「いよう、有名人」
教室に入ると、ニヤケ面で迎えられた
頭の固い人が多くを占めるこんな学校だ。先程のような騒動は珍しい
暴行なんてしたくもされたくも無い、なんて人が大半だろうし
「何で此処にいるのさ」
「存在すら否定ですか」
コイツ、昼休みから登校して来るなんてザラだった筈なのに
最近はきちんと朝から登校している
それなりに成績は良いし出席日数を足りてるから黙認されてる状況なんだけど
「……事なかれ主義、万歳」
二時間目の授業を要点だけ止めて聞き流していると、授業が終わった
睡眠学習に励む澤田 雄治をたたき起こした
因みに先程まで“友達”と表現してた奴と同一人物ね
「勘弁……今日は7時に起きたんだよ………」
「妥当な睡眠時間じゃないか」
「………お前、何時起きだ」
「11時に寝て、5時に起きる」
……雄治が机に突っ伏した
もう一度起こそうとするのを、戸口からの先生の声が遮った
「月時 計兎、生徒指導室から呼び出しだ」
「正当防衛です」
生徒指導室に呼び出された僕は、その意見を押し通した
だって嘘じゃないですもん
ちゃんと証人も居る訳だし。いっぱい
「しかし……幾ら正当防衛といっても、学校の敷地内での暴力は……」
「じゃあ、先生は僕が殴られていれば良かったと?」
「い、いや、そうは言ってない……ただ、その、なんだ」
個室に校長と1対1で向かい合うというのは、普通の生徒にとっては重圧だと思う
だけど、残念なことに僕は思い込みが激しい
特に、自分が正しい、という面については
それに「大勢の生徒の為」という大義名分も背負っている
一方校長はいかにもなサラリーマンの様に、自信無さげに目線を泳がせ、脂汗が浮いている
この呼び出しも「体裁を気にして」という理由が当てはまりそうだ
あまり苦労をかけるのも忍びない
大人も結構大変なんだし。僕、子供だからわかんないけど
「もっと先生を頼っても良いんじゃないか?」
………先生が早く何とかしといてくれれば、僕がやる必要も無かったんですけどね
その言葉を飲み込む
わざわざ話と評価をややこしくする必要も無いし
「以後、そうします」
今後一切あんな事が無いのが、一番良いんだけどね。本当は
普段の生活態度も良く、正当防衛と実証されたので今回の件は黙認とする
(………こんな感じ?)
………黙認って公言してるのはかなり日本語としておかしいな
「あ」
聞いた覚えがあるような、無いような
「トケイ兎」
身体に直角になるように腕を伸ばして僕を指差す女の子
新垣アリス
その金色に輝く髪は緩やかなウェーブを描きながら、腰の辺りまでに長い
幻想的な深く青い二つの瞳はまるで自分とは違う世界を見つめているような錯覚を覚える
スレンダーといって良い体つきは無駄な発達をしておらず、胸部は標準的(を少し下回る)体型……ごめんなさい
少し標準より短いスカートですらそれを完成形と思わせるように調和している
白磁のような肌を黒いオーバーニーソックスが包み、穢す事の出来ない神聖さを錯覚させる絶対領域を備えている
その顔つきは整っていつつも柔らかい
身長と相俟って綺麗と言うよりかは幼……もとい、可愛いと表現できるかもしれない
「こんにちは」
彼女は僕と同じようにお辞儀を返して、こっちの顔をまっすぐ見つめてくる
僕は、彼女が歩いていくであろう方向に目線を走らせ、聞いてみる
「生徒指導室?」
「うん」
頷いた
しかし、いつも台詞が原稿用紙一行分を越えない……アレ、何処かで聞いたフレーズ
「何か悪さしたの?」
「してない」
「じゃ、出席日数が足りないとか」
「うん」
まさかのビンゴ。それほど嬉しくないけど
と言うかこの娘、YesとNoの他は単語しか話せないんじゃないかな、とか思ってみたり
出席日数で呼び出されるなんて、この娘ってもしかして雄治と同レベル?
