『甘いお菓子を召し上がれ』

「お前って、なんか甘い匂いがするよなーくんくん」

ここは屋上。
恋人からただの友達まで、あらゆる生徒達の語らいを受け入れる憩いの場。
とはいえ、この季節となるとちょっと寒い。
この寒さなので、やはり周りに他の生徒達の姿は見えない。
しかしこんな寒いところで俺は、親友の蓮見に何故か鼻を寄せられ匂いをかがれていた。

「や、やめろよ!料理部でお菓子作ってるからだよ多分・・・」
「そっかそっかー。ところでなんかさー俺」

俺の非難の声を気にする様子も無く、蓮見は勝手に自分の話を始める。
こいつは出会ったときからそうだ。
俺の言い分なんか全然聞かないで、勝手に話を進めてしまう。
・・・とは言っても、自分から進んで何かをするということをあまり得意としない俺としては、
こういうタイプの奴が近くに居てくれると、何かと頼り甲斐があったりするのだが。

「・・・なんだよ」
「甘いお菓子が食べたくなっちゃった。食べていいよな」

蓮見はニヤニヤしながら俺の顔を見つめている。
俺は一瞬きょとんとしてしまった。

「え?今日は余ったお菓子みんな配っちゃってもうn」
「がしっ!とな」
「うぇ!?」

急に蓮見が抱きついてきて、俺の両手を捕まえる。
学年の中でも最も小柄な部類に入る俺は、
頭一つ分長身の蓮見に金網に押し付けられるような形であっさり動きを封じられてしまった。

「うわっ、ちょっ、やっ、やめろよ!なにやってんだよ!」

身をよじって逃れようとするが、のしかかる蓮見はびくともしない。
蓮見の力が強い方なのもあるが、俺のほうは俺のほうで力が無い方なのだ。

「甘いお菓子が食べたいって言ったろ?だから食べようと思って」
「なっ・・・」

蓮見の返答の言外の意味に気付いて、俺の背筋が怖気立つ。
蓮見は相変わらずニヤニヤしながら俺を見下ろしていて、見慣れたこの陰険な笑みに俺は初めて恐怖を感じた。

「な、何考えてんだよお前!頭おかしいのかよ!」

見下ろす蓮見に精一杯の虚勢で言い返す。
足の震えが止まらなかった。

「んー?確かに狂っちゃってるかも。だってお前が可愛すぎるんだもん」

相変わらずニヤニヤしながら蓮見が答えた。
からかうような言い方をされて、俺の頬は熱くなる。

「だもん、じゃねえよ!お前何考えてんだよ!俺は男なんだぞ!ホモかよお前は!」

精一杯言ったのに、蓮見はニヤニヤするばかりでやはり動じている様子が無い。
悔しくてどんどん頬が熱くなっていくのがわかった。
そんな俺の様子に、蓮見は更にいやらしい笑みを深めて答える。

「だってお前童貞なんだろ?女体化する前に既成事実作っとけば浮気されないで済むじゃん」

決め付けるような言い方をされ、しかもそれは的を射ていたわけで、俺は一瞬呆然としてしまう。
15歳か16歳くらいまでに童貞を捨てなければ女体化する。
現在は女体化症候群、童貞病、少年病などと呼ばれている病気だ。
治療法は未だ確立されておらず、予防にはやはり女性との性交渉を行う以外に無いと言うのが主だった機関の見解だ。

以前はただの都市伝説だったこの噂も、
ある女体化者が、精神障害者として精神病院に収容されたことに対する責任を国に対して問う裁判で勝訴したことを皮切りに、
あらゆるメディアを通じて今は周知の事実となっている。
やはり童貞を捨てられていない俺にとっても、16になり心配になり始めてきたのは事実だったが、
ここまで直接的に目の前に突きつけられてしまうと動揺を隠せなかった。
というか、童貞と決め付けられたことこそが何よりも悔しかった。

「ど、童貞じゃない!なんでそんなことわかるんだよ!」

はっと我に返って言い返す。

「んー?変態の勘」

実にあっけらかんとした様子でそう返され、カッと熱くなる。

「おまっ・・・ほんとにふざけんなよ!この手放せよ!」

逃れようと再度身をよじるが、やっぱり掴まれた手は振りほどけなかった。
それどころか、手首を掴む指に痛いほどの力が加えられている事に気付いた。
そんな俺の様子をあざ笑うみたいに笑みを浮かべ、蓮見が身体を屈めて耳元に唇を寄せてくる。

「だーめ。俺すっごい腹減ってるからさー。食べちゃわないと収まんない」

耳元に吐息が吹きかけられ、その熱さとは裏腹に俺の背中に冷たいものが走った。
相変わらず捕まえられた両腕はびくともしなくて、
金網に押さえつけられたまま心の中に恐怖ばかりが募っていく。
そんな俺を見て愉快そうにする蓮見に対する悔しさが無ければ、今にも叫んでしまいそうだった。

「ほ、ほんとにやめろよ!なんでこんなことすんだよ!・・・ぅっ・・・」

精一杯の虚勢でそれだけ言うと、恐怖と悔しさで、こらえていたものがあふれ出してしまった。
だが、それを蓮見に見られるのが悔しくて顔を逸らす。

「あれ?泣いちゃった?やっぱ泣いてる顔も可愛いなー。誰にも渡さないぞーお前のこと。うりうりー♪」

相変わらずからかうような調子で蓮見は、俺の前髪に頬をすり寄せた。
何もやり返せないことが悔しくて、涙を隠すのも忘れて俺は言い返した。

「う・・・な、泣いてねーよ!いいからお前放せよ!お前もう許さねーからな!」
「お前、俺のことどう思ってる?」
「・・・え・・・?」

突然、蓮見の声が真剣になる。
その目は、真っ直ぐ俺の目を捉えていて、一瞬吸い込まれそうな錯覚を覚える。

「・・・正直に言ってくれたら、今日はもうやめる」

蓮見はこちらを見つめたまま目を逸らさない。
気後れしてしまって、俺のほうがつい目を逸らしてしまった。

「え、そ、それは・・・」
「・・・」

俺が曖昧に言葉を濁しても、蓮見は何も言わずにこちらを見つめていて、
視線を浴びる俺の頬がその熱で段々温度を上げていくような気がした。
何も言わずにはいられなくて、俺はつい本心を口にする。

「・・・す、好きだよ」

友達として、と続けようとした俺の言葉は、最後まで至らず阻まれることになる。

「よし!言質は取れたな!」
「え?」

あっけらかんとした調子に驚いて蓮見を振り返ると、その顔には元の笑みが戻っていた。
いや、その中に先ほどとは比にならないくらいの凶悪さが内包されているのを俺は見逃さなかった。
それを認めた一瞬のうちに、俺の頭の中に最悪の未来予想図が展開された。

「ちょ、ま、待てよ!俺は友達としt」
「次はいよいよ物的証拠作りと行きましょうか~♪」
「おい、ちょ、約束がちgアッー!!」

こうして俺は、身体と心に絶対に消えることの無い蓮見との契約の刻印を、
それはもう深く深く刻み込まれてしまったのだった・・・

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最終更新:2008年07月21日 01:35
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