「ふう…」
今年に入ってから、何度目のため息だろう…、俺は指折り数えて、次の誕生日までの日数を確認した。
「あと、2週間、か…」
「おーいゆきちゃん?なに深刻な顔してるんだよ?」
「ゆきって言うな!俺はよしのり、だと何度言えば…!」
これまた何度も繰り替えしてきた言葉をはき出しながら振り返ると──聞き覚えのある声の予想に違わず、そこには小学校時代から腐れ縁の泰雄がいた。
「まーまー、いつものジョークじゃないか、何を今更…」
泰雄は悪びれるそぶりも見せず、肩をすくめて見せた。
「そういやゆきちゃん、もうすぐ誕生日だろ?そうすりゃ晴れて17歳だ──どうやら、大丈夫みたいだな」
「ああ、なんとかな」
俺はかろうじて笑顔を作って、泰雄に気取られないよう答えた。
「じゃ、俺は部活があるから。じゃな!」
爽やかな笑顔で軽く敬礼のような真似を残して、泰雄は教室を出て行った。
サッカー部で花形のFWのポジションにいる泰雄は、クラスだけでなく、ほぼ全校女生徒のあこがれの的といっていい。2ヶ月とおかず、横に連れている相手が変わっていることも珍しくない。
…つまり、泰雄はこの先ずっと男のままでいられるのが確定しているはずだ。いや、ヤツの誕生日はもう1ヶ月ほどまえに過ぎたはずだから、決定的だ。
対して俺は…17歳の誕生日まであと2週間。泰雄のように運動部で目立ってもいないし、所属している部活も無線部とかなりオタク要素の高い、女子にはまるで見向きもされない存在だ。
「ふう…」
俺はまた、ため息をついていた。
「ちょっと由紀(よしのり)!あたしたちの泰雄さんと馴れ馴れしくしないでよ!」
「え、あ…ごめん」
つい反射的に謝ってしまった。その声の方を見ると、泰雄の追っかけグループの一つでリーダー的存在になっている明日香がいた。
「あんたがまだ女性化してないなんて信じられないけど…、まさか…」
明日香は大げさに身震いして見せながら、俺に対する嫌悪感をあらわにしていた。
そう、このところ、15,6歳が終わる頃、それまで男子だった生徒がいきなり女子になるという現象がおきていて、そのどれもが例外なく童貞だった──という事実がある。
つまり、明日香は俺がすでに童貞じゃない可能性に驚いているらしい。
「ま、そういうことだ」
俺は精一杯の虚勢を張りつつ、内心冷や汗をかきながらそう答え、教室を後にした。
「ふう…」
無線部の部室に入った途端、足から力が抜けるのをなんとかこらえ、今日一日で何度目かのため息をついた。
「やばかった…まだ童貞だってこと、気づかれてないよな…?」
独りごちながら無線機の前に座り、いつものように電源を入れていく。
──ピーーーギャギャギャ………Q…CQ…this is J…1Z○R
無線機から聞き慣れたコールサインが聞こえてきた。隣の市にある高校のクラブのものだった。
──J…1Z○R、this is J…1Y○K
いつもの放課後のように、無駄話をするべく相手のCQ(呼び出し)に応えた、…が…
今日はいつものオペレータとは違うのだろうか?あの高校も男子の部員しかいないはずなのに、今日はCQを出していたのは女子の声に聞こえる。
──J…1Y○K this is J…1Z○R
こちらの呼びかけに応じてくれたらしい。
──J…1Z○R まいどこんにちは、西陵高校無線部の由紀です。今日は新入部員さんなのですか? どうぞ
──J…1Y○K こ、こんにちは…東星高校無線部の斉藤です。えっと、…新入部員じゃないんですが…わけあって… あの、どうぞ…
──J…1Z○R あ、そうなんですか。じゃあ、やっと免許が取れたってとこなのかな? おめでとうございます。
それにしても、東星さんに女子の部員がいたとは知りませんでした。 どうぞ
──J…1Y○K え、ええ、まあそんなところです…。あの、今日は練習なので…これで失礼します。ごめんなさい。
そういうと、東星高校の斉藤さんはそれきり無線に出てこなくなった。
(ちぇっ、でもびっくりした…いつの間に女子部員が増えたんだろ?いいなぁ…。ウチにも、女子の部員、来ないかな…。)
そんなことを考えながら、いくつかのCQに応えていると、学校のチャイムが鳴った。「おっと、もうこんな時間か…帰ろ」
独りごちて、無線機を片付け、下校の準備をしていると、
「ゆきちゃ~ん、もう終わりだろ?一緒に帰ろうぜ?」
誰もいないと思っていた部室の入り口から不意に声をかけられ、びっくりして振り向くと、やはり部活を終えたらしい泰雄の姿があった。
「! なんだ泰雄か…びっくりさせるなよ…もうすぐ片付け終わるから、ちょっと待っててくれ」
俺はそういうと、片付けを急いですませ、帰り支度をした。
「おまたせ…って、なんか後ろに女子がいるようだけど…?」
「ん?ああ、気にすんな。途中まで同じ方向だって言うから、一緒に着いてくるんだとさ」
「ふうん…」
自分が目的ではなく、泰雄が目的だとしても、近くに女子がいるとドギマギしてしまう自分に少しの自己嫌悪を抱きつつ、気にしない振りをしながら女子の方をみてみると、なんと先ほど俺に文句を言ってきた明日香だった。
明日香は俺にあからさまな侮蔑の視線を向けた後、何事もなかったように笑顔で泰雄に話しかけていた。
「ねぇねぇ泰雄さん、なんで由紀なんかと一緒に帰るの?」
その言葉は、表情とは裏腹に、俺の心に突き刺さってきた。
「なんかってゆーな!ゆきちゃんは俺のダチだから、な」
「ふぅ~ん…ま、あたしは別に眼中にないからいいけどさ…」
いちいち癇に障る言葉をはき続ける明日香に、俺の心はますます落ち込んでいった。
あのあと、泰雄とは何度か言葉をやりとりしたような覚えはあるけど、いつ彼らと別れて、自分の部屋まで戻ってきたのかは覚えてない──気がつくと、見慣れた自室にいた。
「ふう…なんで、泰雄ばかり…」
泰雄に八つ当たりしても仕方ないのはわかっている。泰雄は同じ男の俺から見ても、カッコイイのだ。
(対して俺は…ふう…)
あらためて鏡を見てみると、そこにはさえない顔をした男がいるだけだった。
(いっそ、モテないままの人生なのなら──)
ふと、自分が女性化してしまったときの事を考えてしまう。
(不細工な方が、女性化したときには可愛くなるっていうウワサだし…、いっそ、女性になってしまった方が、楽しい人生になるのかな?)
(もし、俺が女の子になったら──それも可愛くなれたら──どうなるんだろ?)
(でも、父さんも母さんも、16歳の誕生日に、男のままでいたことにすごく喜んでたし、うちは一人っ子だし、悲しむかな…?)
そして、2週間という短い間では、生活に大きな変化があるわけでもなく、17歳の誕生日を翌日に控えていた。
「いよいよ明日は由紀も17歳ね。お母さん嬉しいわ」
女性化することなく、17年を過ぎ、18年目も男のままでいられるであろうことに喜んでいるようだった。
「うん…」
母さんの言葉とは裏腹に、俺の気持ちは沈んでいくのを抑えることは出来なかった。
「母さん、もし…あの、さ…」
「ん?なあに?」
「ううん、なんでもない。ごめん」
童貞のまま17歳になっても、まれに女性化しない例もあるらしいし、明日になっても俺が俺のままでいられれば、またいつもの生活が続くはずなのだ。
沈んだ気持ちを無理矢理振り払い、16歳最後の夕食をとり、ベッドに潜り込んだ。
その夜は、いつにもまして寝苦しかった。普段は滅多にない、夢精の感覚もあった気がする。
それでもいつしか夜は明け、朝日が窓から差し込み、目覚まし時計はいつもの時間にけたたましく鳴って、俺を眠りから起こした。
夜の間はともかく、いつもと同じ目覚めに、俺は少しほっとしつつ、普段通り洗面台に向かった。
(ふぅ、なにもおこらなかった…よな? でも、なんか今日は目がよく見える気がするけど…よく眠れたからかな)
洗面台で顔を洗って、タオルで拭いているときに、微妙な違和感を感じ、普段は気にすることもない鏡を覗き込んでみた。
「───!!!」
俺は声にならない悲鳴をあげていた。鏡の中には、俺じゃない誰かがいた。
(ま、まさか──!?俺、女になっちゃった?)
なんとか平静をつくろいながら部屋に戻り、朝食をとる気力もなく、部屋で呆然としていた。
(なんで? って言っても、まあ、経験ないからなんだろうけど…でも…)
「由紀ー?起きてるならご飯食べなさい」
階下から母さんの声が聞こえてくるけど、返事をする気にもなれなかった。
頭の中では、どうやって今日、いや今後をごまかすか…だけ考えていた。
とりあえず、いつもの通り詰め襟の制服を着てみると、もとから細めの体型だったのが幸いし、さほどの違和感もないに見える。が、どうしても男にはない胸がきつめになってしまうのは我慢するしかないみたいだ。それに、いつもと違って袖が余っている。
「あ、あー」
小声で声を出してみると、やはり少し高くなっている気がする。洋服ダンスの姿見で見てみても、明らかにのど仏がなくなっているように見える。
「あ゛、あ゛ー」
意識して低い声を出してみると、今までの自分の声に近づけることができた。
(よし、なんとかこれで…)
「今日はなんか気分がすぐれないからご飯いらない~」
「そう?熱はないの?」
階下から母さんが聞いてきた。声では気づかれなかったようだ。
「うん。ぎりぎりまで休んで学校行くから平気~」
「そう?そろそろ受験に向かって大変なんだから、気をつけてね」
「わかってるよ!大丈夫だって」
なんとかごまかし、あらためて鏡の前に立ってみた。
(とうとう、女になっちゃったのか…)
顔つきは顎のラインが少しすっきりし、一重だったはずのまぶたが二重になっているせいで目も少し大きくなったような感じがする。ぱっと見てわかる変化だったが、全体的には変わる前の面影を残していたのが幸いだった。
(う~ん…やっぱ、わかるよなぁ…どうしよ…)
髪の毛の長さまでは変わっていなかったが、スポーツ刈りとは無縁の生活だったので、変わってしまった顔立ちとの違和感も少ないようだ。
(まあ、声に注意してれば、なんとか、なる…か。となると…)
俺はおそるおそる一度着た詰め襟の前ボタンを外すと、意を決して上着を脱いでみた。
(うわ…)
鏡に映る自分の体は、明らかに昨日までのものとは違っていた。
ワイシャツの上からでもわかるほどに、胸が大きくなっている。下着代わりにTシャツを着ているから、幸い乳首は目立っていない。
ウェストも細くなっていた。もともと太っているわけではなかったけど、ベルトの穴が今までより3つ分も細くなっていた。
(女の子って、こんなに細いものなんだ…)
「由紀~、そろそろ行かないと遅刻するわよ!」
母さんの声で我に返った。
「わ、わかってる!もう行くトコだから」
あわてて上着を着て、声を作って返事をすると、母さんに止められないように急いで家を出た。
「よおゆきちゃん、おはよ~」
いつもの時間に駅で電車を待っていると、後ろから声をかけられた。
ふいのことに驚いて後ろを見ると、泰雄が立っていた。
「あ、ああ、泰雄か、おはよう」
俺は、気取られないよう努めていつものように挨拶した。が、泰雄は早くも微妙な表情をしている。
(まさか、もう気づかれた──? いや、まだ確信は持ってないみたいだし、なんとか誤魔化せるか──)
内心冷や汗をかきながらも、なるべく声をつくりつつ、いつものように無駄話をしていた。
「ところでゆきちゃんてば、今日、誕生日だったよな?大丈夫だったのか?」
唐突に泰雄が声をひそめて聞いてきたので、心臓が一瞬止まったような気がした。
「あ?あ、あぁ、まぁ、な…」
気が動転したせいか、曖昧な答えしか返すことが出来なかった俺を見た泰雄の表情がさらに変わった。
「まさか? そうなの?」
(やばっ…気づかれた…かな?)
