八月一日です。
でも今は7月です。何言ってるのかって? さぁ
どうも、八月一日朽苗と言います
八月一日ってのは苗字で、読みは「ほづみ」
穂摘み、とも書き、八月頃から米の刈り入れが始まる事からこう読んだりするのだとか
で、名前は「くちな」。フルネームで「ほづみ くちな」 漢字の割りに読みは短いと評判です
名前の紹介で3分の1ほど使っちまったな。………あ、因みに性別は男
5歳までは違う苗字だったんだが、あるキッカケでこの名前になった
俺の親は………記憶に残ってるだけで判断するに、相思相愛って訳じゃなかったと思う
父と母のやり取りはいつも義務的のものを感じたし、必要以上の接触を求めていなかった
『世間体が気になるから独り身でいるのは辛い。しかし好きな相手はいない』
と言った感じの男女が結婚したような感じで、俺の存在も『世間体』とやらを気にしてのことだろう
喧嘩をしてる所を見たときは無いが、仲良かった所も見た覚えがない
そんな両親が、ある日死んだ
上司の結婚式に夫婦で出席した帰りに事故死だそうだ
完全に相手側の過失だったらしい
その日に限って俺は風邪をひいており、知り合いの家に預けられていた
親の葬式に涙すら流せなかった薄情な俺ではあるのだが、その後には流石に困ってしまってわんわんわわん
子供は働けない、と言うのが日本の常識であり当時俺は5歳だった訳だ
いくら冷めた人間だと言っても生きたいと思うのは生物の常であり、俺も例外ではなかった訳だ
こんな場合は普通親戚の家とかに行くことになるのだろうが、そうもいかなかった
俺の親は家系の中でも性格やらが災いして嫌われ者だったらしく、進んで厄介者を引き受ける人たちなんて居なかった訳だ
その時に立候補したのが、父の唯一(だと思う)の友人で、そして唯一家族ぐるみの付き合いとやらをしていた八月一日さんだった
この時初めて“家族”に触れたと思う
そして………涙を流したのも多分、このときが初めてだったと思う
夏のサディスティックに温暖化な陽光を受け、黒板だけを見て生徒に目を向けない指導者の抑揚のない声が響く
それはつまり集中力の低下と共に体力を奪い、寝不足の身には授業の内容を脳に刻み付けるほどの余力すらない
まるで「さいみんじゅつ」でもかけられた様に睡魔は瞼の上にテントを張ってふんぞり返っている訳で………
「―――…オールハイル・ブルィタァァァァァァニアァァァァァ!!!!」
…………おや?
空気が物理的に割れるような音がした(気がする)
生徒と指導者の目線は全て俺の方を向き、中には笑い声すら漏らしている奴が居る
と言うか、俺は先程までファンタジーな世界に身を投じていた気が…………駄目だ、思い出せない
あぁ、やっちまったな。これは
「また派手にやったな、副会長殿?」
全ての日程を終えた後、中平 鼬(ナカヒラ イタチ)がニヤケ面で話しかけてくる
まだ眠い。やっぱ夜更かしは駄目だな。頭の回転をも鈍らせる
中平 鼬
金髪にピアス、制服は着崩し放題で、不良なグループにも属してるとか
しかし皆勤賞の常連だったり行事では先頭に立ったりと真面目なのか不真面目なのかわからない奴
それに俺に唯一絡んでくる、変な奴だ
「…………ん?なんか失礼なオーラがビンビン来たぞ?」
「薬でもやってんのか?」
そう言えば妙にツンツンしてるこいつの髪型、どれだけの時間セットしてるんだろう? おっと、そういえば
「朽苗、お前会議あるんじゃなかった?」
「あー、有ったね」
俺は高校2年生と言う立場であり、生徒会副会長である。一年の頃からこの役職には付いているが
何故かと問われれば俺にもわからん。解るのは会長その人自身なのだろう
この唯我独尊が服を着て歩いているような生徒会長様は一年時には既に生徒会長だったらしい
『君は人の上に立つべき者だ』
なーんて発言と共に去年、入学したばかりの俺は生徒会副会長と言う立場となってしまった。なんてこったい
しかもこの会長様、見事に仕事を俺に丸投げしてくるのだ
俺も理不尽に思いながら完璧にこなしてしまうが、手柄は全て会長の物。会長の先生からの人気は鰻登りって奴だ
なんて報われない役回り。泣いていいかな、俺
「これで今月の部活動の予算案の説明を終わります。質問がある人は挙手を―」
大抵挙がんないんだけどね。皆早く帰りたいんだよね
だけどその恨みのオーラを俺にぶつけられても困るなぁ、先輩達
会長にいたっては何かもう椅子に座って夢の中だし。スカートの中見えますよ
等と思考がどうでもいい方向にシフトしながらも、淡々と進めていく
