445 名前:
缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:06:45.46 ID:4EVIt5ws0
気が付くとあんなに暑かった夏も過ぎ去り肌寒い季節になっていた
窓から見える大木の葉が茶色に染まっている
「あの葉が全部落ちる頃には、僕の命も……」
……やめた、浸る程の事でもないし
僕の名前は中和泉 秋生(ナカイズミ アキオ)11月4日生まれ
趣味は読書と空想に耽る事
といっても、それ以外にすることもない
今の僕の状況は入院中
小学校に上がる頃に心臓の病気が発覚し、それ以来ずっと入院している
年齢は15歳、高校一年生
入学式に顔出したまま休んでるけど、テストで成績を残してるから例外的に認められている
祖父が田舎で多くの土地を持っていたりする、古くから続く名家の一人息子
昔から、結構不思議な事を体験してきた
親が言う所には神隠しに有った事もあるのだとか
薄れかけた記憶を手繰る所によると、山の中で動物達と多く戯れていた
しかし都会の病院に入院することになって以来、これといって不思議な事はおきていない
今となっては昔の事は、子供にありがちな夢想と現実の入り混じった記憶なのではないかと疑う毎日
見栄だか何だか知らないけど個人部屋に入れられて以来、看護婦ぐらいしか話し相手が居ない
特別に許可されたパソコンを使って物語を書くのが最近の日課
ネット上では結構人気になっている
「…………つまんない」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、無駄に広い個室の白い壁に吸い込まれていった
嗅ぎ慣れた薬の香りと小さく鳴る葉の音を子守唄に、眠りに付く
今日何度目かの眠りに入った
446 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:08:28.28 ID:4EVIt5ws0
「………」
代わり映えなく朝がくる
寝すぎてだるい身体に渇を入れ、ベットから起き上がる
寝っぱなしだと脚の筋力などが衰えるので、日に何回か筋力トレーニングをしている
あまり負担をかけない事を条件に許可も貰っている
「んん……」
備え付けの水道で顔を洗うと、頭がすっきりする
そして、妙に違和感を感じた
「んん?」
声が妙に高い
身体が軽い気がする
そして股間の辺りに慣れ親しんだ感覚がなく、服が少しキツイ
「………」
目の前の鏡に映し出されるのは………女の子
切ったばかりでまだ短かった髪が肩の辺りまで伸びている
声変わりせずに元から高かった声が、正真正銘女の子の物になっている
手で確かめた所、確かに無くなっている
そして別の物が、二つ程膨らんでる
大きいと言う訳でも小さいと言う訳でもない、標準的な膨らみ
そうか
今日は………11月4日だったか
448 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:10:10.31 ID:4EVIt5ws0
「信じられん」
かなりの間お世話になっている先生が呟く
女体化した事での身体の変化を調べる為に、一通りの検査を受けた
そして分かった事は
「病気が治っている……」
「んしょ……と」
端的に言えば女体化の際に細胞が変化して、色々あって治ったんだとか
多少様子見の必要もあるが、退院して良いとの事
「ふぅ………」
入院中に増えた荷物を持って、扉を開ける
僕……いや、私の祖父や父母がいる田舎へ戻らず、マンションの一室を借りてもらった
こんな事を直ぐにできる辺り、自分が御曹司……いや、令嬢だと実感する
「………うわぁ」
家具や調度品が備えられている
痛み入るね
自分の荷物の整理は後にして、制服を取り出す
女体化した為、新しく作ってもらった女子用の制服だ
「ふんふふふーん……♪」
449 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:12:18.99 ID:4EVIt5ws0
………先にも言ったとおり、私が入院したのは5歳……小学校に上がる前だ
無理言って入学式には出させてもらっていたけど、まともに学校に通った経験はない
前日まで浮かれていた事は事実だけど、いざとなると緊張してしまう
