『狼さんの勘違い』3

放課後。

教室にいつも通り迎えに行くと、狼は丁度帰り支度を終えて教室を出てくるところだった。

片手を上げて呼びかけると、いつも通りのダルそうな視線がこちらを向いた。

男「○○のライブのチケットあるけど、一緒に行かないか?今週の土曜日」

狼「は?○○?」

男「お、おお…」

狼「ハァ?そんなの俺が興味あるわけないだろが!」

男「そうか…じゃあ仕方ないか」

狼「え…?」

男「ごめん。同じクラスのショボーンとでも一緒に行くことにするよ」

狼「あ…」

男「じゃ、俺行k」

狼「あああああああ(カプッ)!!!!」

男「えっ!?ちょ…いたたたたたた!!何!?どうしたんだよ!!」

狼「…いく」

男「え?」

狼「…あああもおおお!!お前俺が○○好きだって知ってて意地悪してるんだろ!!!」

男「え?意地悪って…えええ!?俺は何も…」

狼「うるさいうるさい!お前チケットよこせ!!その後ちょっと噛ませろ!!」

男「も、もう噛んでるじゃ…いたたたたたたたたたたたたたいたいいたい!!!!」


で、土曜日。

駅前のモナー像の前に待ち合わせの十分前に行ってみると、狼は既に来ていて、落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回していた。

男「おーい」

呼びかけると狼はすぐにこちらの姿を認め、全速力で駆け寄ってくるなりこちらの鼻面を思い切り引っ叩いてきた。

男「いっ・・・な、なんだよ」

狼「うるさい馬鹿!お前来るの遅すぎるんだよ!!」

男「そんなこと言ったって、まだ10分前…」

狼「うるさああああい!!!早く行くぞ!!!」

狼は俺の耳を引っつかむと、足早にライブ会場への道を歩き出した。


男「やっぱり来るの早すぎたんだよ…」

狼「…」

会場入り口には長蛇の列。

入場券は前売りのみだから、優先入場なんて物も無い。

しかも開場は1時間半後。

それまで俺たちは、この寒い中ぼんやり突っ立ってなければならない訳だ。

男「だから飯食ってから行こうって言ったのに…」

狼「うるさああい!こういうのは早く行かないといい席は全部取られちゃうものなんだよ!!」

男「そんなわけないだろ・・・一応全席指定なんだから・・・」

狼「なんだって!?お前変な席予約して無いだろうな!?」

男「大丈夫。ちゃんとステージがバッチリ見えるところを取ってあるよ」

…閑話休題。

寒さに震える客達の間でいい加減げんなりし始めた頃、

ふと狼を見てみると、

持ってきていたらしい音楽雑誌を熱心に読んでいるところだった。

男「…その写真、ヴォーカルのクーって娘だよな?」

狼「うん♪俺この娘大好き♪♪」

男「お前元気だな…でもこの娘、大したもんだよな。前のヴォーカルのドクオがいなくなってバラバラになりそうだったバンドを、たったひとりでまとめて立て直したんだって?」

狼「そうだ♪クーはすげえ娘なんだ♪ ドクオも好きだったけど、この娘になってからもっと好きになったんだ♪♪」

このときはあまり気にかけなかったことだけど…ライブ開始後に俺たちは、

このときの話を驚愕とともに思い出すことになる…


狼とクーの話で何とか盛り上げながら待っていると、やっとのことで1時間半が過ぎ、

会場に入ることが出来た。先ほどまであれほどはしゃいでいた狼は、

会場に入るなりカチンコチンに緊張し始めて、席に到着するまで終始無言だった。

が…席に座るなり…

狼「すごい!男!ステージがあんなに近い!!双眼鏡使わなくても見える!!」

男「そりゃあそうだろう…東京ドームみたいな会場でも想像してたのかよ…」

この通りのはしゃぎ様。

興奮しっぱなしの狼をなだめながら待っていると、間もなくホールの照明が落とされ、

ド派手な演出とともにお待ちかねの人気ロックバンド○○が登場した。

同時に会場は歓声とギターの轟きに包まれる。実を言うと同じクラスの奴が

行けなくなったということでチケットを譲り受けただけだったけど、

よく知らないながらも俺は激しい演奏にすっかり惹き込まれ、

となりで発狂している狼と一緒になって大騒ぎをしていた。

ステージに立つワイルドな出で立ちのクーは、女性特有の繊細さを持っていながら

時に男性のように荒々しい、とにかく力強い歌声で会場を熱狂の渦に巻き込んでいた。

曲の間に休憩代わりの寸劇を交えたトークが挟み込まれながらライブは続き、

終盤が近付くと大はしゃぎだった狼も流石に疲れてきたらしく、

曲に合わせて声を上げながらも俺の肩にぴったり寄りかかっていた。

…ていうか、なんでお前はしがみつきながら俺の首を甘噛みしてるんだ…;

変な気分になってくるじゃないか…


そして、最後の曲の前。ステージに立つクーにスポットライトが当たり、

クーが先ほどまでとは打って変わって、静かな口調で語り始める。

川゚-゚)「みんな、最後に俺の話を聞いてくれ…」

クーは、ライブの間ずっと自分を俺と呼び、男言葉で喋っていた。

思えば、このときに何か引っかかる物を感じていた。

川゚-゚)「俺は…俺の本当の名前はクーじゃない。俺の本当の名前は…ドクオだ」


一瞬会場がシーンと静まり返り、次の瞬間そこかしこから驚愕の声が上がる。

隣りで狼も驚いた顔のまま固まっていた。そう…今の言葉を誰よりも早く理解できるはずなのは他ならぬ、この狼だった。

川゚-゚)「俺は、恥ずかしい話だが、ついこの前まで童貞だった。 15,6歳まで童貞のままだった男が一定の確率で女体化するのはみんなも知ってることだと思う。俺もまさか、この歳になってからそれが始まるなんて思ってもみなかった」

