たとえばなし

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 また、週に一度のルーチンワークが始まった。
 夢みたいな--と言っても殆ど悪夢に等しいモノだけど--あの日々は一体何だったのだろう。
 私はルービックキューブを手の中で崩しては揃えを繰り返しながらぼんやりと思う。
 日常万歳なんて言葉は、保って3日。
 そもそも、私には堪え性が足りない(意訳)と、せんせーが呆れ気味に言っていたけど。ホントはもーーーーっと凄い色々言われたけど。殆ど覚えてないや。
 本当、その通りなのかも。
 あーあ。退屈。
 そんなボヤキが喉まで出掛かったところで、またノックもなしドアノブが回る。
 っと、お出ましですか。

「随分と早いお着きだね」

 秋物の白の上着をまるで執事か何かのように優雅に抱えて現れたのは、我らが異性化疾患対策委員会委員長代理様。
 前の職業を知ってるからか、その白い上着がちょっと白衣に見えたのは黙っとこうっと、ヘソを曲げられても面倒だし。

「んー、各方面、色んな所にお気を遣わせてしまってますからね。どこ行っても腫れ物扱いで、正直肩が凝っちゃいます。
 せんせーの気苦労、ほんのちょっとだけ理解できたかも、です」
「それはそれは」

 ちょっと前までこんな冗句の飛ばし合いも出来なかったから、なんだか、ほっとしてしまう。……別にひーちゃん達みたいに気を許したって訳じゃないけど、こういうのくらいなら、ね。
 そう思いながらよいしょと、お高そうなソファから起き上がる。

「珍しいな」

 せんせーの声がワントーン上がる。そりゃ、そっか。いつもの私はポニーテールだけど、今日は髪を下ろしているのだから。

「まだ返ってきてないんですよ、あのリボンもせんせーのくれたシュシュも」
「公僕というのは全く融通が利かないものだな」

 せんせー、それ、渾身の自虐ネタですか?
 そう言おうとする前に、せんせーは定位置である委員長席に着く。
 いつもなら、先んじて私が提出した書類に目を通すのだけど。
 何を考えてるんだろう。その切れ長の両目は何も映してないと言わんばかりで。

「……何かあったんですか?」

 しまった。とばかりにせんせーは我に返る。けど、もう遅いと観念したのかな。
 灰色ばっかりが広がる窓に目をやりながら--

「--坂城さん。キミは、『この先』、『この国』は、『この病気』をどうすると思う?」

 --と、投げかけてきた。
 異性化疾患という病気をこの国がどうするか?
 という意味なのかな。

「どうするって……そりゃ私達、委員会が異性化疾患を根絶するんでしょう?
 なんで、そんな当たり前なことを訊くんですか今更」

 せんせーの質疑にしては難度が低すぎて、私は正直拍子抜けしながら答えた。
 けど、せんせーは真面目な姿勢を一向に崩さない。

「模範的で簡潔な内容だね。素晴らしいよ」
「おべっかなら他の方にどーぞ」
「そうじゃない。坂城さんの回答は100%正しい。そうあるべきだ
 --だが」

 ……なんだか、雲行きが怪しくなってきた。窓から見える空も、この空間も。
 その、逆接詞の先は一体……なんですか、せんせー。

「もし、『国がそう考えていない』としたら?」
「--っ」

 カタン、カタンとルービックキューブが絨毯に転げ落ちる音だけが、私とせんせーの合間に横たわる。

「な、に、言ってる……ん、ですか、せんせー……?」

 漸く絞り出せた言葉は、せんせーに届いているかどうかも分からないくらいに掠れていた。
 そんなことにも気付けないくらいに私は当惑していて、せんせーが返事がないことに苛立ちすら覚えて。

「----どういうことですかッッ!!!!?」

 気付いたら、私はデスクを全力で叩きながら、一度で声が枯れてしまうようなトーンで叫び、せんせーを睨みつけていた。

「……坂城さん、落ち着こう。今のは、喩え話だよ」

 嘘だ。そんな冗談、せんせーが言う筈がない。間違っても、そんなこと言ったりするものか。

「…………」

 ふー、ふー、とまるで気が立った猫のような荒息で私はせんせーを睨み続ける。
 それでも、せんせーは見え透いた嘘をやめない。

「坂城さん。もう一度言う、今のは喩え話--」
「--もう、いいです」

 私は、あんな目に遭っても未だ蚊帳の外。  ハルさんと約束したことも、守れない。
 それが悔しくて、情けなくて。怒りで目頭が熱くなる。

「私の決意や、意志なんて、せんせーには関係無いんですね。わかりました」

 私は、せんせーから踵を返す。
 こんな状態じゃ、仕事なんて以ての外だ。冷静な判断なんて出来やしない。
 ……いや、もしかしたら、私は、もうここには……居られないかもしれない。
 だって、私が此処に留まっても……何も意味がないじゃない!!
 ただ、痛みを分かち合えた仲間が居るからって我が儘を通すためだけに此処に居る訳じゃないのにっ!!
 せんせーは、それも分かってくれないのか!?

「失礼しま--」
「--坂城るい」

 それまで、穏やかな声色をしていた人と同じものとは思えない、低く響く声が私の足を絡め取る。

「そのままでいい。これは僕の独り言だ。聞かなかったことにしてくれると助かる」

 話を、聞いて欲しいのか欲しくないのか。
 オトナって、これだから……!

