される進学コースは極殺高校か羅刹高校が提示される。
この県内出身の暴力団の90%以上の最終学歴は極殺高校か羅刹高校を占めており、当然の事ながら喧嘩の腕も
かなり立つ。

なお全国的に有名な暴走族である金武愚メンバーの2割は羅刹高校の人間が多い、極殺高校とはその宿命からか争いが耐えないものの警察立会いの相互不可侵条約が締結されているので大規模な争いはなく、今の所は小競り合い程度で収まっているのだが・・それがいつ持つかは誰にも分からない。

翔からすれば羅刹高校の名前が出たところでその心中は穏やかではない。

「あの野郎・・極殺高校だけでなく羅刹高校にまで手を出してやがったか――」

「互いの高校は翔君も知っての通り、相互不可侵条約で小競り合い程度に止まっている。金武愚の力を借りている羅刹高校と質と地力で勝る極殺高校の争いは小競り合いでも凄まじいものだしね」

「確か最近の全面戦争は警察の機動隊まで出動したぐらいだからな。・・極殺高校の件が片が付いたと思ったのに今度は羅刹高校かよ」

「まだ連中の動きがわからないけど羅刹高校が相良に関わっているのは確実だよ」

友人の報告に翔は思わず現実から逃げ出したくなってしまうが、今まで聖が関わっている以上はなんとしてでも聖を全力で守り通さなければならない。いくら聖が強くても所詮は1人・・数を物にする物量戦では成す術もない、正直言っても翔も羅刹高校が本格的に関わっていないことを祈りたいところだ。それに自分と共に戦った昔の戦友達は今は現役を退いてそれぞれの道を立派に歩んでいる、自分の争いに彼等を巻き込むのは絶対にさせたくないし何よりも自分のプライドが許さない。

122 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:57:12.46 ID:HbGWUC33o
「・・翔君に何かあったら僕達はいつでも駆けつけるつもりだよ」

「バカ野郎、お前達はもう俺に付き合わなくてもいい・・これは俺1人の喧嘩だしな。下らねぇ喧嘩に首突っ込まないでてめぇ等は自分達の将来を歩め!! ・・いいな」

そのまま翔は立ち去ろうとするのだが、友人は何かを思い出したかのように慌てて翔を引き止める。

「ちょ、ちょっと待って!! ・・実は相良に関してはまだ奇妙な噂があるんだ」

「まだあんのかよ・・一体どんな噂だ?」

「相良が女体化したのは僕達もよく知っているし実際に目撃した。・・だけどね、ここ最近になって相良 聖と名乗る男が各高校を〆廻っているんだよ。それに容姿や喧嘩のやり方も昔の相良そのものなんだ」

友人の話は更に続き、その相良 聖と名乗る男はかってのトレードマークでもあった木刀を片手に次から次へと見境なしに不良達を〆ていると言う。それに容姿も女体化する前の聖と完全に一致しており、男時代の聖を知る人間は今も恐怖のどん底で病院のベッドで伏せていると言う。更に詳しく話を聞いているうちに翔は狼子と礼子の話を思い浮かべながら新たに現れた相良 聖について考察して見る。

「なぁ、その相良 聖が出てきたのはいつ頃の話だ?」

「えっと確か・・翔君から連絡を貰った日ぐらいかな? だけど奴が女体化してるのは常識みたいなもんだし、所詮は相良を模倣した奴がやったんじゃないの。奴のやり口なんて散々知り尽くしている俺達がそんな噂に・・って何さっきから怖い顔してるの?」

(俺が連絡した日って言えば礼子先生とあいつが病院に出かけた日だな。それに狼子の主張や礼子先生の言葉を踏まえたら・・完璧とは言えないがおおよそは繋がるな)

最初は信じられずにいたもう一人の聖の存在が翔の中で具現化していく、それから先の行動は既に決まっている、情報を元に聖の存在を掴みながら行動していくだけだ。もしそのもう1人の聖が人格が分裂して別れてしまった聖ならば自慢の拳で叩きつけて事情を聞き出すのみ、後はそれに即したベストな行動を辿ればいい・・極端な話、もう1人の聖を確保するだけで良いので行動をする過程で無理をせずに羅刹高校と事を構えなくてもいい方法も見つかるはずだ。

「ありがとよ。お陰で行動できるぜ!!」

「翔君も無茶な行動は控えてよ。お互いにそろそろ現役を退いてもいい歳なんだから・・」

「フッ、数々の経験で培われた俺の頭脳を舐めんなよ!! じゃあな!!」

今度は水を得た魚のように翔は即座に清算を済ませると行動を開始する。とりあえずはこれからは親に強請って買ってもらったセーフティハウスを行動拠点にしながら即座に椿に事情説明をメールで済ませるとこれからの安全確保の為に聖をセーフティハウスへと呼び寄せる、しかし肝心の翔は椿への手回しと・・そして何よりも聖の行動の早さを計算し忘れていたのであった。

123 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:57:51.88 ID:HbGWUC33o
翔が友人からの報告を受けていた同時刻、辰哉と狼子はちょっとしたピンチに陥っておりとある男と対峙していた。

「てめぇ等が木村 辰哉と月島 狼子だな。・・素直に俺の人質になりな」

「な、なんだと!!」

「俺達の名前を知っているとは・・何者だ!!」

辰哉達と対峙していた筋骨隆々の男は木刀を振り上げると高らかに自分の名を宣告する――

「俺か? よく聞け、俺様は血に飢えた狂犬・・相良 聖だァァァァ!!!!」

「「なっ――・・」」

男の名は狼子と辰哉が若干怖れながらも男らしさと強さを兼ね備えていた偉大なる先輩であり、尊敬をしていた誇り高い伝説の不良・・相良 聖その人であった。彼こそが悪魔によって女の聖を叩きのめし、男時代の肉体を得て出て行った正真正銘の男の聖・・躯から嫌でも感じるオーラと全てを威圧させるビリビリとしたその雰囲気は嫌でも彼等2人はこの人物を相良 聖と認めざる得ない。だけども狼子は決してこの人物を聖とは認めたくなかった、今までの聖は強引で無鉄砲の所があったのだが2人にとっては優しく自分よりしたの者に対しては決して力を振るわない誇りを持った人物だ。それに狼子は勿論の事、辰哉とてそう易々と屈指はしない・・修学旅行での経験が彼を一回り成長させたようだ。

「俺達が人質になれだと・・断る!! 俺は狼子を貴様のように他人の名前を騙たるような奴に渡さないッ!!!」

「それに勝手に聖さんの名前を騙りやがって・・いいか!! あの人はてめぇのようなデカ物が簡単に名乗っていい名前じゃないんだよ!!!」

2人は怖れず、堂々としながら目の前の聖と対峙するのだが・・対する聖は少し目を瞑りながらこれまでの記憶を洗い流す。今までの聖と混在していたこの聖は女体化する前の記憶は当然保有しているし、女体化してから分裂するまでの記憶も当然のように頭の中に存在する。だからこそ辰哉達の居場所を掴むのは余り苦労しなかったし、彼等の性格をも見抜く――

「相変わらずてめぇ等は甘っちょろいな。・・それに中野とかに色々動かれても面倒なんでね、さっさと俺の人質になれ」

「何度も言ってやる!! 俺は・・お前に屈したりはしない!!!」

「チッ、中野の影響で青臭いことしやがって・・しゃあねぇ、力づくで行くしかねぇな」

聖はそのまま拳を鳴らすと巨体な身体に似合わず俊敏な動きで一瞬で辰哉の懐に入ると強烈な一撃を辰哉に叩きこむ、叩きこまれた辰哉は痛みを感じる事すらなくそのまま意識を途絶える・・辰哉を気絶させた聖はそのまま次の標的を狼子に変える。

「ガハッ――・・ に、逃げろ狼子・・」

「た、辰哉――!!」

「電光石火による一撃・・女の俺もよくやっていたろ。まぁ、俺は合気道なんて言う生易しいことはしないけどな」

思わず身構える狼子だが聖の圧倒的な力を見せつけられて思わず後ずさりしてしまう、このまま上手く振りきったとしても聖に追い詰められて捕まってしまうのがオチだろう、それに辰哉をこのまま放っては置けない。

「さてと・・残るはてめぇだけだな狼子。辰哉みたいに無駄な抵抗をするか?」

「・・ッ! あんた何者だ!」

「何度も言っているだろ、俺は相良 聖・・もっと正確に言うならば男時代の相良 聖だ。ここでてめぇ等を人質に取れば女の俺と中野が出てくる、それに他に厄介な野郎達に先を超されたくはねぇからな」

「聖さんは誰かを人質に取ったり・・ましてや俺や辰哉を傷つけたりなんかしない!! あんたは聖さんとは違う!!」

「物分りが悪い奴だ。・・とっと俺の人質に――」

聖の身体から第六感が発せられ自分達以外の気配を感じ取ると同時に藍色の学ランの姿を纏った人物が四方八方と出てくる、聖は気配から脳内で数を集計すると苛立ちを顔に出す。

124 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:58:34.99 ID:HbGWUC33o
「チッ、その制服は・・羅刹高校だな。そっちが先に現れたか」

「相良の身辺調べていたら、変な奴が出てきやがったぜ。・・まぁ、1人は気絶しているようだから予定通りにこいつら2人を拉致るか」

「この俺様を無視するとはいい度胸だ。羅刹高校の連中なら少しは楽しめそうだぜ!!」

闘気を纏わせ聖は構える、言葉から察するに彼等の目的も自分と同様に狼子と辰哉を拉致して人質に取る算段だろう。しかし先に狼子達に目をつけたのは自分なのでそれを邪魔をされるのはもっと面白くない展開だ、羅刹高校の連中は聖達にじりじりと距離を詰めるが聖はそのまま木刀一突きで1人に放つ。不意打ちを良くした聖はそれに乗じて混乱している羅刹高校の人間をそのまま叩きのめして一気に4人をのしてしまう。

「て、てめぇ――!! 不意打ちとは・・」

「喧嘩に卑怯も糞もねぇ!! 俺に勝ったらそこにいる狼子と寝ている辰哉を遠慮なく持っていきな・・」

「グッ・・やっちまえェェェェェ!!!」

「「「「「うおおおおおお!!!!!!」」」」」

羅刹高校の人間は一斉に聖に襲い掛かる、聖は縦横無尽に駆け巡り容赦のない拳と木刀を駆使しながら殲滅させる。それに聖は周囲にも気を配り狼子と辰哉に振りかかりそうな人間を容赦なく潰していく、自分の何度かダメージを受けながらも決して怯まずうろたえずに羅刹高校の人間に阿鼻叫喚の如く地獄を見せつける。

「つ、強ェ・・」

「俺は中野みたいに最後の一人にも容赦はしないんでな。くたばりやがれぇぇぇぇ!!!!」

そして聖は最後の人間をも今までと同様に再起不能にまで叩きのめしたのと同時に辰哉も意識を取り戻す。

「うっ――・・な、何だこの光景は!!」

「辰哉!! 目を覚ましたんだな」

「お、おいおい狼子・・暑苦しいからあまりくっつくなよ」

「心配したのにその言い草は・・噛んでやる!!」

「痛ててて!!!」

(グッ――・・な、なんだこの痛さは!! 女の俺が持っていた記憶が頭の中に何か流れ込んでくるだとッ!!!)

