『不思議の国のアリス』が読みたい
そう思ったのに特に明確な理由は無く、思いつきや衝動と言う概念が当てはまる
それでも理由を知りたいと言うのなら、どこぞの話にあるらっきょやら玉葱やらと同じ結末を迎えるだろう
中身が知りたいと思って皮をはぐと、中身は何も無かった
つまりそれは皮が集まった状態がらっきょであるのであって、霞のように薄い衝動が集まって初めて形作られる理由なんだ
何が言いたいのかって?さぁ
ただこの例を言ってみたかっただけなんだよね
結局の所、理由は無いさ。
理由なんか無い、無意識からの衝動の為か、何を我慢すればいいのか分からない
なので欲望の赴くままに、僕の足は図書館へと向いていた
学校の図書室は、昼休みにしか開いてない
今は放課後で、この衝動が沸いたのは昼休みが終わった直後だった
何処にあるか、鍵が開いてるのかも定かじゃない図書室に行くのも億劫だった訳でありまして
最近、学校からそう遠くない所に図書館が出来たらしい
県立だか国立だかは忘れたが、結構大きい事は覚えている
しかし、中に入ったことは無い
普段の僕はそれほど本を読まないので、無縁の場所だ
図書館正面入り口の無駄に大きいガラス張りの観音扉、その木製の縦に長い取っ手を見つめる
因みに観音扉と言うのは正式な名称かどうかは知らない。小さい頃からそう読んでたからね
何と現すべきか………そうそう、両開きの扉って事で
何故だか威圧される
蔵書数が多いと言うことは、マイナーな本やら参考書を求めてやってくる人も多いのだろう
童話を読みに来ただけだと、何故か入る資格が無いような気がする
『私の戦闘力は53万です』と言う幻聴が聞こえた
それほど抵抗も無く中に入れた
あれ、この表現って結構エロくない?
どうでもいいか
扉を越えた先は、別世界だった
紙とインクの匂いが充満している
木造の壁から香る木々の香りも何か良い
精神が落ち着く感じだ。森林浴と言うのもバカにできない
正面にはカウンターの様なものがあり、三人ほどの係りの人が営業スマイルを浮かべている
恐らくあそこで本を借りるのだろう
両端に幅広の階段が見えた
広大な敷地に作られて居るこの建物は、外から見ると4階建てぐらいに見えた
しかし一階の天井は結構高く、もしかしたら3階建てかもしてない
左右対称を心掛けたかのように植木鉢やソファが置かれている
紙コップ式の自販機もあったが、その隣には『飲食禁止!』の張り紙
………どっちさ?
横に幅広く作られた階段は、材質の為かそれとも無意識な用心のためか、足音を届かせない
普通反響して大きくなりそうな気もするが、其処は図書館、何か特別なんだろう
天井から鎖で吊り下げられてるプレートに、本棚の種類が書いてあった
歴史、民謡、世界史、古典、辞書………
2階は勉強専門か。学生服を着た人たちが、ピリピリと空気を張り詰めている
机と椅子が備え付けられているが、空いている席はなさそうだ
僕の事を気にも留めず、ページをめくる音とノートに文字を書く音だけが静かに響いていた
『私はこの変身を後2回残している』
パワーアップした幻聴を聞いた気がする
お受験戦争という言葉を思い出す
差し詰め、此処は兵士訓練所?
