『狼子と夢の学園祭』<前夜祭>

~朝・登校途中~

祈美(辰妹)「大変なことになりやがった・・・・・!!!」
辰「どうした」
祈「え?あ、あの、えと、いやなんでもないよなんでも!あははははは」
辰「何だお前、様子がおかしいな・・・さてはお前、また何か俺にやったな」
祈「そ、そんな小さいことを気にするか!!!」
辰「・・・」
祈「と、ととととにかく、あたしは一旦家に戻るけどっ!兄貴、くれぐれも気をつけなよ!!おっそろしい事が起こるから!!!」
辰「おっそろしいこと?」
祈「ええいあたしは伝えたからな!!後は何が起ころうと一人でなんとかしろ!!じゃあのっ!!!(ダダダダッ」
辰「あ、おーい祈美、今帰ったら確実に遅刻・・・」


~学校・昇降口~

辰「ほいほいほいっと。下駄箱にラブレターは(カチャ)・・・はい今日も無しっと(パタン)」
狼「うわーーーちこくちこく!!!」
辰「お、なんだ狼子、お前も遅刻かい?w」
狼「上履き上履き」
辰「狼子ー」
狼「あれ?下駄箱間違えちゃった・・・」
辰「おーい」
狼「おくれるおくれるーーー!!!(ブオッ」
辰「うわっ!!」
狼「遅刻だーーーーー!!!(タッタッタッ・・・」
辰「・・・・・・・・・・あれ?」


今、真っ直ぐこちらへ向かって走ってきた狼子は、間違いなく俺の身体をすり抜け、気がつくと背後、廊下の向こうへ向かって走っていった。呆然と立ち尽くす内、気がつくと俺の右手に誰かが立っていた。あっと思った瞬間、彼もまた俺の身体を幽霊のようにすり抜け、慌しく下駄箱を開け閉めしたあと、駆け足で狼子の向かった先と同じ方向へ去っていった。

何が起こったと言うのか。今、二人の人間が俺の体をすり抜けて行った。あの二人は幽霊だったのだろうか。

ふと、自分の周囲の景色の変化に気づく。ここは、確かに学校の昇降口だ。しかし、俺の知る学校とはどことなくことなる印象だった。部屋の形は同じでも、掃除用具のロッカーの配置が異なっていたり、あったはずの無い壁掛け時計が頭上で時を刻んでいる。

時間は、8時半。

そうだ・・・早く教室に行かないと・・・

誘われるように俺は、自分の教室へ向かって廊下を歩き出した。





白みがかった風景の中、世界の輪郭はぼんやりと曖昧だった。

俺の教室。

開け放たれた戸を抜けると、教室の中はいつもの喧騒。見知った級友の談笑。顔を見れば声をかけてくるはずなのに、まったくこちらに気づく様子も無い彼ら。その間を抜け、フラフラと自分の席に向かう。誰かが座っている。

狼子だった。

おかしい。狼子は、俺とは別のクラスのはずだ。

ふと気付き、周囲を見渡す。いつもの教室。しかしどこかおかしい。机の数が微妙に違う気がする。それどころか、教室の広さも。教室の顔ぶれも。俺が目を話した隙に、誰かと入れ替わってしまったのか?談笑する生徒達は、皆俺の知らない人物に変わっていた。それどころか、この寒い中何故か、皆夏服を着ている。

はっとして視線を戻す。良かった。狼子は消えていない。しかし、それでもこちらには気付かない様子で、眠そうな顔でこっくりこっくりと頭を揺らしている。

揺り起こそうと肩に手を伸ばしたとき、背後で戸の開く音がする。一拍置いて、かけられる号令。礼を済ませ、着席する生徒たち。教壇の上の先生。初めて見る顔だった。と、先生の顔がこちらを向き、呆然と立ち尽くしたままだった俺をその視線が捉える。

