『不思議なアリスと月兎』5

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ

午前7時、目覚まし時計が仕事を始める
普段なら拳法の鍛錬を終えている時間だ
故に休みぐらいしか僕を起こす機会が無い為か、一段を張り切ってるようにも聞こえる

「ん~……」

しかし残念ながら僕は既に起きている
そして二時間ほど前からずっとうなり続けている

………何をしているんだろう、僕は

自問に自答するならば、服を選んでいる
その服を選んでいる理由を答えるならば、おおよそ12時間前
正確な時刻ではないが、昨日の午後4時から7時にかけてのこと

僕こと月時 計兎はアリスをデートの誘った

断られてもノリで言ってみましたーって感じに誤魔化せる保険をかけてという、なんともヘタレな状況で
それでもちゃんと真剣だったよ。誰に言い訳してるんだ僕は

「コレは………やめとこ」

その申し出を快諾したアリス
といってもその言葉の響きには、恋愛感情じゃなくてあくまで実験のような響きが含まれていた気がする
気のせいであって貰いたい
気のせいで無いなら少なからず彼女に異性として惹かれてる思春期少年には、酷い仕打ちだ

自業自得と言われれば、まぁ、それまでなんだけど


さて、話を戻そう。戻すも何も無いが
皆さんご存知のとおり僕がいわゆる童顔、それも女の子に間違われた経験がある……というか日常茶飯事のレベルだ
経緯と目的はどうであれ、一応形式はデートだ
ちゃんとした格好で行きたいと思うのは不自然だろうか、いいや極々自然だ

………で、問題になってくるのが先程の僕の身体的特徴

他の人が着れば普通に見える服でも、僕が着ると『ボーイッシュな女の子』に見られてしまう
かと言って必要以上に男であることをアピールする服は似合わない
そんなバランス感覚が強要されてしまう訳だ

其れだけならまぁ簡単なんだが、ここに自分の希望が入るとなると難しい
普段は『女の子に見られない様に』と言った服装を選んでいる
つまり、自分を飾る意味での服装で悩んだ覚えが無い

「ファッション雑誌とか………読んでおくべきだったなぁ」

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ


三年ほど前、皮肉としてプレゼントされたウサギ型の目覚まし時計は、虚しく鳴り続けていた


「………兄さん、いい加減うるさい」

そういって弟が目を擦りながら不平を言ってきたのは、7時15分のこと
その間目覚まし時計はずっと鳴り続けていた


………だんだん泣き声に聞こえてくるのは何故だろう


普段休日は昼過ぎまで寝ている弟が目を覚ましたので、休日という括りの中では久しぶりの家族団欒の朝食
洗顔→歯磨き→朝食→歯磨き(二回目)と手順を終えて、またもや服に悩む僕

いっその事黒地に髑髏の服に毒々しいシルバーアクセサリーでも付けていこうか

やめておこう、似合わないし、持ってないし

気がついてみれば時刻は8時13分
そろそろ家を出ないといけないなぁ……

タキシードでも着ていこうか。時計兎だし
冷静に考えると変人だよなぁ………アリスがフリル付のゴシックロリータファッションでも着てくるなら釣り合うかもしれないけど
奇異の目で見られることに変わりは無いか



8時30分
あんなに焦燥したにもかかわらず、待ち合わせの約束の時間の30分前
気合入れすぎだろ、僕

結局服装は女の子に見られない程度の無難な物
今後はファッションの勉強もしておこう

非常にネガティブな思考に陥りながら、図書館への道を往く
もう殆ど見えてんだけどね
なぜ図書館かと言うと他に思い当たらなかった

後30分をどうやって潰そうかと考えていると、そこにあった光景に驚愕した

えーっと、コレはあれですか。タキシードを着て来いってことですか?


ざわざわと賑わう遊園地。流石は大手グループのスポンサーだけあって人気のご様子
そのスポンサーの愛娘である先輩が改めてすごいと思った

そしてアリスの服装は軽く流した。保留ってことで
『不思議の国のアリス』を髣髴とさせるドレスを着てくるなんて、いったい誰が予測できただろう
水色のフリル付のドレスがよく似合ってらっしゃる