そんな俺の動揺を見抜いたのか無視したのか、泰雄がどれどれと軽い口調で言いながら俺の胸に手を当ててきた。
「あっ、ちょっ…」
「ふぅ~ん…」
泰雄はビックリしてなんの抵抗も出来なかった俺の胸をさらに揉んできたのだ。
「あ…」
(なんでこんな声が!?)
俺は自分の口から出た声に驚いてしまった。
「ゆきちゃん…、かわいい声だすじゃないか?」
泰雄が俺の耳に口を近づけて、小声でささやいてきた。その吐息が耳にかかった時、ゾクッとした快感があり、俺はもう、赤面してうつむくことしかできなかった。
「ま、こうなるんじゃないかと思ってたけど、な…」
泰雄は知っていたはずだ、俺が童貞だったと言うことを。つまり、半ばわかっていたということか…。
「うん…、でも、なるべく秘密にしてて…おねがい」
俺はあきらめて、泰雄に打ち明けた。泰雄はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに
「わかった。少なくとも俺は口外しないよ」
と、約束してくれた。
泰雄がすんなり約束してくれたのでほっとしていると、
「でも、一つ条件がある、かな?」
「え、どんなこと?」
「普段は今まで通りでもいいけど、二人になったときは女として接するぜ?」
「え?それって?」
俺が面食らっていると、泰雄の口から思いがけない言葉が発せられた。
「だって、いくら昨日まで男だったとは言え、女になったゆきちゃん、かわいいしさ。俺だって男なんだから、理性が押さえられなくなっても知らないぜ?」
俺はその提案に一抹の不安を覚えながらも、了承するしかなかった。
「わ、わかった…」
「じゃ、今日からゆきちゃんは幼なじみで、かわいい彼女、だな」
「え?いま、なんて?」
泰雄の言葉を聞き間違えたのかと、思わず聞き返した。
「だって、幼なじみは変わりようがない事実だけど、男同士じゃないから、そうなるだろ?」
泰雄がさも当然と言った顔でそう言いきった。
「そ、それもそう…か?」
俺は内心なんか納得がいかない物を感じながら、そういう物かと思ってしまった。
その日の学校生活は、なるべく人と話すのを避けることで、なんとか気づかれずにすんだようだった。普段からあまり友達がいないせいか、怪しむ人はいなかった。
授業で先生に当てられたときはドキドキしたが、声を作れたせいでやり過ごすことができた。幸いだったのは、今日は体育の授業がなかったということだ。
今日は泰雄の部活がグラウンドの順番とかで休みらしい。一緒に帰ろうというので、俺も部活を休み──といっても、部員は俺だけなのだが──、一緒に帰宅することにした。
登校口で待ち合わせ、駅の近くのファストフードに入り、小さな二人がけの席に向かい合って座っていた。
「そういや、もう親には言ったのか?」
泰雄の問いかけに、内心どきりとした。
「い、いや、まだなんだ…どうしよ?」
「隠すのはいいとしてさ…手続きとかしないとまずいだろ?それに、体育の授業だってあるんだぜ?」
そうなのだ、体育の授業は男女別に2クラスごとに行われる事になっている。最近は女子の人数がやや多くなってしまったせいで、女子の場合は3回に1回は家庭科の授業になっている。
今までにも、女性化してしまっても、男子と一緒に体育の授業を受けていた人もいるけど、数回で他の男子が授業に集中できないという理由で女子の授業に参加させられるようになっていた。
「それに…」
泰雄が声をひそめて続けた。
「ゆきちゃんが、書類上も女子になれば、堂々と付き合えるしな」
「ちょ、それって…」
思いもよらない泰雄の言葉に、俺は唖然とした。
(俺は…今まで通りの友達付き合いがいいんだけどな…)
そんな内心を知ってか知らずか、泰雄は現実を受け入れて正式に手続きすることを勧めてきた。
「でも…おれ、昨日まで男だったんだぜ? それなのに?」
「でも、今は女だろ?」
「そ、それはそうだけどさ…」
そんなやりとりをしているうちに、せめて両親には打ち明けるべきだという泰雄の提案を受け入れ、帰ったら話そうという気持ちになっていた。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ行こうぜ」
泰雄が時計を見て立ち上がる。
「そうだね、帰ろうか」
俺も立ち上がりながら、トレイを持とうとすると、泰雄が先に持ち上げた。
「こういうのは、男の役目だぜ」
キザなせりふをはく泰雄のことを、今までの友達と同じように見れなくなっている自分に驚いてた。
帰り道、途中にそれなりに大きな公園があり、そこを通るのが近道なので、泰雄と二人で歩いていた。
「なあ、ちょっと座らね?」
ベンチがいくつか置いてあるところに差し掛かったとき、泰雄はそう言って腰を下ろした。俺もその隣に座る。
「どしたの?」
「いや…、ちょっと、さ。ゆきちゃんと初めて会ったときからのこと、思い出しちゃって」
「ああ…家族ぐるみの付き合いだもんな。色々と一緒に遊びに行ったし」
「その、男同士で遊んでたゆきちゃんはもう、いないんだな、と思ってさ…」
泰雄の言葉にどきりとした。表面上は軽口をついていた泰雄も、悩んでいたらしいことに、申し訳ない気分になる。
「泰雄…なんていうか…ごめん」
「ん?ああ、いや、べつにゆきちゃんが謝ることじゃねーって」
泰雄は笑顔でこっちを向いてそう言ってくれた。
「それに、これからは彼女だしな。一人で幼なじみと、ダチと、彼女の三役なんだぜ?こんな経験、滅多にないことだしな」
「ちょ、それって…マジで言ってる?」
「もちろん、本気だぜ?」
そういうと、泰雄の顔が近づいてきた。
(えっ…えぇ~っ。ちょ、いきなり?)
あまりの展開に反応できないでいると、唇に泰雄の唇が重ねられた。
(ちょ、ちょっとまって…)
そう思いながらも、体は硬直してしまって動けなかった。
次の日──俺は学校を休むことになった。
昨日、あの後家に帰ると、母さんに自分が女性化してしまったことを話したのだ。
母さんは驚いていたけど、なってしまったものはしょうがないということで、女になった俺を受け入れてくれた。父さんも、帰宅するなり母さんに聞いた時は驚いたらしいけど、現実を受け入れるしかないと納得したらしい。
それよりも、両親が驚きつつ混乱してる中で、ちょっとほっとした雰囲気があることに疑問を覚えたので聞いてみると、
「だって、不純な交際をしていなかったってことでしょう? そうすれば確実に男の子のままでいられるとは言え、そうしなかったことにほっとしてるのよ」
母さんはそう答えた。
「それよりも、明日は学校に連絡しておくから休みなさい。服とか揃えなくちゃいけないから」
そして──駅のデパートで、服を選んでいる母さんを半ば他人事のように眺めていると、なぜか妙に喜んでいるように見えた。
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
思わず口にでてしまった。
「だって、うちは一人っ子でしょ? ほんとは女の子も欲しかったんだけど、出来なかったから」
母さんはそう言うと、抱えきれないほどの服をレジに持って行った。
(そういうものなのか?それでいいのか?)
なんとなく釈然としない物を感じつつ待っていると、母さんが戻ってきた。
「さ、次は下着よ。こればっかりはサイズがわからないから、自分で選んできなさい」
「え~、自分でもわからないよそんなの」
「それもそうね。あ、店員さーん、ちょっとすみません。この子の下着のサイズ、測ってもらえません? 初めて下着を買う物ですから…」
母さんは下着売り場近くにいた店員を呼び寄せると、俺をその人の前に押し出した。
「はい、ではこちらにどうぞ」
女性店員は俺を試着室の中に案内すると、彼女も入ってきた。
今までだって、こんなに女性と狭いところで一緒にいたことがない。
「では、サイズをお測りいたしますので、上を脱いで頂けますか?」
「えっ服の上から測るんじゃないんですか?」
俺は驚いて聞いてしまった。なんか元男ってバレバレなんじゃないだろうか?
「初めてと言うことですので、正確にお測りした方がよろしいかと思いますよ」
女性店員はなれているのか、気づいていないのか、それとも知らない振りをしているだけなのかはともかく、気にしていない様子だった。
「はあ…それもそうですね」
俺は妙な恥ずかしさを覚えつつ、上半身裸になった。
「失礼しますね。ちょっと脇を開いてください」
言われるまま、店員にサイズを測ってもらう。
「トップが86で…、アンダーが67ですね。このサイズですと、C70か、E65と書かれたものが合うと思いますが、どちらにいたしますか?」
そう言われてもわかるはずがない。
「では、少々お待ちください。試着して頂いた方がよろしいでしょうから」
困っていると、店員はそう言ってブラジャーを2つほど持ってきた。
「まずはこちらがE65のサイズです。着け方はわかりますか?」
(うう…これは羞恥プレイなのか?)