2人のいつもの光景が広がる中で突如として聖に強烈な頭痛が生じる、先ほどの激闘とは比べ物にならないぐらいの痛さが聖の頭を抉るように刺激する。それに今まで聖が過ごした思い出が聖の脳内を痛みと共に一気になだれ込む、辰哉と狼子の光景を必死に拒絶しながら痛みを強制的に打ち消す。

「この制服って・・あの悪名高い羅刹高校かよ!! 狼子、大丈夫か?」

「俺は大丈夫だけどよ、助けてくれた相手が・・」

狼子は先ほどの激闘の様子を辰哉に語り出す、対する聖はようやく痛みを抑えたのか再び狼子達と対峙する。

125 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:59:30.84 ID:HbGWUC33o
「さっきは俺達を助けてくれたみたいだな」

「助けたんじゃない・・羅刹高校の奴等に先を越されるのが嫌なんでね。さっさと俺の人質になって貰おうか・・どうもこいつ等はてめぇ達に目をつけてたみたいだしな」

ここで聖から逃げても羅刹高校からの追っ手は辰哉達を容赦なくつけ狙うのは明らか、今回はたまたま聖が偶然にも
いたから難を逃れる事が出来たのだが次に同じ事態に陥った場合は想像もしたくない。
それに狼子はこの聖に対してどこか懐かしい雰囲気を感じるし、更には自分達の名前をフルネームで知っている。
この男が自分がよく知っている相良 聖ならばこっちもそれなりに確かめる必要がある。

「あんたが男時代の聖さんなら・・何で直接先輩とこへ行かないんだ?」

「俺の目的は中野だけじゃない、女の俺を再び完膚なきまでに粉砕することだ。お前達が人質になればあいつ等は出てくる・・」

「さっきから女の自分って言っているけど・・まさか、急に聖さんが変貌した原因はお前かッ!!」

「変貌だと・・?」

「・・やっぱりこの世界に干渉するのは面白いねぇ」

3人に呼応するように現れたのはこの全ての元凶である悪魔、彼(?)は自分の引き起こした状況を愉しみながら見定める。

「だ、誰だ!! 次々と変な奴等が現れるな・・」

「お前はこの世界の木村 辰哉だな。いやぁ、女体化がある世界は面白い」

「な、何だこいつは・・」

悪魔は満面のない笑みで登場すると自己紹介しながら全ての状況について説明する。

「俺には名前がない、好きな名前で呼ぶがいいさ。・・元々1つだった相良 聖の人格を俺の力で2つに分けた、その証拠に今は存在しない男時代の相良 聖が此処に存在している」

「ふざけたこと抜かしやがって!! それに悪魔のコスプレなんて今時流行らないぞ!!」

「これが俺の正式な姿なんだ月島 狼子。それに別の世界の君も似たような状況になっていたからな、それはそれで観ていて愉快だったよ」

クスクスと笑う悪魔に狼子は怒りを募らせ、聖もまた悪魔の来訪には不快感を示す。

「今頃、何のようだ。こっからは俺の喧嘩だ、てめぇは口出すな」

「おおっ、怖っ。・・心配しなくても俺はただこの状況を面白おかしく観るだけよ」

「今の話が本当なら逆に相良さんを元に戻せるのか?」

「ああ、俺と契約すれば可能だが・・それには寿命をそれ相応に頂く、世の中そんなに甘くないよ。木村 辰哉君」

当初は悪魔の言っている事など信じられなかった2人だが、聖の言葉などから信じざる得ない・・しかし悪魔のやっていることは完全に自分の愉しみだけに聖を巻き込み、あまつさえこの状況をせせら笑う悪魔の態度に狼子と辰哉の怒りは爆発する。


126 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 12:59:55.15 ID:HbGWUC33o
「人の悩みに付け込んで自分の娯楽のように愉しむ貴様の態度は許せんッ――!!」

「力づくでもてめぇをぶちのめして聖さんを元に戻して貰うぞ――!!!」

「おおっ、怖い怖い。それじゃあ、ここは本人の意見を尊重しようか・・相良 聖、君はどうしたいんだい?」

「ハッ。決まってらぁ・・この身体で中野と女の俺を完膚無きにぶっ潰すだけだ!!!」

拳を力いっぱい握り締めた聖からは荒々しさが更に引き立つ、聖を止められない以上は全ての元凶である悪魔を力づくでも止めなければならないと辰哉と狼子は身構えるが2人の身体は思うように動かない、それに悪魔から発せられる底知れぬ恐怖が2人の身体の髄に染み込んでいるようだ。

「ほら、本人もそういっているじゃん。それでも俺を力づくで止める?」

「情けねぇ!! 怖くて身体が動かねぇ・・」

「ど、どうなってるんだ? これもこいつの力なのか・・」

2人に気を良くしたのか悪魔は嘲笑する。

「どうしたんだい? 力づくで俺を抑えるんじゃなかったのかい」

「おい、勝手に俺の人質に手を出すな。てめぇでも容赦はしねぇぞ」

「悪魔に喧嘩売るとはね、でも俺の用件は終わった。・・そうそう一つだけ言っておくよ。君は相良 聖という人格から分裂したんだ、今存在している女の相良 聖とは過去の記憶を始めとして全てが繋がっていることを忘れるなよ」

「何を言うと思えば・・悪魔が人間の心配とは笑わせてくれる」

「フフフ・・さっき君がこの2人に対して患った頭痛のは過去に相良 聖が心許していた存在だからだ。人格が分裂した影響で女の相良 聖に君の記憶の断片が存在するように君にも女の相良 聖の記憶の断片が存在している・・これから君がそれにどう抗うか見物だよ」

そういって悪魔は3人から姿を消すと同時に狼子と辰哉の身体に纏わりついた恐怖心もなくなる、悪魔が去った以上は真相を知った辰哉と狼子がやるべき事と言えば今ここにいる聖を止めて元に戻すほかない。

「こうなれば・・あんたを止めるしかない。狼子、お前はすぐに聖さんの元へ――」

「ま、待って辰哉! ・・なぁ、俺達を何で人質に取るんだ。本当は羅刹校の目を俺達から逸らすためじゃないのか?」

「なに寝惚けてるんだ? てめぇらを人質に取ればあいつらは必ず現れる、羅刹高校に人質に取られたところで俺に取ったら痛くも痒くもない。むしろあいつ等と羅刹高校を潰せて好都合だ」

聖が狼子達を人質に取れば少なくともさっきのように羅刹高校の連中に襲われる可能性はぐっと低くなる、それに悪魔の言葉が本当ならば今の聖にも自分達の事を大事に想う心がまだあることになる。

「決めた、人質になってもいいぜ」

「狼子――!! 何言ってるんだ!! こいつは聖さんだけど性格はまるで違う、それにこいつは先輩を狙っているんだぞ」

「それに羅刹高校の人質になるなんて想像もしたくない。それにこの人にも俺達が知っている聖さんの記憶があるならまだ希望はある」

「・・まさか狼子に納得させられるとはな。確かにこのまま俺達がじたばたしても羅刹高校の連中に捕まってしまうのがオチだ、先輩には悪いけど俺も人質になってやるか」

(ようやく人質になったか・・これで後はあいつ等を呼び寄せるだけだ!!)

こうして辰哉も同意した事で2人は晴れて(?)聖の人質となる、ただ普通と少し違うのは彼等は不本意で人質になったわけではなくそれぞれの目的に従っての合意があっての人質関係となるところだ。聖も2人の思惑を知りながらも人質にすると言う当初の目的は果たしたので後は行動を起こすだけである。

127 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:00:41.47 ID:HbGWUC33o
辰哉と狼子が聖の人質になっていた頃、こちらの聖も道場でドクオ達を指導しながら自身も鍛錬を重ねてその実力を更に昇華している。

「相変わらず見事じゃな。性格が変わってから技の練度や実力がかなり上がっておるぞ」

「ありがとう、おじいさん。でもごめんなさい、いつも道場の人間全員を一気に相手にして・・」

「な、何!! そのぐらいは構わんよ、集団戦こそよい鍛錬になるしの」

表向き道場の師範代である彼も聖の性格の変化に動揺は隠せなかったものの、以前とは180度違う穏やかな現在の性格になったのは手放して喜びたい。それにここ最近は聖のお陰もあって門下生の数も増えているので道場の名前が広がり経営的にも聖様様と言ったところだろう。

「ハァハァ、戻ってきたぜ・・」

「ら、ランニングはこれで終わったお・・」

「ご苦労様。・・それでは次は2人で私を倒しなさい、ハンデとして一度でも私をダウンさせたら私の負けにするわ」

汗だくで戻ってきたドクオと内藤に聖から更なる試練が立ちはだかる。これまで2人には聖から非人道的とも言える様々な鍛錬を科せられており、その成果が着実に実っているのか2人の実力はめきめきと上がっている。しかし鬼のようなランニングが終わって休む間もなく聖の相手をするのは死にに行くようなものだ、いくら性格が変わろうとも道場ではいつものように手加減抜きで一蹴されるのがオチである。

「す、少し休ませてほしいお・・」

「全くだ・・」

「そうよ。ただえさえあんたは強いんだから全力の状態で戦わせてあげなさい」

「・・しょうがないわね、ツンに免じて休憩が終わったら続けるわよ」

3人の光景に見るに見かねたツンに促されてようやく聖が折れる、普通ならツンの意見ですら押しのけて我を通そうとする聖であったが性格が変わってからはそのやり取りにも変化があるようだ、ドクオと内藤が休憩を取りながら聖もツンと一緒に休憩する。

「それにしてもあんた本当に変わったわね、いろんな意味で驚かされるわ」

「そ、そうかな?」

ここ数日の聖の変貌に誰よりも一番驚いたのは翔や辰哉と狼子ではなく他ならぬツン本人である、常に聖の身近にいる彼女にとって今回の聖の変化には言葉を失わせるには充分だ。最初は自分の余計な一言で聖が無理して変化しているのではないかと思っていたのだが、その疑問はすぐに消え去った。更に聖を見て行くうちに次第とその感情の変化は自然なものへと変化していって今のように至ったとツンは考えている。

「ねぇツン、今の私って女らしくなったのかなぁ?」

「何言ってるの、今のあんたはどこから見ても普通の女よ」

「昔の私は男だったとみんな言うけど、あまり思い出せないからつい・・ね」

記憶の改竄は進行しており、今の聖には自分が過去に男だったと言う記憶すら思い出せない状態にまでになっておりそれが今の聖を苦しめている。過去の自分は紛れもない男だった事実は周囲や今までの自分のアルバムを見ても明らかなのだが、残念ながらそれを証明する記憶は今の自分には存在しない、自己を確立できない苦しみとギャップが襲い掛かるのだ。

「・・大丈夫、誰がなんと言おうと今のあんたは列記とした相良 聖には違いないわ」

「でも怖いのよ。優しさで翔君は私を包んでくれるけど、素直に甘えて良いのかな・・」

「私はいつまでもあんたの味方よ。か、勘違いしないでよ!! 私はあんたが心配であって・・」

「フフフ、ありがとうツン。何とか吹っ切れそう」

今の聖にはツンの優しさが大きな支えだ、自分は決して孤独ではなく周りの人間に支えられている存在なのだと思う。今の自分は一人ではないと納得付けた聖はそのままドクオ達との鍛錬を再開するのであった。


128 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:01:30.07 ID:HbGWUC33o
道場からの帰り、いつもならばドクオと内藤が一緒にいるのだが、珍しくも2人は用事があるため今回はツンと2人で帰宅する事となった所存。しかしツンには先ほどのやり取りが気になるところ、表情も普段どおりに装っているところがその姿がツンには悲しそうに見えた。

「今日も疲れた・・」

「あんたは日頃から常人よりも動きすぎなのよ。少しは休むのも重要なの」

今までであったら聖の口からこのような言葉などなかったはずなのだが、性格が変わってからどうも愚痴っぽくなっている。だけどもツンはそれらの言葉をただ単に受け流すのではなくこうして受け止めながら言葉を返してあげるように心掛けている、そうしてあげないと聖は塞ぎ込んでしまうような気がしてならないのだ。

