「驚天動地だ」
柳生がそうやって絡んできたのは約二週間後の事だ
この二週間で河原とは結構仲が良くなった、と思う
少なくとも他人から友達ぐらいにはランクアップしたと思いたい
「女に興味無いと言っていたお前が、まさかアイツと仲良くなるとは」
「そんな事を言った覚えは無い」
河原は何処か人付き合いが苦手というか、極力他人に関わらないような雰囲気を持っている
同性と話してるのすら珍しい彼女が、同じく人と話してることが珍しい俺と一番仲が良い
色恋が好きな思春期の少年少女にはまたとない題材だな、そういえば
「で、結局の所どうな訳よ?」
「何がだ」
今日も勤勉に勤めているらしい
雑談に花が咲く昼休みに、河原の姿が見えない
………いつもの事、と言ってしまえばそれまでだが
「何処まで親密になったんだよ?」
「………恋人以上、友達未満だ」
「…………いや、どっちだよ」
「あ……篠崎君、ちょっと良い?」
「ん?」
放課後、見知らぬ女生徒に呼び止められた
「…………お金なら持ってませんが」
「違くて。これ」
と言いつつ紙袋を渡してくる
色々入っているようだがそれほど重くない。布か?
中を覗いてみると周りの色を反射したような純白の布
どっかで見た覚えがあるな…………
そうそう、用具室で河原のはだけたブラウスから見えた―――
バンッ、とでも音がしそうな勢いで、紙袋の口を閉めた
「…………何?これ」
「六時間目、体育だったでしょ?」
確かそうだったな。男子はサッカーで………女子はバレーだったか?
で、それとこの体操服と下着が何だというんだ?
「今日、河原さんも参加してて」
見てみたい様なそうじゃないような
体操服を着るのにブラも外すのか?そういえば
河原ならやりそうな気もするが
「それで、河原さん先生に呼ばれて急いで着替えてたんだけど……忘れちゃったみたいなの、それ」
「……………」
忘れるか?下着つけるのすら忘れるのか?
物的証拠が挙がってるから何も言えんが。事実が此処にある
「………という訳で、家まで持って行ってあげて欲しいの」
女子生徒の言い分によれば、気持ちとしては自分で行きたい
しかし親しくも無いのに家を訪ねるのは失礼ではないか?
そう言えば彼女と仲の良い男子が居た
そんな訳で、俺に頼む事を思いついたとか
(…………仲が良いわけじゃ、ないんだが)
何だかんだで行く俺もお人よしだな
先生に聞けばすぐ住所を教えてくれた。個人情報保護法とか良いのかねぇ?
「ショートケーキとショコラとモンブラン、後シュークリーム下さい」
「かしこまりましたー」
営業スマイルを貼り付けた店員から、ケーキの箱を受け取る
塵も積もればを体感するように、ずっしりとした重み
何故ケーキを買っているのかの自問が無い訳ではない
先程から曲がる角を間違え、何度か道に迷った
見慣れた道もあるはずなのに、何故かコンビニが会った事にすら驚いている
「……………」
さっきは何も無い所で躓いた
別に理由を自覚してない訳じゃないが
「…………俺、緊張してんのか?」
言うと同時に、目的地に着いた
塀を越え段差越え、多少の躊躇いを見せつつも呼び鈴を押す
ピンポーン、と軽めの音が聞こえた
地響きの如く地底から響くような低い音が近付いてくる。まぁ足音だけど
足音が一瞬止まると勢いよくドアが開け放たれる
「おっかえりー!」
「…………」
扉の前に居た俺は見事に鼻頭をぶつけた
少し涙目になりながら不平をぶつけるつもりでその人物を見た
驚愕した
「あれ?………あれれ?」
えらく饒舌な河原桜が、其処にいた
「えと、紅茶で良いかしら?」
「あ、お構いなく……」
忘れ物返しに来ただけなのに、何故持て成されてるんだ?