なんて考えながら2階を後にし、3階へと上る
シン………としていた
筆記や読書の音も無い
静寂に包まれる、という表現を使う事の出来る状況に初めて出会った
天井から釣り下がるプレートに眼を走らせる
童話、推理小説、ミステリー、SF、哲学、ポエム、黒歴史………
なんというか、多種多様だ
茶色の木製の棚の中で異色の空気を放つ、何故か黒い棚の黒歴史に非常に興味をそそられる
しかし、当初の目的を忘れてはいけない
童話のプレートが下がった場所に立つ
ドミノ倒しのように本棚が一定の間隔で並んでいた
本棚が3つ6セット、ざっと見通して数は18
両側に本を入れられる仕組みだとして36
目算なので恐らくそれ以上はある
其処に所狭しと並べられた古今東西の童話達
「……………しまった」
作者の名前知らないや
この数の中から探す………
気が遠くなりそうだった
「……………はぁ」
一つ溜息をついて、本棚の間の通路を歩く
無いな、うん、無い。夢の希望も無い。
開始して間もなく、諦めた
童話と言っても日本の物以外も……というか寧ろ、その方が多い
見事な書体で書かれる重苦しい“童話”を見ていると頭が痛くなる
童話の童と言う字は子供を現す筈なんだけど
何故だか眠くなってきた目を擦る
何で僕は童話なんか読もうと思ったんだろう?と言う思索にふける
絵本やらを重点的に設置した棚の横を通り抜ける
英語だかドイツ語だかの本の棚を通り抜ける
肉まんを頬張る人物の横を通り抜ける
新刊中心の棚、多くのスペースを使って見易く設置された本棚を通り抜ける
…………………OK、ちょっと冷静になろうか歩いてきたそのままの格好で後ろに歩を戻す
ドミノ型に並べられた本棚の合間に、人が居た
図書館の精霊だ
………OK、ちょっと冷静に……って二回目
そう幻視したのは、恐らくその人物が戦慄を覚えるまでに整った顔立ちをしていたからだろう
陽光を反射するように金色に輝くさらさら(推定)の髪
宝石のような碧眼は、ページを開けて固定した本に注がれている
まるで絵画のように幻想的な雰囲気を作り出している
………手に持った肉まんさえなければ
窓の傍に設置された小さな木製の丸テーブルの上には、コンビニの袋が置かれている
飲食禁止なんじゃなかったっけ、此処
「……………」
恐らくは外国人なんだろうか
それにしては顔立ちに日本風味が混ざってる気がする
とりあえず外国書籍の元本を読みながら肉まんを頬張る姿は何処と無くシュールレアリズム
それよりも気を引いたのは、その人物の服装だった
僕と同じ格好をしている
いや、制服って意味ですよ
平々凡々な男子用のブレザーである筈なのに、何処かブランド物っぽく着こなしている
金髪碧眼の容姿も相俟って、まるで漫画か何かから飛び出してきたような感覚を受ける
校章の色は一年……一つ下だった
こんなに格好いいなら校内で噂の一つでも聞きそうなのに、見覚えが無い
自分のクラスも覚えてないぐらいだから、僕の「見覚えが無い」の信用度は10%を切ると思うが
「ん?」
金髪碧眼が喋る
妙に流暢な日本語だった
口に物入れてるから、声と言うか音だったけど
「こんにちは」
「ふぉんにひは」
多分、「こんにちは」だろう
最初に感じた大人っぽい印象はどうやら間違いだったようだ
どちらかと言うと子供っぽい感じらしい
「………食べる?」
中華まんを差し出してくる。下のビニールは剥がれている
中身が分からない
…………僕、肉まん駄目なんだよね
駄目って言うか、あんまんの方が好きなだけなんだけど
「いただきます」
恭しく受け取り、少し齧る
もちもちとした食感と共に、口に広がる甘味
あんまんだった
「………」
「………」
お互い、黙々と自分の分の中華まんを食べ続ける
何故か目線は相手を見たまま
お互いがお互い変な物を見る目だった
数分間そんな状態が続いた
「新垣」
彼が自分を指差して言った
理解できない事を前面に押し出した表情をすると、補足するかのように続けた
「新垣クルス。クルスは片仮名でクルス」
日本の苗字と外国の物の様な名前
………ハーフだろうか?