『……と、言う訳で長らく入院していたが、無事退院できたらしい』
目の前の引き戸の向こうで、先生が私の紹介をしている
何だか動悸とかが早くなっている
………そう言えば、人付き合いなんてした事無いんだよね
『よし、入れ』
「は、はい!」
力みすぎて変な声が出た
反射的に扉を開けた
やりすぎて扉が壁に当たり、ダンッという音が響いた
「…………」
妙に気まずい空気を覚えながらも、教卓の方へと歩く
手と足が同時に出なかったのは奇跡かもしれない
鞄を持つ手が痛くなる
静寂に包まれた教室で、全員の目線が私に集まっている
やめて、私を見ないで
「な、長らく休学していましたが、無事退院できました」
勇気を出して震える声を絞り出す
「中和泉 秋乃です、よろしくおねがいしみゃす!」
451 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:14:18.97 ID:4EVIt5ws0
噛んだ………もう最悪だ
「ってな訳で報告終わり。中和泉に色々教えてやれよ」
各所で先生に対する返事
しかし意識は思いっきりこっちに向いてる気がする
席に着いた後、肩を窄めて俯く
多分顔赤いんだろうなぁ……皆さん見ないで下さい
「きりーつ、れー」
委員長らしき人の号令
周りの人が立ち上がり礼をする
ワンテンポ遅れて私も同じように
「…………ふぅ」
えらい疲れた
号令と共に、教室の中が喧騒に包まれる
………そだ、今の内にお手洗いに
「中和泉さん!」
「はいぃ!?」
気を抜いた瞬間、私の周りに人だかりが出来ていた
「趣味は!?」
「どうして入院してたのー?」
「好みの異性は!?」
「てゆーか付き合ってください!!」
453 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:16:32.77 ID:4EVIt5ws0
「え、あの、その……一度に言われても」
聖徳太子じゃないので、私
奇跡の生還を果たした人間にインタビューを求めるような新聞記者のような熱意で質問をぶつけてくる
泣きそうだ、私
「はいはーい、皆静まって。中和泉ちゃんおびえちゃってるじゃない」
暗闇に差した光明、地獄に仏
先程号令をかけていた委員長さんが人垣を割った
まるでモーゼの様に
「えーと、ゴメンね?中和泉さん。何か皆興奮しちゃってるみたいで」
委員長さんは長い金髪と金色の瞳を携えた、綺麗な人だった
見た目から頼りになりそうだという事が分かる
そして頭の上に二つの耳と、スカートの下から出ている尻尾がうっすらと見える
まるで狐のようだ
…………え?
「キツ……ネ?」
「え?…あぁうん。私、石鎚 きつねって言うの。よろしくね」
「あ、はい……よろしくお願いします」
その委員長……石鎚きつねさんが握手を求めてくる
狐耳と尻尾についてはスルーなのだろうか
他の人は気にならないのだろうか?
…………あぁ、そうか、なるほど
10年振りの、不思議体験という訳か
455 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:18:27.29 ID:4EVIt5ws0
とりあえず、きつねさんが狐だということは知らない振りをしておこう。何言ってるんだろ、私
「よく私の名前分かったね」
「え、それは、その……」
尻尾見えてますよ、なんて言ったら4行前の決意を翻すな
恐らく他の人には見えていないだろうし……変人扱いされるのはゴメンだしどうしよう
「本性が女狐って事を感じ取ったんじゃねー?奪い取る意味での」
クラスの男子が茶化した
死んだ
………いや、嘘ですけど
何かが琴線に触れたらしく、某タマ姉よろしくアイアンクローの餌食になってしまわれた
すばやい身のこなしだ
………胸に、あんな大きなの付いてるのに
「死ぬっ!割れるっ!割れるぅぅぅ!!」
「誰が女狐?だ、れ、が、泥棒猫かしらぁー?」
「あの、それ以上やったら死ぬんじゃ……」
頭蓋骨が悲鳴を上げていた。良くて殺人未遂だなぁ
周りの人は慣れているのか、止め様としない
多分じゃれあい、冗談の一貫だと思ってるんだろうな
けど、私にはわかる
嬉しそうに尻尾が振られている
つまり、この人本気で割るつもりだ
