『人身事故から始まるラブストーリー』後編

転校生が来て一週間と数日………正確に言うと10日ぐらい?あ、全然正確じゃないや
とりあえずそのぐらい経ったが、トラブルらしいトラブルは起きていない平穏と言うのは素晴らしいことではある
しかし転校初日にかすかに見えた因縁めいた物を見せた割りに、二人とも干渉しようとしない
少なくとも、俺の見ている限りでは

熾烈を極める対戦があるのかと思ったが、どうやら俺も漫画の読みすぎのようだ

有栖川、と言う名前は聞いたことがある
確か高級な果物を扱う会社だって事は覚えている
この前テレビで割腹の良い狸のような人物が社長として紹介されていたって事は、御曹司な訳か

「つまり、ここはさっき教えた事を応用すれば……」
「春樹君、頭良いー!!」

ルックス良し、家柄良し、その上に頭も良いと来てる
クラスの女子の殆どが虜のようだ
河原桜を除いては
寧ろ関わらないようにしようという雰囲気がひしひしと伝わってくる
出来るだけ教室から離れたいのか、いつにもまして活動的になってる気がする

「人気者だねぇ、彼」
「そうだなー」

イヤホンマイクで何かしらの音楽を楽しんでいた柳生が話しかけてくる
言葉を聴くためにはずした片方のイヤホンからは、「やっつぁつぁやりびたんでんどん」とか聞こえてくる

「………俺達の到底届かない次元だよな。羨ましいな」
「一緒にしないでくれるか」





アイツが転校してきて、10日
まだ何も関わってこない
この静寂は逆に恐ろしい
蛇のようにアイツは何かを考えているに違いない

………数人の男子生徒を引き連れ、私を穢した張本人
優等生の仮面を被り、男時代の私の友人だった人
女になった日からアイツの目線は下卑た欲望に染まった
支配者ヅラして指揮を取る顔が脳裏にこびりついている
わざわざ転校までしたのにアイツは追ってくる

大きな会社の御曹司
其処まで大きくなると背後には暴力的な事を仕事にする集団が控えている
暴力団。バカな男子生徒には魅力的な響きじゃないの
私だって元は男だ
高校生の男子なんてのは欲望と脳が直結してるバカな生き物だ
どうせアイツは、有栖川はまた、手下を作るのだろう
表面は良い人で通りながら、裏でじっくりと時間をかけて

………本当、男なんて

「おーい、桜?訊いてるか?」
「え、あ、スイマセン。なんですか?」

侮蔑の言葉を心の中で吐き捨てていると、彼が……篠崎聖が話しかけてきた多分、私の中で特別な存在
いや、だから好きと言う訳ではなくて、他の男子とは違う感じがするというか、なんというか

「………そう言えば、呼び方」
「ん?あぁ。河原だと紛らわしいから名前で呼んであげて、と菊乃さんに言われてな」


言いながら、男子の分のプリントを私の持つプリントに乗せてきた
そのまま……えーと………誰だっけ………そうそう、柳生君の所へ戻る
面倒くさそうな顔をしながらも、何だかんだで私の仕事を手伝ってくれる
今流行のツンデレ、とか言うやつだろうか……

(………何を、私らしくないことを)





「先生、これを」
「あぁ、ご苦労」

職員室で堂々と煙草を嗜む先生にクラス全員分の用紙を渡した
煙草のにおいは好きではないので、直ぐに退散
扉を閉めた後、綺麗な空気を吸う為に深呼吸

(……………桜、か)

彼が自分の名前を呼んでくれた事を思い出す
何だか心が軽くなる
長らく忘れていた気がする、嬉しいという感情
最近はその感情を一番多く実感する気がする

三週間ほど前、薄暗い用具室
自棄になった私が今思うとかなり愚かしい行動を取った
『男』と言う生き物を無差別に嫌っていた
なのに彼の事を思うと身体が何だかムズムズするというか、訳分からなくなって
………いや、好きとかそんなんじゃないってば