最初はいやいやでも有ったが、慣れてしまえば楽な物だね
「―――以上で説明を終わります。質問がある人は挙手を」「はい」
既に帰ろうというふいんき(なぜかry)の中で響く声
見ると、一人の少女が手を挙げていた
確か坂下 有希(サカシタ ユキ)と言った人で、クラスは違ったが学年は一緒のはずだ
美人……というか可愛いに類する人で、水面下ではファンクラブも活動してるとかしてないとか
「個人的な事で申し訳ないのですが………八月一日さん」
「? はい、何でしょうか?」
「好きです」
「坂下 有希。16歳。両親は業界では結構名の知れた、縁結びを司る神社。巫女可愛いよ巫女
親戚には社長やら医者やらの職種がズラッと揃っており、所謂お嬢様。高校1年の弟がこの学校に居る
性格は無口で引っ込み事案。そんな性格と外見も作用し男子からの評価は高く、イメージは『奥ゆかしい日本の女性』
ファンクラブを結成され、大勢の男達が親密になろうとするが会話ではなく対話どまり………」
鼬は似合わないインテリ風キャラの様にメモ帳を取り出し、彼女………坂下 有希のデータを述べていく。ストーカーみたい
しかも何故か伊達メガネまで。常備してるのか?
「しかし、それも一週間前…………そう、“会議中告白事件”を除いてだ」
「ふーん」
しかしまぁ、そんな大層なご令嬢だったのか。実家が神社って事は巫女さん?
「ふーん、て!中心人物はお前!YOU!どぅ!ゆぅ!あぁ~んだすたぁん!?」
「え、うん」
あの会議から一週間が過ぎている
校内では以前あの話題で持ちきりで………まぁ前代未聞だからねぇ
「しかもまだ返事してないんだろ? なんて勿体無い!勿体無い事を!」
「そう言われてもね…………本気かどうかも解らないし」
だってそうだろう? あんな奇抜な方法をとられたんじゃこっちとしても反応に困る
もしかしたら罰ゲームで言わされたとか実はドッキリだとか、疑ってもしょうがないんじゃないかな………
「っていうかさ、おかしいよ。俺が告白されるなんて
普段から女子がこっち見てなんかヒソヒソ言ってるんだよね。あれ絶対陰口だよ
一匹狼気取っててキモイとか、根暗の癖に格好つけてんじゃねぇよとか絶対言われてるってば」
「…………被害妄想って言葉知ってるか?」
「朽苗、ルゥゥゥゥゥック!!」
「もーちょいテンション下げて言えんのか?」
鼬が指差した先には、話題の張本人 坂下さんがいた。そしてすぐ目線をそらされた
一週間前のあの事件の後から会っても目線を合わせてくれないし、何か避けられてる様な気もする
やっぱ何か裏があったりするんじゃないかな………
「未熟、未熟、未熟千万!だぁからお前はアァホなのだぁぁぁ!!!」
「うるせーよ」
鼬がヤバイ。何かトランス状態だし回りも引いてる
「避けられてるって言うなら、何故彼女はあそこに居る!?答えてみろ!」
「そりゃ………階段を使うためだろ」
「それだけで反対側まで来るかぁぁぁぁ!!!!」
「あ………」
俺の教室と坂下さんの教室は端と端、つまり反対側に位置する
そして階段は両端に備えられており、坂下さんがこちら側へ来る必要は皆無………という事か
つか、うるせーよコイツ
「つまり、LOVEだ。解る? しー、いず、らぶ、うぃず、ゆー おk?」
「………あまり大声でそんな事を言うな」
しかも何か間違ってないか?まぁどうでもいいか
鼬の声が届いてしまったのか、坂下さんは顔を紅潮させ(たように見えた)、何処かへ走り去ってしまった
校内では走るのは………なんて今はどうでもいいか
最近癖になった気がする、左腕を支えに頬杖を突くポーズ
「…………告白、ね」
………いきなりだが、世の中には女体化症候群、とか言う現象があるらしい
15,16歳までに女性経験のない男子は女体………つまりは女性へと変貌してしまう
全員が全員という訳でもなく、やはり例外もあるとか
俺も女性経験は無いが高2………もう16歳である
誕生日の時にまだ男の身体だった事から俺はその「例外」に選ばれたと考えた
しかし、ひとつ忘れてはいけない事がある
15,16歳という数値が、あくまで『目安』であるという事
一応7歳や8歳でこれが現れたという事例もあるらしいが………まぁ、それは稀である
そして、必ず発症する訳じゃなく、確立で言えば80%。まあ、20%は大丈夫という訳だな
結果から言えば、俺は例外に選ばれたのだろう。………思っていた物とは違ったが
『きっと!りーかいは幸せ わーたしーは 不幸だ♪』
携帯が定期時刻を知らせる。てか、こんな目覚ましにセットしたっけなぁ?