それなら日本風と外国風な顔立ちが両立してる理由が分かる
「月時 計兎(ツキジ ケイト)。月の時、計るに兎」
「………トケイ兎?」
「うん、それがあだ名」
いや、だから『不思議の国のアリス』が読みたくなったわけじゃないよ
確かに理由の一つだけど、他にもいろいろ有りますし
ふと、彼の足元に目がいく
山に積まれた本
哲学論著らしい。見てるだけで頭が痛い
「本、好きなの?」
「もうすぐ、哲学の方は読み終わる」
そっけない答え。今のは、足元に詰まれた本が、という意味だろうか
それとも、哲学の本棚の本は、という意味なんだろうか
どっちでも良いか。どっちでも凄いし
「此処にある本、詳しいんだ」
「それなりに」
「………不思議の国のアリス、有る?」
顎に手をやってしばし考える
検索中………とでも出て来そうだ
前フリも無く立ち上がり、去っていった
やせいの クルスは にげだした!▼
「………なんでやねん」
思わず虚空に裏手チョップでツッコミを入れると、彼……クルスが戻ってきた
一冊の本を抱えて
「ほら」
妙に砕けた口調になりやがった
差し出された本を有り難く受け取る
これぞ正しく探していた本だ
「おお さすがは ゆうしゃ だ!」
出来るだけ重苦しい声で
彼は怪訝な目でこちらを見ている
仲間に……もとい
「なんでもない。ありがとう」
特に捨て台詞を残す訳でもなく踵を返す
氷点下並みに冷ややかな目線を浴びてる気がする
「では、此方にお名前と住所と……」
営業スマイル全開な受付嬢
貸し出しの為のカードを作るには、色々と書類に書くことが必要らしい
消しゴムで消えるタイプのボールペンでこういう書類を書くのはどうかと思う
名前『ロビンソン・ジョニー』
すぐに消した
2週間ぐらいが経った頃だった
昼休み、昼食を食べ終えた校内には何処か気だるげな雰囲気が漂っている
ふと思い出す
「パンプティ・ダンプティが落っこちた」
「………何言ってんの、お前」
突如頭に浮かんだフレーズを呟くと、変人を見る眼をされた
「てゆか、お前こそ大丈夫?」
「んー……やばいかも知んない」
目の前で机にたれパンダのようになってる友人は、顔を赤らめている
昨日の豪雨に打たれたらしい。ま、風邪だね。これは
「帰った方がいいんじゃない?」
「………そーだな。保健室行って来る」
微妙に会話が成立していない
夢遊病のようにふらふらと立ち上がると、扉を力なく開けて出て行く
その背中を見送りながら、考える
鞄の中に入れっぱなしになっている、『不思議の国のアリス』
既に読み終わっているが、返すのを忘れていた
確か、今日か明日が返却日だったような気がする
「………今日、返しに行くか」
その呟きは静かに掻き消えた
「ハイ、確かに」
受付嬢が相も変わらずな営業スマイルで、本の貸出票に返却の判子を押す
貸し出しカードは個人が借りている本をパソコンに記録する為の物
貸出票というのは本の名前別に保管され、借りた日と返した日を記入をするカードらしい
違いはフィーリングで考えよう
以前と同じように足音は吸い込まれる階段
そしてまたも以前と同じように、お受験戦争兵士訓令所を通り過ぎる
3階は矢張り、シーンとしていた
この紙とインクと木の匂いと、人々の黒歴史の残っている感覚は心が落ち着く
今度からは、図書館も活用することにしよう
というか、本を読むことにしよう
なんて活字離れが深刻な現代っ子らしからぬ思考に行き着くことが出来た
とりあえず、これを返して他の本を………?
「………しまった」
同じ様なシチュエーションで、同じ言葉を発したことのあるような無いような
ただ違うのは、本は僕の手の内にあるということ
「場所、分からない」
何処に返すべきだろうか
借りる時、クルス君に何処から持ってきたか聞いておけば良かった
「………あ」
今日も居るかもしれない
根拠無い自信に包まれると、歩を進めた
絵本やらを重点的に設置した棚の横を通り抜ける
英語だかドイツ語だかの本の棚を通り抜ける
肉まんを頬張る人物の横を通り抜ける
新刊中心の棚、多くのスペースを使って見易く設置された本棚を通り抜ける
………はい、デジャヴ
同じように後ろに下がると、記憶に残っていた通りだった
木製の小さな丸テーブルにコンビニの袋
………ただ、其処に居たのはクルス君じゃなかった
金髪碧眼。それは記憶の通りだ
しかし金髪は若干、いやかなり長くなっており、少しウェーブをしている
目元も若干柔らかくなったというか何と言うか
