『不思議なアリスと月兎』4

「じゃあこの問題をー………高峰」
「はいっ! 全く分かりません!」

金曜日と言うのは明日に休みを控えている為か、何処と無く空気が弛緩している気がする
それでも僕や雄治みたいに普段から緩んでる者にとって関係はあるのだろうか
答えはNoなんだな。悲しい事に

窓の外へと眼をやると、魚のような細長い雲が列を成して泳いでいる
あー、サンマ雲だっけ?何か違うような
今日の晩御飯、サンマが良いなぁ……

「月時………月時!訊いてるのか!」
「え、はい!」
「この問題を解いてみろ!制限時間は40秒だ!」

酷いや、横暴だぁ
………いや、授業聞いてなかった僕が悪いんだけどね




キーンコーンカーンコー

チャイムの音色って個性とかあるのかな
半分以上聞き流した授業の後の一時の休息
即ち昼食の時間

「あー……おはよう」


朝から登校した為か、午前中はずっと眠っていた雄治
これは出席として扱っていいものなのか

「んー………俺、今日は学食いかねーわ」

訊いてないけどね、別に
そう言いつつ席を立ち、雄治は教室の出口へと向かう

「何? 早退?」
「ちげーよ」

不機嫌そうにそれだけ言って、雄治の姿は扉の向こうへと消えていった
生活リズムが狂ってるから腹が減らないんだろうか

「…………なんて、考えてる場合じゃない」

早く行かないと混む。もう遅いくらいだ
具で水増しされたカレーを食べる為に席を立ち上がった所、一人の人影が行く手を阻む

「計兎、ちょっと手伝ってくんね?」
「嫌。邪魔。退け」

言いつつ横を通り抜ける
しかし襟首を掴まれ、自分が歩を進めた分首が絞まる

「力仕事でさー、俺一人じゃ無理なんだよ」
「尚更僕に頼むな。僕はか弱いんだ」

「………学食全品半額券、10枚でどうだ?」
「さて、何から運ぼうか?」


流石中学以来の友人。僕の弱点を知り尽くしている
………物に釣られやすいんだなぁ、僕って

「………あのさ、さっきの授業って数学だったよね?」

僕に配分されたダンボールは三つ
映写機とか使わないだろ、常識的に考えて
背の低い僕が三つ重ねて持つと、見事に視界は封じられる
その為に少し横向きに歩かなきゃならない

「そしてこの比率もオカしくない?」

一つでも相当重いのに三つ
圭一……あ、コイツの名前ね
奴にいたってはダンボール一個
見るからに軽そうだ
あー………藁人形って通販で買えるのかな

「………せいぜい夜道に気をつけて」
「こえーよ」

精一杯の怨み節
階段の最後の一段を降りる
先生も持ってきたんなら自分で片付ければいいのに

「おはよう」
「うん、おはよー……う?」

脊髄反射的に返事をしようとしたが、今は昼だ
おはようと言うのは変じゃないか?


姿を確認する為に、少し身体を回す
思ったとおり、一人の女生徒
手には鞄をぶら下げており、早退か盛大な遅刻か
恐らくは後者だ

「ちゃんと朝に来なきゃ」
「寝坊した」

起き抜け特有の気だるさを漂わせている
睡眠時間も足りなさそうだ
夜更かしでもしたんだろうか……らしくない
勝手なイメージに、らしくないも何も無いけど

「じゃ、教室、行くから」
「今の内に来てないと、後で苦労するよー」
「んー……」

一年ほど前の誰かさんを彷彿とさせるのは何故だろう
眼が覚めて一時間ほど位しか経ってないような雰囲気を漂わせながら、危なげに歩いていく
その背中を見送っていた所為か、もう一人居たのを忘れていた