「……その、喩え話の続きだけど。
 いつか、異性化疾患の発病を通知受取人無しで完全に制御出来るようになったとしよう」

 ……その「いつか」が私の人生が終わった後みたいな遠い未来じゃなきゃいいんですけどね。

「そうなったら、多分委員会は名前を変えるだろう。
 対策委員会じゃなく、管理委員会にね。
 数は多くはないが、発病を願う子も少なくない、というのが現状だ。
 皮肉なことに、仮に名付けた性別選択権と言うものは、本来意味そのままのものになる。
 ……同時に、それは大きな利潤を生む」

 ……利潤? こんな病気の、どこに?

「言っただろう? 数は多くはないが発病を望む者もいると。世界規模で考えたら、マイノリティもマジョリティの一部に早変わりだ。
 ノウハウを国で完全に掌握し、その利潤を国が独占出来る」

 そんな、そんなことのために……?

「それがポジティブな理由だ」

 そこから、せんせーの声のトーンが低くなった。

「ネガティブな理由は……人口バランスを年々歪めていく遅効性の毒を、外交カードの一枚にするためだ」

 ……っ!!! 

「全く気の長いバイオテロだ。だが世界に於けるこの国の立場は、年月を経るごとに強いものになっていくだろう」

 ……私は、私達は、ずっと、ずーっと……大人達に騙され続けていたの?
 そんなものの為に、せんせー……いや、神代という男は……ッ!!!

「--そういう、喩え話さ」

 もういい。それ以上喋るな。

「覚悟は、いいですか」
「とっくの昔に出来て--」

 言い終える前に、私は全速力で彼との間合いを詰める。
 体格に差はあるけど、懐に潜り込めばチャンスは----!

「--驚いた。師匠に教えを受けて間もないと聞いていたが」

 背後から声がした。って、嘘っ、いつの間に後ろに!? ……って、呆けてる場合じゃないっ!!
 すぐさまに回転して裏拳を放つ。
 だが、それも手応えがない。
 それどころか、自分で能動的に動いていては絶対有り得ない方向に景色が流れていく。

「っつぅ!!?」

 後背部に鈍い痛みが走ったと同時に、流れていた景色が止まる。
 そこに映し出されたのは、少しだけ息を乱した神代と、その向こうのやたらと豪華なつくりの天井。

「……良かった」

 何故か、柔らかく微笑む神代。
 そこで、私の感情の抑圧していた何かが途切れた。

「なにが……なにが『良かった』だ。なにも、なんにも、良くないっ!!
 ボク達はどこまでお前達オトナに利用されなきゃならないんだ!
 ハルさんも、陸も、初紀ちゃんも、なのちゃんも赤羽根さんもッ!!!
 みんな、みんなお前らオトナの勝手な都合に踊らされてッ!!!
 お前達こそ発病しろッ、発病して、絶望してしまええぇッ!!!!」

 ……最後の方はもう殆ど言葉になってなかった。悔しさと怒りで、息が苦しくて、言いたいことのどれだけが伝わったのかも分からない。

 とても、とても滑稽で誰にも見せられない顔で、私は、わんわんと泣いた。
 ……その内に泣き疲れて、嗚咽と雨音だけが委員長室に響くようになったとき、ふと、神代が口を開いた。

「……最後の喩え話をしようか」

 もう、いいよ。なんにも、ききたくない。

「もし、国がそのように動いたとして。
 『ある官僚』が不慮の事故で異性化疾患を完全に根絶してしまったとしたら、どうなるだろうか」
「………………へ?」

 途轍もなく間抜けな声が出た。神代……せん
、せー?

「その『ある官僚』は政治の名家の出身で、地位も名誉もそれなりにあるのだが……その失態でそれも泡と消えるだろうね。勘当を言い渡されるだろう。
 ……だが。
 愚かしいことに、その『ある官僚』は、そんなものよりも異性化疾患を根絶出来れば勝ちだと思っているらしい」

 泣きじゃくった姿を見せたくなくて、視界を塞いでいた腕をどけると、切れ長の目で笑うせんせーの姿がそこにはあった。
 なんで、だろう。
 せんせーの顔はいつも通りに笑っているのに、少しだけ寒気を覚える。

 ……あぁ、そっか。
 きっと、この人も異性化疾患を憎んでいるんだ。
 私が、今し方まで彼に向けていたであろう、憎悪よりも遥かに強く。
 その目が何よりの証拠だった。

「……その『官僚』さんは、本当に全てを捨て去ることが出来るんですか?」
「多分彼は『先程』答えたはずだが?」

 ……どういうことだろう?
 先程……?首を傾げてる私を後目に、少し楽しそうに目を細めながら、彼は言葉をつなげる。

「ただ、そうなると彼の気掛かりは異性化疾患の根絶に失敗した場合のことだった。
 彼にはどう転んでも『その後』が無い。もしかしたら、そういう流れが続いてしまうかもしれない。そうなった時には、後を任せられる『次の世代』が必要だろう?」

 ……まさか。

「ただの喩え話に義憤を覚えて、師に噛み付いてでも意志を曲げない強くて可憐な『次の世代』が、ね?」

 せんせーは今度こそにこやかに、穏やかに笑ってみせた。
 ……やられた。完っ全にしてやられたぁ……!!!
 私は、悔しさのあまりに、再び両腕で顔を塞ぎ、わんわんと泣いた。
 さっき、せんせーに敵わなかった時よりもずっと、大きな声で。
 せんせーが、私が信じたせんせーのままで心底ホッとしたからなんて……本人には口が裂けても言えないけれど。


 そんな喩え話が、本当になるかどうかは……まだ分からない。
 だけど、もうちょっとだけ。
 私はこの人の私設秘書をやっていてもいいかなって、泣きながら心の片隅でぼんやりと思った。

 でも、この埋め合わせは絶対して貰うんだから。
 何か奢って貰おうそうしよう。
 なにが、いいかな。すぐには思い付かないや。
 そうだなぁ……たとえば----。

 了
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