「いえ、あの…わからないです」
恥ずかしくてそう答えるのがやっとだった。
その後、店員からブラジャーの着け方をレクチャーされて2つのサイズを試着してみたところ、どうやら俺のサイズはE65だということらしい。
ブラジャーを着けると、今までよりもさらに胸が強調されるようになった。
そして、役所での改性手続きを終え、俺は『よしのり』から『ゆき』になった。
漢字ごと名前を変えることも出来るそうだが、今まで使ってきた由紀という字に多少なりとも愛着があったし、なにより読みを変えるだけだったので、違和感も少なくて済むことが大事だった。
それに、ずっと俺のことを『ゆきちゃん』と呼んでくれていた人もいることだし。
「学校の制服は注文しておくから。届くまでは私服でもいいみたいよ」
母さんのその言葉に、明日からの学校はどうしようかと悩んでしまったが、結局悩んでも仕方ないので、当たり障りのない服装で登校することにした。
家に帰ると、今度は生活上の注意点を母さんからあれこれと聞かされる羽目になった。
歩き方、言葉遣いから食事の作法、果てはトイレのことまで、男のときにはどうでもいいことが、女性となった今では大切なことなのらしい。
その夜、自室に戻ると、昼間買ってきた大量の洋服を整理しながら、泰雄にメールした。
『あのさ、親に言ったら、学校から役所から、みんな手続きさせられた、っつーかされたよ』
メールすることで、少し気分が楽になった。ケータイはすぐにメールの着信音を鳴らした。メールはもちろん泰雄からだった。
『やっぱな。今日休んだからそうだと思ったよ。帰りのHRで担任が言ってたぜ。おまえが女子になったってな』
『ちょ、まじか?』
『ああ、だから安心して女子の格好で登校していいぜ。てか詰め襟なんかで登校したら許さないからな』
『なんで泰雄にそんなこと言われなくちゃならないんだよ?』
『だって、ゆきは俺の彼女だろ?彼女が詰め襟なんか着てたらやだし』
泰雄の返信を読んで、知らず知らず吐息が漏れる。
(そっか…、俺はもう、泰雄の彼女なんだっけ…)
昨日の夕方、公園でキスされた唇の感触を思い出し、顔が赤くなるのを感じていた。
『う、うん…でもさ』
『なに?俺が彼氏じゃ不満か?』
『いやそうじゃなくて…泰雄はさ、つい一昨日まで男だった俺で、ほんとにいいの?』
『もちろんだって、ゆきだからいいんだよ。それと、「俺」はもうやめろよな』
このとき、泰雄がメールで俺のことを「ゆきちゃん」から「ゆき」に変わっていることに気が付いて、なぜか顔が火照るのを抑えられなかった。
『うん…ありがとう。でも、学校では普通に友達の振りしてたほうがいいと思うんだ』
『なんで?べつにいいじゃん』
『いいならいいけど…泰雄に変な噂とかたったらやだもん』
『あ、そういうことか。なるほどね…それもそうだな』
やっと思い立ったらしい。
『でしょ? だから、しばらくは幼なじみの立場を使った方がいいんじゃないかな』
『そうだな、そうするか。学校の外ではゆきが彼女ってのは、変えないからな』
『わかった。じゃあそろそろ寝るね。おやすみ』
『おやすみ~。また明日な』
俺はケータイを充電器に置くと、ベッドに横になった。
泰雄の事を考えていると、自然に体が熱くなってくる。
(これって…恋、してるってことなのか?女になって、まだ2日目なのに…)
無意識に右手が胸を触っていた。独りの時は意識して気にしないようにしていたけど、柔らかくもしっかりと存在感を主張する胸に、改めて自分が女になってしまったことを思い知った。
「ん…」
今まで感じたことのない感覚に、自然と声がもれた。やめなければ…という思いと裏腹に、躰はどんどん高まってくる。
(や、泰雄…)
快感が高まってくると、乳首が硬くなり、さらに感度を上げていく。つまんでみると、さらに強い快感が走った。
「ひゃっ…ぅん…」
今までだって、オナニーくらいしたことはある。しかしそれとは全く違った快感に、もう、やめよう、などとは思わなくなっていた。
左手で今日初めてはいたスカートをたくし上げ、やはり今日初めてはいたパンティの上から股間を触ってみると、くちょ…という感触があった。
(濡れてる…)
自分の躰が、すでに女性としての感覚になっていることに少しのショックを覚えつつも、これからは、女として生きていくしかないと思い知った。
(あ…あぁ…気持ちいい…)
パンティの上から触るだけでもこれだけ気持ちいいのに、直接触ったら…。
すでにかなりの水分を含み、重たくなったパンティを下げ、おそるおそる触ってみた。「ひゃぅっ…」
ちょっと触れただけで、今までとは比べ物にならない快感が全身を駆けめぐる。
(な、なにこれ…気持ちよすぎるよ…)
どんどんと高まる快感に、股間はさらに湿り気を増していく。すでにアソコだけではなく、下の方まで流れている。
(んっ…くぅ…イク…)
この日、初めて女性として絶頂を迎えた。
翌日、登校する服装に少し悩んだけど、薄いブルーのブラウスに、膝丈のフレアスカートを合わせた無難な格好にすることにした。
朝食を摂っていると、ケータイのメール着信音が鳴った。見てみると泰雄からだ。
『おはよ~。7時40分に迎えにいくから、待ってろよ~』
今まで、駅で鉢合わせることはあったけど、直接家に迎えに来たことはほとんどなかったので、思わず笑みがこぼれた。
『わかった。待ってる』
そう返信すると、残っていたトーストを牛乳で流し込み、急いで身支度を終えた。
7時40分きっかりに玄関のチャイムが鳴った。俺は行ってきます、と母さんに声をかけて玄関のドアを開けると、泰雄が立っていた。
「おはようございます。よしのりが女の子になっちゃったって聞いたので、今日は一緒に登校しようと思って」
泰雄は俺の後ろに立ってる母さんに向かって挨拶した。泰雄は俺の親にはよしのりと呼んでいる。
「あら、泰雄君、わざわざありがとうね。この子もちょっと不安だろうからちょうどいいわ。それと、もうよしのりじゃなくて、ゆき、になったから、そう呼んであげてね」
母さんがわざわざ付け足した。泰雄は俺が男だったときから、ゆきちゃんと呼んでいたから意味がないことを知らないのだ。
「あ、はい、わかりました。じゃ、ゆきちゃん、行こうぜ」
泰雄も今度は俺のことをゆきちゃんと呼んだ。呼ばれなれてるはずなのに、なぜか顔が紅潮してしまう。
「じゃ、行ってきます」
もう一度母さんに声をかけ、泰雄とともに駅に向かって歩き出した。
駅へ向かう道すがら、泰雄に昨日のクラスの反応を聞いてみた。
「ん? ああ。マジで?ってのと、やっぱりなってのが半々くらいだったかな。それよりも、ゆきがどう変わったかでトトカルチョやってるぜ」
「ひどいなそりゃ、変わったっていっても、俺は俺なのに」
「こら、『俺』はだめだって言ったろ?」
「あ、つい…。てか、なんて言えばいいんだよ」
「そりゃ、女子なんだから、『わたし』とかじゃね?」
自分のことを、心の中で『わたし』と呼んでみると、予想以上に照れくさかった。
「えー、恥ずかしいよ、なんか」
「今更照れるな。俺だって彼女が自分のこと『俺』って言われたくないんだよ」
「うー…わかった…努力する…」
「じゃ、次から『俺』って言ったら罰ゲームな」
泰雄は意地悪な笑みを浮かべて、そう言った。
「罰ゲームって…なにそれ。俺に出来ることならいいけどさ…」
意識しないと、つい、『俺』と言ってしまう。一瞬ヤバっと身をすくめ、おそるおそる泰雄を見ると、やはり気が付いたようだ。
「はい早くも一回目。罰ゲームはどうしようかな?」
泰雄はニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。
「ちょ…あまり無茶なことはやめてね?」
「ん?ああ、無茶なことはしないよ。でも、いつ何するかは内緒な」
そうこうしているうちに、駅に着き、いつものように通勤、通学客で満員の電車に乗り込んだ。
いつも乗ってるはずの満員電車が、こんなに窮屈に感じたのは初めてだった。
(もしかして、身長も少し小さくなってるから、か…?)
普段であれば気にもならなかった回りの男性達が、みんな俺の方を見ている気がして、軽く恐怖心を抱いた。無意識に、泰雄の服の裾を握っていた。
「ん? 大丈夫、意識しすぎだって」
俺の気持ちを察したのか、泰雄が笑顔を向けてきた。その顔を見た俺は、気分が不思議と落ち着いていくのがわかった。
と…、不意におしりのあたりに人の手が当たってきた。
「ひっ──」
俺は声にならない声をあげ、躰が硬直してしまった。なんとか顔だけを泰雄に向けると、泰雄は気づいてないのかだた俺の顔を見てニコニコしているだけだった。
俺が抵抗できないでいることをいいことに、おしりに当たっていた手が返り、手のひらで撫でるように触りだしてきた。思わず、躰がピクッとしてしまったが、泰雄はまだ気づかないらしい。
(これって…痴漢?まさか女になっていきなりなんて…)
何とも言えない嫌悪感と恐怖心で、躰は動くことを拒否したように動かすことが出来なかった。
痴漢の手はさらにエスカレートし、スカートをじわじわとまくり上げてきた。
(え、ちょっと…)
とうとう、スカートをまくり上げられ、パンティの上からおしりを揉まれてしまった。俺はもう、泰雄の顔を見上げることも出来ず、ただうつむく事しかできなかった。
(やだ…どうして泰雄は気づいてくれないの?)
とうとう痴漢の手がおしりから、股間にまで伸びてきた。パンティラインをなぞるように、パンティと素肌の境目を撫でてくる。
(んっ…)
「でさ、今日はたぶんゆきは身体測定とか、そういったことするんじゃなかったかな。前に女性化したやつが、女子で初登校だったとき、そうだったような…」
泰雄はなんにも気づかないようで、相変わらず学校のことを話しているけど、俺の耳には届くわけがなかった。
そのうちに、痴漢の手がついにパンティの股間の部分をずらし、直接アソコに触ってくるようになった。俺はもう、羞恥に耐えながら、うつむいていることしか出来なかった。
唯一の救いは泰雄が側にいてくれること。ますます泰雄の服を握る手に力がこもる。
が、泰雄は、混んでいるから倒れないように掴んでいるんだろう、くらいにしか思っていないようだ。
ますます痴漢の行為は過激さを増していった。パンティの脇からではもどかしいのか、ついにパンティそのものをずり下げてしまったのだ。
(!────)
直接おしりを触られ、その手が再び股間に伸びてきた。ぐちょ──という音が聞こえるのではないかと思うほどにアソコが濡れているのがわかっていた。
「や…やぁだぁ…」
とうとう、耐えきれずに声が出てしまった。これで泰雄も気がついてくれるだろう。そうして──痴漢を取り抑えてくれることを期待した。
(え?な、なんで?)
泰雄は相変わらず無駄話を続けている。なんとか相づちを入れている俺に起こっている事態には気づいていないようなのだ。痴漢の手は、ついにクリトリスに届いてきた。
「ヒッ!───」
その瞬間、俺の躰に電流が流れたような快感が突き抜け、満員電車の中、どこの誰ともわからない痴漢にイカされてしまった。
電車が学校近くの駅に着き、俺は泰雄にしがみつくようにして外に出た。
「ひどいよぉ…」
やっとのことでその一言を発することが出来た。
「ん?なんのこと?」
泰雄はなにかとぼけた風に聞き返してくる。
「電車で…おr…わたしが痴漢されてたの、気づいてなかったの?」
「おしい、もうちょっとで罰ゲームその2だったのに」
「え?」
泰雄の口から出た言葉が、にわかには理解できなかった。
「だ・か・ら、罰ゲーム。スリルあったろ?」
「え…マジで?」
「うん。だっていつドコで何をするか教えちゃったら、つまらないだろ?」
泰雄の言葉に、体から力が抜けていくのがわかった。その場でへたり込みそうになる。
「おっと…」
俺の体を泰雄が慌てて支えてくれた。その手の温もりに、俺の目からは涙が溢れてとまらなくなってしまった。
「ひどいよ…あんなこと…怖かったんだから…」
「ごめんごめん。そんなに怖がるとは思わなかったからさ…。でも、感じてるゆき、可愛かったぜ」
「バカ…」
「怒った顔も可愛いよ。ところで、替えの下着は持っているのか?」
何のことかわからず、きょとんとしていると、泰雄は続けた。
「たぶん、今日はゆきの身体検査だぜ? 電車の中で言ったろう?」
その言葉に、俺は顔の血の気が引いていくのがわかった。
「どうしよう…持ってない…」
「さっき、かなり濡らしてたからな」
泰雄が意地悪く言う。
「もうっ…いじわるなんだから」
「なに、今どき女性物のパンティなんて、コンビニでも売ってるって。ほら、そこにあるから買ってきなよ」
泰雄が指さす方を見ると、たしかにコンビニがある。でもほんとにパンティなんて売ってたっけ?ていうか、なんで泰雄はそんなこと知ってるんだろう?