「……計兎の彼女か?」
「違うよ、全然違うよ」
「まぁ照れるな」

クックック、と含みを持った笑い声。テンプルにカチンと来る
鬼の首を取った桃太郎の様な態度が何かムカつく
左手だけでバランスよくダンボール三つを支える。腕が痛い

右腕で学ランの内ポケットにある物を取り出し、見せる

「もし、今の事について何かしらの噂になった場合、僕は君の所為だと確定させて貰う」
「そ、それはぁっ!」

人差し指と中指に挟んだ三枚の写真
それは圭一の黒歴史(現在進行形)を映した物
詳しく言えば
一枚目はメイドの女装
二枚目はナースの女装
三枚目は女装したまま、姉に襲われそうになっている物。………無論、性的な意味で

圭一の姉は見事なブラコンであり、圭一はそれを知られることを嫌っている
人によっちゃ垂涎物のシチュエーションだと言うのに

「それを………何処で」
「君の姉とは何処か通じるとこがあるみたいでね。まぁ、ちょっとしたコネという奴だ」

ピラピラと前後に振る
因みにちゃんとバックアップ……というか
簡潔に言えば『ネガは別にある!』と言う奴だ
負けフラグの立つ台詞だねぇ

「悪い虫が付かないように見張って………という条件だけど」
「むしろ本題じゃん、それ」

諦め気味に溜息を付いて、俺のダンボールを上から一つ持っていく

「要は、言わなきゃいいんだろ言わなきゃ………」
「そそ、飲み込みが早くて助かるねぇ」

職員室までの道中、今度は僕が小声で呪いの言葉を呟かれていた


「あー…いっつぁ」

読んでいた本から目を上げ、こめかみを押さえる
既に放課後、場所は図書館の三階
制服姿の男女が一組
………僕とアリスなんだけどね。もったいぶる必要ないし

「頭、どうかした?」
「うーん………呪いって本当にあるんだねぇ」
「え?」

何気に酷い事をいわれた気がするが、まぁ置いておこうか
恋愛小説を読みふけるアリス
24冊目に取り掛かっている
相変わらずペースの速いことで

そして僕はと言うと『ツッコミ大全』
古今東西の芸人を例に出し、様々なツッコミを紹介している
コレを取ったのに意味は無い
芸人になるつもりもない
ふと、感じる視線

「えーと、何か?」

アリスが此方を凝視していた
正しくは、本の題名を
その引き込まれるような青い瞳には、思案の様子が現れていた
一世一代の大勝負に望む勝負師の様に、意を決したようだ

「隣の囲いに、塀ができたってねー」


…………ツッコミ待ち?
だとして、どう反応しろと
隣の囲い=塀だろ?
塀に塀が出来たってどういうことだ
二重要塞か?お湯攻めか? 出オチか?

「なんでやねん」

悩んだ挙句にスタンダードなツッコミしか出来ない僕のヘタレ
しかも噛みあってないし
そのツッコミの受けて固まっていたアリスが反撃に移ってきた

「もーええわ」

裏手チョップ付き
1枚上手だった。流石天才
そこですかさず反撃の容易

「アンタとは」
「もー」


「「やっとれんわー」」

見事なシンクロ。ナイズドスイミング

生憎、こんな僕達へのツッコミ役が居ない


そんなシュールレアリズム(?) な一時から少し時間が経った。数分ほど
手に持った本は『ボケの真髄』の章へと突入していた
ツッコミの本なのに

「ちょっと、目、瞑ってくれる?」
「ん?」

たった今本を読み終わったらしきアリスが此方を向いていた
この間強烈に自覚してしまった所為か
可愛いと、素直に思ってしまう
………コレは恋愛感情なんだろうか
それとも純粋に、愛でる方向での可愛い………?