私の自棄になった色仕掛けを皮肉で返し、人としての器を見せられた様な出来事
アレ以来、どうしても意識してしまう
転校初日に彼をバイクで轢いた事も謝ってないのに、その事についても不平を漏らさない

(良い人………だよね)

自然と顔が綻ぶ
いや、だから好きと言う訳では……

バチッ

そんな機械的な音と共に、背中の辺りに焼け付くような痛み
気を失う前に見たのは

有栖川の、醜い笑顔




「ねぇねぇ、河原さん知らない?」

放課後になって眼鏡をかけた女子生徒が話しかけてきた。確か……放送部の山辺さんだったか
妙に既視感

「また体操服でも忘れた?」
「違くて」

山辺さんは辞書を持っていた。どうやら桜からの借り物のようだ。名前、書いてるし

「6時間目から居なかったから早退でもしたのかなぁ……」


山辺さんが呟いた
確かに見かけなかったな。保健室にでも言ってるのかと思ったが
何か、嫌な感じがする

「転校生………有栖川君は何処?」
「え?有栖川君?………そう言えば見ないわね」

放課後は女の子に囲まれて勉強を教えている姿が毎日のように続いていたのに、今日は居ない
その会話を聞きつけたのか、クラス内でも素行が悪い事で有名な二人が寄ってくる

「有栖川なら、何か急いで出て行ったぜ」
「用事があるとか言ってたな。なぁ矢部」
「俺は阿部だ」

「……………ふむ」

嫌な予感を感じ、職員室へと向かった




「…………ん」

目を覚ますと少し暗かった
後ろ手に手錠で縛られているようだ
両手首に手錠をかけ、もう一つ手錠を使って鎖部分と鉄柱を繋いでいる体育祭で使う物のようだ
という事は、ここは『用具室2』………

私が篠崎君にバカな行動を取った、あの教室だ


状況把握が済むと同時に、鍵の開く音がした
扉を開けた先に、アイツの勝ち誇った顔

「やぁ、元気そうじゃないか」
「…………」

精一杯の敵意を込めて睨んでやる
物ともしない様に鍵を閉めた

「そう睨むな。可愛い顔が台無しだ」
「………」

飄々と言い放つ。神経の逆なでが好きな奴だな、相変わらず
近くまで来て、目線を合わせてくる

「ここなら誰も来ないし、来たとしてもどうせあの扉は開けられない」

抵抗しても無駄だよ、とでも言うように、多くの鍵が付いた輪を見せる
チャリ、と小さく音を鳴らすそれは、私が持っていたものだ
教室の鍵は一つずつ保管されているが、普段使わない教室は輪にして一纏めにしている
今日は放課後に作業をする予定が有ったので借りていた物だ
この教室の鍵も含まれている
鍵は閉められ、開ける為の鍵は今目の前のコイツが持っている
…………絶体絶命
勝ち誇った表情を浮かべて近付いてくる

「どうせ抵抗しても無駄なんだ。仲良くしようじゃないか」

甘い囁きのつもりか、言った
こんな奴と話すと、耳が腐る


「思い出すなぁ。君が逃げる前の事」


思い出す。前の学校で行われた行為を
むせ返る様な雄の臭いと、精液に汚れる制服
男達が私を見る目は『友達』ではなく、『性欲の発散道具』だった
新しく女子用の制服を作ったのに、駄目になった
憎悪と嫌悪感しか生まれない

「いい加減、観念したらどうなんだ?

鉄柱に繋いでる方の手錠を外し、地面に押し倒される
女の力で男に叶う筈も無く、なす術も無い
ただ敵意を持った目線をぶつけるしか出来ない
支配者のように私を見下ろし、制服のブラウスのボタンを一つずつ外す
上から4つほど外した所で止めた
女になってから発達した胸が露になる

「また、大きくなったかな?」

気持ち悪い
願わくば、コイツの顔に蹴りの一つでも入れてやりたい
有栖川の腕が、スカートの方に伸びる
目を瞑って、無意識に一つだけを祈った


――――――助けて、聖



    ダンッ!