何より、服装が違う
確かにウチの高校の制服だ。それは認めよう
………女子用、の
若干薄手な為、服を着ていてもその下の胸の膨らみが分かる
あまりまじまじとは見つめないけど
男子からは賛美喝采、女子からは賛否両論の、少し丈が短いスカート
そしてその下に伸びる白い太腿と、スカートの端から少し間を置いた所から始まる黒いオーバーニー
所謂絶対領域も完備していた
薄い桜色の唇が、肉まんに触れる
よく噛んだ後に飲み込み、至福に顔を綻ばせていた
回りくどく言っても仕方が無い
(多分)クルス君が、女になっていた。
「こんにちは」
「ひょんにちは」
声も高くなっている。当たり前か
コンビニの袋をガサゴソと漁り、中華まんを差し出してくる
食べてみると、あんまんだった
「………クルス君?」
少し自信なさげに聞いてみる
彼………いや、彼女は頭を振った
………じゃあ誰だ
なんて考えていると、彼女は自分を指差した
「新垣アリス。アリスは片仮名でアリス」
既視感を覚えざるを得ない
相変わらず苗字と名前がミスマッチな人だ
「因みに、誕生日は5日前」
女体化した、ということでいいんだろうか
それともプレゼントの催促?では無いか
とりあえず『不思議の国のアリス』を渡し、お勧めの本を聞いてみた
数分後、分厚い一冊の本を抱えてやってきた
『広辞苑』と書かれているのは、眼の錯覚じゃ………ないんだろうなぁ
「三国無双、買ってみようかな………」
呟きは本に吸収されるように消えていく
彼、いや、彼女………アリスは何の反応も示さない
本を読むと自分の世界に入るタイプの人か
壁際に設置された木製の小さな丸テーブルと、二組の椅子
それに僕と彼女は座っていた
会話をする訳でもなく、ページをめくる音だけが響いている
電灯が有るわけでも無い、少し空気がひんやりとした空間
其処には部屋の番人のように本棚が並んでいる
僕達二人しかこの空間にはいない
それが何だか、とても尊い事のように思えてくるのは何故だろう
「ふぁ………」
瞼が少し重くなる
雰囲気も何もあったもんじゃないね
『三国志』の文がどんどん擦れているように感じた
窓から降り注ぐ日の光が心地良い
ガタッ、と体が揺れる
危ない、今50階建てのビルから堕ちてたよ
窓からの日の光は既に赤くなっている
何処かで烏が鳴いた
「トケイ兎」
「風邪、引くよ」
赤く染まった彼女はそう言った
机の上にコンビニの袋は無く、既に片付けられていた
彼女は既に貸し出しを済ませたらしい本を持って、僕を見つめていた
「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「……うん、そうだね」
寝惚けている頭を強引に起こし、床に落ちた三国志を元の場所に戻しに行く
時計を確認すると、1時間以上眠っていたらしい
「何か本、借りなくて良かったの?」
図書館を出た辺りで彼女が聞いてきた
三国志を借りようと思ったけど……やめておいた
何故か、図書館に留まって本を読む理由がなくなると感じたから
まぁ、寝起きの思考なんてごちゃごちゃしてる物だからね。仕方ないよね
「トケイ兎」
………そう言えばこの娘は何故年上である僕のことを呼び捨てなんだろう
年功序列なんて古いって言う人も居るけど、ねぇ?
今更言っても仕方ない事なんだろうけど
「何?」
「…………んーん、やっぱり、なんでもない」
午前5時を過ぎた辺りの時間、空が白み始める
眼を凝らすと土に生えた雑草が見える
………そろそろ草刈り命じられる頃かなぁ
ドシン、を震脚の音が響く
震脚というのは中国武術独特の歩法で、地面を強く踏みつける動作を言う
呼吸を整えて気をつけの体勢を取り、套路(空手で言う“型”)を始める
左手の肘を曲げ、右手の拳を左肘に付ける
中腰になって、半円を描くように右手を右へ
左肘を伸ばしながら左足を進める
右拳と右膝を打ち上げる。この時、右腕の関節に左腕を添える
右腕を上へと上げつつ、右足を震脚
その勢いで左足を飛び出す
「頂心肘!」
着地の時に震脚、そして左腕で頂心肘(肘打ち)
ズン、と地面を踏みしめる音
土の地面だけど、毎日踏み固めたせいで結構硬くなっている
これは基本的な套路で、『カク打頂肘』
毎朝これを何度もやる。気の済むまでやる
中国拳法の基本は功夫(クンフー)を鍛えること
つまり訓練を積む事で、その為には同じ動作を何度もする
古人に曰く、『千招(多くの技)を知る者を恐れず、一招に熟練する者を恐れよ』
