177 名前:
缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:38:24.33 ID:SsplvGBO0
「残された時間は、無いに等しいです」
彼女の主治医だと言うその医者は、そう結論付けた
朝急に倒れた彼女を病院に連れてきた
そして聞いた結果がこれ
私が沈黙を続けていると、医者は続けた
「彼女の病気は、最早人間の耐えられるレベルを超えています。今迄生きていたのが不思議なぐらいに」
淡々としたその口調が妙に癪に障った
無意識の内に、掴みかかっていた
「アンタ医者でしょ!?だったら……だったら病気を治すのが仕事じゃないの!?」
「…………ええ、そうですね」
衝動に任せて殴ろうとした手を、止められる
昔から兄のように慕っていた人が、戒めるような目線を投げていた
握りこぶしを開放すれば、涙が溢れ出てきた
それを止めようとは思わなかった。ただ、出てきた涙を拭う
それでも後からどんどん出てきて、嗚咽が漏れ始めた
子供のようになく私を、兄は………そう、兄が、ただ抱きしめてくれた
「私だって………救ってやりたい」
その呟きを聞いて、私は酷い思い違いに気付いた
この人は悲しんでいる。心の底から
主治医と言う事は、彼女が入院していたのと同じ年数を、彼女と過ごしてきたのだ
それで………悲しくない筈がないんだ
「救って………あげたかったですよ」
178 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:40:22.73 ID:SsplvGBO0
爽やかな目覚め………には程遠いね
既に懐かしい薬品の匂いと、10年間親しんだベット
心臓は痛いほどに鼓動しており、頭は定期的に痛みを届けてくる
寝ている間、私は誰かと会っていた気がする
闇のように静寂で、そして白い世界で
見覚えのない男の子と二人
何を話したかは覚えていない
「………ん」
目の焦点がぼやける
熱にでもうなされているみたいだ
聞き慣れた音を立てて、扉が開く
「や、元気?」
「あ、きつねちゃん」
いつもの笑顔
いや………目元が少し赤い
ベットの傍の椅子に腰掛け、話しかけてくる
「た…ただの風邪だってさ。入院なんて大げさだよねー!」「………」
不自然なまでに声を張り上げている
秘密にしているつもりなんだろうか?気遣いが心に痛い
………嘘、下手なんだね。狐なのにさ
「………無理しなくて良いよ」
180 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:42:26.29 ID:SsplvGBO0
「多分もう時間はない……自分の身体だからね。分かるよ」
彼女……秋乃はそう言った
少々やつれている様にも見える
もう直ぐ冬だと言うのに彼女は汗をかいていた
「………やっぱ隠し事って出来ないんだね」
「と言うか、きつねちゃんが下手なんだよ」
自然な笑顔
でも、それを見てると悲しくなって来た
「……………きつねちゃんってさ、年取らないんだよね」
「え?」
唐突な話題
それは何日か前に、話の種として振った物だった
一応妖弧の部類に入るので、老いで死にはしない
外見もある程度なら変えることが出来るので、不老と言っても良い
でも、何で今?
「私と、友達になって欲しいんだ」
「…………もう、友達でしょ?」
うわ言……と思うには、彼女の口調はハッキリしていた
私の目を見て、真剣に言っていた
「次の私、生まれ変わってくる私とも友達になって欲しいんだ」
彼女は既に決まった事を話すかのように言った
182 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:44:32.16 ID:SsplvGBO0
「そうだね………次は春が付いた名前が良いかな。命が生まれる季節だし」
生まれ変わるなんて出来るかどうかも分からないのに
彼女は心の底から言っていた
「出来る………と、思ってる?」
「少なくとも、狐が人間になるよりは現実的だと思わない?」
「でも」
「それに………私を誰と思ってるの?」
私の言葉はかき消される
大丈夫、とでも言わんばかりに
「私に出来ないことなんて、無いんだよ」
『僕に出来ないことなんて、無いんだよ』
………少しデジャヴった
昔、彼女………いや、彼が迷い込んできた時
私が『一人で帰るなんて無理』と言った時
彼は自信満々に言った言葉
最近忘れていた
『自信家』……彼女に、彼に抱いていた印象を
「…………ぷっ」
「…………あはっ」
何故か、自然と笑いが込み上げてきた
彼女の方も笑っている
しばらくの間、笑いあった