あー、経験してない事だと頭痛くなるなぁ

「試してみたい事があるから」

小首傾げる仕草って、凶悪だね
あぁもぅ、可愛いなぁチクショ

「まぁ、いいけど」

さっきまで読んでたのは確か、恋愛小説でも純愛に評判高い奴だったよなぁ
って事は、おまじないとか?
………キャラじゃない、なんて言ったら失礼だよな

「其のままちょっと、動かないで下さい」

椅子から立ち上がる音
視界が0になった所為か、聴覚が鋭くなっている


そのままの状態で、5秒、10秒、15秒………
きっちり計った訳ではないが、おおよそ30秒
特に何の変化もない

(長いな………)

流石に不審に思って、右目を少しあける
と、同時に

「!?」

アリスの顔が、直ぐ其処まで迫っていた
状況を把握する間もなく、唇が何か柔らかい物で塞がれる

「んっ……!」

何かを言おうとしても、くぐもった声しか出ない
目を瞑ったアリスの顔が直ぐ其処にあって、思考がばらついて行く

「んぅ………」

両の頬に手が当てられて、顔がにわかに固定される
アリスが少し唇の力を緩めると、唾液の音が鳴った
それが静寂に包まれた本棚の間へと沈んでいく
その艶っぽい音だけで僕の血液が顔へと集まってきた
首筋にじんわりと汗をかく


アリスに、キスをしている―――――……


冷静に考えれば受動態だが、今は冷静じゃない
頭が文章としてそれを実感すると、唇に全神経が集中しだす
やんわりと僕のと重なる唇は、とても熱い

「あっ………」

アリスの唇が開き、その奥から舌が姿を現した
アリスはまず僕の唇を舐める
何度も何度も、なぞるように
僕の唇が唾液に濡れると、次は中へと侵入してくる
半ば放心状態で、成す術の無い
それでも身体は自然と反応してしまう

「うぅ」

侵入してきた舌に、自分の舌をからめる
ぬめぬめとしているソレが、自分の物と絡みあう
そうなれば開いた口からは先程のような水の音が響く
普段のアリスからは考えられない、積極的なキス

自分の総てを支配される感覚で………何故かそれでも良いと思えてしまった


自我とか理性とかが吹き飛びそうな一歩手前で、そのキスは終わった

「ハァッ………ハァ」

身体は酸素を求め、自然と呼吸が荒くなってしまっていた


僕と彼女の舌に出来た唾液の橋がプツン、と途切れた
彼女は涎塗れの唇を袖で拭った
そして一言

「あまり、気持ちよくない………」

冷水を頭からぶっ掛けられた気分だ
急に思考が戻ってきた

そらね?僕は今迄彼女も居なかったチェリーボーイですよ
女体化の危険に日々晒される身ですよ
キスだって今のが初めてでしたよ
別に嫌じゃないけど。大歓迎ですが

その感想が『気持ちよくなかった』じゃあ傷もつきますさ
思春期だもの

「あー……えと、急に何で、こんな事?」

傷心を極力表に出さぬよう勤めた
並みの精神力じゃあない。偉いぞ僕。あれ、何か涙でそう

「…………」

無言で本の山をさす。恋愛小説の

「どれにもキスって重要に書かれてたから、どんな物なんだろうって思って………」


バツの悪そうに、顔を背ける
なるほど、アリスらしいと言えばらしいか
多分彼女の中では、キスと言う行為は妙に神格化されているだろう
………いきなり実戦はどうかと思うけど
いや、嬉しかったけどさ

「やっぱそういうのって………シチュエーションとか、雰囲気が大切なんじゃないかな」

童貞坊やの癖に、何を偉そうに。うん、僕の事
ソレでもアリスは結構本気に取ったらしい
思案中のようだ

「分かりました。脱ぎます」
「待って、脱がなくていいから」

制服に手を掛けかけたアリスを必死に止める。そっれはもう必死に
疑問符を浮かべられても困る

「じゃあ、どうすれば?」
「そういう即物的なもんじゃなくてさ………ほら、あのー」

そう言えば、と思いつく
鞄に閉まっていた、一枚のチケット
確か此処に………あった

「ちょうど明日から休日だし………」

「デート、してみない?」

~つづく?~

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最終更新:2008年07月21日 04:22
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