そして流石は遊園地とは夢の国、そんな服装にまったく違和を感じなくなる不思議。

親子連れやらカップルやらも、見事に羽目を外した衣装だ

「色々あって迷う、わね」

アリスは仕切りに辺りを見回している。言葉遣いが何処となーくぎこちない
その妙に子供っぽい動作に自然と頬が緩くなっている………変な人だな、僕

「ゆっくり選ぶと良いよ。時間はたっぷりあるからね」
「そう………じゃあアレにする」

そういって彼女の端整な細い指が指したのは、メルヘンの代表格

「メリーゴーランド………?」
「前から乗りたいと思ってた」

普段の彼女からすれば、メルヘンチックな気もする
しかし今は彼女自身がメルヘンの一員だとも思える
そう考えると自然に思えてきたよ。おかしいな

「さ、行こうか」
「あ、やっぱり僕もですか………」


DQ風に言うとするならば、『そして、夜が明けた』
そこまで時間は経ってないけどね

瞳を輝かせるアリスと共に、遊園地を堪能した

メリーゴウランドのメルヘンチックな音楽に感動したり、
コーヒーカップの最高回転速度と回転数を叩き出したり、
ゴーカートで風になってみれば他の人とぶつかってしまったり、

とまぁ、色々
ちなみに運転者はアリスであって、当方には一切責任は無いはずです。多分

アリスを十分に堪能した………実際アリスの事しか見てなかったので、間違ってはいないよ

兎にも角にも僕たちは、一時休憩を兼ねて観覧車に乗っている

「楽しい………」

目を瞑って頬に手をやり、興奮のためか赤くなった頬
ほう……と一息をつくその仕草は女の子である事を確認させられる

「観覧車は、初めて?」
「愚かな愚問ね」

愚か、を重ねられた

「遊園地自体、初めてだよ」

そういうアリスの目には、憂いが秘められているように感じた


「子供の頃から勉強ばっかしてたよ………なんたって、天才だったからね」

その天才と言う響きには誇りは無く、寧ろ自虐的な声
僕には分からないが、色々とあったのだろう
しかし、今日は何時に無く饒舌というか
遊園地と言う非日常がそうさせるのだろうか。話し方も少し自然になっているし

「子供の頃からねぇ……」
「想像できる? 私の子供時代」

咄嗟に今のアリスを縮めた姿を想像してみる
そこから受ける印象は………

「物語の主軸となる仲良し五人組。そこに話の途中から加わってくる天才少女、って感じかな」

某探偵学園のあの人とか、某クレヨンなんたらのあの娘とか
真面目だよ?

「………私、一応元男なんだけど」

そうだったね


「あ」
「え?」

対角線上に座っていたアリスが、いつの間にか近づいてきていた


「何、でしょう、か」
「アレ」

膝を跨ぐようにして窓を指差すアリス
その先にあるものは………

「ジェットコースター?」

クラスの人達の間で評判だったな
三連続ループとか、ツイストとか、最高速度とかが

「次、アレに乗ろう」
「マジですか?」
「マジです」



惚れた弱みと言うかなんと言うか
こういうときは得てして女性の立場が上なもんだ
多少メランコリックに憂鬱な気分に……あ、同じ意味か
とりあえず暗雲立ち込める気分で行列待ち
しかしアリスが喜ぶと考えると前向きになってしまう僕が憎い

流石に遊園地の主役であり目玉。行列の長い事
おおよそ一時間ほど待つ羽目となった
まぁ、主観込みだけど

「次の方、どうぞー」

係りのお姉さんに誘導させられ、一番前の席へ。先頭に居たから当たり前っちゃあ当たり前


「もう言っても遅いけど………結構怖いよ?」
「望む所だよ」

好奇心に目を爛々と輝かせている。駄目だ、説得とか出来ない。出来ても意味無い
諦観の感情が生まれた瞬間、お馴染みの黒いバーが降りてきて体を固定する
あぁ、すっごくこわい

ガタン、と大きく音がして、ジェットコースターは進みだす

「ドキドキするねぇ」
「そう?聞いてたよりはのんびりしてるけど」

あぁ、この娘はこの先に何が起きるのか知らないのか
知らないというのは罪なんですね、クルーゼさん。って誰だ

「………ねぇ、コレってカップルが乗るもの………なのよね?」

イントネーションが微妙におかしい。何処の方言なんでしょうか、と突っ込みたくなるほどに

「家族とかでも乗るけど………主にカップルが中心だね」

というか、遊園地なんて家族か恋人か、だもんな。客層が
何が悲しくて同性と遊園地なんか……と思うのは差別だろうか

「そう、良かった」
「え?」

どういうこと? と聞き返そうとしたとき、不意に景色が流れた

否、僕達は急降下していった


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うああぁぁぁぁぁ………」

悲鳴にも二種類ある事を知った
アリスは悲鳴の中にも喜びとか、つまりは娯楽の中での悲鳴
そして僕は純粋に悲鳴を上げている

景色は急速に後ろへと流れ、高速移動による強風に顔を打ち付ける

三連続ループでは三半規管が過敏に異変を感じ取り、
四連続ツイストでは遠心力で体の血液が急に移動するような錯覚を味わい、
スパイラルと呼ばれる渦状のコースではもう何も覚えていない


言うなればその時、僕は風になった
肉体と言う柵を越え、風になった
自然の一部に、ひいては地球の一部に

そう!僕は一陣の風となり、飛び回っているのさ!先立つ不幸をお許しください!