「おい!」

教壇を降り、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる先生。立ちすくむ俺。

「朝からそんな調子でどうする。先生は悲しいぞ」

俺の横をすり抜けて先生は後ろへ行き、居眠りを始めた狼子の肩を叩いた。びくりと肩を震わせ、寝ぼけ眼で身体を起こす狼子。

「す、すいませんー・・・」

「朝はシャキッと!みんなも気をつけるように!じゃ、朝のホームルームを始めるぞ」

言いながら先生は、こちらには目もくれず教壇の方へ戻っていく。俺の呼び止める声も、先生にはやはり聞こえていないようだった。





「おーい狼子ー」

「おーい」

「うぉおおおおおおおおおおい無視すんなこらあああああああああああああ」

先ほどからずっと狼子に気付かせようと、授業中・休憩中関わらず手を振り雄叫び存在をアピールし続けても、狼子は一向にこちらに気づく気配が無かった。

・・・それにしても、こいつはいつも授業中こんな風に寝ているのだろうか。これでは補習に引っかかるのも当然だ・・・

しかし、ここまで無視されると俺のほうも腹が立ってくる。しかもこいつはこんこんと眠りこけるばかりで、こちらの苦労などどこ吹く風だ。何が何でも起こしたくなってくる。

「・・・狼子おおおおおおおおおおお」

雄叫びを上げながら、狼子に向かって上から平手を振り下ろす。

空を切る感覚。

俺の手は、狼子の頭を外れて下に振り抜かれている。俺としたことが、狙いを外してしまったのか?

もう一度振り下ろす。当たらない。もう一度。スカ。更に。スカ。ダメ押しに。スカ。

・・・。

まさか、俺は本当に幽霊になってしまったんだろうか・・・

「うおおおおおおおおおおおお俺はまだ死んじゃいねええええええええええええええええ!!!!」

頭を抱えながらうずくまる。信じられないことばかりで、頭がおかしくなりそうだった。朝、俺は普通に登校して来たはずだった。祈美とも普通に話をした。それから普通に学校へ来て、下駄箱を開いた。いつ、俺が死ぬチャンスがあったというのか。

打ちひしがれた俺はゾンビのように立ち上がる。あれほど大騒ぎしたのに、周りの連中が俺を見ていることはなかった。やはり、誰の目にも、耳にも、俺の存在は感じられないらしい。

最愛の人に背を向け、深い孤独とともに俺は教室を出る。休憩時間中の廊下は、談笑する生徒達でごった返していた。何度も肩がぶつかりそうになったのに、俺の体は誰に触れることも無くすり抜けていく。俺は一体どうなったんだ・・・どこへ行けばいい・・・

俺は、どこを目指すでもなく、人ごみの間をフラフラと抜けていった。

背後から注がれる一つの視線に気づくことも無く。





屋上、給水塔の上に座り、空を見上げる。憎憎しいほど晴れ渡った空模様とは裏腹に、俺の気持ちにはどんよりと鈍色の雲が垂れ込めていた。

まさか、自分がこんな目に遭うなんてな・・・

そういえば、さっきから自分の名前も思い出せなくなっていることに気付く。どうやら、本格的にお迎えが近いようだ・・・せめて、両親に孫の顔を見せてから死にたかったもんだ・・・

「幽霊さん!」

ほら、お迎えが来たようだ。死神と言うのは遺言を聞いてくれるものなのだろうか。だったら、是非一言、伝えてもらいたい相手がいる・・・

「幽霊さんったら!」

思えば未練ばかりの人生だったな・・・出来るならもう一度でもやり直したい。しかしそんなこと、今更考えても仕方が無いよな・・・

「幽霊さん?」

「うおっ!?」

目の前に急に顔が現れ、びくりとして給水塔から落ちそうになる。

少女は、きょとんとした顔でこちらを見つめている。そうか、こいつが死神・・・

「何言ってるの・・・?」

少女が首を傾げる。おっかなびっくり少女を観察してみると、何故か俺と同じ制服を着ている。死神と言うのは、黒装束に大鎌を構えているものではないのか。少なくとも、以前臨死体験したときに現れた奴はそんな感じだった。もっとも、奴が狼子の顔をしていたことから考えても、単なる夢である確率が高い気もするが・・・

「・・・ねえ!」

「は!はい、はい」

少女は眉間にしわを寄せて真っ直ぐ俺を見つめている。しかも、声をかけてきている。

「・・・あんた、死神か?」

「へー、やっぱりそういうの居るんだ」

俺が尋ねると、少女は何故か感心するように頷いている。一体何のつもりだ。死神ではないのか・・・?