「そんなことなかったんだけどな・・でも動かないのは性に合わないんだよね」

「変な悩みね。それよりも服とかは買わないの、あんたオシャレには無頓着だから」

「そーんーなーこーとーあ・り・ま・せ・ん!! そ、そりゃ・・今まではアレだったけど、最近は雑誌見ながらやってみようかなぁっと・・」

「・・結局、やっていないわけね。よし! ちょっとあたしに付き合いなさい、いいところ案内してあげるから」

「ちょ、ちょっとツン!! 引っ張らないでよ・・」

いつもとは違う光景にツンは少し微笑しながらも普段とは違う抵抗をする聖に何とも言えない可愛さを覚える、それにせっかく性格を変わっているのだからここは趣向を変えるのもいい機会かもしれない。ツンが聖を引っ張っていくといった世にも珍しい光景が繰り広げられる中、2人の目の前に意外な人物が姿を現す。

「・・何をしているんだ?」

「あ、あんたは・・」

「もしかして・・藤堂さん?」

2人の目の前に現れたのは応援団団長 藤堂沙樹、適度に息を整えながらタオルを首に掛ける姿はスポーツマンらしい姿と言える。珍しく部活が早く終わった沙樹は余った時間は無駄にせまいと日課であるランニングを延長していたのだ、彼女もまた己の向上の為に身体を鍛えているのでそういったところでは聖と相似ている部分であろう。しかし沙樹は今の聖の性格を快くは思っていない、普段の女の子のようにこうして引っ張られる姿など心なしか余り見たくはなかった。

「藤堂さんはどうしてここにいるの?」

「たまたまランニングで通りかかっただけだ。・・邪魔したな」

このまま留まっても意味がないと判断した沙樹は軽い会釈をしながら小走りに走り去ろうとするが・・何を思ったのかツンは沙樹を呼び止める。

「ちょっと待った! ここで会ったらなんとやら・・藤堂さん、あんたにもちょっと付き合って貰うわよ」

「な、なんだと!! それはどういう・・」

「いいから黙ってついて行きなさい!!!!」

ツンの気迫に押されたのか沙樹も聖と同時に引き摺られながらとある場所へと連れて行かれる、それにしても1人の少女に2人の武道人間が引っ張られる光景はなかなかシュールなものだといえよう。

129 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:02:23.94 ID:HbGWUC33o
3人がいきなり連れてこられたのはツン御用達の古着屋である、いきなり連れてこられた2人にはツンの思惑がわからない。

「ここは・・?」

「洋服屋よ。古着屋だからお金のないあんた達でもお手軽に買えるし、結構いい物も多いわよ?」

ツンの言うように2人の台所事情は優しいものではないのだが、聖はともかくとして無理矢理連れてこられた沙樹にしてみれば突然の事で何の事やらわからない、それに自分はこれから鍛錬があるので暇な時間などないのだ。

「おい! 俺は暇じゃないんだ、こんな所に連れてこられても困る」

「そんなにかっかしないの。あんただって応援団が全てじゃないでしょ、たまにはこういったのもいいなじゃないの?」

「何を言っている!! 相良、お前も少しは・・」

「あ、これ可愛いよ。藤堂さん~」

「・・・」

聖の適応の高さに思わず溜息すら出る、自分がよく知っている聖はここで抵抗の1つや2つはするものだと思っていただけに少しばかり喪失感が募るばかりだ。

「さて、あんたの服も選んであげるわよ」

「ちょっと待て!! 俺はまだ――」

そんな沙樹の油断を突いたのか聖が背後に回り込むと、なにやら嫌らしい手つきで独自の測定を始める。

「フムフム、3サイズはそこそこと言った感じだね。胸に関しては・・私より小さめで狼子よりは大きい、察するに体重は私よりも若干軽いとは――」

「なっ――・・さ、相良!! その手を離せ!!!」

(まるで変態親父とキャバ嬢ね・・)

しかしながらこの2人の関係は本来ならばこんなに穏やかではない、それは他ならぬ聖自身も分かっていることだと思うのだが・・案外これが聖の本来の人格なのかもしれない。

130 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:02:45.95 ID:HbGWUC33o
「や、やめろ!! それに俺はこんな格好など・・」

「え~、可愛いじゃん! あ、こっちもいいかもね」

「ひ、人の話を聞けぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

とまぁ、聖主導による沙樹の着せ替え大会がここに開催される、さすがの沙樹も聖の動きに翻弄されて様々な服を試着させられてしまう。

「相良・・貴様、この俺を愚弄する気かッ!!」

「別にそんなつもりはないんだけどな。あっ、こっちもいいんじゃないの?」

「この2人が顔つき合わせる度に喧嘩してたなんて信じられないわね。さてあんたも藤堂さんばかりじゃなくて自分のも選ばないとね。上の服がこれだったらこのジーパンなんてどう?」

「おおっ、さすがツン! では小物は・・こんな感じかな」

「いいセンスね。藤堂さんだったら・・この服にパンツはこれでいいわね」

「俺も・・着替えないとダメなのか?」

「当たり前でしょ、2人とも仲良く着替えるのよ」

もはやこの雰囲気に覆されないと判断した沙樹は聖と一緒に大人しく試着室へと向かう、そして数分後・・周囲の注目を一新に浴びた2人の姿があった。選んだツンもどこかしら満足げである。

「やっぱり元のパーツがいいと違うわね」

「そ、そうかなぁ・・」

「・・何で俺がこんな姿に、宗像には絶対に見せたくない」

「さて、次行くわよ!!」

こうして周囲の注目を浴びる中でツン主導による着せ替え大会が続く、しかしこういった光景が文章だけの表現なのは非常に残念な話である。


131 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:04:23.69 ID:HbGWUC33o
古着屋を後にしてそれなりの荷物を抱えた沙樹と聖であるがその表情は対照的である。

「どうだった? たまにはいいものでしょ」

「高そうに見えて結構安かったし・・それにツンはセンスがよくって羨ましいわ」

「・・もういっそのこと俺を殺してくれ」

結局、周りに押され押されてツンが選んだ服を渋々購入した沙樹だったがその表情はかなり沈んでいる。それとは対照に聖の方は実に晴れやかな表情で服やら色々購入しようとしたのだが流石に予算不足も合ってか泣く泣く見逃してしまったものが多々あるが、それらを差っ引いても購入した服の数々は聖にとって大いなる財産となるであろう。

「まぁ、流行とかが気になるなら雑誌もいいけど・・やっぱり新作を抑えるためにも街へ行って直に見る事のも重要よ」

「なるほど・・それにしても藤堂さんはさっきから元気がないね」

あまりにもがっくりしている沙樹を聖は心配するのだが沙樹にしてみればこういった服など不要の一言であり、正直言ってありがた迷惑そのものある。

「慰めは無用だ!! 余計に惨めになる・・」

「全く、頑固と言うか不器用な性格してるわね」

沙樹の性格には聖で随分手馴れているツンも少しばかり首を傾げてしまう、女体化してからも沙樹は男時代と変わらない自分を貫きながら今までこうして生きているのでそう易々と自分を変えようとするわけがない。聖もそうだったのだが今ではこんなに激変しているので人間とは不思議なものである。しかし実際目にして見た沙樹は失望感が拭いきれない、認めたくないけれども今までの聖は外見こそ荒々しさがあったもののその中身は宝石のように眩いばかりの凛としたものがあった。しかし今の聖にはそれが存在しない、性格こそ完璧かつたおやかであるがよくよく見ていると本質的な中身は感じられず瞳からも生気すら感じさせられない人形のようだった。

「相良ッ――! ・・お前には失望させられたぞ、今までの貴様はそんな情けない人間ではなかったはずだッ!!」

「えっ、何言っ」

「俺は今の貴様が気に入らん、かつての貴様は女体化してようが自分の守ってきたプライドは決して捨ててなかった。
しかしッ――今の貴様はどうだ!? その女々しい性格に加えて腑抜けた態度・・極めつけはその生気すら感じさせぬ瞳だ!!」

傍から見れば今の聖は女性としては完璧なものだろう、しかし沙樹にしてみればそれが反吐が出るぐらい汚く醜い物にしか見えない。


132 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:06:28.88 ID:HbGWUC33o
「貴様は相良 聖ではない、ただのボンクラだ!!」

(違ウ――! 私ハ私・・――)

「お前に中身などない、熱く揺さぶらる魂が感じられない!」

(ヤメ・・テ――)

「俺の知っている相良 聖は決して自分を捨てたりはしない誇り高い人間だ。貴様は相良 聖の皮を被った人形だッ!!!!!!」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」

気がつけば耳を塞ぎこみ目を瞑ってしゃがんでしまう自分の身体に聖は言いようのない拒絶感が
突き刺さり、今まで気がついていながら目を逸らしていた部分に気がついてしまった。

恐怖感を覚え、虚無感が心を包みこみ、過去が記憶を抉り、迷いが目を紡ぎ、不信が身体を腐らせる。

それらの感情は絶望となり苦しみとして聖を傷つけて進むべき場所を霞ませていく、そして自覚してしまう・・

虚像となった未来と現実と言う名の過去を――


ツンも気がついていた、だけど今幸せそうに過ごしている聖を見ていると言いづらかった。


133 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:07:09.56 ID:HbGWUC33o
「やめて・・やめてよぉぉぉ――!!!!」

「貴様は――」

突如として沙樹の目の前に怒り心頭でツンが立ちはだかる、聖が傷つく姿をこれ以上黙って見過ごせれる訳がない。

「・・それ以上言ったら私が許さないわよ!!」

(私は一体誰――? 私は私のはずなのに・・何で認めてくれないの――)

「今の俺は・・お前を認めん」

そう言い残しながら沙樹は購入した服を抱えてその場から走り去ると、ツンは急いで震えている聖を介抱する。

「大丈夫!? こんなに震えて・・」

「ツン・・ごめん、心配掛けちゃったね」

「いいのよ。あんなの気にしちゃダメ、あんたは堂々と前を見てなさい」

「うん・・ありがとう」

しかしツンも内心では沙樹の言葉を完全には否定はできなかった、言葉遣いは難があるものの言っていることは理解できる。しかしツンは決して表には出さない、ここで自分が聖を否定してしまえば以前のようにまた1人ぼっちになってしまう、自分が聖にしてやれるのは支えていかなければならないのだ。

「おっ、いたいた~」

「翔君・・」

突如として現れたのは翔だったが、ツンは翔の姿を見つけるや否や先ほどのやり取りも合ってか怒声を響かせる。


134 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 13:07:41.89 ID:HbGWUC33o
「あんた、今まで何やってたの!?」

「何って・・こいつを迎えにきたんだよ」

「遅すぎなのよ!! 全く・・これだから肝心な時に男は役に立たないんだから!!」

「ツンまでカッカしないでくれよ・・」

溜息をつきながらも無事に聖と合流できた翔はとりあえず安堵する、今の聖は羅刹高校を筆頭に色々な輩に狙われている身の上なのでなんとしてでも守りぬかなければならない。

「さて、もうこんな時間だし私は帰るわ。家も近いし」

「あ、ああ・・」

「ツン、今日はありがとう」

「じゃあね」

ツンも空気を読んでそそくさと購入した服を持って立ち去って2人きりとなった聖と翔、まるで付き合いたてのカップルみたく初々しいのだが翔はいつもとは違う聖の微妙な反応に気付く。

「・・なんかあったのか?」

「えっ? べ、別に何にもないよ・・」

「無理すんな、あの団長に何か言われたのか?」

「・・」

必死に隠そうとする聖であるが翔に言われてしまうと隠しきれずにさっきの沙樹とのやり取りについて語り出す。

「でも藤堂さんも悪気があって言ったわけじゃないし・・」

(あの野郎・・バリバリと干渉しやがって)

数時間前の沙樹とのやりとりを思い出すと再び溜息が募って怒りをぐっと堪えながらも胃がキリキリと痛み始めるが、このままだとモチベーションが下がるので話題を変える。

「その袋は・・服でも買ったのか? 珍しいな」

「うん、ツンに選んで貰ったけど可愛いのがたくさん買えたよ~。後で着てみようかな」

(ツンGJ!!!!)

