安価『音楽鑑賞』

「でけー…」
 市民会館ホールのドアをくぐった時、そのホールの大きさに圧倒された。
 今日は課外授業とやらで、有名な交響楽団の演奏を聴くことになっていたのだ。
「おい、俺らもいつかこんなデカいホールでコンサート出来るようになれたらいいな」
 俺も所属している軽音楽部で、ギターをやってる俊樹がいつの間にか隣に来て言った。
「ああ、でも俺らの夢は市民ホールじゃ終わらせないぜ。武道館や東京ドームを満員にするんだからな」
「そうだな、夢…目標はでっかく持たないとな。おっと、そろそろ席に着かないとマズいな。じゃあ、またあとでな」
 俊樹はそう言うと、彼のクラスの方へ足早に去っていった。俺も自分のクラスのところに合流し、席に着く。
 ほどなくして、客席の照明が落とされ、ステージの幕が上がると、オーケストラの演奏が始まった。
 プログラムによると、演目はモーツァルトを中心に、ややスローテンポの曲がほとんどだった。学校外とはいえ、音楽の授業であるからには、音程のわかりやすい曲目…ということなのだろう。
 しかし、普段J-POPやロックなど、アップテンポの曲ばかり耳にしたり演奏したりしているせいなのか、始まって5分としないうちに目蓋が耐えきれないほど重たくなり、寝入るまではさほどの時間もいらなかった。
 目を覚ましたのは、周りで起こった盛大な拍手の音でだった。俺も慌てて起きあがり、周りに合わせて拍手をした。
 ホールを出ると、そのまま解散になったが、このあと軽音楽部で練習があるため学校に向かった。
 学校に着き、部室の前に来ると、中で俊樹がギターのチューニングをしている音が聞こえてきた。ドアを開けて中に入る。
「おー、来たか。早速だけど、今度のオリジナル曲さ、クラシックの要素を取り入れてみようかと思うんだけど、どう思う?」
 俊樹がこちらも見ずに聞いてきた。
「早速か。でもそれも面白そうだよな」
 そう答えた俺の声も、今日聞いた交響曲の余韻が残っているのか、やや甲高くなっているような気がする。
「そうと決まれば、今日の余韻を忘れないうちに…ってごめん、人違いしてた。えと…入部希望の人?」
 こちらに顔を上げた俊樹がすまなさそうな顔をして聞いてきた。
「なに言ってるんだよ、俺だってば」
 俺は俊樹がふざけているのかと思って、いつもの調子で喋ったつもりだったが、なにか声の高さに違和感があった。
「ウチの部には一人称を『俺』と言う女子はいないはずなんだが…もしかして…?」
 俊樹の言葉は、『俺』が『わたし』になった事を自覚させた。

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最終更新:2008年07月21日 03:25
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