「あたしは生きた人間だよ。そうに決まってるじゃん」

「・・・そうなのか?あんた、見えるのか?そういうの・・・」

「ん、まあね。でもこんなはっきり見えたのは初めてだよ。会話したのもね」

あっけらかんとして少女は話す。どうやら死神ではないようだ・・・そんなことにひとまず、俺は息をついた。

「・・・まあ、あんたのことはわかったが・・・例えば、俺が悪い幽霊だったらどうするんだ?」

「え?どゆこと?」

「そうだな・・・下手にコミュニケーションとろうとして、呪われたり、取り憑かれたり、色々あるだろ」

「悪い幽霊だったらわざわざそんなこと言わないでしょ?w」

少女は相変わらず朗らかに笑っている。あまりに楽天的なそのさまを見て、俺はため息をついた。こいつと話していると、あいつを思い出す・・・

「ねえ幽霊さん!名前はなんて言うの?あたしは睦実!」

「あのなあ・・・ハァ・・・じゃ、俺はおんぶオバケとでも」

「・・・」

「・・・」

何故沈黙する・・・こっちもレベルを合わせて冗談を言ってやったってのに。くそ。

「・・・覚えてないんだ。悪いな」

「そうなの?」

「ああ。生きて生活してきた記憶はあるのに、名前に関することだけが何故か抜け落ちていてね・・・死ぬと、そうなるものなのかな?」

しかし、考えてみると不思議なことだ。他の記憶はあるのに、何故か名前に関することだけは全く思い出すことが出来ない。まるで何かの呪いをかけられたような気分だ。もっとも、死人にかけられる呪いなどというものがあれば、の話だが。

「そっか。じゃあ呼び名は幽霊さんのままで我慢してもらおうかな」

おい。おんぶオバケはスルーか。生きた人間の癖に血も涙も無いのかお前は。

しかし、何故わざわざ名前を聞く?この場限りの付き合いになるはずなのに・・・

「幽霊さんはいつもここにいるの?通っちゃおうかなー」

やはりそれか。少女のペースにため息をついた。

「・・・しかし、それだけ見えてるのに、なんで俺が生きた人間じゃなくて幽霊だと思った?」

嫌な流れになりそうだったので、話題を変え、最大の疑問をぶつけてみる。俺を認識できる貴重な存在とはいえ、だからといってここへ通われてしまっては、この少女の性格から考えると色々と困った事態になりそうな気がしないでもなかったから。

「だって、一人だけこの暑いのに冬服だし、教室であれだけ大騒ぎしてるのに誰も気付かないんだもん。先生だって注意しないし。だから、もしかするとあたしにしか見えてないんじゃないかって。そう思ったの」

「そうか・・・」

「で、ずっと月島さんのこと起こそうとしてたみたいだけど、なんで?」

「・・・」

しまった。流れを変えようとしてより深い墓穴を掘ってしまったらしい。

とはいえ、今更隠し立てしても仕方の無いことだろう。俺は正直に言う事にした。

「あいつが、知り合いだからだよ」

何故あえて知り合いという当たり障りの無い言い回しをしたのかというと、目の前のこの少女、睦実を、自分の中でまだ信用に足る人物であると確信出来ていないからだ。

「生きてた頃好きだったとか?でも残念。月島さん、付き合ってる人いるらしいからwww」

「そうだろうな。知ってるよ」

それは俺だ。もしや、この世界に俺がもう一人居るということなのだろうか。

ん?待てよ?この学校は、恐らく俺が通っていた学校とは別のものだ。しかし、狼子はこの学校に居る。そして、俺の世界における俺の役割を行う存在もいる。ということは、ここは俺の暮らしていた世界とは別の、いわゆる平行世界というものなのだろうか?俺がこんな状態になっているのも実はただ単に次元のずれた世界に中途半端な形で迷い込んだ為だとしたら、俺は必ずしも死んでいるとは限らないのではないだろうか。