「学校の授業、つまらないから出ない」
「分からないから?」
「全部分かるから、わざわざ習う必要ない」
…………ごめん、雄治。どうやら、君とは雲泥の差の方らしい
あー、何だ。あれか。天才と言う奴ですか
授業出てないって、道理でいつも図書館に居ると思ったよ
放課後になって直ぐ行ってるのに
………いや、まぁ。まだ2回しか行ってないんですけども
「……藪から?」
「スティック」
「寝耳に」
「ウォーター」
間違いない、天才だこの娘
正午、太陽が一番高い所に来た時の名前って何だっけ
………そうだ、南中だ
「僕学食行くけど、雄治は?」
「いや、俺は行かない」
結局午前中を睡眠学習で乗り切ったらしい
時々羨ましくなるよ
365日中に2~3日ぐらいの割合で
「君さ、この頃いつもダルそうだよね」
「俺は夜行性だからなぁ………」
今にもエクトプラズムが出そうな程に意気消沈していらっしゃる
悪い輩とでも交流持ったんかな
確か先輩にそんな人がいたし
あ、それだと真面目になる理由にはならないか
「僕の中では、君が実は世界を守る魔法少年、て結論が出たんだけど」
「この年齢で少年ってのもなぁ……大きなお友達ついてこねぇよ」
魔法は否定しなくていいのか
規則正しく長テーブルが並ぶ空間で多くの生徒が雑談を交わしながら料理を食べている
いいね、青春だね
僕もその風景の一部分で、野菜多めでルーの水増し(野菜なのに)をしたカレーを口に運ぶ
「隣、良いかな?」
ざる蕎麦とミートスパゲティをそれぞれ持った二人の女生徒
校章の色は共に三年の色
僕はこの二人を知っている……というか、この二人は未来から来た青色の自称猫型ロボット並みに有名だ、校内では
一人は八月一日 朽苗先輩
初めて見たときの印象は、有能な秘書、と言うイメージを覚えた記憶がある
艶のあるストレートの黒髪
女性でありながら何処か格好いいと表現できる人
身体つきでは女性の中では標準的だといえる
脛の下までの、黒いニーソックス
しかもメガネ属性まで備えている
もう一人は坂下 有希先輩
世間ずれしたお嬢様、と言われても何の疑いも抱かない
彼女……アリスと同じような髪型の、ふんわりとした栗色の髪の毛
そして同年代の中でも大きく発達しているであろう胸部にはついつい目が行ってしまう。いやもうホントスイマセンごめんなさい
何処か庇護欲を刺激する小動物のような雰囲気を身にまとっている
それと相反するようにアダルティックな魅力をかもし出す黒いパンティストッキングが何とも。うん、僕って気持ち悪い
因みに、八月一日さんの方は一、二年と生徒会副会長を勤め、三年の現在生徒会長
そんな経歴の持ち主だから……というのも理由の一つだ
坂下さんの方は三年から生徒会会長補佐、まぁ、生徒会長の付き人みたいな役職についてる
しかしなんと言ってもこの二人が有名な理由は別にあると言わざるをえない
恋人らしい、この二人。女の子同士なのに
でも一部の人は大歓喜らしい。何故だろう
「今朝のは凄かったね」
ざる蕎麦を食しながら言ってきた
「正当防衛ですよ?」
「あぁ、別に責めに来た訳じゃないから安心してくれ」
子供の相手をする保母さんのように微笑む
それだけで、人気のある理由が少し分かった気もする
「ああ言った輩は今月に入って3回目でね。正直頭を悩ませている所なんだ」
短く溜息
その向こうで坂下さんは一生懸命、ミートソースを飛ばさないようにスパゲティを食べている
3回………多いな
確かに進学校と言うのは妬まれた事もあるけど、其処までとは
其処まで来ると何か別の理由あるんかな
「そこで、だ。新しく安全保障委員という物を発祥させようと思っているんだが……どう思う?」
「いや、どう思う?と聞かれても」
何処の鋼鉄騒ぎゴミ係軍曹ですか?としか言えません。言わないけど
「安全保障という大仰だが……まぁ、今朝みたいな輩を追っ払うのに暴力を使うのを許される、用心棒みたいなものだ」
ワサビが利いたのか少し涙目になっていた
坂下さんは黙々と食べている
用心棒……しかし何故、僕にそんな事を話すのか。役に立つようなコネは持ってないですよ、僕
「そこで、君にも是非所属してもらいたいと思っているんだ」
ビッ、といった効果音と共に、割り箸の先を此方に向けてきた
「またまたご冗談を」
「私は嘘も冗談も好きだが、残念な事にこれは冗談じゃない」
何かこんがらがってきた
「それほど悪い話じゃないとも思うがな」
「他に適任の人が居ますよ、きっと」
ニンジンがガリっと音を立てた。生煮えだよコレ
まぁそれも学食らしくていいや
「勿論、他にも一年の藤崎 裕紀さんとかにも声をかけるつもりだが………委員長には君が適任だと思ったのでね」
「委員長だなんて尚更、器じゃありませんよ」
「ご馳走様、です」