内心でかなり喜びまくりの翔、これまでに聖が服を買う機会など全く持って皆無だったのでこれまでの藤堂への怒りが即座に吹き飛ぶ。

「そんじゃ、いつものように勉強も見てやるか」

「うん、お手柔らかにね」

そのまま2人は翔の別荘へと向かう、特に翔の機嫌が良いのはご愛嬌と言うものであろう。


138 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:03:19.54 ID:HbGWUC33o
乱れ乱れきった性生活とは何とも甘酸っぱくも癖になってしまうのであろうか? 聖と付き合った時には若さ故も
あってか、幾度にも渡って互いの身体を貪る様に抱きあい感度を確かめていった。翔から見ても今まで付き
合った女よりかは身体の相性は勿論の事、スタイルやテクに関しても一級品でありながら何とも言えない高翌揚感が更に自分を昂ぶらせる。

たまに聖からも誘ってくることはあるものの、殆どは翔がするので普段とは違って性生活に関しての主導権は
殆ど翔が握っている。当然聖がゴムがダメなのでここまで来ると懸念されるのが予期せぬ懐妊であるの
だが、礼子からもらっている最新の避妊薬のお陰で避妊は何とか逃れているものの、翔の精力か・・はたまた聖の
体力が無尽蔵なのか・・普段しているセックスの回数に至ってはもはや計測不能の領域にあるので薬がどれぐらい
機能しているのかは未知数である。

翔が果てたところで今回のセックスはここで終了、お互いに何回したのだろうかと数えながら休息を取りつつコーヒーを飲みながら一服する。

「ハァ・・」

「ちょっとシャワー浴びて来るね」

余計に汗を掻いたようで聖は先にシャワーを浴びに浴室へと向かう。聖の性格が変わってからセックスの回数は以前と比べて増加したと過言ではない、翔は止まらぬ性欲を自制できない自分を恥じるものの聖なしでは満足できないこの生活に浸っていくが、ここで少し現実と向き合い今の聖を取り巻く勢力をまとめる。

(今のあいつを狙っているのは今まで〆られた連中と極札高校に羅刹高校だよな。極殺高校に関しては前の一件もあるから当分はないと見て良いだろう。・・やっぱりあいつの周りをチョロチョロしている羅刹高校が気になるところだ)

「おまたせ~、シャワー浴びるなら・・ってどうしたの翔君?」

どうやらちょうど聖がシャワーを浴び終えたようだが、今の翔には現状をまとめるのに精一杯なので当然聖の声など耳に入らない。

(特に羅刹高校に関しては早めに手を打たないと辰哉達も危ない・・全く、あいつの敵を考えるだけでも胃が痛いぜ)

「か・け・る・く・ん!!!」

「わっ!! び、ビックリした・・」

いきなり声を掛けられた翔は慌てて隣を見ると下着姿の聖が翔の目に止まる、どうやら購入した下着を真っ先に見せびらかすのが目的らしいのだが翔が何ら反応を示さないので少しばかりお冠である。

「せっかく買ったばかりの下着を披露しようと思ったのに・・もう知らない!」

「悪い悪い。似合ってるよ」

ごねている聖の機嫌を取りつつも翔は考察をやめない、現状において目を向けるべき相手はやはり羅刹高校だろう。極殺高校と互角の勢力を持つ彼等に対抗するにはそれなりの力がなければいくら百戦錬磨の翔と言えどもただでは済まない、じっくり策を練らなければ対等に渡り合えないだろう。それに加えて気がかりな点が一つある、友人の言っていた相良 聖を名乗る人物だ。あれから友人によれば体格や風体に喧嘩のやり口も男時代の聖に酷似していると言うが、それならば宿敵である真っ先に自分を狙ってくるのが当然・・というか性格からしてもそれしか考えられない。かつての相良 聖ならば場所を問わずに有無を言わせず野獣の如く狙った獲物に襲い掛かるのだから・・

「他にも下着はあるんだけど、やっぱり服も着ないとね~」

「・・なぁ、お前は本当に男時代の事が思い出せないのか?」

「な、何言っているの? 私は・・」

これまで性格が変わった聖には言い出せなかった事は色々ある、それまでは聖自ら話してくれることを待ち続けていた翔だったが自分の中にある疑問を解消するためにも礼子からの忠告を無視してしまった後ろめたさを押し殺しながら静かに語気を強める。

139 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:03:57.85 ID:HbGWUC33o
「今までお前の口から話してくれることを待っていたけど・・お前は男時代の記憶を乗り越えて今のような感じになったのか?」

「翔君まで・・私がおかしいって言うの!!」

「違う!! ・・俺はお前の事が心配で――」

「もうやめて―――!!!!! ・・みんな私より“彼”がいい訳なのッ―――」

男の聖が女の聖と見えない糸で繋がっているように彼女もまた自分が気がつかないところで男の聖と繋がっている、性格が変わってから目に見えない幻影に悩まされていた彼女はその正体がわからずにいた。・・否、正確にはわかっていたのだけどもあえて解ろうとはしなかった、今の性格とのギャップで苦しんでいた彼女にとって解りたくもなかった。時折ちらつく男時代の自分が残した僅かな記憶、それらを辿っていくうちに解る真実の記憶・・


今の翔との関係を壊したくはない、そして何よりも自分自身が傷つきたくなかったから――・・

 

違ウ――

      コノ手デ断チ切リタイ――

 


自分を悩ませ、苦しめているこの現実の正体――

 


繋ガッテイル・・自分トノミエナイ絆ヲ――

                ワタシハ 私ヲ確立スルタメニ――

 

ならばそれを断ち切るにはどうすればいいか――

 

 

“汚レテ、、、醜イ自分ヲ此ノ世カラ消シ去リタイ!!!”

 

 

ふと聖の身体から人の温もりを感じる、それは他でもない翔のもの・・一先ず安心感を得た聖は先ほどの黒い感情が融和されていくのがわかる、暫くは温もりを身体に包ませながらずっとこうしていたい。

「・・悪かった。お前の気持ちを無視して」

「ううん、私は自分から逃げていた。・・だけどもう逃げない、私は自分と戦う!!」

「よかった、それがお前らしいよ」

「・・ありがと、翔君」

そして聖はゆっくりと翔に語り出す、今の自分を変えるために・・

 

140 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:04:24.88 ID:HbGWUC33o
(痛ェ――!! またこの痛みか!!! あの女は徹底的にぶっ潰す!!!)

こちらは狼子達を人質に取った男の聖、彼等は聖が寝床にしているワンルームのマンションへ集合していた。ちなみに現在狼子は夕食を用意した後は入浴中、リビングでは辰哉と聖が険悪とは言えないものの気まずい雰囲気のまま過ごしていた。男の聖は度々続く痛みに苛立ちながらも必死で押さえ込みながら決着の日が近い事をその体で感じ取る、日課のトレーニングを済ませると名目上の人質である狼子と辰哉をどう利用するか思案していた。

「一応言っておくけど、俺達を人質に取ったとしても無駄だぜ。先輩達を余計に怒らせるだけだ」

「てめぇに心配されたかねぇよ。俺は俺のやり方であいつ等をブッ倒すだけだ」

現時点で辰哉達がわかっているのは彼には翔と女の自分を倒すことしか眼中にない、あくまでも自分達はその為の手段に過ぎないわけだ。辰哉と狼子の目的はこの聖を説得して今の聖を元に戻すこと、自分同士で争うのは悲しすぎる。

「あんたは目的を果たした後はどうするつもりなんだ?」

「・・さぁな、もしかしたら勢いに乗っててめぇ等を倒すかもな」

やや自嘲気味に語り出す聖に辰哉はどことなく違和感を覚える。この違和感に辰哉は思わず言葉にしようとするものの咄嗟にそれを押し[ピーーー]、今の自分が思っていることは決して発してはならないと自分自身が止めているような感じだ。

「まぁ、少なくともてめぇ等みたいなカスに手を出したら俺様の名前に傷がつくだけだがな・・」

「それは違う!! ・・あんたでは絶対に俺達を傷つけることは出来ない、俺達と聖さんとは単なる先輩後輩のもんじゃねぇ!!」

「ろ、狼子!! お前何言って・・」

「聖さんは俺達を常に守ってくれた、それは俺達が弱いからじゃない・・俺達を想ってくれたからこそ護ってくれたんだ!!!」

突然として聖に噛みついてきたのは狼子、お風呂から上がって着替えたようだが辰哉と聖の会話が目に付いたようだ。しかし聖は狼子の言う事が気に入らない・・が、それを否定することはできない。

「あんたは俺達が知っている聖さんでもある、現にあんたの実力だったら辰哉を〆て俺に手を出すなんて簡単なことだ。・・だけどあんたは俺達に一切手を出していない」

「・・俺の趣味じゃないからだ」

「いいや違う。羅刹高校との喧嘩だってあんたは俺達が及びそうなところから片っ端に片付けていた・・あんたは俺達を護りながら戦っていたんだ!!」

狼子の力説に辰哉は唾を飲み込みじっと見守る、聖は表面上では鼻で笑いつつも口数は明らかに少なくなっていた。

「自分で自分を倒すのって・・そんなの虚しすぎるよ」

「うるせぇよ!!! てめぇに俺の何が解るっていうんだ――!!!! あの野郎は・・女体化してからてめぇの都合で今まで俺が貫いた事を曲げてきてやがる!!! 一度はぶちのめしたが、現実世界でも徹底的にぶちのめさなきゃ俺の気が済まねぇんだよ!!!!!」

「わかるよ!! ・・俺だって女体化したんだ、最初は不安と孤独で心が押しつぶされそうになったけど、聖さん達や何よりも辰哉のお陰で今の俺と言う存在が自立している。過去の自分の分まで俺は立派に生きていくのが精一杯の報いだと思っている・・聖さんは自分同士で殺しあう事なんて絶対に望んでいない!!!」

(そうだよな。狼子だって女体化して色々苦しんだ時期も合ったけどここまでやってこれたもんな)

女体化した人間の苦しみは女体化した人間でないと解らない、狼子だって最初は悩み、もがき、苦しみながら今の自分と立派に付き合っている。だからこそ今の聖の気持ちは充分に解る、だけどそのやり方には同意したくない・・自分の知る聖は決してそんな悲しいやり方を望んだりはしないのだから。

「・・チッ、これ以上てめぇと喋ったら反吐が出る。俺はもう寝る、脱走したらただじゃおかねぇぞ!!」

「そんなことはしない!! あんたを・・俺の大好きな聖さんに戻すまで離れるもんか!!!」

「ここまできたら俺も狼子に付き合うぜ。相良さんや先輩には色々恩があるしな」

「勝手にしろ・・」

聖は来るべき決戦に備えて睡眠を取ることにするが、痛みは何とか収まったものの狼子に反論できない自分を詰っていた。


141 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:05:14.90 ID:HbGWUC33o
翌日、土曜日・・某所