クーが淡々としていながら力強い響きで語る間、会場は水を打ったように静かだった。

俺の隣りにいる狼も含めて、全ての観客が静かに、真剣に、ステージの上の娘の声に耳を傾けていた。

川゚-゚)「安心してたところで18で女体化が始まったとき、俺は本当にショックだった。あまりにショックが強すぎて、何も手につかなくて、バンドも辞めてしまおうとさえ思った。なにより、俺には、男の俺に合わせた曲が歌えなかった…」

クーは一瞬何かをかみ締めるように、マイクを握り締めて俯いた。一瞬の後、クーは顔を上げる。その目には、光る物があった。


川゚-゚)「でも…!こいつらは、変わってしまった俺を受け入れてくれた!こいつらは、俺から逃げないでくれた!!世間では、俺がバラバラになりそうだったみんなを取りまとめたことになってるが… それは違う!バラバラになりそうだった俺を繋ぎとめてくれたのは、こいつらの方だったんだ!!」

叫ぶように言い切るとクーは、天を仰いで涙を流した。

そして、ライトの当たらない背後の暗がりから他のメンバー達が現れ、涙するクーを囲んで抱きしめた。

そして会場を包む、歓声と拍手喝采。俺の隣りの狼も泣いていた。正直、俺も泣いていた。

そして始まる最後の演奏。全てに受け入れられ、何かを成し遂げた顔のクーの歌声は、これまで以上に会場に響き渡る気がした…


狼「俺も、いつかあんな風に泣ける時が来るのかな…」

会場を出ると、狼は先に立って歩きながらこちらに顔を向けずにそう言った。

狼「正直俺、怖かったんだ…自分が普通の人間じゃないってわかったとき。だから、まだうまく制御できなかったときは辛かったよ…何回引っ越しても、何回だって追い出されたし、誰に会っても、化け物が来た、なんて石投げられたりもしたし。だから…女体化したとき、本当はちょっと嬉しかったんだ。ああ、これで周りの人に受け入れてもらえる…って。でも…そんなの違うよね。クーの考えてたこと、聞いてみたら…俺って、すごく卑怯だった気がする。ほんとは、逃げてるのと一緒だよね…他とは違う自分から」

狼はそれだけ言うと、黙って歩を進め始めた。

…。


男「逃げたっていいよ!」

狼はびくりとして立ち止まる。相変わらず、こちらを振り返ろうとはしないけど。

男「辛くなったら、逃げたっていいんだ!卑怯なんかじゃない!絶対無い!」

狼「…卑怯だよ!だって、今だって俺、怖くて、お前の方向けない…」

男「卑怯だなんて誰にも言わせない!そんなこと言う奴らにお前の何が判るってんだ!!」

狼「…」

男「俺は判ってるぞ!お前がどれだけ辛い思いしてきたか!!どれだけひとりで頑張ってきたか!!!これからだってずっと見てる!!お前が逃げたくなったら、俺が代わりに戦ってやる!!俺は何があったってお前からは逃げない!!!だから…」

一瞬だけ、沈黙が流れた。狼はこちらを振り返らないままだったが、小さく肩が震えていた。

男「だから…お前は、安心していい…」

俺に言える事なんて、結局こんなもんだった。それきり、俺は黙って狼の背中を見つめてた。

狼は相変わらずこちらを振り返らない。でも、俺は不思議と静かな心地で待っていた。


と、狼が頬を少しだけこちらに向けて口を開いた。

狼「…信じていいの…?」

男「うん」

狼「…俺、変だけど…普通じゃないけど、それでもいいの…?」

男「変じゃないよ」

狼「俺…乱暴だし、すぐ噛み付いたりするけど、それでもいいの?」

男「当たり前だ」

狼「…男ぉ~!」

狼が振り返って突進して来た。避けずに受け止めたら、思いのほか狼の力は強くて、俺はそのままアスファルトに尻餅を突いてしまった。

抱きついたまま狼は泣いていて、顔は涙と鼻水でデロデロだった。

狼「信じていいんだよね」男「うん」狼「男のこと、友達だと思っていいんだよね」男「うんうん」狼「うわあああああああん」

そのまま、引っ付いて泣いてる狼の頭を撫でながら、夜空を見上げた。

空は晴れ渡っていて、満天の星々が静かに瞬いていた。

狼「男…」

男「ん?」

狼「…噛んでもいい…?」

男「……いいよ」

伝わった気持ちがあれば伝わらなかった気持ちもあるけれど。

でもま、こいつの鈍感さと俺の腰抜け具合からしてみればこれは上出来なんだろうな。

それでも、心の底から目の前で小さくなって震えている女の子を守りたいと思えた、そんな一日だった。


男「ぃいたたたたたたた!!!!痛い痛い!!!本気で噛むなって!!!いったああああああああぁぁぁ…」

狼「♪」

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最終更新:2008年07月21日 01:53
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