時間は少し、戻ることになる

「美術準備室の鍵を貸せだと?」
「俺達、彫刻に目覚めたんです。なぁ道下」
「そうです。だけど木材が無くて。なぁ矢部」
「俺は阿部だ」

目の前で不良コンビは漫才を……している訳じゃない
俺が頼んだとおりにやってくれているだけだ
後ろでは柳生が必死に笑いを堪えていた。笑う要素無いぞ

「仕方が無いな、ほら」

そういって先生は輪になった鍵の束を渡す
素行の悪い二人が真面目に勉強をしようというのだ
その出鼻を挫く様な事はしないだろう

「「「ありがとうございまーす」」」

そういって職員室を出る
扉を閉めると同時にダッシュ
目的は『用具室2』

―――私、犯されました。友達だと思っていた人達に

桜のいった言葉が頭の中にエコーしていた
そして同じ高校から転校してきた有栖川
桜の彼に対する敵意と、初日の彼の言葉

よく考えれば、簡単に結びつく事だった

特に教室に確信があったわけじゃない
可能性がある、使われる事の少ない教室を回るつもりだった
その中でも桜とあんな事になった教室だったので、真っ先に思いついただけだ
阿部と道下と山辺と柳生が困惑しながらも付いてくる
『用具室2』のプレートが目に入った
中から声が聞こえてくる
鍵の端っこから1番目………合わない
2番目…………合わない
3番目の鍵が嵌り、捻るとガチャリと音がする

知らず知らずの内に力が入っていたのか、扉は大きな音をたてて開いた





…………本当に、来た
些か夢想のような感覚を覚えつつも、目の前の事実を認識する

「おやおや………一週間程で其処まで関係が発展していたとはね?転校生君」
「あ、ぅ………」

有栖川は明らかに動揺しているようだった
彼の後ろでは、柳生さんが携帯電話のカメラを使ってこの現場を記録に残していた


「この写真、新聞とかに売ったらいくら位になるかな?」
「“大手企業の社長子息、同級生を強姦”……マスコミが飛びつきそうなネタだね」

白々しいほどの演技で言った


有栖川は落ち着いたのか、いつもの意味不明な余裕が漂う表情

「僕を強請るつもりか?残念だけど、新聞の記事なんて金を払えば……」
「わぉ、ブルジョワ発言………でも、出来るだろうかねぇ?」
「柳生、お前携帯ラジオ持ってたよな?」

今度は彼の方が余裕を浮かべた
何度か似たような場面も見たが、このパターンは初めてだ
彼の言葉で、柳生さんの方が機械をスイッチを入れる

「電波悪いな……」
「じゃ、音量上げてやれ。聞こえるようにな」

ザ、ザ……と雑音が入り、アナウンサーらしき女の人の声が聞こえてくる

『…有栖川秋夫が会社の金を横領した件で逮捕されました
 また、この異例のスピード逮捕は匿名で警察に届いた報告が完璧に金の動きを追っており……』


その内容を聞いて、有栖川の表情が見る見るうちに変わっていく

「頼りにしたお父様が捕まっちゃうなんてねぇ。ご愁傷様?」
「う、嘘だ………」
「じゃあ確かめてみればー?」

人を悪戯に嵌めた時の、黒い笑顔を浮かべた
絶望を隠しもしない有栖川は茫然自失で、出口に向かう

「嘘だっ!!!」

一際大きく叫びながら出口に突進した
それを止めるかと思いきや、彼は大人しく退いた
で、叫んだ

「阿部!道下!」
「「おうよ!」」

部屋の外に出たあたりで、二人の男子生徒が両側から有栖川を捕まえた
妙な悲鳴を上げながら有栖川の声が遠ざかっていく。何処へ連れて行かれるのだろうか
…………阿部と道下っていうと、確か同性愛疑惑が