それぞれが様々な想いを胸に抱きながら決戦へと望む。かねてからの計画通り、男の聖は翔達に狼子達を人質に
取って聖と翔に決闘を要求する。
このとんでもない要求に当初は2人に衝撃が走ったものの素直にこれを快諾、指定された決闘場所へと向かう・・
2人の顔つきは以前とは違い、迷いが完全に吹っ切れた表情である。

そして男の聖も湧き上がる興奮を必死で抑えながら、これからやってくるであろう獲物との決闘に身体が歓喜していた。

「狼子に辰哉・・これから決闘が始まったらてめぇ等、人質としての役目は終いだ。始まったらとっと消えな」

「俺は先輩達を見守る。・・それに俺と狼子は端からあんたの人質じゃない、あんたを元に戻すのが役目だ」

「・・聖さん、俺はあんたを信じる」

「ケッ、最後まで生意気な人質だ・・」

とても人質とは思えないほどの気迫に聖は頭を掻きながら一線を見つめ続ける。そして2人は現れた、迷いなき表情(かお)で―――

「辰哉!! 狼子!!」

「「せ、先輩!!」」

女の聖とはこれで2度目の対面となるが男の聖が見つめるは唯一人――・・最初に喧嘩してから幾度にもつけられなかった長年の決着を待望していた宿敵、殺戮の天使 中野 翔だ。男の聖は長年扱ってきた木刀を右手で思いっきり握り締めると背中に収めてじっと翔を見据える、対する翔も狼子達に視線を一瞬だけかつての宿敵を視野に入れると・・すぐさま、その躯が動き出す。

142 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:06:11.38 ID:HbGWUC33o
「うおりゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「随分な挨拶じゃねぇかぁぁ!! 中野ォォォォ!!!!!!!!!」

翔はいきなり目掛けて渾身の右ストレートを放とうとするが、男の聖は即座にガードすると返す力で翔の顔面に右ストレートを放とうとするがそれは見事に塞がれる。それから最初の攻防でお互いに数発ずつパンチを放つと距離を置いて呼吸を整える。

「いきなり仕掛けてくるとは・・腕は鈍っちゃいねぇようだな、安心したぜ」

「最初にてめぇの噂聞いた時は驚いたが・・本物だ、てめぇの拳を染み付かせた俺の身体が叫んでいる」

「それにしてもてめぇから来るとはな・・これで安心して女の俺を片付けられる!!」

「俺を見くびるなよ。・・俺の彼女には指一本触れさせるかぁぁぁぁぁ!!!」

激闘が再開した後、女の聖は即座に狼子達に回りこんで安全を確保すると2人にこの場から逃げるように促す。ここから先は他ならぬ自分との戦い・・ただえさえ無関係な2人をこれ以上は巻き込みたくはない。

「2人とも! すぐにこの場から・・」

「聖さん!! ・・悪いけど俺達はこの場から退けません!!」

「な、なんで!! ここから先は私達・・いいえ、私の戦い! これ以上私のエゴに大切な2人を巻き込みたくは――」

「・・相良さん、俺と狼子は男のあなたの人質じゃないんです。俺達は今までの相良さんに戻ってもらうためにこの場所に立っているんですっ!!!!」

「今までの私・・グッ――!! あ、頭が・・痛い――!!」

辰哉の言葉に今度は女の聖に激しい頭痛が生じ、痛みを抑えるためにその場にしゃがみこんでしまう。それと同時に今度は男の聖の身体がふらついてしまって、翔から鳩尾に強烈な一撃を叩きこまれる。

「ガハッ――・・」

「どうした!! 弱ったのはおめぇじゃねぇのか?」

「うるせぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

聖もお返しと言わんばかりにストレートで翔のガードを崩すと強烈な2段蹴りを翔るに叩きこみ、更には正拳突きを見舞おうとするがこれは寸での所で翔にかわされてしまう。男同士の一進一退の攻防が繰り広げらている中で女の聖の痛みは更に激しさを増して聖は必死に痛みを堪える。

「い、痛い・・痛いよ――!!!!」

「さ、相良さん!!」

「あなたは・・あなたは相良 聖です!! 女体化しようがしてまいが・・あなたは俺達の先輩です!!! 
ですから・・思い出してください!!!!」

(オレハ2人ノセンパ――・・違う!! 私は私よ!! アナタハ ハイッテコナイデ!!!!! コノカラダデ過ゴシタキオクハ私ナノ!!!!)

頭痛を堪えながら必死で自分に抗う聖、容赦なく入ってくる過去の自分を乗り越えて今の自分を確立することが自分を乗りきれる唯一の方法・・だから聖は必死で堪えながら追い出す、過去の自分を・・


143 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:07:53.25 ID:HbGWUC33o
そして激闘を繰り広げている男も女である自分を必死に振りきりながら宿敵との激闘に興じる、これが長年自分の望んでいた事・・よき知れぬ輩に邪魔はさせない。渾身の思いで拳を受けて打ち返す、お互いに自分を断ち切りながらそれぞれの戦いを繰り広げる。

「たりゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「うおりゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

激しく拳と拳をぶつけあう2人に周囲の声などもはや聞こえない、今の2人を止められるのはお互いの肉体のみ、数々の横槍を入れられながら果たせなかった決着を今果たそうとしている。男の聖はかつて恐れられた狂犬に・・翔もまたかつて怖れられた殺戮の天使に戻って肉体の痛みを抑え、屈服させながら激闘を繰り広げる。


・・しかしこの2人の激戦を黙って見過ごせるほど運命と言うのは都合よく廻っていない、2人の激闘を聞きつけた多数の人間達が既に決闘場を囲んでいた。

「せ、聖さん・・」

「思い出してください・・」

「私は・・私はァァァァ―――」

「相良ァァァ!! 覚悟しろぉぉぉぉ!!!!!!!」

「!?」

女の聖の背後に回りこんだ男の1人が角材を振り降ろす―― それが引き金となり囲んでいた輩が一斉になだれ込み、今度は集団で男の聖と翔目掛けて角材や鉄パイプ片手に容赦なく襲い掛かる。

「覚悟しろ、中野ォ!!」

「相良、てめぇに一発ぶち込ませてもらうぜェェ!!!!!!」

「うるせぇぇぇ!! 折角の決着を邪魔しやがってぇぇぇぇ!!!!!!」

「このタイミングで羅刹高校かよぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

聖は即座に木刀を取り出しなだれ込む羅刹高校の輩を容赦なくぶった切り、翔も怒りで身体を振るわせながら武器を持っている羅刹高校の人間達に切込みをかける。しかし羅刹高校の人間の数はまるで無尽蔵とも言うべき数であり、ボロボロの身体で倒しても倒しても運河のようにやってくる。それによくみてみると極殺高校の人間も混じっておりまさに絶体絶命のピンチを迎えてきた。

「こんな糞野郎どもに・・中野と女の俺は絶ッ対にやらせねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」

「せっかく待ち望んでいた決着に水を注しやがって・・てめぇ等まとめてブッ倒す!!!!!!!!!!!!」

既にお互いの激闘でボロボロになっている2人だが、目の前にいる敵を1人残らず叩きのめす。


144 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:08:30.59 ID:HbGWUC33o
女の聖はよく周りを見てみると自分に襲い掛かろうとした人間が倒れているのに目がつく、そして聖達の目の前に2人の人物が現れる。

「ふぅ~、危なかったお」

「間に合ったようだな。相良」

「ドクオにブーン!! どうしてここに――!!」

聖達のピンチを救ったのはドクオと内藤だが、突然の登場に狼子達はおろか聖も驚くばかり・・この度の決闘で周囲の人間を巻き込むのを避けた聖は知り合いには一切告げずに望んでいたので2人の突然の登場にはただただ唖然するしかない。

「な、何で――」

「今更水臭いお。友達の危機に現れるのが友達ってもんだお」

「ここでお前にしごかれた地獄の特訓の成果が活かせれる訳だ」

しかし感傷に浸っている間もなく、彼等の周囲にも連合軍がぞろぞろと現れ始める。

「相良ッ! ここは俺達に任せて辰哉と狼子を連れて逃げろッ!!」

「そ、そんな!! 内藤さん達を置いて・・」

「そうですよ!!」

「ダメだお。・・道場でツンが待っているからさっさと行くんだお、2人に出来るのは足手まといにならないように逃げることだお!!!」

内藤の言葉に狼子と辰哉は修学旅行の時の事を思い出す、あの時は国家レベルのテロ事件に巻き込まれた2人は己の無力さを悔やみながらも自分達の出来る事を学ぶ事が出来た。2人は口惜しみながらも内藤とドクオの言葉に従う、そして聖も2人を護るために痛みを堪えながら2人を守りぬく事を決意する。

「ツンは俺の活躍をちゃんと伝えてくれお」

「行けッ! 相良!!!」

「(ごめん、2人とも・・)行くわよ、辰哉! 狼子!!」

「「はいッ!!」」

そのまま聖は先頭に立ちながら、並み居る野郎どもを持ち前の合気道で倒しながら2人の退路を開き狼子と辰哉も聖に続いていく・・そして残された2人は聖によって過酷なまでに鍛え抜かれた己の技を駆使しながら出来る限り追いかけてくる野郎達を倒すために突貫した。


145 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:09:15.53 ID:HbGWUC33o
倒しても倒しても減らない敵・・しかし息を切らすことすらしない漢2匹は闇雲に敵を蹴散らしながら屍の山を築いていく、かつて男の聖が最後にした喧嘩を思い浮かばせる。

「そりゃぁぁぁ!!!」

「つぁぁぁぁぁ!!!」

しかし敵の数は減らないばかりかますます増えていく、このまま続けてしまえば圧倒的な物量の前に屈してしまうのがオチであろう。しかし2人はそんな運命に決死の覚悟で逆らい続ける・・そんな中で翔に1つの角材が襲い掛かるが聖は木刀でそれを受け流すと強烈な一撃を叩きこみ撃破する。

「てめぇに助けられるとは・・」

「お前は俺がブッ倒すんだ。それまではやられんじゃ――」

「相良ッ!!! てめぇ等ァァァァァァァ!!!!!!!!!」

今度は聖が一瞬の隙を突かれたのか鉄パイプが木刀に直撃し、そこからなだれ込むように野郎どもが一斉に聖に襲い掛かる。翔も助けに行きたいのは山々だが敵の数が多すぎてとてもではないがフォローしきれない、聖は1人で対抗しようとするが多勢に無勢・・覚悟を決めた聖はカウンターを狙うが、急に聖を狙っていた人間が吹き飛ばされた。更には聖を囲んでいた野郎達もことごとく片付けられ、聖の周りには4人の人間が囲んでいた。

「あ~あ、久々の結成なのにこれじゃ相良守護団だよ」

「全くだ、俺達は天使守護団なのにな」

「翔君も相良と組むとは物好きだね」

「て、てめぇ等は――!! 中野のお守り集団!!」

聖の窮地を救ったのはかつて翔と共に聖と戦ってきた通称天使守護団の面々・・彼等もまたどこから聞きつけたのか、颯爽と死地へと舞い降りる。本来なら翔の窮地を救いたかったのだが皮肉にもかつての宿敵の窮地を救ってしまうとは彼等も溜息が出る。