いぶかしがりながらも、さっき電車の中で行われた行為によって、かなりびしょびしょになってしまったパンティのまま身体検査を受けるわけにはいかないので、コンビニに入った。
泰雄も一緒に入ってきたが、雑誌コーナーの前で立ち止まると、今日発売日のはずのマンガ雑誌を手に取り、立ち読みをはじめてしまった。
俺は目的の物がどこにあるのかわからず、まして店員に聞くわけにも行かず、コンビニの中をウロウロと探し回っていた。
「なにウロチョロしてるんだよ…、俺の後ろあたりにあるだろ?」
泰雄の後ろを何度目かに通ったとき、なかなか見つけられない俺の気配を察したのか、そんな声が聞こえた。不意の声にドキリとしながらも、泰雄の声の通り、雑誌コーナーの後ろの棚を探してみた。
「ほんとにあった…」
そこには、高校生が着けるようなデザインの物はほとんどなかったが、確かにパンティが何種類か置いてあった。とりあえず無難そうなものを一つ手に取り、レジに向かう。
後ろからは立ち読みを終えたのか、泰雄が缶コーヒーを2つ持って並んでいた。
「あ、これも一緒にお願いします」
泰雄がそう店員に告げ、パンティと缶コーヒー2つ分の代金を支払ってしまった。
(え、えーっ?なんで泰雄がパンティのお金まで払うの?恥ずかしいじゃないか…)
店員がレジを打つ間、俺は赤面したまま店員の顔を見ることが出来なかった。
その日、俺は通常の授業を免除された。最初に呼び出されたのは生活指導室だった。
生活指導室は、普段は素行の悪い生徒が呼び出され、先生にこれでもかと言うほど説教される場所のはずだ。俺は怯えながらドアをノックし、ドアを開けた。
「失礼します…。山下由紀です」
「ああ、山下か、待ってたぞ。今度のことは色々大変だと思うが、学校側としてもさすがにそのまま男子として扱うわけにはいかないからな。まずはこの書類に目を通してくれるか」
先生から渡されたプリントの束には、女性化してしまった生徒に対する学校の方針や、今後女子生徒として登校するための注意点などが書いてあった。
「それでな、その書類に一通り目を通したら、最後の1枚に署名してくれるか」
先生に言われ、書類の最後のページをめくると、学校側は今までと今後の成績等、男女別の授業についても連続して扱う物とする等といった契約書みたいな文章が書いてあった。
署名をすますと、先生は俺を生活指導室から解放してくれた。
「これから、いろいろ戸惑うこともあるだろうが、先生はいつでも相談に乗るからな」
「はい、ありがとうございます」
「ああそれと、次の時限は保健室に行って、校医の先生に身体測定とかしてもらってくれ。」
「はい、わかりました」
そう言ってドアを閉めたとき、ちょうどチャイムが鳴った。
「ゆきちゃ~ん。いきなり生活指導室に呼び出されて、なんだったんだ?」
様子を見に来たのだろう。普段なら滅多に来ないはずの職員棟の連絡通路に泰雄が立っていた。
「あ?ああ、なんかこれからの学校生活の注意点とか、そんな感じ」
俺は手に持っていたプリントの束を掲げて見せた。泰雄がそれを俺の手から取り上げると、パラパラとめくりだした。
「ふ~ん…、なんか当たり前のようなこと書いてあるな。ププッ、なにこれ、『トイレは恥ずかしがらずに女子トイレを使うこと』だってさ」
「えっまじで?」
生活指導室では緊張していたので、詳しくは覚えていなかった。
「そりゃそうだろ、もうゆきちゃんは女子なんだから」
泰雄が当たり前のように言った。
「そうだけど…他の女子とかは平気なのかな?」
俺は、男子の頃、どちらかというと嫌われ者だったので女子の冷たい視線を思い出していた。
「なぁに、女子トイレなんて中は個室だけなんだから、気にしなければいいんだよ」
それもそうかと納得していると、次の授業が始まるチャイムが鳴った。
「お、ヤベヤベ、じゃあ、また次の休み時間にな」
泰雄はそう言って教室に向かって走っていった。
俺も急いで保健室に向かい、ノックして中に入った。中には40過ぎくらいの女医が待っていた。
「待っていたわ、山下君、じゃなくて山下さん、ね。名前が変わってないようだけど…?」
今までにも、何度か授業をエスケープしたときに顔を合わせているので、俺の名前も知っている。だから名前の漢字が変わっていないことに疑問を持ったのだろう。
「あ、読みだけ変えたんです。『よしのり』から『ゆき』に」
俺はそう答えると、女医は納得したように頷いた。
「そう言うことね、なるほど。上手く考えたわね。じゃあ、身体測定を始めるから、服を脱いでくれる?」
俺が逡巡していると、女医は窓のカーテンを閉め、出入り口の鍵をかけた。
「これで外からは見えないから大丈夫よ」
俺は覚悟を決めて、服を脱ぎ、下着姿になった。
「じゃあ、まず身長からね。ここに立って」
女医は身長計に俺を立たせ、身長を測る。
「157cm…と、じゃあ、次は体重。ここよ」
俺は言われるがままに身体測定を済ませていく。
「体重は…、45kg。うらやましいわぁ…」
女医はそんなことを言いながら、診断用紙に書き込みを続けている。
「じゃ、次は胸囲ね。ブラも取ってくれる?」
そう言われ、ブラジャーも外すと、上半身は完全に裸になってしまった。
「ちょっと脇をあけて…下ろしていいわよ」
なれた手つきで胸囲を測る女医。なんかつい昨日も同じような体験をしたことを思い出してた。
「胸囲は87cm、と。結構大きいのね、それに形もいいし、うらやましいわ」
俺の緊張をほぐそうとしてくれているのか、そんなことも言ってきた。
「次はウェスト…と、57cm…。ヒップは…79cm、と。ところで、眼鏡かけてたわよね?今日はどうしたの?」
そういえば、あの朝から眼鏡をかけていない。なぜか眼鏡を使わなくても視界がぼやけないのだ。
「そういえば…、変わってしまってから、目がよく見えるんです」
女医はちょっと驚いた顔をして、なにかを書き込んでいた。
「じゃあ、先に視力を測りましょう。これ持ってそこに立って。まず右目を測るから、左目を隠してね」
視力検査で使う黒いしゃもじのような物を渡され、視力検査表の前に立たされた。
「えっと…あの…この格好のままでですか?」
俺はまだ上半身裸のままだったのだ。
「もうすぐ終わるから、女同士なんだし、気にしない気にしない」
どうやら、俺の格好などより、どう変化したのかが気になっているらしい。
女医が指す視力検査表を見える限り読み上げていくと、どうやら今の視力は右0.7、左は0.8だと言うことがわかった。以前は両目とも0.2だったから、どうりで見えるようになっていたわけだ。
「これくらいだと、眼鏡がいるかいらないか、ってところね。もしもっと見えづらくなるようなら、専門の眼科医にかかった方がいいわよ」
あとは、女医の質問にいくつか答えたあと、聴診器をあてられたり、のどの奥を見られたりと、普通の健康診断のようなことばかりだった。
「お疲れ様、もう服着ていいわよ」
言われて、やっと服を着る事が出来た。
「もし体調に変化があったら…って言っても女性の体調のことはまだよく分からないでしょうけど…何でも相談してね」
「はい、ありがとうございました」
そう言って保健室を出る。しばらく半裸でいたせいか、催してきたのでトイレに向かった。
トイレの前で、つい男子用に入りそうになり、慌てて女子トイレに入り直した。
(やっぱ面倒くさいな…男だったら、立ったまま出来るのに…)
「あ、やっとみつけた。ちょっとあんた!」
トイレを出て、洗面台で手を洗っていると、横から声をかけられた。しかも口調からするとあまりいい雰囲気ではなさそうだ。声のする方を見ると、明日香が立っていた。
「あんた、よしのりでしょ!?」
「あ、ああ、そう…だったけど…、今は『ゆき』にかわっ…」
「やっぱり、今日の放課後、ちょっと顔かしなさいよ。通用口で待ってるからね!」
俺が答え終わらないうちに、明日香はそう言って去ってしまった。
(なんだったんだ…いったい…?)
なんのことか考えながら、次に行くように指示されている家庭科室に向かっていると、2時限目の終わりを報せるチャイムが鳴った。
「ゆ~きちゃん、次はどこだって?」
「ぅわっ」
唐突に後ろから声をかけられ、思わず腰を抜かしそうになった。
「彼氏の声でそんなに驚くなよ、ひでぇなぁ…」
泰雄が悪びれた様子もなく立っていた。
「泰雄かぁ…びっくりした」
「なんか悩み事か? えらく神妙な雰囲気だったけど」
「あ、ううん、なんでもない」
なぜか、明日香に呼び出されたことを泰雄に知られたくなかった。
「ならいいけど…。で、次はどこだって?」
「うん、次は家庭科室だって。なんでだろ?」
「そりゃ、ゆきはまだ一回も家庭科の授業受けてないからじゃないの?」
そういえばそうだ。この学校は男子は2年から家庭科の授業がない。女子が家庭科の授業の時は、男子が技術科の授業だったのだから。
「おっと、そろそろ次の授業の時間だぜ。まだあとでな!」
泰雄はそう言って、足早に教室に向かって行った。
「さて、今日山下さんに来てもらったのは、これから女性として生活していく上で──」
50を超えているはずの家庭科教師の言葉が続くが、俺はあまり真剣に聞いていなかった。昨日、母さんに言われたようなことを繰り返され、正直うんざりしていたのだ。
「山下さん!ちゃんと聞いているんですか!」
「は、はい。聞いてます」
「では──次回から、山下さんは家庭科の授業に参加されるわけですが、今進行中の部分の、これまでをおさらいします」
そういって、教科書を手渡された。
「この中の、『トートバッグを作ろう』のページを開いて。ええと…58ページね」
言われて教科書を開いてみる。そこには今まで無縁だった裁縫に関する内容が載っていた。
「次はこの中の、型紙に合わせて布地を切る、というところをやる予定なので、その前までやります。教材はこちらにあるので──」
先生の言うとおりに、慣れない道具を使い、時には手伝ってもらいながら、なんとかバッグの型紙を作ることが出来た。
「次回の家庭科の授業までに、キャンパス地の生地を揃えておくこと。今日はここまでよ」
やっと家庭科教師から解放されたのは、昼食の時間まであとわずかという時間だった。
(つ、疲れた──)
慣れない作業をやったためか、なんだかやたらと疲れた気がする。
(ごはん、何食べよう…ってか、なんかあんまり食欲ないな…)
とはいえ、昼時なので普通にお腹は減っている。とりあえずパンでも買おうと購買部に向かうことにした。
途中、午前の授業が終わるチャイムが鳴り、あちこちの教室から購買部に向かう生徒たちが飛び出してきた。あっという間に抜かれ、俺が購買部の前に着いたときには、人だかりになっていた。
(しまったぁ──!ここのパン、いっつも競争だった。なんでこんなこと忘れてたんだろう?)
案の定、売り場に残っているパンは、余りおいしくない、不人気のものばかりだった。
(ちぇっ…まあ、仕方ないか)
俺はあきらめてパンを一つ取り、牛乳も1本買って、部室に向かった。
昼の時間は部室を使用することが許可されているから、俺は部室で昼食をとることが多かった。
部室棟の前まで来ると、泰雄が待っていた。
「やっぱり来たか。今日は教室じゃなくてこっちで飯食うと思ってたぜ」
相変わらずの爽やかな笑顔が、ちょっと疲れていた俺の心をほぐしてくれた。
「なんだ、パン買っちゃったの? せっかく焼きそばパンとコロッケパン持ってきたのに」
そういって、白い紙袋を掲げて見せた。
「あ~、いいなぁ。山菜キノコパンしか残ってなかったんだよ」
「プッ、なんだよそれ。一番マズイっていつも残るヤツじゃん」
「しょうがないじゃん。これしか買えなかったんだから」
俺はわざとむくれて見せて、そっぽを向いてみた。
「そうむくれるなって。ほれ、これやるから」
泰雄がパンの入った紙袋を前に差し出してきた。
「ありがと。じゃあ、許してあげる」
俺はそれを受け取り、笑顔を作って振り向いた。
「ところで今日、帰りどうすんの?俺は部活があるけど…。うは、これやっぱまずいな」
泰雄が山菜キノコパンを食べながら聞いてきた。俺は泰雄にもらった焼きそばパンをかじりながら、明日香に呼び出されていることを思い出していた。
「うん…今日はちょっと部活やって、先に帰るよ」
やや後ろめたさを感じながら、そう答えていた。
「わかった、じゃあ、さ…」
泰雄が隣に座り直してきた。
「ん?なに?」
「いま、キスしよ」
そう言うと、有無を言わさず唇を重ねてきた。一瞬身をすくめてしまったが、なぜか今回はすぐに受け入れることが出来た。
「ん…ふぅ…」
俺が逃げないのを察したのか、泰雄の舌が俺の唇を割って、口の中に入ってこようとしていた。閉じていた唇をゆるめると、さらに中に入ってきて、俺の舌と絡めてきた。
ちゅ…ちゅぱ…という音が響き、お互いの唾液が混じり合う。不思議と汚いという気持ちにはならなかった。むしろこんなに甘美なものは味わったことがなかった。
俺は、キスというものがこんなに気持ちいいものだということを初めて知った。
「んっ…ちょ…」
泰雄の手が、俺の背中から徐々に前に移り、胸を包み込むように触ってきた。思わず泰雄の背中に回した腕に力が入る。
「ハァハァ…ゆき…いいだろ…」
泰雄はかなり興奮しているようだった。俺だって男だったときはこんなシチュエーションになったら我慢できなかっただろう。
「ん…泰雄なら…でも、優しくして、ね…?」
俺は覚悟を決め、泰雄に身を委ねることにした。俺の言葉を聞いた泰雄の相貌が晴れやかな物になった。
「かわいいよ、ゆき…好きだ」
「泰雄…わたしも…大好き…」
泰雄がまたキスしてきた。今度は俺も始めから泰雄の舌を受け入れ、積極的に舌を絡める。
キスしながらも、泰雄の左手は俺の胸の上をはい回り、右手が内ももをさすってくる。今朝電車の中で受けた痴漢罰ゲームの時とは違い、最初から快感が躰を駆けめぐった。
「あぁ…気持ちいい…泰雄…」
泰雄は器用にブラウスのボタンを外してしまった。ブラウスの下から、昨日買ったばかりのブラジャーがあらわになってしまった。
「はずかしいよぉ…」
俺の声を無視して、泰雄はブラジャーのホックも外す。とうとう胸まで泰雄に見られてしまった。恥ずかしさで体温が1~2度はあがったような気がした。
「キレイだよ…ゆきのおっぱい」
そう言うと、泰雄は口からあご、首筋へと下を這わす。俺の口からは、声にならない喘ぎ声しか出なくなっていた。
「ひっ…ぅん…」
とうとう泰雄の下が乳首に届いた。それまでの手の感触とは比べ物にならないほどの感覚に、悲鳴にも似た喘ぎが洩れた。
「もう、こんなに固くなってるよ…ほら」
そう言いながら乳首を舌で弾くように舐めてきた。その度に、ピクピクと躰が震えた。
「今朝も思ったけど、感度いいね…、かわいいよ」
「や、やぁ…ん」
「やなの?じゃあ、やめる?」
もちろん、本当に嫌な訳がない。でも、泰雄の手と舌は本当に俺の躰から離れてしまった。
「あっ、やん…いじわるぅ…」
俺は拗ねたように下から泰雄を見上げて言った。泰雄の目が「冗談だよ」とでも言いたげに微笑んでいた。その目を見た瞬間、俺はもう一度目を閉じて、自然にキスをねだっていた。
泰雄がそれに応え、再度唇を重ねてきてくれた。今度は俺から舌を指しだし、泰雄の口の中で舌を絡める。
(!──)
つい、身をすくめそうになってしまった。内もものあたりを撫でていた泰雄の手が、パンティまでかかってきたのだ。
「ゆき…もうびちょびちょじゃないか。女になってまだ3日目なのに、やらしいんだな」
泰雄の言うとおり、俺のアソコは湿り気を通り越して溢れるほどになっていたのだ。
「だって…」
「だって、なに?」
意地悪く聞き返してくる泰雄。俺はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
「だって、だって…」
「どうして、こんなに濡れてるのかな?」
答えられないでいると、羞恥心をさらに煽るような言葉が続いた。
「泰雄が…」
「ん?俺が?」
どうしても、言わないと先に進んでくれないらしい。さっきから愛撫の手が止まってしまっている。
「泰雄が、ほしい、から…」
俺はさらなる快感を求めて、ついに口にしてしまった。
「俺? 俺の何が欲しいの?