「………気持ち悪い」

呟いたその声は速さの中に消え、込み上げて来る吐き気に現実逃避から現実に戻って来た事を感じた


……
………テン、テン、テテテン♪

「凄かった…………」


悦に入るはアリスさん
鬱に入るは月ウサギ

「恋をするってこんな感じなのかな……?」

両腕を胸へとあて、自らの鼓動を確認している
その頬はより一層赤く見える

「ねぇ、私、今なら………」

アリスは戯曲を演じるように半回転
その独特なスカートもふわりと揺れる

「うぷ………」

ゴミ箱にもたれ掛かる月ウサギ
もとい、月時 計兎
いや、もう、なんだ? ムードぶち壊し?


「………だらしの無い」
「申し訳ないです……」

ベンチに寝転ばせた計兎を見下ろし、一言
そして溜息一つ

「何か冷たい物買ってくるから、そこで待ってて」
「はい………」


「あー………」

僕の三半規管は常人より敏感なようで
ジェットコースターなんか乗った日にゃあそらもう地獄です

紫色の靄がかかってそうな暗澹たる気分
額に腕を乗せて、遠くに見えるアリスの背中を見送った

(しかし、今日は積極的だなぁ)

遊園地と言う非日常のお陰だろうか。今日のアリスは一段と行動的だ

―――それとも、あれが彼女の本来の姿だったりするんだろうか

彼女が『非凡』である事は簡単に解る
まだ精神が発達していない小学校時代などには、それは虐めの格好の的になるだろう
幼い頃からそんな環境に身を置き続けて居れば多分、人に対して心を閉ざしてしまう
実際そうなった人、知ってるしね
性別の違いはあれどそこらへんは同じ………あ、元は一緒だっけ

そう考えると、今の行動的なアリスは、彼女の本来の姿………
心を開いてくれてるって思っても、良いんだろうか

(まぁ………全部僕の妄想なんだけど)

あながち間違いじゃないと思いたい
というか、僕と親しい人って皆似通ってる人な気がするよ
えーと、何だっけ?三度目の正直だっけ?

(そういや、向こうの方に自販機あったっけ?)


――――せっかく、いい雰囲気だったのに

そう考えてる自分に気がついて、少し驚いた
今までは他人と関わるなんて、煩わしいだけだったはずなのだけど今日だけじゃない
彼に会ってから、こんな事ばかり考えてる気がする

『間違いなく其れは恋ね。恋。
   英語で言うところのLOVE。解る?』


……クラスメイトの女子の台詞が音声付で再生されてしまった
やっぱり異性関係のことを簡単に相談するもんじゃない。元は同性だけど
勘違いとか生む原因だし

(恋………ね)

そんな事言われてもなぁ
彼の事を思い浮かべてみる
確かに顔は悪くない……可愛いって方向で
優しいし、私相手でも他の人みたいに特別扱いをしない

後、適度な距離を保ってくれる
それは私みたいに人付き合いに慣れてない人には凄く有難い
それに笑顔が素敵………だと、思う

ん?これってもう……

「………アレ?」


何か重要な結論に達しそうになったその瞬間
思考は一気に別のことにシフトした

「ここ、何処……?」

確かジュースを買いに来たはずなんだけど
物思いに耽っていたらいつの間にやら見覚えの無いところへ
周りを見ると、曲がりくねって先の見通しのつかない道がいくつか

「どっちからだっけ………来たの」

不用意に見回したせいで、最初に向いていた方向がわからない
迂闊。迂闊にもほどがある
コレはもしや俗に言う……

「ママァーーー!!!!」


子供の高い泣き声
一瞬体が震えた
泣いている子供の傍に係員らしき女性が近づき、必死で宥めている

(そっか、こういうのが迷子っていうんだ………)

その事を自覚すると、少し心細くなる
瞳から溢れそうになる液体を、必死に抑える

「どーしたのキミ?今一人?」


突如声をかけてきたのは、いかにもな三人組
………男三人で遊園地?