「まさか、相良は女体化してたになんでまた・・」

「いいじゃないの。懐かしい顔ぶれで・・1人を除いてだけどな」

「・・てめぇ等も俺の邪魔しに着やがったのか!!!」

いくら窮地を救ってくれたとはいってもかつての宿敵・・早々相容れぬものではない、しかし天使団の1人がそんな聖に反論する。

「勘違いするなよ、相良。本来ならてめぇなんて見捨ててるところだけど翔君が望んでいるのは他ならぬお前との決着・・俺達はこの邪魔者達を倒したら解散だ」

「・・チッ、まさか弱っちいお前等に救われるとな。俺の邪魔しやがったら中野とまとめてぶっ潰すぞ!!」

「「「上等!!!」」」

「行くぜェェェェェ!!!!!!!!」

こうしてかつての宿敵達は不本意ではあるが手を組みながら徐々にではあるが敵の数を減らしていった、彼等とて友人であり大将である翔の思いは痛いほど解っている。だからこそこういった決闘に水を注してくる輩を許しておくはずがない、かつての天使守護団の名前のままに散らばりながら独自のチームワークで敵を殲滅していった。

146 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:10:41.67 ID:HbGWUC33o
あれから女の聖は来る敵来る敵を持ち前の合気道で蹴散らしながら狼子達を護りつつ前に進んでた。例え性格が変わってもその華麗なる身体能力は変わりなく、今までに習得したあらゆる格闘技を駆使しながら狼子達の殿を勤めていった。

「そりゃ!!!」

「ガハッ・・」

「辰哉、狼子!! あと少しよ・・」

狼子達も自分達の無力さを悔やみつつも聖から離れずにこの激戦を乗り越えつつ、何とか無事に戦火から逃れつつあった。

「相良さん・・すみません」

「謝るのは私の方よ。自分の事なのに2人を巻き込んでしまうなんて・・最低な先輩だね」

「聖さんは悪くありません!! 私達も望んでしたことです、そんなに自分を責めないで下さい・・」

「・・うん。――ッ!! また、頭が・・」

これまでなんとか和らいできた頭痛が再び聖に襲い掛かる。しかもこれまでの激戦による疲れからか、その痛みは今までにない激痛が聖に襲い掛かる。

(何なの・・この痛みはッ!! 俺・・いや、私は何を悲しんでいるの?)

「相良さんッ!!」

「しっかりしてくださいッ!!」

更なる苦痛が痛みを助長し、ついには意識も朦朧としてしまう。しかも運が悪いことに多数の輩達が3人を囲み始める。気配を察知した聖は無理矢理立ち上がると狼子達を護るために果敢にも構えを取る。

「へへへ・・これで相良も終いだな」

「・・させない!! あんた達にやらせない!!!! ―――ッ!!!」

「聖さん!! ・・辰哉、こうなったら」

「ああ、俺も戦う。相良さんばかりに戦わせてたまるかッ!!!」

「てめぇら雑魚に何が出来る!! 嬲殺しだぁぁぁ」

その隙を突いて聖は瞬く間に1人をKOしてしまうが、既に頭痛と度重なる疲労によって既に意識すらも失いそうになるが狼子達を護るために身体に気合を入れて2人には手出しをさせない。

「やらない・・てめぇ等カス共に俺の後輩は絶対にやらせねぇぞ!!!!!!!!!!!」

「さ、相良さん・・」

「聖さん・・もしかして記憶が――!!」

「何ほざいている、てめぇ等痛めつけてやれぇぇぇぇ!!!!」

全ての野郎達が聖達に襲い掛かる、しかし聖は残された力で狼子達を護り抜くために最後の手段で自らの身体を
盾にする・・もうこれまでかと思われた瞬間、聖達に襲い掛かってきた野郎達は全て吹き飛ぶ。

3人が目を凝らしながら救ってくれた人物を見つめその瞳に映るのはボロボロの学生帽に長ラン詰襟姿に使いこまれた下駄の音、其れに纏いし2人の人物・・誇り高き応援団の団長、藤堂 沙樹と静かなる仏の宗像 巌、予想外の人物に狼子達は暫く呆然としてしまうが・・沙樹は天地を揺るがす怒声で周囲を威圧する。

147 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:12:49.34 ID:HbGWUC33o
「か弱き者を集団で襲い掛かるとは男の風上にも置けん奴等め!!!! この応援団の団長である私が直々に成敗してくれる!!!!」

「あ、あれって・・」

「うちの学校の応援団だよな・・何でここに居るんだ?」

本来応援団の力が働くのは自分達の通っている学園内のみ、それには上部組織である生徒会の承認があってその力は遺憾なきに行使される。しかし外部では所詮はただの学生であり何ら効力を発する事はない、しかもその力を無断で外部に使うことなど持っての他でどこぞやの局中法度よろしく応援団の規則に触れてしまう・・いわば越権行為である。

「ふ、藤堂・・さ・ん・・」

「相良、お前の内なる闘志・・見せてもらったぞ」

「何でここに居るの? ここは俺の・・――ッ!!」

「聖さんッ!! 聖さーーん!!!!」

遂に疲労が限界を迎えたのか、聖は意識を失い倒れてしまう。それに沙樹達が倒したのは一部で過ぎず、再びぞろぞろと敵が増え始めるのだが・・ここで怯む沙樹ではない。

「木村 辰哉――!! 月島 狼子――!! ・・お前達は相良を連れてこの場から去れ」

「そ、それはいいけど・・なんであんた達がここにいるんだ?」

「細かいことは気にするな。俺達は出張応援団だ、お前達の知っている応援団ではない」

宗像の解説に頭に?マークが浮かぶ辰哉と狼子だがここで助けが来たのはかなり有難い、ここは彼等のお言葉に甘えるのが最良の選択だろう。

「すみませんッ! 後はお願いします!!」

「聖さん・・しっかりしてくれよ!!」

辰哉は聖をおんぶすると狼子と共にその場から体力の許す限り脱兎の如く走り去る、呆気に取られた野郎達であるが気を取り直すと慌てて辰哉達を追いかけようとするが宗像の手に阻まれ追っ手は沈む。

「それにしても良いのか? これは明らかに越権行為だぞ」

「責任は俺が全て取る。お前は黙ってこいつ等を何とかしろ・・それに相良には少し貸しがあるんでな。応援団団長! 藤堂 沙樹ッ!!! 相手にとって不足なしッッ――!!!!」

「全く、素直じゃないな。・・応援団、副長! 仏の宗像・・参る!!!」

こうして場違いだけども違和感のない2人によって野郎達の屍の山は築かれる。

148 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:13:18.25 ID:HbGWUC33o
一体どれぐらい走ったであろうか? 辰哉と狼子はは息の上がった身体を休ませる。周囲を見渡すと人の気配はない、どうやら全ての野郎達は各戦場に散らばって屍の城の一角となっているのだろう。よくよく考えて見れば2人は男の聖によって巻き込まれ、女の聖によって救い出されるという奇妙な出来事を目の当たりにした生き証人である。辰哉は負ぶさっていた聖を横にさせると未だに意識の戻らない聖に不安が募るが、事もあろうか狼子によって強引に噛まれてしまう。

「痛テテテテ!! こんな時に噛むなよ」

「こんな時だからだろ。・・結局聖さんはあのクソッタレの悪魔によって翻弄されたんだよな」

狼子は改めて騒動の元凶である悪魔に強い怒りを募らせる、元々は悪魔が己の暇潰しの為に行った悪戯のお陰で周りには多大な迷惑を被ったばかりか、当事者である聖に対しては本来なら与えなくてもいい尋常じゃない苦しみを味あわせたのだ。

「今更言っても仕方ないだろ。それにあいつは並行世界でもいろいろ悪さしているみたいだし・・俺達の手には負えない代物なんだよ」

「だけどさ!! 目の前で聖さんが苦しめられてるのに何も出来ないなんて悔しくないのかッ!!!」

「そんな事よりも肝心の相良さんが意識失ってるんだぞ。・・結局、俺達では役に立てなかったのが俺には悔しいよ」

辰哉にしてみれば今回逃げ回っていたことよりも聖を元通りに戻すと言う目的が果たせなかったのが悔しくて仕方がない、狼子と共同とは言え男の聖にあれだけ啖呵を切っておきながら結果的には何も変わっていない事態に腹が立つのだ。

「それに先輩も大丈夫なのかな?」

「大丈夫に決まってるだろ。俺達の中学の時からの伝説の不良なんだから、簡単にくたばりゃしねぇよ!!!!」

眠り姫のように依然として眠っている聖、そして翔の無事が戦火を逃れた今の2人にとっての心配事項となっていた。


149 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:13:56.33 ID:HbGWUC33o
「うらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

あれから怒涛の勢いで奮戦に次ぐ奮戦を重ねていた聖はようやく最後の1人を撃破した、これで周囲に残っている不良皆無であり悲鳴を上げていた身体がようやく静まる。それと同時に女の聖と同様に強烈な頭痛が聖にも襲い掛かる、あまりの痛さに聖は遂に片膝をついてしまい、痛みをぐっと堪える。

(グオオオオオオオオ!!!!!!!!! な、何だこの強烈な痛みは!! 今までにない痛み・・だ――)

2人の聖は見えない糸で繋がっている、女の聖が意識不明になっているのだから当然として男の聖にもそれ相応の痛みが稲妻のように身体に響き渡る。

「俺ァ・・この程度で参らねぇ!!! 中野を倒して女の俺をぶっ潰すまではくたばってたまるかぁぁぁぁ!!!!!!」

「・・それだけ元気なら、続きはできんだろ」

聖の目の前に現れたのはボロボロになった翔、彼もまた単身一人で襲い掛かってくる敵を返り討ちにしながら凌いできた。全ての敵がいなくなった今・・2人がやるべきことは唯一つ――さっきの続きである。

「ハァハァ・・ぼ、ボロボロじゃねぇか。俺の勝ちだな」

「て、てめぇこそ・・さっきまで苦しそうに這い蹲ってたじゃねぇか。勝負はまだまだよ」

暫く静寂が流れる中でお互いに悲鳴を上げている身体に喝を入れると、己が持っている意地で再び立ち上がり両雄は対峙する。

「「てめぇが倒れるまで・・俺は絶対に負けねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」」

お互いに意地と意地がぶつかり合いながら第2ラウンドは幕を開ける。


150 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:15:32.59 ID:HbGWUC33o
鬼のような死闘が繰り広げられている中で聖はようやく意識を取り戻すと狼子と辰哉が喜ぶ姿が真っ先に目に映った。

「さ、相良さん!!」

「聖さんッ! 気がついたんですね!!」

「う、うん。何とか・・――ッ!! い、痛い――イタイ!!!」

「また頭痛ですか!!」

が、意識を取り戻したのもつかの間、聖を待っていたのは先ほどの頭痛。しかも同時に様々な情報が流れてくる・・聖は己を誇示するためにも必死に抱えながら抵抗する。

「ダレ? ワタシハ・・ワタシハワタシ!! アナタニナンカワタサナイワ!! キオクモ・・ミライモ――・・絶対ニ渡サナイ!!!!!」

「狼子、これってもしかしたら・・」

「聖さんの記憶が戻りつつあるのか?」

これまでにも2人の聖の頭痛を目の当たりにした狼子達はふと悪魔の言葉を思い出す。

 


“人格が分裂した影響で女の相良 聖に君の記憶の断片が存在するように君にも女の相良 聖の記憶の断片が存在している・・これから君がそれにどう抗うか見物だよ”

 

頭痛の正体は2人の聖がお互いに持っている記憶の断片に抗っている姿そのものなのだ、逆に考えれば聖の記憶取り戻すのはこの抗っている姿を長引かせるしかない。現に聖は一時的にしろ記憶を取り戻しつつあるし辰哉の言葉で頭痛を起こしている、チャンスと見た2人はここぞと聖との思い出を甦らせる。


151 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:15:54.62 ID:HbGWUC33o
「相良さん!! あなたは不良に絡まれた俺を助けてくれて・・俺と狼子が変われるきっかけを作ってくれたんだ!!!」

「聖さん!! あの気難しい刹那を始め・・色んな人間に好かれているんだ!! 俺達の・・俺達が大好きだった聖さんに戻ってくれぇぇぇぇ!!!!」

「ワタシハ――イマノママジャ・・ダメ・・ナノ? コノママキエルノハ・・イヤ。モウアンナ暗クテ独リ寂シイ思イハ・・モウ絶対ニ嫌ァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

聖の頭痛はより一層の激しさを増しながら様々な記憶が流れ込む、男として生まれた時の過去や喧嘩に明け暮れていた日々・・そして女体化してからも楽しかった数え切れない毎日の日常――・・そして優しくも凛々しい自分の声が聖自身に語りかけてくる。

(・・てめぇはよくやったよ、必死で悩みながら苦悩して逃げていた自分の姿にようやく向き合えた)

「ダ・・レ・?」

(俺か? ・・俺は誰でもねぇ、お前の一部でもあり他ならぬお前自身・・相良 聖様だぁぁぁぁぁ!!!!)