わかっているくせに、さらに聞き返してくる。口に出して答えることが出来なかった。俺は精一杯勇気を絞り出して、右手を泰雄の股間に伸ばした。
泰雄の股間は、すでに固くなっていた。自分にもつい3日前まで付いていたはずのモノなのに、その大きさと固さに少なからず驚いてしまった。
「ここが欲しいの?」
泰雄の問いかけに、小さく頷くことで答える。
「どこに?」
どうやら、どうしても俺に恥ずかしい言葉を言わせたいらしい。
「わかってるくせに…」
「言ってくれないとわからないよ?」
泰雄はズボンを下ろし、さらにパンツまで下ろしながらさらに追い打ちをかけてきた。いくら幼なじみみとはいえ、屹立しているところを目の前で見たのは初めてだ。
「お…おっきぃ…。泰雄の、こんなにおっきかったっけ?」
「ゆきがあまりに可愛いから、こんなになっちゃったよ。コレが欲しいなら、ちゃんと挨拶しないとね?」
そう言うと、俺の顔に屹立したモノを近づけてきた。口のあたりに触れた瞬間、思わず嫌悪感を感じて、つい口を固く閉ざしてしまったが、泰雄はかまわず押しつけてくる。
「ほら、舌を出して…」
しばらくそのままでいたが、泰雄の言葉で催眠術にでもかかったかの様に、舌を出していた。
(ぅわ…俺、どうしちゃってるんだ?)
つい3日前まで自分にも付いていたモノを舐めるという行為に、倒錯した劣情を感じていた。女性化する前は、自分が舐めてもらうシーンを思い浮かべながらオナニーしたこともある。それが今は、自分が舐めるほうになっているのだ。
「もっと…下から舐めあげるようにして」
指示に従って、根元から先端に向かって舐めあげると、泰雄の口からもため息のような小さな仰ぎ声が洩れてきた。
(感じてるんだ…泰雄が、俺の口で…)
なぜか小さな満足感がわき上がってきた。そう思うと、さっきまでとは違い、泰雄のモノに愛おしさのようなものを感じられるようになっていた。
「上手いぞ…気持ちいい…次はくわえて…」
何度か舌を往復させていると、泰雄がペニスを口に突き立てるように押しつけてきた。すぐに唇を押しのけ、口の中に侵入してくる。
「んっ…んん…!」
思ったよりも太いソレは、容赦なく口を押し広げ、喉の奥まで届こうとしていた。
「ほら…舌を絡めて、唇でしごくようにして…」
泰雄の言うとおり舌を使い、顔を前後させてペニスを愛撫する。
「うう…3日前まで男だったなんて信じられないくらい上手いよ、ゆき…」
男時代に、何度か泰雄と見たアダルトビデオを思い出しながら、夢中でフェラチオを続けていると、急に喉の奥に熱いほとばしりを感じた。
「ん~っ!」
ビックリして、思わず口からペニスがこぼれおちた。そのせいで泰雄がビクビクと体を震わせる度に飛び出してくる熱い精液が顔にかかってしまった。
「うぇー…にが…」
喉の奥に放たれた精液は反射的に飲み込んでしまったが、その後、口の周りに残った精液が口を開けた拍子に流れ込んできた。
「こんなにこぼしちゃって…」
泰雄が顔にかかった精液を指でぬぐってくれた。泰雄の指が顔を撫でる感触に浸っていると、その指が俺の口の中まで入ってこようとした。思わず顔を背けてしまう。
「ちゃんと、全部口で受け止めなきゃ、ダメだろ?」
そう言う泰雄の顔は微笑んでいたが、目には抵抗を許さない凄みがあった。
「んむぅ…」
俺は抵抗をあきらめ、泰雄の指が口の中をなで回すのを許した。
キスの時の、舌同士を絡める感覚に近いものを感じ、知らず知らずのうちに泰雄の指に舌を絡めていた。
「そう、ちゃんとキレイに、ね。わかってるじゃないか…。こっちも、もう一度キレイにしないとね」
口から指を抜くと、俺の頭を両手で抱えるように持ち、股間に近づけていく。泰雄のペニスは一度放出したにもかかわらず、まだ天をつく角度で反り返っていた。
今度は初めから亀頭を口に含み、残っている精液を吸い出すようにしてみる。
「おおっ…いきなりそんなことまで…どこで覚えたんだ?」
泰雄が意地悪く聞くが、俺は以前見たアダルトビデオを思い出しながら、夢中でほおばっていた。
「ゆ…ゆき…なんで、そんなに上手いんだ?」
泰雄が身をよじらせながら、必死に我慢しているのが分かる。なぜか嬉しくなって、さらに口の動きを激しくした。
「くぅ…っ、も、もういい…」
急にペニスを引き抜かれ、口が解放された。その口に、泰雄の口が重なって、そのまま体重をかけられる。二人の躰が折り重なるように倒れた。
「今度は、俺の番な」
耳元でささやく泰雄の吐息のくすぐったさに、躰をすくめてしまう。その直後、耳たぶを甘噛みされた。
「ひゃっ…」
これもまた初めての感覚だった。
(耳って気持ちいいんだ…)
そんなことを考えていると、さらに舌が耳の中をまさぐってきた。ぺちょ、くちゃ、という音が大きく聞こえて、それだけでもさらにいやらしい気分をかき立てられた。
しばらくすると、耳から首筋、脇の下、胸へと舌が這い、そして脇腹やおへそまでもが泰雄の舌で快感を引き出されていった。
「ゆきのアソコも、見せて…」
泰雄がそう言いながら、とうとうパンティに手をかけた。
泰雄がパンティを下げていくにつれて、反対に羞恥心がどんどん強くなってきた。
「や…やぁ…ん、恥ずかしい…よぉ…」
口をついて出る言葉が、意識せずとも女の子のような声しか出ていないことに気が付いた。その事実に、少なからず驚いていた。
(俺は…俺なのに…泰雄に強制されてるわけじゃないのに…)
「もう、ずっと女の子だったみたいな声出すんだな…かわいいよ…」
(俺…?わたし…?こんなになっちゃったのに…かわいい、の?)
泰雄の愛撫で、思考が定まらなくなっている。今は、この快感に身を任せることにした。
パンティが脱がされ、片足の足首にかかっているだけの状態になったとき、泰雄の口が内ももに触れた。同時に胸にも手が伸びてきた。
「あぁ…」
「ゆきの肌、白くて、すべすべで、キレイだよ」
そう言いながらも、泰雄の愛撫は止まらない。どんどん高まる快感に、アソコからは愛液が溢れるほどになっていた。
「ひゃぅっ!…くぅ…」
ついに、舌がアソコに到達してきた。その瞬間、躰に電気が走ったような快感が駆けめぐり、小さな悲鳴をあげて、軽い絶頂に達していた。
「ふふふ…、ゆきのココ、もう洪水だね…」
改めて言われ、そのはずみでさらに溢れてくるのが自分でも分かるほどだった。
──じゅる…ちゅ…
二人きりの部室に、いやらしい水音が響く。泰雄の舌がアソコのヒダの隅々まで這い回る。いつしか自ら泰雄の頭を押さえて、もっと強く快感を求め、身悶えていた。
「んっ──ん~っ!」
クリトリスを直接舐められると、これまでとは比べものにならないほどの快感が走った。それでも構わず、さらに今度はアソコに舌を差し入れてきた。
「あぁっ…だ、だめぇ…イッちゃう…!」
舌とはいえ、初めての躰の中からもたらされる快感に、俺はまた絶頂に達していた。
「もう、イッちゃったの?」
泰雄が顔を上げて聞いてきた。その顔はなんとなく満足感が見て取れた。
「うん…ごめんね?」
なんとなくバツが悪い気がして、顔を伏せてしまった。
「いいんだよ。ゆきが感じてくれると、俺も嬉しいんだから」
泰雄はそういって、今日何度目かのキスをしてきた。
快感の余韻に浸りながらキスをしていると、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「やべぇ…もう昼休み終わりかよ」
チャイムの音で我に返った泰雄は、慌てて服装を直している。
「ところで、ゆきの午後の予定はどうなってる?」
「ええっと…たしか、もう、なかったはず…」
今朝、担任に言われた予定には、午前中までのことしかなかったはずだ。
「え?まじで?」
それを聞いた泰雄が、うらやましそうな顔をした。けど、すぐにちょっと悪ガキっぽい笑顔に変わった。
「じゃあ、俺も午後の授業サボっちゃお」
「も、って…お、じゃなくて…わたしはサボりじゃないよ?」
サボると言う言葉にも、なにか嬉しさを感じていた。
「だって、さ…このままじゃ、どのみち授業になんか戻れないし」
言いながら股間の部分を指さす泰雄。見てみると、ズボンの上からでもわかるほど膨張している。それを見た俺の顔が、なぜか紅潮していくのがわかった。
「でも…授業、いいの?」
悪いと思いながら、俺の口調は期待に満ちたものになっていた。泰雄はそれに応える代わりに、俺のあごに手を添えると顔を上を向かせ、キスをしてきた。
今度は、俺の方から泰雄の股間に手を伸ばした。ズボンの上からさすってみると、手の動きに合わせてピクピクと動くのがわかる。
(なんか、かわいい…)
もし俺が男のままだったとして、こんな状況になったら、やっぱりこういうふうに動くのだろうか?そんなことを考えながらも、泰雄のペニスに対し、なんの嫌悪感を抱かなくなっている自分に気がついた。
(でも、たぶん泰雄の、だから…だよな?きっと)