辺りを見回すと白を基調として綺麗にまとめられた客間
フリルなどの装飾品が多く女性的な空間が作られている
そして、この女性………名を河原菊乃と言うらしい
見た目が河原桜と瓜二つだが、性格は正反対だと思う
饒舌な河原は微妙にレアだな
「すみませんね、ご迷惑おかけしちゃって」
「いえ」
持ってきたケーキの傍に、ティーカップに入った琥珀色の液体が置かれる
無表情な桜に対して常に微笑を浮かべる菊乃さんは幸せそうにショートケーキを口に運んでいる
二重人格とか言われても信じられそうだな
「………あら?何か付いてます?」
「いや、河原に姉が居たとは知らなかったもんで」
「………ふふっ」
表情がほころんだ。元からか?
頬に手を当ててこちらを見る表情はニヤケると言う表現が似合っている
「姉に見えます?」とでも言いたげだ
「私、桜の母ですの」
…………幼い
いや、若いな。肌の状態や身長から見ても高校生、下手すれば中学生だ
娘が発達してる胸部周りもどうやら遺伝ではなく様で……これはこれで喜ぶ人もいるんだろうな
「自己紹介ちゃんとしてませんでしたね。私は河原菊乃、桜の母で……」
「年齢は、27歳です♪」
えーと………………笑うトコ?
それとも春の小川のせせらぎの様に流すのか?
「まさか桜ちゃんに男の子の友達が居たなんてねぇ……」
「え?」
菊乃さんの声に意味深な響きを感じて、つい聞き返してみる
その問い返しに別な意味を受け取ったのか、急に不安そうな顔になった
にしても、年齢はスルーなのか
「あ、もしかして違いました?それなら失礼なことを………」
「い………ええ、その通りですね」
出しかけた否定の言葉を飲み込み、肯定の言葉を口にする
菊乃さんの表情が若干暗くなる
「……僕と彼女は、夫婦以上友達未満の関係ですよ」
「何勝手な事言ってるんですか」
軽快な風切り音とともに後頭部に鋭い打撃が加えられる
この感覚は恐らくは鞄か………
いつの間にか帰ってきた河原がNice control.
投げた筈の鞄は河原の手に収まっていた。どんな原理だ?
「桜ちゃん失礼でしょ?折角忘れ物届けにきてくれたのに」
「忘れ物?」
差し出された紙袋を受け取り、中を見る
俺の記憶が正しければ確か一番初めに見えるのは下着………
「………中、見たんですか?」
ニア はい
いいえ
………「はい」を選ぶのは死亡フラグだよな
恐らく既に構えられている鞄が俺に投げられることだろう
無言で居てもYesと取られるだろう
ならば取るべき道は一つ
「おうよ」
あえて運命に立ち向かう!
2秒後、ジャイロ回転する鞄が俺の額にNice hit.
帰る頃には夕日が沈みかけ、オレンジに世界は染まっていた
こんな光景はどうしてもあの現場を思いだしてしまう………
そんな事を考えながら来る時には無かったスクーターの横を通り抜け、家に帰る
なんとなく寄り道をしたい気分に駆られた
「んー………」
とはいっても行動範囲は広くない
適当にぶらつくにしても、何か今日は疲れた………どうするか
ペーっぺっぺっぺっぺっぺっぺ……
妙にトラウマなこの音
しかも段々近付いてくる
真後ろから
ぺーっぺっぺっぺっぺっぺ
直感的に右へ避ける
天動説的に音は左へ移動し、恐らく当たることは………
ガスンッ
「ペドロアッ」
奇声を発しながらいつかと同じように轢かれた
「すみません、手元が狂いました」
全く悪びれることなく河原桜がバイクから降りる。何だ?何か恨み買ったのか?