456 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:20:33.74 ID:4EVIt5ws0
放課後
耳を傾けてみれば放課後の予定などを話し合う声が聞こえる
既に満身創痍だ
「………うぁ」
頭の中がパンクしそう
六時間ぶっ続けで勉強なんて………皆良く耐えられるなぁ
病院だとやりたいときにやれたからなぁ……
まだ先生の声が渦巻いてる気がする
こめかみの辺りが痛い
「………ん?」
傾く太陽を反射する、金色の尻尾を見つける
きつねさんだ
「きつねさー………」
呼び止めようとして考え直す
突如湧き上がる悪戯心
出来るだけ足音を殺して慎重に、それでいて大胆に
きつねさんの後方から徐々に近付き、左右に揺れる尻尾に手を伸ばす
(………もう少し)
気付かれそうだと思いつつも思いっきり近付き、根元から先端まで撫で上げる
………良い毛並みだなぁ
「ひゃうっ!」
457 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:22:33.13 ID:4EVIt5ws0
響く嬌声
尻尾を撫でると同時に挙げられたそれは、きつねさんの物
身震いした後足の力が抜けたらしく、その場にへたり込んだ
「な、な、な……」
「あ、こんにちは」
ピーンと張られた尻尾が精神状態を表している
明らかに動揺してる様なきつねさんに、曖昧な笑顔を返す
「……手、貸します」
「あ、ありがとう」
肩を並べて歩く
きつねさんが此方を窺ってるのに気付いた
「……何でしょう?」
「いや、なんでも」
地面を睨みながら何かを考えている
「中和泉……中和泉………」と何度か呟いているのが聞こえた
分かれ道で自然と別々の道に入っていく……前に、呼び止められた
「………中和泉さんって、元々男なんだよね?」
「ええ、そうですが」
「………昔、神隠しにあった事はある?」
472 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:42:25.29 ID:4EVIt5ws0
覚えは無い。記憶も無い
しかし実際に神隠しに有った事はあるらしい
覚えてないけど
「有りますよ?」
「じゃあ、やっぱり………」
神隠しと狐
何かが記憶に引っ掛かってる気がする
妙に懐かしいような………
…………あぁ、思い出した。4歳ぐらいの時だったかな
山の中で遊んでいると、いつの間にか霧に包まれていた
初めは帰り道が分からなくて泣いていた
それからしばらくして帰り道はわかって、家に着くと1週間ほど経っていて、父母が慌てていた……
確か、その時帰り道を教えてくれたのが…………
「…………もしかして、中和泉 秋生君?」
妙におしゃべりな、狐だった
「……名前の時点で気づくべきだったわ」
「……でも、私の記憶の狐さんは雄でしたけど」
狐の雄雌なんか見分けられませんが
喋り方とかが雄だったもんな
…………いや、喋ってたんだよ。昔はそういう不思議な体験をする子供だったんだよ
473 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/01(土) 01:43:08.79 ID:4EVIt5ws0
「何か16年生きてたらね……人間の女になってた」
「良いんですか?そんな軽くて。てかアバウトで」
もっと、何かの呪いで人間になったとか
或いは長年生きて妖術を身に付けたとか
そんなファンタジーな出来事は無いんでしょうか
「………ファンタジーってね、幻を想うって書くんだよ」
「知ってますよ」
狐が人間になるのも充分ファンタジーだと思いますけどね
「まさかこっちに来てるとはね」
「貴女こそ。狐なのに何でわざわざ都会の方に?」
「狐も色々大変でね………人間に成りすましてる親類が、コッチにいるんだよ」
出来るんじゃないですか、妖術
後、出来れば聞きたくなかったですそんな裏事情
「まぁ、そんな訳だから今後とも宜しくね。秋……乃ちゃん」
「宜しく、きつねさん」
「…………そう言えば狐って16年も生きれるんですか?」
「其処はホラ、私って天才だから」
………あぁ、相変わらずで何よりです
~つづく~
最終更新:2008年07月21日 04:28