窓から入る陽光がバルス並みの効果を誇る寝起き、手探りで何とか携帯の目覚ましを解除する
目覚ましがなっている時点で時間は解るんだが、唯の習慣から画面に映る時間を確認する
しかし、前髪がブラインドになり上手く時計の部分を…………髪?
身嗜みに命を懸けている!とまでは行かないまでも、一般的なレベルぐらいは身嗜みにも気をつけていたはずだ
それなのに髪がこんなに伸び放題なのは、もしかして何年も眠っていたとか!?
…………ないない
多少胸のうちに確信を得つつ、一階にある洗面所へと向かう
別に他意はない。鏡のある場所で思いついただけだ
この時既に昨日とは勝手が違う長い髪や、胸で自己主張する二つの膨らみの存在を、気付きつつ無視する
そして昼に比べれば若干涼しい、薄着で居ると少し寒く感じる空気を吸う為に深呼吸
覚悟の意味も若干篭っている
そして何故か備えられている姿見の前に立ち、一言
「…………やっぱり」
何と言うか
姿見に映る自分の姿は………美女だった
顔立ちは男の時の面影を残しつつ、女性特有の柔らかい物になっている
特に揃える事もしなかった髪はロングのストレートになっており、艶やかな黒色をその身に宿している
寝汗の所為か身体は少し熱を持っており、潤んだ瞳や唇が妙に色っぽい
男用の為少しぶかぶかな、寝巻き代わりのYシャツは少しはだけていて胸や太腿のチラリズムが絶妙なエロスをかもし出している
女の象徴でもある二つの膨らみは重力に負けることなくシャツを押し上げ、その形がくっきりとわかる
しかし、一つ違和感があった。この身体には女性には無い筈の物が………
「お兄様?」
少し眠気を含んだ声。間違う事ない、妹の奈々が起きてきたようだった
その声は少なからず驚きを含んでいる
一目で兄(……姉?まぁ義が付くけど)だと解ってくれるとは
「おはよう、奈々。身体は大丈夫?」
「はい………お兄様、は」
奈々は昔から病弱で、学校を休む事も結構あった
昨日も休んでいたが、最近はそうでもないらしい。というか、どうしても学校に行きたそうな気がする
………好きな人でも出来たかな?