女の聖に語りかけてくる厳しくも凛々しく、そして強さを裏付けるような優しい声・・彼女が持つ記憶の断片で聖は甦った。だけど女の聖は必死に今の自分を守る、彼女もまた1人で寂しく今までの聖によって押し殺されて一人の女性として人生を謳歌したかった。

「アナタガ・・ワタシナノ? デモワタシハ・・ワタシデアリタイ。相良 聖トシテ・・生キタイ!! ミンナト一緒ニ―――」

(・・心配するな、お前は俺の中でちゃんと生きるのさ。もう決して一人じゃない、俺と一緒に生きるんだ!! これからも・・これからずっと先も――)

「アリガトウ。ワタシヲ認メテクレテ――・・本当ニアリガトウ」

そして聖は静かに微笑みながら目を瞑る・・そして聖は静かに目を開く、そこには心配そうにこっちを見ている2人の後輩の姿が映っていた、狼子と辰哉は恐る恐る口を開く。

「さ、相良さん?」

「・・心配掛けなたな。辰哉・・狼子」

「せ、聖さん。・・聖ざぁぁぁん!!!!」

「お、おいおい・・泣く奴があるか!!」

「だってぇ・・」

狼子は涙を一杯に溜めながら真っ先に聖に駆け寄る。聖は戸惑いながらも照れ臭そうに狼子を受け止めてやる、いつも知っている聖とようやく再会した、辰哉も狼子に促されたのか少しばかり流れる涙を堪えきれずにいた。それに聖自身も何故なのか涙を流している自分に気がつく・・

(これからはお前は俺と一緒だぜ・・)

「よかった、相良さんの記憶が戻った!! 本当によかった・・」

「ああ、どんなに綺麗な性格になろうと俺達の聖さんはこうでなきゃ!!」

喜ぶ狼子とは対照的に聖にはまだやるべきことがあった、それは聖でしか出来ない最大の試練。自分の身体から発せられるシンパシーを感じ取りながら聖はある場所へと向かう。

「さ、相良さん!! そっちは・・」

「・・知っている。まだ完全に片はついちゃいねぇ、厄介な野郎がまだ残ってる」

聖は向かう、まだ取り戻しきれていない自分を取り戻しに――・・


152 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:17:01.27 ID:HbGWUC33o
聖が完全に自分を取り戻した後、もう一人の聖と翔は宿敵同士の決闘を続けていた。お互いに血肉を削ぎながらも倒れたりはしない・・もはや2人の身体は互いの魂が動かしていた。

「く、くたばり・・やが・・れ・」

「お、、前に負けて・・たまるか・よ・・・」

もはや意味を成さない決闘ではあるが2人にとっては長年つけようにもつけきれなかった果てしなく永い決着・・互いに意識が朦朧とする中で突如として怒声が響き渡る。

「てめぇら!!!!! いい加減にしやがれぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

声の主は勿論・・聖、宿敵同士の喧嘩だという事を知りつつも、あえてその渦中へと身を委ねる。そして更にはその聖の声が周りの仲間を呼び、狼子や辰哉を筆頭にドクオや内藤に傍また天使守護団の面々・・それに藤堂と宗像までもがその場に駆けつけた。聖は周囲を視線に焼きつけるとゆっくりと2人の元へと向かう、ボロボロになった2人は意識が朦朧していたのが嘘のようにハッキリと聖が映るが、聖はそのまま男の自分を指すと大声で啖呵を切る。

「てめぇ・・よくも人の彼氏を痛めつけてくれたなァァァァァ!!!!!!!!」

「お、お前・・」

「・・選手交代だ、バカ。こいつは・・俺がタイマンでブッ倒す――!!!」

自身の心の中で聖は悪魔の囁きによって目覚めた男時代の自分の惨敗してしまった、今回はそれを取り戻す戦い・・のはずだが、男の聖は後少しで念願の決着を着けれるのだ、当然として邪魔翌立てした女の聖を認めるはずがない。

「てめぇは後で引っ込んでろ!!! 中野を倒したらたっぷりと相手してやるよ・・」

「・・てめぇの中の決着をつけれない奴がこいつに勝てるわけねぇだろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」

殺意むき出しの男の聖に対して女の聖も負けじと張り合う、自分同士の戦い・・決して女の聖は譲る事をしない。

「凄い展開だな、姿は対照的ながらも内面は鏡のように同じだ」

「・・これは相良にとって自分との決着だ。まさか助太刀なんて言う無粋な考えは持っていないだろうな?」

「そんな事したら俺はこの世にはいない」

宗像は少し苦笑しながらも神妙に見守る沙樹と一緒に相良と相良のぶつかり合いを観戦する、そして内藤やドクオ、天使守護団の面々も決して手出しもしなければ口も出さない。そんな中で狼子は聖同士の前哨戦が奇妙に映る・・

「・・なぁ、辰哉」

「どうした?」

「聖さん、悲しい目をしている・・」

狼子の目にはは張り合っている女の聖の表情がどこか悲しげに映っていた、それは目の前にいる翔も一緒なのだがあえてそれは口に出さない。

153 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:18:14.94 ID:HbGWUC33o
「・・チッ、何なら2人まとめて掛かって来いよ。俺にとったら・・中野や女の俺もみんなぶっ潰すだけだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

「この・・大バカ野郎がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

即座に聖は猛スピードで男の聖に飛びかかると鳩尾に一発放つと即座に巨体な身体に突きを連打する・・が、男の聖はそれを喰らっても平然としていた。

「だからてめぇはバカなんだよ!!! 俺に負けた理由がまだわかんねぇのか!!!!」

「バカはおめぇだ!! 誰が――・・誰が好き好んで自分をぶちのめすかぁぁぁぁ!!!!!!」

実の所、女の聖の拳には力が入っていない、先ほど放った打撃や突きの連打は男の聖とったらお遊戯にも等しい・・だからそんな女の聖に激しい怒りを感じていた、苛立った男の聖は勝負を決めるために渾身の力で胸目掛けて拳を放つが女の聖はそれを真正面から受け止めた。その姿が余計に男の聖を怒り狂わせ、目の前の自分を更に憎む。

「効いちゃいねぇぜ、木偶の坊。お前は気付いてないだろうが、俺相手だと無意識に力を抜いてんだよ」

「グッ!! ・・俺はてめぇを絶対に許さねぇ!!!! 女体化して勝手に俺を意識の奥底に閉じ込めたてめぇを・・俺は絶対に許さねぇ!!!!!!!!!!!!!」

「そんなんだから・・お前は中野に勝てねぇんだよォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」

「ッ―――!!!!!!」

男の聖のフットワークを見事にかわした聖は一旦しゃがみながら今度は思いっきり鳩尾目掛けて強烈な一撃を叩きこみ、強靭な脚力で身体を押さえ込むと馬乗りになり男のの聖を首に手を掛ける。その光景に周囲は唖然となるが翔だけは叫ぶ!!

「やめろぉぉぉぉぉ!!!!! 相良ッ! 勝負はもうついただろ・・自分を[ピーーー]真似はするなッ!!!!」

しかし翔の叫びも虚しく、女の聖は拘束を解こうとはしない・・男の聖は自嘲しながら夢での光景を思い出す。

「ヘッ、あの時とは逆だな。・・俺はもう動く力すらねぇ、てめぇの勝ちだ」

「・・・」

男の聖は覚悟したのか目を瞑るが、その頬には温かいものが伝わってくる。ゆっくりと目を開けると目の前にいる女の聖からは涙が零れ落ちており、男の聖は奇妙な顔付きのまま見据える。

154 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:20:02.70 ID:HbGWUC33o
「できる・・わけが、ねぇだろ・・ お前は・・俺だぞ――・・」

「わかってんのかッ!!! 俺は中野や・・てめぇがどうしようもなく憎いんだぞッ!!」

「それでもお前は俺だ――・・他の誰でもねぇ、相良 聖なんだよ!!!! 
女体化する前は俺の意識は生まれずにお前として生きてきた・・

だけどなッ!! 俺は女体化してから俺は色んな事学んで中野や狼子や辰哉や色んな連中とバカやって礼子先生に説教貰って・・女の俺に意識取られてようやく解ったんだよ。


女体化する前のお前も女体化して生まれた女の俺も・・みんな相良 聖なんだよ!! 俺の中でみんな生きてんだよ――ッ!!!」


「バカじゃねぇのか!! ・・俺は、お前がァァァ――――」

そんな男の聖の言葉を遮るように優しい声がゆっくりと男の聖に語りかける。

(アナタハ自分ヲ憎ンデナンカイナイ、イツモ心ノ奥底デ・・毎日ヲ楽シンデイル自分ヲ見ツメ続ケテイタ。ソレニ女体化スル前ハ荒ミ、人ヲ傷ツケテイタ自分ヲ誰カニ止メテモライタガッテイタ・・)

「チッ、こんな時に余計な事を――!!! 黙ってろ、女の俺!!!!」

「お前は狼子と辰哉に手が出せなかったんじゃない、あいつ等が好きだった俺に代わってあいつ等を余計な争いから
遠ざけるために必死に護ってたんだ。

・・お前は俺だ、この世に産まれたときからの過去の俺を知っている俺だ。だから俺の中でこれから先を見守ってくれないか――」

そのまま女の聖は力を抜いて拘束を解くと黙って立ち上がる、そして笑顔でこう述べる。

「・・ありがとう、そして蔑ろにしてごめん」

「――ッ!!」

これは今の聖から過去の自分への感謝と謝罪の言葉。
今回の騒動は悪魔の悪戯心で生まれたものだが・・本当は女体化してから男だった自分を蔑ろにしていた
自分が起こした騒動だ。

拘束を解かれた男の聖は仰向けになりながら空を見つめ続ける・・今までは目が血で霞んで見えなかったが、今はハッキリとその青々とした風景がよく見える。

最後に目を瞑りながら微笑して今の自分へ言葉を送る。

「負けたよ。・・てめぇは俺だ、これから先もな――」

「ああ・・中野との決着はこれから俺なりにつけてやるよ」

「ありがとうよ、女の俺・・」

ようやく男の聖は粒子となって女の聖へ吸収され、相良 聖の騒動はここで終わりを迎えた――

 


155 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:21:02.53 ID:HbGWUC33o
後日談

例の騒動で性格が元に戻った聖はこれまでと同様に遺憾なく行動していた、周囲はかつて性格が変わった
聖がまた再び戻ってきてくれることを切に願っていたが、それは一生叶わない儚き願いへと悟る。
いつものように行動をし、友人と遊び、度々沙樹達応援団との小競り合いを繰り返し、そして彼氏である翔と
スキンシップを取りながら礼子に説教される日々を送っている。

「れ、礼子先生!! 俺はちゃんと控えてるぜ、ちゃんと薬だって使っているし、しつこかったらあいつをぶちのめしてるし」

「ハァ・・いい、あれはあくまで避妊薬よ。あなたが在学中に母親になったりしたら1日中職員会議よ」

「気をつけます・・」

あれから多田による催眠療法が行われたが、診断結果は当然のように極めて順調である。多田にしてみれば
たった数日間で不安定だった人格が安定させた聖に医者として興味を示したようで今後の治療の為に礼子を
通じて本人にレポートを要請しているようだが聖は断固として拒否している。
ま、礼子からしても聖がいつもの調子に戻ってくれた事でいいのだが・・気にならないといえば嘘じゃない。

「それで何で元の性格に戻ったの?」

「礼子先生まで勘弁してくれよ。またあの医者に言われてるのか?」

「違うわよ。個人的に興味があるだけ・・私だって女体化に関しては解らないことはあるわよ」

礼子も女体化経験者だが聖の年頃の時はある意味、生死を彷徨い続けていたので聖みたいに女体化で悩んだ事などあまりない。

「そういや、礼子先生・・」

「何? いつものお色気トークは勘弁して頂戴」

「・・やっぱりタバコ臭いぞ」

「・・・」

その後、礼子は体よく聖を保健室から追い出すとタバコの箱を握りつぶしながら約1名に多大なる怒りを噴出させる。

(中野の野郎ォォォォ、あいつ絶対相良に喋りやがったな!!!!!!!!!!!!!!!!!)