キスを続けながら、泰雄の手は俺の胸を愛撫している。その気持ちよさに浸りながら、泰雄のズボンのジッパーを下ろす。開いた隙間に手を差し入れ、パンツの上からペニスを愛撫する。
自分でも驚くほど大胆な行動をとりながら、俺は泰雄に恋している事を自覚していた。
「泰雄…大好き…」
長い間、お互いが塞いでいた口が離れたとき、俺の口からは自然にそんな言葉が出ていた。口をついて出た言葉を自覚して、さらに顔が紅くなった。
恥ずかしさを隠すように、立っている泰雄の前に跪き、ズボンのベルトを外していく。
「俺もだよ、ゆき。愛してる」
泰雄が、初めてはっきりと愛してると言ってくれた。内心、からかい半分だと思っていた心のもやが晴れていくのがわかった。
同時に、泰雄に対して自分のすべてを完全に受け止めてもらいたい気持ちが湧き上がってきた。
ベルトが外れて、ズボンと一緒にパンツも下ろし、あらためて見る泰雄のペニスは、さっき触っていたときよりもさらに大きくなっているように感じた、
その怒張を手に取り、自らの舌で愛撫する。今となってはこれほどまでに愛おしいものは、世界のどこにも無いように思えた。
泰雄のペニスを口に含みながら、自分のアソコがどんどんと濡れていくのを感じていた。
先ほどまでは他の部室からも昼休みの談笑が聞こえてきていたが、今はもう、俺が泰雄のペニスを口で愛撫するときの淫靡な水音と、お互いの荒くなった吐息の音だけが聞こえるだけだ。
俺はさらに大胆に、唾液を絡めて顔を前後させていった。
「くっ…ゆき…そんなに、した、ら…出ちゃうよ…」
泰雄の声は、絶頂を我慢しているようで、かなり震えていた。
「だして、いいよ…今度は、全部飲んであげる…」
いったん口を離し、そう答え、再び泰雄のペニスを口に含むと、さらに激しく顔を前後させていった。
その直後、泰雄のうめき声とともに口の中のペニスがビクビクと波打ったかと思うと、熱い精液が噴出した。咽せ返りそうになりながらも、必死で口を閉じて吸い付き、今度はこぼさないように噴出が収まるのを待った。
しばらくしてようやく噴出が終わったときには、口から溢れるかと思うほどだった。
(すごいいっぱい…)
こぼさないように口をつぐんで、思い切って飲み込む。ドロドロとした粘液が喉の奥でまとわりつくような感覚か多少気持ち悪かったけど、愛する泰雄から出たものという思いの方が強かった。
「ゆき、ほんとに飲んじゃったの?」
泰雄が驚いた顔をして聞いてくる。
「うん、だって、泰雄のだもん。汚くなんかないよ」
そう答える俺の顔は、より格段の笑顔になっていた。
「それより、泰雄の…、今日、2回も出してるのに、まだ元気…」
「だって、ゆきがこんなに可愛くて、こんなにスケベなんだもん」
泰雄が照れた風に言いながら、俺の首筋にキスをしてきた。たったそれだけなのに、俺のアソコは、さらに湿度が増していく。
泰雄は俺を机の上に座らせると、今度は泰雄が俺の足の間にしゃがみ込み、俺の太ももを肩に乗せるような格好になる。
「ゆきのココ。凄いことになってる…」
そう言うと、泰雄はアソコに口を付けてきた。
じゅるじゅると音が響き、その音と泰雄の口の動きが相乗効果になって、快感が躰中を駆けめぐる。いつしか上体を腕で支えていなければまともに座っていることさえも出来なくなっていた。
「や、やす…お…、もう…そんな、に…、したら…」
途切れ途切れに、やっとそれだけ言うことが出来た。
「もう、どうしたの?」
泰雄が顔を上げて聞いてくる。舌での愛撫は止まったが、しかしその代わりに指がアソコを触っていた。
「へ、変になっちゃうよぉ…」
「へんって?イッちゃうってこと?」
指での愛撫を止めることなく泰雄は問いかけてきたが、それに答えるだけの余裕はすでになかった。
「ああっ…イっちゃう…だめぇ…」
その瞬間、頭の中が真っ白になり、背中が反りかえって硬直した。直後、躰中の力が抜けると同時に、アソコからおしっこを漏らしてしまったような感覚があった。
「すげぇ…潮吹くほど気持ちよかったんだ?」
泰雄の声が、どこか遠くで聞こえるような気がした。今日一番の絶頂に意識が朦朧としていたところに、泰雄の口づけで少し落ち着くことが出来た。
「まだ、中にはなんにも入れてないのに潮吹くまでイクなんて、ゆきは淫乱だね」
泰雄は嬉しそうな表情で言った。俺はその言葉を否定することが出来なかった。
「だって、それは…」
答えようとして、どうしても言葉に出来ず、俯いてしまった俺に、泰雄が追い打ちをかけてきた。
「それは?なんなの?」
「え、と…」
「ちゃんと言わないと、わからないでしょ?」
泰雄がなおも意地悪く聞いてくる。必死に声を絞り出して、ようやく小さな声を出すことが出来た。
「泰雄が、すき、だから…、泰雄にだけ、私は…。だから、わたしのこと、好きにして、いい、よ?」
言い終わると、余計に恥ずかしさがこみ上げてきて、思わず手で顔を覆って横になってしまった。その手を泰雄が優しくどけて、俺の顔を覗き込む。
「ありがとう。大切にするよ、ゆき。…いいんだね?」
俺が小さく頷くと、泰雄はついにペニスを俺のアソコにあてがってきた。
アソコの周りを、舌とも指とも違う熱く固いモノが這い回るたびに、自分でもヒクヒクとしているのがわかった。
「ゆき…いくよ。力ぬいて…」
泰雄はそう言うと、アソコの中心にペニスを押しつけ、徐々に侵入しようとしてきた。
徐々に肉壁が押し広げられ、泰雄のペニスが躰の中に入ってくる感触に、一抹の不安感と同時に、ついに泰雄と一つになれるという期待感が高まってくる。
しかし、初めてペニスを迎え入れた肉壁は硬く閉じ、気持ちとは裏腹にその侵入を拒んでいるようだった。
何度か入り口付近で出入りを繰り返されていると、だんだんと緊張がほぐれ、柔らかくなってきたのがわかった。泰雄もそれを感じ取ったのか、だんだんと深くまで出し入れするようになっていた。
そのうちに、肉壁の中で破れるような感覚を感じると、そのまま泰雄のペニスが奥深くまで挿入されてきた。
「んんっ…!」
(女性化しても、処女膜ってあるんだ…)
それにしても、先ほどまでの快感とはほど遠い、文字通り躰を引き裂くような痛みに、歯を食いしばるしかなかった。
「大丈夫…?力を抜いて」
その顔を見たのか、泰雄が優しく声をかけてきた。俺は精一杯やせ我慢をして笑顔を作る。
「だいじょうぶ、だから…動いて、いい、よ…」
泰雄はもう一度口づけをしながら、段々と腰の動きを大きくなってきた。
相変わらず痛みはあったが、それよりも泰雄が俺の中にいる、一つになっていることに、心は歓喜で満たされていた。
「はぁ…はぁ…、ゆき、俺、もう…」
泰雄の声が、せっぱ詰まったものになってきた。そろそろ限界が近いのだろう。
「いい、よ…、やす…お、の…いっぱい、だし、て…」
俺はこれだけ言うのがやっとだった。先ほどまでの痛みはすでに消え、泰雄のペニスが出入りするたびに快感が高まっていった。
「ゆき、ゆき…イク、よ…」
「ああ、わたし、も…」
次の瞬間、熱い迸りが躰の奥に広がるのを感じ、同時に絶頂に達していた。
ゆっくりとペニスが引き抜かれると、アソコからどろりと何かが流れ落ちる感触があった。泰雄があわててティッシュで拭いてくれた。
「ゆき、可愛かった…よかったよ…」
泰雄がそう言って、顔を近づけてきた。快感の余韻に浸りながら、今日すでに何度交わしたかわからないキスをした。
俺たちは肩を並べて寝そべっていた。
「これで、ゆきは名実共に俺のものだな」
泰雄が満足そうな口調で言った。
「うん…。わたしは、泰雄のもの。これからも、ずっと…ね」
俺は、いつしか『わたし』と素直に言えるようになっていた。そして、泰雄と、男のままではあり得なかった一体感を感じられたことで、心情に変化が起きてきていた。
まどろみながら、何度でも飽き足らないと思うほどキスを交わし、その度に自分の心の中で泰雄の存在がさらに大きくなる。
そうこうしているうちに、午後の授業の終了を報せるチャイムが鳴った。
「結局、完全に授業サボっちゃったな」
泰雄が、名残惜しそうな顔をしながら立ち上がった。連られて俺も立ち上がると身支度を調える。
「大丈夫、なの?授業サボっちゃって」
俺のために授業をサボってくれた泰雄の気持ちは嬉しかったし、そのおかげで一つになれたのだけど、今になって罪悪感を感じていた。
「なぁに大丈夫だよ。こう見えても、俺、先生ウケはいいんだぜ?」
身支度を調えながら、泰雄は笑顔を向けてそう言ってくれた。
「じゃあ、俺は部活行くから。ゆきは先に帰るんだったっけ?」
「うん。一緒に帰れなくてゴメンね? また明日、朝一緒に登校してくれる?」
「ああ、もちろんだよ。これから毎日一緒に登校しようぜ」
泰雄の笑顔がとてもまぶしく見えた。
「ありがとう。あ、早く部活行かないと怒られちゃうよ?」
俺も、精一杯の笑顔を作って、泰雄を送り出していった。
泰雄を送り出した後、いつものように無線機の電源を入れてみたが、すぐに消してしまった。
(そう言えば…明日香の用事ってなんなんだろ?)