人の事に気が回る辺り、俺は(私というべきだろうか)それほど動揺してないらしい
真実から目を背けたいという現実逃避な部分もあるにはあるけれど
「……一応、お父さん達にも相談したいから、起こしてきてくれる?」
「はい、解りました」
順応能力が高いのかな? それとも、動揺の裏返しなのか………
とりあえずは、高くなった自分の声に慣れる様にしなきゃ
「そうか、朽名君が女体化なぁ」
「大丈夫だと思ったんですけどねぇ」
言ってる事の割に、声に深刻さが見られないこの人は義父に当たる。
スポーツ用品店の社長さん。チェーン店が全国に遍在してたりして、結構有名だったりもする
「どうする?確か学校休んでも良いらしいけど」
「いえ、学校には行っておきます。確か、奈々の制服の予備、有りましたよね?」
こちらのおっとり系な女性は義母に当たる
見た目に反して剣道場師範だったり、合気道とかの護身術を教えたりしてるらしい
奈々は一つ下の高校一年で、同じ学校。確か制服は予備として少し大きめの奴を買っていたはずだ。アレなら着れると思う
妹の制服を着るって、何か変態チックだな
「奈々は、今日は体調どう?」
「はい、大丈夫ですよお兄様。………あ、お姉様って読んだ方が良いんでしょうか?」
………そこはかとなく危険な響きだね
「じゃあ、久しぶりに一緒に登校出来るね」
「そうですね。あ、私準備してきます!」
奈々が普段からはちょっと想像付かない活発さで二階へ駆け上がる。うん、体調もよさそうだ
………そう言えば忘れていた。俺は伝えておかなきゃならない事があった
「父さん、母さん」
「「ん?」」
「お話しておきたい事が――…」
「お姉様、早く早く!」
「ちょ、ちょっと待って!」
うぅ………自分で言った事だけど、スカートって何か落ち着かない
しかも何処から調達してたのか、女性物の下着………なんでサイズまで合ってるの?
黒のオーバーニー……というのだろうか?それでちょっと走りにくいし
因みにこれは父と母が目の色を変えて薦めてきた。ああ、怖かったな
「………なんか、皆から“変”って感じで見られてる気がするよ………」
被害妄想含めたとしても、さっきから視線を感じる
あぁ、きっと何か悪口言ってるんだよ。余計な事言わず休んでたら良かったかなぁ
「そりゃ皆見ますよ。お姉様、すっごく綺麗だもん!」
「あ、ありがとう………でも、私なんかより奈々の方が可愛いよ?」
何かバカップルの惚気みたいになっちゃった………
『私』ってのは、母からやんわりと圧力をかけられて言うように言われた
あの人妙に押しが強い所あるんだよね
「あ、お姉様。メガネメガネ」
「え?」
それともう一つ、男だった頃との外見の変化
私は今メガネをかけている
男の時には裸眼でもギリギリ大丈夫だったかけて無かったけど………
「この際かけちゃいましょ。その方が可愛いし」
なんていうお母様のありがたーいお言葉により、晴れてメガネっ娘デビューです
………私の今後の生活、どうなっていくんだろう
「………と言うわけで女体化しちゃいましたが、八月一日朽苗です。宜しく」
何か男子からの黄色い声援が飛ぶが、無視だ無視
幸い名前が女の子としても通じるし、面倒な手続きは要らないな
「めっがね!めっがね!めっがね!めっがね!めっがね!」
「クール!クール!クール!クール!クール!クール!クール!」
「うはーもヘー」
………え?何この手厚い歓迎?
何か、空気が暑くて臭い気がする
「…………疲れた」
「よぅ、手厚く迎えられたようだなスネーク」
「………止めてくんない?その呼び方」
今日一日、
「好みのタイプは?」
「運動が得意な男子は嫌いですか?」
「ご趣味は?」
「罵って下さい!」
などの質問を何回されただろう?知った事か
スネークと言うのは、執念深い俺……私の性格を表して、だそうだ
実を言えば昔のある事件が理由ではあるけど、今は離さなくても良いか
「…………で、お前どうするんだ?」
鼬の声に真剣さが加味された
その言葉の意味する所は、いくらなんでも理解した
「ま、こんな身体になっちゃったからね。向こうも撤回したいとか思ってるでしょ」
「そうか?」
鼬が指差す方向は廊下
そして窓から覗き込む坂下さん
表情からは信じられない物を見てる様な感情が読み取れる
試しに軽く手を振ってみる………が
さかしたは にげだした!▼
「…………やっぱ、後悔してるんだろうなぁ」
「お前やっぱ未熟だわ」
多少の落胆を見事に打ち砕く鼬君。何だ?恨みでもあるのか?
「俺の見た限り、まだ脈はある。というか、強くなってると見たね」
その探偵じみたポーズは止めてくれ
そして君の「見た限り」は信用ならん。どこぞの「俺の経験から知りえた法則DA☆」より信用ならん
「ちゃんと話し合ってみるよ………こっちの判断だけじゃどうにもね」
「それが良いんじゃね?」
「さ、下校時間だ。帰った帰った」
「………え?休み?」
「あぁ、何か体調不良で休んでるみたいだぜ」
………やっぱ、私に関係してる事なのかな?