「………ほら、大丈夫か?」

両腕に手錠を嵌められている為、彼の力を借りてようやく立ち上がる

「河原さん、大丈夫?」

眼鏡をかけた女子生徒………確か、山辺さんが心配そうな表情を浮かべて近づいて来た
気付くと彼が顔を背けていた


「………何?」
「いや、服」

言われて気づく。ブラウスの上半分のボタンが外れ、下着が見えていた
三週間前は自棄になっていたからかなにも感じなかったけど、今は凄く恥ずかしく感じた

「山辺さん、お願いして良い?」
「うん、任せて」
「柳生、転校生から鍵盗って来てくれ」
「俺パシリじゃないんだけど」
「行け」
「はい」

柳生さんは手に持った機械を投げ渡し、ダッシュしていった
彼が受け取ったそれはどう見てもカセットテープを再生する機械だった
そう言えばさっきの声も、山辺さんに似ていた気がする

「声録音して、ニュースだと思わせた、という所?」
「…………嘘も方便と言いまして」

図星らしい



柳生が盗ってきた鍵で、手錠を外す
少々赤くなっていた手首をほぐす様に、腕を振っていた
辞書を返した山辺さんは既に帰った
柳生も何処かへ行った

気が付くと…………二人きりだった


「篠崎………さん」

名前を初めて呼ばれたような気がする
その声は、初めて会った時も思ったけど、可愛かった

「何?」

出来るだけ平静を装ったはいいが、少し声が上ずった気がする

「…………ありがとう」

…………くあ
少々はにかみながら言うその言葉にT.K.O
ここで上目遣いなんかしたら、堕ちない男って居ないんじゃないのか………

「君は本当、危なっかしい人だな」
「………悪かったですね」

少し拗ねた
そっぽを向いて、手首を弄り回している


「だから、さ…………俺はこれからずっと、君を守り続けたい」


………イカン、少々唐突過ぎたかもしれない
桜の方も呆気に取られている様だ
あぁ、時間を戻したい

「………告白ですか?」


聞き返してくれるな、頼むから。死にたい。ごめん嘘、死にたくない

「………あぁ、そうだよ」

「私、迷惑かけますよ」
「知ってる」
「変な女ですよ」
「見れば分かる」
「………汚れて、ますよ」
「それがどうした」

「俺は、お前が好きなんだ」

………顔から火が出そうだよ。いっそ殺せ
出来ることなら此処から逃げ出したい
恥ずかしいなオイ、これで断られたら転校しかねぇな俺

「篠崎さん………いえ、聖さん」
「何……」

名前を呼ばれて振り向くと、目の前に桜の顔が在った
唇が塞がれる。桜の唇で
柔らかく熱いその感触は数秒だったか、数分だったか
時間の感覚も麻痺した頃、唇が離れた
桜の表情は、笑顔。河原母と親子だと感じさせる、暖かな笑顔

「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
「………あぁ」

その日から俺達は、「彼氏彼女」となった





「聖………さん。これもお願いします」
「おう」

時間にしたら、後日とでも言っておこう
俺は力仕事を主に手伝っている………重い物を持たす訳には行かないよな、彼氏として
最近桜は表情を良く変える。当初の無表情を知ってる人から見れば、まるで別人だ
しかし………これが本来の桜なんだろう。多分

「桜、大好きだ」
「私もです」
「…………君達、ラブコメなら他所でやってくれ」

仕事を手伝わせていた柳生が野暮なツッコミを入れてきた。空気読めよ

「もう嫌だっ!!手伝ってるのになにこの扱い!?」

発狂した

「阿部がさー……最近俺の尻を狙ってるんだよ………」
「………明日からの連休、お前の家行って良い?」
「良いですけど………眠れないかも知れませんよ?」

「………俺さ」
「はい?」
「今、凄く幸せだ」
「……私も、ですよ」

「……………人の話を聞けーー!!!」

 ~おわり~

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最終更新:2008年07月21日 04:07
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