つまり、色んな技を練習するよりも一つの技を徹底的に鍛えよ、とのお言葉
首尾一貫………とは、違うよね、うん
「カク打頂肘」
太陽が顔を出し、少し明るくなった
虚空に向かって肘打ちをする
「馬歩横打」
そのまま右足を一歩踏み出して馬歩(騎馬の体勢)になり、右腕を打ち出す
一つ一つ名前を確認しながら套路をこなしていく
「おー、今日も精が出るねぇ」
バイクのエンジン音と共に声をかけられた
見ると、既に顔馴染みになってしまった牛乳屋のおじさんが、ビン牛乳を届けに着ていた
あ、もうそんな時間か……
「おはようございます」
「おぅ、おはよう」
言いつつ、牛乳を四本渡してくる
僕と父と母と弟の分だ
三つを縦に重ね、自分の分の牛乳の蓋を器用に開ける
そのまま一気に飲み干した
「もう一本」
「欲しけりゃ金払え」
冷徹に言い放つと、バイクに乗って遠ざかっていく
その背中を見送っていると、家族が起きて来る気配がした
「おはよ……兄さん」
「おはよう」
まだ眠そうな目を擦りながら、弟が二階の窓から顔を出した
弟は中二になる。今迄色恋に関連した話を聞いたことが無い
………僕が言えることでもないが
15,6歳までに女性経験がないと女体化してしまうというのは、最早浸透してしまっている
しかしこの現象15,6歳と銘打ってはいるが、あくまで目安
実際は結構幅が広いらしい
中学二年から高校三年……範囲にするとそれぐらいだ
その中でも15,6歳の例が一番多い為にこんな事を言われている
しかし確立で言えば、女になるのは50%ぐらいらしい
………充分多い確立だよね
(………ま、僕も危ないんだけどね)
「いただきます」
「いただきます」
「いただきましょう」
「いただきました」
「「「早っ!!?」」」
毎朝のようにコントを繰り広げるこの家族
発言は上から僕、弟、母、父、父以外
見ると、既に父の分の皿は空になっていた
僕の家族は極平凡な家庭とも言えるし、言えないとも言える
父は普通に会社勤めだし、母は専業主婦
しかし二人ともその学歴は凄まじい物で
父は東京か京都かは忘れたけど有名な大学を出ている
母は母で有名な女子大出身だ
………なのに何故こんな平凡な家庭に落ち着いているのか
まぁ、普通は良い事だよね。平穏だし
「そういや、計兎。この頃成績はどうだ?」
「んー、まぁまぁ」
「そうか。お前のまぁまぁは大抵良い方だからな。安心だ」
言って、視線を新聞に戻した
とまぁ、こんな会話を繰り広げるほどに平凡で、家族内でのトラブルらしいトラブルも無い
「………爺ちゃん、今は何処に居るんだろうね」
そんな平穏な家庭の育った僕が中国拳法なんてものを遣ってるのには、勿論理由がある
それが今話題に上がった祖父である
僕の祖父は世界各国を旅するのが好きらしい
そしてその旅の途中で立ち寄った中国、そこで中国拳法と出会った
元々武術が好きだった祖父は、どうにか入門させてもらおうとしたらしい
そこら辺に色々と努力があったらしいが、それは話してくれない
………と、まぁ。そうやって習得した中国武術を、小学校に上がる前から教えてこられた訳である
自分の息子、つまり父さんは武術に興味が無かったので、孫である僕にバトンが渡ってきたわけだ
いや、嫌って訳じゃないけどさ
話は飛ぶが。後、場所も
僕の通う高校は、一応進学校と呼んでもいい
しかし学力だけではなく、スポーツ推薦なども盛んだ
だから平均的学力が良いかと問われれば………まぁ、微妙
それでも『進学校』という肩書きは色々と問題とかも呼び寄せる訳で
主に……頭の悪いバカとかを
「何見てんだ、コラァ!?」
「ひき殺されてぇーのかこんにゃろバカヤローめ!」
………見事な不良だ
バイクに乗ったまま校庭に乗り込んでいる
しかしまぁ、乗ってるのがスクーターな辺りときちんとヘルメットを被ってる辺り、不良なのかと疑問は残る
処でやっぱり進学校だから、頭の良い奴は結構多い
それでなくてもガリ勉、とでも言おうか。もやしっ子みたいなのは存在する
そうでなくてもあんな輩には係わり合いになりたく無いとは思うが
「…………はぁ」
校門付近に集まってる野次馬を掻き分け、前に出る
「あー、うん。君達」
三人のスクーターの動きが止まり、柄の悪そうな奴等がこちらを見てくる
学生服をきちんと着てる辺り、不良なのか真面目なのか
「邪魔だ、帰ってくれ」
簡潔に言うと、三人の額に青筋が浮かんだ
きちんとスクーターを止めると、凄みを利かせながら此方に歩いてくる。君ら本当に不良?