時で言えば女体化した次の日。昨日の明日。何言ってんの?
今朝意気込んできたのに………出鼻をくじかれたというか
「まぁ、女子は月一回は体調悪くなるんだし、深刻に考えなくても良いんじゃね?」
「お前………それセクハラ」
あ、何か女子の視線が痛いよ?
何か私まで同罪にされてない?
弛緩していた鼬の顔が、唐突に引き締まる
「物は相談なんだが………朽苗」
「何?」
「俺と付き合tt」
「そういえばさ」
「スルーですか」
どんなに真面目にしても、冗談って事は解るんだよね。何かこう、目の輝きとかで
そう言えばこいつ、私以外と居る所見たこと無いんだよね………関係ないけど
確か、族のヘッド?リーダー的な役目らしい。結構な出世だこと
見た目の不良っぽさも相俟って近付く人が少ないし、もしかして友達少ない?
前にこう聞いたらマジ泣きされたので、それ以降は触れてないけど
そんな余談はどうでもいいが、コイツの情報収集能力には目を見張る物がある
族の部下とか使ってるんだろうけど、精々法律に触れないようにな
「………お前さ、坂下さんの家、何処か知ってる?」
鼬が言うには坂下さんの実家は神社らしい。そう言えば夏になれば祭りとかが開催されてたな
と言っても神社に住んでるわけではなく、別に住む家があるとの事だ
そんな仮住まいみたいな扱いでも、家自体は充分に大きかった。お嬢様は伊達ではない
そんな事は今どうでも良くて、言ってしまえば自分の意識をそらす為にこんな思考の奔流をしているのだが
「うわぁ…………」
常軌を逸した大豪邸、って訳でもないが、恐らく核家族で住むには広すぎだろうと思える一軒家
表札を確認してみれば「坂下」の文字があることから俺の目指した場所である事には変わりないんだろう
義父も経営者な訳で結構裕福ではあるんだが、お嬢様の名は伊達ではなかった
「とりあえず、インターホン……」
何処か言い訳じみた口調で長方形のボタンを押すと、何処か上品に聞こえる音色が鳴る
「はいはい、どちら様でしょうか?」
今まで音楽を聴いていたのか、耳当てのようなヘッドフォンを首にかけた男子生徒が応対に出る
ウチの学校の制服姿である事から、鼬の言っていた弟さんだろう
「あの、私八月一日と申しますが………坂下有希さんはご在宅でしょうか?」
男子生徒は硬直したように思案顔…………そして、間
ポン、という効果音が出そうな感じに手を叩いた
「あぁ、お姉が言ってた。確か、女性になっちゃった人か」
………面と向かって言われるとちょっとな
「生憎ですが、お姉は神社の手伝いに行ってます」
「………え?学校休んだのに?」
「うん、休んだのに」
生徒会副会長として、そして自分自身の性格からしてそれを見逃すわけにはいかない
いかない………んだが、どうでも良いや、今は
「………上がります?」
「あ、はい」
「どうぞ。何故かカルピスしかありませんでしたが」
「どうも」
目の前に置かれた白濁した液体ですら、なにやら高価な物に見える。え?表現?ノリだノリ
外見にそぐわない広い居間に通され、かなりの緊張
飾ってある事で逆に品位を下げるような、値段が高いだけの実用性の無いものが殆ど無く、白を貴重とした質素でもあり十分上品な造り
今座ってる椅子もクッションが凄いのよクッションが。フッカフカ
「多分、後20分ぐらいで戻ると思うんですが………」
「はい、ありがとう御座います」
「敬語じゃなくて良いですよ。俺後輩ですし……そういう上下関係みたいなの苦手で」
「…解った。じゃあ私にもタメ口で良いよ」
「そうすか」
ふと、ヘッドフォンから音が漏れていることに気づいた。おや?これはアニソン?