放課後、裏門に呼び出されていることを思い出したのだ。
急いで帰り支度を済ませ、裏門に向かうことにした。
裏門に着くと、そこには明日香のほか、二人の女子が待っていた。たしか、明日香と一緒に泰雄のおっかけグループを組んでいた人たちのはずだ。
「待っていたわよ、由紀。ちょっと、顔貸してもらうわよ」
明日香がそう言うと、残りの二人が俺の左右に周り、腕を押さえてしまった。
「な、なに?どうするつもりなんだよ?」
抗議したが、明日香は聞く耳を持たないようで、二人に目配せをすると先に歩き出してしまった。
二人に脇を抱えられたまま明日香の後をついていくと、やがて繁華街の一角の、やや寂れた雰囲気のある路地に入っていった。
明日香は、その中のかなり古ぼけた雰囲気のあるビルに入ると、慣れた雰囲気で地下への階段を下りていった。
明日香は地下にある一室の前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出すと、慣れた手つきで鍵を開けた。ちょっと凝った装飾の、重たそうな分厚い木製のドアが開くと、明日香は俺たちを招き入れた。
照明のついていない暗い室内に入ると、明日香はドアを閉めた。続いてかちゃり、と鍵のかかる音が聞こえた。
「な、なに?ここは?」
真っ暗になって視界を失った俺は、不安にとらわれてしまい、思わず声を上げた。
すると、俺を抱えていた二人が余計に力を入れてきて、腕を後ろで組むようにねじり上げられた。
「な、なにするんだ。俺が何したって言うんだ?」
抵抗してみるが、いくら女子とはいえ、俺自身も女子並みの体力しかなくなっているので、二人がかりで押さえ込まれていては振りほどくことが出来なかった。
パチリ、と音がして、室内の照明がついた。急に明るさを取り戻した視覚が眩しさに慣れるまでしばらくかかった。
明るさになれると、そこにはカウンターの奥に何種類ものお酒が並んだ、バーとかそういう感じの店らしいということが分かった。しかし、壁にぶら下げられている数え切れないほどのロープや鞭、手錠などの拘束具が、ここがただのバーではないことを物語っていた。
「ここはね、私のお姉ちゃんが勤めてるお店なの。たまに手伝ったりもするから鍵を持ってるんだけど、お店が開くのは夜の9時からだから、まだまだ時間はあるわ」
明日香がこちらを振り向いて言った。その表情は冷徹という表現がぴったり当てはまるようだった。
俺は周りの雰囲気に飲まれてしまって、何も言うことが出来なかった。
すると、明日香が壁からロープを一束持って近づいてきた。
「よしのり…。あんた、どういうつもりで泰雄さんに近づいてるわけ?」
「ち、近づくも何も、幼馴染みだし…」
なんとかそれだけを口にすると、明日香はフンと鼻を鳴らしただけで、俺の背後に回ると、手にしたロープで背中に回された腕を縛ってしまった。
「ちょっ…なにするんだ?」
俺の抗議など聞こえない振りをして、そのままロープは上半身に回され、ちょうど胸の上下を腕ごと拘束するような形に縛り上げられてしまった。なんとか身をよじって逃れようとしてみたが、まったく緩む気配がない。
「なんで…なんで?」
必死に身をよじりながら問いかけるが、明日香は全く無視したまま、今度は背中の結び目からロープを天井のフックに通して固定してしまった。
「ふふ…これで逃げられないわよ…。今後、泰雄さんに近づかないように、たっぷりお仕置きしてあげるわ。このお店は完全防音だから、いくら声をあげてもいいわよ?」
明日香はさらにロープを用意しながら、そう告げた。俺はサディスティックは光を放つ明日香の目に、身をすくめることしかできなかった。
「恭子、裕美、あんたたちはよしのり…ゆき、だっけ? の恥ずかしい姿を一つ残さず撮影するのよ」
二人は明日香にビデオカメラとデジカメを持たされると、おのおの少し離れた明日香の邪魔にならないところの席に座って、こちらにカメラのレンズを向けた。
カメラのレンズが無慈悲にこちらを見つめている。それを見た俺は、恐怖と羞恥が入り交じった感情に、言葉を発することが出来なくなっていた。
「さて──」
明日香はそうつぶやくように言うと、壁から一つの握りから何本もの革紐が付いている鞭を手に取り、時折バシッと床に鞭を叩きつけながら俺の背後に回ってきた。
「な、何する気…あうっ!」
俺が口を開いたとたんに、背中に痛みが走った。明日香が鞭で叩いてきたのだ。
「何をするもなにも、鞭の使い道は一つでしょ?」
明日香はそう言いながら、さらに鞭を振り下ろしてくる。
「いたい!! や、やめっ! ああっ!!」
その度に、俺の口からは悲鳴が漏れた。それでも、明日香は鞭を振り下ろす手をゆるめる気配はない。
「も、もう…やめ、て…」
何度も振り下ろされる鞭の痛みに、段々と意識が朦朧としてきた。
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「あら?もうギブアップなの?」
明日香の表情は見えなかったが、その声音からは楽しんでいるような雰囲気が感じ取れた。
「もう…やめて、ください…」
痛みをこらえながら、必死に声を出してお願いした。が、返答の代わりにまた鞭が振り下ろされただけだった。
「なに言ってるの?まだまだこんなもんじゃ済まさないわよ」
明日香はさらに何度も鞭を振るい、その度に痛みで朦朧としかけている意識が覚醒される。もう、言葉を発することも出来ず、ただ悲鳴を上げることしかできなかった。
「いくら防音とはいえ、声がうるさいわね」
明日香が壁に掛かった道具の中から、ゴルフの練習用ボールにベルトが付いたようなものを持ってきた。そのボールの部分を俺にむりやりくわえさせると、ベルトを頭の後ろで留めてしまった。
声を出そうにもくぐもった音にしかならない。それに、口を閉じられないので油断するとよだれが垂れてしまう。それを見た明日香が、嘲りの表情で笑った。
「あらあら、よだれ垂らして恥ずかしくないの?それとも、よっぽど嬉しいのかしら?」
(おまえが、こんなものくわえさせるからだろ──)
そう言ったつもりでも、言葉になった声が出せず、ただもごもごとした音と、さらによだれが垂れるだけだった。
「よだれでブラウスが汚れちゃうじゃない」
明日香が俺のブラウスのボタンを外していく。全部外したところで、ロープの下ではだけさせた。さらにブラジャーもたくし上げられてしまった。
「あら、昨日今日女になったばかりなのに、結構りっぱなオッパイじゃない。あれ?乳首固くしちゃって、どうしたのかな?」
明日香が乳首をつねりあげた。さっきまでの鞭のとは違う鋭い痛みに、躰がのけぞってしまう。
「あら、乳首は敏感なのね?じゃあ、こうしたらどうかしら?」
明日香の手には、木製の洗濯ばさみが握られていた。それで俺の乳首を夾んでいく。
「!っ──」
1つ、2つと夾まれていくたびに激痛が走る。しかも一瞬ではなく、その後もジンジンと痛みが途切れない。左右の乳首に、合計6個もの洗濯ばさみを夾んだところで、明日香はそれ以上夾むのを止めた。
「そんなに震えるほど嬉しいの?ゆきは淫乱ね」
明日香の顔には嘲りの表情が浮かんでいた。俺は必死に痛みに耐えながら、首を振るだけしか出来なかった。
「ふふふ…その顔、そそるわ」
俺の耳にささやくように明日香が言った。その吐息の感覚は、泰雄に同じようにされたときと同じだった。
「ん?ゆきは耳が感じるの?」
その様子を明日香は見抜いたらしい。さらに耳に息がかかるように話しかけてくる。その吐息が耳にかかるたびに、ゾワゾワとした快感が躰を走る。
(なんで?こんなことされてるのに…)
否応なしに躰は快感を与えられ、下半身に湿り気を感じていた。
明日香が新しいロープを用意して、俺の左足を折りたたむように膝のあたりでまとめて縛った。さらにそのまま天井のフックにロープを掛けて、左足を後ろに吊り上げるように固定してしまった。
前屈みのような状態になってしまったので、またよだれが床に垂れてしまった。
「あははっ、ゆき、おまえ何で濡らしてるの?」
パンティのアソコのあたりが湿っているのを見つけた明日香が嗤う。俺は見つかってしまった恥ずかしさで顔が赤くなった。でもそれを認めたくない一心で首を振るしかなかった。
「こんな淫乱なコには、もっとお仕置きしなくちゃね…」
明日香が楽しげに言った。俺は違うと言いたかったが、口枷をはめられているままでは声にならないうめき声しか出せないでいた。
「じゃあ、コレなんか使ってみようかしら?」
明日香がそう言って取り出したのは、親指大の長球形の先にコードと電池入れが付いたもの…いわゆるローターというものだった。それをおもむろに俺のパンティをめくってアソコに当たるように入れてきた。
「んむむ~!ん~っ!」
やめろ、と言ったつもりでも、声にならない悲鳴と、よだれがさらに垂れるだけだった。
「あら?そんなに嬉しいの?そうよね、ゆきは淫乱だものね」
明日香の言葉に、そんなことないと首を振ったところで、意に介するつもりもないようだった。
「ほら?嬉しいでしょ?」
その言葉とともに、ローターが振動を開始した。その有無を言わさぬ振動に、躰が反応してしまう。
「んっ…んん~!」
俺のその声を聞いた明日香の表情は、小悪魔の様な微笑みを携えていた。
「しっかり感じているじゃないの?縛られてるのに感じるなんて、淫乱を通り越してマゾね」
明日香の思いもかけない言葉に、首を振って否定しようとする。
「違うというの?じゃあ、このよだれを垂らして喜んでいるオマンコはどういうこと?」
明日香の手がローターをあてられたアソコに伸びてきた。そこはすでにパンティの布地が水浸しになったほどに濡れていた。ぐちょ、という音と感触は、俺の本心を裏切るように心に突き刺さった。
「ほら、ゆきは縛られて濡れるマゾなのよ。わかった?」
明日香の声は有無を言わせぬ強引さを持っていた。それでも、必死で首を振る。こんなの、強引に、強制的に感じさせられているだけなんだと。
「強情ね。まだ足りないのかしら」
あきれたように明日香が言うと、また別の道具を持ってきた。今度のは二股になったローターの部分にクリップのようなものが付いたものだった。
「ふふ…これ、どこに使うかわかる?」
半分楽しんでいるような表情で明日香が言う。わからないのも確かだけど、使われたくない一心で首を振る。
「これはね、ここに使うの」
おのおののクリップ部分を両方の乳首に挟んだ洗濯ばさみに挟み、スイッチを入れられた。
「あ゛あ゛ああ゛ああ゛ぁぁぁ…!!」
ようやく洗濯ばさみの痛みを気にならなくなっていたところに、新たな振動が響いた途端、痛みなのか快感なのか判らないほどの感覚が躰中を駆けめぐった。
いくら我慢してみたところで、ローターの動きが止まるはずもなく、強制的に快感を送り込んでくる。敏感なところで休むことなく続く振動は、否応なしに絶頂へと近づけていった。
「ぐっ…くぅ…んん…」
いつの間にか、口枷をはめられた口からは、悲鳴とは違う音が漏れるようになっていた。
(や──やだ…、そんなはずない、のに…)
「ほぅら…可愛い声で鳴けるようになってきたかな?」
明日香がやっと口枷を外してくれた。そのはずみで、かろうじてこぼれずに済んでいたよだれが一気に垂れ落ち、口から細い糸になって床に小さな水たまりを作った。
口が自由になったにもかかわらず、荒い吐息しか出すことは出来なかった。その様子を見た明日香がさらに嘲りの表情を浮かべた。
「ん?声も出ないほど感じてるんだ?それとも、物足りない?」
明日香が次に手にしたのは、ペニスの形をしたゴム製のバイブレーターだった。
(あんな…泰雄のよりおっきいの…まさか…)
「ほら、ちゃんとキレイにしなさい」
明日香はそれを俺の口元に持ってくると、唇に押しつけるようにぐいぐいと押し当ててくるのを、必死に口をつぐんで抵抗していた。
「あら、強情ね?そういう悪いコにはお仕置きしなくちゃね?」
明日香の口からでた言葉に、反射的に口の力が緩んでしまった。その途端に、バイブレーターが口の中に押し込まれてきた。
「んむぅ──!」
初めて味わうゴム臭い味が口の中いっぱいに広がって、一瞬吐き気を感じた。
俺の苦しさなどお構いなしとばかりに、明日香の持つバイブレーターが喉の奥まで突き立てられる。口をつぐもうにも、逆に顎が外れるんじゃないかと思うほど太いそれは容赦なく口の中を蹂躙している。
「ほらほら、こっちもちゃんと濡らしておかないと痛いわよ?」
明日香はバイブレーターを前後に動かしながら、笑みを浮かべながらも意地悪そうな口調で言った。
(痛い…って?まさか…!)
その不安を感じ取ったのだろう、明日香の表情がさらに意地の悪い笑みに変わった。
「ローターだけじゃ物足りないみたいだからねぇ?これを、ゆきのやらしいオマンコに入れてあげるよ。嬉しいだろ?」
バイブレーターをくわえさせられたまま、力無く首を振る。精一杯の拒否のつもりだった。しかし、明日香は俺の気持ちを裏切るように言葉を続けた。
「ん?そんなに口全体で味わいたいほど嬉しいのか?ほんとにマゾなんだね、ゆきは」
満足気な表情で俺の口からバイブレーターを引き抜き、左足を吊られて開かれたままになっている下半身の方に回ると、パンティの下に夾まれていたローターを外し、代わりにバイブレーターをあてがってきた。
「あっ…んっ…やめ、て…」
ゴムの人工的なバイブレーターがアソコを撫で回す感触が、さっきまでのプラスチックのローターとも違う、新たな快感を掘り起こしてきた。
「ああ…、ん…っはぁ」
つい、喘ぎ声が漏れてしまった。それを明日香が聞き逃す事はなかった。
「あはっ、ほら、感じてるんでしょ?気持ちいいんでしょ?」
楽しげな口調で問いただしてきた。しかし、その問いに答えることは出来なかった。
「気持ちいいんでしょ?素直になりなさい」
続けて明日香が追い打ちをかけるように問いつめてくる。すでにまともな言葉を喋れる状態になかった俺は、かろうじて首をわずかに頷くことしか出来なかった。
「あはははっ、とうとう認めたわね、ゆき。あんたは縛られてバイブで感じる淫乱マゾだって!」
明日香が勝利を確信したかのように高笑いしながら言った。
「あはははっ、ほら、ちゃんとお願いしなさいよ。わたしは縛られて感じる淫乱マゾ奴隷です。オマンコにぶっといバイブを突っ込んでください。って!」
明日香の声が、俺の心をえぐり取っていくようだった。
(おれが、淫乱?マゾ?こうして感じてしまってるのは、そのせいなの?)
