『まえむきに。』 第二話『交差』A.part

全裸のままカーテンを開ける。
遮光性の乏しいカーテンのおかげで既に天気はわかっていた。
いつもよりも3時間は遅い起床だったが、
いつもと同じルーチンワークはこなしておきたかった。
今日は、珍しく太陽が雲の間から顔を覗かせていた。
3月上旬の北陸の空は、大抵は空一面に灰色の雲が広がっている。
雪が降っていなければ晴れというのが雪国の常識なのだ。
だから今日みたいに明るい日は珍しい。
ただし、晴れといえば雲ひとつ無い紺碧の空に太陽が燦々と大地を照らす。
そんなイメージを持っている地方の人に言わせれば物足りないのだろうが
雪国ではこれでも明るいと言うし、晴れとも言うのだ。




 雲間から時折差し込む陽光に照らされる体を見つめる。
正直言ってこんなに短時間で体格が変化して、
尚且つ性別が変わるなんてとても信じられない。まさに眉唾ものだ。
それに急にホルモンバランスが変化して、
さらに外見まで全く違うものになってしまったら、
それだけで精神が不安定になり、ストレスが蓄積し、抑鬱状態になってしまうだろう。
ましてや精神の性別は男で体は女、これでは性同一性障害じゃないか。
心の性も変わるというがにわかには信じられない。




手持ち無沙汰になると、どうも余計なことを考えてしまう。
運悪くこんな状況に陥ってしまったんだ。
今まで彼女も作らず、愛の無いセックスもしなかった自分が悪い。
受け入れよう。まえむきに。

「………寒いのは相変わらず、か」



 部屋着に着替える前に、一度自分の身体をよく見ておこう。
これから長い付き合いになるのだから。できれば美人になっていて欲しい。
今後、色々なリスクを背負い込むことになるはずだから





それくらいの願望を抱く権利はあるはずだ。
これからの事を考えてみれば、義務の支払いは済んでいるはず。
いや、支払いはこれからも続くのだろうが・・・

「―――――」

 初めて見たときはあまりに酷い状態だったから
肝心の顔を含めた容姿には特に気が回らなかった。気にするほどの余裕は無かった。
だから、落ち着いて見てみると、よくわかる。




印象的には丸顔だが、頬から顎にかかるラインが実にすっきりしている。
長い睫毛に二重瞼、やや切れ長な印象のある眼。
細く緩やかな墨をひいたような優しい印象の眉。小さい口。
艶やかで柔らかい黒絹のような腰まで伸びた長い黒髪。
新雪のように白く柔らかい肌に漆黒の髪がかかる様子は幻想的ですらある。
ましてやそれが細い肩や狭く白い弱々しい背中、
小さいが形の良い乳房であれば尚更神秘的だ。
腰回りはくびれていて、脇から腰にかけてのラインと
お腹のラインはしなやかな曲線を描いていて痩せてはいるが
女性らしい印象をあたえてくれる。
形の良い小さなお尻、こうゆうのを桃尻というのだろうか。
細くすらりと伸びた足、くびれからヒップ、太腿へのラインは理想的だ。





「――――悪くない。いや、俺だ…俺なのか…?」

思わずそんな言葉が独りでに、零れ落ちる。
透き通るような、鈴を鳴らしたような声に聞こえる。
昨日までの自分の声はどんな風に聞こえていたのだろうか?
そう考えると―――――


ピリリリリ、ピリリリリ………


「きっと、親だな。母親だろうな。」

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最終更新:2008年06月11日 01:52
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