俺は大正時代から続く八百屋の倅だ。
去年嫁も貰って、子供も生まれた。女の子だ。
今は親父の手伝いをしながら、毎朝野菜を仕入れに行ってる。
ところで、店の常連に妙な奴らが居る。
そいつらふたりはまだ高校生になったばかりらしいのに、
親の使いなのか知らないが律儀に毎日夕方になると競って野菜を買いに来る。
それだけならまだ家族思いのいい子がそろっただけの話だが、こいつらの場合はそれだけではすまない。
まず、野菜を見る目つきが半端じゃない。
そこらの筍のアク抜きも出来ない駄目主婦じゃ相手にならないほどだ。
しかも、そんな猛者が二人揃うのだ。
当然、ただじゃ済まない。
しかも互いに妙なライバル意識を持ってるらしく、奴ら二人が店先で取っ組み合いになって追い返したのなんて一度や二度じゃない。
野菜の何がこいつらをそこまで熱くするのかはわからないが、とにかく半端じゃなかった。
しかし、そんなふたりに変化が起こった。
ある日、俺が店番をしていると、いつも通り奴らのうちの片割れが来た。
しかし、肝心のもう一人がいない。
先に来た奴は、いつものハンターの目で野菜を見定めながらも、しきりに周りを見渡したりどこか挙動不審だ。
俺も何か物足りない気がして、居ない方の奴の事をそいつに尋ねようと店先に出たときだ、
遠くの電柱の陰から見つめる髪の長い女子高生に気付いたのは。
野菜を見定めてた奴も気付いたようで、俺と一緒になってしばらくその女子高生を見つめてた。
そしたらあっちもこっちに見られてることに気付いたらしく、観念したのか電柱の陰から出てきて、こっちに歩いてきた。
俺がポカーンとして見つめている目の前で、野菜野郎が女子高生に声をかける。
「お・・・お前・・・いつもの・・・?」
「・・・」
「・・・ってやんよ・・・」
女子高生が小声で何事か呟き、野菜野郎が恐る恐る耳を寄せる。
「・・・安価は譲ってやんよーーー!!!うわああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!」
野菜野郎の耳元に怒鳴りつけるなり、女子高生は背中を向けて走っていく。
「ま、待ってくれ!!!」
野菜野郎は鼓膜に受けたダメージを意に介さない様子でそれを追って走っていく。
手にした特売の安価野菜を放り出して。
その場には、呆けたままの俺だけが残された。
嫁「あんたー、この子の靴下知らない?」
それから8年の月日が流れた。
親父はもう引退して、店は俺が引き継いでいる。
とはいえ、やはり親父のレベルにはまだまだ届かない。
実際店をまかされてから余計にそう思う。
娘も幼稚園に通うようになり、嫁も中年らしくブヨブヨしてきた。
苦労も多いが、それなりに幸せだ。
で、つい昨日のことなんだが、俺は久しぶりにあのふたりを見かけた。
ベビーカーを押しながらふたりは俺と目が合うと、微笑みながら軽く会釈して通り過ぎていった。
俺も、笑顔で手を振ってやった。
オワリ
最終更新:2008年07月21日 01:25