安価『旅館』

「ここが今日泊まる旅館だ。おまえらの他にも一般のお客さんもいるから、くれぐれも騒がないように──」
 修学旅行2日目、昨日からあちこちの旧所名所を巡り、そのたびにガイドさんの説明と、歴史マニアな引率の教師の蘊蓄をイヤというほど聞かされ、疲れ果てた状態ではチェックイン前の訓辞などどうでもよく、早く部屋に入って休みたかった。
 ようやく部屋に入り、同じ班のヤツらも疲れてたようで、荷物を投げ出し、畳敷きの部屋で横になる。
「とりあえず飯までは自由時間だよな? ひとっ風呂浴びてくるわ」
 俺も部屋の端に荷物を置くと、クロゼットから浴衣とタオルを取り出し、大浴場に向かった。
 さすがに由緒ある旅館らしく、大浴場の温泉は昨日からの疲れをキレイさっぱり洗い流してくれた。
 温泉で疲れも癒やされ、明日以降のエネルギーも夕飯で補い、部屋に戻ってからは自由時間の行動予定や、同級生で気になる女子の話題などで盛り上がり、いつしか枕投げ大会になった。
 枕投げの騒ぎを聞きつけた教師が注意しに来たときは、みな一斉に布団に潜り込み、息を潜めてやりすごした。
 そのうちに、一人が女子の部屋に遊びに行こうと言い出した。他のヤツらは一緒に行く言ったが、俺はなんだかダルかったのでそのまま寝ることにした。
 その夜は不思議な夢を見た。なぜかクラス一のイケメンと俺が、楽しそうに街を歩いて──というか、デートして──いる。そして夕暮れの清水寺で、俺は彼とキスをして…。
「うわぁっっ!!」
 思わず跳ね起きた。起きたことで夢だったことがわかってホッとしたとき、隣で寝てたクラスメイトも起きてしまったようだ。
「どうしたんだよ…?いきなり大声出して…?」
 そう言いながらこちらをみたクラスメイトの目が、大きく見開かれた。
「おまえ…だれ?」
「なに言ってんだよ、俺だよ、オレ」
 そう言った自分の声は、昨日までの自分の声とは似ても似つかぬものだった。

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最終更新:2008年07月21日 03:25
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