しかもこれはあのアニメのか。やっばい、友達になれそう
「………お姉の事なんですが」
「へ? な、何?」
思考が別のベクトルへ転移しそうになった瞬間、彼の声が私を現実に引き戻した
「お姉は貴女に告白した…………んだよね?」
「うん」
声には何処か悲しみが篭ってるようなそんな気がした
私は精神科医のように人の心理には詳しくないけど何となくなら読み取れる自信はある
多分今は真面目な話をするつもりだ
「実はお姉って………元は男なんだ」
「え?」
そんな話は聞いた事が無い。大体女体化は高校1年ぐらいに発症する物だから、それなら鼬が調べられないはずが無い
思いっきり例外の私が言う事でもないが
「女体化したのは小学校の1年………つまりは7歳の頃で
子供って残酷なもんで、自分とは違う物は“敵”と見做してしまう…… つまり、苛めの対象になっちゃった訳」
………予想外に重い話だった。坂下……有希さんも、『例外的に女体化してしまった人』だったのか
そういう場合、身体の一部がおかしくなったり性格に影響が出たりするらしいが……有希さんはどうだったんだろう?
「それからあまり話さなくなってね………多分、他の人と接するのが怖いんだと思う
俺も色々とやったんだけどね。お姉に笑って欲しくてさ………でも駄目だった。流石に『姉弟』の壁みたいな物感じちゃったよ
でも高校に上がってからはちょっと笑うようになってね。理由を聞いたら“好きな人が出来た”だってさ」
彼女の………有希さんの想いは本気だったって事か。高校に上がってからって事は1年間は想い続けてくれてたってことで……
溶け始めていた氷がグラスの中でカラン、と音を立てた
「我ながら、こんな話するのは卑怯だとは想うけどね」
自嘲気味に溜息を漏らした。それには「自分よ、お前は何を言っている?」みたいな、自問の意味も込められていたと思う
「………頼みがあるんだ」
言って、グラスの中身を飲み干した
カルピスは一気に飲むと口の中とかに膜の様な物が残るけど……それを感じさせない、はっきりとした口調だった
「お姉への返事………YesでもNoでも、真剣にしてやって欲しいんだ」
「………」
私に、出来るのだろうか。彼女の想いに、同じくらい真剣に答える事は
「ふぅ………」
敷地内の葉っぱやゴミを一纏めにして、一段落
どうしよう、学校をズル休みしてしまいました
でもまさか、八月一日さんが女性になってしまうだなんて……
私は元々は男の子だった訳でして……その感覚が未だに残っているのでしょう
女性になった八月一日さんも凄く綺麗で………可愛くて
私の中の彼(彼女でしょうか?)に対する、『好き』と言う気持ちには、何の変化もありませんでした
でも、女の子同士でなんて、そんな、その………
解ってるんです、この想いは報われないなんて事は………でも、少しぐらい夢を見ても
なんて思考に陥ってたからでしょうか。背後の不審者の存在に気付けませんでした
「ザクがっ!ザクがっ!ザクがぁぁぁぁぁぁ!!!」
「機体が良くても……パイロットが性能引き出せなければ!」
マシンガンを発射し、全弾命中。紙の厚さほどにまで減っていたゲージが全て無くなり、私のほうの画面に「YOU WIN」の文字
結果は全てに優先する。終わりよければ全て良しってね
真っ白に燃え尽きた矢吹さんさながら、壊れてしまった空君
先ほどから8連敗ともなれば当たり前か
案ずるな、君は強い。でも私の方がもっと強かったってだけさ
何故あんな深刻な話題の後にゲームなんかやってるのかと聞かれれば、同類同士の共鳴みたいなのがあったのさ
「電話なってるけど………」
「ふふふ……ザクに……ザクに8連敗……」
プライド的な物が一気に崩壊してしまったらしい
せめて、次はズゴックで……フルヴォッコに
負けてやる?そんな発想、元からありませんのよ?
とりあえずCPUと戦うか……
「………え?あの、どちら様ですか?」
電話機が一階と二階にあるって贅沢だよね。どうでもいいけどさ
とにかく電話の声が部屋まで聞こえてきた。妙にシリアスってる
向こう側の話してる事が解らないから内容はわからないけど、空君が何か言い争ってるみたい
話し声が収まると、空君が戻ってきた。少々表情が暗い
「朽苗さん……」
「はい?」
「………お姉が、誘拐された」
次回「隷従 後編 ~ポロリもあるよ☆~」に続く ………のか?
最終更新:2008年07月21日 04:11