「んだ、テメェ?」
リーダー格らしい男が聞いてくる
「見ての通り、此処の生徒ですが」
真面目に返してやったのに、何故か怒ってる
おもむろに腕を掴まれる
「チョーシ乗ってんじゃねぇぞウラァ!」
凄まれてもな………爺ちゃんの方が怖かったし
軽く溜息をして、自分の腕を掴んでる手が離れないように、左手を添える
「それ」
右腕を半回転
それに伴い相手の腕と体も回転して、丁度後ろ側に捻り上げたような形になる
「イテ、イテテテテテ!!はっ、放しやがれ!」
「あ、ゴメン」
腕を放す
開放された男は少し涙目になって此方を睨んでいる
その両隣の取り巻きも同様
「痛い目見たくなかったら、大人しく帰ることをお勧めするけど……」
「あぁん!?」
どうやら僕には人を怒らせる才能があるようだ
やったぁ、ギネス申請でもしようか
なんて考えてると、ヤンキー共が戦闘態勢
各々ナイフやら木刀やら十得ナイフを取り出した
最後の人、本当に不良ですか?
「へるぁぁぁ!!」
奇声を上げてナイフ男が突っ込んでくる
間合いを計る
ある程度近付いた処で、右足を震脚
その勢いで左足を飛び出す
「カク打頂肘!」
……あ、つい癖で叫んでしまった
套路の前半を省略してのカク打頂肘
相手の腕の内側、つまりわき腹に綺麗にヒットした
ナイフ男が苦しそうに一歩後退
ここぞとばかりに追撃
(馬歩横打!)
今度は心の中で呟きながら、右足を一歩踏み出す
それと同時に右腕を打ち出し、腹部への鉄拳
「ぐふっ」
無駄に格好良く倒れて行った
その様子を見て、後の二人が怯む
「あのー、もう帰ってくれると嬉しいんですけど」
しかし相手も何かしらのプライドがあるらしい
ティッシュに包んで捨ててくれればいいのに
先程のリーダー格らしい男が木刀を持って襲ってくる
振り上げた木刀が斜めに振り下ろされた
ヒュン、と風を切る音
中腰になり、木刀を避けた
其のまま右足を低く蹴り出す(『右将テキ』)
相手の手前まで伸ばした処で、踏み込む
脚に釣られる様に上半身を動かし、右拳を上から打ち下ろす(『右シャスイ』)
「ウゲッ!」
頭から打たれて、舌を噛んだらしい
しかしまだまだ余裕そうだったので攻撃を続ける
打ち下ろした右拳を引く
と、同時に、腰の回転に乗せて左拳を打ち出す(『左斜打』)
その勢いで、木刀男が後ろに下がる
数歩ほど開いた距離を、両足で踏み切って一気に詰める
(打開!)
ヒュ、と風を切り、掌で腹部を打ち抜く(『打開』)
「よし、終わった」
まだ一人残っていたけど、見たところ戦意喪失したようだ
うん、それでよろしい
因みに先程使ったのは、『馬歩横打』『右将テキ』『右シャスイ』『左斜打』『打開』という、套路の一部だ
『カク打頂肘』の後に続けて行う、というか、『打開』まで続けて完璧な套路になる
基本も実戦で立派に使うことが出来るんだね
………正直、此処まで見事に決まるとは思わなかった。日々の鍛錬のお陰?
「君、この人達持って帰ってくれる?」
十得ナイフを持った男に言う。どうやらすっかり怯えている様だ
伸びている二人をたたき起こして、とっとと退散してしまった
地面に放り捨てた鞄を拾い、砂を払う
「さて、行くか」
呟いて、校舎へと歩き出す
窓からは騒ぎに興味を示した生徒達が顔を出して覗いている
うーん………有名人になってしまった
出来ればこういう目立ち方はごめん蒙りたいんだけど
……………あ、これって暴力とかで問題になったりするのかな?
~つづく~
最終更新:2008年07月21日 04:17