礼子は放送室へ向かうと即座に翔を呼び出したのは語るまでもない、そしてその後のやり取りはわかりきっているのでカットさせて貰う。


156 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:21:32.74 ID:HbGWUC33o
礼子に追い出された聖は気分転換に屋上へ向かい、適当な場所で仰向けにねっころがりながら今回の騒動を思い返して見る。

「俺は・・いろんな人から注目されたりしてるんだよな。俺の中にいる様々な俺・・そいつ等が色々混ざり合って今の俺があるんだな」

自分と言うのは傍から見れば小さいものの、いざ考えてみるととてつもなく大きく感じる。人の心は小宇宙と誰かが言ったような気がするが・・まさにその通りだと聖は思う。

そんな中で聖の元に刹那が現れる。

「よぉ、刹那」

「!!」

最初は少し構えていた刹那だったがいつもの聖だとわかると、すぐさま聖に駆け寄る。聖もまたいつものように刹那の頭を撫でながらホッと一息吐く。

「・・性格が戻ってよかった」

「狼子といい、俺は幸せもんだ」

暫く聖の胸の中に飛び込んでいた刹那だったが、ふと用件を思い出すとすぐに距離を置く。あれから刹那も聖の変化については様々な感情が合ったものの狼子から事の騒動を聞いてからは、あの時の彼女に謝りたい一身でいてもたってもいられずにこうして聖の元へと向かったわけ。

「あの時はごめんなさい。・・彼女は一体誰だったの?」

「あいつはな・・今までの俺のように過ごしたかった可哀想な奴なんだ。きっとお前の言葉を喜んでいると思うぜ」

「うん・・」

再び刹那の頭を撫でながら聖はゆっくりと空を見上げようとするのだが、ここでとある悩みを思い出す。

「しっかしなぁ・・ツンと買った服や下着はどうするかな、よくよく考えて見れば俺の趣味じゃねぇしな。刹那は服はどうしてるんだ?」

「ちゃんとある。・・たまに彼女と買いにいく」

「こりゃ、売却元に困るな」

実の所、自分の性格が変わってからも同じ自分と言うべきか、当然のようにそれらの行動はしっかり記憶にある。それに服もそうだが雑誌も気がつけばそこそこの束になって重なっており、男時代に読みふけっていたエロ本の次に収納に困ってしまう。
それに小物類も元は自分の趣味ではないので、どうするべきか悩みどころである。

「・・ま、たまにあいつと会う時に着てやるか。自分で買ったもんだしな」

「???」

少しばかり微笑しながら刹那の表情を他所に真っ青な空を見続ける聖であった。


157 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:22:10.02 ID:HbGWUC33o
おまけ

応援団長 藤堂沙樹もまた悩んでいた。聖の騒動は何とか宗像のお陰で不問となったものの、無理矢理聖に買わされた服や小物は未だに健在で自宅の置く深くに丸々一式隠してある。

「どうしたものか・・あの時、相良やその友人に押し付けてやれば良かったな」

応援団長を貫いている立場もあるが、沙樹自身そういった服に関しての知識は無いに等しい・・というよりむしろ
邪険しているに近い。あの時流れに身を任せてしまった自分に激しく後悔しつつも購入してしまった物は仕方が無い。
それに一番の懸案事項はあの服を妹の琥凛や、何よりも宗像に見つかるのは非常に拙い。琥凛はまだしも宗像に見つかったとなれば憎たらしい掛け合いの1つや2つだけでは済まないだろう、それに団長として後輩達への示しも在る。

「それもこれも・・相良のせいだ!! 絶対に許せん・・」

これ以降、応援団と聖は更に激しい戦いを繰り広げるのは語るまでも無いだろう。

 


158 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:24:15.44 ID:HbGWUC33o
おまけ2・・というか本編の続き


ようやく礼子から解放された翔の表情はかなりやつれており、礼子とのやり取りがかなり激しいものだったと思い起こさせる。

「全く・・あいつの余計な一言でこうなるとは」

正直言って、翔が礼子の秘密を話すわけが無いしこれからの自分の将来を考えても何ら旨みは無い。
多分、前回と同じように聖の何気ない一言が発端だと考えている翔はこれ以上は礼子の機嫌を損ね
たくない、自分の自業自得とは言え家では妹の椿にも冷たくされている上に学校では礼子のお説教が
ガンガン増えるのは精神衛生上余りよろしくないし、聖への対応も考えたら胃に穴が空いてもおかしくは無いだろう。

そんなわけで虫の居所が非ォ~常に悪い翔はこれ以上厄介事を押し付けられてはたまらんので癒し兼ストレス発散の聖との勉強会に向けて教えるところを頭の中でシュミレートする。

このまま大人しく帰れると思っていた翔だったが、話の都合からしてもそれは確実に無い。案の定、一番会いたくない人物とばったり会ってしまう・・応援団 副団長宗像 巌である、どうやら宗像は生徒会への用事が済んだ後らしく、このまま大人しく無視したかったのだが聖の騒動に借りがあるのでそうもいかない。

「おや、春日先生に呼ばれたんじゃなかったのか?」

「・・今終わったところだよ。それにしても前の騒動の時は大丈夫だったのか?」

「俺に抜かりは無い、生徒会には貸しを作らんよ。それに会長の和久井さんは話のわかる人間でな、今度の応援団の遠征について予算を大幅にあげて貰ったしな」

「お前、絶対応援団の予算を着服してるだろ・・生徒会はお前等の財布じゃないんだぞ」

何も答えず、メガネを光らす宗像に翔はこれ以上は何も追求しなかった、それにこれまでの聖に関する沙樹の干渉や自身の不当調査についてもあの騒動で借りを返されたので追求すらできない。それに応援団の予算でデリバリーを頼んだ件も宗像を突付けば、翔自身の埃が余計に目立つ・・本来なら大人しく帰る翔だが今度ばかりは違った。

「そういやよ、お前等のとこの団長について面白いもの持ってるんだけどよ~」

「なんだ、またそれか。俺達と同じ特進クラスにいながらテストの点数ではいつも惨敗しているお前に揺すられはせんよ」

現に宗像は特進クラスの中でも常にトップクラスの成績を誇り、その厚い壁を沙樹と翔が喰らいついている状況だ。それに宗像は翔よりも交渉事に関しては数段頭が切れるので普段なら大人しく退く翔であったが、今回は違う。

「今までの俺だと思うなよ。てめぇは俺よりも頭はいいが人を侮る癖がある・・こいつを見ても何とも思わないか!!」

「そ、それは――!!」

翔が宗像に提示した写真、それは自身の彼女である聖と団長である沙樹の私服姿のツーショット写真だった。実はあの時翔はツン達の騒動を一部始終目撃しており、普段やり込められている宗像を揺すれるのではないかと思い、携帯でその姿を何枚か隠し撮りしていたのだ。現にメモリにもバックアップはしているし提示してある写真もそのうちの1枚に過ぎない。翔はワザとらしい仕草で日頃の恨みの10倍を込めながら宗像に写真を見せびらかせる、先ほどまで饒舌だった宗像も石のように固まっていた。

159 名前: ◆Zsc8I5zA3U [sage] 投稿日: 2011/11/05(土) 17:24:54.93 ID:HbGWUC33o

「へヘヘッ・・ま、あいつがお前達の団長より数十倍は可愛いのは当たり前だが、この写真欲しいか?」

「・・・」

言葉には示さないものの態度で興味を示す宗像に翔は機嫌を良くしたのか、更に調子に乗る。

「でもな~、苦労して撮ったんだからただではあげられないな。今後はあいつに対する監視をかなり甘めにして、てめぇ等が俺への貸しをチャラにしてくれたら考えてやってもいいぜ」

「・・検討しよう」

ようやく宗像が屈したと見た、翔は更に調子に乗り今度は下手に出る。

「でもダメ!! ・・アハハハハハハッ!!!」

「・・・」

人間程ほどと言う言葉がる、いくら宗像が周囲に仏と通っていても人間なのでそれには限度というものがある。
大人しく宗像に写真を渡して置けばよかったものの、これで翔の運命は更に過酷なものへとなる。

・・要するに宗像はキレてしまったのだ、普段は仏と言われる彼が怒れば沙樹でも引いてしまうぐらいで翔はとんでもない人物を敵に廻したのである。

「あれ? いらねぇの、それだったら更に条件を加えるとな・・」

「悪いが急用を思い出したので失礼するよ」

そのまま宗像は翔の元へと立ち去るが、宗像をあしらって機嫌を良くした翔は笑顔で帰宅する。これからの地獄を知らずに・・
一方宗像が向かったのは職員室、ここで宗像は礼子を呼び出しとある事を申し出た。

「え? 相良 聖と中野 翔を保健室で下宿・・どういうことかしら?」

「実は応援団と生徒会では2人の行動に問題視してましてね、あの2人を保健室で下宿させて生活態度を
改めさせるようにとの提案があるんですがね。それで春日先生には2人の監視をお願いしたいと参った次第で・・」

「私は別に構わないけど・・他の先生の目もあるんじゃない。それに期間はどれぐらいなの?」

「あまり長引くと春日先生にも迷惑が掛かりますから2週間ぐらいがベストかと・・個人的には1ヶ月が望ましいのですが」

更に宗像はあの手この手で交渉しながら期限を先延ばしし、遂には2ヶ月を礼子からこじつけた。

「決まったら、やってあげないこともないわよ・・ま、決まればの話だけど」

「ご心配なく。僕から会長に話はしておきますし、僕からも他の先生方にも話は通しておきます。では応援団の会議があるのでこれで失礼」

そして宗像は和久井を通して校長に話をつけ更には自身の応援団の立場をフル活用して各主要教師陣の根回しを行い、僅か2日足らずで企画を実現させてしまった。
当然、礼子の厳しさに根負けした翔が宗像にバックアップのメモリーごと宗像に写真を手渡したのは言うまでもない。

応援団副長 宗像 巌・・転んでもタダでは起きない男である。

 

 

fin

 

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最終更新:2011年11月09日 14:33
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