湿布を買おうと決意する俺の目の前に、学生鞄が差し出される
「忘れ物です」
「あ………」
腰を押さえながら受け取る
気付いてみると手ぶらだった
その為に追って来たのか………で、轢いたのか
いやもう良いさ。理不尽な扱いには慣れたよ
「ありがとう」
「いえ、別に」
どちらから言い出したことでも無いが、同じ道を行く
わざわざバイクから下りて歩調を合わせている
忘れ物を届けにきたのなら、河原はもう帰っても良いはずだ
それでも帰らないというのなら、彼女は何か用事があるのだろう
恐らく、俺に
「………」
「………」
気が重くない沈黙に包まれ、オレンジの道を行く
遠くでゲームセンターの音が聞こえるが、何処か別の世界の事のように思えた
夏が近付くことを知らせるように、少し湿り気を帯びた風
しかし気温はまだまだ春の柔らかな気候だ
「私」
河原の家より俺の家のほうが近くなった頃、不意に口を開いた
足を止めて耳を傾ける
少し困った表情を浮かべる河原も珍しい
今日はレアな河原が多いな
「私、1年の時は藤宮高校に通ってたんですよ」
自嘲気味に言ったその名前には聞き覚えがある
藤宮……確か全寮制で、学校のランクも高い男子校
………男子校?
「私の名前は河原桜花………」
「女体化した、元男です」
女性経験の無い男子の女体化
確立としては30%を越えるかどうか
自分が免れた為、最近忘れていた
男子校に通い、女になってしまった河原桜……いや、元は桜花という名前か
「………女体化した男子生徒の通学は、特例として認められていたはずだが」
「そうですね」
中学校で進学先を決めるとき、藤宮高校にも目を通した
自分に合いそうに無いからやめたが
確か同級生も何人かが進学していたな
「私は自分から転校を希望したんですよ」
「居心地が悪くなったから、とか言わないよな?」
ハンドルを握る手が白くなっている
歯を食いしばっているようにも見える
其処に隠された感情を読み取れない
「女体化してから数日は、普通に通ってたんですけどね」
声にではなく、表情に、態度に含まれる激情
「前に、言いましたよね?私は汚れてるって」
その表情は笑顔
しかし、さっき見た河原母の物とは……対極に位置するような
「私、犯されました。友達だと思っていた人達に」
ピピピピッピピピッ
目覚まし時計が機械的な音を鳴らす
八つ当たりのように全力で音を止めた
「…………」
一晩寝てもまだ駄目だ
昨日の河原の表情が脳裏に焼きついている
彼女の言葉を聞いた後俺は呆然と、ただ見送っていた
悲しげな表情を
ふらふらとバイクを運転する彼女を
あの時、俺は何をすればよかった?
などと悩んでいても時間は止まってはくれず、寧ろ足早に過ぎていく
「お前………大丈夫?」
「何がだ」
「目つき」
考え事をすると目つきが鋭くなるらしい。初めて知った
「まぁ、お前の事はどうでも良いんだけど」
「殴って良いか?」
「今日、転校生が来るってさ」
なるほど、無視って立派なイジメなんだな
「あー、知ってると思うが、転校生だ」
相変わらず職務怠慢気味な先生が怠惰をあらわにして言葉を続ける
入ってきたのは男。見た目で体育会系……野球部かバスケ部か、出なけりゃ柔道だな
この時期に転校は珍しいが、いろいろ有ったんだろう。それほど興味がそそられん
「有栖川 春樹です。藤宮高校から転校してきました」
………藤宮。縁があるな、最近
長身で顔も結構良いほうだし、女子も見惚れてる
………同郷の友人とであって、河原はどんな感想を抱くのかね
「……?」
何気なしに向いた隣の席で、河原は珍しく敵意を露にして転校生を見つめていた
気付いているのかは知らんが転校生は涼しげな顔をしている
しかし何故かな、雰囲気からジャイアニズムを思い出すのは
後ろに黒服の男が並んでいたら薬剤師から医師を抜いた人の息子というイメージにぴったりだ
軽く自己紹介を終えた転校生がこちらに歩んでくる
別に俺達に用があるわけでなく、空いている後ろの席に座る為だ
後、先に言い訳をしておく
決して盗み聞こうとした訳ではなく不可抗力というか隣の席だから偶然聞こえただけだ
隣を横切る時、転校生は小さく呟いた小悪党っぽい、皮肉に満ちた声で
「久しぶりだね………河原、桜ちゃん?」
~続く~
最終更新:2008年07月21日 04:05