明日香の言葉で、心の中が混乱していた。
(おれは──男だ。いや、男だった?──今は?──躰は女になって──でも、心は?──まだ、男?それとも、躰が反応する通り、女?それも、マゾ、なの?)
「ほら、どうしたの?早く言いなさいよ」
明日香がアソコにあてがったバイブレーターを擦りつけながら催促している。その度に躰を駆けめぐる快感を否定することは出来なかった。
「わ…わたし、は…」
「わたしは、なに?そんな小さな声じゃ聞こえないわよ」
「わたし、は…淫乱、な、マゾど、奴隷、です…」
ついに口に出して言ってしまった。そのことで、自分の中で何かが吹っ切れた感じがした。
「あはははっ。そうよ、ゆきは淫乱マゾ奴隷なのよ。それなら、その後になんてお願いするか分かるわよね?」
明日香の様子は明らかに楽しげだった。
「どうしたの?続きは?」
俺──わたしの顔を覗き込みながら、明日香が催促してくる。ますます屈辱的な気分させられて、続く言葉を口にするしかなかった。
「お、お…、オマ、ン、コに…、そ、その、太いバイブを…突っ込んでくださ…い」
やっとのことで、さっきの明日香の台詞を絞り出したとき、もう後戻りはできないことを悟った。
「淫乱マゾなゆきはバイブをそんなに挿れて欲しいのね?たっぷり味わうといいわ」
バイブレーターがアソコに突き立てられ、一気に躰を貫かれた。
「ああ~~っ!!」
さんざん焦らされていた躰は、貪欲に快感をむさぼるだけになっていた。
「ほら、気持ちいいでしょ?こうしたらどうなるかしら」
明日香が言うと、躰を貫くバイブレーターが振動とともに、かき回すように動き出した。躰の中をかき回されるその感覚は、否応なしに快感を高めていく。
「あ…ああっ…んむ…ん…」
いま、どんな状況なのか、どんな状態なのかはすでにどうでもよくなっていた。ただ単に躰中を駆けめぐる快感がすべてだった。
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「あはははっ!どう?バイブ突っ込まれて気持ちいいの?縛られて、身動きできないのに気持ちいいの?どうしようもないマゾ女ね、ゆきは」
明日香の言葉が心に突き刺さる。否定したくても、躰が快感を感じているのは紛れもない事実だったからだ。
沈黙することしか出来ないでいると、突然背中に鋭い痛みが走った。
振り返って見てみると、冷徹な笑みを浮かべた明日香が、競馬の騎手が使うような鞭を手にしていた。目が合うと明日香はニタリと不気味な笑みを浮かべ、さらに鞭を振り下ろした。
「あぅっ!…はぅっ!…いたいっ!やめ、て…っ!」
「ほらっ!なに黙ってるの?黙ってちゃ分からないでしょ?」
明日香は容赦なく鞭を振り下ろしてくる。幾度も躰に走る鞭の痛みが、絶え間なく振動を続ける股間と乳首のバイブとローターが躰の奥深くまで送り届ける快感と混ざり合い、いつしか区別が付かなくなっていた。
「あっん!…んふぅ…はぅっ…」
鞭が振り下ろされるたびに口から漏れる声の変化を感じ取ったのか、さらに鞭に力がこもる。
「あら、ゆきったら鞭でも感じるようになってきたの?ほんとに変態ね。そうなんでしょ?」
「は、はい…っ!わたしは、あぅッ…、へんたい、です…ッ、ふぁっ!」
何度も振り下ろされる鞭のなか、すでに快感を貪ることしか考えられなくなっていた。明日香の問いかけにも、ほとんどそのまま返答することしか出来なくなっていた。
「その変態マゾのゆきはどうしたいの?イキたいんでしょ?」
その明日香の声音には、はっきりと嘲りの感情が含まれていたが、そんなことはもう気にならなかった。ただ、自分の欲情を素直に言葉にすることしかなかった。
「イキたい…イカせて…」
「そう?そんなにイキたいの?そうねぇ…今後はわたしの言うことを何でも聞くって誓うなら、イッてもいいわよ?」
相変わらず意地悪な表情をしたままの明日香がそう言いながら、わたしのアソコに突き刺さったバイブを動かし続けている。
「ああっ…んっ!な、なんでも言うこと、聞きます、からぁ…んっ…イカせて、ください…」
その言葉を聞いた明日香は満足そうな笑みを浮かべると、一層激しくバイブを動かしはじめた。
「いいわね。ゆきはもう、わたしの奴隷なのよ。わかったならイキなさい!」
明日香の言葉に、心が打ち砕かれた感じがした。その瞬間、今まで以上の快感が躰中を駆け抜け、全身を震わせながら絶頂に達してしまった。
その日、どうやって家に帰ってきたのかよく覚えていない。自分が自分でなくなったような気分のまま、気が付いたら玄関の前にいた。
なんとなく後ろめたい気分のまま、無言で家に入り、そのまま自分の部屋に向かおうとすると、キッチンからお母さんの声が聞こえた。
「由紀?帰ってきたなら、ただいま、くらい言いなさい」
「あ、うん、ごめん。ただいま」
なんとかそれだけ言って自分の部屋に戻り、部屋の鍵をかけてベッドに倒れ込んだ。
(わたし…どうなっちゃうんだろ…?)
ふと気づくと、ケータイが泰雄からの着信に設定した着メロを鳴らしていた。
ベッドから起きあがる気分でもなく、もちろん泰雄と話す気分でもなかったので、ただぼーっと光と音を発するケータイを眺めていると、しばらくたって着信がきれた。
着信音がやんだケータイを手に取ると、泰雄からのメールが10数件と、電話の着信が3件はいっていた。時計を見ると、時間はもう夜中の12時になろうとしていた。
「もう、こんな時間…。あ、着替えなきゃ…」
帰ってきてそのままベッドで寝ていたせいか、服がかなり皺になっていた。
のろのろと服を脱ぎ、パジャマに着替えていると、またケータイが泰雄からのメールの着信を告げた。
「泰雄…」
意を決してメールを開くと、最初のうちは他愛のない内容だったのが、段々と真剣に心配しているようになっていた。このまま何も返事をしないでいると、家まで来てしまいそうな勢いだった。
『ゴメン。なんか疲れちゃって、今まで寝てた。気づかなくてゴメンね?』
なんとかこれだけ返信すると、1分もしないで返信が返ってきた。
『そうだったのか。まあ今日は学校の手続きとか色々あったもんな。こっちこそ気遣ってやれなくて悪かった』
『ゴメンね。シャワー浴びてくるから、また明日ね。ゴメン』
罪悪感からか、ゴメンを何度も使ってしまう。メールを打ちながら涙がこぼれた。
シャワーを浴びながら、鏡に映った自分の躰に残っている縄の痕が目に入った。おそるおそる指でなぞってみると、夕方、明日香にされたことが鮮明に思い出されてきた。
思い出すにつれて、次第に股間にシャワーの物とは違う湿り気が増していく自分に驚いた。
「なんで…どうして…」
──あはははっ。そうよ、ゆきは淫乱マゾ奴隷なのよ──明日香の言葉がフラッシュバックのように脳裏によみがえった。
(マゾ…奴隷…)
その単語が、いつまでも頭の中で繰り返され、手が自然に股間に伸びていた。
明日香にされた行為を忘れてしまいたいと思えば思うほど、鮮明になる記憶に、股間をまさぐる手の動きも激しくなっていく。
「あっ…あん…んふぅ…」
そのまま、喘ぎ声がもれるのも構わず、オナニーにふけってしまう。
「由紀?起きてたの?」
「ひゃ、ひゃいっ?」
突然浴室の外から声を掛けられたので、びっくりして変な声の返事になってしまった。
「女の子になったばかりで興味があるのはわかるけど、ほどほどにしておきなさいよ?それにもう夜遅いんだから、早く寝なさい。明日起きられなくなるわよ」
「は、はぁい。ごめん。もう寝るから」
母さんが脱衣所から出て行ったのを確認すると、あわてて改めてシャワーで身体を流して、脱衣所にあった、母さんが用意してくれたらしい下着とパジャマを着て部屋に戻った。
あれから、いつ寝たのかさえも覚えていなかったが、何事もなかったかのように朝を告げる目覚まし時計のアラームで目が覚めた。
「ふぁ~っ、いつのまにか朝だし…」
まだ目が覚めきらないまま起きあがり、窓のカーテンを開けると、朝の陽光が部屋に降り注ぐ。その日差しを浴びて、ようやくはっきりと目が覚めてきた。
「由紀?起きたの?ご飯出来てるわよ」
下から母さんが呼ぶ声が聞こえた。
「は~い、着替えたらすぐおりるよ~」
母さんの呼びかけにそう答えると、いそいそと着替えを始めた。
ふと、ゆうべ、お風呂でオナニーしていたのがばれた事を思い出して顔が赤くなった。
(絶対、なんか言われる…よな?どうしよ?)
「由紀~?早くしないとご飯冷めちゃうわよ?」
着替えの途中で固まっていると、また母さんが催促してきた。時計を見ると、さっきからすでに10分以上経っている。慌てて着替えを済ませると、おそるおそるダイニングに向かった。
「おはよ…」
さすがにいきなりダイニングに行くのは気恥ずかしいので、母さんに挨拶しながらトイレに向かった。
無意識にズボンのチャックを下ろそうとして、スカートを穿いていることに気づき、誰もいないトイレの中で周りを見回して照れ笑いしてしまった。
用を足して洗面台の前に立つと、まだ見慣れない美少女が見つめ返してくる。
(何日かで治る風邪のようなものだったらいいのに)
そう思ったところで、この現象がそうではないことはすでにニュースなどで知っている。
「──はぁ」
ため息をひとつつき、顔を洗い歯を磨いて、やっと朝食の待つダイニングに向かった。
テーブルにはすでに牛乳、サラダ、それにゆで卵が自分の席の前に並べられていた。
「あれ、母さん、パンは?」
席に着きながら、トーストがないのを見て聞いてみた。
「だって遅いんだもの。母さん食べちゃったわよ。今新しいの焼いてるからちょっと待って」
「あ、そういうことか」
「それはそうと、オナニーするなとは言わないけど、なるべく静かにね?」
「ぶっ!!!」
とりあえず、と牛乳に手を伸ばし、口に含んだ瞬間に母さんに言われて、盛大に吹き出してしまった。
「ちょっ!えと、あの、その…」
「牛乳吹かないの!ま、年頃の男の子が年頃の女の子になっちゃったんだから、するなと言っても無理でしょうし。でもほどほどにね。まあ、なんかおかげで母さんたちも…えへ」
あたふたしてる俺にかまわず、テーブルを拭きながらなんか凄いことを言ったような気がする。
「いや、だからあの…へ?いまなんて?」
「な、なんでもないわよ。…はい、パン焼けたわよ。早く食べないと遅刻するわよ?」
微妙に顔を赤らめた母さんが焼きたてのトーストを差し出してきた。たしかに急がないとそろそろ学校に間に合わなくなる時間だったので、それ以上聞かずに朝食を食べることにした。
「ゆきちゃーん。おはよ~」
朝食を食べ終え、歯を磨いていると玄関のチャイムが鳴り、ほぼ同時に外から泰雄の声が聞こえてきた。
母さんがドアを開けて応対してる間に、身支度を調えて玄関に向かう。
玄関に立っていた泰雄が俺に気づき、手を振ってきた。
「おはよ。よく眠れたか?そろそろ時間ヤベえぞ」
そう言う泰雄の顔は、いつもの通りの笑顔だった。昨晩、ほとんどメールも電話も出来なかった事を少し気にしていたけど、杞憂だったようだ。
「うん、ごめん。じゃ、母さん、行ってきます」
泰雄に軽くあやまり、母さんに挨拶して家を出た。
「えと…あの、さ。ゆうべ、ごめんね」
駅へ向かう道すがら、昨晩のことを謝った。
「ん?いいっていいって。誰だってなんかどうしようもなく疲れてるときとかってあるもんな」
泰雄は気にしてない様子でそう言ってくれた。その泰雄の手が腰に回って来た。
「疲れてたなら、こうして支えててやるから」
笑顔でそう言う泰雄の顔が、なぜかとてもたくましく思えた。
最終更新:2008年07月21日 03:13