ミートスパゲティを食べ終え、食堂の備えつきのナフキンで口の周りを拭いていた
「朽苗ちゃんの分も片付けようか?」
いつの間にか食べ終わっていたざる蕎麦の容器とミートスパゲティの容器を器用に運んでいく
その背中を少し見送った後、八月一日さんが話を再開した
「充分に足る器さ。それに、入ってくれると良い事もある」
「……例えば?」
「今朝のような事があっても、評価が下がる事も無い。生徒会所属扱いだからな、正当な仕事だ」
「それに、合法的に暴力を振るう事も出来る」
八月一日さんは少し挑戦的な笑みを浮かべていた
何故だかそれが気に入らない
純粋に嫌悪感を感じた
自分で言うのもなんだが、珍しい事だ
「………僕は、戦いたくて拳法をやってる訳じゃないですから」
寧ろ争いを好まない、温厚な性格だからね、僕
自分から吹っかけた事は無いよ。何だその疑わしげな眼は。僕の被害妄想か
「じゃあ、何故拳法をやるんだい?人を傷つける為の物じゃないか」
何で………か
何でだっけ
爺ちゃんに習ったから、と言ったらそれまでだが
それだと今迄続けている理由にはならない
確か、昔爺ちゃんに言われた言葉が……
「皆と、仲良くなる為ですよ」
首をかしげていた
拳法と友達ってそんなに結びつかないかな
……うん、結びつかないなぁ
「…すまない、どうしても関連性が分からないんだが」
額に人差し指を当てて、真剣に考えていた
何か物凄く申し訳ない気がする
「えーと、感覚の問題なので論理的に説明しろとか言われちゃうと、非常に面倒くさい問題なんですが………」
「今朝みたいな、スクーター暴走族が居たとしましょう」
真剣に聞き入ってる
そこまでマジな話じゃないんだけど
「そんな人と仲良くなるなら、普通の人じゃ無理だと思うんですよね」
「ふむ、それで?」
「だからと言って、同じことして仲間に入れてもらうんじゃミイラ取りがミイラな訳ですから……」
「んーと、そうですね………拳を交えた後の『お前、やるじゃねぇか……』『ハッ、テメェもな……』みたいな感覚が近いですね」
最終的に何を言いたかったんだろう、僕は
と言うか、スクーター暴走族がいたという仮定は何処で役に立ったんだ、何処で
「なるほどな……そういう考え方もあるのか」
納得していらっしゃる。さすが生徒会長様だ
僕とは理解力が違うのか? さぁねぇ
「すまない、正直言うと、私は君を試していた」
頭を下げられる
そして頭が上がった時には、自信満ち溢れた笑みを浮かべていた
「が、今のを聞いて安心した。どうやら君は、私の思っていた通りの人物のようだ」
……墓穴を掘った気がしないでもない
このタイプは一度決めたらしつこい、と本能が告げていた
何せこの人、あだ名が『スネーク』とか言うらしいし。蛇だよ蛇
「先程の話、悪い話では無いと思う。考えておいてくれると嬉しい」
そう話を纏めた処で、坂下さんが帰ってくる
ナイスなタイミング
「朽苗ちゃん、そろそろ時間が」
「あぁ、もうこんな時間なのか」
まだ昼休みが終わる時間ではない
会議でもあるんだろうか
「忙しそうですね」
「そりゃ忙しいさ。なんと言っても生徒会長だからな」
どちらかと言うと誇りに持っているような声
自分に自信を持てるというのは良い事ですね
「あぁ、そうだ」
一旦帰りかけた足を此方へと向けた
そしてスカートのポケットから、二枚の白いチケットのような物を取り出した
どうでもいいけど、スカートにポケットなんかあったんだね、ウチの制服
「先程どうやら、不快な気分にさせたようだからね。お詫びとして受け取ってくれ」
「え、悪いですよ。そんな……」
「私の気がすまない、受け取ってくれ」
ムリヤリに渡される
遊園地のチケット……確か最近出来た、結構大きい奴
クラスで話題になっていたのを覚えている
「コレ、良いんですか?彼女さんとは」
「うん、良いんだ。それは宣伝してくれって渡された物だから」
チケットに視線を落とすと、右隅に小さく「坂下グループ」の文字
「坂下さんってもしかして………」
「察しの通りだ。ほら、分かっただろ?私達は大丈夫なんだよ」
坂下グループと言えば、「ネジの頭からガ○ダムまで」がモットーの大手企業グループ
この学校、まさかそんなお嬢様まで通ってるとは
安全保障委員………必要だよな、そりゃ
「ま、要らないなら友達に譲るなりしてくれ。それじゃ」
長髪を翻して、颯爽と去っていった
残された僕は、チケットに眼を落とす
2枚………1枚につきお一人様無料入場
でも、女の子で親しい人なんて、思いつかないし
「………雄治でも誘うか?」
男二人で遊園地
想像してみる
「………うわぁ、悲惨だぁ」
とりあえず、無いな。これは無い。この可能性を選ぶぐらいなら一人で行く事にしよう。絶対に
~つづく~
最終更新:2008年07月21日 04:18