仮のものとはいえ、この結論に至るまでの考え方はまさにとんでも理論というべきものかもしれないが、それでも自分が生きている可能性が見えてきたことで俺の気持ちは少なからず楽になった。

「あれ・・・もしかして、聞いちゃいけないこと聞いちゃった・・・?」

俺が黙っているのを見ると、睦実は別の方向へ勘違いしたらしく、恐る恐ると言った様子で尋ねてきた。しかし、彼女のことがまだ完全には理解できていない状況であるのは確かだし、この勘違いを利用してみるのも手だろう。少々申し訳ない気もするが。

「いや、気にしなくていいさ。俺に原因のあることだしな。誰かのせいには出来ないよ」

俺がそういうと、睦実は目を伏せ、こちらから目に見えて落ち込んだ。それを見ていると、仕方の無いこととはいえ何か申し訳ない気分になってくる。

「ま、まあ、俺が勝手に自爆してこうなったわけだしな。気にするこたぁねえよ。あっはっは」

苦し紛れに空元気で発進、恐る恐る睦実を見ると、彼女は目を上げて微笑んでいた。

「なんか、変わった幽霊さんだね。幽霊ならもっと恨めしそうにしてるものだって思ってたのに、元気付けようとするなんてね」

「ん?未練を口にしながら漂ってる方がそれらしいか?だったら・・・もっとモテてから死にたかった~」

「あはははは、やめて、あたしまで死ぬ」

やっと笑顔を見せた睦実を前に、ため息をつく。何で俺がこんなに気を遣わなくてはならないのか・・・

「じゃあ幽霊さんは、自殺してそうなっちゃったってこと・・・?」

睦実が疑問を口にする。確かに、俺の「自爆した」という言い方はそれっぽいかもしれない。しかしそれは、単なる言葉のあやというものだ。自殺した記憶が無ければ自殺する理由も見つからないし、第一死んでいない可能性もある。睦実に対してここで真実を語る選択肢も無いこともないが、第一自分でこの状況を完全に理解できていない上、真実と思ったものが真実である確信が無い以上、それもまだ時期尚早の気がする。

「あー、いや、そういうわけじゃあないんだが・・・そうそう、学校に来る途中で事故にあってね。それで・・・」

勿論、たった今考えた嘘だ。とはいえ、自殺や事件など自分の意志や周囲との因果関係にまつわる嘘は、後々ぼろを出す可能性もあるし、事故など、自分の意志と関係ない不可抗力の問題を出しておく方が無難だろうと思った。騙し続けるのも申し訳ないことではあるが。

「そっか・・・悲しいね・・・あたしも何か、幽霊さんにしてあげられればいいんだけど・・・」

睦実の表情がまた曇る。

「おいおい・・・湿っぽくなるなら初めから聞くなよ・・・」

「うん・・・ごめん・・・」

こうなると、俺の方までいたたまれなくなってくる。胸の内を全部ぶちまけてしまった方がいいのだろうか。しかし、睦実に関することがまだ何も分かっていない以上、それも乱暴な考えの気がする。

「ねえ、また会いに来ていいかな?」

あっけらかんとした調子に面食らって目を上げると、笑顔の睦実がこちらを覗きこんでいた。

一瞬戸惑ってしまったが、睦実との会話の中から得られたちょっとした情報で、この世界のことが少しだけでもわかった。利用するような形になってしまうのは申し訳ないが、彼女に協力してもらうのもいいかもしれない。なにせ、貴重なコミュニケーションを取れる存在だ。

「・・・ああ」

俺は頷いた。

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最終更新:2008年07月21日 02:36
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