183 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:46:59.67 ID:SsplvGBO0
「きつねちゃん」
笑いが収まった後、名前を呼ばれた
返事をする暇も無く、抱きしめられる
「………秋乃?」
私から抱きつくことはあったけど、秋乃からってのは無かった
少々恥ずかしい気がする
「………人生ってさ、積み木みたいだよね」
私抱きしめながら、辛うじて聞こえる声で呟いた
「16年間かけて積み上げてきたのに……一瞬で崩れちゃうなんてさ」
抱きしめる腕が少し震えている
やっぱり、怖いんだろう
「………それなら、もう一度積み上げようよ」
少し身体を離して、顔を見る
秋乃の頬を涙が流れていた
「………手伝って、くれる?」
「当たり前でしょ」
私達はお互いを見つめ……
どちらからと言う訳でもなく、唇を重ねた
184 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:48:30.88 ID:SsplvGBO0
どれくらいしていたかは分からない
数分はしていた気がする。でも、数秒かもしれない
ふと、柔らかく熱い、桜色の唇が離れる。少々名残惜しい
「私達、女の子同士なのにね」
「元々は種族すら違うんだし………今更じゃない?」
「それはそうかも」
ふふ、と微笑んだ
あぁ可愛いなぁ、もう
「………そろそろ、さよならかもしれない」
声が震えている
「…………またね、だよ」
「え?」
「お別れなんかじゃない。また会えるから。またね、だよ」
…………目を丸くしている。私らしくない台詞だった
けど、直ぐ微笑みに変わった
「そうだよね、また会えるよね」
「うん、会える」
「そっか。それじゃあ―――」
「またね、きつねちゃん」
秋乃の体が、ベットへと沈んでいく
不思議と、涙は出なかった
186 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:50:46.28 ID:SsplvGBO0
―――――辺り一面の白い世界
ここは何処だろう
知ってる気がするし、知らない気もする
『やぁ』
誰かが話しかけてきた
男の人だ
顔は………よく見れない
『お疲れ様』
言いながら、男の人は上と下を指差した
『どっちに行く?』
「どっちも行かない」
男の人が微笑んだ気がする
手を差し出してきた
『じゃあ、一緒に来る?』
「うん」
腕を取る
言葉では表せない感覚と共に、その人と一つになる気がした
「名前……聞いても良い?」
『千春(チハル)』
『今の所、そうなる予定だね』
187 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 00:52:22.95 ID:SsplvGBO0
――――――春という季節は、妙に心躍るね
僕の名前は春日部 千春(カスカベ チハル)
今年から高校1年、男子、15歳。誕生日は5月5日
趣味は特になし。自慢できることといえば……
生まれてこの方、病気らしい病気になっていない
物心付いてから覚えてる中では、という条件で
それと、勉強をしなくても成績が良い
新しく習った事でもまるで前から知ってたみたいに理解できる
後、同じようにデジャヴを感じることが多いかな
この町の病院に初めて行った時、まるで住んでたみたいに内部の事がわかった
えーと、自己紹介終わり
今僕は高校の入学式を終え、自分の教室へと来ている
他にいる生徒達の中には、知ってる顔も何人かいる
これから始まる高校生活に、期待を隠せない
(…………あ、何かデジャヴッた)
ここからの景色を何度か見たことがあるような……そんな感覚
何か重要な事の様な気がする
(う~………思いだせない)
受験の時………じゃ、無いよなぁ
「ねぇ」
声がかけられた
201 名前:缶詰の中の人 ◆FP9rUXa9Eo [] 投稿日:2007/12/03(月) 01:12:15.71 ID:SsplvGBO0
金髪と金目の美少女………それが、親しげに話しかけてきた
勿論だけどそれは、今迄顔をあわせた事もない人で………?
「16年ぶり………かな。久しぶりだね」
何故だろう……知ってる気がする
「あ、違うな……お帰り、でも無い……えーと」
口元に手をあて、何かを考えている
彼女の尻尾が左右に揺れ、耳がピクピクと…………尻尾?耳?
―――鮮明に、一つの映像を幻視した
病院の一室で、自分は呟いた
『またね、きつねちゃん』
「また、会ったね。秋乃………いや、今は千春、だっけ?」
「うん……………また、会ったね」
つみきを積んでいこう
色々なつみきを積んでいこう
高く高く、積んでいこう
君と―――……一緒に
~おわり~
最終更新:2008年07月21日 04:29