「俺らん所、華が無くてさぁ。どーよ、一緒に」
「いえ、連れがいますから」
「まーたまたぁ」

妙に馴れ馴れしい
こういうのをなんというのだったか……
そうそう、うざったい、だ

「大人しくした方がいいよー?コイツ切れると何するかわかんねぇから」
「そーそー。木刀もって他校に殴りこみ行く位だから」

取り巻きのような、肥満体型なのと少し肉付きの悪い体型の二人がはやし立てる
どこかで聞いた話のような

「まぁ、悪いようにはしないから」

ニタニタと下心を多分に含んだ笑顔
不快だ。非常に
リーダー格らしい男が私の腕を掴んでくる

「………触らないで」

出来るだけドスの聞いた声を出そうとしても、女になった体では高音の可愛らしい声しか出なかった。自分で言うのもなんだけど
腕を払うと、不機嫌になった事が露骨に表される


「んの女………下手にしてりゃあ、付け上がりやがって」


下手に出る、と言う言葉を百回辞書で引いて来ると良い

……という、火に油を注ぐような発言を飲み込んだ
さて、どうしようか
流石に軽率な言動であったと反省せざるおえない

「あーあ、怒らしちゃった」
「俺どうなってもしらねぇや」

と言いつつ、脇の二人もなにやらノリノリだ
元々良いとはいえない顔を、さらに歪ませている

―――まずい、助けて

「さあ、貴様ら!3人で武器も持ってた癖に素手のたった一人に叩きのめされた程の実力を見せてやれ!」
「おおぉぉぉぉぉ!!………お?」

突如響く突撃指令
明らかに馬鹿にする内容だ
しかも声は第三者……四者? まぁ、それはどっちでもいい
一瞬流されそうになった三人組も、その第四者を見た

「あ……」
「やぁ」

月時 計兎
彼が、いつものように笑顔で佇んでいた
そしてリーダー格らしき男をはじめ三人組、妙に怯えている

「ぜ、全力で後ろに前進しろぉぉぉぉぉぉ!!!」


うーん、見事な逃げっぷりだ
土埃を巻き上げるがごとく、彼方へと走り去っていった
因みに僕がここに居る事の顛末を簡単に説明すると、以下のとおり

1、アリスの行った方向には自販機が無いはずなので、追いかけた
2、なんか絡まれてる?
3、この間のスクーター三人組じゃん

「アリス、大丈夫?」
「………」

少し考えるような顔

「いや、あの」

今まで見た覚えの無い、躊躇するような顔
いや、躊躇というのは少し違うな
なんだろ……恥ずかしがってる?

「………名前」
「え?」

「初めて名前呼んでくれたなぁ……って、思って」

照れたように言う
物凄い破壊力だ

(……くそう、反則だ)

多分、僕の顔は朱に染まっていたと思う


コレは所謂後日談……という訳なんだが二日後の月曜、その放課後
僕とアリスはやはり図書館にいた

遊園地では何故だかお互いを意識してしまい、自然と別れる形になった
気まずい別れではなかったと思いたいね

「まさか、アリスが方向音痴だったとはね」
「……アレは考え事してたから」
「考え事ねぇ」

素っ気無いのを装っているのが解る
これは照れ隠しというのか強がりというのか

「ところで、西はどっちだっけ?」

馬鹿な事聞かないで、と言った風な目線
そして自信満々にある方向を指した

「あっち」
「こっちだよ」

アリスの指した方向と真逆の方向を指差した
沈黙

「………屈辱だわ」

机の上に項垂れた

………そろそろ帰る時間だな。この空気も怖いし


「それじゃ、帰るよ」

ブラム・ストーカー作の有名な吸血鬼小説を閉じる
いやぁ、面白かった。色々と
鞄と本を持って立ち上がる

「あ………」

消え入るような小さい声
反応してしまう自分が憎い

「ん?」

立ち止まり、次の言葉を待つ
短い沈黙の後、アリスは口を開いた

「明日も………来る?」

いつか、同じ言葉を聞いた気がする
そして、僕も僕で代わり映えが無い。またもや彼女の事を、可愛いと思っていた

「当たり前だよ」

笑顔で答える僕は、間違いなく幸せだと実感できた

………彼女の読んでいるのが、官能小説と言う所が酷く心配ではあるけど
実験したいとか言わないよね? いや其れはそれで非常に嬉しくもあるっちゃるんだけど

…………何やってんだろうなぁ、僕


彼が階段へと向かっていく
いつもは私もその後を追いかけるんだけど
今日は、なんとなくその背中を見送っていた

「………ふふ」

自然と笑みがこぼれた
彼の言葉が、頭の中で繰り返される

――当たり前だよ

少し頬を染めた、彼の笑顔
其れを思い出すだけで、鼓動が早鐘のようになる

明日の放課後が待ち遠しい
学校でも会える事は会えるけど
図書館で会うと言う事が、なんだか私が特別な存在だと思えてしまう
そして、其れが凄く嬉しい

(コレが、恋って事なの……かしら?)

明日、友達に聞いてみようか……
考えて、首を横に振る

そんな事聞かなくても、解りきってる気がした

多分、この胸の高鳴りは、何よりの証拠だから

~完~

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最終更新:2008年07月21日 04:24
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